なりすまし
午前中の得意先回りが予定より早めに終わったため、佐々木はいつもの公園で時間を潰すことにした。大時計の前のベンチが運よくあいていたので、そこに座る。昼のミーティングには戻らないといけないから、一目で時間がわかってちょうどいいのである。
うーんと伸びをしながら見上げると、澄み渡った青空を大型ロケットが次々飛んで行くのが見えた。宇宙旅行に行く団体を乗せているのだろう。佐々木もカネさえあったら、一度は宇宙旅行に行きたいものだと思ったが、夢のまた夢だ。
そのまま深呼吸をし、ぼんやり大時計を眺めていたのだが、突然、佐々木は目の前が真っ暗になるのを感じた。日射病という言葉が脳裏に浮かんだが、すぐに意識が遠のいた。
…………。
だが、意識を失ったのはほんの一瞬だったらしい。すぐに視野は普通に戻り、体調にも特に変わったところはないようである。座ったままで立ち眩みしたのだろう。
(これは早めに会社に戻った方がいいかもしれないな)
そう思って、ふと大時計を見て佐々木は驚いた。すでにミーティングの時間になっているではないか。気を失ったというより、実際にはぐっすり眠っていたようだ。
佐々木はあわてて会社に戻ったが、社員通用口から入ったところで、いきなりガードマンに止められてしまった。
「身分証を提示してください」
見るといつもの係員ではなく、初めて見る顔だ。新人らしい。
「ああ、ご苦労様。営業二課の佐々木だけど」
だが、そのガードマンは融通が利かないタイプのようだ。
「身分証を提示してください」
面倒だが、しかたない。佐々木はポケットから身分証を出そうとして、ハッとした。身分証どころか、財布も手帳もケータイも何もないのだ。
「あれっ、おかしいなあ」
おそらく公園で眠った時に盗られたのだろうが、正直にそう言えば、サボったことがバレてしまう。
「ええと、ちょっと、どこかに忘れてきたらしい。急ぐので通してもらえないか」
新人ガードマンの顔がますます厳しくなってきた。
「身分証の提示がなければ、お通しできません。それに、記録では、営業二課の佐々木さんはすでに帰社されています。あなたは何者ですか」
「ええっ、そんなはずはない。それは何かの間違いだ。お願いだから、入れてくれ」
「あまりしつこいようだと、警察に通報しますよ。帰ってください」
佐々木はガードマンの剣幕に押し切られ、通用口から表通りまで出てしまった。
(どうしよう)
ケータイも小銭もないから、誰かに助けを求めることもできない。
(そうか。やましいことは何もないのだから、いっそ警察を呼んでもらえばよかったな)
どちらにせよ、財布などを取り戻さなければいけないので、交番に行くことにした。歩いて行ける距離のところにあったはずである。
交番に着くと、若い警官が一人座っていた。中に入るなり、佐々木はあせって今までの状況をまくし立てたが、途中でその警官にさえぎられた。
「記録を取らないといけませんので、ちょっと待ってもらえませんか。奥から調書を持ってきますから、その間お茶でも飲んでいてください」
「すみません」
ちょうどしゃべり過ぎて喉が渇いたので、佐々木は警官が出してくれたぬるいお茶を飲んだ。
待っている間、何気なく壁を見ていると、緊急手配のポスターが目に入った。
《星間手配犯情報:ドッペル星人。巧みな変身と記憶コピー能力で地球人になりすますおそれあり》
(ああ、こいつだ、間違いない。こいつがおれになりすまして会社にいるんだ)
戻って来た警官にそれを告げようとした時、警官が拳銃を佐々木に向けた。
「抵抗すれば、容赦なく撃つ」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。どういうことだ」
「おまえの言った会社に問合せた。営業二課の佐々木という男は、今、仲間とランチを食ってるそうだ」
「違う違う。そいつはドッペル星人だ。おれになりすましているんだよ」
だが、警官はニヤニヤと笑っている。
(しまった。おそらく、この警官もドッペル星人なのだ。どうしよう)
佐々木は両手を挙げた。
「頼む。殺さないでくれ」
「抵抗しなければ、殺したりしない。強制送還はされるがな。おまえはまだ気付いていないようだが、さっき飲ませたお茶には、変身阻害剤を入れてあったのさ。もちろん、人間には無害なものだがね。それにしても、記憶のコピーが完全すぎたようだな。これで自分の姿を見るがいい」
警官が差し出した手鏡には、人間とは似ても似つかない生物が映っていた。
(おわり)
なりすまし