vivi
米津玄師 作
まどろ 編
完全な自己解釈で書かせていただきました。
あんまり歌詞は沿れてませんが、こんな感じの世界かと思いました。
これが僕らの形なんだ。
「ビビ」
僕の声に反応したのは、遠くで花を摘んでいる少女。花といってもここでの花は、草や木ではなく、草木のように地面から生えている、ネジや歯車だ。
少女は僕の元に駆け寄ってくるなり、ネジと歯車で作られた花飾りを僕の首に掛けた。
「どうかな?似合う?」
僕がそう聞くと、ビビは嬉しそうに首を縦に振った。
「ふふ、ありがとう。じゃあそろそろ帰ろうか?」
ビビはちょっと嫌そうな顔をしたけど、僕が手を差し出すと、ちゃんと握ってくれた。そのまま僕らはゆっくりと歩いて帰るんだけど、僕はまだビビにちゃんと言ってないことがある。今日が終わって、ビビとお別れする前に言わなければいけない言葉。
“愛してる”
それだけだ。
話は少し前に戻る。
僕とビビは本当に仲のいい友達だった。
だけど僕はビビの事が大好きだし、ビビだって僕のことが大好きなのを知っていた。
長い時間ずっと一緒にいたし、ずっとくっついてたし、手をつないで歩いたし、寂しい夜は抱き合って寝たりもしたからね。
でもお互いに、あと一歩は踏み出さないし、好きとも言わない。僕らは好きと言わないだけのカップルなんだ。
みんなにはよく分からないだろうけど、僕たちはこれで満足していた。幸せだったからね。
そんな日々がずっと続くもんだと思ってたから、終わる日が来ると聞いて、僕は心底落ち込んだんだ。
だってそれは止めようのない、強制的なお別れだったからね。
2日前の午後。何処からともなく街にアナウンスが響いた。
“今日で全ての実験が終了しました。三日後のこの時間に、この空間はシャットアウトされます。それまでに人間の皆さんは、この空間から元いた世界へ帰還してください。街の反対側に門を設けてあります。ご利用ください”
そんな内容だった。
何の実験なのかは分からないけど、一つだけ分かることは、僕がこの空間の人間だということだ。僕は一体どうなるのだろう。シャットアウトという言葉の意味はなんだろう。考えてはみるが、心のどこかではすでに分かっていた。
この街と一緒に僕は消えるんだと。
一つ大きなため息をついて、僕が椅子に腰掛けると、外からビビが帰ってきた。
その顔は悲しく歪んで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「おいで。ビビ」
僕は優しく声をかけて、駆け寄ってくるビビを両手で受け止めて、すぐに頭を撫でた。
「大丈夫だよ。ビビ。僕は何も怖くない。ただ君とお別れしちゃうのがすごく寂して泣いてるだけさ」
そういう言葉をかけたはずだった。でも僕の口から言葉が出ることはなかった。いつの間にか話せなくなってしまったらしい。
不思議に思ったのかビビが僕の顔を見つめる。
『僕も話せなくなっちゃった。これでビビと同じだね?』
そう口を動かして笑うと、ビビは少しだけ嬉しそうに笑ったけど、すぐに泣き出して、また僕のお腹に顔を埋めた。
ビビはそのまましばらく僕のお腹で泣いて、僕はビビの頭をずっと撫でていた。
翌日の朝。僕はビビに手紙を書くことにした。
いろんなことを思い出すと、自然とその場面が脳にうかぶ。君が初めてこの世界に来たときのこと、言葉は話せない君だけどちゃんと僕と向き合ってくれたこと、一緒に遊んだこと、一緒に旅をしたこと、何気ない風景を見ながら一緒に絵を描いたこと。思い出してみると、どれも綺麗な思い出ばかりで、自然と流れ出た涙が便箋を濡らした。どれをどうまとめて書けというんだ。僕は濡れた便箋をくしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱に入れた。
数分してビビが起きてくる。
『おはよう。よく眠れたかい?』
口の動きで伝えると、ビヒにはちゃんと伝わるらしく、僕の頬に触れて笑った。
『そっか。ならよかった』
僕もビビの頭を撫でてあげた。ビビはこれが大好きだ。
テレビの電源を入れると、この街のニュースをやっていた。
【街から子供が消えていく】
あと2日で終わる世界のニュースは、案外簡潔で、この街に残っている子供の人数を示しているばかりだった。
そういえば、ビビは何歳なんだろうなっと思った。
よく考えると僕はビビの事を何も知らない。でもそれだからこそ、ここまで親しい仲になれたのかもしれない。お互いを知りすぎると、どうしても相手の好きになれない部分が出てきてしまうからね。
『ビビにとって僕はどんな人?』
質問の意味を理解してるのかしていないのか、ビビは頭を少し横に傾けて笑った。
それにつられて僕も笑う。
『そっか』
ビビから伝わった“何か”を感じながら、僕は目を閉じて考える。この質問をするべきかするべきじゃないか。でもそれをどうこう考える前に、僕の口は勝手に動いていた。
『ビビもこの世界から元いた場所に帰るの?』
言い終わった直後、ビビは大粒の涙を何滴も頬から流して、喚くように泣きだした。
それは遠回しのお別れの言葉のようで、僕も後悔した。まだお別れする準備もできていない二人にとって、この質問はあまりにも悲しすぎた。
『ごめんねビビ。嘘だよ。忘れておくれ』
強く抱きしめながら、僕も泣く。
『外にでよう。二人でまた遠くに行こう』
少し泣き止んだビビの手を引いて、僕らは外に出たが、音が消えてあまりにも静かになったこの街は、僕の知っている街ではなかった。
それでも僕らはある場所を目指して歩く。二人でゆっくり、一歩ずつ。
機械仕掛けのこの街の外れにある、歯車畑。
僕らが初めて出会った場所だ。
ビビは憂いを帯びた顔をした。その顔は不思議で、ビビのはずなのに、どこか別人のようにみえた。無邪気さが抜けて、この世を受け入れたかのような大人びた顔。それは僕が見ることのない、遠い未来の君の顔だったのかもしれない。
『ビビ?』
顔を覗き込んで口を動かすと、いつものビビの顔に戻っていた。ニコッと笑って、僕の頭に手を乗せる。
僕が腰掛けると、その上にビビが腰掛けてきた。そのままビビを抱きしめて、正面の街と、大きくそびえ立つ、内装がむき出しになった街一番の時計塔を二人で眺める。
言葉のいらない幸せなこの時間のまま、消えてしまえる僕らなら、どれほど幸せなんだろうと思う。けどそれはできない。ちゃんと言わないとね。
僕はビビの頭をトントンっと指で優しくノックした。
『ビビ。今日でお別れだ。君は元いた場所に戻らないといけない。わかってくれるね?』
ビビは悲しそうな顔をしたけど、目はちゃんと据わっていた。
ビビも心のどこかで決心していたのかもしれない。
『ごめんね?でもありがとう』
優しく頭を撫でていると、ビビと僕は自然と向き合う形になっていた。
「ありがとう」
そう聞こえた気がした。
誰が発した言葉かはわからないし、そもそも発せられた声なのかもわからない。
その言葉が聞こえる前だったか、あとだったかもわからない。
気がついたら僕とビビは、長くて一瞬のキスをしていた。
ゆっくりと歩くビビを僕は黙って見送った。黙っていうと、何も言わずに送ったと思うけど、そりゃもう叫んだ。心の内を全部言葉にして。悲しくて飲み込んだ言葉も、イラ立って投げだした言葉も全部。でも声を失っている今となっては、何もついてはこない。
だからいいんだ。伝えられなかったけど、僕は確かに全てを吐き出せたから。けどこんな形でしか言えなかったし、ビビには何も伝えられなかった。それだけが後悔かもしれないな。
“僕らの愛の形はさよならだけなんだ“
君がいなくなった静かな街は、何もかも無機質に感じられた。僕という人間の存在証明は君だったということが今、証明されたんだ。
君が作ってくれた花飾りをばらして、近くに落ちていた紙で包んで、花束を作った。
“ありがとう”
“ごめんね”
“さよなら”
“愛してる”
全てを込めたこの花束だけがこの場所に残って、終わりが来るそのときまで、まどろむ街を見守っていた。
vivi
いろんな解釈ができる曲なので、是非聞いてみてください。