幸福Ⅱ

工場脇の小さな公園、

焼けたベンチに腰を掛ける。


木の間隠れの、日差しがまぶしい。


水飲み場の子供らが、歓声を上げている。


蛇口をいたずらした噴水が、

可愛い虹をこしらえた。


子供らをほったらかして、

母親たちは、おしゃべりに夢中。


虹の向こうに、目を凝らすと、

職安通りは、陽炎が揺れていた。


二人の前を、車が一台通り過ぎると、

微かな風に、揃いのワンピースが揺れた。


強烈な陽光が、渇いた土にくっきりと、

二つの影をつくる。


小さい方の影が、小走りでやって来る

バスケットを、腕に下げるのは、

大きい方の影。


「ハイ、パパお弁当!」


最近得意の、小首をかしげるポーズ。


ちょっと照れくさそうに、差し出した。


「残しちゃだめだよ、全部食べてね!」

「わたしも、ママのお手伝いしたんだから。」


微笑の妻が、そんなやり取りを静かに見守る。


逆光の妻は、白い歯並みがやけに鮮やか。


陽炎の通りを二人は、帰って行く。

娘は角を曲がるときに、一度振り返るはず、

いつもそうするように・・


それから、跳ねるように、手を振る。

栗色のお下げ髪が、小さく揺れる・・



幸福・・そう思える瞬間・・

自分には縁遠いと思っていた。


破滅の淵から、私を掬い上げた女。

いつか妻となり、母となったが、

あの時は、アルコールを抜くために鬼となった。

そう、まさしく鬼になった。


やがて私は、朦朧とした意識と、濁った眼で、

確かに天使を見た。


そして私の天使は、春の良い日に、

日向の匂いのする、

小さな天使を生んだ。


木造モルタル二階の角部屋、

家族の始まりの風景・・


ささやかな、そしてかけがえのない、

幸福の風景・・



始業のベルが、聞こえてきた。


慌てて、握り飯を口に押し込むと、

工場の扉に、身体を滑り込ませた。


そして私は、二人の天使の為に、

二人の幸福のために、ひとつ汗を拭うと、

再び、旋盤に噛り付いた。


勢いよく回る機械は、

小気味よく、切り粉を吐き出し、


それは、窓からの光を受けて、

天使のように、キラめいていた。

幸福Ⅱ

幸福Ⅱ

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted