スマートフォンを忘れて
若干18歳で医師免許を取ったキア・ヴィシャスにも弱点があった…。この小説は去年、小説家になろう様で旧名リリという名で書いた小説です。
若干18歳で医師免許を取ったゴッドブレイン、キア・ヴィシャスにも弱点はあった。それは、お化け屋敷もとい夜の病院である。今、キアは忘れてきたスマホを取りに、双子の妹キサと一緒に自身が勤める病院、トルキア国立病院へと赴いていた。時刻は午前1時。
「何で、オレがこんな目に会わなきゃいけねえんだよ…」
キアが肩を落とすと、妹キサが小さな声で、
「お兄ちゃん。夜勤のときは一体どうしているの?」
声が、笑っていた。キアは少し目を細めた。
「気にしてること言うなよ、キサ。夜勤のときはひたすら音楽聴いてる。…じゃ、病院の中に入るぞ」
キアが、ゆっくりと病院の非常口をドアを開けた。
あたりは不気味なほどに静まっていた。キアの腕に、鳥肌が立った。キサはと言えば、全然平気な様子で、周りを見渡している。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だよ、キサ」
ぶっきらぼうにキアが言うと、キサはナースステーションを指差した。
「誰もいないみたい。患者さんに何かあったら大変だわ。私はナースステーションに残ります」
長いブロンドの髪を、キサは束ねた。
「じゃ、お兄ちゃん。私はここにいるから。スマホはお兄ちゃんが取りに行ってね」
邪気のない、笑顔で言うキサ。しぶしぶキアはうなづくと、持ってきていた懐中電灯を照らした。
誰もいない廊下を、キアはゆっくりと歩いていく。スマホは彼が所属する医局に置いてある。
「大丈夫。何ともない」
小声でキアが呟く。そのとき、友人であるアレックの言葉が頭をよぎった。
「(何でもな、この病院で医療ミスで亡くなった患者、多いらしいぜ)」
はっとキアは気がついた。スマホを取りに行くとき、一番最初にメールを送ったのが友人アレックであった。だがアレックはメールを返信してこなかった。一体アレックはどうしてしまったのだろうか? アレックは廃墟などを探検するのが大好きな男だ。キアはいつもやんわりと断っている。懐中電灯を照らす。階段が見えた。キアは、首をぶんぶん振りながら、階段を上った。
階段を上ってから、キアは空気の違いに気がついた。何だか、空気が淀んでいる。入院している患者がいるのに、その気配はまったくない。ごくり、とキアの喉が鳴った。さらに懐中電灯を照らす。そこに立っていたのは、生気のない、青白い顔をしたアレックだった。
キアは慌ててアレックの元へと走っていった。
「アレック! どうしてお前がここに?」
アレックの肩をぐいと掴んだ。だが、アレックは生気のない瞳でキアをじっと見ている。その瞬間、アレックの手に何かが握られた。すっとキアの喉にそれは当たった。
「つっ…」
キアの喉から、少し血が出ている。それに怒りをなしたキアは、
「お前…、いきなり何しやがる?」
アレックの顔を殴ろうとしたが、キアは気がついた。この男は…アレックではない、と。アレックならばこんなことを友人であるキアにしない。
「お前、一体誰なんだ!?」
叫ぶと、廊下の天井から薄気味の悪い女の声が聞こえた。
「ここの病院はね、死の病院ってみんなが言ってるの。この男もそう思うんだってさ」
「オレの勤めてる病院の悪口言うな!」
キアが天井に怒鳴る。すると、天井から女が降りてきた。ごくり、とキアは息を呑んだ。
「さっきからうるさい坊やだね。この男ともども病院という闇に消えなさい」
女がキアを舐め回すように見つめる。そして、アレックに目配せをした。アレックがメスを持ちながら、キアに突進してきた。メスの餌食になりそうになったが、どうにかキアは避けた。さらにアレックは襲ってくる。キアはすかさずポケットに入れていたメスを取り出した。
「護身用に持っててよかったな。だが、アレックを刺したくない…」
小さな声でキアが呟いた。どうにかアレックを救える方法はないだろうか。キアは必死に考え始めた。そして…、思いついた考えは、ただ一つ。この女の霊を、鎮めることだった。
今やキアの勤めるトルキア国立病院は大変なことになっていた。天井から下ってきた、もとい降りてきた女の霊、そして生気のない、友人アレック、人間(アレックは人間と言っていいものか)二人と、女の霊だった。
「なあ、あんた」
女の霊に、キアは話かけた。すると女の霊は不思議そうな顔をした。
「坊や、私のことが怖くないのかい?」
怖いですとは言えず、キアは、
「別に怖くない…。あんただって、もとは生きていた人間なんだろ?」
青白い顔した女の霊が、驚いた。それにつられて、生気をなくしたアレックもぽかんと口を開けている。
「随分と変わった坊やだこと。まぁ私ももとは生きていた人間よ。一応」
そう言って、女の霊の表情がみるみるうちに変わってきた。…憎悪の表情を浮かべている。
「私はまだ生きていたかった! 病気になった私は、この有名な病院の先生になら治してもらえると思った! でも…、私は…、あっけなく死んだ」
キアは、何も言えなかった。この女の霊がトルキア国立病院に殺された、ということ。まだキアはこの病院に勤務してから日が浅い。すると、女の霊はキアをすっと見据えた。
キアは動こうとしたが、体が固まって動かない。女の霊はキアを見ながら笑っている。
「お前、オレに何をした!?」
女の霊に向かって、キアが怒鳴った。
「坊やもこの子みたいにしてあげようか?」
「やだ! ふざけるな!」
すると女の霊は腕を組んだ。うすら笑いを浮かべている。
「随分と強情な子だね、あんたは」
体が動かなくなってしまったキアだったが、話すことはできた。キアは女の霊に視線を合わす。
「オレは、あんたを救ってやりたい」
その言葉に、一番驚いたのは、女の霊だった。
「私を…、救う?」
言葉が、若干柔らかくなっている。それを見たキアはにっこりと笑って、
「あんたも気づいてるだろうけど、オレはこう見えても医者だ。だから、あんたを救ってやりたい」
女の霊が、キアの背中をじっと見つめている。
「私は…! 一度死んだ人間なのよ! どうやって…!」
まるで断末魔のような声、いや、ヒステリックな声で女の霊が叫んだ。そんな彼女、いや女の霊を見てキアは、
「医療じゃない。別の治療だ」
「別の治療?」
女の霊が同じ言葉を反芻する。キアはうなずき、
「あんたはきっと、ずっとここにいるから苦しいんだと思う。だから、行くべき場所へ、行くべきだ。オレはそう思う」
「私が行くべき場所?」
首を傾げながら女の霊はキアを見つめる。キアは腕を広げて、薄っすらと笑う。いつの間にか、体が動いていた。
「そりゃいっぱいあるだろ? 思い出の場所とか、両親のところとか…」
キアがそう言ってすぐ、女の霊の瞳から、涙が出ていた。
「そうね…。私はお父さんとお母さんのところへ戻りたいわ」
うん、とキアはうなづいた。それを見た女の霊は、ほほ笑んだ。
「ありがとう、キア君」
首を傾げるキア。
「あんた、何でオレの名前知ってるんだ?」
「私は幽霊なのよ。何でも分かるのよ。あ、それと、キア君のお友達は元に戻しておいてあげるからね。じゃ…」
さよなら、と呟いて女の霊は消え去った。
すると、生気のなかったアレックが音を立てて倒れた。
「おい、アレック! しっかりしろ!」
キアはアレックの顔をピシャリと叩いた。すると、ゆっくりとアレックは目を開けた。
「あれ…? 俺何でこんなところに…?」
アレックは周りをきょろきょろと見ている。きっと、女の霊に操られていたことなど、覚えていないのだろう。あえてキアは、何も言わず、
「オレお前にスマホを病院に忘れてきたってパソコンからメール送ったのに何で読まないんだよ?」
「わり。夜間の病院探検をしてたんだ。でも何でキアがここに?」
笑いながらアレックが言う。軽く叱りつけるような声でキアは口を開く。
「だから、キサと一緒にスマホを取りに来たんだよ」
そう言ってから、キアは大事なことに気がついた。
「そうだ! すっかりキサのことを忘れていた! キサ!」
キアが病院の廊下で叫ぶ。すると、ゆっくりと静かな足音がしてきた。
「ひっ!」
恐怖でキアがアレックに抱きついた。足音の持ち主…、キサは小さく笑った。
「お兄ちゃん。一体どうしたの? あ、アレックさん。やはり病院にいたんですね」
「キサ。無事か? 何ともなかったか?」
アレックから離れ、キアは双子の妹であるキサに視線を合わせた。
「うん。ナースコールも鳴らなかったし。何ともなかったわ」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
キアは先ほどのことを話そうと思ったが、口をつぐんだ。
「じゃ、アレックにキサ。帰ろうぜ。今日は二人とも夜勤じゃないんだろ?」
アレックもキサも、頷いた。それを見たキアは、
「じゃ、帰ろうか」
三人して病院を出る途中、小さな声で呟いた。
「あんた、ちゃんと両親のもとへ行けたかい?」
END
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キア君ヘタレでしたね。案外キザな台詞も口走っていますが…。ここまで読んで下さった方々、どうもありがとうございました。