ストーカー予行練習~前編~

新入社員の森本は、はっきりいって『使えないやつ』だった。
書類にはかならず誤字・脱字があり、パソコンもロクに使えず、極めつけは勤務中に寝てしまう始末である。しかも女のくせに髪の毛は常に乱れており、カサカサに乾燥した唇は噛みまくったのか傷だらけであった。目の下には薄い隈があり、お節介な上司が蒸しタオルを渡すと、「大丈夫なので」と嫌そうに断っているのを見た事がある。
当然彼女に友達と呼べる人物もいなく、昼は一人で自分で作ってきたのであろう
お弁当を持参して食べていた。
そして、彼女が社内でいじめられていることも、俺は知っている。
*
…またボールペンがなくなっている、これで何度目だろう。
私はこの会社について一ヶ月目で、女子社員達のストレス発散機として扱われるようになった。社長に相談なんてしたらもっと酷い事をされるだろう。
元々内気な性格の為、小学生の頃から私はいじめの対象であった。
蹴られ、蔑まされ、親にも見放され生きてる事が正直しんどかった。
ただこの空間での''いじめ''というものは、物を隠す、陰口を言う。
ただそれだけであった。今までは気が済むまでお腹を殴られたり、
髪の毛を切られたりしていたのだから、こんなのまったく気にならなかった。
そういえば、今日は橋本さんの送別会だっけ…
生憎、というかいつもお金がないから、今日の誘いも断っておこう。
*
「森本さんって、化粧したらきっと美人だよな」
唐突に発せられた同期の吉田の一言に、おもわず口に含んでいたビールを吹き出しそうになる。どうやらかなり酔っているらしく、顔が耳まで真っ赤になっている。「でも、スタイルはいいほうですよね。」落ち着いた雰囲気の田中がちびちびと焼酎を飲みながら答える。それに乗っかるように、ジョッキを勢いよく机に置いた三輪課長が「女は、やっぱり胸に決まってんだろ!」と叫び散らす。辺りから課長に対する罵倒の声が聞こえてきた。あぁ、もう帰りたい。
*
家までの路地を早足で歩いて行く。ここら辺は小さい時から苦手だ。
今頃皆はお酒を飲んで笑ってるのかな。
足を一歩動かすたびにカツカツとヒールの音が鳴る。
湿った地面の隅に生えている苔を眺めながら進んで行くと、またマイナスな事を考えてしまう。明日も明後日も会社に行かなければならないなんて。
あの会社が嫌いな訳じゃない。
あの会社にいる人達が嫌いなんだ。汚い言葉しか言えない低俗で下品なあの人達が。
私はなにも悪くないんだ。只平和な生活をしたいだけの私に、何故構ってくるのか。
グッと唇を噛みしめる。昨日噛んだ所が痛むが、痛みに耐え歯に力を込めると、ブツッ、という音が頭の中に響き、温かい液体が顎を伝う。昔からの癖だ。嫌になる。
前方に我が家が見えた。早く帰って、今日はもう寝よう。
*
「いっ…」腰がバキバキと音をたてる。無理もない、昨日帰りたくても帰れない様な状況におかれていたからだ。吉田は女はやっぱり…という熱弁を聞かせてくるし、部長はしつこく酒を進めてくるし、送別会どころではなかったのだ。
とうの橋本も酒に飲まれ、ふらふらになりながら帰って行った。恐らく送別会に出席した過半数の人々は記憶がないだろう。それなのに今日も出社だなんて、本当に休みたいくらいだ。家には気遣ってくれる優しい妻も子供もいないし、こんな時世の世知辛さを感じるものだ。早くこんなボロアパートを出て、一軒家で家族と仲睦まじく暮らすのが俺の理想だ。考えただけで口角が上がってしまう。
さて、なんだか今日は早く会社に行きたい気分だ。頭はまだ痛むが、外の空気を吸えば少しは落ち着くだろう。
*
今日は早くに会社に来てしまった。理由は二つある。一つ目は、昨日まだ終わっていないデータの整理をせずにそのまま帰ってしまったからだ。なぜなら、ほとんどの人達が飲み会に行く中、私一人だけ残ってパソコンをいじるなんて嫌だからだ。
「あ、またあの子ひとりだけ残ってるんだ」「ほんとにノロマだな」そんな声が頭の中を行き交って、いても居られない空気だった。だから、用事があると嘘を吐いてそそくさと家に帰ったのだ。そして理由二、家に鼠がいた。朝ごはんとお弁当を作る為にざるに上げておいたキャベツを、二匹の鼠達が目を細め嬉しそうにそれを頬張っていたのだ。この区域は鼠がよく出ると言われているが、実際に見るのは初めてだったから、驚いて手に持っていたマグカップを床に落としてしまい、物音に気付いた鼠達が慌てて机の下に逃げて行き、恐る恐る覗いて見たが鼠達は既にいなかった。鼠の巣穴らしき物も見当たらなかったし、鼠達がどこに消えたのかは分からない。
兎に角、もう一度鼠に会うのは勘弁なので、家にある食材を全て冷蔵庫に閉まっておいたが、効果があるかは分からない。もしかしたらの事も考え、袋にそのまま入れていた玉ねぎ等は捨てた。だから今日はお弁当は作らず、近所のコンビニエンスストアでサンドウィッチとお茶を買った。
ーーーそろそろデータの管理をしようかな、と思いパソコンの電源ボタンを押す、と同時に部屋のドアが静かに開いた。
*
…なんてことだだ。誰もいないと思い小声で歌いながらドアを開けると、一瞬驚いたような顔をした森本と目が合った。森本が嫌いだという訳ではない、只自分の歌を聞かれたのが嫌だったのだ。何故なら、三十過ぎのおっさんが今流行りの人気アイドル『吉田 佳美』の新曲を口ずさんでいるなど、失笑もいいところだ。
森本は少し俯くと、少しだけ顔を上げ、「おはようございます…」と耳を澄ましてやっと聞こえるような声でぽつりと言うと、慣れない手付きでカタカタとパソコンを打ち始めた。絶対聞かれただろ、これ。

ストーカー予行練習~前編~

この度は私の処女作、ストーカー予行練習を読んで頂きありがとうございます。
きりのいい所で終わらしたつもりですが、全くですね。すみません(´・Д・)」
まだ物語は全く進んでいないので、是非後編もご覧下さい。

ストーカー予行練習~前編~

二人の視点から物語は進んで行きます。どうぞお読み下さい。 不定期更新ですが、なるべく週一でがんばりたいと思います。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-23

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