― クリスマスの奇跡 ―
白鳥の歌シリーズ6
第1次世界大戦、兵士たちは塹壕の中でクリスマスを迎えた・・・
この時、戦車や機関銃といった、近代戦の革命によって発生した
塹壕戦のおかげで、戦線は膠着、イギリス軍もドイツ軍も
進むに進めず、引くに引けない、泥沼状況に陥っていた。
どちらも、岩だらけのフランスの平野に
何キロも続く溝を掘って睨みあっていた。
兵士はこの溝から機関銃や迫撃砲を打ち合う。
この塹壕にはねずみが出没して兵士達の食料を荒らしたり、
時に、眠っている兵士の足に噛り付いたり、当然のように
衛生状態も最悪だ。
こんな中で、泥まみれのイギリス軍兵士達は、
よれよれになってしまった、国王からのクリスマス・カードの
封を切った。
そしてそこから何百メートルと離れていないもう一つの塹壕では、
ドイツ兵がドイツ皇帝からのメッセージを読んでいた。
兵士達は寒さに震えながら、祖国の家族のことを思った。
今日はクリスマス・イブなのだ。
2つの塹壕にはさまれた荒れ地は、弾孔と銃弾で
ばらばらになった木々で荒涼としている。
この地域に動くものが一つでもあれば、即座に銃口の餌食となる。
この地域はそれほど広くなく、機関銃の発射音が途絶えた時には、
敵軍の塹壕から、弾丸を詰めるカチカチという音が聞こえるほどであった。
夜も更け、降り続いたみぞれもこやみになり、
気温はぐんぐん下がっていった。
第5スコットランド銃撃隊の見張りのイギリス兵は、
中間地帯の向こうから、いつもとは違う音が聞こえるのに気がついた。
ドイツ軍の塹壕で、誰かが歌っているのだ。
「シュティレナハト・・ハイリゲナハト・・」
「嗚呼、このメロディは・・・」
彼、イギリス兵が知っている歌詞は、
「サイレントナイト・・ホーリナイト・・」
「きよしこの夜」
彼はそっとメロディを口ずさみ始めた。
そして気がつくと、英語で、しかも大声でそれを歌っていた。
有刺鉄線の向こう側にいる敵兵との何とも奇妙な二重唱であった。
「シュティレナハト・・ハイリゲナハト・・」
「サイレントナイト・・ホーリナイト・・・」
もう一人の兵士が見張り小屋に滑り込んで来て、一緒に歌い始めた。
やがて、ドイツ側でもイギリス側でも、
次々と歌声に加わる兵士が増えていった。
砲撃戦の傷跡のすさまじいフランスの平原に、
さまざまな歌声が入り交じって流れた。
「きよしこの夜」の歌が終わると、ドイツ兵たちは
「オータンネンバウム」(もみの木)を歌い、イギリス兵はお返しに、
「ゴッド・レスト・ユー・メリー・ジェントルメン」
(互いに喜び過ごせたこの日)を歌うといった具合いであった。
こうして交互に何曲も何曲も歌い続けたのだった。
双眼鏡を持った一人のイギリス軍兵士は、ドイツ兵達が
常緑樹の枝にろうそくをともして土嚢の上に立てたと報告した。
クリスマスの朝が明けるとそれぞれの言葉で書かれた
「メリークリスマス」のサインが、この塹壕の両側に高々と掲げられた。
恐怖にもまさる、ある力強い力に引かれて、
兵士は一人、また一人と武器を置いて、有刺鉄線の下をくぐり、
塹壕の間の地域に出ていった。
最初はわずかな数の兵士であったが、見る見るうちに数が増え、
大勢のイギリス兵とドイツ兵が、クリスマスの朝の光の中で
顔を合わせたのだった。
しかし、クリスマスの休戦もここまでであった・・・・・
事態を憂慮した高官達が、ただちに兵士達を塹壕に呼び戻したのだ。
そして砲撃が再開された。
数時間後、イギリス軍は、二度とこのような
不祥事があってはならぬと、厳命を下した。
「我々は戦うためにいるのだ。
クリスマスを祝いにきているんじゃない。」
兵士達は命令に従った。
歴史が示すように、この戦争でドイツ側もイギリス側も、
当時の若者の世代を、ほとんど全滅に近い状態で失った。
しかし、わずかだが生き延びた者の心には、
前線で迎えた大戦初めの、あのクリスマスの忘れ得ぬ記憶が残った。
クリスマスの日の数時間、彼らにはイギリス国王でも、
ドイツ皇帝でもない、仕えるべき別の君主がいた。
クリスマスの奇跡をその胸に刻みつけながら・・
<了>
― クリスマスの奇跡 ―