ねぇ振り向かないで、でも気付いて。
ボーイズラブを含みます。
閲覧には気をつけてくだはい。
僕は俗に言う叶わない恋をしてしまった。
相手は僕からしたら三重苦。
その人は僕の学校の先生で、付き合ってる人がいて、それで、同性だ。
思い違い、僕の思い違い。
そう心に唱え、諦めようと思った。
でも、できなかった。
日を追う毎に胸が張り裂けそうになり、目は無意識のうちに先生をとらえて離さなかった。
いっそのこと、胸の膨張で死ねたなら。
そんなあり得もしない都合のいい妄想に現実が左右されることはなく、僕の胸は異常なほど正常だった。
夏休みは目の前と言う土曜日。
赤点を取った生徒のみに開かれる補習授業で、僕はただ一人、教室の自分の席に座り、課題の問題プリントとにらめっこしていた。
僕は学年で唯一、数学の赤点を取ったのだ。
答えどころか数式も解き方もわからない、絶望的なこの状態に救いの手を差しのべてくれる友人はいない。
伽藍とした空間にひとつのため息とシャーペンのカチカチという音が響いた。
「頑張ってるか、赤城。」
いきなりドアが開いて入ってきたのは僕が諦めきれない先生だった。
「頑張っても、わかんない。」
僕はシャーペンを机の上に投げ、頭を伏せた。
「せっかく差し入れ持ってきてやったのに、そんな態度ならやらねぇぞ?」
「差し入れ?」
目線だけを先生の手の先へ移す。
「じゃーん、パピコ。」
持っていたコンビニの袋の中から出てきたのはアイスだった。
「ほれ。」
先生は袋を開け、二つに割ると片方を僕に渡した。
「えぇ~、片割れだけ?」
「文句言うな。赤点の癖に。」
「アイスと赤点関係ないし。」
僕はふたを開け、口に咥えた。
「どこまで進んだ?」
先生はプリントを覗き込むと、小さく眉間にシワを寄せため息をついた。
「まだ二問目か。こりゃ、今日中に終わるかわかんないな。」
呆れが一周回ったみたいで先生は軽く笑った。
「もし、今日中に終わらなかったらどうする?」
「終わらないことを前提に話すな。まず頑張れよ。」
先生は小突くようにでこぴんをした。
「頑張るけどさぁ、もしもだよ。もしこれが終わらなかったらどうするの?」
僕は結構痛かったでこを擦りながら聞いてみた。
「お前とずっとここで二人っきりかな。」
悪戯っぽい笑みを浮かべる先生に多分深い意味はなかったんだろう。
でも僕はその言葉に変な期待を抱いてしまった。
ダメだと頭ではわかってるのに。
「しっかし、クーラー効かないとこんなにもあっちぃもんなんだな。」
「う、うん。だから僕の脳みそも暑さで溶けたから問題解けない。」
溶けかけたアイスを一気に流し込み、ごみを捨てるために席をたった。
「いいからやれよ。マンツーマンでしっかり教えてやるからさ。」
にかっと笑う先生はずるいと思った。
僕の心を見透かして遊んでるんじゃないかと錯覚するくらいに生き生きして見えたから。
「絶対?わかんないこと、全部教えてくれる?」
「あぁ。赤城のためならな。」
僕は席に着くと、シャーペンを握って先生の顔を見た。
「じゃあ、恋の方程式、教えて先生。」
先生は一瞬キョトンとした顔をした。
「赤城はロマンチストだな。まぁ、出逢い×トキメキ=恋、だと俺は思ってる。」
少し照れながらも先生はちゃんと答えてくれた。
「…そっか。…もし、さ。出逢ったのが同性でときめいたとしたら、先生はそれも恋って言える?」
これは自分で諦めきれない僕にピリオドと言う名のとどめを刺すための最後の手段だ。
先生に、バッサリ切り捨ててもらえるならきっと後悔はないだろう。
案の定、先生は目を丸くしたまま僕を見ていた。
僕の問いに驚くのはわかりきってた。
あとは、先生の答えを聞くだけだ。
「多分、…それも恋だよ。」
予想してなかった答えに僕は瞬時に反応ができなかった。
「赤城は愛がどう言うものか説明できる?」
「…愛?」
先生は前の席の椅子を僕の方に向け座ると、顔を覗き込んできた。
首を小さく横に振るとははっと先生は笑った。
「聞いた話では、愛ってその人と一緒にいられるなら不幸になってもいいって思えることなんだって。だから、恋って愛を知るための大事なことだと思うからさ、相手が同性だとか社会的地位とか世間体とかで簡単に諦めちゃダメだと思うんだよね。」
さらっとそう言った先生がとても大きく見えた。
「赤城はまだ学生で将来はこれからなんだから、やりたいように、生きたいようにすればいいんじゃないかな。お前はまだ若いんだし、ミスしてもやり直せるからな。」
ポンポンと頭を撫でる先生の手の大きさと暖かさに、涙が出そうになった。
「…先生。」
「ん?」
「もう一個だけ、教えてくれる?」
そう言いながら席を立ち、こくりと頷いた先生の至近距離まで近づく。
「…先生の、セックス、教えて。」
「はぁ!?赤城、何言って…っ、」
僕は言い切る前に先生に抱きついた。
「赤城!」
引き剥がそうと先生は僕の肩を押す。
「お願い、先生…。僕に愛をください…、」
離れないようにしがみつくと、先生の手が肩から離れていった。
「赤城、自分がいってること、ちゃんと理解してるか。」
「してる、してるよ。普通じゃないことも、先生に迷惑かけてるのもわかってる。でも、でもね、」
僕は先生の顔を覗き込み、ひゅっと息を止めた。
「僕は、先生が好きだから…。それだけは何も間違いはないんだ。ごめん、先生…。」
気づいたら泣いていた。
温い涙が頬を伝っていた。
それに気づいてるのかはわからなかったが、先生は僕の頭を撫でてくれた。
「赤城、お前の気持ちが嘘だと疑うことはしない。」
「先生、ありがとう。」
僕ら以外誰もいない教室。
夏の暑さをも越える熱を二人で分けあった。
痺れるほどの激しさと割れ物に触れるかのような優しさにまた頬に涙が伝う。
あぁ、夢なら覚めないで。
幻ならそのままで…。
ぼんやりと涙越しに見える先生の顔に触れ、微笑む。
大好きと呟くとあぁと返事を返してくれた。
「先生、」
「…ん?」
「もぅ、僕思い残しないや。」
「…プリント終わらせろ」
先生の言葉に笑ってしまった。
僕の叶わない恋は叶ってないけど、つたわったよね、
ねぇ振り向かないで、でも気付いて。