昔の暮らし

《本日のテレビ授業参観はスペースコロニー第三小学校五年三組です。視聴覚教室で行われた歴史の授業を見てみましょう》
 
 三十名ほどの生徒に向かって、女性の教師がしゃべり始めた。
「さて、みなさん。前回までは資料ばかりで少し退屈したでしょうから、今日は映像を見てもらいながら授業を進めますね」
 教師が手元のパネルを操作すると、教室が少し暗くなり、前方のスクリーンに映像が映しだされた。
「見てわかるように二次元動画で、しかも、実写でもCGでもありません。まあ、当時の技術で作られたものなのでしかたありません。でも、当時の生活を知る上では大変参考になります。元々、大量に作られたもののようですが、現在まで残っているのはごくわずかです」
 それは、ある一家の生活模様が十分程度のエピソードとして描かれているものだった。
「これを見ると、当時の平均的な家族構成がよくわかりますね。この妙な髪形の女性がこの家の長女です。そばにいるのは彼女の夫で、子供も含めて長女の実家に同居しています。もっとも、いわゆる婿入り婚ではないようですが。それから、長女とずいぶん歳が離れていますが、この幼い兄妹が長男と次女です。長男はみなさんと同じ五年生ですよ。あ、今、長男を叱っているのが父親で、それをなだめているのが母親です」
 生徒の一人が手を挙げた。
「先生、父親の髪型が変ですが」
「そうですね。実は、後で出てきますが、この時代の人間は、今では考えられないような生活の習慣を持っていて、その影響ではないかと思います。あ、ほら、ここです」
「なんでしょう。口に白い棒のようなものをくわえて、湯気を出していますね」
「いいえ。これは湯気ではなく、煙なんです」
「えっ、まさか」
「本当のことです。元々はアメリカ原住民の習慣らしいのですが、乾燥させた葉っぱに火を点けて、その煙を吸うのです」
「で、でも、体に害があるでしょう」
「もちろんです。この葉っぱは普通に商品として販売されていたのですが、パッケージにもハッキリ有害だと書いてありました」
「それなのにお金を払って購入し、火を点けて煙を吸っていたというのですか。そんなこと信じられません」
 他の生徒も、「ありえないわ」「考えられないよ」などと言っている。
「今の常識で昔の人を悪く言ってはいけません。それに、これぐらいで驚くのはまだ早いですよ。ほら、長女の夫が唇の分厚い男性と話しているでしょう。この二人は同じ職場で働いているのですが、仕事の帰りにあるものを飲もうという相談をしているのです」
 今度は別の生徒が手を挙げた。
「わかりました。還元イオン水ですね」
「違います。なんと、アルコールなんです」
 今度は半分以上の生徒が「ええーっ」「そんなのウソだ」「死んじゃうよ」などと声を上げた。
「静かに。もちろん、水で何倍にも薄めたものです。それでも、むちゃして大量に飲めば急性中毒になりますし、運が悪ければ命にもかかわります。でも、当時は最もポピュラーな飲み物だったらしいのです」
 また、違う生徒が手を挙げた。
「それじゃあ、かわいそうに、昔の人は長生きできなかったんでしょうね」
 教師は首を振った。
「それが違うのよ。不思議ですけど、この一家は何十年も歳を取らなかったようなのです。何かわたしたちの知らない、秘密の健康法があったのかもしれませんね」
(おわり)

昔の暮らし

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《本日のテレビ授業参観はスペースコロニー第三小学校五年三組です。視聴覚教室で行われた歴史の授業を見てみましょう》 三十名ほどの生徒に向かって、女性の教師がしゃべり始めた。「さて、みなさん。前回までは資料ばかりで少し退屈したでしょう…

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-25

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