テロリストと狙撃銃
気がつくと、ディックは地下室に監禁されていた…。
首の痛さから、ディックは意識を取り戻した。周りをよく見てみる。どうやらここは、地下室のようだ。そして、腕を縛られていることに気がついた。ディックは先ほどの出来事を思い出した。
「(そうだ…! 私は書類を持って廊下を歩いていたら、いきなり…)」
そして、ディックは自嘲気味に笑った。その声を聞いたのか、男が一人やってきた。
「貴様が逆賊ディック・シーゲルだな。貴様には死んでもらう。それがエスタのためなのだ」
睨みつけるような表情をして、男が口を開いた。軍服に軍帽をかぶっている。どうやらエスタ軍部からディックは恨まれたようだ。
「なぜ私を殺す? 私はただの官僚だ。エスタのトップは国家元首様じゃないのか?」 「…国家元首を無視して、貴様は独断で政務を行っているらしいな?」
軍帽から、男の瞳がちらりと見えた。ダークグリーンの切れ長の瞳だった。
「まさか。私がそんなことをするわけなかろう。私は一官僚に過ぎない」
すると男は乾いた笑みを見せた。
「何を言う? 貴様は大官僚だろ? 一官僚ではない」
「早く私を解放しろ。私は国家元首様に逆らったりなどしない」
ディックは男をじっと睨みつけた。すると、男は頷いた。瞬間、ディックの後ろにいつの間にか男がいて、ディックの首筋を銃底で殴りつけた。その痛みと衝撃で、ディックは気を失った。
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リックは安全保障局で文字を打ちこんでいた。最近の仕事はやたらと外仕事が多く、書類をまとめる時間がなかったのだ。リックがパソコンとにらめっこしていると、慌てて局長がやってきた。
「局長。どうしたんです?」
すると局長は目を見開きながら、
「大変だ、リック! 大官僚ディック・シーゲル様が誘拐されたらしい!」
その言葉に、リックは一瞬何を言っていいのか分からなかった。だが、どうにか口を開く。 「兄上が、誘拐された? 嘘でしょう?」
ため息をつきながら局長は首をゆっくりと振った。
「そんな…。兄上が…」
放心状態になっているリックの肩を、局長はぽんと叩いた。
「リック。お前の兄貴は絶対にエスタ安全保障局が救う。だからリック、お前はこの任務から抜けろ」
するとリックは若干厳しい顔をした。
「何を言っているんですか、局長。ディック・シーゲルは私の実兄ですよ? 私がなぜこの任務を抜けなければならないのです?」
その言葉に局長は驚いたが、
「分かった。そこまで言うのなら、リック、お前も作戦に参加してもらう」
腕を組みながら、リックは頷いた。
会議室に、エージェントが十数人集まっている。その中では、リックは古参の部類に入る。そして、エスタの誇り高き狙撃手と呼ばれるのも、リックただ一人である。数分すると、局長がやってきた。局長は資料を携え、白いボードへと貼りだした。
「いいか? ディック・シーゲル様は高貴な方だ。彼を救うのが、今回の任務だ。リックの兄にあたる方だ。誘拐されていると思われるところは、エスタ軍部の地下室らしい。エスタ軍部によれば、ディック様はエスタ国家元首を騙して政務を行っている、とのことだ。無論、これはまったくの嘘だ」
局長の説明を聞いているリックは、若干体が震えていた。
「(兄上が…、そんなことするはずはない)」
誰かに、肩を叩かれた。後輩のジャックだった。
「リックさん。顔色が悪いですよ? ディック様が誘拐されてショックを受けるのは分かりますが…」
ジャックなりの、配慮だったのだろう。
「すまない、ジャック。君にまで心配をかけさせてしまったね。私は大丈夫だよ」
そう言って、無理に笑顔をリックは作った。局長が、じろりとエージェントを見まわす。 「諸君。任務を開始してくれ。何としてもディック様を救うのだ!」
その言葉を聞いたエージェント達は、蜘蛛の子を散らしたように、外へ出ていった。
局長に待機しろ、と言われていたので、リックは会議室の椅子に座っていた。
「すまない、リック。遅くなったな」
若干深刻そうな顔をした局長がやってきた。
「何故私を皆と同じく行かせてくれなかったのですか? 私だってエージェントですよ?」
困ったような顔をして、局長はリックをじっと見つめている。
「何か嫌な知らせ、ですかね。当たってます? 局長?」
ため息をつき、局長が頷いた。
「いいか、リック? 心して聞け。一切の感情を出すな」
「はい」
リックは大きく頷いた。
「ディック様を、殺してほしいのだ。この役目は、ディック様の弟であるリックにしか任せられない」
一瞬の沈黙があった。最初に口を開いたのは、リックだった。
「な…、なぜ兄上を殺すのです? 兄上は誘拐されたんじゃなかったのですか? 助けるんじゃなかったのですか!」
言葉の最後の方は、リックにしては珍しく、大声を出していた。
「エスタ政府が、軍部のテロリストに占拠されたとの話が入った。エスタ政府に勤める者はたくさんいる。軍部はどうやら政府が気に喰わないらしい。交換条件として、ディック・シーゲル抹殺との話が、先ほど安全保障局へと入った」
リックのダークブルーの瞳から、一筋零れる。腕を組む局長はただ、リックを見つめている。
「リック、頼む。政府のためだ。ディック様を殺してほしい。リックのヘイルンジャンで殺されるのなら、ディック様も本望だろう…」
「だ…、だったら私が兄の代わりに死にます! 兄上には死んでほしくありません! 私でよければどうぞ、殺して下さい。兄上と私は瓜二つです。きっとテロリストだって分かりません!」
そう言ってリックは局長の足元へすがった。そんなリックの頭を、ただただ局長はなでているだけであった。
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次にディックが目覚めたとき、ディックはポールに腕と足を縛られていた。直射日光が強くディックに当たる。
「(ここは…、どこだ?)」
薄眼を開けていると、軍服姿の男が近づいてきた。
「ようやく気がついたか。貴様はエスタ安全保障局のエージェントによって処刑されることが決まった」
その言葉を聞いたディックは薄く笑う。
「とうとう私にも死ぬ時が来たか」
「案外さっぱりしてるんだな? 大官僚様?」
嫌な笑みを浮かべる男を睨みつけ、、ディックは首を横に振った。
「私を殺す役目のエージェントは一体誰だ? どうせなら…」
ディックは目を細め、言葉をいったん切った。
「リックに、殺してもらいたい。リックは私の大切な弟だ。殺されても恨みはしない。決して」
「エージェント、リック・シーゲルはどこから貴様を狙撃するか分からない。さぁ、恐怖を味わえよ」
そう言って、男は室内へと戻っていった。その光景を見終わると、ディックはゆっくりと目を閉じた。そして、一言呟いた。
「アレサ。やっと君に会える。これからは、ずっと一緒にいよう」
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泣きすがるリックを、局長はゆっくりと立たせた。リックの目が真っ赤になっている。 「泣くな、リック。お前はエージェントだろう?」
「それとこれとは話が違います。私はエルヴァも失いました。そして今度は兄上ですか? もう私は…」
そこから先、リックは何も言えなかった。
「リック。何も、完全にディック様を殺す、と言っているわけではないのだ」
意味ありげな局長の言葉に、リックは面を上げた。
「どういう意味ですか? 局長?」
にやり、と笑った局長は、小さな声で話し始めた。
「ディック様には悪いが、いちおう死んでもらう。だが、それは一時の間だけだ。もちろん蘇生はちゃんとさせる」
ごくりと、リックは唾を飲んだ。さらに局長は話し続ける。
「簡単に言えば、仮死状態になってもらうのだ。もちろんペイント弾も付ける。血色でな。ああ、それと。仮死状態になったディック様を、こちら側に渡してもらうのだ。お前が双子の弟と言うことを、テロリスト側は知っている。つまり、この任務はリックにしかできないのだ」
そこまで話し終えて、局長はじっとリックを見つめた。
「危険性を伴うのは分かっていると思うが、リック。この任務、やってくれるな?」
大きくリックは頷いた。
武器庫へと行き、ヘイルンジャンを取り出す。手慣れた様子で弾丸を入れ替える。そして、ディック処刑時刻数分前にリックは保障局から出ていった。
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ディックはただ、ずっと目を閉じている。ディックがただ心配だったのは、”兄殺し”というレッテルを張られないか、ということだけだった。リックは自分の任務のためにディックを殺す。それは任務であり、私情ではない。残されたリックが、哀れに思えた。
同時刻、リックは丘からヘイルンジャンのスコープでディックの左胸に標準を合わせていた。もしミスなどあれば、簡単に兄ディックは死んでしまう。さすがに縛られた状態では、拳銃も使えない。さらに、スコープの倍率を上げる。リックはごくり、と喉を鳴らす。そして…、ヘイルンジャンのトリガーを引いた。パアンッという軽い音とともに、ディックがのけぞり、そしてぐったりとポールにぶつかるように倒れた。ディックの左胸が真っ赤に染まっている。
「おい。とうとう最高の狙撃手が邪魔な官僚を殺してくれたぞ」
「これでエスタが平和になるな」
男達が数人集まり、喜びの声をあげている。その姿をスコープで見ていたリックは、丘からゆっくりと下りてきた。
「さすが、エスタが誇るスナイパー、リックさんは腕がいいですね」
男の一人が媚びるように言う。そんな男をリックは無視し、
「これでやっとディック・シーゲルも死にましたか」
リックにしては、言いたくないことをあえて言っておく。
「お願いがあるのですが。軍部の皆さん」
ヘイルンジャンを背中に背負ったリックが小首を傾げた。
「何です?」
「私はいちおう大官僚ディック・シーゲルの双子の弟です。せめて、葬式くらいはしてあげたいのです。兄の遺体を、渡してくれませんか? お願いです…」
そう言って、リックは軍部の男に深くお辞儀をした。
「ええ。いいですよ。明らかに大官僚は死んでますから。リックさん、今回はありがとうございました」
その言葉を聞いたリックは、血に濡れている兄ディックを肩に背負うと、軍部の中庭を去っていった。
仮死状態のディックを引き取ってきたリックは、医療班にディックの蘇生を頼んだ。
「リック。どうやら作戦は成功したようだ」
いつのまにか、局長がリックの隣に立っていた。リックは首を傾げ、
「どういう意味ですか?」
「テレビ中継を見ろ、リック」
会議室にあったテレビの電源を付けると、
”エスタ大官僚ディック・シーゲル死す”
と大きな文字でモニタに映し出されていた。はぁ、とため息をつきながらリックはテレビを消した。
「ですが、兄上を蘇生させますよね。そうなったらエスタ政府に勤める方々の安全は大丈夫なのですか、局長?」
すると局長はにやりと口角を歪ませた。
「テロリストに立ち向かう、適任の人物がいるだろう?」
リックが局長の言葉に目を細めると、局長の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「リック。先ほどはありがとう。どうにか死なずにすんだ。さすが、エスタの誇り高き狙撃手は違うな」
リックの双子の兄であり、先ほどまで仮死状態だったディックであった。
よく見れば、ディックの服装はいつもと違っている。戦闘服を着込み、さらにその上には黒いローブを羽織っていた。そしてさらには口元まで覆われているフードをかぶっている。。腰辺りに、ごついガンベルトが巻かれていた。ディックは2丁拳銃を主に得意としていた。学生時代に覚えた銃の腕を活かすときが、どうやら来たらしい。
「兄上! さきほどまであんな状態だったのに、起きていて大丈夫なのですか!?」
リックはディックの肩を揺すぶった。ディックはリックの目を見て、大きく頷いた。
「薬の調合が上手かったらしい。だから私はこうして今、起きていられるのだ。すべて、リックのおかげだ」
ディックの言葉を聞いた局長が、
「ディック様。さっそくですが、作戦の会議があるのですが、よろしいでしょうか?」その言葉に、ディックは大きく頷いた。
会議室に集まったのは、局長、ディック、リックの三人だけだった。それにしても、とリックは思う。エスタ大官僚ディック・シーゲルが軍装をしている。普段は政務ばかりの仕事だが、自宅では射撃訓練をしている。そんな兄ディックだから、大丈夫だ、とリックは頭の中で頷いた。
「ディック様、作戦会議を始めます」
局長の言葉に、ディックは小さく首を振った。
「局長。私のことを様付けで呼ばないでください」
頭に手をやった局長はもう一度、
「ディックさんにリック、作戦会議を始める」
白いボードに、軍部のテロリストの写真を張り付けていく。その写真を見たディックが、その男だ、と呟いた。その言葉を聞いた局長は、
「この男はどうやら裏で、ガルバディアのテロリストとも通じているらしい」
「…まぁ、ガルバディア側からも恨まれてるからな、私は」
乾いた笑みで、ディックは再びボードを見つめた。
「で、結局どうやってエスタのテロリストを撃退するのですか? 私と兄上だけじゃ、とてもじゃありませんができませんよ」
自信のない表情でリックが局長を見やる。そんな表情のリックを見たディックは、リックの肩を軽く叩く。
「何言ってる、リック。お前は狙撃手だろう? アジトへは私一人で乗り込む。リックは丘からヘイルンジャンで狙撃体制のままでいてくれないか?」
ディックの作戦内容が少し理解できなかったリックは、
「私もアジトへ行きますよ」
と言ったが、ディックは首を振る。
「つまり、だ。リックはヘイルンジャンで狙撃体制のまま、私を観察していてくれないか?」
「要するに遠くから兄上を守る、そういう意味ですか?」
首を傾げて兄を見ると、大きく頷いた。ディックとリックを見た局長は、
「なるべく早いうちにテロリストを処分してくれ。ディックさんにリック、頼んだぞ」そう言い残し、局長は会議室から去っていった。
残されたディックとリックは、やっと簡素な椅子に腰かけることができた。
「なぁ、リック」
小さな声で、ディックが呟いた。
「何です?」
「私は、自分が死ぬ。そう決まった時に、誰の姿が頭に浮かんだと思う?」
少し首を傾げたディックが、リックを見やった。
「さぁ…? 私には分かりません」
「アレサと、リック、お前だ」
ふう、と疲れたような表情でディックは語る。
「そ…、そんな、私とアレサ様を一緒にしてはいけませんよ、兄上。アレサ様は一国の姫ではないですか!」
アレサとは、本名をアレサ・ティクシア・セントラという名の、セントラ王家の第一王女だ。ディックが大官僚の跡を継いだ年に結婚した女性である。だが、彼女はすぐに亡くなってしまった。それからは、ディックは妻を持とうとはしなかった。ディックの頭の中には、いつまでもまぶしい笑顔のアレサが存在するのだ。
「アレサもリックも、二人とも大事な人間だ」
「お気持ちは嬉しいですが、アレサ様は一国の姫です。やはり私と比べてはいけない人ですよ」
するとディックは、リックの左胸に触れた。
「何を言う、リック? お前とて大官僚シーゲル家の次男ではないか。まあまあ高貴な人間だぞ」
「私は自分自身を高貴だなんて思ってません。兄上もそうでしょう?」
ため息をついたリックは、隣に座っているディックを横目で見た。
「もちろん。そろそろ、作戦を始めようか、リック?」
ガンベルトから1丁の拳銃を取り出し、ディックは椅子から立ち上がった。それを見たリックも、ヘイルンジャンを背中に背負う。
「準備はできたようだな。じゃあ、行くぞ」
ディックはにやり、と笑うと会議室のドアを開けた。
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アジトへの道は大体説明されていたので、ディックは地図を見ずとも運転していくことができた。黒いフードをまくる。風によって、ディックの黒糸の髪があおられた。だが、切れ長のダークブルーの瞳は睨みつけるように鋭い。運転して数時間で、ディックはアジトへと着いた。持っていたスマートフォンでリックへ連絡をかける。
「リック。今、アジトへと着いた」
「兄上。もう夜も更けてきています。お気を付けてください」
「それはこっちのセリフだ。外が暗くては、狙撃体制でいるのも辛かろう?」
スマートフォンから、小さな笑みが聞こえた。
「大丈夫ですよ。ヘイルンジャンに小さなライトをつけていますから」
そこでリックは言葉を切ると、
「兄上。遠くの敵は私に任せてください。ここからは、兄上の行動がよく見えます。だから、安心してテロリストを処分してください」
その言葉を聞き、ディックはスマートフォンの受信を切った。
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ゆっくりと、アジトのドアをディックは開けた。中は、廃墟のようだった。辺りには、書類が散乱している。銃を手に、ディックは足音を立てずにゆっくりと進む。
「(大丈夫だ、落ちつけ)」
何せ、ディックの本業はエスタの官僚である。リックと違い、潜入任務などに慣れていない。若干、ディックの手が震えた。と、そのとき。周りの電気がぱっとついた。
「おい、貴様は誰だ? なぜこのアジトを知っている?」
ディックは、この男の声を聞いたことがあった。だが、男の質問には答えようとしない。 「おい、どこ所属の軍人だ?」
そのとき、男はじっくりとディックの頭から足まで睨みつけるように見つめた。
「どこだっていいだろう? 私は貴様を消したいだけだ。エスタ軍部に私は負けるつもりはない」
そこで初めて、ディックはフードを取った。男の目が、見開かれた。
「貴様は…! ディック・シーゲル! なぜ生きている?」
その言葉を聞いたディックは薄く笑う。
「私の弟、エスタ安全保障局エージェント、リック・シーゲルが放った銃弾はフェイクだ。だから、私はこうして今を生きている。案外、簡単に騙されるんだな」
男が、横目で合図した。すると、エスタ軍部の人間が数人やってきた。
「一人で俺達に勝てると思うなよ。逆賊めが」
ディックの周りに、屈強そうな男が数人出てきた。手に持つ武器はどうやらナイフのようだ。
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ディックがアジトへと潜入する様子を、リックはスナイパーライフルのスコープから見ていた。リックにしてみれば、兄であるディックがとても心配だった。兄は潜入任務などしない、普通の官僚である。
「兄上が心配だな。やはり私も兄上のもとへ行こう」
ヘイルンジャンのスコープを外すと、リックは丘から飛び降りた。
~~~
「おらおら。どうした? エスタの大官僚様はこんなにも弱いのか?」
ディックの腰部に鋭い蹴りが入る。どうにかガンベルトから拳銃を取り出したディックは、男の心臓めがけて撃ち抜いた。だが、群れてくる下っ端の男達が多すぎてディックの疲労が目立ってきた。
若干、ディックに隙があった。男に殴られた勢いで、拳銃が1丁、ディックの手から飛んでいった。唇を噛みながら、ディックはリーダー格であろう男を睨みつけた。
「武器も持たねえで、俺に勝てるわけねえだろ? 大官僚様?」
男が、拳銃をディックの頭に突き付ける。だが、ディックはほとんど感情を出さずに、
「私を殺すのは勝手だが、リックを殺すのはやめてくれ」
ただ、その一言を言っただけだった。数秒後、ドアが開いた。ブラックフォーマルの男が、リーダー格の男の心臓に標準を絞っていた。その男とは…、リックであった。
「兄上! 大丈夫ですか!?」
拳銃を向けながら、リックはゆっくりと歩いてくる。
「おっと。動くなよ、狙撃手さん」
リーダー格の男が、きつく言った。
「あんたが動いたら、大官僚様の頭に穴が空いちゃうぞ?」
楽しげに言う男にリックは腹を立てたのか、一瞬小さな声で、
「エスタの狙撃手をなめるんじゃないよ」
そう言って、鋭いナイフをジャケットから取り出すと、男の首めがけて投げつけた。その瞬間、隣に立っていたディックは多量の血を浴びた。ディックに拳銃を突き付けていた男は、あっという間に死人と化した。血を見ながらにやりと口角を歪ませているリックを見て、ディックは少しだけ恐怖を感じた。
「これで、終わりですかね。そろそろ帰りましょうか」
リックが後ろを向いたときに、若干の隙ができた。ディックは思い切りリックの体にタックルを食らわせた。そして、ガンベルトから銃を引き抜き、撃った。どうやらディックの射撃のほうが早かったらしい。腰を押さえながらリックは立ちあがった。隣を見れば、腕を押さえているディックがいた。
「あ…、兄上。私のために…?」
「そうだ。お前は私の大事な弟だからな。簡単に死なれては困るのだ」
「ですが、怪我を…!」
心配そうに見つめるリックをよそに、ディックは小さく笑った。
「大事ない。銃弾がかすっただけだ。これで、エスタ軍部はほぼ壊滅しただろう。…帰るぞ、リック」
横目でリックをちらりと見、ディックはもう1丁の拳銃をガンベルトに収め、アジトを去っていった。
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そろそろ、太陽が出てくる。ディックとリックは深夜の中、エスタ軍部を壊滅させたのだ。ちなみに、運転しているのはリックのほうだ。
「兄上。お伺いしたいことがあるのですが」
なぜかそう言ってリックは小さく笑う。
「何だ?」
「その黒いローブ、何かを意識されたんですか?」
その言葉を聞いたディックはぽかんとした顔で、リックを見つめる。
「別に、意識はしていないが…。黒だとあまり目立たないか、と思って」
ディックの困ったような返事に、リックは笑う。
「初心者ですね、兄上は」
「どういう意味だ?」
若干むっとした表情でディックは運転しているリックを見やる。
「潜入任務というものは、普段着ているような服でいいんですよ。特に、相手側の服に合わせるんです。兄上の場合は、黒いローブで、余計目立ったでしょうね」
確かに、リックの理屈は合っている。だが、ディックは首をオーバーに振る。
「私はエージェントではないから分からん…」
「相変わらず、頑固ですね。兄上」
そう言ってリックは笑った。
おもむろにディックが、運転しているリックを見やった。目の下に黒い影…、クマができている。小さな声でディックが呟いた。
「リック。私が運転するから、助手席へ移れ」
「何でです? もうじきエスタ中心部へ着きますよ?」
軽く首を傾げるリック。
「どうやらお前はよほど疲れているように見える。自分の疲れが分からないほど」
近くに車を停め、運転手はリックからディックへと代わった。ディックはエスタ中心部の信号待ちをしていた。ふと、助手席に座っているリックを見つめた。小さな寝息を立てて、リックは眠っていた。華奢な体にブラックフォーマルのスーツは少し違和感を感じる。普段、リックはブラックフォーマルのスーツなど着ない。大体、カジュアル系の服装が多い。ブラックフォーマルは仕事のときの服装だ。普段は誇り高き狙撃手、と呼ばれるリックは、今日に限って、眠っている。そんなリックの頭を、ディックは撫でた。さらり、とリックの黒糸の髪が、ディックの指に絡まる。そんなことをしていたら、信号はとっくに変わっていた。ディックの気配を感じたのか、リックが目を覚ました。
「兄上…? いつの間にか、エスタ中心部に入ってますね」
眠たそうな眼をこすった。そんなリックを見たディックは、
「リック。たまには実家に来て休まないか?」
「そうしたいのですが…。局長に任務完了の知らせを入れないと」
困ったような表情をリックは浮かべた。
「それは、実家に帰って休んでからでも問題なかろう」
そう言って、ディックはアクセルをベタ踏みした。車のスピードがどんどん上がる。
「兄上! ここは高速道路じゃないですよ!」
リックの忠告も聞かず、ディックは笑みを浮かべた。
「平気だ、このくらい。…リック、嫌だと言っても来てもらうぞ」
「まったく兄上はわがままが好きなんですね…。任務の報告はあとで私がしておきますよ」
軽くため息をついたリックだったが、そんな弟リックを見て、さらに兄ディックは車のスピードを上げていった。
おわり
テロリストと狙撃銃
なんとなく暗い話になってしまったような…? どうにかラストはハッピーエンドで終わらせることができました。それにしても、ディックさんは普段官僚なのに、戦えるんですね。アクションシーンが苦手ですみません。読んでる分にはいいんですけど、書くとなると、かなり難しいですね。最後になりましたが、ここまで読んで下さった皆さん、どうもありがとうございました。