伝説の男

 そこは、かなり歴史のある蝋人形館だった。派手さはないが、リアルな人形をそろえている。
 その中に、中世ヨーロッパ風の服装をした西洋人の人形があった。ずいぶん昔からあったらしく、いつ頃からあるのか知る者は、もはや誰もいない。
 最初に異変に気付いたのは、母親と見に来ていた幼い子供である。
「ねえ、ママ。このお人形、まばたきしてるよ」
「まあ、この子ったら。大人をからかうものじゃありません」
「でも、見て。ほら」
「もう、気味の悪いこと言わないでよ。あら。きゃあああーっ」
 西洋人の人形はまばたきどころか、大きく背伸びをし、首をポキポキ鳴らしている。
「うーん、よく寝たわい。ところで、奥さん。ここは日本のようだが、西暦何年かね」
「ひええええーっ」
 たちまち館内は大騒ぎになった。
 知らせを受けたスタッフが、安全のため数名がかりで客を館外に誘導し、本人(?)は別室に案内した。
 日本語がしゃべれるらしいということで、スタッフの誰かが代表して話を聞こうということになった。たまたま館長が出張中のため、若い職員が代わりにインタビュアーをかって出た。
「ええ、ぼくはこの館の案内係をしている吉村という者です。失礼ですが、あなたはどなたですか」
「わがはいかね。普通は伯爵と呼ばれておるな」
「え、まさか、ドラキュラ伯爵」
「わがはいは吸血鬼なんぞじゃない。普通の人間さ」
「とても普通とは思えませんが」
「ふむ。まあ多少長生きではあるな。そうさなあ、今、五千歳くらいかな」
「ご、五千歳!あ、もしかして、あの伝説の、サン、ええと、ええと」
「サンジェルマン伯爵だ。まあ、今の御時世だから、爵位は付けなくともかまわんよ」
「へえ、実在してたんだ。あ、いや、失礼しました。それにしても、日本語ペラペラですね」
「過去に何度か来日したことがあるのでね。ただ、最後に来た時、維新のゴタゴタを避ける為、ちょっと隠れて居眠りしていたらこのザマだよ」
「えっ、すると百年以上眠っていたんですか」
「眠るというより、一種の仮死状態だろうな。わがはいが長生きなのは、多分そのおかげだよ」
「やっぱり伝説どおり、不老不死なんですね」
「いや、それは違うな。不老ではあるかもしれんが、神ならぬ身、不死ではないさ。あとわずか数千年の命だろう」
「それならもう、ほとんど不死身といっしょじゃないですか。うらやましいなあ」
「ふふん、うらやましがる必要はない。一日で寿命が尽きる虫からみれば、あんただって、とてつもない長生きだよ。いずれ死すべき運命ということでは、どんな生き物も平等だ。わがはいとて例外ではない。与えられた寿命をいかに生きるか、ということさ」
「うーん、そういうものでしょうか」
「まあ、あんたもあともう少し、百歳ぐらい年を取ればわかるだろう。それより、頼みがあるんだが」
「はい、何でしょう」
「とりあえず生きている以上、食わねばならん。ここで夜警のアルバイトでもさせてもらえんかね」
(おわり)

伝説の男

伝説の男

そこは、かなり歴史のある蝋人形館だった。派手さはないが、リアルな人形をそろえている。 その中に、中世ヨーロッパ風の服装をした西洋人の人形があった。ずいぶん昔からあったらしく、いつ頃からあるのか知る者は、もはや誰もいない。 最初に異変に…

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更新日
登録日
2015-02-28

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