- Everything's gonna be alright -

- Everything's gonna be alright -

白鳥の歌シリーズ8

彼は仕事を終え、古ぼけたフォードに乗り込む。

そして溜息を一つ。
朝から晩まで汗と油にまみれ働き、気づくと安らぎも
何処かへ失いかけそうな一日が終わる。
彼はかぶりを振り、カーラジオのスイッチを入れる。

Everything's gonna be alright

“きっとうまくいくさ。”
 
さぁ、行こう。愛しいあの娘が待つ家まで。

落陽の投げかける光に照らされた家が立ち並ぶ丘を
彼のフォードは走り抜ける。
やがて日が暮れ始め、通りに面した酒場のネオンサインが
灯り始める。「いつもの意味の無い話」と「噂」が始まるのだ。
昨日も今日も何も変わらないまま、時が流れて行く。
そんないつもの帰り道だった。


この一時が彼の好きな時間であった。
ハンドルを握りながら、彼は身重の彼女のことを考える。
産まれ来る我が子のことを考える。
ほんの少し未来の可能性を信じ、彼は夢想する。

あやうく彼は道端に立っている老婦人を見過ごすところだった。

夕闇の迫ったこの薄暗がりの中に彼女は立っていた。
傍目にも彼女が助けを必要としている様子が見て取れた。
そこで彼は彼女の車の前に急停車して、降りて行った。

彼は笑顔でこの老婦人に声をかける。

「こんにちは。どうしたんですか? お手伝いしますよ。」

彼女はまだ心配そうな表情だった。
なにせ、この1時間というもの、車を止めて助けに来てくれた者は
彼以外、誰もおらず、にわかには信じ難かったのだ。
彼には老婦人の気持ちが分かった。
この寒さのせいで心まで縮みあがっているようだった。

「暖かい車の中で誰か助けてくれるのを待っていたらよかったのに。
 あ、僕はボブといいます。」

彼女はスペアタイアを手に持っていたが、明らかにそれは
お年寄りのご婦人にはちょっと難しい仕事だった。
彼女に車の中に戻るように促した後、ボブは
車の下にもぐりこみ、手の甲をすりむきながら、
ジャッキを引っ掛ける場所を探した。
手馴れたものであった。

タイヤ交換は無事終了した。
無事というのには語弊がある。
ボブは泥で汚れたし、手もちょっと怪我をしてしまったのだから。

ボブがタイヤのボルトを締めていると、彼女は窓を下げて話し出した。
彼女はセントルイスからやってきて、この町はただ通りすがりに
通っただけだった。
彼が助けに来てくれたことに対して、どうやって
感謝の気持ちを表したらいいか分からないくらいだと言った。

ボブは笑いながら彼女の車のトランクを閉めた。

彼女はいくら差し上げたらいいかと尋ねた。
彼女としては、いくら高くてもお礼をしたいという気持ちだった。
もし彼が車を止めて助けてくれなかったらどんなひどいことになったか
いくらでも想像できたからだった。

ボブはお金を受け取ろうとはしなかった。
彼にとって、これは助けを必要としている人に手を貸すということだったし、
彼だって、以前に誰かに手を貸してもらったことが沢山あったからだ。

そこで彼は、

「もし本気でお金を僕にくれようと思っているなら、今度はあなたが
助けを必要としている人を見かけた時にその人に手を貸してあげたらいいよ。
そして、ちょっぴり僕のことも思い出してくれたら、それで十分です。」

と笑顔で言った。

彼は老婦人がエンジンをかけて出発するのを見送ってあげた。
外は寒々としていたが、彼はどこかほんのりと暖かい気持ちになって
家に向かって車を走らせて、夕闇に消えていった。

さぁ、行こう。愛しいあの娘が待つ家まで。

“きっとうまくいくさ。”

老婦人は10キロ程走ったところで小さなコーヒーショップを見つけ、車を止めた。
彼女は少し何か食べて、家までの最後のひと走りを始める前に
すこし温まっておきたかった。
ここはくたびれた感じのレストランだった。

席に着くとウェイトレスが濡れた髪をお拭きくださいと
タオルを持ってきてくれた。
そのウェイトレスはなんともいえない素敵な笑顔をしていた。
老婦人は彼女が妊娠していること、それも臨月間近に
なっているのに気がついた。
お腹の張りとか痛みとかがあるかもしれないのに、
彼女の態度にはそんな様子はまるで感じられなかった。

この国でウェイトレスは社会的地位も低く、収入も低い。
それは、この笑顔の素敵な娘の履いている靴からも見てとれた。
こうした場末のレストランでは、無愛想な応対をされることのほうが
多いのは、そうした理由もあるのだ。
老婦人は、自分のような通りすがりの客にここまで
親切にしてくれるなんてと不思議に思った。
そして、彼女はボブのことを思い出した。

老婦人は食事を終えて、ウェイトレスが彼女から渡された
100ドル札を両替しに行っている間に席を立って外へ出た。
ウェイトレスが戻ってきたのとちょうど入れ違いのことだった。
ウェイトレスは老婦人はどこへ行ったのかと不思議に思っていたが、
テーブル・ナプキンの上に何か書きつけてあったのを見つけた、
その下には100ドル札が3枚もあった。

ナプキンには、

「あなたは私に借りを感じることはなくてよ。私も以前そうだったの。
誰かが一度私を助けてくれたの。ちょうど私が今あなたにしてあげたように。
もしあなたが私に恩返しをしたいと思ったら、こうするといいわ。
この鎖の輪をあなたで終わらせないことだわ。」

と書きつけてあった。

その日は、まだ片付けなければならないテーブルや、
一杯にしなければならない砂糖のつぼ、注文を聞かなければならない
お客がいた。まだまだ仕事は終わりそうにない。

その夜、家に帰ってベットに横になってから、貰ったお金のことと
老婦人が書き残して言った言葉を思い出していた。
あの人はどうして彼女と夫がお金をどんなに必要としているのか
分かったのだろうか。
来月生まれてくる赤ん坊のことを考えると
生活がきつくなるのは目に見えていた。
夫がそのことをどんなに気にしていたか知っていた。
彼女は夫のそばに寄り添って、やさしくキスをして、そっと囁いた。

「大丈夫よ。きっとうまくいくわ。愛しているわ、ボブ」

<了>

- Everything's gonna be alright -

- Everything's gonna be alright -

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-26

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted