ギターを弾く君

ギターを弾く君

終わり良ければすべて良しってわけじゃないみたいですね。

後悔と幸福と

多分あいつは勘違いしてると思うんだけど、俺は不良少年じゃない。最初から病人で、学校に行くのも嫌になった悲しい少年だったんだ。

余命半年前、体調のいい俺は、いつものように散歩していた。でもその日は川とか海じゃなくて、“水が見たい”っていう理由で、いろんな水を見に行こうと思ったんだ。公園の、噴水みたいに出る水道から出る水とか、居酒屋前にある風車の水とか、どこから流れてきてるかわからない下水道の水とかね。
4時間くらい水探しをして満足した俺は、最終的に、川の水も見にいこうと思ったんだ。

結果的にこの行動が君と俺を合わせてくれた。

河川敷で、ギターを弾きながらうたを歌う君は、髪の毛を少しだけ明るい色に染めていた。
大学生とか専門生にしては、若い顔立ちだし、声も幼いし、見た目もチビだし、高校生にしか見えなかったから、不良少女なんだなって、すぐわかった。
俺が少女の前に座ると、一瞬だけ俺を見て、笑った。
ような気がしたんだよ。今となってはわからないけどさ。

いつの間にかギターを聴きに行くのが日課なっていた俺は、毎日河川敷に通った。別にこれといった会話はなかったけど、君の歌ってる姿さえ見れれば、満足だった。
そのうち俺は、ギターをBGMに、河原に咲いてる花を摘んでは、君の前でその花の花言葉を語って聞かせた。
もちろん、直接話しかけてたわけじゃない。自分の世界に入ってる君に、俺の声が届かないのは分かってたから、俺も自分の世界で対抗してやりたいと思って、やってたんだ。ただの自己満だな。
でもこの日は違った。河原に行くまでの道中に咲いていたスターチス。この花を見せたとき、君の世界と僕の世界を繋ぐ扉が、一瞬だけ開いたような気がした。
「気になるか?こいつの花言葉」
初めて君に向けて話した言葉は、ちゃんと君に届いたらしく、ゆっくりと頷いてくれた。
「こいつの名前は『スターチス』花言葉は、『永遠に変わらぬ心』だ。俺と付き合ってほしい」
何を言ってるんだと自分でも思った。
案の定君は笑って、また自分の世界に入ってしまった。
でも少し様子が違う気がした。目と口を閉じて、ギターだけを弾き始めたからだ。
ボーンと低音が目立って、何処となく暗いメロデイが僕の耳に入ってきた。
振られたんだ。そう思った時、綺麗な音が一瞬聞こえた。それは数秒ごとに増えていって、いつの間にか暗い音から明るい音へと、コード進行していた。
目を閉じて聴いていたが、いつの間にか音は止んでいて、俺が目を開けると、笑顔の君が僕を見ていた。

「喜んで」

これが君との出会い。

それから俺は、とにかく幸せだった。毎日決まった時間に君と会って、いろんな道を手を繋いで歩いて、お互いの趣味を共有して、君の歌を君の隣で聞いて、俺の花言葉を君が俺の隣で聞いてくれて。
いつの間にか《死ぬための暇つぶしだったくそ長い1日》は、
《君といるには足りないくそ短い1日》になっていた。
それくらい君といる時間は長いようで短くて、すぐに終わってしまう。

これがある意味、薬より強い副作用だったのかもしれない。
あまりにも早く()ぎ去る1日は、僕の残り時間も等しく削っていったんだ。

血を大量に吐いて寝込んだのは、久しぶりだった。倍の重力を感じてるみたいに重くなった身体は、自分の意思ではあまり動かせなくなっていた。
病室の窓から眺める外の景色は、色がすっかり抜ていて、いつの間にか寂しくなっていた。君といるときはどんな景色でも輝いてたんだけどな。

この日を境に、いろんな奴がお見舞いに来るようになった。それは、自分がもう長くないんだということを、遠回しに教えてくれた。
ありがたい。その方が気が楽だ。

クラスで仲のよかった友達が色紙を持って来たとき、痩せ細った俺を見て泣いた。幼馴染がフルーツバスケットを持って来たときも泣いた。親戚も、いとこも。俺に関わった全員が泣いた。
ふと、君の姿が(よぎ)った。なんだろうな、久しぶりな気がして、俺は自然と笑った。
君がこの姿を見たらどんな顔をするんだろう。泣くのかな。でも君の泣いた顔は想像できないし、できるなら笑顔でいて欲しいからこんな姿は見せられない。
お見舞いに来て欲しいけど、泣き崩れる君を抱きしめてあげられない自分がいやだ。
だからといって、なにも言わずにお別れするわけにはいかない。どうすれば姿を見せずにお別れの言葉を言えるのか。
そう考えたときに目に付いたのが、花瓶に入っていた紫苑(シオン)の花だった。

翌日。朝の健康観察後に、こっそり病院を抜け出した。
今にも引きちぎれそうな身体を無理駆動させて、俺はゆっくり河原に向かった。この時間にここに来れば、君がいないことは分かっていたからね。
河原に座って、ゆっくりと深呼吸すると、君と過ごした時間の残り香も一緒に吸えたきがした。
君がギターを弾いていた場所に紫苑を置いて、俺の後悔と幸福も一緒に置いた。

「俺は間違っていた。余命宣告された1年前。諦めずに頑張っていれば、この病気がここまで悪化することはなかったかもしれない。でも突きつけられた死は、思った以上に安らかで、あと365日で俺は死ぬという事実は、俺から生きる気力を奪った。それと同時に安心できたんだ。もう辛いことも悲しいこともないのかって。飲まないといけない薬だって何回も捨てて自主的に寿命を削ったりもした。1年ぐらいじゃなく、1年以内に死ねるように。そんな時に君と出会ったんだ。出会わなければよかったとは思わない。それだけ幸せだったし、まだ生きてるんだっていう実感も持てたし、何より、君といるときは何もかも忘れられたんだ。辛くても隠していた現実も、日々後悔だらけで涙をこらえる自分も。こんな体になって…取り返しのつかない今になって君にこんな事を言っても、また後悔が増えるから、紫苑と一緒に置いていくよ」

「本当に、本当に、ありがとう」

病室では俺の弟が椅子に腰掛けて寝ていた。メモ帳を読んでいる途中で寝てしまったらしい。このメモ帳は、俺が弟に託したものだ。
俺の花言葉に関する知識と、君から教わったギターに関することが書いてある。
いつかこいつが大きくなって、君と話す日が来たときに、“答え合わせ”ができるように。
俺の幸せだった日々が君に伝わりますように。

ギターを弾く君

悲しい中の幸せが、一番儚くて、綺麗な気がします。

ギターを弾く君

投稿作品である【花言葉】の男の子目線です。 両方読んでいただけると、繋がります。

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更新日
登録日
2015-02-22

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