僕らはもう夢を見ない

僕らはもう夢を見ない

まだ完成していません。

狭いレッスン室にピアノの音が響き渡る。
甘くて優しいピアノの旋律。
彼も大好きだった曲。
曲が終わる、隣を見ると彼が笑顔で拍手している。
私もありがとう、と笑顔になる。
ああ、まただ。またこの夢だ。


広い部屋にペンの音がかりかりと響き渡る。
時々止み、そしてまた動き出す。
あいつの大好きだった音。
音が止まる、隣を見るとあいつが満面の笑みで作業をし終えたペンを見ている。
俺もよくやるな、と少しだけ笑う。
ああ、まただ。またこの夢だ。


「咲良さん!」
螺旋階段の下から愛らしい声が響いてきた。
その後に階段をせわしく登る足音がして、私は振り返る。
「…すずちゃん、どうしたの。」
彼女の名前は結城鈴蘭。この浜ヶ丘音大のピアノ科1年。自分の後輩でもある。
「今日、レッスンの後ってなんか予定入ってますか?」
「…いや、特にはないけど。」
「あ!じゃあお食事いきませんか?実は最近気になってるとこがあって…よかったらなんですけど。」
あまり人付き合いが得意ではない自分には唯一といっていいほど、慣れ親しんでくれる後輩だ。正直あまり行きたくはないが、こんな輝いた瞳で言われては首を縦に振らざるを得ない。
「…うん、いいよ。いこっか。」
「やったあ!さすが咲良さん!咲良さんのレッスン4時からですよね?私はもうレッスン終わっちゃったんで…。自習室で待ってますね!」
「うん、ごめんね。それじゃまた後で。」
「はーい!」
少しだけ微笑んで手を振ると彼女は満面の笑みで大きく手を振りかえしてくる。
子供のようなその仕草に思わず苦笑して、レッスン室に向かった。


「え、今日先生お休みなんですか?」
レッスン室でいくら待っていても現れない自分の師にやきもきして、電話をしたところ、今日は休みという事実が知らされた。
「そうなの。ごめんなさいね、ちゃんと連絡しておくの忘れてたわ。ちょっと体調が優れなくて。今度は必ず行くから。課題は前いってたやつをそのままやってきてくれればいいわ。」
「…分かりました、失礼します。…お大事に。」
通話が切れ、一つ溜息をつく。
さて、これからどうしたものかと壁掛け時計を見る。
本来レッスンが始まる時間からは30分が経過している。
レッスンは短くても1時間はかかるので、おそらく鈴蘭はその想定で自習室で勉強しているだろう。
なら、あと30分はこっちで時間をつぶすかと、鍵盤に手をかけた。



「すみませんね、古くさい建物で。何分改装工事もなにもしていないもので…。」
「いやいや、歴史が感じられていいじゃないですか。」
音大の玄関口を2人の男が歩いている。
1人の男はこの学校の副理事長。
そしてもう1人の男は雑誌の編集者である柏木純。
「それに今日は取材前の…言って見れば下調べみたいなものですから。こちらとしてもこの浜ヶ丘音大のそのままの姿をみせていただければ結構ですし。」
「はあ…しかし、なぜあなた方のような有名雑誌の編集者さんがこんなオンボロな音大に…。あ、いえ。言葉ではこう言いますが自分でもこの大学は素晴らしい大学だとそう胸を張って言えます。しかし、音大というカテゴリーでは他にももっと近代的で美しい大学があるのではと思いまして…。」
薄手のタオルハンカチで顔の汗をふく男に純はにこりと微笑む。
「ご謙遜を。確かに見た目こそ近代的とは言い難いですが、この浜ヶ丘音大は日本トップレベルの音大です。それに変に造形ぶったところより、こちらの方が神聖な大学という感じがして、僕はすきですよ。」
そう言えばほっとひとつ息を吐き、副理事長は本来の目的に移り出す。
「ありがとうございます。…ではどこから案内すればよろしいでしょうか。」
「そうですね…まずはやはり音大ということで練習にはげむ学生の姿が見たいですね。」
「分かりました…、ではレッスン室に案内いたします。」


曲が終わり、咲良はふうと一つ溜息をついた。
ーそろそろ行こうかな…
そう思い、鞄を手にかけてレッスン室の思い扉を開ける。
鍵をかけようと外に出るといつもは静かなレッスン室の廊下がほんの少しにぎやかな気がして周りを見渡す。
すると1年生の女子学生たちが集団できゃあきゃあといっている。
「…ほんっとイケメンだよねー。」
「ね!あ、待って、今こっち見なかった⁉︎」
「きゃー!笑顔も素敵ね…。」
美青年の転入生でも入ってきたのだろうか、それにしてもこの廊下で騒ぐのはあまりにも迷惑だ。あまり面倒なことには絡みたくないがここは先輩である自分が注意するべきなのだろう。
「…あなたたち、廊下では静かに…。」
「それにしてもたくさんレッスン室があるんですね。これなら同じ時間帯に何人もの生徒がレッスンを受けられますね。」
ー…え?
注意しようと思った咲良の声は、女子学生たちが視線を向けていた方から聞こえる声に遮られた。
「学生たちもこんな設備が充実しているなら快適に練習に励むことができるでしょうね。」
ーこの声…。
「ちょ…ちょっとどいて!」
注意しようと思った学生たちを押しのけて、強引に前に進み出る。
その先にいたのは。
ーなんで?
「優…。」
何度も何度も夢に出てくる愛する恋人だった。
いきなり目の前に出てきた咲良を見て、恋人そっくりの男は不思議そうな顔をして隣に引き連れている副理事長を見る。
「副理事長、この方は?」
「あ、いや…うちの生徒ですが…。雨宮さん、どうかしたのか?」
「優…じゃ、ない?」
「は?」
呆然としている咲良に男は微笑み、歩み寄った。
「…どうやら人違いをしているようだ。」
ー優じゃないの?こんなに…こんなにそっくりなのに?
声から、顔から、何から何までそっくりだ。
こんなこと現実にあるのだろうか。
でも。
「悪いね、仕事中なので…。僕はこういうものです。でも僕とそっくりだというその人に会ってみたいものだ。」
ー本当に優じゃないんだ…。
差し出された名刺を見て、咲良はうつむく。
「すみません…、人違いですね。…本当にすみません。」
唇をかんで、咲良は逃げるように駆け出した。
「あ!雨宮さん!…申し訳ありません、うちの生徒がとんだ失礼を。」
「いえいえ…。彼女の名は?」
「は…、雨宮咲良といいます。うちのピアノ科の2年生ですが…。」
「雨宮咲良…。」
咲良が去った方向を見て、純はまた微笑んだ。



「咲良さん⁉︎どうしたんですか⁉︎」
自習室に真っ青な顔で駆け込んだ咲良を見て、鈴蘭は大きな瞳を更に大きくさせて駆け寄った。
「ごめん…。」
「いや、謝る必要ないですけど…、どうしたんですか?」
「…ううん、なんでもないの。大丈夫。」
「なんでもなくないですよ。だって咲良さん…。」
泣いてるじゃないですか。
その言葉にはっとして目をこすると手のひらには涙がついていた。
それを見てまた涙はこぼれ落ちる。
「ごめん…、本当になんでもないの。でも似すぎてたの、そんなはずないのに…いるはずないのに。だってもう優は…」
死んでるんだから。

「なるほど、優さんにそんなにそっくりだったんですか。」
「うん…本当にそっくりだった…。顔から声から何から何まで。」
あのあと、泣きながらすずちゃんにしがみついた私は、大学の隣にあるカフェテリアにきていた。
よく私たちが時間つぶしに使う行きつけのカフェ。
そこで私はさっきの出来事を話していた。
「思わず動揺しちゃったけど…、冷静に考えれば優なわけないよね。だって優はもう…」
「…咲良さん…」
渡辺優、私の恋人だった人。
私やすずちゃんと同じく浜ヶ丘音大の生徒でなんだけど、ピアノではなくて、作曲を専攻していた。
私とは高校からの付き合いで、高3の春に付き合い始めた。
進路も一緒で、大学になってからはよくすずちゃんとも一緒に3人で遊びに行ったりしてた。
けど、ちょうど半年前に交通事故で亡くなった。
「ごめんね、なんか暗くなっちゃって。しかも今日はすずちゃんが行きたがってたお店、行くはずだったのに行けなくなっちゃって…。」
「お店なんて定休日か閉店しない限りいつでも空いてるからいいんですよ!あーでも…」
「?」
「わたしもちょっとあってみたかったなー、その優さんにそっくりだって人に。」
「…そうだね。でも私はもう2度とごめんだわ。」
ふぅ、と一息ついてさっき注文したカプチーノを一口飲む。
すずちゃんもそれにならってミルクティーを飲む。
「多分その人、雑誌の編集者さんですよ。」
「編集者?ああ、そういえば名刺に書いてあったような…」
「うちの大学に雑誌の取材が来るって、ちょっと前に聞きませんでした?」
「ああ、そういえば…。」
聞いたような気もしないこともない。
「取材前の下調べってとこじゃないですか?でも雑誌の編集者さんなんて関わりないし、万が一生徒に取材するってなってもうちら下級生の一般ピープルは選ばれませんよ。」
「…だよね。」
「もう2度と会うことないでしょ。大丈夫ですよ。」
「…うん。」
そっか、さっきは偶然会っただけで私とあの人には何の接点もないんだよね。
どこか安心してちょっとだけ濁ったカプチーノを見つめる。
「あれ?それはそれで寂しかったり?」
思いもよらない言葉に顔を上げるとニヤニヤとからかい顔をしたすずちゃんがこっちを見つめていた。
「…まさか。安心するわよ。もう2度とあんな想いしたくない。」
「ちぇっ。なーんか運命的だなーと思ってわくわくしたのに。」
「何が運命的よ…。それに私、もう恋とか彼氏とかそういうのどうでもよくなっちゃったし。」
「そんなこといつまでも言ってるつもりですか?」
一転してすずちゃんが真面目なトーンになった。
「…優さんのことがショックだったの、分かってます。けどいつまでもこのままってわけにもいかないですよ。」
「でも…。」
「でも、じゃない!」
すずちゃんが声を張り上げた。周りのお客さんの視線が痛い。
「優さんがいなくなってから、咲良さん、あんまり笑わなくなった。」
「そんなこと…。」
「今日だって…最初はあんまり乗り気じゃなかったでしょ。」
「…すずちゃん…。」
それは図星だった。すずちゃんが嫌いとかそんなことじゃない。
単純に人とどこかに行くのが面倒くさいと思った。
「ほら、図星でしょ。私、これでも勘はいい方ですから。わかりますよ、そんなこと。別に行きたくないなら断ってくれても構いません。恋したくないならしなくても構いません。だって咲良さんの人生は咲良さんのものですから。」
よく見ると、すずちゃんの瞳には涙が溜まっていた。
「…優さんのことを理由にして人生棒に振るなんてそんなの許せません!優さんに失礼です!」
しん、とカフェが静まり返る。
ちらちら、と周辺のひとがこっちを見ているのが分かる。
でもこれは私のせいだ。すずちゃんのせいじゃない。
「…ごめんね、すずちゃん…。」
すずちゃんがこんなに私のこと考えてくれているのに私は…。
「…でもね、ずっと消えないの。」
優の声。優の作った曲。優の笑顔。
優の存在が体に染み付いて、消えない。
それなのに恋なんて、できるわけない。


「よう、お疲れさん、純。」
「おー、またサービス残業か?」
「はっ、まあそんなとこだ。」
下調べを終えて職場に戻ってきた俺は、同僚の古渕に労いの言葉をかけられた。
「どうだ、音大ってのは。やっぱいーとこのお嬢さんとかお坊ちゃんばっかなのか?」
「んー…」
俺は目を閉じて、あることを思い出した。
『優?』
呆然として表情で目の前に突然現れたあの子。
「結構可愛かったよなー、連絡先くらい聞いときゃよかった。」
「は?なに、好みの子でもいたの?」
「好みかー、好みで言っちゃもう少し胸欲しいけど、でも顔はどストライク。」
「たっく、お前ってやつは…ついこないだ営業部の女の子引っ掛けてたとこだろ。」
ついこないだ?ああ、あれか。営業部のマドンナとか言われてる。
この前エレベーターで偶然一緒になったからどんなもんかと試してみたけど、たいした女じゃなかったな。
「あれは彼女じゃねーよ。」
「じゃあなんだよ。」
「…暇つぶし?」
「うっわ、最低。なーんでこんなやつがモテるのかねえ。」
からかい混じりの声を鼻で笑って、またあの子のことを思い出す。
「雨宮咲良ちゃんねえ…。次はあの子にしよっかな。」
「はーあ、世も末だわ。こんなやつに次々と上玉が取られて行く…。てかお前、編集長に今日の報告、しなくていいのか?」
「おっと、忘れてた。サンキュー。」
うしろでおいおい、とか言ってるのを背に、おれは編集長のデスクに歩み寄った。
「編集長、浜ヶ丘音大に下調べ、行ってきました。」
「おお、お疲れ。それで、取材する予定のモデル生徒、決まったか?」
「はい。」
俺はニヤリと笑って次のターゲットの名前を口に出した。
「ピアノ科の2年生、雨宮咲良です。」
なるべくながーく、俺を楽しませてくれよ?咲良ちゃん。

「は?私が取材を受けるモデル生徒に…?」
「ああ、向こうがわからたっての希望なんだ。雨宮さん、受けてくれるよな?」
…まるでもう決定しているような口ぶりね。
突然副理事長に呼び出された私は、応接間で溜息をついた。
「…すみません、私取材とか苦手ですし…それに練習に集中したいんです。断らせていただきませんか?」
一応もっともらしい理由をつけて断ってみる。どうせ無駄な気がするけど。
「…こんなこと、私も強要したくないんだが…。君でなければ取材はしないと言われているんだ。なぜかは分からないが…。とにかく受けてくれないか?向こう側から謝礼はあるらしいし…頼む、年々生徒の数が減ってきているんだ。取材を…受けてくれないか。」
副理事長が頭を下げる。私はそれを諦めモードで見ていた。
取材なんて冗談じゃない。けど、断るわけにもいかない。
「分かりました…取材を受けます。」



「えー⁉︎雑誌の取材、咲良さんが受けるんですか⁉︎」
「ちょっとすずちゃん…!声が大きい…!」
わたしとすずちゃんは今日こそ、すずちゃんの行きたがっていた店にきていた。
そこですずちゃんに取材の話をするとこの大声だ。
「いや…そりゃびっくりしますよ。」
「うん…私もびっくりした…。なんで私なんかが…。」
考え込むわたしと一緒にすずちゃんも腕組みをした。
「あ、もしかして…やっぱり運命だったんじゃないですか?」
「は?」
「あの優さんにそっくりだとかいう編集者さんですよ!あの人が咲良さんに一目惚れでもしたんじゃないですか?」
「ひ、一目惚れ⁉︎」
思わず大きな声を出してしまって、慌てて我に返る。
なんてこといってんの、すずちゃん…。
グラスに入ったお冷を一気に飲み込んで、心を落ち着かせる。
「…そんなわけないでしょ。」
「だってそれくらいしか考えられないじゃないですか。…咲良さん、美人だし。一目惚れしもおかしくないですって!」
「またすずちゃんはそんな冗談を…。」
「冗談じゃないですって!咲良さんこそ謙遜しないでくださいよ。」
謙遜なんかでもなんでもなくて、私は本当に自分の容姿には自信がない。
確かにいまみたいに美人だとかは言われることはあっても可愛いとかそんなことは言われたことがない。
多分愛嬌がないんだと思う、それは自覚してる。
私はすずちゃんみたいな女の子が可愛いんだなと常々思う。
肩までの髪はくるん、と内巻きで女の子っぽくて、瞳はいつもきらきらしててとても大きい。何より笑顔が輝いてて、女の子とはこういう子なんだなと思う。
「まあとにかく…取材もそんなに長くないって言ってたし、平常心で行ってくるよ。副理事長もいつも通りでいいって言ってたし。」
「…わかりました。落ち着いていってきてくださいね。私もついていきたいとこですけど…」
「そんな、大丈夫だって。私、これでももうすぐ20歳なんだから。」
「あ、そっか!もうすぐですよね、誕生日。お祝いさせてくださいね!」
「もちろん!…ありがとね。」
「ふふ、いえいえ。でも来年こそは彼氏とラブラブで過ごしてくださいよ。」
「またすずちゃんはそんなことを…。」
そう言いながらも私は笑う。
すずちゃんに泣きついてから、私は明るくなった気がする。あの夢も見なくなった。
大丈夫、落ち着いていつも通りにいけばいいの。
だってあの人は優じゃない。



「よっしゃ、取材オッケーでた。」
「ん?ああ、音大の取材か。…モデル生徒、どうせ女だろ。」
「あったりー、前話しただろ?俺の超タイプの子。」
「うっわ、仕事を私的に使うとかありえねー。」
げらげら笑うやつの頭を小突いて俺は大学から送られてきた書類にもう一度目を通す。
「雨宮咲良、ピアノ科の2年生…。高校は都内の音楽高校でコンクール受賞歴はっと…国内で7回か…。」
「へえ、結構優秀な生徒さんじゃないの。それで美人ときたらもう最高だな。」
「いや…でも大学に入ってからは1度も入賞してないどころか、コンクールにすら出てねえ。」
「へえー…スランプってやつ?」
「かもな…それにしてもこの高校…やっぱりそうか。」
「ん?なにが?」
「いや、こっちの話だ。」
俺は一旦目を伏せて、取材の日時をもう一度確認する。
「取材は…今度の土曜日、昼の4時からか。うん、そのあとデートするには最適な時間だ。」
「おいおい、本気で落とすつもりかよ。」
「当たり前。さあ、土曜日が楽しみだねえ。じゃあ俺はこれで。お疲れーっす。」
俺は一礼してむさ苦しい編集室を去った。


「あーあ、あいつ本気で落とすつもりだよー、今度は女子大生か。」
純出ていったあと、編集室で男たちがぱたぱたとシャツを仰ぎながら喋る。
「にしてもあいつよく平気で取材できるよなー。」
「え?どういうことだよ。」
「お前、知らねーの?あの浜ヶ丘音大ってさ…。」
あいつの死んだ弟が通ってた大学だろ。

とうとう取材の日になってしまった。
取材場所にと指示されたのは大学内の食堂。
私は何もできず、ただぼーっと突っ立って編集者の人たちを待っていた。
「お待たせしました、雨宮さん。」
…やっぱり似てる。
向けられた声に、動揺しないように、軽く深呼吸して振り向く。
「…今日はよろしくお願いします。」
「はい、こちらこそ。僕の名は柏木純といいます。」
「柏木…さん…。」
私が名前を呼ぶと柏木さんはにこりと微笑んだ。
笑顔までそっくりなんて…本当神様って意地悪だわ。
笑顔を向けられると胸がきゅうっときつくなる。
こんな感じ、久しぶりな気がする。
それをなんとか抑えて、精一杯笑顔で返す。
「あ…雨宮咲良です。あの…覚えてるか分かりませんが、先日は本当に…。」
「ああ、いいんですよ。気にしてませんから。それに、自分と全く同じ顔の人がいるなんて面白いじゃないですか。…もしかして、彼氏さんですか?」
「あ、いや、そんな…。彼は…。」
親友みたいなもんです。
まさか本当のことを言うわけにもいかなくて、精一杯の嘘をつく。
すると柏木さんはそうですか、とお決まりのことを笑顔で返した。
「それでは取材を始めますので…まあ取材といっても普通に自然体で大丈夫ですから、何も気にしなくていいですよ。」
「は、はい…頑張ります。」


あー、やっぱ可愛いなー。
ちょっとガード堅そうだけど、軽い女がいいってわけじゃないし。
美人だけど彼氏はいなさそうだな、まあいてもいなくても、どうせ奪い取るからいいんだけどさ。
「純さん、聞いてます?」
「…ん?」
「いや、だから取材終わりましたけど…。」
「おーそっかそっか。ごくろうごくろう。」
「はあ…。」
取材をした後輩の方をぽんぽんと叩き、俺は彼女に歩み寄る。
「ありがとうございました、雨宮さん。」
「あ、いえ…。たいしたこと、言えなかったんですけど…。」
顔も最高だけど、何より俺に動揺を見せないように、必死に隠してるのがまたそそるねえ。
「では謝礼はまた後日、学校の方に送らせていただきますので…。」
「あ、はい…。じゃあ失礼しま…」
帰ろうとした彼女の腕をがっちりとつかむ。
さあ、ここからが本番だ。
「あの…それで実は聞きたいことがあるんですが…。」
「は…?これ以上なにか…。」
そう言いながら俺の掴んだ腕を若干迷惑そうにみている。
ああ、いいな、その顔。落としたくなる。
「いえ、取材とか…そういう仕事ではなく…。私的なことなんですが…。」
彼女はますます俺に疑いの目をかけてくる。
まずいな、このままだと逃げられちまう。なら…
「前に僕と似てるって言ってた人のこと…。」
「!優ですか⁉︎柏木さん、やっぱり優と何か関係があるんですか?」
きたきた、見事に墓穴を掘ってくれた。
「そうなんです。で、そのことで話があって…。少し聞いて欲しいことがあるんですが…。ここじゃなんなので、僕このあと直帰の予定なのでよかったらカフェででも聞いていただけませんか?」
「は、はい。じゃあ大学の横にあるカフェで…。」
「わかりました。すみませんが少々お待ちください。少しだけ仕事の伝言があるので…。」
そう言って一礼して俺は後輩のもとに駆け寄る。
「あ、純さん。このあと直帰ですよね。」
「ああ、それよりあいつにいっといてくれ。」
またあの同僚がぐちぐちと文句を言う姿が目に浮かぶ。
「まあ0.1%くらい奇跡があったとしても…99.9%落とせたってな。じゃ、よろしく。」

僕らはもう夢を見ない

僕らはもう夢を見ない

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-24

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