雨と君
初投稿です。拙い部分も多いですが、楽しんでもらえれば嬉しいです。
走る。走る。走る。逃げるように。追いかけるように。
空から落ちてくる小さな悪魔。もしくは天使。時には嫌われ、時には好かれ。気づけばどこかにいなくなってて。
彼らが俺にくれたのは何だったのか。
これはなんでもない、ある雨の日のお話。
※
俺は雨が嫌いだ。傘をさしても濡れる場所は濡れるし、靴も好きなものを履けないし、なによりあのじめじめした空気がいやだった。
6月16日 梅雨入りを果たして僕の大嫌いな季節が始まる。
6月17日 本日も雨。昨日よりマシになったが嫌。
6月18日 本日も雨。昨日よりひどい。
6月19日 本日も雨。以下略。
6月20日 上に同じ。
6月21日 上に同じ。
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高2の梅雨がやってきた。
「本当に最悪だ…今朝のニュースで今年は梅雨が長いとか言ってたし。早く夏こいよ」
「まあ、そう言うなって。日本人なんだからさ、この穏やかで落ち着いた季節ってものを楽しめよ」
「なんで雨なんかを楽しめんだよ…」
梅雨を楽しめるのが日本人だと言うのなら俺は絶対にジャパニーズじゃねえな。あいつら風流人士とやらの思考回路は理解不能だ。
ていうか、こっちがあっちを理解できないんじゃなくて、どちらかというと、あいつらが俺らの考えをわかってねえんだろうな。学校にも会社にも行かない、買い物もしない、そういう貴族様だから雨はいいとか軽々しく言えるんだ。俺ら平民の苦労を知れ!
「んじゃ、俺っちは帰るねん」
「おう、じゃあな」
一人になってしまった。
今は放課後。雨が止むまで教室にいようと言って待ってみたが、結局のところ下校時刻まで止むことはなかった。
諦めきれず玄関でグダグダしていたところだ。俺の家は比較的学校に近い。傘もあるし、靴も防水のものだから帰れないわけでもない。だが、雨の中を歩くというだけで憂鬱であった。
「しょうがないか。我慢しよう」
「あれ、タクヤなんでまだいるの?」
急に後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはセミロングの髪をした俺より頭1つ小さい女の子がいた。
「なんだよ、ミウか」
「なんだってなにー?失礼!」
怒っている、とでもいうように腰に片手をあててもう一方の手で俺を指さす。その指を掴んで下ろし、軽く息を吐いて話し始める。
「部活か?」
「うん。雨で中練だったんだー」
そう言うと水玉の傘をさして雨の中に入っていく。もうすでにリュックが濡れ始めていた。
「はやく帰ろうよ。見回りの先生来ちゃうよ」
「…そうだな」
嫌々傘をさして俺も雨の中に入る。パタパタと雨つぶが傘を叩く。教室にいたときよりは幾分か弱くなっているようなので、許そう。何をだ。神をだ。
「よっし、レッツ帰宅!」
「おー」
ミウは小学校が同じで、昔は仲がよかった。しかし今となってはクラスも違うし、俺は帰宅部、彼女はバドミントン部なので帰る時間も違う。そのため一緒に帰るのなんて本当に久しぶりだ。
昔はよく一緒に帰ったんだけどな。まあ、今は色々あるからな。
「もう梅雨だねえ」
「言われなくてもわかってる。雨が降ってるからな」
「雨、嫌いだよね。昔っから」
「まあな…」
よく覚えてたな、とは言わないでおいた。それに対する返事は容易に想像できたし、それを聞いたら聞いたで恥ずかしくなるだけな気がするから。なんで恥ずかしいかって、そりゃ、うんまあ、その…
ぶっちゃけよう。俺はミウが好きだ。小学校からだ。一途とか言うな。恥ずかしい。
転勤族の両親の元に生まれた俺は生まれてから小学4年までほぼ毎年のように引越しをしていた。親父がこの地に定住を決めて家を建てるまではいつもアパート暮らしだった。
毎年のことなので、転校には慣れていたし、笑顔で「また会おうね!」と言える程度には気丈に振舞っていた。だから、ミウと出会って「また会おうね!」と言いたくないなと思ったときには多分すでに恋に落ちていたんだと思う。
「あたしは好きだけどなー雨。なんか静かってかんじ」
「お前がそんなに趣深い人だとは思わんかった」
「馬鹿にすんな!」
こいつは本当に雨が好きらしい。それはかねがね本人から聞いている。小学校のころは、雨の日は傘もなしに外に飛び出して、母親に怒られていた。中学に入ってからも、傘をさすようになっただけで、飛び出していく姿は何も変わらなかったのだから、今普通に俺の横を歩いているのは奇跡に近い。
いや、そうでもないか。『あの日』以降ミウが雨の中ではしゃいでいるのは見てないし。なんだかんだで勝手に成長しているらしい。高校では『華やかな』グループに属しているし、高校デビューってやつなのだろうか。
ミウは今、高嶺の花とまで評されるトップカーストに属している。元々顔立ちはかわいい方だが、それをさらに校則ギリギリアウトぐらいのメイクでさらに洗練させている。スカートは膝上数センチ、少しだけ気崩した制服。どう見てもトップカーストの女子高生である。
いつの間にか遠いところに行ってしまったような気がする。
今日だって声を掛けられたから一緒に帰ってるものの、少し気おくれしているぐらいだ。
「あ、そういえばさ!タクヤっていつも傘持ってるよね!」
「まあな」
雨に濡れるのが嫌いであるがためにほぼ毎日のように傘を持ってきている。この季節は特に。
「でもさー、中学んときに一回だけ忘れたことあったよね。覚えてる?」
「…うっすらとな」
実は、とてもよく覚えていた。あれは中二の夏。梅雨が明けて少ししたころのことだった。たまたま傘が壊れていて、もっていかなかったのだ。その日は朝は晴れ渡った夏の空だったのに、放課後に外に出てみたら超どしゃ降りだった。滝のようにとはよく言ったもんだと感心して、現実逃避しそうなぐらいだった。
そのときちょうど帰るところだったミウと会い、雨の中一緒に濡れながら帰った。聞けばミウも傘が壊れたのだという。
雨に濡れるという最高にテンションの下がる状況にも関わらず、いつも以上に楽しい下校だった。二人でびしょびしょになりながらゲラゲラと笑って、どうでもいい話をした。
「あの日ホントに楽しかったなぁ、雨降ってたし」
「それが楽しかった理由になる人って俺の周りじゃお前ぐらいだよ…」
「そ、そんなことないよー!ユミちゃんも好きって言ってたんだからね!」
「あー、多分それはお前の押しの強さに負けて無理にうなずいただけだよ」
「ち、ちがうって!」
雨について熱く語るミウと、苦笑いでその話を聞いてくれているユミちゃんとやらが目に浮かぶ。
「てかさ、あの日さ、体操着貸してくれたじゃん?」
「そうだったな」
シャツの肩が雨に濡れて水色の下着が透けていて、中学生の俺はどうしたらいいかあたふたして、結局寒いだろうからなどと適当なことをでっち上げて体操着を着せたのを覚えている。
自分が恥ずかしかったのもあったが、なにより他の誰かにそれを見られたくなかったのかもしれない。
「あれさ、その、す、透けてることに気づいて貸してくれたんだよね?」
「…まあな」
体操着を返してもらうときに、もっと女としての自覚をどうのということを話したが、全く伝わっていなかったので、家に帰ってからも気付かなかったんだろうと思っていた。
「実は体操着返すときに言われたことがぐさっときてさー」
「そうだったのか、悪かったな」
「ううん。あのときのタクヤの言葉があったから今こうしてられるんだし、むしろ感謝してる」
「こうしてって?」
「女の子らしくしようって思ってさ、色々気をつけたりしてね。そのおかげで今の友達がいるみたいなものだから」
「そうか」
ミウは外見こそ可愛いが、それだけではトップカーストには入れなかったのだろう。多分、女子力みたいなものがグループ分けの要素になっているのだ。
俺の知らぬ間に努力してたのか。だからこんなにも差が生まれたのか。
「服装に気をつけたり、あんまり子供っぽいことしないようにしたりしてさ」
ああ、だから雨の中ではしゃがなくなったのか。
「やってみるもんだね。昔だったら相手にもしてくれなかったような子たちも話しかけてくれるようになったよ」
ミウの友達は増えていく。
「クラスでも友達増えたし」
トップカーストは人気者だから、
「女の子らしくってやっぱり大事だなって」
男も寄ってくるだろう。
「だから楽しいんだ」
俺は少しずつ、
「充実してる気がする」
小さくなって、
「毎日が」
いつか消えるのか。
「でもね、」
「やっぱりタクヤがいないとつまんないよ。他の友達といるのも楽しいけど、タクヤといるのとは違う気がするんだ。中学のときはよく遊んだのに、今じゃ全然だから…」
「ミウ?」
「だからね、今日、玄関でタクヤを見つけたときはすぐに声をかけたよ。一緒に帰れると思って。前みたいに、話して笑えると思って。」
「ふーん、そうか」
気のない返事というのはなんと難しいんだろう。何気ない一言ですべてがばれてしまいそうで、口を開きたくなくなる。
「だからね、遠い人にならないでほしいんだ。お願いします」
そう言って頭を下げる。ミウの傘が俺の傘に軽く当たって水を弾いた。
「あのなあ、遠くなってんのはお前だよ、ミウ。お前がどんどん前に行くから、離れてるんだ。努力を怠った俺から。だから今のお前にとって俺は不釣り合いだよ」
「そんなこと、ないよ!私、タクヤがどんな人かとか気にしないし!」
「そうか。でもやっぱり今の俺にお前はもったいないよ、友達ってだけでも」
「不釣り合いとか、もったいないとか、わけわかんないよ、そんなのどうでもいいよ、だから、」
「うん。わけわかんないかも。どうでもいいかも。でもさ、だからこそ、お前にふさわしい男になるよ。わけわかんないことで何か言われるのは嫌だから。だから、そしたらさ…-」
そこでひと呼吸置く。そしてゆっくりと口を開く。そっと言葉を紡ぐ。
「**********」
この言葉を聞いたのは、きっと雨と君だけ。
雨と君