空飛ぶ金魚
晴れた日の午後。青い空に広がる真っ白な雲の向こうから、それはやって来た。
青と白の二色で構成された空に、ポツリと現れた赤いシミ。それは見る間に大きくなって、広告用の飛行船ほどになった。
しかし、それが飛行船などではないことは、その動きで明らかだった。クネクネと、まるで大空を泳ぐようにこちらに向かって来ているのだ。ヒラヒラした赤い半透明のヒレを、悠然と動かしながら。
それは、信じられないような巨大な金魚の姿であった。
しかも、その一匹だけではなく、あとからあとから、何匹も何匹も現れた。ほとんどが赤い金魚だったが、真っ黒なものも何割か混じっているようだ。
いつの間にか、この国の空は、巨大な金魚たちに占領されていた。
首相官邸では、時の総理が苛立っていた。
「防衛軍は何故スクランブルをかけんのだ!」
「申し訳ございませんが、例の物体はレーダーには映っていないそうでして」
額の汗をぬぐいながら、必死で総理をなだめているのは防衛大臣だ。
「レーダーに映らなくても、目視できるだろうが」
「いえいえ、あれほど気ままに急停止、急旋回をされては、とても追尾できません」
「そこを何とかならんのか」
その時、総理補佐官が白衣の老人を連れて入って来た。
「総理、古井戸博士をお連れしました」
総理の顔に、やや安堵の色が浮かんだ。
「おお、お待ちしておりました。さっそくですが、あいつらは一体何者なんですか」
「まあ、見たかぎりでは、金魚じゃなあ」
総理は、こいつ大丈夫かという表情で、チラッと補佐官を睨んだ。
補佐官は申し訳なさそうに首をすくめた。
博士はそんなやりとりにまったく気付いていないようだ。
「見かけは金魚じゃが、おそらく、この次元のものではないな。まあ、何かのはずみで、隣接する別の次元から迷い込んだんじゃろう」
総理は、ますます胡散臭いヤツだという表情になったが、博士は一向に気にする様子もない。
「じゃが、レーダーに反応しないことといい、物理法則を無視した飛び方といい、あるものにソックリじゃな」
渋い顔で黙り込んでしまった総理に替わって、防衛大臣が仕方なく尋ねた。
「あるもの、と言いますと」
「うむ。未確認飛行物体、いわゆるUFOじゃ」
「……」
気まずい沈黙を破ったのは、あわてて駆け込んで来た、官房長官だった。
「総理、大変です!巨大なUFOが出現しました」
そのUFOは、今まで目撃されたどんなものより巨大であった。
ただ、形は平べったくて、全体の大きさに比べてかなり薄く、見た目はピザ生地のようである。しかし、その動きは素早く、ぐっと低空飛行をしては金魚の下に潜り込み、そのまま急上昇するという行動を何度も繰り返した。
すると、そのたびに金魚の数が減って行き、ついに最後の一匹も消えると、何事もなかったように青空が広がっているばかりだった。
総理や大臣たちと一緒に、古井戸博士は官邸のモニター室でその一部始終を見届けていた。
「ははあ、やっぱり、別の次元の金魚掬いじゃったか」
そのあと、ちょっと照れくさそうに、こう付け加えた。
「しかし、金魚迷惑な話、じゃな」
(おわり)
空飛ぶ金魚