生駒さんの探偵録
まずはじめに、これは、三人の作者で展開していくリレー小説だということ。次に、あまり物語に期待しないで欲しいということ。そして最後に。
生駒さん、今日も失敗ですね。 著:八乙女一
「生駒さん、いくら尾行調査って言っても、ここまでやる必要ないんじゃないですか?」
眼前に見えるのは、運転席に座る、ショートボブの女性。ワンピースの上からカーディガンを着込み、この十二月の寒さに耐えているのは、探偵の生駒乃愛だった。
このビジネスホテルの地下駐車場で、どうして僕と生駒さんはじっと身構えているかというと、最初に言った通り尾行調査のためだ。
「なーに言ってんですか花城さん! いざ対象の人物が出てきたらすぐさま写真に収めるために、この六百ミリレンズを構えてるんでしょーが!」
今さらっと彼女は六百ミリレンズと口にしたが、それは本体の一眼レフの五倍の厚みを誇る、超高倍率レンズだ。
その気になれば数百メートル先まで撮影できるだろうそんなカメラで、一体何を撮ろうっていうんだ生駒さん。
「でも生駒さん、そのレンズ使ったこと無いでしょう」
「もちろんです。こんなの日常生活じゃ鈍器にしかなりませんよ」
鈍器をカメラに装着しないで欲しい。
「その六百ミリのレンズ、尾行先の鼻の穴しか写せませんよ」
僕は、倍率六百ミリの凄さを生駒さんに語った。
「んなわけないですよ。もうすぐ予定の時刻ですから、まあ見ててください」
そう言いながら、僕は、生駒さんのカメラを握る手に力が入るのを見た。五キロくらいあるに決まっている、重そうだなあ。
今日の仕事内容は浮気の証拠写真を依頼人に提供するという、比較的楽な職務だった。
「あああ! 出てきましたよ! 灰色スーツで四十代、あの人で間違いありません!」
叫ぶように、生駒さんは言う。そして、彼女はレンズを覗き込んだ。
「え、あ、待ってください! 見えませんよ見えません! 私は今どこを撮影してるんですか!」
生駒さんはレンズを四方八方に振り回しながら、カシャカシャとシャッターを切りまくる。
ほら、言わんこっちゃない。
「だから撮れないって言ったじゃないですか。もう行っちゃいましたよ、尾行相手」
尾行しようにも相手がいなければどうしようもない。
まあ、これも生駒さんと仕事をしているとよくあること。でも、仕事は山ほど舞い込んでくる。
それはなぜか。答えは、殺人事件の解決率にあった。でもこれは、おいおい話すとしよう。
本日も、素行調査に失敗した生駒さんと僕は、免許取りたての彼女の運転で、事務所へと戻るのだった。
事務所に帰る道すがらでは、まさに淀んだ空気そのものだった。これがほぼ毎日というのだから、切ない。
それはそうと、僕の自己紹介を忘れていた。こうして自ら体験したことを、小説風に日記に記すとなると、僕自身の紹介文も必要だろう。
花城零乃、十八歳でこのアルバイトを始めてから、もうすぐ一年が経とうとしている探偵助手だ。そして、今日が十九の誕生日。祝ってくれる人はただ一人、生駒さんだけだった。
助手席の窓に寄りかかり、流れ行く景色を目で追う。
探偵事務所に着くまで、少しばかり仮眠を取ることにしよう。
「生駒さん、僕少し寝ますね」
「らじゃ」
生駒さんはそう受け答えをすると、より一層アクセルを踏み込んだ。
探偵事務所で…… 著:風呂桶
「花城さん着きましたよ〜」
「え?あぁもう着いたんですか」
どうやら最近疲れが溜まってるらしい、結構深く寝たみたいだ。
「早く事務所に入りますよ。うぅ寒い」
「はい、わかりました。」
僕は身体の疲れか心の疲れ、いやその両方の影響で重く感じる足で階段を一段一段登っていく。そして、登りきり事務所のドアを開けた。
「本当に勘弁して下さいよ。こんなんじゃ探偵業やっていけませんよ。まあ今現在までよくやってけてるのが不思議ですよ」
理由は分かっている。彼女は普段は天然でとても探偵に向いているとは思えない。
しかし、それは今日の様な浮気現場の撮影や犬猫探し(探し当てるのは得意だが捕まえるとなると話は別)などのそこらの探偵でもできることで推理は別、この探偵事務所の7割はそれで稼いでいる。
正直、三か月前の事件の時の彼女を見るまで疑っていた。
「まあまあ、そう怒らない。ほら今日は何の日?」
「え?今日は・・・あっ」
「お誕生日おっめでとーう!」
そうだった、今日は僕の・・・。
疲れてて忘れていた。
「今日は日頃のことは忘れてパーっとやっちゃお?」
「ハァー」
僕は笑いながらため息をついた。
「わかりました。今日はパーっとやっちゃいましょう!」
と二人だけだけど僕達はとてもはしゃいだ。
「ふにゃー、もう食べらないよぉ〜デュフフ」
お腹いっぱいになり、すっかり寝言を言うまで出来上がっちゃった生駒さんを他所に僕はパーティーの後片付け。
それを終えるとはしゃいだせいか、疲れがどっと来た。
「さて、帰るか。」
そして、僕は早めに家に向かいベット飛び込んだ。そして、次の日になった。そう、昨日よりも疲れがたまる次の日に。
いざ豪邸へ 著:乙宮そら
「生駒さん。起きてください生駒さん。」
「んふふー…」
昨日の僕のパーティーで僕よりはしゃいでいた生駒さんは客人用の長いクリーム色のソファーの上でよだれを垂らしながら寝ていた。
どうやらあのままこの事務所でずっと眠っていたらしい。
「生駒さーん」
どんなに呼びかけても生駒さんは起きなかった。
普通誰かに起こされていやな時とかは、布団にもぐったりするものだが、そういう動きもなく、クカーと気持ちよさそうに生駒さんは寝ていた。
「生駒さんったら!もう。いつもそうやって食っちゃ寝してるから体重が増えるんですよ。」
そう僕が言うと生駒さんはパチっと目を開けガバッと起き上がった。
「今花城さん、私の体重増えたって言いました?」
そう言いながら生駒さんは目をこすり、よだれを手の甲で拭った。
「はい」
「そんなことないです!気のせいですよ!私スリムなんですからね。」
そう言いながら立ち上がり、えっへんと言わんばかりの顔で腰に手を置き、生駒さんは仁王立ちをした。
確かに生駒さんはスリムだけど、普通の人の倍は食べるので体重を気にしているらしい。その事を使った僕の【生駒さんを起こす作戦】は大成功した。
「冗談ですよ、生駒さん。やっと起きましたか。」
「え?嘘だったんですか?もう!ちょっとドッキリしたじゃないですか〜。」
生駒さんさんは驚いた顔をしたかと思うと少しほっとした顔をした。相変わらず生駒さんは表情豊かだ。
「いやこうでもしないときっと生駒さん起きなかったですよ。。それより仕事の準備をしましょうよ」
「らじゃ」
そう生駒さんが言うと僕らは早速今日の仕事の準備に取り掛かった。
そして15分くらいで終わった。
何せただ話を聞きに行くようなものだし、着替えぐらいだった。
僕と生駒さんは車に乗り込むと、ちょっと近めの豪邸へと車を走らせた。
今日の仕事はある豪邸からの依頼で、ペットを亡くした女性の混乱を収めに行く仕事って感じなのかな?
そういえば昨日のパーティーの最中に電話がかかってきたんだよなぁー…
ジリリリリンッ ジリリリリンッ
「花城さん電話なってますよ」
両手でピザを持って食べている生駒さんが言った。全く良く食べるもんだよなホント。
「はーい。」
ガチャ
「今晩わ、犬探しから殺人事件までなんでも承ります。生駒探偵事務所です。」
そう僕がいい終わった瞬間に女性の大声が聞こえてきた
「ちょっと探偵さん!?大変なの!私のモコちゃんが、私のモコちゃんが死んじゃったのぉ!!」
「モコちゃん?…ですか?」
少し僕は戸惑ってしまったが、すぐにペットが死んでしまったと言う事だと言うことに勘付いた。
「そう!私の可愛いモコちゃんが!今すぐ!…いや明日に朝でもいいわ!早く来てちょうだい!!」
相手の女性はとても混乱しているらしい。ここはペット葬儀屋じゃなくて探偵事務所だ。
「お気持ちをお察ししますが、取り敢えず気持ちを落ち着けてからおかけなおし下さ…」
「落ち着いて居られるわけないでしょ!!あのモコちゃんが…モコちゃんがぁぁ!」
このまま電話を切れば楽なんだろうが、仕事上そういうわけにはいかない。
チラッと生駒さんを見たが食べ物を味わっていて、この女性の叫び声は聞こえていないようだ。
このまま放って置くと何度か電話してきそうで迷惑だし、ショックで自殺なんてしたらペットが死んだどころの話じゃない。
「では、明日の朝に向かいますので落ち着いて下さい。落ち着いて住所を教えてください。」
「分かったわ。住所は◯県◯市◯◯◯◯◯よ」
そこはここの近くで一番有名な豪邸だった。
「何ぼーっとしてるの?花城さん」
その生駒さんの声で僕は我に帰った。
「なんか嫌な予感がするんですよねぇー。」
いくらなんでも混乱しているとはいえ殺人事件解決率が高いと有名な事務所に電話してくるだろうか?
生駒さん、ここから出られません。 著:八乙女一
「ここですか……」
目の前には、視界を全て阻まれるほど大きな、門。金色に色づいたそれは、僕たちを待っていたかのように、受け入れるように、開かれていた。
「すごいですねー大豪邸! 事務所もこんな感じにしたいものです」
凄いという言葉だけでは表現しがたい、どっしりと重厚感のある豪邸。中央に構える噴水を超えて見えるその優美なお屋敷は、例えるならホワイトハウス。今からそんな洋館にお邪魔するとなると、背筋も伸びるというものだった。
一歩。ほんの一歩だけ屋敷の敷地内に入った生駒さんは、拍子抜けしたように言う。
「あれ、お迎えの人とかいないんですかね?」
まあ言われてみれば確かにそうだ。迎えに上がる執事やメイドなんかがいてもおかしくない豪邸。だが、それもまた僕達がお金持ちの妄想をしすぎているだけかもしれない。
「そういうのはアニメやドラマの中だけなんじゃないですか? 僕もわかりませんけど」
「ふーん」
門から噴水へ、噴水から屋敷へと直線で繋がる整えられた石畳を、僕らは歩いた。見ているとそうでもなかったが、いざ実際に歩いてみると、なかなかの距離だった。
途中噴水から跳ねる水を嫌がって大回りした事を除けば、何事もなく玄関前まで着いたと言える。
白を基調とした青い屋根の家にはぴったりの、茶色の扉に金のドアノブが光る美しいエントランスだ。
その脇に、これまた金メッキか純金か、黄金色をしたドアチャイムが設置されていた。それを生駒さんが鳴らすと、予想通り屋敷中にチャイムの音が響く。
しかし、誰も出てこない。
「あら? メイドさんが来ませんよ?」
「メイドさんじゃなくて執事さんかもしれないですよ」
「なるほど」
こうして身も蓋もない会話をしている時でさえ、誰一人、お出迎えには来なかった。それこそ、メイドも、執事も。
「こういうのはですね、鍵が開いてたり」
ドアに手をかける生駒さん。そして続ける。
「するもんなんですよ……っと」
ほほう。これが探偵の勘か。
生駒さんが押した扉は、何のためらいもなく、開いた。外から頭だけ出して覗くと、ロビーは吹き抜けになっていて、二階のドアの数個も目視できる。そして、ジャラジャラと装飾がされている大きなシャンデリア一つが、全体を照らしている。かなり眩しく、それでいて美しく豪華だ。入ってすぐ目の前、真ん中に、どん、と設置された階段は、吹き抜けの二階へ続いている。
「いいんですか、勝手に入って」
僕は、つかつかと中へ入る生駒さんに言った。
「そんな台詞もサスペンスらしいですねー。燃えます」
これだからサスペンスオタクは困る。
すると何の脈絡も無く、生駒さんが大声を出す。
「だーれかいませんかー!」
まるでやまびこのようで、広い中央のロビーに生駒さんの声がこだました。
が、誰もいない。もはや人の気配すらないように思えた。
「門も開いてましたし、留守ではないと思いますけど……」
生駒さんに注意しておきながら、僕も館内に入る。
だが、それがまずかった。
扉を閉めた時に、聞いたこともない不可解な金属音がしたのを僕は聞き逃さない。
もう一度、答え合わせをするかの如くドアノブに手をかける。
「やっぱり」
開かない。
「何がやっぱりなんです?」
ぽかんとした顔で質問をする生駒さん。僕はその問いに、至極淡々と答えた。
「これはですね」
僕は、ただそこにある事実を述べるだけ。
「閉じ込められました」
生駒さん、どうします? 著:風呂桶
生駒「閉じ込められた?」
花城「ハイ」
生駒「どれどれ・・・・ホントだ」
生駒さんがノブを回してもやっぱり開かない。
生駒「これ、侵入者用につくられてますね」
花城「侵入者?僕らが、ということですか?」
花城「そうなりますね」
と僕らが会話を続けていると二階から、
???「誰だお前ら!」
と、気品ある服装の若い男性が怒号を僕らに向けて言い放った
???「おい、誰か泥棒だ!早く警察を!」
花城「ちょっ待ってください僕らは・・」
???「言い訳はいい!誰かー!」
花城「どどど、どうしましょう生駒さん」
生駒「いや、えーと、うーん、どうします?」
花城「どうしますって質問を質問で返さないでください!」
っと慌てふためく僕らを見て彼は、
???「ンフフフ、アーッハッハッハ」
と、さっきとは裏腹に笑い始めたのだ。
???「ハッハ、いやーゴメンゴメン、久しぶりのお客さんだったからつい」
花城「え?あ、え?」
僕らは思わずキョトンとした。
???「ちょっとしたイタズラだよ。君たちの慌てる所が見たくてね」
花城「な、なんだ〜そういうことかー」
それを聞き、僕はホッとして安心した。だがその後に少しムカッときた。
生駒「趣味悪すぎませんか?」
???「ゴメンゴメン、にしても特に君は面白かったよ」
と彼は僕に向けてそう言った。(この時点で70%ぐらい体力を使ってしまった)
生駒「で、あなたは?」
北馬「僕は矢倉沢北馬、この家の長男だ、よろしく」
生駒「生駒乃愛。探偵です」
花城「花城零乃です。彼女の助手をやってます」
北馬「ちゃんと事情は聞いているよ。ようこそ矢倉沢家へ」
そして彼はぼくらを歓迎してくれた。(嬉しくない歓迎だが)
北馬「君たちに依頼したのは僕の小百合おばあちゃんさ」
花城「そうですか」
声からしてそうだろうとは予想できた。
生駒「で、その依頼の内容とは」
北馬「話しでも聞いてると思うけどおばあちゃんが可愛いがってた犬が死んでいたんだ。これだけなら探偵の出る幕じゃないけどね」
花城「え、というと?」
生駒「誰かに殺された、ってことですか」
北馬「さすが評判通り、察しがいいですね」
花城「犬を殺す?なんの為に?」
北馬「わからないから依頼したんだろ。まあ話しはおばあちゃんや執事達に聞いてくれ」
なんてクセのある依頼なんだ・・・
北馬「頼むよ、報酬ははずむらしいしね」
生駒「当たり前ですがちゃんと真実を突き止めてみせます!(ドヤァ)」
花城「はぁ」
こうして大変な1日が始まってしまった・・・
生駒さん、おばあちゃんを尋ねましょう 著:乙宮そら
「じゃあ依頼人の小百合おばあちゃんから事情を詳しく聞きましょうか。そして犬を殺した犯人をパパッと言い当てて、報酬をもらいましょう!」
そう言いながら生駒さんは大きな足取りで、豪邸の奥へ歩き出したが、僕はある事に気がついた。
「生駒さん生駒さん。張り切ってるところ悪いんですが、小百合おばちゃんどこにいるのか知ってるんですか?」
生駒さんはあっと小さな声で呟き、北馬さんのところを向いて咳払いをした。
生駒さん…こういう所はちゃんとしてほしい。有名な探偵が豪邸で迷子になった!とかになってしまったらたまったもんじゃない。
「北馬さん。小百合おばあさんのいる場所はどこですか?」
「そこの廊下をまっすぐ行って、右側にあるドアだよ。〔koyuri〕って書いてあるからすぐ分かると思うよ」
「ありがとうございます。さて行きますよ!花城さん!」
生駒さんは僕の手首を掴んで引っ張りながら廊下へと向かった。
「うわぁー凄いですね生駒さん。」
僕は口をポカンと開けながら廊下を眺めた。
四角い白と茶色のタイルの上に、真っ赤で大きなカーペットが真ん中に敷かれている。
壁は白なのであろうが、壁と天井にあるライトや小さめのシャンデリアがオレンジ色の落ち着いた光を出してクリーム色にも見える。
所々にあるドアの模様は、木目で、ローマ字で名前のような物が書いてあるところもあれば、無いところもあった。
絵も飾ってありとてもおしゃれでこの家らしいゴージャス感も漂う廊下だった。
「いやー、報酬って何でしょうね〜?花城さん!ご馳走かなぁ〜!」
と生駒さんは豪邸の豪華なランチを思い浮かべているのか、垂れそうになるよだれを拭っている。
生駒さんに犬が殺されたと聞いても失せない食欲はもう、呆れるというか、尊敬に値するなもう。
「花城さんここですよ」
そんな事を考えながら歩いていると、〔koyuri〕という文字が書いてあるドアを生駒さんが発見した。
僕と生駒さんはドアの前に立った。
このドアの向こうに犬の無残な死体があるのかもしれない。
そうゆうことを考えると気持ちを整えておかない訳にはいかなかった。
「じゃあ、行きますよ?」
と、生駒さんに聞くと生駒さんは小さく頷いた。
その頷きを確認した僕はそっと軽く握った手で二回ドアをノックした。
生駒さん、これは難事件発生です。 著:八乙女一
僕は、それを知っていた。
尖った鉛筆のような先が、二度のノックの後に、眼前に迫る。三十センチもあろうかというそれは、木目の扉を貫通し、僕の目と鼻の先で止まっていたのだ。
矢だ。
「うおっと! これはボウガンですね花城さん。それも二十二インチカーボンファイバー製です」
そんなことはどうでもいいですよ! 言い放ちたいのは山々だが、驚愕で口も動かない。
そしてこちらの沈黙を見計らったかの如く、扉の向こう側から老いた女性の叫びが聞こえてきた。
「あなた達も私を殺そうとしているんだわ! 開けたらまた撃つわよ!」
呼んでおいて撃つなんて、待ちぶせ甚だしい。
「おばーちゃん落ち着いて! 生駒ちゃんですよ!」
「知らないわよそんな人!」
一向にパニック状態が治まる様子はなかった。だが、生駒さんの一言で状況が一変する。
「たんていの! いこまです!」
探偵の。
その凛々しくもすかしたような言葉が錯乱状態の彼女を現実に引き戻したらしく、ひとつ間を置いて、おっかなびっくりといった調子で声が聞こえてきた。
「生駒……探偵事務所の?」
「そうですよ!」
「あら…………そう」
呆気にとられたような、どこかぽかんとしたような風。そんな空気がドアの下の隙間から漏れてくる。
「……開けますよ?」
そう確認して、ドアノブに手をかける。また撃たれようものならたまったもんじゃない。返事は無かったが、逆にそれが了解の合図だと確信した僕は、ゆっくりとゆっくりと、至極慎重に金縁の扉を押し開ける。
矢こそ飛んでこなかったが、かわりに鼻をつくような、つんとした異臭が漂ってきた。卵と魚を同じ容器で腐らせたのかと思うほどに、なんとも例えがたい臭い。
だが、僕はそれを幾度となく嗅いだことがあった。
「花城さん……この臭いって犬ですか?」
「いえ」
推理せずともわかる腐敗臭。犬の臭いでは成すことのできないそれの正体は、火を見るより明らかだ。
人。
言い表すには簡単だが、その重みは計り知れない。
しかし、ドアを完全に開け放ち、全貌を見据えた室内は、意外にもあっけらかんとしていた。
白と茶色のタイルの上に赤い絨毯。それにクリーム色の壁を見れば、この洋館の廊下の雰囲気を延長しているような部屋だ。赤絨毯に混じって血痕というベタな展開でもなく、血まみれのベッドがあるわけでもなかった。木製のアンティーク調のテーブルや椅子も、何の変哲もなくそこに設置されている。
そうなると、この悪臭は何だ。遠くからするということもなく、すぐ近くのような臭いの濃さ。だが、原因が何一つとして見当たらない。
ただひとつ不審な点を挙げるとすれば、部屋の隅に縮こまり、黒く淡く光るボウガンを構えた老女がいることくらいだった。
「小百合さん、落ち着いてください」
マニュアルのように淡々と、僕は言った。
「……もう落ち着いてるわよ、大丈夫」
ゆっくりと立ち上がる彼女は、気味悪そうに僕らを、舐めるように見る。落ち着いていると自分では言いつつも、小百合さんはどこか怯えているような気がした。
「……早速ですが、そのモカちゃんの元へ案内して頂いてよろしいですか?」
沈黙を埋めるため、直接本題に踏み入れた。生駒さんは、珍しく黙りこくって天井を見上げていたが、とくに僕は気に留めることもなかった。
小百合さんからは、一向に返事が無い。しんとした雰囲気が流れ行くが、誰も口を開こうとはしなかった。第一、僕が質問したのだから、小百合さんが答えるのが常識であり、基本的な会話の流れのはずだ。
ふと、僕は左肩に生暖かいものを感じた。決してこの部屋の重苦しい空気に耐えかねたのではなく、実際に暖かな、湿ったような感覚がしたのだ。
じゃあそれは何か。率直に要約してわかりやすく単純明快単刀直入に言わせてもらうと、血液だった。僕が黒ベストの下に着込んだ真っ白なシャツに付着した、その赤く滴ったようなシミを見ればよくわかる。
だが、その血はどこから来たかと。そう思うのは当然の事であり、上から下に落ちてきたのならば、原因であろう真上に顔を向けるのは必然の行動だった。
イエス・キリスト。十字架に両手首と両足首を打ち付けられ、公開的に処刑された、キリスト教としても名高いあの人物である。あまりにも有名なその処刑、十字架刑の最終的な死因は、窒息死だったという。
その光景が今、天井を見上げた僕の目の前に広がっていた。手首、足首を矢で打ち付けられ、十字架をかたどるようにして天井に貼り付けられていたそれは、ペットの犬や猫など生ぬるいものなどではなく、紛れも無い人間だった。二十代前半か、十代後半といったところか。純白のバスローブひとつしか身にまとっていないその女性は、口元にガムテープを何重にも施され、飛び出るのではないかと思うほど見開かれた眼で、僕を見つめていた。黒く艶のある髪は乱暴に切られた様子があり、生前はロングヘアだったろうに、今現在は短く断たれている。
第一に、口に出す言葉が見当たらなかった。それに、ここまでの殺し方ができる人物なんて、とんと見当がつかない。
しかし、意外にも生駒さんは冷静沈着だった。
「小百合さん、まずボウガンを置いてください。このままだと犯人にしか見えませんよ?」
生駒さんが殺人事件の現場を見慣れているのは僕だって知っていたが、ここまで猟奇的な死に様の死体を目撃してすらこうも落ち着いているとは、もはや何かの病気としか思えなかった。
小百合さんは、生駒さんの願いを聞き入れたのか、どこか納得したように、ふらっとボウガンを床に置いた。
「それでは、推理の前段階として、いくつか質問させていただきます」
室内に数あるアンティーク家具の椅子に、僕と生駒さんは腰を下ろしていた。長方形のテーブルの向こうには、すっかり落ち着いた様子の小百合さんが、残酷な光景に背を向けて座っている。
「まず一つ目の質問です。これをやったのはあなたですか?」
これ、というのはもちろん、あの残虐的な十字架刑のことを指していた。丁度小百合さんの奥に伺えるその恐ろしい風景に、吐き気すら感じてくる。部屋を変えるよう生駒さんに提案したが、面倒くさいと、ぴしゃりとやっつけられてしまった。
「私がやるわけないじゃない! 可愛い孫娘なのよ!」
突然叫び声を上げる。先ほどまで落ち着きを取り戻したかに思えたが、それもまた違ったようだ。孫を殺されたともなれば、仕方のないことだ。
「では二つ目。今現在この家にいるのは、あなたと、他に誰ですか?」
生駒さんは何のためにそんな質問を? と、僕は頭上に疑問符を浮かべたが、意図がつかめない事を言うのはいつものことで、敢えてツッコむこともしなかった。
「私と孫娘と、執事が一人だけです。孫娘の両親は、一昨年の航空機事故で亡くなりました」
ここで、引っかかるものを感じた。小百合さんと、お孫さん。それに執事さんだと、この屋敷にいるのは三人だけということになる。
「三つ目です。矢倉沢北馬さんをご存知ですか?」
きっと、生駒さんはどこか確信を得たのだろう。そして、それは答えとともに裏付けされた。
「いえ、私は存じておりません」
生駒さん、何者ですかね? 著:風呂桶
僕はその返答に驚きを隠せなかった。
花城「え?」
生駒「間違えありませんね?」
小百合「はい」
じゃあ僕たちが見た彼は一体・・・
花城「え、じゃあ生駒さん、さっきの人は」
生駒「現状ではわかりませんが、犯人の可能性が高い人物です」
僕たちはそんな危険人物と近くで話していたとゾッとした。というかそれがわかってまだ冷静な生駒さんの鉄のハートにも驚く。
花城「最近若い男性に会ったとか」
小百合「いいえ」
花城「そうですか」
僕はここで一つの引っ掛かりを思い出す。
花城「小百合さん、あなたは何故孫である彼女が死んだにも関わらず、警察を呼ばなかったのですか?」
そう、これは探偵ではなくても考える事だろう。人が死んだのだから警察を呼ぶのが普通。何故それをしなかったのか。
小百合「それは・・・」
生駒「それは警察の介入を防ぐためでは?」
花城「何故ですか」
生駒「考えられる理由は二つ、ひとつは顔見知りの犯行で捕まって欲しくないため。しかしそれだと私たちを呼ぶ理由もなくなるので今のところ考えづらいです」
確かにそれだと呼ばない方がいいだろう。
花城「もう一つは?」
生駒「もう一つはこの家に」
???「この家には警察に知られたくない過去がある、ってな感じか?」
声はこの部屋のドアの方からだった。
一同「!?」
全員が振り向いた矢先にはなんと玄関であった男がいた。
花城「北馬さん!?」
北馬?「どうしたんだ、そんな殺人犯を見たような顔をして?」
小百合「あなたがモカを殺したの!?」
と小百合さんはちかくにあったボウガンを向け、彼はすぐに両手を挙げた。
北馬?「おいおい落ち着きなよ、おばあちゃん。俺は殺しなんてやってねぇよ」
小百合「じゃああなたは誰よ?」
それを言われると彼は片腕を服の中に入れた。銃を取り出すのではないかと構えていたが彼が取り出したのは一枚の小さな紙だった。
生駒「名刺?」
そしてそれを僕らの方へ投げた。
北馬?「俺はこういうものだ」
生駒さんが名刺を拾い読みあげた。
生駒「品咲 北馬、品咲探偵事務所 所長?」
もう一人の犠牲者 著:碧霧翡翠
「そうゆうことだおばあちゃん、ボウガンをおろしてくれ」
子百合おばあちゃんはしぶしぶボウガンをおろすが手からは離さない。完全には信用しきっていないようだ。このことからおばあちゃんは品咲探偵事務所に依頼をだしていないことが見て取れる…
そもそも品咲探偵事務所なんて聞いたことがない本当に探偵なのか?いったい何故彼はここにいるのだろうか…やはり北馬さんが犯人なのか…わからない…
すると生駒さんが口を開いた
「すみませんおばあちゃんお飲み物を頂けないですか?」
「ええ、かまいませんよ。じゃあキッチンへ移動しましょう」
……………
この時北馬さんの表情が一瞬変わった…
「そういえば、お客様にお茶をおだししていなかったわね失礼したわ」
「いいえ♪」
子百合おばあちゃんと生駒さんが移動中何かを話ていたが僕は北馬さんのことで頭がいっぱいで話の内容が頭にはいってこなかった…キッチンへつくとそこには血まみれで倒れている執事がいた
「「「「っっっ!!」」」」
「背後から後頭部を一発か……」
生駒さんは執事に近ずき、首に触れた後首を振った
「そん…な…」
子百合おばあちゃんは両手で口を抑え小刻みに震えている。これはおそらく殺されたのが自分の身内であることと次は自分が殺されるという恐怖からくるものだろう
「生駒さん…」
「ええ、もう一人の犠牲者がでてしまいました…」
乱反射 著:八乙女一
キッチンというより、そこは厨房のようだった。
「遺体は腹部を切り開かれ、乱暴に別の人物の内臓が押し込められてます。死因は後頭部への殴打で間違いないですけど、殺した後、メッセージという形で腹部への異常な凶行に及んだのだと思います」
流し台の下に乱暴に倒れ、執事服に包まれた初老の男性を冷静に分析する生駒さん。なんのためらいもなくシャツを破って遺体の損傷を確認するところなんかは、一流の探偵だなと、感心してしまった。
しかし、腹部に別の人物の内臓が押し込められているとは、純粋に受け入れられるような情報ではなかった。
「内臓というのは、胃とか腸とか、ですか?」
生駒さんは質問には答えず、かわりに遺体のお腹に手首まで突っ込んだ。ずるっ、という生々しい音と共に、答えが見つかる。
「これは、子宮ですね。調べればわかりますが、孫娘さんのものかなと」
血だらけの手を引き抜く。小百合さんの恐怖に戦慄する表情が一層強まったが、生駒さんはそんなもの気にしない様子で、状況をよく観察していた。
「花城さん、北馬さんを大至急捕まえてください」
「え、北馬さんならここに――――」
振り返った先には、誰もいない。それこそ、北馬さんも。そしてもう一つ、ついさっきまでこの状況に怯え狂っていた小百合さんすらも、キッチンにはいなかった。あのすすり泣きも、耳に入ってくることはない。
「大至急、警察に連絡を」
▼ ▲ ▼ ▲ ▼
事件が起きてかなり経つというのに、やっと警察に連絡した、そんな猟奇殺人があっただろうか。何度考えても、通報が遅すぎた自分が馬鹿に思えてくる。異様な展開の連続で、頭が働かなかったのか。
豪邸の正面を取り囲む数台のパトカーに圧倒されながらも、僕と生駒さんは邸宅の正面玄関に、呆然と立ち尽くしていた。
背後から何者かの気配がして、それが正面に回り込む。レディーススーツをまとった、若い女性だ。
「生駒さんが言っていた通り、天井に貼り付けにされた少女の体内から子宮だけがくり抜かれていました。北馬という男は、現在捜索中です」
彼女は確か、対崎といったか。何度か顔を見たことはある。
「警部補さん、中に入ってもいいですか?」
「捜査中は禁止です」
生駒さんがさらっと言い放った願望も、あっさり突っぱねられる。
これからどうしたものか。その疑問すらも、簡単には解決しない。
対崎警部補が邸宅内に消えるのを見届けてから、生駒さんは口を開いた。
「花城さん、よく聞いてください」
一拍おいて、続ける。
「犯人はどこからどうみても北馬さんに間違いありませんが、一つ不可解な点があります」
「なぜ探偵事務所の所長と名乗ったのか、ですね」
「それは簡単なことです。小百合さんに近づきたかったからですよ。問題は、そこではありません」
僕は他に不可解な点など見受けられなかった。まるで性格が変わったかのような冷静さの生駒さんの、答えをじっと待つ。
「なぜその場で小百合さんを殺して逃げずに、連れ去ったのか。ですよ」
「まあ、確かにすぐに殺して自分だけ逃げたほうが簡単ではありますね」
「これはまだ予想ですが、小百合さんから何か情報を得たかったのではないかと」
なるほど、拷問でもなんでもして、何かしら聞き出そうというのか。相手は大金持ちなわけだから、狙いどころは多い。
「それと、彼の殺し方からして、ただ単に虐殺目的という事も考えられます」
確かに、孫娘の子宮を執事の内臓に押し込むような人間だ。同じようなことをしでかしても不思議ではない。
結局、捜査中は屋敷内にも入れない僕たちは、事務所に戻ってしまった。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼
「はあ……私達二人では見つかるわけないですし、心配です」
車から降り、事務所への道のりで、生駒さんはそう呟いた。一刻を争う時に、警察任せというのはどうも落ち着かない。己の無力さを痛感する。
事務所の扉、ドアノブに手をかける。
しかし次の瞬間には、慣れたような事務所内の風景は、以前とはまるで別物で、異世界を漂わせるものだった。
赤。深紅と言った方が正しいか、黒々とした紅が視界に飛び込んできた。見紛う事なく、血痕だ。
書類が散らばったデスクの上は真っ赤に染まり、壁から天井にかけて飛び散る血に、滴り溜まった血だまりが床に死を描く。
「おほー。これはこれは」
決して本心を見せない、冷静で演技がかった反応。生駒さんらしい。
僕は今日の度重なる惨劇でどこか神経が磨り減ったのか、不思議と動揺はしなかった。それどころか、冷静に分析している自分がいる。
「死体が、ありませんね」
室内に一歩入り込み、僕は言った。狭い事務所内だ。一望できる視界内には人型のものは見受けられない。
ならば死体はどこか、答えは極寒の箱にあった。
「花城さーん。牛肉買いすぎました?」
それがきっかけで冷蔵庫の中を覗いたが、事務所内と同様、赤に染まっているだけだった。
唯一違う点は、赤い塊が存在するということ。縦一メートルの冷蔵庫一杯に溢れたそれは、人間のものと断定するには証拠不十分で、またその他のものという根拠もゼロだった。
よって、この皮だけ剥がされたような肉の塊は人間だと、そう結論付けられたのだ。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼
後日談から言わせてもらうと、この事件は犯人が特定済みにもかかわらず、未解決という結末を迎えた。血みどろだった事務所は移転し、現在は少しばかり都市部に移っている。
「生駒さん、手紙が届いてます」
「なんですか、件名は」
「《口裂け女の正体を暴いてください》、差出人は、《春木高校オカルト研所属・対崎理華子》さんです」
「その依頼、受けましょう」
懐かしの・・・ 著:風呂桶
春木高校正門前
花城「春木高校か・・・久しぶりだな」
生駒「花城さんの母校ですか?」
そう、ここ春木高校は僕が去年卒業した高校である。
花城「はい」
生駒「実は私もなんですよ!」
花城「え!?」
生駒「という会話ができると良かったんですけどね〜」
違うんかい・・・っと、そうだったそうだった仕事があったんだ。
花城「オカルト研究会の人は・・・」
僕たちが学校の前を見渡してると1人がこちらに気付いたのか、手を振りながら向かってきた。
???「どいてー」
練習中のサッカー部を無視して走ってきている
???「もしかして、生駒探偵事務所のひ・・キャ!」
と彼女は盛大に転んだ。原因は石だと思う(が目立つものはない)。
そして、泣きっ面にハチと言わんばかりにサッカーボールが勢いよく彼女の方に向かってきた。
花城&生駒「危ない!」
僕は口よりもカラダが動いていた。彼女に近づきボールをギリギリで止めた。
花城「ふぅ」
緊張がほどけた僕は膝をついた。
生駒「流石私の助手です」
まるで自分がやったかの如くドヤ顔の生駒さん。
サッカー部A「大丈夫ですか?」
花城「はい、なんとか」
彼にボールを渡し、謝った後練習に戻った。
生駒「怪我がなくて何よりです」
???「ええ、本当にありがとうございます・・・て花城先輩!」
花城「えーっと、どこかでお会いしましたか?」
???「私です、対崎 理華子!」
花城「君が依頼主の?」
対崎「はい!えっ、じゃあ先輩今探偵ですか?」
花城「まあそうだけど」
生駒「私の助手です」
対崎「すごいです先輩!」
花城「えー、うーんと、その」
生駒「久しぶりの再会みたいですがそろそろ」
対崎「あっすいません。では部室に案内します」
叫び声 著:碧霧翡翠
「ここです」
対崎理華子に案内されたところは、オカルト部の部室っていったらこんな感じだろうなと想像するものとは真逆のものだった。
「綺麗ですね……。」
おそらく生駒さんの想像も僕と同じものだったのだろう……。目をまん丸くしている。
それもそのはず部屋の真ん中には机が4つ並んでいその上からは純白のテーブルカバーがかかっていて、美しい花々の花瓶が置かれている。それに窓から心地よい風と部屋全体を照らす日光、そしてほのかに香るラベンダーの香り……。
とてもオカルト部の部室とは思えない……。
「想像と違います。 先輩。」
対崎さんの声で頭の中に広がっていたふわふわした何かが消えた……。
「えぇ、あれ でも花瓶にはラベンダーなんてないですよね。」
あ、生駒さんが聞いちゃった……。
「あ、それはですね偽物の花です。それと……」
そう言って彼女が持ってきたものは、
「消臭力です。」
「なるほど。それでラベンダーの香りが……
ええええ。花偽物なんですか。」
「そこにびっくりするんですね。生駒さん」
僕的にはなぜ消臭力なのかが不思議なんですけど……。
◇◆◇◆◇◆◇
あれから30分も消臭力の香りについて話をしている生駒さんと対崎さん。
なんで消臭力の香りの話だけで30分も過ごせるんだろ。
「生駒さん。そろそろ。」
「そうですね。消臭力の話は少し我慢します」
「どんだけ消臭力好きなんですか」
生駒さんは、そうゆう僕の声を無視し対崎に質問をする。
「なぜ私たちに口裂け女の正体を暴いてほしいのですか。」
「それは……。この学校に口裂け女が出るという話を耳にしたからです。これはオカルト部として調べないわけにはいかないと思ったんです。でもだんだん怖くなってきちゃって……。」
あなたオカルト部ですよね……。
「オカルト部のあなたが恐怖を感じるほどのものなんですね」
「はいだから探偵さんにお願いしようかと思いまして。」
「わかりました任せてください。必ず口裂け女の正体を暴いてみせます。」
その時、部室の外で何かが崩れ落ちる音と同時に断末魔の叫びが聞こえた……。
Slit box 著:八乙女一
Slit box 著:八乙女一
すぐさま部室から飛び出る。
放課後の校内はいたって静かで、生徒一人も見受けられない。
「行きましょう!」
背中越しに、対崎理華子の声がした。かと思うと、彼女は僕を通り越し、廊下を物凄い速さで駆け抜ける。
しかしそのままぼーっと突っ立っているわけにもいかず、渋々僕と生駒さんは歩幅を対崎理華子に合わせた。
「お二人には移動中説明しますね」
と、対崎は先ほどの断末魔など知ったことではないかのように喋り出した。
僕や生駒さんからの返事も無いままに、彼女は言葉を綴る。
「あー……どこから話せばいいですかね──」
要約すると、話はこうだ。
築24年目のこの春木高等学校には、一年ほど前から掲示板ができたようで、生徒の間でのコミュニケーションに使われていたらしい。時折陰口めいた事もしばしば書き込みされていたようだが、基本的には会話も弾み、楽しい雰囲気の場であったことには変わりないようだった。
が、それもつい二週間前までの話。丁度14日前に匿名で書かれた書き込みを機に、掲示板はおろか、学校中の雰囲気が一変したという。
その匿名の書き込みでは、ハンドルネームは"SlitMouth"。和訳すると、口裂け。
そしてその書き込み内容も過激そのもので、"二年の生徒を皆殺しにしたい"だとか、"剣道部全員殺してやる"だとか。なかなか反応に困る書き込みだったそうだ。
しかし、丁度昨日。春木高校の掲示板に新しく書き込みがなされた。
内容は────。
「"今日誰か一人、確実に殺害する"」
「……なるほど、それで私達を」
「そうです。私を含め、皆口裂け女が出るぞーって怖がってしまって。ほとんどの子が今日は早めに帰っちゃったんです」
どうりで、外にいるサッカー部くらいしか生徒がいなかったわけだ。
正直僕はわりとビビっていたが、正気そのものの生駒さんをみて我に返ってしまった。探偵業が尻込みをしてどうする。
そうこうしているうちに、校内のあるトイレに辿り着いた。教員も三人集まってはいたが、それ以外に人影は見受けられない。
「先生! やっぱり言った通りじゃないですか!」
対崎はそう言い、教師の間をすり抜け、トイレの中へと入っていってしまった。先生方はその鮮やかな通り抜けっぷりに止めようが無かったようで、気がついた頃にはすり抜けられ、兎に角。対崎理華子は悲鳴を上げていた。
▼ ▲ ▼ ▲ ▼
便座の上には、制服姿の女生徒が座っていた。しかしこれは着眼点をずらした言い方だ。実際は、お腹のあたりを丸く深くくり抜かれ、その窪みには斬首された彼女自身の頭部がはめ込まれていた。だが、この光景ですら残虐極まりないというのに、さらに印象付けられる点がもう一箇所存在した。
口である。口は耳元に及ぶまで切り裂かれ、そのせいでぐっと上がった口角が、見開かれた両目と相まって狂った笑みを浮かべているようにも見えた。
「SlitMouth。口裂けというのは、ただのハンドルネームじゃなかったみたいですね」
僕は、世の狂気をかき集めたような光景を前に、言ってのけた。
虚言が、宙を舞う。
生駒さんの探偵録