夏とともに辞する

夏とともに辞する

世界が開けた瞬間をみたことがありますか?
世界が閉じた瞬間をみたことがありますか?
悲しくて嬉しくて青春は過ぎ去っていく。
その大切さに気付くのはずっと時が過ぎたころ。
大人の言うことなんて聞きたくなかったのに
いつの間にか察するようになっていく。
そうなる前に、そうなる前にと。
駆け抜けた日々を思い返す。

鮮明

勝つ、絶対勝てる。
負けたことなんてなかったし。
今回も勝てるでしょ?
当たり前だよね。



そう思って望んだ中学最後の大会。
準決勝で私たちの中学ソフトボール人生は幕を閉じた。
絶望で時が止まっていた。
目の前は真っ暗になるのに
聴覚だけはやけに冴えていて
周りの歓声は相手のチームをたたえるかのように盛り上がっていた。
その音に吐き気を覚えた。

この仲間でプレーをすることは二度とない。
悲しくて苦しかったけれども
その中で私は「ソフトボールを続けること」誓った。





あの悪夢のような日から二か月が過ぎた。
八月のある日二者面談を終えた私は帰路についていた。
ソフトボールを続けると決めていた私はソフトボール部がある地元高校にスポーツ推薦を受けることにしていた。
そのため他の人たちよりも余裕があることは明白で何に追われることもない人生初の部活動がない夏休みというものを送っていた。


家に帰ると学校を終えた小学生の妹がいた。


「おかえり。お姉ちゃん。」


「ただいま、雨深。」


カバンを置いてソファに座る。
制服にしわが残ると口うるさく言う母親は家にはいなかった。


「お母さんは?」


「ドライブに行ってくるって。」



ふうん。と興味のない返事を返してケータイを開いた。
どうせ男のところだろう。
妹は知ってるかわからないが小学生の妹が知る必要もなければ知ったところで何にもならない話だろう。


「お父さんは?」


「パチンコ。」



こちらもいつもと変わりないようだ。
ある意味安心である。



親に愛してもらったことがない。などということを思った日は一度もない。
毎日ごはんを作ってもらっているしソフトボールを続けるにあたってたくさんのお金を出してもらった。
衣食住とソフトボールを続けるということに何の問題もなく生活をさせてもらった。
私と妹、つまり子供への愛はどちらからも完璧に感じられる。
ただあ、夫婦間の愛というものがないだけだ。
いわゆる仮面夫婦というやつである。



ソフトボールを終えたころ二人とも家を空ける時間が多くなってように感じられた。
日々の練習や土日の遠征がなくなり私が家にいる時間が多くなったからかはわからないが
欠かさず遠征に来てくれた二人も時間を持て余しているのだろう。



(愛なんて存在しない)



そう卑屈にしか考えられなかった。
ケータイを開いて画面の向こう側の世界を見る。
SNSでいろいろな人からメッセージが届いていた。
そのすべてを消してみたが憂鬱な気分は消えることはなかった。

夏とともに辞する

夏とともに辞する

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-01

CC BY-NC-ND
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CC BY-NC-ND