夏祭り

懐かしい風景を留めたい、そう短冊に願いを書きました。

里香さんの手を僕は引く。
その温かさは明日この世を去る僕には忘れられない温もりの思い出だった。
周りのざわめきも、蒸す様な暑さも全然苦にならない。
残された時間は少ないのだ。
「坂崎くん、何処行くん?」
それは明日への僕自身への問いかけにも聞えた。
「素敵な場所です。きっと忘れられない、素敵な場所です。」
里香さんは、はあ ―、と一応頷いてくれた。時間がない。
人混みを掻き分ける。僕の眼に勢いが宿る。
焼きそばや焼きイカの香ばしい匂いを横切って、浴衣姿の少女達を擦り抜けた。
「かわいいね。」
里香さんは彼女らを横目に寂しそうに呟いた。
「金森さん・・・」
だって、と返そうと思ったが答えずに唯つないだ手をギュッと握った。
もう二度とは帰って来れないから、二度とこの手を繋ぐことはないから・・・。そんな僕を里香さんは見守るように見つめた。
僕らは、何もしゃべらずに人混みを抜けて行った。

長い石段を一つ飛ばしで駆け上がる。
「坂崎・・・くん・・、早い・・・」
里香さんは息を切らして立ち止まる。30過ぎの体には石段飛ばしは酷だったようだ。僕も立ち止まる。
「もう・・何処までいくんよ、―」
少し慌てすぎたようだ。
「もうすぐです。」
僕は手を差し伸べ、静かに微笑んだ。
再び繋いだ手を僕はずっと感じていたかった。

僕らは歩く。
神社の境内の裏、そのずっと奥へ。その闇の奥に巫女が身を清める為の泉水がある。神々の喉を潤したという聖なる清水。
その辺には無数の蛍が集い来る。それはまるで星空が膝元に舞い降りたかのよう。
「・・・・・綺麗ぇ・・。」
暗黒の世界に淡く仄かな光が次々消えては光る。数えきれない程の優しい光、それは儚く脆い夢のような生の瞬き。神々の愛でた聖なる命。
「いつか二人で見たかった」
二人は闇の中で互いの手をしっかり確かめ合う。その天井にはまた数えきれない満天の大宇宙が広がる。ずっとこのままでいれたなら
気づけば二人して黙ってその星空を見上げていた。それを蛍が祝福するかのように周りを囲む。

「坂崎くんがいんくなっても・・・」
里香さんは独り語つよう、
「あたし、全然悲しないわ」
と僕を見つめた。―、沈黙。
「うそやで。」
・・んふふ。
里香さんは僕を見て笑う。僕はどうしようもなくて上を向く。でもどうしても笑みが零れてしまう。それを横に里香さんも笑っている。
やれやれ、だ。
僕は里香さんを真っ直ぐみた。もう昔とは大分違って見える。里香さんも僕を見る。永遠に大人になれない僕と、どんどん僕から離れていく里香さん
それを見るのも、もう今年で最後だ。
村では土地の神々の計らいによって年に一度盆祭りの日にだけ死者が生者と交わりを持つことが出来る。
それも祭りの一晩限り。朝になれば死者はもとの闇へと還り。村の者たちの楽しかった思い出もなかったように消えてしまう。一晩限りの想い出。
一晩限りの夢なのだ。その祭りも今年で最後、冬を越して春になれば村は夢の如く湖の底に沈むのだ。

「あ、流れ星。」
僕は天を指さす。え、と見上げる里香さんに
「うーそー」
と笑顔で返す。僕らは笑いあう。蛍のような仄かな思い出。繋いだ手は離さない。
空には天の川。織姫と彦星の星粒の瞬き

夏祭り

前半から後半へと幻想的に彩っていくのに主眼を置いた。
うまく出来なかったような気がするが、まあ良しとしよう。
田舎の祭りが恋しくなったので書いた作品。

夏祭り

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-12-25

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