ケンカしないで

すぐ近所に二、三人の男の子の兄弟が住んでいるようで、
顔は見たことがないんだけれど、家の前で遊んでいるらしい声がよく聞こえてくる。


その日もわいわいとにぎやかな声が聞こえていて、
その声を聞きながら、私は部屋でパソコンに向かっていた。

すると突然、物置に何かがぶつかったような「ごいんっ」という大きな音が響いた。
一瞬びっくりしたが、ボールか何かが当たったんだろうと考え、そのままキーボードを叩いていた。


しばらくしんとしていたが、ふいに一番年少らしい幼い男の子が
「ねえ。ケンカしないで」
と言う声が聞こえてきた。


子供同士で遊んでいたらケンカだってよくあることなので
その声が聞こえてもあまり気に止めずにいたのだけれど、
その子がまた
「ねえ。ケンカしないで」
と、けっこう大きな声で言う。


そうか、さっきの大きな音は、腹を立てた誰かが力任せに物置の壁を蹴った音だったのかもしれない。
などと、手を動かしながらぼんやりと考えていたら、また男の子が
「ねえ。ケンカしないで」
と、ゆっくり、はっきり言う。


しばらく間があった後、大きめの男の子の声が、
「・・・はい。分かりました」
とふてくされたように返事をしたので、これには思わず笑ってしまった。

どうも上の男の子たちのケンカを、一番下の男の子が諌めているらしい。
なんとなく興味がそそられてきて、気付くと耳を澄ましていた。


はい分かりましたと言ったけれど、それでもやっぱりしんとして、にぎやかな声は聞こえない。


しばらくするとまた、下の男の子の
「ねえ。ケンカしないで」
という声が聞こえてきた。

それが、ゆっくりと、大きな声で、いつまでも続く。


ねえ。ケンカしないで。
ねえ。ケンカしないで。
ねえ。ケンカしないで。


本当に、しつこくしつこく続く。
間を空けながら、ゆっくりと、いつまでも。


と、ふいに
「分かったよ。もうケンカしてないよ」
と、上の男の子が言った。

下の子を安心させるような、とても優しい言い方で。


そうしたら、
「うん。ケンカしてないよ」
と、初めて真ん中くらいの男の子の声がした。
その子の声が聞こえて、上の子と真ん中の子がケンカしていたのだと、私にもやっと分かった。


その二人ともの言い方が、年長者らしい優しさを含んでいて、とてもよかった。


本当はまだお互いに納得していなかったかもしれないけれど、
それをぐっと飲み込んだ、大人の言い方だった。


そうやって子供たちだけでその場をきちんと収めたことに、私は妙に感動してしまった。
顔は見えなくても、その子たちの良さがしっかり伝わってくる、美しい場面であったと思う。

ケンカしないで

ケンカしないで

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-01

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