【習作】spring

 お話を最後まで書ききる、と言う事があまり無い(長編物ばっかり構想練る)ので、掌編で一つお話を。
 

 毎朝、窓の外から光が差し込む時間に合わせて私は起きる。
季節によって日の長さは違う。ここ数ヶ月は陽光が入り込むのに時間が掛かったが、最近は違う。確実に明るくなるのが早くなっている。
 今日も、ほんの1ヶ月前よりも早い太陽の光で起床した。うつ伏せの体勢をベッドの上でくるんと半回転することで仰向けに変え、腹筋の力で起きあがる。
「……んーーーーーー…」
 伸びをして、まだぼやけている視界の中で壁時計を探す。一人暮らしをする際、祖父から引き継いだ年季物の壁時計は、五時半ちょっと前を示していた。やっぱりちょっとずつ日の出が早くなってる。
 枕元に置いていた厚手のカーディガンを羽織り、羊毛の靴下を履いて、ストーブの火をつけた。ストーブの上にやかんを置いてお湯を沸かしている間に、雨戸を開けたり顔を洗ったり朝食の支度をやったりする。
 少し冷ませば猫舌の私でも飲めるくらいの熱さになったお湯をご飯に掛けてお茶漬けに。残りのお湯でゆず茶を淹れる。
「いただきます」
 あまり食欲のわかない朝でも、少しでも食べないと体が保たない。特に今日は吹奏楽サークルの定期演奏会だ。本番自体は午後からだが、午前中からの準備と練習に追われるから、しっかり食べなくては。ん?
「通知…あ、なっちゃんから」
 充電していたスマホがバイブする。液晶画面が光り、メッセージ主の名前を表示していた。残りわずかだったお茶漬けをかっこみ、お茶を一口飲んでから通知を開く。
『おっはよー!取り敢えず練習したくて先に行ってるよー♪鍵は開けたからね』
 おーなっちゃん、気合い入ってるね。まだ六時前だよ。よく入れたね。まさか昨日そのまま学校泊まったんじゃないでしょうね。
『バレた?』
 テヘペロするんじゃないの。
『お、お主どこから見ている…!そこか!?そこの窓か!?』
 朝からテンション高いね…。なっちゃん以外にも人居る?
『えっとね、イスと譜面台と指揮台と楽譜と楽器がいる。私の恋人のティンパニーくんもいるよ?』
 なるほど一人か、分かった。もう少ししたら家出るから、多分7時前には着くよ。
『え!?来る??来てくれるの!』
 来てくれるも何も、準備開始時間8時だし。
『それもそうだけどねー。んじゃそれまで基礎練とかしてティンパニーくんと兎戯れてるねー』
 なっちゃんとのやり取りの間に着替えを済ませた私は、さっくりと皿を洗い、髪の毛をポニーテールに結った。よし、大丈夫。
 灰色のダッフルコートを羽織り、いつものバッグを肩に掛け、トランペットケースを左手に持つ。
「……よしっ、行ってきます」
 一人暮らししてから二年目のワンルームにそう告げて、ちゃんと鍵を掛けたのを確認してから階段を降りていく。太陽は少しずつ昇ってきていた。
「おはよーございまーす」
「あら、おはよう」
 お隣のおばさんがゴミ捨て場にいたので挨拶する。防音仕様でも音漏れのするこのアパートで、私が夜中まで吹いていても全く気にしない人だ。聞けば元オーケストラ団員だったとか。
「今日、公演でしょう?見に行けなくて残念だけど、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます!」
 互いに笑顔で会釈してからその場を去る。朝日が照らし始める道路は朝露で湿っているので眩しく、思わず目をすがめてしまう。この時期の朝の雰囲気は好きだ。空気が澄んでいて、冷気が清々しくて、静かな音が響いていて、光が眩しくて。
 ハッと息をつくと、その息は白くなる。冬だけのその息は、何だか愛おしくてわざと深い息を吐いたりする。そういうことも、そろそろ来るであろう春が近付くにつれて別れを告げるのだろう。寂しいような、また一年で巡ってくる季節だから、とちょっと複雑なような。
 でも春はまだ遠いかな、とふと視界に入った花壇を見る。春や夏になると、庭の主により色鮮やかな花が咲き乱れるその花壇には、何も生えていなかった。
 というか、毎朝通っている道なので生えていたら知っているのだが。
 今年はどんなお花が咲くのだろう、と一人想像をして、花壇を通り過ぎるメール
通り過ぎた、直後。
「……、あれ?」
 三歩ほど進んだところで、私は方向転換した。花壇の前に立ち、そっとしゃがんで、視界の端をかすめたモノを探す。
 それは、控えめに存在を主張していた。
「…つくしだ」
 何もいない茶色の土を割って、そっとクリーム色の細長いつくしが生えてきていた。まだ頭の部分を地表に出したぐらいで、視界の端に入らなかったらそのまま素通りしていただろう。その小さな春の訪れに、思わず笑みを零す。
 スマホを取り出し、控えめに春を告げるつくしを撮って、なっちゃん宛に送信する。多分5分しないうちに返事が来るだろう。またテンション高めなメッセージで。
「……」
 立ち上がり、つくしにそっと手を振ってから歩き出す。
 陽が高く昇りはじめ、空気が暖かみを帯びるようになった。その感覚を頬で楽しみながら、私は自分の大学を目指す。
 春、受験が受かった二年前の春は桜が満開だった。去年は少し時期がずれてしまったが、今年は大丈夫だろうか。綺麗に咲くだろうか。
 今年も、自分の後輩が決まる。どうなるかな。サークル人数は増えるかな。経験者来るかな、そうじゃなくても誰か音楽に興味を持たないかな。そのためにも今日の定期演奏会、頑張らなきゃ。
 弾む足取りで、正門をくぐる。  
 テンションの高い友人に、学校にもつくしがあるよと引っ張られるまで、あと数分。


 Spring comes.


 
 
 
 

【習作】spring

【習作】spring

取り敢えず何か一個書ききろう、と思い付いた系掌編。話の構成かなり雑。 最近の朝は陽が昇るのが早くなりましたね。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-22

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