Will I change the Fate?

時は今から50年後の2065年の日本を舞台にテロや戦争に溢れかえる世界の中でそれに対抗する組織『新選組(イクスターミナーション)』が構成される中、1人の少女・大鳥母禮が入隊。時代の流れを変えるべく『新選組』へ入隊した兄を探し追いに来たが不在の為、兄の大鳥敬禮を探すべく土方らに同行される

しかし兄の行方は一向に掴めぬその中で得た情報

「大鳥敬禮は『生命の樹』に所属している」

『生命の樹』は日本政府に代わり、政治を行うとする融合結社。
目的は国家の舵取りなどではなく、国家転覆が真の狙いであった。

そんな中、大鳥母禮は一気に渦に飲み込まれる事となる。

兄の行方と国の行方
妹として『新選組(イクスターミナーション)』の隊士としての勤め

――腐り果てた中での真実を掴み取れ
自分が知るべくもの全てを

腐り果てた全ての中で真実を見い出せ――

色は匂へど酔ひもせず
「ぐあッ!」
荒れる時代はやがて地を喰らい、やがて何もかも血に染める。
「何故、何故……お前がッ!お前がッ!」
――そうして今日も誰かが死んだ
   1
「沈姫。お前は会津に残れ」
 どうして?
「俺は大鳥家の当主として、果たすべく義務がある。だが時代が変わった時には……」
 そう言って兄は姿を消した。
幼い少女はその先の言葉を聞く事はなかった
何せ自身が産まれた家の宿命も幼いながらも知ってもいたし、兄がしないのであれば当主でなくとも自身でするつもりでいたのだ。
だからこそ何も変わらない
「……時代が変わったら、か。」
ふと家の門の外を見ればそこは一六年生きてきた美しい故郷である会津の風景を一瞥し、くるりと回り門の前に膝をつき、謂わば土下座でもするかのような体勢になっては、スッ、と頭を下げてはこの地に別れを告げる。
「ご先祖様。これより大鳥母禮は東京へ参ります。」
頭を下げては1拍。立ち上がり、門へと背を向けると共に呟く。
「時代が変わった時には必ず」
 時は二〇六五年
今の日本はこれかという程荒れ狂っていた。国債による金銭の破綻から始まり、少子高齢化による年金問題だけでなく、国のデータバンクである役所さえ個人情報の漏洩が起きるなど、政治面でも生活面でも人々は飢え、生きる
事が難しくなったのが今から三〇年前。それ以降日本は荒れ、街はなんとか体裁は保っているが、名所以外は基本廃墟が目立つようになってきた上、農家なども倅が都会で暮らし始めるという傾向が広まり、とうとう食料面でも
問題が生じ人々はこの時代を「第七の革命期」「第二の幕末時代」と呼んだ。事実この混乱した日本では強盗やテロ殺人等、警察だけで賄う事など出来る事などできなくなっていた為、首都・東京には専用の対処機関がいくつも
配備され、中でも特化していた武装集団が存在していた。
名は『新選組(イクスターミナーション)』
今の警察のトップとして君臨しており、多くの強盗や詐欺、殺人、テロを解決した事と卓越した剣腕と勇猛さから、かの有名な「新選組」の名を頂いたと言われている。各一〇実働部隊が配備され、都内の大型マンションに身を構えた合計一〇〇人は所属する部隊であり男所帯だというのだが、今この門を叩こうとしている少女がいた。
一見ぱっと見、少年の様に見えるがそれにしては背丈は小さい上、髪も金髪で高くポニーテール状に結ってある。しかし、それに不釣り合いな二メートル近くの鈍色の十字架を腰に下げている。少女はカーディガンのポッケから財布を取り出し中身を確認するが、中には千円札が四枚と小銭が一八円。その中身に思わず沈黙する。それもそうだ。東京は首都であるが、今は税金も上がっており、安いカプセルホテルなどには手は届かないし、そもそもネットカフェで一時避難するぐらいが精一杯な状態だった。
(果たしてこれで足りるだろうか?)
ここ上野から『新選組』が新宿に構えたマンションまでの交通費も考えなくてはならないし、今は何分夜だ。早く宿を決めてしまわないと厄介になる。
 ちなみに現在は物価と税金の上昇と共に電車賃も値上がり、二駅通るだけで千円はかかるとここで示しておこう。
 うーん、うーんと悩んでいると突然ドンッ、とぶつかれば息を荒げた男二人組はぜぇぜぇと肩で息をしながら少女を盾にする光景の中、男の1人が「ア、アンタ……!」と呟く。
「た、助けてくれ!今、追われてんだ!!」
   2
「山崎、まだ見つからないのか?」
「はッ」
一方とある大型マンションの一室で交わされる会話。正にここがかの新選組の構える本拠地である。薄暗い部屋の中で会話というよりも密偵からの報告は続く。
「チッ、暴力団幹部のスパイを片付けてる間に逃げたか」
「あんの野郎……!」と新選組のナンバー2である土方幹行は言葉を噛み殺す中で「致し方ありません」と静止を受け、一度だけ落ち着く。
「彼は仮にも古代名家『大鳥』の当主なのですから。」
「だったら会津で大人しく動いてりゃいいだろ。それをしねぇ以上、当主も何もねぇじゃねぇか」
嫌味をたっぷりと吐き出し「はぁ」と1拍溜息を吐いては再び報告へと耳を傾ける。
「そういや今日は何部隊が出てる?」
「確か第一部隊と第三部隊です」
「そうか、ご苦労だったな。下がれ」
「失礼致します」
トントン、と煙草の箱から煙草を一本取り出し、火を付けては吸い、息を吐いては誰もいない部屋でぽつりと呟く。
「これで相似と斎藤も駄目だったら終わり、か……。やってくれるぜ。大鳥」

「何だ?物捕りか?」
「んなワケないだろうがッ!」
少女は首を傾げて答えるが、これは割とガチである。社会的常識はあるものの事件等に関しては疎く、現代の事件も詳しい事は何一つ掴んではいなかった。すると、突然暗闇の中からザッ、と足音が聞こえ、物音のする方へ目線を向ければ「おや?」という明るい声が響く。
黒を貴重とした軍服の右腕の腕章には赤いダンダラ模様が施されている。これが彼らを表す唯一の印であり恐怖の対象。何があったかは分からないがこの男達も何ならかの事情があって追われているのだろうが、やはり無視などできやしなかった。
これが大鳥一族としての呪いであり諚。
「おい」
「はいィイッ!?」
逃げ腰の男二人に声を掛けては、腰に下げていた十字架を抜く。
「おれが時間稼ぎをする。後は言わなくても分かるな?」
「す、すまねぇ!!」
すると、隊長各は虫でも見るかのような目をして男達を見逃してはつまらなそうに「あーあ」と呟く。
「全く……お兄さんが邪魔するから逃げられてしまったじゃないですか……結局さ」
と言えば、周りにいた四人が刀を抜き少女を囲む。
「職務上、こんなのはよくないんだろうけど、
あまりにもお兄さんが強そうだからこっちの方が有意義だと思って選んだんだけど。まぁ、逃げなかったお兄さんも今この場で後悔してください。時間ならたくさん与えますから」
にこり、と笑ったまま少女の正面のその奥で青年は笑いながら、まるで罰を下す役人の様に呟くが、どうみても普通と言えるような人間の言動じゃない。が、それでも少女は怯まずに心中で人数を確認する。
(四人か……多いな。だが)
スッ、と十字架を剣の様に構えてははっきりとこう告げる。
「来たれ、『大鳥』に対する狼藉は高いぞ」
「お、大鳥……?」
その瞬時に隊士達の顔色が変わっては、誰もが呟いた。
「馬鹿な。奴は逃亡中なんだぞ!?」
「余所見とは」
一瞬の躊躇いに容赦なくまず前にいた二人を抜き去ると同時に肩を切り崩そうと懐に入り、十字架を振り下ろす。
「余裕か?」
「がっ!?」と声を上げ倒れる隊士が丁度斜め背後から斬りかかり、刀を振り下ろすが、易々と避け、カチッと刃を裏返し左肩に峰打ちをしては最後の隊士を何もなく斬捨てては青年を見据える。
「奴らが何者だか知らんが、これは掟だ。相手が新撰組だろうと排除させてもらう――」
「あ」
突拍子もない声 それを繋ぐ様に辺りに声が響く。
「甘いんだよ!小僧がッ!!」
先程逃げたはずの男の1人が隠し持っていたブラックジャックを振り下ろした瞬間だった。

「失せろ」

凛とした声 と同時に宙を舞う鮮血
男がドサリ、と倒れた瞬間に少女の瞳に映った男は正に――
(この男は――)
思い出すあの日の悪夢 両親を亡くしたあの悲劇を
少女が、青年に見とれている中で、先程の青年は「あー、もう!」ともう1人の青年の近くに寄っていく。
「所以さんってば、来るの遅いよー。」
スローな声に振り向き、所以と呼ばれたその男は刀を収めては平然と呟く。
「別に俺がいなくともお前らだけで処理できただろう。それにアンタの事だ。どうせそいつと戦いたかったんじゃなかったんじゃないか?」
「あははー、まぁね。けど色々と理不尽な事が混ざってるの分かって言ってる? ……ああ、それとお嬢さん」
先程まで他所者とされていた少女に声をかけては少女は肩をビクリと揺らし一言。
「何故おれが女だと分かった?」
「何でって……まずその筋肉のつき方はどう見ても男じゃありえませんし、骨格も幾分か柔らかい。水泳とかやってたんですか?それで筋肉を平等につけたからと言ってそうはごまかせませんよ?それと、偶然にもこうして出会
えた訳だし、そっちから接触してもらえると助かるんですが。」
「……」
つまりは、「共に来い」と新選組の隊長各は言っている訳であり、少女はその問いにすぐ様答えた。
   3
彼らはどうやらパトロール中だったらしく、丁度上野まで偶然出てきていたと専用のパトカーの中で説明を受ける。そしてパトカーに揺られては1時間後、ようやく新選組の本拠地であるマンションに着けば、まずは報告をしなけ
ればならないと言っては、二四階建てのマンションの最上階まで向かい、ドアをノックもなしにガチャリ、と青年――遊佐相似が先頭で入っては今日の報告へ入る。
「第一・第三部隊只今戻りましたー」
すると、机に向かっていたガラの悪い男がこちらに振り返っては「うるせぇ!」と怒鳴る。
「てめぇ、もう夜中の三時だぞ!もう少し大人しく入ってきやがれ!後、間違ってもオーナーを起こすんじゃねぇ!」
「うわー……何で今日の僕はこんな扱いな訳?」
「知るか、阿呆。んで、報告は?」
「上野にて強奪犯と遭遇。捕縛に入ろうとしましたが、第一部隊のミスで奇しくもその場では逃がしましたが、後に第三部隊で回収しました。」
突然聞こえた声に遊佐は「わっ」と驚き
「所以さん、いつの間にいたの!?……というか、貴方いつもいいとこ取りだよねー。本気で殺したくなるよー……じゃなくて」
「んで?そこの小娘は?」
「強奪犯を追っている最中、『大鳥』と名乗った為、ここに連れてきた次第です。」
「うわ、もう何なの?いいや。……という訳で連れてきたんですけど、まだ名前も聞いてなくてー」
遊佐の発言にズッこけそうになった、新選組のナンバー2の土方幹行は少女へと視線を移す。
「名前は?」
「大鳥家一九三代当主・大鳥敬禮の妹、大鳥母禮と言えばよろしいか」
「妹だと?」
少女――母禮の一言に土方は怪訝そうに眉を顰めては、どこか質問をしたげな少女の意見を聞こうと、煙草に火をつけては促す。
「で?聞きたい事は何だ?ガキ」
「おれの兄が東京へ下ると四月に会津を出たのだが、何か心当たりとかはないだろうか?」
という問いかけに対し、遊佐はスローな声でソファーにごろん、と転がりながら呟く。
「いたよー。でもすぐに脱退」
「よいしょっと」と言っては今度はテーブルにある菓子に手をつけながらも話を続ける。
「今年の四月頭に入隊、けど五月中旬に脱走。だからこうして探してるんだよ。あ、『母禮』って響きがしっくりこないから、れいちゃんって呼ぶね。」
ドクン、と一瞬心臓が跳ねる中、リールの様に話はまだ続く。
「でも事あって尻尾を掴んでもすぐ逃げる」
ドクン

「正直言えば死者も腐る程出てるんだ」

(嘘だ)

信じがたい話だった
大鳥家は代々、人々の暮らしの安寧を願い、自ら手を汚す一族であり、一度正義であると決めた事は決して曲げずに最後までその命が尽きるまで尽くすというのを信条としている。当然そこに人を殺すという過程はあってもおかしくないが、母禮の中では否定したい言葉ばかりだった。
あれ程国を思い、わざわざ単身東京まで下っては掟の為に戦うと告げた兄はとても優しく、人を殺すどころか虫さえ殺せない程、優しい心根の持ち主だった。それだというのに何故そんな兄が妹と自ら決めた信条を曲げてまで大
量に死者を出すのか。それが信じられなかった。
「馬鹿な……」
全てはこの血の宿命と国の為――
「現当主が『大鳥』の掟を破り逃げるのか」
此ノ身ニ宿ル血ノ宿命ハ絶対ノ掟
「ん?よくわかんないけど、そうなるね。あ、お饅頭食べる?」
(嘘だ)
「まぁ、こうなったからはテメェに逃げられるとコチラは困るんだ。」
 ナラ代弁者ヨ
「だから情報提供者として……」
 血ヲ
「我が兄……」
――解放セヨ
「敬禮ッ!!」
ビキッ、という音と共に怒声が響いた瞬間に遊佐と斎藤は異変に気づき、剣を手に取る。これ程までない殺気に思わず冷や汗を流す遊佐に対し土方は呟く。
「ごめん、冗談言ってらんないね。」
「当たり前だ。コイツ、化物か?」
ダンッ、という音と共にヒュンッと母禮の身が沈むと同時にドガガガッという音が響けば、ズンッとマンション自体が揺れる。
「地震、か?」
「否、マンションの下を。」
斎藤の言葉に急いでベランダへと出てみればそこにはクレーン車で地面を抉ったかの様に地面が抉れていた。
「地面まで割れてる……だって?」
「そして俺も、食われ……」
グラリ、と斎藤の身は倒れる。
「斎藤ッ!」
「所以さん!」
上がる叫び声に、ハッ、と意識が戻れば、そこには膝を抑えている斎藤の姿を見ては本能が告げた。
(あの出血の多さ……)
「この程度……」
「バカ言ってんじゃねぇ!!」
「誰か医者を!」
「平気だ……」
弱々しく聞こえる声に鞄から布タオルとクリームが入ったような缶を取り出し、それを布タオルに塗っては斎藤の膝に当てる。
「大丈夫だ。会津にある薬草から出来た血止め薬だ。傷は浅いが、出血量がこれだ。大人しくしてろ。」
「……かたじけない」
斎藤の言葉を他所にてきぱきと治療を済ませ、包帯を巻き「ふむ」と母禮は呟く。
「これでどうにかなる。それとすまない、途中で意識が途切れ……」
「別に構うな」
母禮の言葉につん、とする斎藤だが、「ねぇ、所以さん。」と遊佐が問いかけた。
「所以さんには見えた?」
「ああ。あの時、その剣は柄で地面を叩きつけたが、地割れを起こす強力な力点となったのはわずか直径三〇センチ。あの時、俺自身で床を叩き、威力を相殺させてみたものの、足一本は犠牲になったか……。」
「へぇ、床叩いてたんだ?通りで少し床が斜めってる訳だ。相変わらず判断力の早さだけはすごい早いね。」
にこにこと遊佐は笑うが、先ほどの言動といい今の笑みといい、それを現すのは皮肉なのか、それら一切無視をして土方が「とにかく」と声を漏らす。
「とにかく今さっきテメェはテメェ自身で意識が途切れたと言った事と安全性を考慮し、斎藤が監視にあたるが、俺らがテメェに求めてんのはテメェの兄貴探しの為。だから巡回には出てもらうぞ。但し戦闘になったら下がれ。こちらで捕縛する。それまではここにおいてやるよ。相似、適当に空き部屋を見繕ってやれ。」
「別にいいですけど、詳しいここの構図についての説明は明日でいいんですよね?」
「ああ、今は適当に部屋に案内しろ。時間も時間だ。お前らも部屋に戻ってさっさと休め。」
「はーい。んじゃ、行こっか。れいちゃん。」
「あ、ああ……。」
先程から、こちらを見ている斎藤の視線を気にしながらも、遊佐の後に着いていく。
(あの斎藤とかいう男……もしかして……)
「れいちゃん?」
ふと突然名を呼ばれ、ハッと我に返ってはこう返した。
「な、何だ?」
「ここ、階級によって部屋の位置とか関してくるんだけど、一応れいちゃんは捜査協力者だし、女の子でもあるから僕の隣の部屋でもいい?ちょっとばかし広いのが逆に難点だけど。」
「そんなに広いのか?」
「うん、まぁね。」
そんな会話を続けては、エレベーターが停止したのは二〇階であり、案内された部屋のドアノブを遊佐が掴む。
「後は自分の目で確かめてごらん」
と言われ、玄関から部屋を見た先には果てしない広い部屋があった。説明曰く、1LDKだが、下手すると普通のマンションより広いのではないであろうかと錯覚する程だ。キッチンや洗面台、シャワー室も設備され文句なしの部屋に対し「おおおー」と母禮のテンションは上がりに上がる様子に遊佐は「よかった、よかった」と笑う。
「監視役の責任者は所以さんだけど、なんか困った事があったらいつでも聞いてくれて構わないからね?」
「あ、ああ。助かる。よろしく頼むぞ、遊佐さん。」
「嫌だなぁ、相似でいいよ。うん、よろしく。それじゃあ今日はゆっくりとお休み。」
ガチャリ、と無機質な音が鳴り響き、一応後ろを振り返り、誰もいないか確認した後に備え付けである小さなソファーに荷物を置いては先程の事を考える。
暴走と混乱
大鳥家は代々会津の地に身を構え、国の為に尽力するという一族なのだが、それはあくまで建前であり、世間から恐れられるのも今まで挙げてきた数え切れない偉業よりも、その絶対的な力が原因である。
 まず一。大鳥の血を引く者は、例外なく『呪い』を背負わされる。
これは民を憂い、民の為なんの理由があろうとも守り抜くという掟。
まず二。その為、幼い頃から自身の持つ能力と言う物が決定される。これは各個人によって異なり、自身が願った事が大きく反映されるが、どれも現実的な物に限定され、例えば空を飛ぶなどという非現実的な願いは一切通用しない。あくまで人体に影響を及ぼさない範疇での反則技を持つ事が可能なのだ。
 そして三つ。だからこそ人の感情とは常に隣合わせで、主に負の感情を背合わされる事が多く、その大体を占めるのは復讐心である。
それと比例するかの様に、大鳥家は家督相続で揉めたりする為、一時期はその負の連鎖が、殺害という手段で埋め尽くされていた。それを防ぐ為に今は前当主が存命の内に予め、次期当主を任命し、前当主が一生を終えるまでは副官として、見習いをする訳である。しかし、これらの事もあり、昔よりか負の感情から遠ざかったとも言えるのだが、大鳥母禮だけは違った。
彼女は一〇年前の六歳の時に両親を殺され、亡くしている。原因はなんなのかは特に分からなかった。何せ、全てを守ろうとする者には見える見えないの問題を超えて敵は多く存在するのが常だ。だからこそ犯人は分からない。
母親に押入れの中に放り込まれ、目の前で父の首が斬り落される光景を見た彼女は、あの日とてつもない恐怖に襲われると同時に多大なる『呪い』を身に宿してしまったのだ。
 絶対なる力を
 親を殺した者への復讐を
 しかし、非現実的な願いなど通用しない
 では、一体どうすれば?
その答えを出す人間は案外遠くにいた
 『地を這う蛇』
といった名前の魔術結社が存在した
近年、第二次世界大戦時にナチスドイツが秘密裏に進めていた黒魔術や人類のサラブレットを生み出す優生学に始まり、考古学にローマ字の解読など様々な物が存在したが、更に歴史を遡れば、錬金術や魔術結社など珍しくもないありふれたものだった。それを現世で個人レベル、もしくは国自体で学び、新しく魔術結社を生み出す者もいるが、古代魔術結社の得意としていた術式を復興させたのが、近代魔術結社・『地を這う蛇』である。
そのボスであるアマンテス=ディ=カリオストロは一五歳という若さでありながら欧州で一と言われる『地を這う蛇』を纏め上げ、かのアレッサンドロ=ディ=カリオストロの再来と呼ばれる程の天才で、正に世界で指折りの魔術師と知られているが、母禮と会ったのは本当に偶然であり、日本へお忍びで観光に会津に来たアマンテスだったが、途中で財布をスられた時にそのスリを母禮が素手でとっ捕まえ、挙句に賠償金まで払わせた上で財布を取り戻してくれたという小さな借りがあった。
「何か礼をさせてくれてはくれないか?」というアマンテスの言葉にノーと答える母禮であったが、その日は季節も冬に近く、日も暮れかけていたので一晩泊めてやろうとして、夕餉の席で思わずこんな言葉を漏らした。
「魔術師や錬金術師であれば、なんでもできそうだなぁ」と。 

季節は秋で一一月の事。
財布をスラれたという少年の為に財布をスッた犯人を捕まえた時、母禮は酷く感謝された。
「いや、助かった。現金だけでなく、カードも入っていたしな。本当に助かった」
ぺこぺこと頭を下げる少年に「いやいや」と母禮は苦笑する。
「何、偶然みかけただけだよ。しかし、見つかってよかったよ。にしても会津へは何をしに来たんだ?」
という問いに「それがな」と少年は深く溜息を吐いた。
「俺はとある欧州の魔術結社のボスなんだが、その仕事もあっていい加減疲れてだな。それで前々から気になっていたジャパニーズフードという物と温泉を堪能したいと思ってここにきたのだ。ここは水も美味ければ景色もいいと下っぱから聞いてな。」
「成程、それはあながち間違っていないな。……で、今宵の宿は決めたのか?」
「いや、それがこんなアクシデントに巻き込まれたからな。まだ決めていない」
「ふむ」と母禮は数秒悩み、「だったら」と提案した。
「おれの屋敷に来るといい。温泉もあれば、晩飯も出そう。」
「本当か?」
子供の様に目を輝かせるアマンテスに「ああ、いいぞ!」と胸を張った母禮。こうして、温泉に浸かり、夕餉の時間となった時に二人で席に着いた時だった。初めてみる日本食に目を奪われ、欧州で詰め込んできた「いただきます」という挨拶をやってから、煮物をもぐもぐと口に含んでは声を上げる。
「美味いな。向こうじゃ贋作しか味わえないからな、やはり本場のは美味いものだ。」
「それはよかった」
今晩は珍しく兄である敬禮が家を留守にしていた為、二人だけだったのだが、料理の大半を平らげたアマンテスが口を開く。
「しかし、本当に礼はいいのか?お前にとって些細な事でもこちらは大助かりなんだ。美味い西洋料理が食いたいとか、旅行をしたいだとか何でもいい、全て叶えてやろうじゃないか。」
「……さっきからその言葉を何度も聞いているのだが。そういえば……あまんてす?は欧州にある魔術結社のボスなのだろう?」
「……人の名前をカタコトで言うな。ああ、無論そうだとも。『地を這う蛇』の権力は多大なものでな。世界中の魔術師を動かす事だって可能だ。」
「ふむ……なんだか凄いような……」
「『ような』ではなく、凄いのだ。魔術にも色々と種類はあるが、回復からおまじないといった些細なものから戦闘に使える大規模な術式もある訳だ。核兵器やそういったものがなくとも、それを叶えられる……魔法などと言ったら幼く陳腐ではあるが、そう遠くもない代物だ。」
「ふーむ。」
そう言っては味噌汁を啜れば一言、酷くいたいけな冗談の様に苦笑しては言ってみせた。
「魔術師や錬金術師であれば、なんでもできそうだなぁ」
「だからそうだと言っている。お前は何か叶えたいものとかあるのか?」
「ある、と言えばあるかな。」
「聞いてもいいだろうか?」
「うむ。力が欲しいのだ」
「力?」
「ここ大鳥家ではな、珍しい呪いがある。」
「ほう」
「それはどんな呪いだ?」と答えを促されれば、さらりと何もないように答える。
「非現実的な現象でなければ何でも起こせる。例えば、これは父様の能力だが重力に関しての干渉ができるといったものだ。」
「……それもなんだか反則的ではあるが……成程。しかし、お前にそういうものはない訳だな?」
「そういう事になる。けど、どうしても欲しいのだ。」
「何故だ?」
「復讐の為、人を殺す為だ。」
「……」
時が止まる
カチャカチャ、と食器の音だけが響き、無表情となりながらも食事を終えたアマンテスは「ご馳走様」と手を合わせては言った。
「そんなお前にいい物があると言ったらどうする?」
「?」
「復讐を遂げる為の道具の話だ。お前がまだ『呪い』に縛られていないなら、『それ』と共に誓約を結べばいい」
「???」
「解らんか。まぁいい」
やれやれとした顔で答えては、アマンテスはポケットから宝石の破片を取り出し、コツコツと配置しては何かを唱え始めた。
「主よ、どうか我にチカラを与え給え。我は無力なりけるども、毎夜天使に誓い、此処にまた誓うと。どうか我にチカラを与え給え。この祈りは傾国の美女によって答えを導き賜うす。」
すると、魔法陣が床に出現し、そこから鈍色の十字架が現れれば、アマンテスはそれを手に取る。
「こいつはスレイヴという、謂わば魔剣なのだが、別名では『傾国の女』と呼ばれる特殊な物だ。」
「『傾国の女』……?」
頭にはてなマークを浮かべていれば「ようするに、だ」とアマンテスは言う。
「お前の『呪い』を願いとして叶えてやる。そこまで復讐を遂げたいと願うのならば、国一つ動かせる気力がないとな。これはその手伝いをしてくれる物だ。本来なら儀式に使われる物だが、戦闘となった時にも普通に剣としても使える。これで、全てを変えてみせろ。」
そう言われ受け取れば、それはとても重く、冷たかった。まるでその名の通り、国さえも動かしてしまう美女の願いの様に。
 国を動かす程の力を
 ここで、ようやく願いという『呪い』と共に力を手にいれたのだった。

カシャン、とあの時『呪い』と引き換えに手に入れた力を見ては、それとベットの横に置いては目を瞑る。
 後悔しなかったと言えば嘘になる
 しかしその反面、これが『傾国の女』があったからこそ、今の自分があるのだ。故に問題があるとしたら、暴走の原因。
 自分が知らない所で兄がしてきた事、そして自身の親を殺した男によく似た男との遭遇。
「果たして……」
本当に誰が自分の親を殺したのか?
小さな胸の痛みに少し魘されながらも、眠りについた。
   4
コンコン、というノック音と共に目を開けては外から声が聞こえる。
「れいちゃん、僕だけど起きてるかな?」
「なんだ……遊佐さんか。」
そうぼやきながら、ドアを開けると「うわ、すごい顔っ」と言われれば、ムッと顔を顰める様子に、遊佐は笑う。
「ごめん、ごめん。冗談だって。もう朝の八時だし、朝ご飯の時間だから起こしにきたんだよ。ご飯食べるでしょ?だったら、さっさと顔洗ってついておいで。」
「あ、ああ……。すぐに終わらせるから待っててくれ」
そう言っては洗面台へと駆けつけ、顔を洗う。歯磨きも済ませたかったが、何せここに来たのは約五時間前で、備え付けも存在しなければ、人を待たせている。ので、顔を拭いては鏡を見てフーッと息を吐いては頬を叩く。
「よし!これで完璧だな!!」
ダダダッ、と玄関まで走りドアを勢いよく開けては一言。
「おはよう、遊佐さん。」
「おはよう ……って、相似でいいって言ったじゃん。」
ふーっ、やれやれという調子で首を横に振っては先に歩き出す様子は流石にぐっ、とくるものがある。
「まぁ、いいや好きに呼んでもらって。ここのみんなは僕の事を名前で呼ぶからさ」
「それって、隊長各の人しか呼んじゃいないんじゃないか?」
「え?何で分かったの?」
「何でって……」
『職務上、こんなのはよくないんだろうけど、あまりにもお兄さんが強そうだからこっちの方が有意義だと思って選んだんだけど』
昨晩聞いたこの言葉
不謹慎だの、仕事に不真面目だのという問題以前にこんな台詞を易々と吐いてしまう事自体人として何かが違う。変わっているとかその様なレベルではなく、それこそ人の命さえただの玩具としてしか見ていないような感じである。積み木よりもパズルの方が面白そうだからそっちをやろうという様な軽さで。無論、こんな台詞を聞いた上で一緒に生活している身となれば、正直いつ自分がその身勝手さで殺されるかどうか分からないのだ。だからこそ迂闊に親しくなどできない。できるとしてもほんの一部であり、それこそ昨日であった土方や斎藤といった面子なのだろう。しかし、この遊佐相似という男も馬鹿ではないはず。ふと、母禮をじっ、と見てはそっぽを向き、「そりゃそうだよねー」と暢気に答える。
「こんな僕の事、理解ってくれる人なんてそういやしないから。ただ、れいちゃんはそうじゃないのか、少し問いかけただけだよ。」
「遊佐さん……」
「ね?」と首を傾げる様子がとても痛々しく、思わず胸元をぎゅっと掴んだ。
(ああ、そうか)
とある事を一人で納得しては、エレベーターに乗り、そのまま食堂としてあてがわれている部屋に行けば、そこには何人かの隊士が台所に立ち自ら料理を作っていた。
「ほほう、朝飯は自分で作っていたのか。」
「そそ。昼とか夜は任務が立て続くから、食事は各個人で取るけど、朝は朝方まで続いた任務を担当していた人を除いて、みんなでとってる。」
辺りをキョロキョロとしていれば、厨房の奥にに見知った姿を見ては心臓が跳ねる。隊服であるYシャツを捲っては、ここからじゃ遠く見えないが、鍋をじっと見ていることから、味噌汁でも作っているのだろう。
「そんなに所以さんが気になる?」
「え?」
突然の問いかけに対し、裏返った声で返事をすれば、遊佐は「はははっ」と笑う。
「何その驚き方。にしても昨日からずーっと所以さんの事見てたからさ、何か訳ありなのかなって。」
「事情ならば――」
「あるにきまってる……って?」
母禮が答えるよりにも先に遊佐が答えれば、スタスタと先にテーブルへ向かってはこちらへ向かって手招きする。前や隣にもまだ人はいない。
(要はさっさと来いという事か)
そのまま遊佐を追い、隣に座っては「で?」と遊佐は聞き返してきた。
「その事情っていうのは?」
「別に深い事はないさ」
「へぇ?そう言っちゃう?」
喉の奥でくつくつと笑う様子に母禮は遊佐を睨みつけるが、遊佐はそれを一切合切無視を決め込んでは「中々やるじゃん」と呟く。まるで昨日、初めて会った時の様に。だからといってこちらが怯む必要はどこにもなく、意図的に黙り込むと遊佐が愉快そうに口を開く。
「もしかして、大事な人を所以さんの手によって奪われた……とかありきたりな話じゃないだろうねぇ?」
ガタンッ、という大きな音の後にパァンッ、という甲高い音が和気藹々としたこの食堂に響き、誰もがその根源へと目を向けた。
目線のその先には立ち上がった母禮の姿と頬を叩かれた遊佐の姿に辺りは戦慄する。
「あの遊佐隊長に張り手を食らわすだって?」
「というか誰だよあのガキ。よくあんな事ができるな……」
「……命知らずが」
所々で声は上がり、当の本人達もまた動き出し、遊佐は「へぇ」と暗く冷たく呟きながら、目の色が変わる。まるで、無謀な挑戦者に向けるかの様な怒りと喜びが混ざったおぞましい視線。しかし、何をする訳でもなく、顔の位置を正面へと戻しては口元を緩めたまま呟く。
「怒らないでよ。大体そんな所かと予想を立てただけだし、もしかしたらただの思い違いかもしれないからね。」
「このッ……!」
もう一度振り上げた拳を止めたのは、それこそ正に先程まで話に上がっていた人物で
凍てついた表情のまま、母禮の手首を掴んでいる。
「斎、藤……さん。」
「何を話してるかは知らんが、騒ぐのはやめておけ。他の隊士の迷惑ともなる」
「……でも」
ぽつり、と呟いた言葉を斎藤は聞き逃さなかった。
「だから?」
「……」
「こいつの口車に一々乗るな。一応決まりでは隊士の間での私闘は禁じられている。それが守れないならば、それ相応の処罰を受ける事になる。言っておくが謹慎処分などという甘ったるい処罰だと考えるなよ。下手をすれば、アンタの一生に関わる。」
「……」
「何故、止めたのか……と言った様子だな。」
無言なままの母禮の表情を見ては……否、斎藤は母禮の後ろに立っている為、表情など微塵にも見えない。ただ何故理解したかというのであれば、母禮自身がかもし出している気を読んだとも言えよう。理由は至って簡単だと斎藤は告げる。
「俺はな、大鳥。この新選組で一番汚い仕事が回ってくる。裏切った同僚の処分や先程の処罰、よく犯罪を犯す犯罪者の検挙が多い第一部隊に続きその数はほんのごく僅かの僅差でしかない。到底自慢できる事ではないが、これは警告だ。相手の安い挑発に乗って力を行使するのは愚の骨頂。しかも今回は相手が悪すぎる。……まさか、昨日の様な技を以てすれば勝てるとでも思うのであれば、それはただの思い上がりだ。止せ。それに忘れたか?アンタの監視役はこの俺であり、今の事は昨日の手当の礼だ。ここにいる新選組の幹部をあまり甘く見るんじゃない。」
「……分かった」
「ならいい」
と短く答えれば、パッと手を離し、また台所へと戻っていく。だが母禮としては惨めな気分でしかなかった。
『ここにいる新選組の幹部をあまり甘く見るんじゃない』
 自身が戦う力はアマンテスが与えてくれた
しかし、それを以てしてでも新選組の幹部の人間はそれより遥か上の実力をゆく。
ましてかの裏で有名な新選組の遊佐相似を相手にしようとは無謀極まりない。だが、あの言葉が蘇る。
『もしかして、大事な人が所以さんによって奪われた……とかありきたりな話じゃないだろうねぇ?』
 その問題に関しては不明だ
なぜなら、ただ似ているというだけで犯人扱いをしたとして、証拠不十分なのは確かだ。
けれども、あの日父と母を守れなかった自身の無力さを思い出すだけで、怒りがこみ上げてくる。そんな気持ちを押さえ込んで、母禮は足早に食堂を出て行った。

「なぁ、ちょっと。ちょっと待てって!」
「?」
食堂を抜けて長い廊下を渡ってエレベーターを待っている際に誰かに声をかけられ、横目に見ればそこにはパンダの絵がプリントされた正しくは子供用のエプロンを身に付けた青年がそこにいた。
「君、昨日ここに来た情報提供者さんでしょ?」
「それがなんだというのだ?」
「いや、だから朝ご飯。」
「は?」
突拍子もなくそう言われれば、「ほら」と笑って青年は包みを渡す。
「開けてごらん」
しゅるり、とバンダナを解けばそこにはおにぎりが四つと口直しの為か、漬物まである。
「それ、仕事用に持っていこうとしてたんだけれども君にあげるよ。どうぞ」
「いいのか?貴方のなんだろう?」
「いいって。あの状況で食堂に戻るのは嫌だろうし、これぐらいまた作り直せるから。」
青年の背丈は母禮とそこまで変わらないが、明らかに歳上だという事は見て伺えるし、何より話し方が遊佐と似ているが、彼とは違いこの人には棘がない。
「ありがとう。えっと、名前は?」
「比企陽弘。ここの第二部隊の隊長で兼任というか非常勤で保育園の先生もやってるんだ。よろしく。」
そう言っては手を差し出し、握手をすれば思わず笑みが溢れる様子に「落ち着いた?」と問いかけられる。
「相似も斎藤も悪気はないんだよ。ただ、相似は身内でこう言うのは失礼だけど、人の命はどうとも思わない性格だし、物腰柔らかそうに見えるけど極度のきまぐれだから、人と話してると地雷は踏むし、ちょっかいも出してくるんだ。だから斎藤の言った通り、ああいうのは無視して構わないよ。それを言ったら斎藤の事もなんだけどね。」
「……」
すると、1拍置いては一言。
「君もアイツと同じ『大鳥』なんだってね。」
「……」
「今、俺らは全力でアイツを探してる。大体は予想がつくと思うけど、捕縛される理由はアイツが大きな事件に関わっていて、その情報を手にしているからなんだ。」
「大きな、事件……?」
「『生命の樹』っていう融合結社は知ってる?」
「ああ」
 ――生命の樹 それは高杉灯影が束ねる科学者・魔術師の他にも武装した集団や不良グループや外国人さえ受け入れるという異能の集団であり、今一番この国の国民が崇拝している大規模の融合結社である。それらは今の日本
を完全に潰した後に新しく国を建て替えるという目標を掲げ、政界や各世界機関にまでパイプを持つという新選組とはまた違った立場の集団である。
だが、それと兄の脱走に何の関係があるのかと思っていれば険しい顔で比企は言葉を押す。
「いい?これは上層部しか知らない情報だから、他の隊士に話してはいけないよ?」
「あ、ああ……」
思わず息を呑む
すると比企は話を切り出した
「あそこは結構自由に行き来できる人間の集まりだから特に問題はないらしいけど、アイツらの中で一人、異様な研究者がいる。名前は樹戸榊。その研究内容は命のオンオフ……つまり、人を生かすも死なすのも可能な研究論文だった。アイツらはそれを科学とオカルトで完成させようとしてるらしいけれど、アイツはその一部を知っている。それを逆手に取って何かを起こそうとしているっていうのが『生命の樹』に潜り込んだ諜報員からの情報なんだけど。」
「その命のオンオフとやらの研究内容を知っているとでも?」
「その可能性は高いと土方さんは睨んでるみたいだよ。そんな事があいつらがする前にこちらに仕掛けてきたら、どうする事もできやしない。だからこそ捕縛しなくちゃならないんだけど、中々……ね。で、さてここで先輩から一言。アイツを探しにここまで来たのなら、もうやる事は決まったでしょ?なら後は迷わずに進むだけだよ。あの相似に思い切りビンタかます程の度胸を持ってるんだから大丈夫。」
そう言われては、先程渡された包みに視線を落とす。
「大丈夫。君は独りじゃないさ。今晩第二部隊で大掛かりな攻撃をしかける予定だけど、君にも同行してもらうのは土方さんから聞いているよね?なら、その時はよろしく。それじゃあ俺は出勤時間だから、また夜ね。」
手を軽く振り、去っていく小さな影と貰ったおにぎりが四つ。
「……弱いなぁ、おれも。」
そう呟いては、話し込んでいた非常口階段で、貰ったおにぎりを頬張る。味は好い塩加減で、何よりおにぎりを包む海苔の感触が堪らない。それを一気に食べ終わっては立ち上がり、
「よしっ!」と呟いては部屋に戻る。
「あーあ……結局、比企さんにいい所持っていかれちゃったなぁ。」
この様子を一部始終見ていた遊佐は静かにそう呟いては、やれやれと息を吐く。
「監視役は所以さんだけど、面倒を任されてるのは僕なんだからさぁ……気使ってよ」
叩かれた頬を抑えながら遊佐も二〇階へと戻り、その後、母禮の部屋まで行っては今日は任務が始まる前にこのマンション内の案内と、軽い買い出しをすると告げれば、先程の様な緊迫感はどこにもなかった。
単純だな、と心の中で呟いては施設を歩いて回った。
   5
「灯影」
東京のとあるビルのオフィスで響く声
灯影と呼ばれた青年は声の持ち主の方に椅子ごと回転させ、くるりと回りながら軽くペンを回している。
「あまりうろつくなと言ってあっただろう。せめて『本社』にいてくれ。ここでは手間がかかる。」
溜息を吐く青年――樹戸榊の言葉を無視しては、ペンを回す。
「別に構わないだろ、俺様がどこにいようとも。……で?何かあったのか?」
「今夜、新選組が動き出す。」
「それで?」
相変わらず軽い調子で答えれば、また樹戸は溜息を吐く中で高杉が言葉を挟む。
「互いに諜報員を忍ばせているのは滑稽な話だが、どうせ奴らの内部近くの話なんじゃないかと俺は睨んでるんだけれど?」
「大体はそうだ。だが動く相手が違う」
「駒は?」
「大鳥敬禮。もとい大鳥啓介だ。彼が私の研究している生命装置の情報を持っているのは既に把握済みなんだが、最近彼は動きすぎているし、今夜辺りがヤマらしい。そこでどうするか――「放っておけ」
樹戸の言葉を遮り、つまらなそうに高杉は告げる。そして同時に樹戸へと背を向ける。
「『生命の樹』は何人も受け入れる集団だ。たかがそこらの不良でも、国籍が違うとしても、それが敵であったとしても。けれども動かなくてもいい。俺様の計算が合っているならば、奴は必ず今夜死ぬだろう。無論、生命装置の話さえできないままにな。例えかの『大鳥』の当主と言ってもあいつの能力はそこまでだよ。それは樹戸さんもよく分かってるんじゃねーの?」
「……まぁ、彼はそこまで働いてくれてはいないがね。」
「なら丁度いい在庫処分じゃねーか。特に問題はない。適当に動かせておけ。まだ力を表に誇示する状況だと読めない馬鹿など食われてお終いだ。」
すると樹戸は困ったように薄く笑って
「なら私はお前を信じるよ」

「……で、今夜動く事は比企から聞いたんだな?」
「ああ」
あれから遊佐とこのマンション内の案内や最低限の生活用品を買い揃えた頃には夕方となっており、「最後にここを紹介しておかないとね」という遊佐の言葉で土方の部屋にいるという訳だ。
「奴はここ最近、出現する場所が決まっている。」
「それは一体どこなんだ?」
「都営新宿線付近……つまりここと目と鼻の先だ」
「そんな所に……」
「これは俺の自己分析なんだがよ」
そう言っては煙草に火を付けては、広げていた地図を指でトントンと叩く。
「ここからちっと地下鉄を使って離れた所に『生命の樹』が関与していると噂されるビルがあるみてぇでな。恐らくあの野郎はここ一帯の守護を任されていると読んでいる。」
「でも待ってくれ、土方さん。兄上はあの生命装置の情報の一部を持っているんだろう?なら何でそれを持った人間を向こうは放置する?」
「簡単な話だ」
と呟いては、吸殻をトントン、と灰皿に押し付けては呟いた。
「さっきは守護なんて大層な事を言ったがな、あの野郎と『生命の樹』はグルなのは明白だ。だが、あいつらの目的はまず国を建てる事おじゃねぇ。一掃するのが目的だ。なのに、そんな重要な事を他人に易々と教えて動くには早ぇと思わねぇのか?」
「!」
「謂わば捨て駒だよ。本人が自覚してるかどうかまでは知らねぇけどな。あの高杉ならそう判断するだろ」
「一つ、いいか?」
「何だ?」
大方の予想を聞いた所で、母禮は落ち着いた様子で問いかける。
「それが分かっていたのは結構前からなんじゃないのか?」
「ほう」
すると土方は感嘆の声を上げては「そうだな」と一言。
「全くその通りだぜ、ガキ。何で俺らがあの野郎に負けてきたか……分かるか?」
「いや、そこまでは……。」
「俺らは全隊士が拳銃を一応持っているものの、国の許可の元、刀を使用した近接戦を得意とする。それが通用しねぇのは隊士の腕がどうとかじゃなく、向こうがどうにかしてんだ。主に戦線に立ってる第一部隊、第二部隊の隊士の話じゃ、奴は隊士を鎖で縛り上げた上に、腕で潰したりもするらしい。どれもオカルトな話だが、どちらにせよただの人間じゃ対処しきれねぇ。だから俺はテメェに下がれと言ったんだ。流石に一太刀浴びせられそうなのは
相似や斎藤、比企ぐらいだろうしよ。」
「……魔術か」
と呟いては、ポケットから携帯を取り出し、とあるダイアルへと掛ければそれは、三コール程で出てきた。無論、こんなオカルト話が出てきた時に頼れるのは一人しかいない訳で。
「もしもし、アマンテスか?」
「どうした?こんな時間に」
話の内容に囚われ、完全に時差の問題を忘れていたのを詫びては本題へと入り、いくつかの質問をしては「ああ、ああ。」と相槌を打っては数分。「すまなかった」と言う母禮の言葉で携帯の通話を切る。
「土方さん、それに関しての対処は出来そうだ。先程は下がれと言っていたが、どうか前線において欲しい。無論、比企さんの力も借りるが。」
すると横で話を聞いていた遊佐が真剣な声で言葉を投げかける
「れいちゃん、それ本気で言ってんの?冗談にしちゃキツすぎるよ?」
「冗談ではなく本気だ。それに捕縛するにも殺すにせよ、これはおれが片付けなければならん問題だ。どうか、頼む。」
そう言っては頭を下げる様子に土方は笑ってはこう返す。
「いい度胸じゃねぇか。但し、危険だと感じたらすぐに逃げろ。一応テメェも女だしな。俺は女を殺したくねぇ性分なんだ。」
その言葉に対し、フッと笑っては
「死なんさ、絶対に。」

 一歩、一歩歩んでいく。
時間は午前〇時だと言うのに休日のせいか、流石の地下鉄も混んでいるのが分かるが、そんな事を考えていたら何もできやしない訳で、今日もひたすら歩く。とある願いを叶える為に。
「全ては俺自身の復讐の為にな」
鼻歌を歌うように呟いては闇の中を歩く。
その瞬間
人が 消えた

午前〇時 脱走した大鳥敬禮が出てくるとされる都営新宿線付近を歩いていれば、比企は「おかしい」と呟く。
「え?」
「今日は休日で、一応ここも東京では人通りの多い場所だ。だと言うのに、人どころか、タクシーすらないのはおかしいと思わないかい?」
「確かに、そうだな。」
小さく頷いた瞬間に、横にいる比企がスラリと剣を抜く。
「来るよ」
瞬間だった
バキバキ、ガシャァンッという物凄い音を立てては、地面から幾つもの鎖が地上に放たれる。
「緊急回避!相手からなるべく距離を取れ!」
比企の一言に隊士も、母禮も距離を取った中で暗闇の中で誰かがこちらへと向かってくる。
 黒く、長い髪。
 一見女と見間違えるような顔立ち
 そう、彼こそが。
「兄上……ッ!」
「おや?」
敬禮も母禮の姿に気がついたのか声を上げた
「母禮、お前もいたのか。あれほど会津で待っていろと言ったはずなのにな。まさかこの俺を探す為に遥々ここまで来たという訳か。」
「心配などではないッ!」
母禮も傾国の女を抜いては兄へと問う
「我々『大鳥』の矜持を主たる貴様が忘れたか!最初は国を守ると豪語しておきながら、仲間を裏切り、寝返っては幾人もの死者を出した!貴様が決めた矜持とはそこまで安い物なのか!?答えろ、敬禮!!」
「当主に向かって……貴様とは口を慎めッ!!」
一度放たれた鎖がまた地面を走り地上へと渦巻くが、ガキィンッと母禮はそれを振り払う。
「なッ……!」
「アマンテスは言っていたぞ」
先程、直々に聞いた話を母禮はそのままそっくりと返してやる。
「その鎖は北欧神話にてかの凶獣であるフェンリルを縛った鎖、ドローミである事。その縛った形となった魔法陣はたった一つしか存在しない事も。だから法則さえ読めてしまえば、何の問題もないのだ。」
「だから何だというのだッ!」
地面を走っていた鎖は今度は隊士達を捉えようとするが、それを比企と母禮が止める。
「こっちだって馬鹿じゃないんだ、大鳥。軌道さえ読めてしまえば後は自力が上の奴が勝つに決まってる。」
「クソッ!」
「終わりにさせてもらうよ」
ダッ、と比企が他の隊士と共に敬禮の懐へ入り込もうとした瞬間だった。
まるで、死神が哂うかの様に口角を上げたのを母禮は見逃さなかった。
「下がれッ!」
瞬間、ガシャァンッという音と共にコンクリートさえ抉れる。母禮の声に反応できた比企と二人の隊士は回避できたが、一人はそのまま巨大な腕に押しつぶされていた。
「くそッ!土方さんが言っていたのはこの事か!」
それは背中から生えた巨大な腕であり、ここで母禮はある事が引っかかる。
「その腕は確か三代目当主の……貴様も『呪い』を背負っている、と?」
「目敏いな。確かに俺も『呪い』を背負っている。さて、それは何故だと思う?」
「まさか……貴様が……」
大鳥家に伝わる『呪い』とは大鳥家の血縁を引く全員が対象な訳ではない。
『呪い』を引くのは本家直系の者だけであり、分家の人間は例外となる。それと当主となる者は男のみと限定されている故に、この大鳥敬禮は分家から連れて来られた人間であり、母禮とは本来従兄弟に当たる。と同時に、大鳥家は魔術や科学を良しとせず、純粋に刀一つで戦ってきた一族であり、こうして見ればこの大鳥敬禮が如何に異端であるかは明白。
では何故、この男が『呪い』を継承できたのか?
それも三代目という大昔の人間でありながらも、これもまた『大鳥』として異端な『呪い』
を使いこなすのか。
 母禮はアマンテスから聞いた事があった
あるインドや日本で伝わる呪術では生贄の髪や爪、臓器を生贄に自身の身体に直接何かを影響させる事ができるという事を。
つまり敬禮は大鳥本家の誰かの臓器を使ってはその術式を完成させたのだ。それが示す意味はただ一つ
(ああ……そういえば)
 父は言っていた 「何故お前が」と
 そして父が亡くなる前に当主は未だ確定されておらず、敬禮が当主候補として挙がっていた事。
「父さんと母さんを殺したのは貴様なのかァアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
怒りに震え、慟哭する母禮に対し、冷たく鋭く慟哭を遮る犯人。
「そんな事にも気付かなかったのか、この馬鹿め。だが、そのおかげで新選組では参謀としていい位を得られた上に、『生命の樹』に参加した時にはその肩書きのおかげで生命装置の構成と使用条件を知る事ができたよ。これで、俺の復讐は形を成す。散々馬鹿にしてきた愚かな貴様ら本家に対してのなァッ!」
高笑いをし、腕を振り下ろす敬禮の言葉など他所に母禮はスッ、と傾国の女を構え直す。まるで、何かを祈る修道女の様に。
「…‥比企さんと他の人も早くここから逃げろ。でないと飲み込まれるぞ」
「で、でも君一人――「早くッ!」
怒声を上げると同時に、最後敬禮は笑っては告げる。
「これでさらばだ、唯一の大鳥本家の生き残りよ。お前が自ら来てくれた事に感謝するよ」
ゴォッ、と腕が振りかざされる
「大鳥さんッ!」
はず、だった。
「え?」
腕が振り下ろされたと同時に、ガンッと十字架の先は地面へと叩かれ、何もかも飲み込むかの様に地面が敬禮という存在ごと飲み込む。
「なァッ!?」
最後の一言を残す事もないまま、そこは先程まで抉れていたはずが、既に真っ平らな姿を取り戻していた。この異様さに誰もが呆気を取られるが、比企がしゃがみこむ母禮に手を伸ばす。
「君、一体何を……。」
その謎には答えず立ち上がっては、後ろを振り返っては一言だけ呟く。
「これでもう奴は地面の下だ。流石に生きてはいないだろう。比企さん、土方さんに報告してくれ。」
「あ、ああ。分かったよ」
「……」
仮にも兄であった人間が埋まった箇所を一瞥する。
 何も後悔する事はない これでようやく終わったのだ
「さようなら、啓介義兄さん。」
短い報告の後に、そのまま迎えにきた第一〇部隊が回してきたパトカーに乗っては、そのままその場を後にした。

「く、くそ……ッ!」
一方、新選組がこの場を去った後に裏道でズルズルと身体を引きずる敬禮がいた。骨は何本も折れているし、内蔵も幾つか持っていかれた。ただあの時、土の底に埋まらなかったのは、この巨大な腕でとっさに自身の身を守り、這い上がってきたからである。ごぽっ、血反吐を吐き出しては一歩、一歩進む。
 母禮は知っている。自分がまだ死んではいないと
『呪い』を継承した者は例外なく血縁を結んでいる為、誰かが死ねば信号として伝わる。恐らくあそこで逃したのはあの少女のかけた優しさなのだ。
義理の兄であろうとなんであろうと自分が慕い続け、ここまで暮らしてきた兄だからこそ、結局は感情が邪魔をして殺しきれなかったのだ。だが、これは敬禮にとってはチャンスである。
重症ではあるが、回復術式を以てすれば一週間で完治できるであろう。
「見てろよ……次こそは、絶対にあの小娘だけでも殺――」
と言いかけた瞬間だった。
自身の背後で何かおぞましいモノがいる
「誰、だ……。」
恐怖に押し潰されそうになったが、振り返ればそこには背の高い陰気な男。
「貴様……確か、新選組の……!」
 何故?と思った
ここはあの現場からかなり離れており、様子など見えないし、まず一、人払いはしたはず。なのにこの男には影響されていないのか。
「何故、俺がここにいるのか知りたげな顔だな。」
そう言い放った瞬間に敬禮の右腕が宙を舞う
「が……?」
ボト、と音を立てると同時に鮮血が舞う。
「ぐぎゃァアアアああああああああああああああああああああああああああ!」
「そして何故、人払いが通用していないかという問いかけに関してだが」
男は呟く
ただ淡々と 冷酷に
 正にこの男こそ死神であるかのように
「アンタは幾度か遊佐や比企と殺りとりをしている。その度、アンタは人払いをしていただろう?あれだけ見せられれば、誰でも有効範囲ぐらいは読み取れる。それにそれがなかったとしても、これぐらい離れて置かなければ、確実に比企達に勘付かれる。分かるか?」
「くっ、はははははッ!」
馬鹿が、と大鳥敬禮は哂う。
利き腕である右腕を失ったのは痛手だが、こちらにはまだ二本の腕がある。
「死んでしまえ……」
ガンッ、と背中の腕を振り下ろす。
「俺の邪魔をする者は全てなァッ!!かの新選組で最強と呼ばれる貴様でも流石に潰されれば――……」
「……誰が潰されている、と?」
 おかしい
潰したはずの相手が何故、自身の後ろにいるのか?それを知ったのは約三秒経ってからだった。
「ぎゃあァアアあああああああああああああああああああああああああああ!」
振り下ろしたはずの腕は斬り刻まれ、もはや再起不能であり、この男の命もまた失われるという事はもはや確定事項であった。
「く、そ……」
胸を大きく斬られ、倒れて血の泡を吹きながらも声を漏らすが、その表情は笑っていた。
「はは、斎藤……俺は、これで『呪い』が解けた……が、次は貴様の番だ。」
「何?」
「温かい……愛、の海で溺死すると、いい…‥。」
「……」
緩やかに死に向かう男は遠い日の事を思い出す。
『沈姫様!』
振り返る少女に、ガーベラの花束を渡して告白するかの様に言い放った。
『いつか、いつか俺が当主になって、貴女を守ります!だからその時まで――……』
そう言うと、少女は柔らかい笑みを浮かべていた。
「沈姫……」
――その時までには、強くなる。と

息絶えた男を一瞥すると、暗闇の中で斎藤はぽつりと呟く。
「温かい愛の海で溺死するといい……か」
 あながち間違ってはいないだろう
 自分はまた自身の手を汚した
 しかも、まだ幼い少女の大事な人を奪った。
 きっと知られたその日には――
痛む事のなかったはずの胸がどこか痛いような気がして、その不安と闇を抱えながら、斎藤はその場を後にした。
「……義兄、さん?」

 1.Black bord
 あれ以降、情報提供者としての役目を終えた母禮だが、今まで被害が多かった第二部隊の被害を最小に抑えた事と、「このまま会津に帰っても一人だろう」という比企の気遣いと功績により、このまま新選組に留まる事を許さ
れたのだが、あの日以降、調子がでない。
というのも義兄であった敬禮が殺されたという信じがたい事実に対して、だ。
他の隊士には分からないだろうが、あの程度の攻撃であったら瀕死で留まるはずが、死んでいるとなると出血多量か、それとも逃げた所を誰かに止めを刺されたか。この二つしかない。もし後者であれば一体誰がやったのか? それが気になって仕方がない。
「れいちゃん、れいちゃん。魚、魚!焦げてるよ!」
ヒソヒソと耳打ちしてきた遊佐の声に反応し、グリルを見れば見事に朝食で出される鮭は真っ黒に変化していた。
「……すまない。これはおれの分にする。」
「それは大いに結構。だけど最近どうしたの?何か考え事してるみたいだけど」
「ああ、少しな……。」
 言えるはずもない、と悩んでいる中、今度は肘でつつかれ、声を上げようとすれば目の前には斎藤の姿があった。
「おはよう、斉藤さん。」
「ああ、おはよう。大鳥、今日少し時間はあるか?」
「ああ、あるが……何の用だろうか?」
「少し話があるだけだ。」
「それって、もしかして最近おれが仕事に身に入っていないからか?」
「……ああ」
「で、どこに行けばいいんだ?」
「悪くなければここから離れた小さな神社の境内に……って、いい加減大鳥の真似をするのをやめろ。遊佐。」
「ちぇー。折角話に乗り気でないれいちゃんに代わって聞いてあげたのに、それはないんじゃない?」
「単純に気持ち悪い。……で、どうする?」
「分かった、朝食の後でいいだろうか?」
「ああ。片付けが終わったら、下まで来てくれ。」
短い対話の後、にひひと下卑た笑みで遊佐は母禮を見ている。
「これはなんだろうねー。まさかのデートのお誘いとか?」
「ぶはっ!」
「あ、鮭落ちちゃった。」
突然の不意打ちに吹き出した挙句、こんがり焼けた鮭が箸から滑り落ちる。
「な、何を言っているんだ!遊佐さん!」
「あれ?気づいてないの?最近、所以さんってば、れいちゃんの事を穴が開くかと思うぐらい見てたりするんだよ?気づかない?」
「し、知らん!大体斉藤さんは監視役だ!監視だ!監視!」
「もう、お兄さんの件は解決したから、もう監視役じゃないよ?」
「う、うるさい!もうこの鮭でも食べてろ!」
「ちょっと待った!それはれいちゃんが責任を持って食べるんじゃなかったのー!?」
「……」
 複雑な心境だった
遊佐が言っていた通り、ここ近頃斎藤は母禮の事をずっと見ていた。あの忌まわしい日からずっと。
正直このままいつもの様に誰を殺したなんてかは自身の胸の奥に閉じ込めておけばいいのだ。けれども何故か、今回はそれができない。
(言える……はずもない)
受け取ったトレイをテーブルに置き、鮭の切り身を一口。
「……焦げてるんだが」
仕事に身の入らない母禮の焼いた鮭はどれも等しく焦げているのだろう。
ただ台所でギャーギャー騒いでいる様子を見てどこか安心を覚えながら、卵焼きに手を伸ばした。

バタバタという足音が響く
朝食の片付けが終わったのだろう。母禮はマンションの下まで降りてきては、斎藤の元へと急ぐ。
「すまない、遅くなった。待たせただろうか?」
「いや、思われる程待ってはいない。」
「行くぞ」という言葉と共に二人は歩きだすが、母禮は言う。
「ここから鏡内まではどれくらいかかるんだ?」
「歩いて小一時間程だ。不服か?」
「いや……別にそんな事はない」
「そうか」
たった少しの会話の後の沈黙
母禮は別に嫌いではなかった
いつも何食わぬ顔でいる斎藤の顔が好きだった
最初は父と母を殺した犯人と見ていたが、それでも嫌になれないというのは恐らく斎藤のいい所なのだろう。
飾り気がない 一言で言えばシンプルだが、別段複雑じゃない方がらしく見える。
そう思いながら斎藤を見上げた瞬間、互いに目があってはバッと俯く。
『あれ?気づいてないの?最近、所以さんってば、れいちゃんの事を穴が開くかと思うぐらい見てたりするんだよ?』
遊佐の一言が、気になる。せめて、一言
「斎藤、さん。」
震える声よ、気持ちに変わって。
「何だ?」
「遊佐さんが言っていたんだが、最近斎藤さんがおれの事をよく見てるって……何か言いたい事でもあるのか?」
「ああ」
あっさりとした答えに「ああ、そうか」と納得していれば、今度は斎藤が尋ねた。
「アンタも最初の頃、俺をよく見ていたが、何か理由でもあったか?」
「……バレてたか」
「ああ」
そっけない返事に、俯いては答える。まだこの問題に関しては解決など一つもしていないのだから。
「貴方の顔を見た時、おれの両親を殺した男によく似ていたんだ。」
「……」
「最初は疑ったりもした……だが、それはただの思い違いでしかなかった。すまないな」
思わず苦笑してしまうが、その言葉に間髪いれずに斎藤は呟く。
「そんなにアンタの両親を殺した義兄にそんなに似ていたか」
「……」
 ふと、制止した。
 今、この男はなんと言った?

ソンナニアンタノリョウシンヲコロシタアニニ、ソンナニニテイタノカ

「どう……して……」
 どうして貴方が、と心で訴える
「なんで貴方が義兄さんが私の両親を殺したのを知っているの……?」
「……」
「ねぇ」
嫌だ、と心で母禮は訴える
「どうして、あの場にしかいない人しか知らない事を知ってるの!?」
これが事実だとして、導かれる結論はたった一つ。
 これで全ての事件の幕が閉ざされる
「……俺が」

「俺がアンタの義兄を殺した」
「ああ……」

どの感情から手を付ければいいのか分からなかった。
いや、それとも何もつけない方がよかったのか。ただ真実を告げる声は止まない。
「あの日、俺は少し離れた路上の裏でずっと様子を見ていた。無論、見ていたのはアンタがあの男を殺せないと見て、ずっと見ていた。……何もかも予想通りだったさ。アンタは結局感情を殺せなかった所為でアイツも殺せなかった。だから俺が殺した」
「じゃあ、あの時土方さんの話も……」
「……」
無言の肯定
期待は全て砕かれた 救いなど微塵にもなかった
「お前が……」
ただ、今のこの少女に宿るのは憎しみだけだ。
「お前が義兄さんを殺したのかッ!」
憎い
でも嫌いになりたくない
しかし、この感情を抑えることができない。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
今の母禮に外の光景など見えない
見えるのはただ憎く、それでも嫌いになれない男の顔だけ。
逆もまた然りで、斎藤もまた母禮以外見えていなかった。
 後悔などしていない
 何せ今日は最初からこの話をする為に外に誘ったのだ。
――何故?
「俺が」
罪人は告げる
「俺が憎いか?大鳥」
被害者は答える
「憎い」
「だとしたら、どうする?」
殺される覚悟ならば最初からあった。
自力では母禮は斎藤の腕の域に達しないものの、母禮の持つ傾国の女の能力は未知数だ。
 もしかしたら、殺せるかもしれない。
 しかし何故、斎藤はその死を望むのか?
「私は何をしても貴方を許さない」
「殺すか?」
 簡単な話だ
「殺さない。」
「……」
「貴方が例え『殺して』と言っても泣き叫んでも絶対に許さない。逆に生かす事で貴方には生きる十字架になってもらう。だから貴方が勝手に死ぬ事は許さない。私だけが貴方の生を人生を握る手綱となる。」
「――……がとう」
「え?」
 斎藤所以が死を望む意味――それはとてつもなく悲しくも哀れな理由
「ありがとう……これで、これで俺は……ッ」
「どうして……泣いているの?」
その言葉に涙を拭う事無く、ただ次々を吐きだす。まるで泣くのを我慢していた子供の様に。
「産まれた時から俺に居場所などなかった。常に徘徊する獣道の中で、仕方なく新撰組へと入隊した……殺す事しかできない俺が更に人を殺して殺して、そればかりだった……もう掌は血に染まって、身体は重たかった。結局どこへ行っても助けなど呼べず、繰り返すばかりのこの道を……どうしても終わりにしたかった……ッ」
かくん、と糸が切れた人形の様に膝を折っては、母禮の手を取る。
「だからアンタが……貴女が俺の心を殺すというのなら喜んで死のう。貴女が俺の免罪符になるというのなら、喜んで受け入れよう。俺は貴女を守り抜いて死ぬ。」
「……」
「俺の……斎藤所以の命に賭けて必ず。だからどうか、俺の前では偽らないでくれないか?」
「じゃあ、私は……『おれ』じゃなくて、私でいいの?」
「ああ。だから、貴女の本当の名前を教えて欲しい。」
そう言われ、母禮はぽつりと告げた。
「沈姫。大鳥沈姫っていうの」
返事はない
けれども握る手の強さがそれを証明している。
本来ならば、郊外の神社で交わされるはずの約束は、新宿の人気のない薄汚れた街並みで交わされた。
   6
「……」
あれから数週間。母禮はずっと考えていた。
斎藤の罪、斎藤の今まで辿って来た道、そしてあの時流した涙の意味。
母禮は斎藤に対し、殺すという楽な道を与える事はさせなかった。そして斎藤もまた「殺してくれ」など言う事もなく、自身の汚れ切った人生の免罪符を母禮に与えてしまった。
 おかしいと言えばおかしい
 だが、それ以上にそれを理解してしまう自分がいる。
「どうかしたの?」
「……ん、いや何でもない。」
現在母禮は斎藤の部屋にいる
同じく二〇階であり、あの日以来、斎藤は母禮をよくここに呼び、行動もできるだけ多く共にしている。あの時、自身の命に賭けてという言葉は本物なのだろう。ただ、考え方が古典過ぎて、こうして行動を共にしたりする事でしか守れないと思っているのだろうが……。
一方、その中で野次馬が三人も存在した。
二一階の非常階段から見ると、微かに斎藤の部屋が見えるという場所で、三人は双眼鏡を片手に、色んな意味でこの状況を楽しんでいる。
「ちょっと比企さんどいてよ!全然見えないじゃん!!」
「うるさいな!ただでさえここは声響くんだから、バレたら俺らどうなるか知らないよ?」
「でもよ、多分相似や俺ならまだしも、お前がこんな事してたら幻滅するんじゃね?」
「……ねぇ、改めて聞くけど君らは俺をどんな人間として見てる?」
「保育園の優しい保父さん」
「弄り甲斐……じゃない、みんなのお父さん。」
「……相似。今、君さ思い切り弄り甲斐のある人間だって言おうとしたよね? ……ってやっぱ保父さんに見られるか……。」
花村は思う。せめて保父さんと呼ばれたくなければ、せめてあの如何にも保父さんらしいパンダの絵がプリントされたエプロンをどうにかしろ、と。
そんな子供の喧嘩のような言い合いを繰り広げる、遊佐と比企、そして第八部隊隊長の花村密。名づけて新選組における馬鹿三人組である。
「でも最近、所以さんはれいちゃんを穴が開くかぐらいって程見てたし、もしかしたら本当に穴が空いちゃったのかもね。」
「……まさか心を奪われたとか言う某有名映画みたいなオチじゃないよね?」
「あれ?バレちゃった?」
「てへ☆」といった具合に舌を出し、頭を拳で軽くコツンと打つ気持ち悪いポーズをする遊佐を無視してはまた双眼鏡を覗くが、そこには誰も映っていない。
「あれ?」
「……バレていないとでも思っていたのか?そこのお三方」
「げっ!斎藤!?」
「いつの間にここに来たの!?やっぱ相似達が騒ぐから……!」
「ああ、音も見事に反射していたさ。何よりそのゲスい手を使うのはアンタらしかいないからな。」
何故か一個上の階でしかも非常階段だというのに、遊佐達の背後から気配や物音すら感じさせずに現れた斎藤に驚きながらも、三人は必死に抵抗する。
「ゲスいだなんて所以さんに最も言われたくない言葉だね!いつも漁夫の利を利用したかのように検挙率を上げてる所以さんにはッ!」
と遊佐が
「……ゲスいじゃなくて覗くなってストレートに言えばいいのによ」
と花村が
「ごめん、悪気はなかったんだよ。けど異常だと思ってさ」
と比企はこう訴えながら、話を続ける。
「正直に言えば、人との馴れ合いを最も嫌う斎藤が土方さんの命令もなく、こうして大鳥さんと一緒にいるのかが気になってね。何せ君が二年前に入隊して俺の隊に配属された時とは全然違う。……まぁ、それでもその二年をかけて俺らには心開いてくれたと勝手に見解してるけど、彼女……大鳥さんに対してだけには違う気がして。」
「……」
「恋でもなんでもなく、ただ付き添っている様な。そんなに彼女が心配かい?」
「……ようやく見つけたんだ」
「え?」
「俺の唯一にして最大の心の拠り所を。勝手に詮索するのはいいが、大鳥には見つかるなよ?特に比企。大いに絶望されるかもしれないからな。」
「斎藤……」
鉛の様に重い一言を残しては、カンカン、と非常階段を下りては、自室の廊下で遭遇した母禮の頭を優しく撫でていた。まるで、どこか守るように。
「これって、恋だと思う?」
「んにゃ、俺にはそう思うぜ。アイツはああ言ったが、性格が性格だし拠り所と恋心の区別もつかないんだろ。」
「……」
「? どうしたの?比企さん」
「ん?ちょっとね……」
 あれは恋ではない、と比企は思う。
どちらかと言えば、斎藤が母禮に付き従っている様に見えるのだ。
(まさか……ね)
遊佐から聞いた先日の一言
『所以さんったら、今れいちゃんを誘って神社に出かけてるんだってー。』
(あの時に一体何が……)

「あ、斎藤さん。突然出て行ったからどこに行ったか心配したぞ」
斎藤の部屋を出て、元の『大鳥母禮』となった母禮は斎藤の元へ駆け寄る。
「悪かった、少し気がかりな事があってな。」
「?」
首を傾げる母禮の頭を優しく撫でては、そのまま廊下を渡ろうとしては、何かを思い出したのか、こちらへと振り向く。
「そうだ。今日の夕方から、第一、第二、第三部隊を総動員で集めて会議があるらしい。大鳥、マンションのオーナーに内線で連絡して、場所を取ってきてくれ。」
「上位三部隊全員を集めて……となると事は大事の様だな」
「そうなる、頼んだぞ。」
「了解!」
概ね事を伝えては、すぐさま自分の部屋へと向かう母禮を斎藤は苦笑しつつ見送る。そんなに急がなくとも、俺の部屋から連絡をいれれば済む話なのにな、と心中で思いながら。
 あの日以降、どこか心が軽くなった気がする。そして同時によく笑うようになった。
生きてきた獣道故に誰も信用できず暗い道を歩んできた自分にとってどれだけこれが救いな事か。
 大鳥沈姫は斎藤所以の救世主である
 この事実に変わりはなかった
 ただ、その幸せがいつまで続くか
「分からないだろ?」
同時刻。東京のとある所に構えた『生命の樹』の『本社』で高杉灯影はワイングラスを揺らしては呟く。
「理不尽な事に時間っていうモンは平等だ。そんな中で幸せも不幸も刻まれる。大方人間っていうのは負の感情に敏感だから、例え人生が九九%幸せで出来ていても、残り一%の不幸があれば、それは不幸が多く取れた人生であると錯覚するモンだ。なァ、そう思わねーか?影踏」
「感情論を気取った詭弁には興味はないよ、兄さん。」
高杉の独り言がオフィスで響く中、突然許可もなく入ってきた高杉灯影の実弟である高杉影踏はその感情論を気取った詭弁とやらを、くだらないと吐き捨てる。それに少し気を悪くした灯影はワインを飲み干しては「で?」と尋ねる。
「そろそろ完成するのか?」
「もう少し、と言った所だな。樹戸さんの生命装置も完全に完成したそうだし、後は狼が上手くやってくれれば下準備は全て終了。それと小耳に挟んだ話なんだけど。」
「何だ?」
「あの大鳥啓介が新選組の手によって粛清されたとさ。生命装置の事を話したかどうかは知らないが、恐らく今は平和ボケでもしてると思う。」
「やはり俺様の読んだ通りだな」
「……流石にそれは本物らしい訳、か。」
「まぁな。片割れは大鳥の妹が所持してるっていう話だったが、まさかアイツも新選組に身を置いてんのか?」
「恐らくね。大鳥啓介の件で分かった事だけど、『大鳥』の一族は年中動く事しか頭にないらしい」
「へぇ、流石ヒーロー様だ。」
口笛を吹きながら、そう呟いてはワイングラスをテーブルに置く。
「だが、本物のヒーローってモンはもうちょっと違うはずだ。まぁ見てろよ阿呆共。本物のヒーローの腕前を見せてやるからよ」

時刻は午後七時。九階のロビーで第一部隊から第三部隊まで招集された中で、話し合いは行われようとする中で、土方は早速本題へと入る。
「さて、今回集まってもらったのは他でもねぇ『生命の樹』についての話だ。俺らが今までひっ捕まえてきた泥棒だの詐欺だのそんなモンは今はいい。大鳥敬禮こと大鳥啓介の粛清を終えた故にようやく上からお達しがきた。任務内容はそれぞれ第三部隊までが、奴らの完成させようとしている生命装置の回収及び破壊だ。知ってると思うが、新選組達も『生命の樹』も根底は一緒だが、手段が違う。今のろのろと役所や議会で働いている野郎共や国の改革の遅さに痺れを切らしてっから、だったら俺達がやってやろうと先陣を切るのはいいが、生命装置やその他にも危険なブツもあるかもしれねぇんだ。これは最も俺達が警戒しなきゃならねぇ事態だ。だから、片っ端から片付けるぞ。」
と言っては、地図をそのままセットしてあったスクリーンへと映してはタンッ、と一箇所に指を立てる。
「ここだ」
指しているのは四谷付近にある慶應大医学部であった。
「奴らはここで生命装置の実験を密かに行っていたという。開発者の樹戸榊もそこで教授を務めている。まずはここを制圧するぞ。そして、残りはここ三つだ。」
そのまま慶應大学を中心に囲うかの様にそびえ立つ建物をマークする。
「ここは奴らの本拠地ではないが、関連されているとされる建物三つだ。これを第五から第八部隊に一隊一箇所配備して制圧。第二部隊はそこの責任を頼む。第三部隊は慶應大医学部に。第一部隊はここ……最終目的地である東京タワーを攻めるぞ。そこの責任としては俺と予備部隊を連れて行く。大まかな作戦は以上だ。各隊隊長はプランB-5を発動準備。作戦は明け方四時三〇分から。他の各隊隊長には俺から話を伝えておく。分かったな?」
「はい!!」
(もうここまで分かっているのか……)
会議の後に部屋に戻った母禮は、シャワーを浴びては作戦に備えていた瞬間、電話が鳴る。備え付けではなく携帯の方だ。恐らく同僚でないと思い、着信履歴を見ればアマンテスであった。こんな時間に何であろうかと、思い、ピッとボタンを押す。
「もしもし。どうしたのだ?こんな時間に」
「母禮か。すまんが、今から東京駅まで迎えに来てくれ。」
「は?」
突然の申し出に呆気を取られていれば、「ふう……」と溜息が電話越しに聞こえる。
「折角貴様ら新選組の力になろうと思っていたのだがな。助け舟は不要か?」
「……事はそんなに深刻なのか?」
「疑問を疑問で返すな。まぁ、そうだな。日本としては最悪な事態を招く事になるだろう。続きが聞きたければ、途中で話す。」
そう言い残しては電話が切れる。
「……」
考えて一五秒 バタンッ、と外へ飛び出しては、二四階まで階段を昇り、土方の部屋のチャイムを鳴らせば「あ?」と如何にも機嫌の悪そうな土方が出てきた。
「何だ、大鳥。もうすぐ作戦が――」
「それが大変な事態なのだ!どうか東京駅まで車を回してくれないか?一々説明するより、一緒に聞いて貰った方が早い!」
「ハァ?まさか今回の作戦に関してじゃねぇだろうな?」
「それに深く関与しているのだ!どうか頼む!」
「なら、少し待ってろ。」
と言い残しては、内線で予備隊を呼び出してはそのまま車を回してもらい、東京駅へと急ぐ中で土方は「なぁ」と言葉を投げかける。
「その迎えにいくヤツってのは何かの権力を持ったヤツなのか?」
「ああ。あの義兄上の問題で、あのオカルトを全て解説してくれた人なんだ。聞く所によれば、欧州で相当の権力を持つ魔術結社のボスだそうだ」
「魔術結社、ね。」
軽くぼやいては東京駅へと急ぐ。そして、1時間後。結構時間は経ったが東京駅に着いては、母禮は必死にアマンテスを探していれば、丁度こちらへ向かっているのを見ては、「アマンテス!」と叫ぶ。
「よう。思ったより早かったな」
「まぁ、上司に無理してお願いしたからな。早く車に乗ってくれ」
母禮にそう促されると、土方は「早かったな」
と言っては、アマンテスへと視線を向ける。
「テメェが大鳥の言っていた魔術結社のボスか?」
「母禮から聞いたのか?まぁいい。俺は魔術結社『地を這う蛇』のボス、アマンテス=ディ=カリオストロだ。」
「こちらは新選組の大隊二課長の土方だ……で、その大事な話とやらを進めようじゃねぇか。大体テメェは何で日本に来た?しかも日本国内だけの問題に、どうして他国がちょっかいを出す?」
「簡単な話だ」
そう区切っては更に話を進めていく
「『生命の樹』は元々融合結社だ。科学者や不良だの外国人だのといる中で魔術師も結構いると部下から聞いている。ちなみに貴様はさっき日本国内だけの問題と言ったが、実を言えば俺はここ日本政府に依頼されここまで来たのだ。目的は『生命の樹』の壊滅。俺も科学にはほぼ無知であるが、生命装置とやらにも危険な要素が多くあってな。もしかしたらもう奴らは動いているかもしれんぞ。」
「何……?」
眉を顰め、声を低くする土方に対し、アマンテスは告げる。
「もう、この瞬間にも……だ。奴らの最終目的は世界への進出だけでなく、魔術・科学両方の道を使い、世界を動かそうとしている。たかが五〇〇〇人とタカを括っていても、絶対者が数人いるだけでも組織自体は変わるのだ。」
「否定はしねぇよ。ただ、テメェもこちらに協力するって形でいいんだな?」
「ああ、そこは任せるがいい。呼べというのなら欧州全土から全魔術師を派遣しても構わん。」
「ハッ、そりゃぁ心強いモンで。」
「だから教えて貰おうか。この作戦というものを」
   7
ガシャ、ガシャと隊列は東京タワーの近くの駐車場の辺りでバスを盾に様子を見ていた。今回は重要作戦である為、剣客隊だけでなく銃撃隊も戦線に控え、遊佐は突入の合図を見計らっていた。
現在時刻は午前四時二四分であり、命令であった。四時三〇分までは待機しているのだが、遊佐は思う。おかしいと。
誰もいないのは当然だが、ここが本拠地であるならば、もう少し警戒があってもいいはずだ。しかしここまでないとなると、やはりいるのかもしれないという葛藤の中、一分一秒と、待つ。
そして、午前四時三〇分
「突入!」
入口を破壊した後、出入り口を完全に封鎖しては、各階へと登っていく。
ここは二階に水族館を備え、水族館のすぐ横には大型エレベーターがあり、そこから第一展望台、更に上にあるのが最上展望台。狙いは第一と最上までの間だと予測し、そのまま階段を駆け上がるが、どこにも人などいなかった。
「隊長、現在ここ一階から最上階までは人がいないとの報告が……」
「なら、第一展望台から最上階までに何か仕掛けがないか探索して」
「はッ」
「遊佐隊長!」
一方、無線で連絡が入り、「何?」と答えればチッ、チッ、チッという不吉な音。
「只今爆弾らしき物を――」
「全隊員に告ぐ!!すぐさまここから撤退し――」
と言うと同時に、この東京から、東京タワーが消滅した。
「東京の方はどうにかなったようですね、樹戸さん。」
場所は京都の比叡山延暦寺の鳥居の中
ここで配備されていた警備員と僧侶らがあたり一面血の海の中に沈んでいる。
そこを何もなく歩いてゆく長身の女は通信を続ける。
「日本の霊脈の一部の解放……果たして、これには一体何の意味があったんでしょうね?」
「仕方ないだろう。灯影の持つアレと生命装置をこの国全てに影響させる為には必要な事なのだ。」
「成程。で、もう全て制圧したという事で構わないんですか?」
「ああ。二条城、金閣寺、比叡山延暦寺と京都の三つの霊脈は確保した。残るは東京。後は何事もなくこちらに帰って来てくれれば何も問題はない。」
「了解しました」
ピッ、と通信を切っては女は歩きながらも呟く。
「こっから迷走が始まるってかぁ?ハリー、ハリー、ハリー!全てぶっ殺すまで楽しみで堪らねぇよぉッ!」
澄んだ声と裏腹に吐き出された汚れた言葉は京都の空に消え、一方東京にある新選組本部では戦慄が走っていた。
「只今のニュースで、午前四時半頃……先程です。先程、東京タワーが爆発されたとのニュースが――……」
「なん、だと……?」
「……早めにと俺も先手を打ったが、向こうが更に先に先手を打っていたとはな。」
日本で前代未聞の大ニュースは午前五時に流れると、同時に、時代も傾いた。

2.Live in Despar
その日、朝から悲劇しか起こっていなかった。
「どういう事だね?まさかここまで……」
「しかし我々警察は新選組に確実に襲撃命令を出しました。ですが、まさか既に後手に回されていたとは……」
「返す言葉もございません」
午前一〇時四七分。現在警察庁本部で、警察庁各部署と公安庁、そして『生命の樹』の処分を任されていた新選組のナンバー2である土方幹行、そして、日本に招かれたアマンテス=ディ=カリオストロは朝から苦渋を噛まされていた。
今朝の速報で、東京だけでなく京都の二条城、金閣寺、比叡山延暦寺が襲撃された事もまたニュースとなり世間を騒がせている。無論それを行ったのは全て『生命の樹』であるのだが。
「まぁ、ご老体共。あまり新選組を責めるな。今まで緻密に作戦を考慮し作戦に至った末路は痛手だが、向こうの方が我々早かったとなれば、ここの全員に非があるのは明白。だったらこの先どうするか考えるのが先だろう。」
「ッ……」
アマンテスを睨みつける各所の者共に対し、アマンテスは次々と話を続ける。
「このガキが何を偉そうに……と言いたげな顔だが、『地を這う蛇』に協力を依頼したというのなら当然の事だと考えろ。……で、土方。新選組の方の他の報告はどうなっている?」
「他にマークしていた慶應大医学部にも研究材料どころか装置、資料も全て破棄済み。そして関連されていたと睨んでいたビルも全て蛻の殻だったそうだ……と同時に、向こうに忍ばせておいた諜報員も全て死亡が確認されている。」
「ふむ。被害も最悪ということか……。そういえば第一部隊の隊長も怪我を負ったそうだな?」
「ああ。あんだけの爆発に巻き込まれりゃな……。」
「……で、この先どうするというのだ?」
そういう警察庁に対し、アマンテスは呆れた顔で答える。
「奴らの本拠地を抑えるのが先決に決まっているだろうに」
「ではカリオストロ様はどうお考えか?」
そう返す公安庁に、「いいぞ」という顔をする人間ばかりだったが、アマンテスはつまらなそうに……というより、欠伸をかきながら呟いた。
「地図を用意しろ。京都のな」
「は?」
「だから地図だよ。考えろ。何故奴らは本拠地を東京に構えていると匂わせながら、遠く離れた京都を攻撃したんだ?これは魔術師である俺だからこそ言える意見だが、これは魔術に関する可能性も考えられる。」
「馬鹿な事を……!」
「おいおい、土方さんや。日本の公安っていうのはカルト集団やそういうテロ組織から国を守る為の組織なんじゃないのか?」
(……それをここで俺に振るかよ)
魔術の有無に関して戸惑う公安庁方に呆れた様にアマンテスは言い放つ。それこそ本当に無能な奴隷を見るようかの目で。
その態度に対し、流石にいくら胆が据わっている土方でさえ、このアマンテスの言い様には驚くばかりだった。ピッ、とリモコンでモニターに京都の地図を映す。一応事件現場となった三ヶ所には赤い丸がついており、アマンテスはそれを見て「ふむ」と呟いては一言。
「もういい。ご苦労だった、土方。」
「これで事件が分かったとでも?」
「いや、奴らが何故こんな事をしたか分かっただけだよ。そう焦るな。当分奴らは動きやしない」
「は?」
思わずその場にいた土方以外の全員は口を揃えて言葉を漏らすが、どうやらアマンテスと土方の読みは同じらしい中で、アマンテスは土方に対し、「土方、説明。」と促す。
ちなみに正直ここまできていうのも難だが、歳が軽く一〇歳以上も下であり、ここまで礼儀のなってない様子に腹を立てているが、それをお偉いさんの前で出すわけにもいかず、渋々説明をする。
「カリオストロの言う、今回の事件が如何様によって行われたかの詳細は分かりませんが、恐らくこれは国家への威嚇かと。もう奴らはこの国一つ消し飛ばすことができるという意思表示です。結果、今も早朝から皆々方で集まり、ニュースでもこの悲惨な状況が流れている以上、奴らはまたこちらの出方を伺うでしょう。」
「遅くて一ヶ月だろうな、奴らが大人しく待っているのは。それを過ぎたら今回は国会でも吹き飛ばされるだろう。しかも議会が行なわれている最中という出血大サービスでな。……で、何で京都がこうなったのか説明するとだな。奴らはこの日本の霊脈を全て抑えている。」
「霊脈……だと?」
「大掛かりな魔術を行使するに中って、霊脈というのは大事なキモとなる。恐らく、奴らは科学だけでなく、魔術も行使しようとしている事になる。しかも詳細までは読み取れないが、ちゃんと場所も指定してあるじゃないか。さて、土方。俺は昨日も言った通り科学には無知だ。何か大掛かりな魔術の行使と並行して科学で大掛かりな事をする動きはあったはずだと思うが?」
「あの生命装置か……!」
「それはどういった条件で発動される?」
「それに関しては分からない。何せそれを掴んでいた大鳥啓介は既に粛清したしな。だが、大方の仕組みとしては人間の動きのオンオフ――つまり、自動的に生かすも殺すも自由にできるっていうモンらしい。」
「という事はだ、ご老体共。奴らはこの大掛かりな術式と生命装置で日本を一掃させる気だろうだぞ?さてどうする?」
「どうするも何もそうと決まったのなら、後は新選組の方に任せよう。我々も今後以上に連携してサポートはする。」
「結論は出たな。それでは頼むぞ、土方。」
「はい、了解しました。」
「では我々も忙しい。ここでお暇させてもらうぞ。」
「はい、お疲れ様です。御足労お掛け致しました。」
そう言って、役員全員が立ち上がり、ぞろぞろと部屋から出ていき、アマンテスと二人きりになった瞬間、ガンッと思い切りテーブルを叩く。
「クソったれがッ!ロクな仕事しねぇ癖に責任だけは押し付けやがって!!」
「仕方あるまいよ、土方。政治とは何かとこういうものだと相場が決まっている。」
「つかテメェも俺より一〇歳以上も歳下なんだってな!?なのにタメ口聞くわ、人をコキ使うわ、少しは敬え、称えろ、崇めろ!」
「そうそう、その調子その調子。」
「ふざけてんじゃねぇぞ!ガキ!!」
「ふざけてなどいないさ」
「あ?」
突然聞こえた真剣な声に、声を漏らせば。アマンテスは言う。
「俺は俺なりにこうしているんだ。俺がしっかりしていれば、部下は忠実でいられるか?その問答はイエスだ。だが、ただ普通の態度では嘗められて終わる。丁度子供の様に我が儘なフリをしておけば、部下も誰もが諦めてくれる。だからこそ俺は常に芯ではしっかりしておくようにと心に決めているんだ。」
「テメェ、まさか……。」
「自分を偽ってもう七年。いい加減慣れた。俺は俺の道を行くが、今回ばかりは協力させてもらおう。これが世界と奴らの全面戦争になる前にな」
「……言うじゃねぇか」
すると、ガシッとアマンテスの頭を叩いては土方は言う。
「よろしく頼むぜ、相棒。」
「ああ、よろしく頼むぞ。」
「んで、だ。さっきの会議で気になった事がある。」
「霊脈の事か?」
「ああ。テメェさっきすんなりと滑らかな具合で言ってくれたからよ、あの老いぼれ共は見落としたみてぇだが、霊脈からちゃんと場所も指定してあるって、どこだ?」
「予知能力は携えていないんだがね。ただ、ここで大きなビルはないだろうか?」
「ビルだと?そんなモン多すぎて逆に絞れねぇぞ」
「いや、それこそシンボルとなるものだ。東京タワーが吹き飛ばされた今、それ以外にシンボルとなるビルはどれだ?」
「まさか……」
土方は確信した
もしこの読みが当たっていたとすれば、今度こそ日本は終りを迎えるのだと。
「場所は?」
「北千住から東武スカイツリーラインの終点地、東京スカイスリーだ!」

コンコン、と無機質な病院のドアをノックすれば「どうぞ」と声が響く。
「遊佐さん、大丈夫か?」
 午後四時半、ようやく一通りの手当を終えたという事で、母禮と斎藤は遊佐のお見舞いに来ていた。残念な事に重症になった隊士、亡くなった隊士も多いらしく少し落ち込んだ様子の母禮に遊佐は声をかける。
「嫌だなぁ、そんな顔して。僕なんか現場でモロ被害を受けたんだよ?でもさ、僕も含め、新選組の全員は常に命懸けなんだ。命を落とす事が生きがいだとか幸せとは言わないけれど、覚悟はしているから。」
「……すまん」
「もういいってば。それに二人に怪我がなくてよかったよ。……で、さ。土方さんが『生命の樹』の居場所の特定をしたって聞いた?」
「……ああ」
先程まで遊佐が必死に守り抜いた雰囲気だったが、ここで一気に落ちる。母禮が再び俯き、その頭を斎藤が優しく撫でている。
「東京スカイツリー……だってね。全く、どんな神経であんな所を本拠地にするのか……」
「正気ではない事は確かだ。だが、それもアイツらしいな。」
「ちょっと待ってくれ、斎藤さん。アイツらしいって言ったが、知り合いなのか?」
その問いかけに対しては遊佐が口を挟んだ。
「ねぇ、れいちゃん。新選組のトップって見た事ある?」
「? 見た事ないな。」
「でしょ?それに僕は出会った最初の日に言ったよね?ここは階級によって部屋の階が違うって。最上階の二四階には土方さんと、オーナーの三木さんしか住んでない。だとしたら、一番トップの人はどこで寝て生活しているん
だろうね?」
「あ、という事はつまり……。」
「そう。あの『生命の樹』リーダーである高杉灯影が前まで新選組のトップにいたんだ。」
「一体、何で……。」
「その事に関しては誰も真相を知らないんだ。僕達幹部でもね。あまりにも突然の失踪だったから、最初も上は騒いでたけど、一ヶ月経つ頃には上も放っておけ、だって。ホントに笑えないよね。」
「だが、これで本拠地が分かった以上、ここから先は俺達と奴らの全面戦争となる。その時まで遊佐、アンタも復帰できていればいいんだが……。」
すると、遊佐は少年の様に笑って「勿論」と答える。
「その時までには必ず戻る。僕だってあの失踪の真実を知りたいしね。勿論指名されると思うけど、所以さんも出るでしょ?」
「ああ」
「だとしたら今は、あの人に任せようか。……と言うかあの人の仕事ってこんぐらいしかできないしね。」
と苦笑する遊佐に対し、母禮は質問を投げかけた。
「あの人、とは?」
「ウチの情報課でありながら、国際指名手配犯。南條都筑。自身で完成させたプロテクトサイバーという特殊な回線を生み出した天才でね。あの人の愛称から取って他所からの傍受を阻止するナンシーシステムというもので、多分この世で起きた事件の情報なんて常に掴んでるんじゃないかな?ネトゲやソシャゲばっかせずに仕事をちゃんとしてれば」
「……凄い人なのか、それともダメ人間なのか……」
「多分後者だと思う。けれど今頃は土方さんから指示が行ったんじゃないかな?」
「だろうな。だとしたら決戦は……」
「早くて、後三日。妥当な所じゃ五日後がヤマだと思う。」
「待て、遊佐さん!その怪我をたった五日で治る訳がないだろう!」
すると、ビシッと母禮の額に遊佐のデコピンが当たり、思わず額を抑える。
「誰に対して物言ってんの?僕は新選組の第一部隊の隊長だよ?怪我なんてただのハンデ。今まで負けた事なんてないし、そこにいる所以さんと同じぐらい……いや、それ以上かな?それだけ強いんだからさ。」
「遊佐さん……」
などと呟いていれば、コンコンとノックが鳴り、「面会時間終了ですよ」と言われれば、母禮は遊佐に手を振りながら言った。
「では、またな。遊佐さん」
「うん、じゃあね。」
バタン、とドアが閉まると同時に斎藤は母禮に「大丈夫か?」と声をかける。
「うん、多分平気。少しでも私達にも救いがあるんだって思ったら落ち着いた。」
「そうか……」
「そういえば」
病院の廊下を出てから、入口に向かう中で一つ疑問に思う事があった。というよりもできた。
「新選組では確か、第一部隊から第三部隊までが相当な実力だと聞いたけれど、斎藤さんは結局遊佐さんより強いの?」
「どうだろうな。だが経験では恐らく俺が一番多いだろう。遊佐は確かに天才だが、俺よりも歳が上でもあるせいで、新選組一の剣腕だと噂される。巷の噂によれば、昔は剣道道場で免許皆伝を取ったとかなんだとか……。」
「え?遊佐さんって斉藤さんより歳が上なの?」
「ああ。俺が一八で遊佐は確か二二のはずだ。」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
「……煩い」
キーンとする耳を抑える斎藤を他所に母禮は酸欠状態の金魚のように口をぱくぱくとさせる。
「斉藤さんて、私より二歳上だったんだ……」
「アンタの想像ではどれくらいだと思った?」
「二五くらい」
「………………………………………………………………………まぁいい」
長い沈黙の後に不機嫌そうな声に苦笑しては、話は先程の内容に戻る。
「『生命の樹』との全面戦争……か」
「嫌か?」
「少し、ね。何せ新選組も『生命の樹』も根底的な思想は一緒ではあるし、それに今日の話であの高杉灯影が本当に元新選組のリーダーであるならば争う必要なんかどこにもないのに、って。」
「争う必要ならば、存分にあるから安心して欲しい。」
「!」
突如聞こえた声を辿り、病院の上を見上げれば、そこには有名私立高の制服を着た少年が立っていた。歳は恐らく斎藤や母禮と同じだろうが、纏っている雰囲気が違う。
「……誰だ?」
「『生命の樹』所属、高杉灯影の実弟。高杉影踏。少し、そこの女性に用があるんだ。」
「用だと?」
「大鳥母禮」
「何だ?」
名を呼ばれ、返事をすれば少年は少し首を傾げこちらを見た後に言葉を続ける。
「例の傾国の女はどうした?今は所持していないみたいだが。まさか新選組で一、二を争う剣客が傍にいるから不要だと思ったのか?」
「答える義理などない」
母禮の代わりに斎藤が答えれば、斎藤を一瞥しては呆れた様に呟く。
「……もういいか?」
瞬間、ドガァッと二人の隣の地面を抉る。
「アンタ、一体何をした?」
「簡単な手品の一種でね。挨拶代わりに後、二発はどうぞ」
と同時に光線が斎藤の首と脇腹を掠める。
「――ッ!」
「斉藤さん!」
斎藤に手を伸ばした瞬間に今度は母禮をめがけて、幾つもの光線が降り注ぐ。
「避けろ!沈姫ッ!」
一瞬だった
母禮が動くよりも速く数多の光線が、母禮を射抜く。
「がッ……?」
「沈姫ィッ!」
斎藤が叫んで懐にある拳銃を抜くが、射程距離から遠く離れている……が、瞬間、病院の屋上からストン、と高杉は降りてきた瞬間に引き金を引く。
パァンッ、という乾いた音と共に、聞こえたのは薬莢がコロコロと落ちた音だった。
「残念。俺は科学に特化しているからな、伊達にそう破られるような手段は選ばない。」
思わず目を疑った
「アンタは一体何を……!」
拳銃の引き金は確かに引いたし、頭を正確に撃ち抜いたはずが、何故弾かれたのか?
「粒子型高速光線砲、と言っても理解できないか。じゃあ、さようなら。次会う時はきっと決戦の日だ。」
「待て……」
斎藤は手を伸ばす だが、その手は届かない。
『だからアンタが貴女が俺の心を殺すというのなら喜んで死のう。』
(待て……)
『貴女が俺の免罪符になるというのなら、喜んで受け入れよう。』
(待ってくれ)
『俺は貴女を守り抜いて死ぬ。』
「沈姫ィイイイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
   8
数時間後。斎藤は急いで新選組本部へと戻り、計画を練っていた土方の元に急いで母禮の事を報告する。
「大鳥が誘拐されただと!?」
同じくこの時同席していた、比企とアマンテスも思わず目を見開く。
「そいつは一体何者だ?」
「『生命の樹』の構成員である高杉影踏だそうだ。流石の俺でも対処は何一つできもせず……ッ」
歯を食いしばる斎藤に対し比企が「そんな….…」と声を漏らす中で、土方は考える。
(剣術でも射術でも優れた斎藤を撒いたって事ぁ、またしても常套な手段じゃねぇ……。それに何だ?何故あの大鳥が狙われる?こちらに対しての交渉材料にしちゃ、はっきり言って安いモンだ。なら……)
「相手は魔術師なのか?」
アマンテスの質問に対し、斎藤は首を横に振ると同時に、玄関先からおちゃらけた陽気な声がこの場に響いた。
「粒子型高速光線砲。確かそんなモノを相手は使っていたらしいね。」
「南條、テメェ何でそれが……。つかどこから話を聞いていた?」
「なんかバタバタしてたみたいだったからね。勝手に土方さんの部屋に仕掛けた盗聴器で話を聞いたのさ。」
「テメェ勝手に……! って、まぁいい。んで他に仕入れた情報はあんのか?」
「うん。後手に回ってお通夜みたいな状況から始まるかと思ったけど、案外幸先明るいみたいよ?『生命の樹』の構成員の情報を全て手に入れた。あ、勿論普通の滞空回線とかじゃなくて、僕の作ったプロテクトサイバーからさ。……で、まぁその内容なんだけど。基礎構成員は高杉灯影を含めてたった四人。こいつらを先に落とせば僕らの勝ちも同然だね。」
「……で?高杉以外の構成員は誰だ?」
「えっと……ってちょっと待った。あの高杉灯影の事と大鳥母禮の事は関係しているんだ。」
「何だと?」
「高杉灯影は傾国の女という魔術でも使われる特殊な魔剣を持っている。けれども、その傾国の女は贋作も含め、二刀存在する。灯影が持つ物は本物で、大鳥チャンが持つ物は贋作だ。これも、京都での事件と関連性が高いと見ていい。」
「……って事は幸先よくねぇじゃねぇか!バカ野郎!!」
「だから、忘れたんですか?奴らはまだ動かないって。それじゃあ勝手に構成員の洗い流しを続けるよ」
「……ああ」
項垂れた様子で土方が合図しては、南條はカタカタとパソコンを操作する。
「まず、その弟の高杉影踏について。彼自体そこまで優秀という噂は聞かないけれど、主に先頭に立って動いているし、どうやら魔術と科学両方に関しての知識を持っているらしい。だから所以クンの攻撃が効かなかったのもその所為さ。続いて二人目。かの生命装置を開発した天才・樹戸榊。こいつも科学に関しては一流のスペシャリスト。どうやら、こいつが科学専門の核になっているらしい。非戦闘員かと甘く見ちゃならないんだけどね。何せ、か
の生命装置を唯一動かせる人間なんだから。そして、最後。『生命の樹』でたった一人の女剣客、根城桜。昔どこかで流派を収めたっていうデータはないけど、京都の事件は全てこいつが引き起こしたと言ってもいい。」
「……という事は、相当の手練って訳か。科学、魔術、武力……。全ての部門のスペシャリストを迎えた上で、リーダーはアイツか。南條、データ収集ご苦労だった。」
「けど土方さん。科学と魔術だなんて対処はどうするつもり?こっちにできるのは近接戦だけなんだから。」
「スペシャリストなら、こっちにもいるじゃねぇか。」
比企の問いかけに関して、土方は口角を上げる。
「魔術ではアマンテス、科学だったら花村。特に花村なんて自分自身でテメェの身体弄ってるから、相当なモンだと思うぜ?」
「あ」
短く声を漏らしては、思い出す。本当に花村であればこの謎は解けるだろうと。

夜。東京の街は今夜もイルミネーションに包まれながら人の心を燻る。その中心地となる東京スカイツリーに母禮はいた。
「まぁ、そんなに怪訝にしないでくれ。」
一応、向こうは人質ではなく客として招いた為、今は樹戸と影踏と共にディナーを取っていた。
「私達も確かに目的があるし、成し遂げなければならない事もある。そこら辺は君ら大鳥一族とも変わりはないと思うんだがね。」
「だが我々は国を一掃するべきではないと判断している。」
「ほう?確かに君のお義兄さんは大鳥本家に対しての復讐の為に、私の研究していた生命装置の資料を持っていたのだがね。しかし、君は違うという事か。」
「……」
「それと、その傷を負った事に関しても謝罪しよう。できれば無傷といきたかったが、何せあの斎藤所以を相手にするのは我々にとっても脅威だ。そして、ここからが本題なのだが。」
そう区切っては、樹戸は告げる。
「灯影……高杉灯影と話してみる気はあるかな?」
「話してもいいのか?あくまでも敵同士だぞ?」
「構わないだろうさ。それにこの願いは灯影自身から願い出されたものでね。よかったら、話し相手になってくれると、こちらも嬉しい。」
カタ、とフォークを置き立ち上がる樹戸と目線が合うと同時にまた母禮も言葉を紡ぐ

「……で、何でお前ら全員俺の部屋まで来た訳?」
先程第八部隊は任務を終え帰ってきた為、休みたいというのが花村の意見だったが、事態が事態であり時は刻一刻と争うのだ。なら仕方ないと、コンビニで買ってきた弁当を片手に「で?」と部屋に集まった比企、斎藤、南條、アマンテスは質問を投げかける。
「まず、粒子型高速光線砲ってなんなの?」
「あ?そんなの名前の通りだよ。」
「それだけで分かるか、この阿呆。」
「うるっせーな、このクソガキ。まぁ簡単に説明すると、だ。」
もぐもぐと食べていたコロッケを飲み込んでは説明する。
「ただの光線と言いたい所だが、詳しくは電子と粒子を掛け合わせたモンってのに近い。そもそも、電子は素粒子によって構成されている。本来ならば、それを光線として叩き出す前に分解しちまうのが当然だが、敢えてそれを逆手に取って、分解された粒子を電子の波形を設定し、強制的に叩き出す事で適う技だ。だが、指定させる為には磁力の力も必要となるからな。だから多分そいつは磁石を入れた金属板を使ってたはずだぜ。で、拳銃の弾が効かないのは憶測だが、空気の回旋が妥当だろうな。」
「空気の回旋?」
「わざと空気中の窒素やそういった成分を一枚の盾にして、攻撃を食らうと思ったその時に僅かに重力と空気の回旋を起こして、対象物とぶつけちまうっていう論理じゃねぇかな。」
「だとすれば、相手は超能力者だとでもいうのか?」
「いや、違うよアマンテスクン。花村クンが最終的に言いたいのは、それをどこかで作動させる何かがあるっていう話だ。これは僕の予想だけど、相手はその能力使用において多大な演算能力を使用している。だとしたら、それは人間の脳じゃなくて、機械の方が精密にできるよね?」
「つまり、アイツは機械操作で全ての現象を起こすように設定したのか。」
「そういう訳よ。大体分かったか?」
「ああ、疲れた中説明ありがとう。」
「そりゃーどーも。但しトリックが分かったとしてソイツと戦う時、どう相手すんだよ?」
「決まっている、叩き斬るのみだ。」
「あのなぁ……斎藤」
一度手を付けていた弁当を置いては花村は言う。
「いいか?科学ってモンは超能力はまだしもヘタすればこの世の物質全てを味方にできるようなモンなんだぜ?そうしたら、お前は自分で自分の首を絞める事になる。つまりは無駄骨だ。母禮を守り通したいのは分かるが、少しは頭冷やせ」
ぎりっ、と歯を食いしばり、衣服を掴む力も強くなる中、誰もが斎藤の無念に同情した者は多いだろう。指摘した花村でさえも。
だが、どうすればいいのだろうか?
物理的な刃が通用しないとなれば、ここ新選組に所属する者は皆、高杉影踏を踏破できないという訳であるが、この場で最もイレギュラーな少年は笑う。
「その役目、俺が買ってでようじゃないか。」
無法で対処できないイレギュラーがあるならまた別のイレギュラーをぶつければいい
「俺も形は違えど特殊な能力を持っているのだからな。」
「……って事は残った俺達は、残りの生命装置の破壊と薄気味悪いねーちゃんと高杉を片付ければいい事になったぜ。」
「アマンテス、すまない。」
斎藤はアマンテスの方に向かって、一礼するが、「ふん」と軽く鼻であしらわれた。
「礼などいらん。そもそも俺は日本政府から依頼を受けてここまで来たのだ。それに母禮は長年の友人の様なものだ。どちらの理由を取るにせよ、これは俺の成すべき事だ。」
そう言い張ったアマンテスに対し、花村は「まぁな」と呟く。
「少なくとも土方さんからご指名は来ると思うぜ。俺も呼ばれると思うけどな」
「やっぱり花村も呼ばれるのか。全く恐ろしいよ」
比企は苦笑してから、一言嫌味かそれとも善意か分からない不確かな言葉を口にした。
「自分で自ら身体弄るんだから。俺らには全く理解できないよ」
   9
カタ、とフォークを置き立ち上がる樹戸と目線が合うと同時に母禮は言葉を向ける。
「いいだろう、応じてやる。」
すると樹戸はにこり、と笑っては言う。
「そう言ってくれると非常に助かるよ。あいつの我が儘でこれ以上体調も崩したくはないしね。さておいで、案内しよう。」
ガタッ、と席を立ち上がり樹戸に案内され立ち止まった先はとても大きな宮殿のような場所だった。これには流石の母禮も驚きを隠せない。
「一体ここは……」
「それも、あいつに聞いてみるといい。」
樹戸が答えると同時に開いたドアの奥で声が響く。
「よう。大鳥母禮……いや、大鳥沈姫。歓迎するぜ。無論、似た者同士な。」
「……高杉、灯影。」
「それでは、ごゆっくり。」
ギィ、と閉まったドアの前で止まっていれば、奥から高杉が呼ぶ。
「何してんだ?折角歓迎してんだ、こっちに来いよ。」
「今向かうさ」
息を吸っては、吐き出す。
心に覚悟を決めては、大きな階段を昇り、昇りきったその先には、ぽつんと小さな白いテーブルがあるだけだった。
「味気ねーか?」
「いや、少し驚いただけだ。」
相変わらずの軽い調子に合わせて話せば、くつくつと喉で高杉は笑う。
「あまり派手なのは好きじゃねーんだ。樹戸さんから場所の取りすぎだって言われるが、俺様はこれでいいと思ってる。」
「……」
「そんなに聞きてーか?俺様が新撰組を抜けた事」
「ああ」
重くそう頷いては、横に合った小さなタンスの上に置いてあるカップを母禮の元に置いては、紅茶を注ぐ。
「かなりの長話だ。退屈だろうから、茶は受け取って置きな。」

「樹戸さん、あれでよかったのですか?」
母禮を部屋へと送り出した後に影踏は樹戸に問いかける。
「構わないさ。逆に君は灯影と違って用心深すぎる。今の大鳥母禮には何もできないし、そして助けさえも来やしないだろう。我々の居場所が割れていたとしてもね。もし部下五〇〇〇人を踏破した所で、構成員である我々は一筋縄では行かない事も分かっているはずだ。これが理解できない程、新選組も馬鹿じゃない。」
「そうではなくて……」
不安げに俯く影踏の様子に再び樹戸は「心配はない」と告げる。
「灯影はそう揺ぎやしない。例え彼女が何を言ったとしてもね。」

「……で、どこから話せばいい?つかお前から質問してくれてもいいんだぜ?」
「長話になると言ったのは貴方だろう?まぁ、聞くとすれば、何故裏切った?」
「裏切ったワケじゃねーよ」
ギィ、と椅子を斜めっては高杉は天井を見上げながらぽつぽつと呟いていく。
「俺様はよ、ただ一人の女に笑って欲しかっただけだ。」
「?」
意味の分からない言葉に首を傾げれば、ずいっと高杉は顔を近づけては笑う。
「やっぱ親子なだけあって似てるな」
「親子?」
「お前の母親、大鳥杏子にだ。」
「母さんを知っているのか?」
「そりゃあな。俺様の初恋の相手で生涯愛する女だからな。無論、その娘であるお前も。」
「……一体どういう事だ?」
「まぁ、そう急かすな。」
と言っては、カップにある紅茶を飲み干しては話し始める。
「昔な、お前の母親は警察庁の各部署に配置される人間を育成してたんだよ。無論、当初新撰組を任される立場にあったからな。当然あの人の教育を受けていた。その時あの人は言ったんだよ。自分も世の中で大勢の人が笑って欲しくて大鳥家に嫁いだが、男尊女卑の問題で自分自身はただ家事を任されるだけで、政に関して何か物申せば生意気だと罵られ……結局、意味のねぇ結婚だった。だからその無念を俺様達に預けた。だが、大鳥本家にそれがバレて結局俺様が新選組の長になる頃にはあの人はいなかった。俺様は惹かれたのよ。あの人の直向きさに、その葛藤に立ち向かう勇気に。けど、結婚をしてるのを知ってて思いを告げたら、あの人は苦笑しながらこう言った……この後の日本と私の娘を頼む、ってな。それで俺様はその約束の為にあの当時何の実績もない新選組で快挙を次々と成し遂げる中でふと思った。この国が破滅へと向かうカウントダウンはもう始まってるってな。」
「それは……っ、どうして!?」
話にのめり込む母禮の様子にフッ、と苦笑しては掠れた声で呟く。
「上層部が全てを諦めてんだ、この国自体を。だけどな俺様がいくら功績を上げようと、仲間と必死に命張って戦おうと、アイツらの守りたい物は自らの地位と庭付きのお屋敷だけだ。それを脅かす奴らがいるなら例え誰であろうと切り捨てる……だから俺様はそこから何もできなくなっちまったし、あの人との約束も守れない。だから、新撰組を捨てて、今のその金の亡者と偉そうにしてるだけの無能共を殺してでも、この国を変えると誓った……それ
だけだよ。外国から得たより精度の高い国際状況、最先端の技術と科学、そして魔術に武力……これで、高杉灯影様が率いる『生命の樹』が完成したって訳だ。どうだ?俺様という人間は?」
何も言えなかった
上に立つ事で背負わされたこの高杉灯影の重荷も実の母の苦しみも。何も知らずに自分は生きてきたのだ。
「じゃあ私がここへ来たのは、まさか……。」
「ああ。この戦争から遠ざける為、そしてお前が持つもう一つの傾国の女の贋作の入手。」
「え?」
「これは影踏からの報告だが、傾国の女はその名の通り国を示すシンボルで魔剣だ。だが、本物だけでは折角開いた霊脈を解放する事はできない。俺様が持つ本物はこの国の知恵として機能させ、贋作には防波堤になってもらわなきゃ困る訳だ。」
「霊脈、だと?」
「知らねーか?京都での大事件。あれは東京……つまりこのスカイツリーを中心として術式を発動させる為に三ヶ所の霊脈を解放させたのよ。」
「それ以外に国を救う方法はないと?」
「ねーよ。これが俺様の全てだ ……呆れたか?馬鹿馬鹿しいと思うか?」
「……」
「答えられねー……ってか?まぁ確かにこんだけ話せばどうすりゃいいのか分からなくもなるな。まぁ安心しな。答えは今度で構わねー。」
「え?」
「今日の所はお前と話せてすっきりしたし、傾国の女を持ってない以上意味もないからな。今回は向こうにちゃんと送り返してやる。だが、次会うときは無論敵同士。俺様のやり方が気に食わないなら、剣を向けるも良し。逆に賛同するなら新撰組を脱退しても構わねー。元実権を握ってた俺様が許すさ。……根城、こいつを送ってやれ。但し絶対に傷つけるなよ?俺様が守り抜かなきゃならねー女だ。手出ししたら、直様お前の命を終わらせてやる。いいな?」
「了解しました。」
高杉の言葉と共に、後ろにあったカーテンからいつの間にか背丈の高い女性が立っており、命令を受けるが、命令にしては異常な程の威圧感があった。するとその隙に「沈姫」と呼ばれ、振り返るとそのまま唇を奪われる。一体いつ顎に手をかけられていたのかさえ分からなかったが、解放されると同時に反射的にその頬を思い切り叩いた。
「ッてー……なんだお前、好きな男でもいんのか?まぁいい。料金として貰っておく。」
「では、大鳥氏。こちらへどうぞ」
「またな」
根城という女性に案内され出口へ向かうが、その後も高杉は軽く手を振った。どうやら、母に言われた通り、直接的に攻撃する訳ではないらしい。
「気になりますか?我が頭領は?」
「まぁね」
(どうやら本当に戦う事でしか解決はできそうにない、か。)
「? 何か?」
「いいや、なんでもない。」
小さく呟いた決裂の言葉はだだっ広い廊下の中で響く事はないまま消えた。

「それでは、私はここで失礼致します」
スカイツリーから東武スカイツリーラインに乗り、北千住から暫く地下を通り、都営新宿線付近で背丈の高い女性――根城はそう呟いた。一応礼として頭を下げる。
「送ってくれてありがとう」
「礼など不要です、これも命令ですので。それでは。」
そう言うと煙の様にそのまま何事もなかった様に女は姿を消した。
「早く帰らないとね」
あの時斎藤を庇い怪我を負った上に、一応連れ去られたのだ。恐らく斎藤や比企、アマンテスは心配しているだろうと思い、マンションに向かい、まずは土方に帰ってきたと報告しようとエレベーターに乗ると二四階のボタンを押すが、エレベーターは一六階で止まった。すると、そこには斎藤、比企、眼鏡をかけたヒョロヒョロと頼りなさそうな男とアマンテスがいた。
「大鳥さん!?大丈夫だったの!?」
夜遅くながら声を上げる比企に「あ、ああ……」と返事をすれば、頼りなさそうな男は「よかった、よかった。」と呟く
「向こうの情報も得られた上に、大鳥チャンも無事に戻ってきたし、くわばらくわばら……ねぇ、今度メイドをやってみる気はない?」
軽々と暢気な事を口走る男に斎藤が鳩尾に肘鉄を食らわしては「痛いじゃないか!」とべそをかく。
「僕は彼女と初見だよ!?折角挨拶しようと思ったのに!」
「……大鳥、こいつが例の情報課の南條都筑だ。それにしても無事に戻ってきてくれてよかった。」
どこか胸を撫で下ろす様子の斎藤に対し、母禮は微笑んでは言う。
「ただいま、斉藤さん。」
「それより、母禮。奴らに何もされなかったか?」
「へ?」
アマンテスに問われた瞬間、高杉にキスをされた時の光景を思い出し、思わず顔を赤らめては頬を抑える様子に全員は口を開き
「「「「何かあったようだな(ね)……」」」」
「な、何でもないっ!それよりこんな時間だ。おれも早く土方さんに報告して寝たい。」
「そっか、それじゃお休み。」
その場で全員と別れるはず、だった。
「沈姫」
斎藤は暗闇の中、ぽつりと呟く。
「すまない……。あの時貴女を守れずに、その上に怪我まで負わせてしまって」
「ううん、平気。相手も威嚇でやったって言っていたし、威力を上げたつもりはないって。」
「そういう意味じゃない」
バサリ、と斎藤は言葉を切り捨てる。
「貴女がいなくなったら、俺の罪を裁くのは誰になると……」
「ああ……」
 ずしり、と心が痛む。
そういえば、自分はこの人を一生許さず、免罪符となったのだ。だが、どうしてかそれ以上に心を重くする何かがあった。
「貴方は私を免罪符だと受け入れているの?」
「ああ」
「もし」
もし、だ
「もし私がかの高杉灯影と婚約者……もしくは彼を好きだと言ったら?」
「それは――」
一瞬の沈黙 そして1拍置いてその唇は動く。
「答え、られない……。」
「そう」
我ながら馬鹿馬鹿しい質問だな、と思う。勝手に期待をし、こんな事を聞くなど。そもそも本来ならば、母禮自身が断罪者であればいい話なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。たった一言呟いてはエレベーターに乗り、今度こそ二四階に着いては真っ先に土方の元を尋ね、インターフォンを押せば土方はすぐに出てきた。
「よう、生きてたか。」
「ああ、無論。おれは早々死ぬような安い女ではないからな」
「よく言うぜ ……まぁ、入れ。」
「? 報告だけしにきたのだがいいのか?今は特に忙しいだろう?」
「忙しいから女がいねぇとダメなんだわ」
誰でも見抜けるような安い嘘に母禮はくすくすと笑っては中へ入る。相変わらず広い部屋なのだが、幾つものテーブルと棚が面積を占めた上に空気は白く、灰皿には大量の煙草の吸殻が押しつぶされている。
「ほらよ」
「すまない」
差し出されたコーヒーを受け取っては、テーブルの向かい側に土方が腰掛けては煙草に火を付ける。
「まぁ、無事で何よりだ。……で、どうだったよ?アイツは」
「高杉灯影の事か?」
「ああ、俺とアイツぁ親友だったからな。今は敵同士になっちまったが、これも仕方がねぇと俺は思ってる。」
「新選組を脱退した理由は気にならないのか?」
その些細な質問に対し、どこか誇らしげに笑っては呟く。
「気にならねぇよ。何、あの野郎の事だ。どうせ結局はたった一人の人間を救いたくて、国に喧嘩売ってんだろ。相手すんのは最悪だがな。知恵も権力も部下を従える能力も。全部アイツの方が上だ。俺一人でなんか追い越せやしねぇよ。でも、アイツ一人に対して俺らだけなら負ける気がしねぇ。」
「土方さん……」
「殴り込みは三日後だ、これ以上は待たせるワケにもいかねぇし、これ以上待ってたら今度こそ終わりだ。だからテメェも覚悟しな。今の平和を築いてる自分の世界を選ぶか、アイツの作り出す新しい世界を選ぶか……全てお前次第だ。どうする?」
「おれは――」
少し答えを躊躇った
『大鳥』の人間としては民の平和とこの国の繁栄を選ばなければならない。例え『大鳥』の名を捨てても、母禮は自分の今手にしている仲間との時間を捨てたくもないし、守りたいと願う。
 だが、亡き母は自分の幸せを願い、殺される十数年前に自身を高杉に託しているのだ。なら、完全に守られた状態で、亡き母の願いを叶える事も可能なのだ。
 たったその二択
 その二択に対し、母禮は口にする。
「おれはこれ以上誰も傷つけたくはないのだ。だから、高杉灯影に挑む時も、国がどうとではなく、今まで苦しい思いをしてきた彼自身を救う為に戦う。無論、土方さんや遊佐さん、比企さん、花村さんにアマンテスも守り通す。これは『大鳥』の『呪い』ではなく、大鳥母禮としてだ。」
すると、真剣な顔で話す母禮の様子を面白可笑しそうにくつくつと土方は笑っていた。流石にその様子に苛立っては口出しをする。
「なにがおかしいのだ?」
「いや、何。テメェらしいと思ってよ。相似にビンタかますわ、俺にタメ口聞くわ怖いモンなしで羨ましいぜ。」
「むっ」
「まぁ、無事に報告も終えた事だしよ、それ飲んだらさっさと部屋に戻って寝やがれ。俺はまだ仕事が残ってるからよ。」
「あ、ああ……。悪い」
実を言えば土方が週に三回は徹夜で仕事をしている事は幹部を始め、多くの隊員が知っていた。故に朝食の用意をする事もなく、むしろこのマンションのオーナーの三木さんが土方に朝食を届けているという目撃情報もある。普段碌に寝る事なく働いているのだから、この最初で最後であろうこの戦争をどう生きるか考えている故に寝る暇などないだろう。急いでコーヒーを飲み、マグカップを洗っては、玄関へと向かう。
「それでは、お疲れ様だ。土方さん」
「ああ、お疲れさん。」
バタン、と玄関のドアを閉めては上を見上げる。
「絶対に、殺させはしない。」
それが一体誰であろうと
軽くこの場で誓うと、そのまま部屋に戻ってはシャワーを浴び深い眠りへとついた。
「――大鳥母禮……否、大鳥沈姫。その護衛につくのはかの新選組最強の斎藤所以か。」
 女――根城桜は新選組の本拠地から一キロ離れたビルの上で呟く
 恐らく、大鳥母禮に手出ししない限り、高杉灯影が怒る事はないだろう。だとしたら自分の相手は決まった。
「さて」
と短く呟いては、手榴弾を建物の下へと放り込む。
「感謝しろよ肥えた豚共。『生命の樹』との全面戦争で最初に相手すんのはこの私さぁッ!」
 これが全ての始まりであり終わり
全ての尊厳と矜持と国の平和を懸けて

 今、火蓋は切って落とされた。

3.Climactic cry
夜も更けた中、爆発は突然起こった。
「何の騒ぎだ!?」
先程まで対『生命の樹』の為の作戦を練っていた土方だけでなく、多くの隊士がこの大爆発で目を覚ました。すぐに予備隊と第二部隊、第三部隊、第五部隊が爆心地の方へと向かうが、向かって一〇分で十分に行ける距離だというのに一五分経っても先に出動した予備隊から応答がない中で、土方は指令を出す。
「全隊士出動準備を行え!但し第四部隊、第八部隊、第一部隊は待機。各自連絡が取れる者は優先的に回せ!南條、現場からの連絡は?」
すぐに内線で情報課へと繋げば南條が応答するが、そこで意外な事実を知る。
「それが何の応答もない!今、近くの防犯カメラにクラッキングしたけど、防犯及び監視カメラは全て破壊されているんだ。」
「何だと!?」
もし、この南條の報告が真実だとすれば、先に出た予備隊は全滅したという事になる。ギリッと歯を噛み締めては次の指令を出す。
「第二部隊、第三部隊、第五部隊。即刻現場へと急げ!まずは相手を特定しろ!」

燃え盛る炎の中、根城はニタリと笑いながら鼻歌を口ずさんでいる。まるでまだ消化不良だと言い切るかのように。
襲撃してから一五分の間に全ての予備隊が全滅した。突然空から斬りかかり、パトカーごと爆破させた上で残った者は全て斬り殺す。正に短時間の犯行であった。すると、痺れを切らしたのか、チッと軽く舌打ちをする。
「……ったく、まだかよ。遅せぇな豚共。」

「きゃぁああ!」という悲鳴が病院内に響く。あまりの大きさと慌ただしさから目を覚ました遊佐は窓からその悪夢とも言える光景を目にしては目を見開く。
「あそこは新選組本部……!」
という事は、新選組は『生命の樹』の強襲を受けたという事になる。
(これは大人しくおねんねしてる場合じゃないだろうね……)
繋がれた点滴や、装置などを全て引きちぎっては、そのまま病室を飛び出す。この騒ぎであれば病人が一人病院から抜け出してもバレやしないはずだ。
そうして遊佐は走る 自身の成すべき事の為だけに
   10
パトカーに乗り込んで、現場を見てみれば正にそこは地獄であった。
死屍累々と積み上げられた死体を台に女が座っては、刀の手入れをしている。その状況を見て、比企は指示を出す。
「第五部隊はこのまま引き返し、連絡に移れ。増援の指示があれば二〇分以内に現場へと引き返せ!ここは第二部隊と第三――」
ガキィンッと刃と刃が交わる。
指示を出している間に根城は距離を一気に詰め、比企へと刀を振りかざすが、比企もまた刀を抜き、応戦する。
「へぇ、中々やるじゃねぇか。新選組は遊佐と斎藤の一点張りかと思ったが、そうでもないらしい訳か」
「まぁそういう事だから。甘く見てもらっちゃ困るよ」
同時に背後から斎藤が気配を出す事もなく斬りこむが、あっさりと回避され、一気に根城を中心に囲む。すると、母禮の姿を見ては口を開く。
「なぁ、大鳥母禮。今すぐその傾国の女を渡せ。そうしたら引き返してやるよ。」
「お前は、さっきの……!」
明らかに先程とは違う口調だが、コツコツと母禮の元へと歩み寄る。
「ウチの頭領からの命令だ。私らはその傾国の女に用がある……アンタも聞いただろ?それに私ぁアンタを傷つける事はできねぇんだ。だからさ」
ヒュンッ、というたった一振りで大半の隊士は攻撃をまともに食らう。
「……最も」
第二撃 これは避けた者は多かったが、最初の一撃を食らった者は皆、バラバラに斬り刻まれては地面に落ちる。
「それでも私がここで引くワケねぇけどなぁッ!ほら、ほら、ほらほらほらほらぁッ!もっと私を楽しませろ!でないと、ただの肉塊になっちまうぞぉッ!?」
母禮へと向けられた一撃を斎藤が防ぎ、今度は比企が懐へと入った瞬間だった。
「テメェに用はねぇよ」
「がッ……」
遠心力をたっぷりと使い、そのまま柄を比企の肋骨へと打ち込んでは、比企の身体はノーバウンドで一メートルは飛ぶ。
「比企さんッ!」
「大鳥!余所見をするな!」
斎藤の呼びかけで我に返ってはガキィンッと間一髪で攻撃を防ぐが、鍔競り合いとなっては、どんどん押されていく。
「いいのか……ッ?こんな勝手な事をして……!」
「ああ、そりゃあ勿論。私は一度アンタを送り届けた。だが、それ以降の接触に関しての命令は受けていない。だとしたら、用があんのはその傾国の女だけよ」
「ッッッ!」
ズ、ズと押し出され、キンッと棍棒の様に刀を上手く使っては宙へ放り出された瞬間に、刀の切っ先は相変わらず上を向いている。
「バイバイ。精々串刺しになって死んじまいな。」
「させるかッ!」
残り、負傷した隊士が根城へ向かうが、「だからよ」と呟いた瞬間、皆半径二メートル内から弾き出される。
「邪魔だつってんだよ、雑魚共。」
それを斎藤は何の害ともせずに根城の懐へ斬り込んでは軌道を変えさせ、母禮の前に立つ。
「斉藤さんッ!」
「アンタは比企を連れて離脱しろ!ここは現存隊士だけで抑える。但し、増援を呼べ!このままでは人が足りん!」
「そりゃあもう人は早々いねぇか。無傷でしかも私のテリトリーに入ってこれるのはアンタだけか。斎藤所以。」
「一体何の真似だ」
会話が続く間でも剣戟は鳴り止まず、肋骨が砕け動けない比企はまずいと直感した。
(このままじゃ確実に全滅する。いくら斎藤と互角でも、持久戦に持ち込まれたら確実に負ける……ここをどう動くか)
そんな中で斎藤は根城へと問いかける。
「何故こうも出しゃばる様な真似をした?まさか命令を受けた訳ではあるまい?」
「そうだねぇ、確かに命令なんかじゃねぇよ。ただ私もさ、人を殺したくて『生命の樹』に入ったワケだ。テメェらは強い。でもなぁ、私はその上へ行く……このままじゃそうなっちまうぜぇッ!?」
数十、数百の攻防を繰り広げ、流石に斎藤も危機感を感じる。
 ここで仲間を捨てて母禮だけ救うか
 それとも応援が来るまで持ちこたえるか。
(どうする……)
と思った瞬間だった。
「百十三回目。これで少しは詰められたかな?」
 背後から声が響き、半径二メートルのテリトリーへと入っては、刀を振り下ろすと響く金属音。
「遊佐……さん?」
「待たせてごめんね、れいちゃん。こっからは僕がこいつの相手をするから。」
「しかし!」
ここまで走ってきたのか、息は上がっているし、顔色も夕方と比べると幾分か悪い。その遊佐の声が聞こえたのか、斎藤への攻撃はピタリ、と止む。
「遊佐、アンタは病院にいるはずじゃ……」
「あ?なんだこのボロクズ野郎」
「ボロクズ?まぁ確かに今はそうかもしれないけど、こう見えても僕は新選組の第一部隊の隊長なんだけどな。」
「って事は、あの遊佐相似か。確かに今までコイツと交えた剣戟を把握できるだけテメェは優秀だが、今の状態じゃ二〇合でテメェは死ぬぜ?」
「そんなに怖いのかなぁ?」
「あ?」
「確かに所以さんは強い。でもそれ以上の僕と戦うのがそんなに怖いかよヘタレ女」
「……何言ってやがる?死にてぇのかぁッ!?」
突然の攻撃さえガキィンッと振り払っては遊佐は言う。
「正直ぶっちゃけ言えばこれはハンデだからさ。今すぐ後悔させてあげる。僕の大事な物に手を出した事の……ね?但し今回は後悔させる時間さえ与えない。だから死んでから後悔しろヘタレ女。お前のそのトリックなんてもうとっくに読めてるんだから。……って事だから、れいちゃんと所以さんは比企さん達を連れて土方さんの元へ。こいつの命は僕が終わらせるから、さ?」
ニィ、と笑ったその目は母禮は新選組にきた翌日に見たあのおぞましい瞳。きっと今後こそこの男は獲物を逃さないだろう。
「わ、分かった。但し死ぬなよ!」
「誰に物言ってんだか」

「じゃあ始めようか、命知らずさん。」

「何!?相似を置いてきただと!?」
比企と限界を超えそうになった隊士と斎藤を連れ、マンションへ戻り、土方へ報告すれば土方は声を上げた。
「何馬鹿な事してんだ!今すぐ増援を……!」
「けれど、これ以上送った所で無駄に人が死ぬだけだよ、土方さん。」
「だったら尚更だ!アイツを見殺しにするつもりかつってんだよ!今まで第二と第三部隊の隊長を務めたテメェらにはそういう事もできないのか!?」
「……悔しいけどそうだね。俺も現に肋骨が折れてるし、斎藤も疲労が半端ない。あの化物とたった一人で戦ってたようなものだからね。これはもう、相似を信じるしかない。」
「畜生……ッ!」
あまりの悔しさ故か、土方はテーブルをダンッ、と思い切り叩く。一方、母禮は比企と斎藤に他に怪我がないか診ていた所、斎藤の身体は浅いが上半身傷だらけであった。
「斉藤さん……貴方はこんな状態で戦い続けたのか?」
すると短く息を吐いては「ああ」と答える。
「流石に一々避けると致命傷を負う可能性があったからな。だが大丈夫だ」
本人は大丈夫だと言うがどう見てももう一度戦える様子ではないのも確かだし、今はこの出来事のパニックで交通規制も敷いているから、負傷した隊士を病院に運ぶ事もできずに、ただただ母禮は思う。
 あの時、遊佐はトリックが見えたと話した。
果たしてそれだけで勝てるというのか?
 ただ今の母禮に出来る事は手当と仲間を信じる事だけだ。
 だがおかしい事が一つ。待機していたはずの第八部隊とアマンテスの姿がない。
「一体、どこにいったんだ?花村さんとアマンテス。」

 止まぬ剣戟
 あれからというものの、遊佐は根城のテリトリーである半径二メートルから離れずに半歩という小さな範囲を上手く使いながら、傷を受けぬように動いているが、どうやらそれは無謀らしく、先程から細かい傷を負っている。
その様子に根城は高笑いをしながら言い放つ。
「オイオイ、散々偉そうな事抜かしておきながら何だぁッ!?ゴキブリみたいにちょこまかと動きやがって。それで私に勝つ勝算とやらは出てきたのかァッ!?」
「トリックならもう見えてる」
「あ?」
ガキィンッと二二六合も交わした刃を跳ね返しては、スッと刀を構え直す。
その様は右手がぶらんとなり、どこか身体も頼りなさそうにゆらゆらとしている。その様子に根城はまた笑う。
「なんだぁッ?その構え方!テメェらが収めたお上品な剣術には見えねぇぞ」
「僕もこんな事したくはないんだけれどね」
「だったら」
ヒュンッと死への一撃目が振るわれると同時に第二撃目は更に速さを増す。だが、遊佐は避けずに、必殺の第三撃目で、ゆらっと揺れては一気にダッと根城との間合いを詰めれば、根城の体勢はグラリ、と揺れた所で首元に刃を当てようとしたが、身を捻られた為、肩に傷を負わせる事しかできなかった。が、これでもう根城は手加減という余裕を見せられない。出血の止まらない左肩を抑えては「野郎……」と恨めしそうに呟く。
「だから言ったでしょ?トリックはもう読めてるって。よくやるよ、そんな音速に近い剣戟を相手に浴びせられるなんてさ。」
「……」
そう、トリックは至って簡単だった。
根城はどこか正統な道場で剣術を学んだ訳ではない。むしろそんな暇などなかった。
家は貧乏で、生計を立てる為に毎日馬車馬の様に働く中で僅かな時間を見つけては、丸太を振り下ろし、山裏の茂みの深い谷を走り回り足腰を鍛えた。やがて、それは常人ではありえない程の剣速と柔らかな筋肉、硬い筋肉をしっかりと分ける事のできる身体を手に入れた。そう、全て我流だからこそ剣筋など読めないし、そもそも剣術を学んだ温室育ちの人間にはありえないであろう事もやってのける。それが彼女の強さなのだが、その真意は意外な場所にあった。
「音速と同じ早さで剣を振るってるんだから、無論空気さえ凶器にできる。だからこんな細々とした掠り傷を負う。そんな二メートル近くある長刀を振り回して幾ら遠心力でカバーしても、ちゃんとした型がないから芯もない。ただただ筋肉に依存しているからこそ力点を読まれれば、今みたいに態勢も崩せる。」
「それが分かったから、私を倒せるとでも思ってんのかぁ?こっちは更に早く動く事もできるんだぜ?」
「それがお前の弱点だよ」
「ゴチャゴチャ抜かすんなら……」
そして、最後の一撃である振り下ろし。死のギロチンが下ろされると同時に根城の声が響く。
「死んじまいなッ!」
「――ふっ」
軽く息を吐き出しては、そのまま刀の力点を狙い、ガキィッと刀を折っては同時に根城の両手首も吹き飛ばす。
「なッ……!」
「技術だけが剣の全てじゃない」
最後の止めを刺そうと、一歩一歩、遊佐は根城に近づいてゆく。
「同じ狂気と腕と経験値を持っていても、頭を使わない時点でお前の負けだよ」
「――……」
ドサッ、と根城の身体が崩れては地に伏せる。
まだ遊佐は止めなど刺しておらず、絶命する程の致命傷も与えていない。だとしたら誰かがいると思った刹那、心臓がわし掴みにされる様な感覚を覚え、その場に倒れこむ。
「……やれやれ、帰りが遅いから様子を見て来いと頼まれたが、私は別に彼女の保護者でも何でもないんだ。それに、このまま傾国の女だけを持ち帰っても、その真意を読めない程、私と灯影は馬鹿じゃない。」
(この男……一体どこから……)
「しかし運はよかったようだ。かの新選組最強の遊佐相似が相手をしているとは。ここで君を殺せば幾分か私達の脅威は減る」
(こいつ、最初から僕らの戦いを見ていたのか!しかも気配すら感じさせずに!だとしたら、この男……もしかして)
「それでは、さようなら。」
遊佐相似の命が終わる――そんな時だった。
「よぉ。お前が樹戸榊であってるよな?」
「……君は?」
「新選組第八部隊隊長、花村密。ちょっとその偉大な生命装置を直接この目で見たくてな。……まぁ、前置きはここまででいい」

「勝負しねぇか?人間とオリジナルの根比べってのをよ」

「さて、ここらで平気か?」
一方、新選組の本拠地から出たアマンテスは一人の男に声を掛ける。場所は新宿の総鎮守と呼ばれる花園神社。暗闇の中、鳥居を潜り境内前まで進んでは立ち止まった。
「ったく、苦労させられるな。ただ一人の構成員の尻拭いをさせられるとは。随分な重役出勤ぶりだ。」
出てこい、というかの様に言葉を投げかければ、ようやく闇の中から姿を現す。
「本当に。樹戸さんなんて胃薬を飲んでから向こうに行った程だ。それにお前らも随分と計画を滅茶苦茶にして……兄さんは笑ってたさ。」
「貴様らのボスは中々気が長いらしいな。」
「まさか。もしそうならこうする事はないだろ?」
と呟けば、アマンテスの周り全てがドガァッと壊され、無残にも原型など留めていない。
「それが例の粒子型高速光線砲か。成程、威力は思ったよりあるんだな。」
「これで消し炭にされたいならそうするけど、どうする?」
「馬鹿を言え」
いつの間にか杖を持つと、軽く振っては大爆発を起こさせる。
「科学か魔術か好きな方を選ぶといい。俺はどちらでも構わないがな。何せ両方ともイレギュラーな物に変わりはない。現実で叶わないなら空想をぶつける。さてまぁ魔術で俺に挑んでも適うはずもないだろう。欧州一の魔術結社『地を這う蛇』のトップにはな。」
「お前が噂の魔術師、アマンテス=ディ=カリオストロか。けれども北欧神話の軍神を嘗めるな、お子様。」
 生命を操る者と科学の異端 生粋の魔術師と神話の軍神。
 遠く離れた地で起きた二つの戦いは今、動き出す。
   11
 混乱と全てを賭けた戦いが始まった中で、東京スカイツリーのある一室で高杉灯影は呟く。
「あーあーあー……畜生、あの塵芥が。勝手に向こうにちょっかい出してんじゃねーよ。まぁ、こちらも完全とは言わないが、戦争の準備ならとうに出来てたしな。そう変わらねーか。ただ」
カタン、と鈍色の十字架を持っては自身の自室へと向かう。最高とも言えよう決戦場へ。
「大鳥沈姫だけには手を出すなよ?俺様の唯一守るべき存在にだけは」

樹戸榊は考える
今対峙している男は自らを『オリジナル』と称した。一体その意味は何なのか?ふとそう考えていれば、対峙する花村が「なぁ」と声をかけてくる。
「結局、生命装置って何なんだ?俺はそいつを拝みにここまで来たんだ。早く見せてくれよ。」
「……という事は、君はそこで倒れている自身の仲間さえ見捨てると結論づけて構わないのかな?」
「さぁな。でも噂が本当だとすれば、そいつぁ人を生き還らす事も可能なんだろ?どちらにしろ、コイツは死なねぇよ。」
ハッタリ、か。と心で呟く
だが反面、あまりにもおかしいとも思う。
何故、新選組の隊長各であろう人間が部下を連れずにのこのこと自身の前に現れ、生命装置を知りたいと聞くのか。これはもう戦争だ。
予定より早まってしまったが、ここで引いたらこちらも次こそないだろう。何せ、科学、魔術、武力の内、戦争実戦経験者一〇〇人分の価値がある根城は既にこの手で葬っている。
その一つが消えた以上、科学部門でトップとして指揮している自分も戦前にでなければならないのだが。
だがこれでやられる程、樹戸も完全な喧嘩知らずのインテリという訳ではない。人の命を扱う以上、人体の構造を調べる為に幾つもの死体を積み上げてきた。故にある意味知恵と戦闘能力がある分、根城より厄介な相手な事には変わりはないのだ。そんな自分を目にして怯えないという事に関しては褒めてやりたいが、そういう訳にもいかない。
(ここで相手の口車に乗せられるのも癪。なんならいっそ生命装置を使う事なく、排除させる事としようか)
バッ、と小瓶を投げつけると、中に入っていた粉末が宙を舞う。
「ッ!?」
「わざわざ生命装置を使う必要もない」
と樹戸が呟いた瞬間、大爆発が起こっては、視覚阻害を防ぐ為に身を守る花村は爆風の中で呟く
「量子変速……!?」
「似てはいるがね。だが、私の場合は量子分解というのが正解かな。何せアルミニウムの成分一つをあますことなく解剖しているのだから。」
続いて、風船が割れるかのようにパパァンッと音が響いては、花村の皮膚に火の粉が付着し発火し始める。
「ッ!」
「おやまぁ、大変なご様子で。」
爆風の中から、ヒュンッと足が飛び出てきては、そのまま後方へと吹き飛ばされた。ムクリ、と身体を起こしては花村は一つの仮説を立ててみる。
南條の言っていた通り、相手は能力使用において多大な演算能力を使用する事となる。それをただ一人の人間の脳で補う事は普通ではありえないし、できるはずもない。だとしたらこの男も高杉影踏と同じく外部からのスプリクトで補っているのかという考えに基づいた。そう、今の蹴りさえもそうだ。足は身体に一切触れていないというのに、一九〇近くもある大男を倒したのだ。だとしたら、普通の格闘術であるはずはない。花村の憶測はこうだ。
「今、お前身体に膜を張ったな?空気と摩擦を相殺させて、相手にぶつけた上で念動力でふっ飛ばすとは……全く、怖いねぇ。」
「それを一発食らっただけで理解する君も十分頭が切れる……いや、科学に長けているのか。」
「まぁな。ただよ、お前。どこで演算している?」
その何気ない問いかけに珍しく一瞬目を見開いてはくすり、と笑う。
「無論自分の脳でだよ。少しだけ外部からのスプリクトをしているがね、ほぼ九割五分は自前だ。私は元々テスタメントの実験体だったのだが、研究者として独り立ちする頃に丁度趣向を変えたんだ。まぁ、こういう事を起こすのにも何百、何千、何億の演算が必要となるからね、少し神経を活性化させるブツを使っているだけだ。」
「まさか神経促成剤、か!?」
 神経促成剤とは人間が神経を伝い脳に情報を送るスピードを早める薬剤であり、どちらかというと薬という安全に保証された物ではなく、ドラッグに近い。
(伊達にコイツも研究者だけでなく、戦闘要員ってな訳かよ)
そう言う中でも、粉塵が宙を舞う中で蹴りや拳打は止まない。無論、モロに食らったら腕は折れる程の破壊力には設定してあるだろう。
瞬間、粉塵の中から光が見え避けるよりも速く、それは花村の身体を射抜く。
「ここで、粒子型高速光線砲かよ。マジでお前人間を辞めてんな。」
花村は笑う
この絶対的不利な状況に関わらずも、だ。そして粉塵が止んだ頃に樹戸は花村の身体を見ては目を見開く。
「君……その身体は……サイボーグか」
捲れた皮の下にある幾つもの線と接合金属。
 火傷を負った皮膚からはゴムが溶けたような匂いが鼻を燻る。
「まさかオリジナルとはそういう事だったか」
「まぁな。騙すつもりはなかったんだが、俺じゃ高杉の弟の相手はできねぇ。だったら、科学を極めた者同士仲良くしようじゃねぇか。」
「それもまたいい事だ。研究者同士が親交を持つという事はこの世の発展に繋がる……だが、遊んでいる暇はないんだ。」
「何?」
「この生命装置はそう易々と出す訳にはいかなくてね。直々に拝みに来て貰ったのに申し訳ないが、私の全力の演算能力を以て終わりにさせてもらう。」
ピンッ、とカメラ等に内蔵されている薄型のコイン状の物体を三つ程宙に弾いては一言だけ呟く。
「/Delete」
弾かれた金属が、三メートルに浮遊した瞬間、電撃がショートしたかの様に、紫電が花村へと降り注いだ。

ドゴォッ、と突如響く轟音に目をやっていれば、目の前にいる高杉影踏はアマンテスへと言葉を投げかけた。
「そこまで仲間が心配?」
「ふん、別に仲間ではないがな。しかし、向こうにいるのが本当に多数であるならば幾分か苦戦しそうだ。だから、五分で片付けてやろう。」
「上等。科学と魔術の混合っていうのを見せてやる。」
互いに啖呵を切りあった瞬間だった
その瞬間、グワンッとその場の景色が変わる様子にアマンテスは心中で舌打ちをする。
そこには青空が広がり、なんともない光景だが、アマンテスは確信する。相手のするべく所を。
(先手を打った上に出してきた魔術は幻覚か。だが、時間がない、後――)
 後、三秒。
「ちっ!」
これは北欧神話に登場する五感を司る神によったもので、恐らく影踏はここから本格的に動き出す。そう読んだ上で詠唱を唱える。
「消え失せろ、百冠の城。」
詠唱を唱え、成功したのか仮初の光景はバキンッと音を立てて崩れるが、惑星の様な物が現れては、光線を放つ。
「ふん」
意とも介さずそのまま杖を振り、光線の軌道を捻じ曲げては、コツコツと影踏の元へと歩を進めれば数多のナイフが影踏へと襲いかかる。
「ッ!?」
防ごうとするが断然アマンテスの方が速く、瞬時に盾の魔法陣を描くが、やはり完全な回避などとは行かず、所々にナイフは突き刺さる。
「どうしたよ、軍神。このまま俺の攻撃を受け続けるつもりか?」
「まさか」
ニタ、と小さく笑っては、瞬間アマンテスの首元、頭部、腹部を狙い光線が走ると同時に辺りが炎上する。
(ムスペルヘイムと粒子型高速光線砲だと!?)
「枯れ堕ちろ!」
回避として一瞬で森を形成させるが、不完全な物で半分は粒子型高速光線砲で消し飛ばされてしまう中で相変わらず、影踏は笑う。
「生粋の魔術師なのにこんな基礎的な事も分からないのか?」
「何だと?」
ピクッ、とアマンテスが反応する中で変わらず影踏は呟く。
「軍神テュールはかの凶獣フェンリルを討伐する際に片腕を食われた。つまりお前が俺にナイフを浴びせた時点で俺は自分自身の血液を失う事によってようやく軍神としての能力を慄える……つまりここからが神の本領だ!」
「抜かせ!」
朽ちた森から植物を影踏へと向けるが、血を盾にされた上で、地面から鎖がアマンテスを掴もうとするだけでなく、回避しては空気を掠ったと同時に衝撃波が襲ってくる。
「しまっ――」
回避を誤り、衝撃波を食らってはノーバウンドで吹き飛ばされ、更には鎖でギリギリと身体を縛られれてしまう。しかも、それはどんどん力がかかり、ついには右腕がバキッと軋んだ。
「ぐァアアアあああああああああああああ!」
叫び声を他所に影踏は腕時計にチラリ、と目をやるが、戦いを開始して丁度三分が経過していた。そして掴みかかるようにアマンテスへと言葉を投げかけた。
「今、戦い始めて丁度三分だ。お前は五分で終わらせると言ったが、惨めな物だ。どう?これが科学と魔術の本領だ。結局は、世界で指折りの魔術師だろうと、空想に空想をぶつけようと現実と非現実の曖昧なバランスこそが丁度いい。日本で言う太極が一番いい例と言っても構わない。さて……どう潰すか」
「ッ……!」
(死ぬのか?)
心中でアマンテスは呟く
(このまま何も守れぬまま、欧州に残してきた民の元に帰る事なく俺は死ぬのか?)
それだけは絶対に望まない
そもそも『生命の樹』にもイギリスやフランス出身の魔術師が所属しているのだ。今は敵同士と言え、全て終わった後で彼らを残して死ぬのはどうしても嫌だった。
だからこそ考える この曖昧なバランスの弱点を
(必ず答えはあるはずだ)
と思った瞬間に、ある事を思い出した。そう、あの時南條の言っていた演算方法についてだ。
複雑すぎる故に人間一人の脳では賄えないという絶対的な弱点と同時に血液を代償としているが、同時に魔術も扱っている。しかし、魔術の発動とて楽ではない。時と場合に応じて発動しなければ何の意味もないからだ。だとしたら、その脳味噌は果たしてどこから持ってきているというのか?
それと先程見えた紫電。
花村程の実力を持った者にただの武力兵団や魔術師が派遣されるだろうか?それだけはないはずだ。花村は自身の身体自らの手でサイボーグとして変えているとすれば、誰より人体や科学に特化しているとも言えよう。それにサイボーグだからこそ生身と戦えば、よほどの事がない限り負ける事もないだろう。
では、相手は恐らく科学に特化した人間のはずであろう。
アマンテスはこれに賭けた
もし賭けに負けたら自身の負け
しかし、もし思惑通りであれば勝つ可能性は十分にあるが時間はない。故にゴホッと咳き込んでは挑むように話を振る。
「曖昧さが丁度いいと言ったな?」
「……」
「だとしたら貴様の曖昧さはどこにあるんだろうな?」
「何が言いたい?」
更に強く身体を縛られ、身体は軋むがアマンテスは笑ったままだ。
「先程気になっていたんだが、貴様は粒子型高速光線砲と衝撃波を使っていたが、もしかしてマスターは他にあるのか?……例えば、そうだな。外部のスプリクトなどな。」
「……だから何だ?」
「簡単な話だ。貴様の兄は本物の傾国の女を持っているそうだな。だが、あれはただの象徴であるが故にその力は異端そのものだ、国を動かすだけの作動効果と計算能力、そして掴んだ霊脈などの制御も可能だ。だが、それを一つで行う事はまず不可能。貴様が傾国の女の計算能力を借りているのだとしたら、今頃京都では広範囲の霊脈の霊気が抑えきれずに漏れ出し始める。それが確認されれば、勿論魔術師である貴様らは今ここにはいない。」
「……」
「そして、だ。傾国の女が霊脈の制御として作動している以上、計算能力はゼロに等しくなる。だとしたらお前は、科学側の何かを外部から取り入れなければ、能力は使えんだろうなぁ?」
「それがどうした?」
「……時にその腕時計。普通の腕時計と設計が違っているように見えるが?」
「――ッ」
「やはりそいつか」
 読みは当たった 残るは答え合わせのみ。解答は、あまりにも悲惨な物だった。
「黙れ」
粒子型高速光線砲を撃つつもりか、照準を合わせているが、どうも粒子の大きさからして、撃つのではなく、そのまま直接投げつけてくるのだろう。その瞬間だった。

「が?」

「が、ガガガ……wprx/return がァアアあああああああああああああああああああああ!!」
「な、何だ……?」
 これこそが崩壊 少年は若くしてこのまま全てを終える
   12
ドゴォッ、という極大の紫電が花村の身に降りかかった瞬間、体内のギアを上昇させ、全身のバネ動かし反射させたが、一歩届かずに左肩が吹き飛び、激痛に苛まれる。
「づァアアあああああああああああああああああああああああああ!!」
「さて、君も流石に限界かな?」
「お前……今何を……ッ!」
「天候とこの空間を結合させただけだ。簡単に言えば粒子型高速光線砲の応用で、電極をベースにして磁力を滞空に存在する素粒子と掛け合わせた。一言で言えば単純だが、紫電一つ落とす為の条件や電圧、磁力の分量と消耗を全て計算しなければ、ここまでの大技は完成しない。」
「野郎……ッ」
ガシャコンッ、と音が響き花村は義手を再生させては樹戸へと標準を合わせ、高速で矢を放つがそれもキンッと軽い音と同時に念動力の応用で生成されたフィールドに当たれば、ただの煙となって消え失せる。
「成程、空気砲か。よく考えたものだね。ただ先程の攻撃は躱され左腕一本しか持っていけなかったのは残念だ。いい加減、君にも諦めて欲しいのだが。」
「こんな所で、絶対ぇ俺は負けを認めねぇ……俺はこんな所で足踏みしてるような男じゃねぇんだよッ!」
「止めておきたまえ、いくら身体の一部を改造してあるからといって先程の落雷の出力の設定は一億ボルト。暫くまともに動けやしないだろうに」
「へっ、言ってくれるぜ……。」
立つのが精一杯な花村はそれでも立ち上がる。
「お前は高杉灯影と長い付き合いみたいだな……だがよ、俺らはアイツが新撰組を立ち上げた時の仲なモンでさ、言っちまえば親友だよ。あの頃は毎日楽しくて仕方なかった……だが、アイツがなんで新撰組を抜けたかお前さんは知っているか?」
 花村は知っていた
親友として、戦友として悩み続け、葛藤に苛まれる高杉の本当の思いを
「アイツは一人の女の笑顔を守る為だけにこのふざけた国にたった一人で喧嘩売ったんだよ。一から全て始めて、ここまで登り詰めてきたアイツの苦労はそう安いモンじゃねぇ。だからだ、だから俺らの誰か一人がアイツの苦労を分かってやらねぇで、何が親友だって呼べんだよ!俺の守りたいモノはたった一つだ!俺がサイボーグになったのもたった一つの理由だ!ダチを救うつもりなら俺はいくらでもやってやる!例え敵同士となってもそれだけは変わらねぇんだ!そんなモンをお前ら科学かぶれに分かるかよ。アイツは今でも悩んでいる。だったら俺が命を懸けてでも止めてやる。お前の今のやり方は間違ってるってな。その親切さが狂気になった仇ならあの時力になれなかった俺らを恨んでもいい。それでも絶対に俺はアイツが帰ってくるのを待ってるさ。これが俺のッ!花村密が決めた全ての真実だッ!」
 自らを奮い立たせるかのように叫ぶ
かつての友の辛さを背負えなかった罪をここで贖うと花村は決めていた。
人間としていくら強くても限度がある。だったら人間を超えればいい。それだけの為に、友を救う強さの為だけに花村は全ての身体さえ捨てたのだ。
だからこそ譲れない
遊佐や今いる隊士だけではなく、今はいない友の為にも。
「それは結構な事だ。だが、今の君に勝算はあるとでも?」
「あるに決まってんだろ。」
ガシャコンッ、と再び義手を動かし、三本程生み出しては呟く
「俺だって馬鹿じゃねぇんだ。いくら幾百、幾千、幾億の演算をこなす脳を持ってる奴相手でも負ける気はしねぇよ。足元、よく見てみな。」
「何?」
そう言われ、足元を見ればそこにはバラバラになり焼け焦げた花村の左腕があり、まさかと樹戸は悟った。
「今の俺でもこの腕を使えば量子変速の代わりぐらいは使えるんだぜ?」
バチッ、と不吉な音が立てては千切た腕は爆発し、そのまま花村は走り出す。
「いくらお前が科学を極めようと――」
義手の一つを思い切り振りかざし
「人間である以上、負ける気がしねぇんだよッ!」
バキッ、と音を立てては二人共相応のダメージを負う。
花村が殴りかかった時、樹戸も咄嗟に防御の為に膜を張ったが為に義手の一つは粉々となるが、樹戸もあまりの威力にノーバウンドで吹き飛ばされた。
「――……ッ!」
「……まさかここまでやられるだなんてね。いいだろう、全て終わりにしようか。」
(いよいよ、来るか)
勘が告げる 次こそ生命装置を使うと
正直このまま戦っていても埒が明かないのは事実だ。ならばここは互いに必殺を以て勝負を決めるしか道はないのだが、一瞬樹戸は頭を抱える。
「ぐ……ッ」
「何だ……?」
あまりにも激しい頭痛なのか、そのまま体勢を崩す。
「……ッ、キャパシティがもう持たない……か……」
「キャパシティだと?」
フラッ、と揺れながらも何とか立ち上がると一気に青くなった顔のまま答える。
「君は確か最初に影踏君とは戦えないと言ったね?確かに彼は魔術師だ。君のその身体を以てしても勝つ事はまず不可能……だが、彼は科学としての能力も秘めているが如何せん不完全だ。その為に外部からスプリクトを取っているとしたら、誰からその情報と演算能力の補助を受けるんだろうね……?」
「まさか……」
思わず息を呑む
もしこれが真実であれば、目の前に立つこの樹戸榊という男は正真正銘の化物となる。すると、どこか笑っては口を開く。
「言っただろう?私は昔テスタメントの実験体だったと言う事を。その時にとっくに脳は弄られているし、だからこそ複雑な演算も自前で出来るんだ。故に私は彼の足りない演算能力を私の思考を植え付けて補わせるという最終目標を達する事に成功した……無茶苦茶だろう?だがそうでもしなければこの世の中は壊せない。恐らく彼の脳はもう限界だろう。だが、そうだとしても成すべき意味がある。君が灯影の意思を守り抜く為に戦うならば、私も同
じようなものだ。彼こそがこの世の命運を決めるのならば喜んでトップの座を譲ろう……全てはこの腐った世の中への復讐だ。」
「だったら、互いに出し惜しみはナシにしようぜ。俺も俺で奥の手を見せてやるからよ。」
と言っては、ミシッ、と音を立てては、枝の様なものが背から出てきては、七つもの光線が浮かび上がる。
「最初で最後の大働きだ。働けクズ共。」
「では、決着と行こうか。」
瞬時だった
これを以てして全ての勝敗は決まる
 科学と科学とのぶつかり合いはこの辺り全てを破壊失くす。

一方、新選組の本拠地の近くで母禮は突然消えた花村とアマンテスを探しに飛び出ていた。
先程聞こえた大爆発からして近くなのは確かだと路上へと出た瞬間だった。そこには倒れた遊佐の姿とサイボーグとしての姿を見せる花村に樹戸が対峙していた。
「遊佐さん!花村さん!」
手を伸ばすが、届かない。
声は聞こえていたとしても彼らには聞こえない。取り残されたままの母禮はそのままその光景を見ている事しかできなかった。

 花村は思い出す 遠いある夏の日の事を
二年前。暑い中、冷房の効かない部屋を抜け出し、マンションのロビーで比企に頼んで作ってもらったかき氷を高杉と花村は「あちー……」と呟いては団扇で仰ぐ。
「こんな時、某猫型ロボットだったら何か得してそうじゃねぇ?」
「そりゃ違ぇねー……」
「なぁ、高杉。」
「ん?」
シャクシャクとかき氷をかき混ぜている最中に声を掛けられ、目線を向けず相変わらずかき氷に夢中なまま返事する。
「そういやお前さ、惚れた女の為に新選組の頭やってんだよな?」
「あー……まぁ、間違っちゃいねーよ。それがどーした?」
「ん?クサイ上にカッコイーとか思ってよ」
「なんだよそれ?馬鹿にしてんのか?」
ムッと顔を顰める様子に花村は笑っては「冗談だっての」と笑い飛ばすが、高杉は声のトーンを低くしては呟く
「けどよ、やっぱそう簡単にいかねーよ。疲れるし、めげそうになる事もある。」
「お前でもめげる事なんてあんのかよ?しっかしいいねぇ、そんな守れる大事な何かがあって。」
「お前にはないのか?」
「生憎だがそんなモンはねぇ」
「ふーん……まぁできたら教えろよ?ヒーロー志望さんよ」
(守るモンなんてもう記憶の彼方に飛んじまったけどな)
 親友であった男の信念を守る為、大事だった過去を風化させまいと決めて自身をサイボーグとまでして守りたかったモノ。フッ、と軽く笑っては、光線を放つ。
「かかってこいよ、お前さんのその能力全て打ち返してやるから。」
「戯言を!」
ピッ、と取り出されたスマートフォンが操作されると同時に、ドクンッと心臓に痛みが走る。
カシャン、ピーッ、カチカチと色んな箇所から不吉にも花村は笑ったまま樹戸へと宣言する。
「俺の勝ちだ、クソったれ。」
「何?」
と短く呟いた瞬間にドスッと何かが樹戸の胸を貫く。
胸へと視線を移せば、そこには花村の腕が樹戸の身体を貫通しており、ゴポッと血反吐を吐き出しては地に伏せては笑う。
「はは……、まさか体温調節や心臓の動きさえ改造してあるとはね……。これだと通用はしない。」
樹戸の使う生命装置のトリックはこうだ。
一度、人の体温を分子レベルで一気に血液を逆流させ、脳にショックをあたえると同時に体温をマイナスまで温度を下げる事によって死を迎えるのだが、逆に生き返させる方法として脳で電子信号を送る事によって、脳内の熱量を引き上げ、視覚を使い促進させる事で、脳と視覚をリンクさせる事で完成させる事――これが全てのトリックだ。ちなみに未だ仮死状態となっている場合も視覚を使えば十分生き返させる事は可能なのだ。
「これをまさか分子を撒き散らす事によって特定の人物を殺すたぁ相当な技術だぜ」
すると、樹戸は痛みに苛まれながらも薄く笑っては告げる。
「ああ、本当にね……。勝負は君の勝ちだ。さぁ、早く止めをさしたまえ」
「それはお断りだな」
「何?」
すると貫通した腕を展開させ、身体の内部で血管が破れているならば樹脂でできたゴムでカバーするなど応急処置を施す。
「俺は結局甘いんだよな。何にせよ、お前もアイツの側で国に喧嘩を売ろうとした大馬鹿野郎だ。アイツがお前を救わないなら俺が救ってやる。まぁせいぜい今度は国家転覆とかじゃなく、人の為にその知恵を慄えよ、天才。」
「……君は灯影がヒーローであろうように言っていたが、君自身十分その資格はあるんじゃないのかな?」
「さぁな。おい、母禮。コイツの応急処置も頼むわ。コイツがある以上、相似の様子は俺にでも戻せそうだからな。先に行っておけ。」
ようやくここで母禮の存在に気づいてのか、そう吐き捨てる様にいうと母禮は「だが!」とつっかかるように答える。
「まだアマンテスが見つかってないのだ!」
「あのガキなら大丈夫だろ」
「え?」
「相手してるガキももうとっくにやられてるし、もし生きていたとしても欧州一の魔術結社とやらのボスの実力はそんなにも安いモンなのか?」
「いや……それは……」
「だったら信じろ。絶対に戻ってくるってな」
クシャッと頭を撫で、微笑む様子に母禮も笑っては
「ああ、信じるよ。」

高杉影踏はいつも兄の影だった
いくら勉学や運動で成績を挙げようとも、どうしても兄がその上を行く。
だからこそ、真っ当な人間として生きる事を諦めたのが中二の冬。魔術というオカルトに手を染めて、どこまでも自分のスタイルの術式を完成させる為に、日々努力し、無論学校での成績も上位をキープし何もかも怠らなかった。そして、高校に入る前に『生命の樹』へと入り、そこで構成員である樹戸と出会った時の事だった。
「君は本当に優れているね」
樹戸は社交的だが、世辞は基本言わないタイプだ。だからこそ信頼を得た事もあり、他のメンバーとは違い、自分は優秀なのだと思えた。
が、現実は残酷で灯影の弟と知られれば、一気に周りの人間は影踏に後ろ指を指した。
――あの高杉灯影の弟だからこそ特別なんだ
 その言葉をどうしても受け止めたくなくて、とうとう影踏は樹戸へと願い出た。
自分も貴方と同じ科学の先端技術を生み出したい、と。
これは樹戸本人の話だが、いくら学業が優秀とて、こればかりはどうしようもない。科学と一口で言っても様々なジャンルがあるし、全てを極める事などまず不可能だろう。だから樹戸自身が研究した物を影踏に与えたのだ。
 そうして来るべき戦争の日までに繰り返したテロなどで影踏は根城が入る前までは先頭に立って行動してきた。魔術と樹戸の集めたデータと演算能力を兼ね備えたスプリクトで負ける事はなかった。なのに、今自身は負けよとしている。それこそ自分より幼い少年に。
「成程、そういう事か。」
突然の崩壊に一瞬戸惑ったが、自身を縛る鎖さえ断ち切り身体の自由を取り戻してはアマンテスは言う。
「それは誰かの脳の演算を利用していたとはな。そのマスターのキャパシティオーバーで、貴様自身も道連れ……か。哀れなモノだよ、最初から頼らずに自身の武器だけで戦えば貴様は強かっただろうに。」
「あ、ぐ……ッ、えfdjp /Eroer」
「安心しろ、止めならば刺してやる。」
「おおおおおオレは、tttとえとはははは、tyhf」
「終わりだ」
スッ、とカードを飛ばしてはそのカードは黒い人影となり、人影は剣で影踏の顎を斬り捨てるのを見届けては境内を過ぎ、神社を出ると同時に杖を軽く振っては神社ごと燃やす。
ここで生きている上で手出しをされたら溜まったモノじゃない。むしろ背を向けてから相手の攻撃がなかっただけマシだ。
大爆発の中でアマンテスは亡き高杉影踏へと小さく呟いた。
「もう『生命の樹』は終わりだよ。もう兄と比べられる事もなかろうに。安らかに眠れ」
しかし、この呟きは本人に聞こえる訳でもなく、まだ薄暗い夜空にぽつりと消えた。
   13
午前一時四五分
根城の勝手な行動から始まったこの戦争は始まって既に一時間は過ぎていた。そんな中、高杉灯影は自室でお気に入りの椅子に座りながら、ただただ時が経つのを待っている中で、部屋の外はとても騒がしい。何せ首領含め構成員三人が不在なのだから。
すると、部屋のドアをガンガンと叩く様子に、高杉は苛立ちを覚えながら「どうした?」と言葉を投げかける。
「勝手にドア叩いて入ってくんじゃねーよ。……んで?何の用だ?」
「只今、ようやく外の連中と連絡が取れました!」
「ああ……」
興味なさげに半分流しながら続く報告を聞く。
「根城様は新選組本拠地近くで死体となって発見。特に目立った外傷もないようで、樹戸様は新選組と交戦後回収、影踏様は郊外の花園神社での爆発に巻き込まれたとの情報です!」
「それで?」
「は?」
「それだけしか話はねーのかって話だよ。今はあいつらの様子が重要なんじゃねー。新選組の様子を見て来いって俺様は言ってんだ。分かるか?」
冷たい眼差しで、部下を睨めば部下は恐怖に怯えたのか直立したままだ。その様子に溜息をついては
「もういい。今はあいつらの動きとここの勢力を固めろ。恐らく向こうは朝方にでも攻めてくるだろ。さっさと配置しな。」
「はっ、はい!」
バタン、と閉まるドアの先で高杉は思う。
(恐らく根城の奴は樹戸さんが仕留めたんだろ。それにしても樹戸さんと影踏がやられるとはな……かなりの痛手だぜ?こりゃー……だが、向こうも向こうで痛手を負ったのは確かだ。なら――)
バンッ、と自室から出ては、そのままガラス張りの廊下を渡っては、とある部屋の前で静止する。
「ちっ、開けるのも面倒だな。」
ヒュンッ、と左足を軸にしては、そのまま右足で部屋のロックを破れば警告音が鳴るが、その警告装置さえガンッと手で叩き壊しては奥に進む。
そこにあったパソコンに電源を入れてはカタカタと操作し、そこでUSBケーブルを差込み、自身のスマートフォンに樹戸の研究データを転送し、暗証番号を入れてはロックさせる。
「これで一応簡単な事だけはできるか。ちと半分は自前でやるっつーのは痛いけどよ。魔術としては……コイツか」
部屋から出たときから手にしていた傾国の女を握り締めてはぐっ、と力を抜く。
(これでいざという時に頼りにはならねぇ……なら、やるしかねー……コイツを完全な形で動かす為にも)
ググッ、と力を入れては握りつぶそうとする。
だが、中々壊れないと言えど高杉は譲れない。
(俺様は決めてんだよ)
ミシッ、
「俺様が……」
パキッ、パキッ、と白銀は剥がれる
「俺様が守ると!その為にぶっ壊す!」
バキッ、という音と共に完全に白銀は砕け、そこからは黄金が輝いている。
「これだ」
黄金に聳えるソレは、蕾の形をした物で、またとある力の象徴である。
名はガ・ホー。ケルトの伝説にでてくる英雄ダーマットの持つ大小二本の槍の小を司り、名前は「黄槍」の意とされる物でマナナーン=マック=リールから貰ったもので、この槍で傷ついた者は回復できないと言われている。
(これで全部揃った)
傾国の女の破片をガンッと踏みつぶせば、足元に魔法陣が描かれ、天井どころかスカイツリーさえ打ち破って天に魔法陣を描く。
(傾国の女による霊脈の操作に科学力、そしてなにより、魔術を補う武具は揃った。)
「ははは……ッ、やったぞ、これで……これで俺様の勝ちだ!今更五〇〇〇の兵士なんか必要ねぇ!俺様一人でこの国はぶっ壊せる!」
高らかにそう叫んでは、更に声を上げ、最後の仕上げに入ろうとする。
「全員傾注!」
先程の命令のせいか、慌ただしく来る最後の決戦の為に準備を進める部下へと告げる。
「今から雌雄を決する時がきた!今だ!この機会を逃せばこの革命は成り立たない!故に戦え!この一戦だけはもぎ取ってみせろッ!」
大将の一言に歓喜を受けたか、多くの部下は拍手を送り、高杉を褒め称えた。まるで、本当にこの世の救世主であるかのように。
 時は来た
「行くぞ」
「来いよ、野郎共。決戦の場所はここだ。」
 雌雄を決する最後の戦い
勝った者こそが正義となる
 さぁ始めよう 全てを守る為にまずは壊そう。
 転覆か維持か
全ての決戦は東京スカイツリー 時は動き出す

4.Last Fight
「終わったぞ、樹戸さん。」
「申し訳ないね。敵同士だというのに」
「いいじゃねぇか、敵だろうとなんだろうと。なぁ?」
「……土方さんはいい顔をしないだろうがな」
隊士達の治療の為に宛てがわれている部屋で、負傷した樹戸と花村の応急処置を終えた後に斎藤は呟くと同時に母禮は顔を伏せる。
根城と樹戸の敗退後、死者と負傷者の数が確認された。
死者四六名 重軽傷者三二名 全隊士の内の七割を失い今の現状がある。恐らくこの後の『生命の樹』制圧に向かえる隊士はせいぜい二〇人が限界だろう。そんな中、部屋の外で慌ただしい足音に耳を傾ける。
「な、何だアレ……。」
ぞろぞろと廊下やエントランスに出る隊士達の様子を見ようと全員部屋から出て見てみれば、樹戸以外の全員が目を見開く。
「な、何だよアレ……」
「空に、魔法陣……?」
「とうとう灯影が動き出したか。恐らくあいつは根城さんや私、影踏君が戦闘不能になった事を知っているんだろう。だからこそ動いた。全てを片付ける為に」
「……」
「母禮?」
一旦廊下を抜け、部屋の壁に立てかけてあった傾国の女を手にする様子に対し、斎藤は呟く。
「行くのか?」
「当然だろう、おれだって新選組の一員だ。」
「無謀すぎるよ、お嬢さん。」
横から聞こえた声に顔を向ければ樹戸は真剣な顔をしたまま、その無謀と言った理由を口にする。今の状態がどんな状況であるか、高杉灯影がどういった状態にあるのかを。
「贋作とは言え、確かに同じシンボルであるそれを使えば、京都の開放した霊脈の流れを断ち切る事ができるかもしれない。ただそれは仮定の話であって、確証等どこにもない。それに先程私の外部スプリクトにエラーとハッキングされた痕跡が残っている。恐らく灯影は私が使える演算方法を全て自分自身にスプリクトさせた。完成度は私のに比べたら半減されるだろうが、今、唯一手の打てるであろう花村君は動けない。それだけではない。残った兵士はここの数倍であり、魔術師もいる。かのアマンテス=ディ=カリオストロが不在……いや、いたとしても彼一人で『生命の樹』の魔術師全てをいっぺんに相手できるはずもない。ここで君一人動いたとしても不可能だ。」
「……そんなものは、やってみないと分からない。」
「何?」
「お前みたいな科学一辺倒の現実主義者の戯言などどうでもいい!例え無謀だとしてもやってみなければ分からんのだ!それにおれには高杉灯影を救う理由がある。」
「その理由とは?」
「彼は言ったぞ。今は亡きおれの母の笑顔を見たさに国に挑んだと。そしてその母の不滅な思いと母が残したおれを守ると。今まであの男が何をしてきたかなど知らん。どうでもいい。だが、こんな手を使って国を変えたとしても天国におる母は笑わない、そんな国でおれが……今ここにいる民が笑って過ごせるとは断じて思わない!だからこそおれは行くぞ。あの男を止める為に、救う為に。あの男の本当の笑顔を取り戻してくる。」
すると母禮の肩をポン、と樹戸は叩き頷けば
ダッ、と走り出す母禮の背に「母禮!」と言う声が響くが、本人は花村の制止さえ聞かずにそのままマンションの下まで向かう。その後ろでゆらり、と揺れる影もまたか細い声で呟いた。
「ならば俺も共に行く」
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ、斎藤!」
またも無謀に挑む斎藤の胸ぐらを思い切り花村は掴み言いがかる。
「そんないつ開いてもおかしくねぇ傷幾つも抱えてる野郎が馬鹿言ってんじゃねぇ!今は土方さんの指示を――「譲れないんだッ!」
突然響く叫び声はそのまま喉の奥から絞り出すように一言一言はっきりと告げる。
「俺はあの人を救うと決めた……あの人は俺の免罪符だッ!俺を唯一殺せる人間だッ!そんな人をどうして救わずにいられると――……」
瞬間、ガンッという鈍い音がこの場に響いた。
「樹戸……アンタ……」
即頭部を重圧と遠心力を増加させた蹴りを食らわしては、斎藤はその場にドサリと蹲るが、その様子を冷たい瞳で樹戸は見下す。
「哀れだよ、本当に哀れどころかそれを通り越して呆れる。かの天下の斎藤所以という男がここまで安いとはな。私達『生命の樹』はこんな安い役立たずな男を危険視していたというのか。全く、笑わせる。」
ぐぐ、と立ち上がる様子に「止めておきたまえ」と警告を下す。
「今の君にはあの子を守る所かその場から立てまいよ。いいか?聞け、愚か者。もし何かの驚異があの子を襲おうとした時に彼女は怯えることなく挑むだろう。そんな時に背を預けるのを灯影か君かを選べと言われたら私は灯影だと即答する。何故か分かるか?」
「何が、ッ 違うというのだ!」
「覚悟も何もかもだよ。君は先程彼女は自分の免罪符だと言った、自分を唯一殺せる人間だと言った……そんなのはただの君自身のエゴでしかない。本当の窮地に立たされた時に必要なのは自分自身の勝手な欲ではない。自身の根本的な強さだ。たった一人の女性の笑顔を見る為に命さえ賭ける男と自身のエゴだけで動く人間……強さの違いはそこだ。君は本当にそれでいいのか?例えこの戦争に勝ったとして、その後もそんな勝手な理由で彼女を縛るのか?縛って彼女自身の笑顔さえ壊すのか?」
「アンタには……分からないッ……!」
樹戸を睨みつける斎藤に対し、相も変わらず樹戸はその心に刃を突き立てる。
「分かりたくもないな、そんなちっぽけな事情。まさかとは思うが、人を殺しすぎた罪悪感に耐え切れずに彼女に縋ったとでも言わないよな?答えろ、愚か者。」
「……」
「沈黙、という事は肯定か。更に情けなってくるな。何故その本意に気づかない?」
「何……?」
「その勝手な君のエゴ。つまり殺してきた罪悪感に耐え切れず免罪符を求めるとは、その罪の重さを彼女に押し付けているのと変わらない。先程、影踏君が君に攻撃をして歯が立たなかったと聞いたが笑止。君に……貴様に足りないのは腕ではなく覚悟の差だ。そんな腑抜けが今、灯影の前に奇跡的に立ったとしても十秒ももたんよ。せいぜい大人しくしているがいい。」
吐き捨てる様に言っては、そのまま樹戸は部屋へと戻る様子を見て花村は斎藤を見やっては「なぁ」と呟く。
「本当か?今の話は全て」
「……」
「お前はてめぇの為に母禮を救おうとか考えてんのか?」
「……」
「黙ってねぇで答えろッ!お前それでも国を背負う新選組の第三部隊隊長かよッ!」
「……言える訳がない」
「あ?」
今にも消え入りそうな呟きに花村の怒りは収まらない。が、それでも斎藤は言葉を紡ぐ
「あいつと……沈姫と過ごしているだけで救われると、俺が笑えるとどうして言える?確かに俺はあの男の言う通りあの人を利用しているだけなのかもしれない……だが、それでも俺の傍で、なんでもいいから笑ってて欲しいなどと言えるはずもないだろう……。」
とうとう耐え切れなくなったのか、涙を流す様子に対し花村は「馬鹿野郎」と告げる。
「お前何でそう思ってんならさっき言わなかった?お前、母禮に笑っていて欲しいなら何で母禮に直接言わねぇ?女は変なとこ鋭い癖してそういう所は鈍感なんだからちゃんと言ってやれ。」
ぐいっ、と斎藤の腕を引っ張っては、立たせ、その背をバシッと叩く。
「アイツの笑顔を守る為に行ってこい。理由はそんだけで十分だ。国を救うだのなんだのっつー理由は俺らが背負うだけでいい。行ってこい。」
   14
(くそッ!やはり交通手段は通用しないか)
新選組本部を抜け出しては駅へと走り出していた母禮だが、何せ土方の命令もなしに勝手に抜け出してきたものだからパトカーで向かう事もできず、最終手段として電車に期待したが、やはり根城の襲撃によってどこもかしこもパニック状態となっている。当然駅も人で溢れかえっている。
電車も車も無理。だとしたら、ここ新宿から北千住までその足で辿り着かなければならない。その瞬間だった。
母禮の前に止まった赤いバイク――果たして乗っている人物は誰なのかと警戒していれば「よぉ」と声が響く。
「貴方は……!」
「よぉ、お嬢さん。夜中は危ねぇから送っていくぜ?場所は北千住の先でいいんだよな?」
 新選組のナンバー2で名を馳せる土方幹行そのものだった。

ガタンッ、ガタンッと救護室のドアが何かにぶつかったかの様な物音を立てている。平隊士が新しく運ばれてきた患者かと思い、ドアを開ければそこには真っ青な顔色をした遊佐を肩で担いだ少年が一人。
「ゆ、遊佐隊長!」
「先程道端で倒れていた。幸い命に別状はないようだが、休ませてやってくれ。」
「了解しました!」
遊佐を隊士に預けては、アマンテスはふらふらとした足取りで玄関から出ようとした瞬間、花村が「アマンテス」と声を掛ける。
「お前さん、傷の方は大丈夫なのか?」
「ああ。右腕一本粉々にされたが、今回復魔術で幾分と蘇生している所だ。問題はない。」
「そりゃあそうかい」
「……貴様はその怪我では行けそうになさそうだな。」
「残念ながら、な。お前さんも早く行きな。先程負傷していない隊士に全員出動命令が下った。今丁度斎藤も出て行った所だよ。お前さんも母禮を救いたいんだったら、さっさと行ってこい。」
「言われなくともいくさ。下は煩いから上しか方法はないがな。」
困ったように吐き出すアマンテスに対し花村もどこか苦笑しては一言
「撃ち落とされんなよ?」

少女と青年は決戦の場へと向けて走り出す。
春を過ぎた風が頬を撫でる中で、母禮は問う。
何故指揮役である土方がここにいるのか?
これで本当に勝ち目はあるのか?ヘルメット越しに「土方さん」と呟く。
「何故こんな所に……新選組の方はいいのか?」
何せ、母禮の前に現れてから土方は「乗れ」と言っては強引にヘルメットを押し付けてきたのだ。確かにこれでは真意は読めない。
するといつもと変わらぬ声で「いいんだよ」とぶっきらぼうにぼそりと呟き返す
「新選組の方は予め指示は出しておいた。だがテメェそれを無視をした挙句、無謀に一人で挑もうとしやがって馬鹿が。」
「否定しきれないな……」
苦笑する声音に「それとな」と土方は付け加える。
「俺もアイツの面が見たくなってよ。幾らどんな理由があろうと俺に仕事押し付けるならまだしも新撰組を見捨てやがって。だからぶん殴りにいくんだよ。一番ぶん殴りたかっただろう花村は片腕しかねぇし、身体中の電流も上手く操作できないっつーなら、誰がアイツを殴るってんだ。」
「土方さん……」
「それと上を見てみな」
「上?」
言われるままに上へと視線を移せば、そこには空を翔けるアマンテスの姿があった。
「魔術師はアイツに全部押し付けちまうが、あのガキだったらできるだろ。数じゃこっちが劣勢だろうが、俺も命を賭けてやる。今までアイツらが命を賭けた分な」
「なら、大丈夫だな。」
 とても心強かった
 遊佐は自分の居場所を守るために
 花村は昔の友に誓った約束の為に
 土方は親友を救う為に
立場は違えど、あくまでこの三人は高杉を救う為だけにプライドを賭けている。無論母禮も同じくだ。だからこそ伝えに行く。
(待ってろ)
北千住まであと少し バイクのスピードは速度が上がる中で、ちらほらと人影が見える。
「まさか……もう『生命の樹』がすぐそこに!?」
「だったら、ちゃんと捕まってろ。」
「?」
土方の言う言葉が理解できぬままに捕まっていれば、バイクはそのまま人混みの中を突っ込んでいく。そのせいで轢かれるものはいなかったが、丁度いい威嚇にはなる。が、人を越えたその先に銃撃隊が姿を現し、拳銃を向けるが土方は背中からガシャンッと何かを取り出す。
「な、なんだそれは!」
「アメリカで最新式のガトリングガンをライフル近くのサイズに縮めたヤツだ。いいか?俺が撃ったら、こいつを台にしてアマンテスの所まで飛べ。俺が囮になってやる。」
母禮の返事もないままにガルルルッと撃ち始めると同時に母禮を宙へと放り出せば、アマンテスがその手を掴む。
「土方さん!」
その声に応えるように、こちらを見ては微笑んでいる。彼もまた託したのだ。母禮に自身の全てを。宙を急いで飛行する中で二キロ程飛行した所で矢がこちらへと迫る。
「どうやら俺の案内はここまでだ」
とアマンテスは一言だけ言うと、輪ゴムを弾くかの様に母禮の身体を弾かせる。
「アマンテス!死ぬなよ!」
「ふん」
母禮の安全性を優先した為、先程放たれた梓弓をモロに喰らうが、それでも杖を構えては宣戦布告をする。欧州一の魔術師として。ここにいる子供らへと向けて
「かかってこい、俺の子供達。相手なら俺一人で十分だ。」
   15
「これを使うといい」
ここに向かう前に樹戸から渡されたメダルと磁石板を手にする。アマンテスが上手く弾いてくれたおかげで、今母禮の身体は落下をしている中でメダルを飛ばし、紫電が走ればグンッと一気に母禮の身体が更に上へと放たれ、横を見れば丁度最上階近く。持っていた傾国の女を思い切り窓へと振りかざし、ガラスの割れる中、なんとかスカイツリーの中へと入り込む事ができた。無論、この為に樹戸の脳借り、演算した訳だが。辺りを見回し、部屋の外へ出ては高杉のいる部屋へと走り出す。
一方で、この爆音に気づいた高杉は窓から後ろへと振り返る。
「ようやく来たか」
恐らくここへ乗り込んできたのはたった一人――大鳥母禮である事は分かっていた。
「成程な、樹戸さんの力も借りてここまで来たってか。」
 高杉は知っていた 彼女は自分に挑んでくるだろうと
と同時に部屋のドアが開く
「よう、よく来たなお嬢さん……否、大鳥沈姫。この俺様の前に立つ意味は分かってるよな?」
対する母禮は迷う事のない瞳で答える
「当然だ。私はここに立っている理由は――」

「貴方を救う為だ!高杉灯影!覚悟しろ!」

「はぁ…ッ、はぁッ……」
場所は東京スカイツリー前。ガトリングガンを持った土方は身体中血塗れでも尚立っていた。
「お前がかの新選組の土方か。分かっているんだろう?そっちの残存兵力では我々に勝てないと。しかし、知っていながらもお前らは俺達に挑んできた。その勇敢さは認めるが、あまりにも愚劣すぎるぞ。」
「……るせーな……俺は新選組の代理とは言えリーダーだ。いつも怯えて後ろで指揮してる訳じゃねェんだ。ここだからこそ俺は身を呈してでも戦う。」
その言葉が可笑しかったのか下卑た笑い声が飛び交う。
「何だそりゃ!?全く、カッコいいね……」
と言いかけた瞬間だった。
「アンタらには分からないだろうな、この意味が。邪魔だ、どけ。」
「え?」
暗く澱んだ声がその場に響いてはぐらりと相手は身体の自由を失う。
「……ったく、遅せぇんだよ。斎藤。」
「それは悪い事をした。残りの隊士も到着しした。お下がりください。」
「……じゃあそうさせてもらうぜ。それとよ、斎藤。」
「なんでしょう?」
「大鳥は随分と前に向こうに向かった。テメェもさっさと行け。」
その言葉に頷く事もせずに斎藤は土方を一瞥しそのまま走り出す。
「……ったく。オイ!いいかテメェら!ここからが俺達の真価だ!やってやろうじゃねぇか!」
立つことさえままならない
 恐らく自分はここで死ぬ――それでもと土方は思う。
(最期ぐらいやってやらぁ……)
血に塗れる戦場の中を見やっては、自身の身体が崩れてゆく。
「ここは俺達の勝ちなんだよ、高杉。」
「それは、この場を生き残ってから言え、阿呆。」
「テメェ……アマンテス?そっちはどうなって……!」
「間違っても彼らは魔術師の子、謂わば俺の子供同然だ。今は暫く森の中で仲良く寝ているさ。」
「……その割には、結構苦労したらしいな。」
「まぁな、手加減はしたつもりだが無傷とはいかなかったらしい。」
白いシャツの所々は裂け、血が滲み、腹部にも打撃を受けたような跡が見受けられた。それでも彼はここに立っており満身創痍の土方の背を叩き、詠唱を短く唱える。
「何してんだ?テメェ」
「回復魔術だ。貴様はここで死ぬと勝手に人生の予定表に書いていたそうだが、いいのか?高杉を殴る前に死んでも?それと今の俺の相棒は誰だったかね。」
「ハッ……よく言うぜ。俺はいい。さっさと大鳥んとこに行け。樹戸の言葉が本当なら、斎藤と大鳥だけじゃ手が足りねぇ」
「分かったよ」
スッ、と何事もなかったように杖を振り、大爆発を起こしては、その粉塵の中を進んでいく。
「黒豆の煮豆が食べたい。帰ったら、母禮にでも作ってもらおうか。美味いんだぞ?それまで死ぬなよ、阿呆。」

 互いに睨み合う
相手がどう動くか、その様子を破ったのは高杉の方だった。閃光がこちらを目掛け走る。
「ッ!」
ギリギリの所で避けるが、避けたその先で真横から蹴りが出てきてはガンッ、と頭を打つと同時にそのまま飛ばされる。
「本当は俺様はお前の母の遺言通りお前を守らなければならない。戦う事は避けられないと思ってはいたが、できるだけ傷つけたくねーんだ。だから今からでも諦めろ。」
「諦められるか……」
「諦めな」
ガガガッ、と衝撃波がこちらを目掛けて迫るのを無様にもゴロゴロと転がる事で回避するが、ガキィンッと刃が首元に迫る所をこれもまたギリギリで防ぐ。
「ぐッ……!」
「なぁ、お前は俺様の何が気に食わなかった?俺様のやり方か?それとも何だ?この意思が邪魔とでも言うのか?」
「やり方、に決まっているでしょ……!」
瞬間、身を捩っては蹴りを入れ姿勢を崩そうとするが、タンッ、と軽く飛び距離を置かれては優位である事を見せつけられる。
「それで詳しくは何が気に入らなかった?」
「全てだ!」
ガキィンッと傾国の女を振りかざすが、高杉は至って余裕である。
「一人で戦って、もし勝ったとして私の母さんが笑うとでも言うの!?今まで過ごしてきた仲間を見捨ててまで、そんな事をしても貴方は納得できるの!?誰もいないこんな世界で!」
「黙れよ」
ガンッ、とガ・ホーの柄を床へと叩きつけては魔法陣が描かれ、全てが焼き尽くされるような感覚に襲われる。現に焼かれ、あまりの苦しさに声を漏らす。
「がァアアああああああああああああああ!」
「もう何も要らねー。仲間も力も何もかも。ようやく俺様が創りだす国に誰一人として有無は言わせねー。だからもう諦めろ。俺はお前を傷つけたくは――……」
瞬間、ブンッと思い切り肩を傾国の女の柄で殴打されてはバランスを崩した中で、パシッと柄と刃を持ち変えては剣を振り下ろそうとするが、それよりも早く横腹を斬りつける。
「づッ……」
「母禮ッ!」
半壊した扉を開いたアマンテスが母禮の名を呼べば、「あ?」と不機嫌そうに高杉はアマンテスの方へと視線を向けた。
(あれは……!)
高杉の手に握られた黄金の槍と母禮の傷を見ると、素早く詠唱を唱える。
「見下ろせよし神の子よ、ここに裁きを下せ!」
ドゴォッと高杉を目掛け雷が降り下ろされるが、そこに高杉はおらず、アマンテスの背後に潜んではそのまま右腕を斬り落とす。
「づッ……!」
「アマンテス!」
「気を付けろ、母禮!その槍で斬り裂かれれば、二度と傷口が塞がる事はない!近接戦で戦えなどしない!分かったら逃げろ!」
「へぇ、流石生粋の魔術師で『生命の樹』の魔術師一〇〇人を一人で相手しても生き残れる野郎だ。こんな短時間でよく分かったもんだな。」
「……ある日バチカンから小さい槍だけ消えたと聞き、サーチしても見つからなかったのは、その傾国の女の中に隠し持っていたからだとはな……。畜生……」
アマンテスの言う通り、右腕が斬られた傷口からは大量の出血が出ており、警告を残してはそのままショック症状で気を失ってしまったのを見て、高杉は笑う。
「さてどうするよ、大鳥沈姫。魔術サイドでの希望は潰えたぜ?それに下もようやく静かになったしな。恐らく俺様達の勝ちだ。それでもまだ戦うか?その出血の止まらない傷を抱えてよ。」
 圧倒的な戦力差と迫り来る絶望
(ここで……)
 死ぬかもしれない けれども大鳥沈姫は何も高杉灯影に伝えてはいないのだ。
「ここで死んでたまるかッ!」
母禮の慟哭に対し、とうとう高杉の顔から情の面は消え失せる。
「……まだ分からねーか。だったら死んじまいな、最後の希望。あの世で杏子に会ったらよろしく言ってくれ」
 振りかざされる槍 
 ここは戦場だというのに思わず目を瞑ってしまったその瞬間に声と金属の鳴り響く音がこの部屋に響いた。
「それはアンタが自分で伝えろ。最後の希望は捨てさせはしない」
「お前……ッ、どこから……!?」
「正面からだ。生憎俺は影が薄いんでな、気づかれる事がまずない。ようやくたどり着いたぞ、高杉灯影。ここからは俺とアンタの一騎打ちだ。」

 どうして?と心中で母禮は呟いた
あの人は、斎藤所以は自分を免罪符と呼んだ。自分を殺せる唯一の人間だと言った。
 確かに失ってしまっては彼にとって重大な問題だろう。だが自分が見た最後の斎藤所以の姿は樹戸に蹴りを食らい、無様に蹲った姿だと言うのに彼はまだそれでも譲れないのか。
「お前が沈姫に蔓延った邪魔な虫か」
「蔓延るも何も俺はあの人を守りきる義務がある。それを果たさずしてなんと言う?」
「お前も沈姫も守って欲しいと言われたクチか?」
「いいや。俺が自分で決めて自分で守ると決めた道だ。アンタと同じようにな」
と言うと、鍔競り合いの様子から、思い切り力で押し切っては、高杉をそのまま後方へと吹き飛ばす。
(どうして?)
罪に苛まれるが故に手を握り締めた仮初めの強さなど塵に等しい。けれども逆の強さ――人の為と守り抜く強さが何故負けたのか?
(まさか、斉藤さんは――……)
「俺は樹戸に言われたさ。断罪を求め女に縋る男と、たった一人の女の笑顔見たさに戦う男、どちらが強い覚悟を持っているか……もし、沈姫を脅威から守るのを選べと言われたらアンタを選ぶってな。……だから俺はもう止めた。女一人に罪を押し付けて縛る事を。」
「この……ッ、」
光線が浮かび上がり、そのまま斎藤を射抜こうとするが、斎藤はそれを回避してはまた斬りかかっては金属音がぶつかり合う。
「高杉、俺はようやくアンタに追いついたぞ。今の俺は自分の罪に押しつぶされる俺じゃない。惚れた女の笑顔を絶やさないように、今こうして刃を握っている。……国の行く末などもはやどうでもいい。知った事じゃない。だが、残してきたあいつらならきっとこの国を守れる。俺はそう確信してるんだよッ!」
第二撃目は高杉の横腹を斬り、とうとう互いに逃げられない状況下となった。だが、高杉は一度引き下がり、詠唱を唱える。
「我に最期の幕引きを!」
すると、ガタガタと東京スカイツリーは揺れ、一気に崩れ落ちる。
「京都から汲み出した霊脈全ての効力を使っての攻撃だ。今からここは完全に消え失せ、俺様のみが生き残る。この傾国の女を象徴になァッ!譲れるかよ、絶対に俺様には譲れないモノがある。ここで退けるかッ!」
怒声と共に大きな杭が数多に降り注いだ上で足場はガラガラと砂糖菓子のように崩れてゆく。その杭の一つが斎藤の足を射抜く。
「斉藤さんッ!」
手を伸ばすが、後一歩の所で届かないままその身体は堕ちてゆく。
「斎藤さん――ッ!」
 そして迫る絶望
 雨の様に降り注ぐ光の杭は母禮にも降り注がれ、咄嗟に残った磁石板をポッケから取り出し、メダルを投げる道の照準を合わせては、カッと赤い魔法陣に囲まれた空へと放とうとする。
(これでこの杭とまだ上にいる高杉を穿てば――……最悪、相打ちに出来る!)
「やっぱ親子なだけあって似てるな」
 声が聞こえた
前に会った時に言われた時に言われた事がフラッシュバックでもしたのだろうか?
キン、とメダルを宙に放った瞬間にようやく気づいた。
 紫電が走るその中で、光の杭とそれと共に胸を射抜かれた高杉の姿。
「あ……」
『俺様は惹かれたのよ。あの人の直向きさに、その葛藤に立ち向かう勇気に。けど、結婚をしてるのを知ってて思いを告げたら、あの人は苦笑しながらこう言った……この後の日本と私の娘を頼む、って』
 ついに、刃を向けてしまった。
『だが、次会うときは無論敵同士。俺様のやり方が気に食わないなら、剣を向けるも良し。逆に賛同するなら新撰組を脱退しても構わねー。』
 あの、無邪気な笑顔に。
「……だから言ったろ」
ドシャァッ、と地面へ落ちたその瞬間だった。
「高杉……?」
目の前は何も見えず、どこか肌にドロドロとしたモノが付着している。ぐぐっ、と高杉が身を浮かせた瞬間に全てを知る。
あの時、母禮を光の杭から守ろうとし、強く抱きしめては光の杭の破片が至る所に刺さっていた高杉の姿を。
「なん、で……」
すると、血反吐を吐き出しながらもどこか微笑んでは告げる。
「言っただろ……お前は俺が守るべき女だと。お前、を……できるだけ傷つけたくない、ってな。だからさようならだ、俺様にとって最期の希望……あいつの言う通りにあの世で杏子に報告するさ。お前の娘を最後まで、守れ……なかった、ってな。」
「介錯ならば――」
 目の前に広がる赤
 まるで両親を殺された幼きあの日と同じ光景
「俺がしておいてやる」
同じく、頂上から落下し、幸い一命をとりとめ、最後の死力を尽くしては高杉の背後へと刃を斬り込む。
「や、め……斎藤さん……」

「嫌ァアアあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

天から魔法陣は消え、最期の抗いさえ消えた暗闇の中で少女の泣き声だけが響いた。
   16
 夢を見る 暖かい夢を
「高杉君、どうして君はそんな事言うかなぁ?私これでも結婚してるんだけど」
「先生……否、杏子だって人の事言えねーだろ。この日本の行く末の舵取りの為に天下の大鳥家の当主に結婚申し込むとはな。愛ある結婚の方が女は夢が持てるって言うぜ?」
「何を馬鹿な事を……」
そう言って差し出されたコーヒーカップを受け取っては言葉を紡ぐ。
「確かに私も高杉君の事は好きだけどね、生徒として。」
「何だよ、大人だからって余裕みせやがって。」
「事実大人ですから。……というか君も大人でしょ?だったらお願いがあるんだけど。」
「はいはい、今フッたばっかの男に何の用で?」
「私にね娘がいるんだけども、産まれたばかりの。その子を守って欲しいの。」
「何だそりゃ。今にも遺言みたいな事残しやがって。」
「あながち間違いじゃないから、そう言ってるの。名前は沈姫。沈んだ姫と書いて沈姫。どう?可愛いでしょ?」
「杏子が考えてにしちゃな。きっと面も可愛い将来別嬪さん有望だろ?」
「まぁね。だから私の大好きな高杉君にお願い。沈姫はなんとしても――……」

「おい、聞いたかよ?あの噂。あの大鳥杏子が殺されたってよ。」
「――……」
 夢はここまでで終了だ
それ以降、誰かは現実を生きてきた。
誰が一体どうして大鳥杏子を殺したのか?殺したのは誰か?それを探って、原因を突き詰めては犯人にこう言った。
「お前が大鳥啓介……否、大鳥敬禮か。風の噂で聞いたんだけどよ、お前大鳥本家に復讐したいらしいじゃねーか。なら新選組にいるよか、『生命の樹』にいたほうがずっといいぜ?」
 犯人は「いい」と断る。だが、それでも誰かは引き下がらない。
「その復讐を成せる力があるとしたら?お前はどちらを選ぶ?」
 誰かは思惑通り、大鳥杏子を殺した犯人を殺した。だが、それを守るべき存在であった娘の沈姫はそれを知り、悲しみ、偶然にも生き残った義兄を殺した男に免罪符とされた。
 誰かがしたい事はこんな事ではなかった
ただただ守りたいだけなのに、その存在に枷を付けるなど言語道断。だからこうとしか言えなかった。
「俺様のやり方が気に食わないなら、剣を向けるも良し。逆に賛同するなら新撰組を脱退しても構わねー。」
 こんな事で守れただろうか?と誰かは思う。
「高杉」
誰かが誰かの名前を呼ぶ
ふと目を開けてみると、そこには昔愛した女に瓜二つの女が誰かの顔を覗き込んでいる。
「馬鹿……、何であの時出てきたのよ……撃ち殺される所だったんだよ……?」
「杏、子……?」
女の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、その流れる涙が誰かの頬に落ちる。
「誰が杏子か!私は大鳥沈姫だ!間違えるんじゃない、馬鹿ッ!」
ああ、そうかと誰かは――高杉灯影は思う
「お前は……俺様を『生命の樹』のリーダーだって知ってる癖して、戦う気がなかったんだろ?どうせ、数時間前みたいに俺様と話の続きをしたかっただけなんだろ?……どーだよ、そこら辺。」
「お前は何言っても馬鹿だ。自分も戦いたくない癖して無理して戦ってこの末路……きっと母さんもあの世で呆れているに決まってる。」
「そうかよ」
でも、もういいのだと高杉は思う。
「沈姫、お前は本当に甘い……けど、刃を交えてた時から訴えてたもんな、俺様に。あの時の俺様のやり方が正しい訳じゃねぇって。本当に、俺様はさっきまでの笑顔をどこに置いてきちまったんだろうな。」
「だったら、私がいくらでも笑わせるから……この先ずっと。だから……ッ」
「そうは行かねー」
「どうしてよッ!」
少女の怒鳴り声にぽつりぽつりと緩やかに死へと向かう男は呟く。
「俺様はあくまでこの戦争を引き起こした戦犯だ……国を変えられない今となってはただ人を殺した罪しか、残らない。」
「そんなものッ……!そんな事はさせない……ッ!この『大鳥』の名に懸けて」
「そうか……俺様は結果的に杏子だけでなくお前からも守られる立場になっちまった。」
 畜生、と微かに唇が動く。
「沈姫。お前はとんでもなく甘い人間だ……だから斎藤、介錯はお前が頼む。」
「……最期に残したい言葉は?」
「!」
すんなりと受け入れた死刑宣告に母禮は嫌だと思いながらも当の高杉本人は今まで幸せであったかの様な笑みを浮かべながらも言う。
「男としての勝負はお前の勝ちだ……後は、沈姫を頼む。泣かしたら……ぜった、いに許さねーからな」
「了解した」
母禮を乱雑にどかした後に刃は高杉の胸に振りかざされる。
「これで、終いだ。」
 速度を上げる死までの道のりの最期で人生に別れを告げ、目を閉じた瞬間だった。
 血の雨が降り注ぐ中で、涙さえ溢れる。
「殺させやしない……」
少女は刀を握り締めては言う
「私は言ったでしょ!?貴方を救うと!心だけ救って、「ハイ、サヨナラ」なんて言える訳がないじゃないッ!どんなに無様でも、どんな罪を背負っても生きてよッ!こんな形で終わって手に入る世界なら私は要らないッ!こんな血だらけで得るモノなんて何一つないこんな結末なんてッ!」
「沈姫……」
ポタポタと落ちる涙は止む事なく振り続ける中で少女の慟哭も止まない。
「私は……新選組に来た時、遊佐さんの姿を見て、斉藤さんの姿を見て、ここにいる人たちは孤独だけを背負ってるんだって……。でも、そんなの辛いじゃない……ッ、だったら私が教えようって。貴方達は孤独なんかじゃない。笑い合える仲間がいて、何かが欠けている事はとても悲しい事だと教えてくれる人もいるんだって。だから、貴方にもそれを教えるから。だから死なないでよ……今度はちゃんと守るから。守られるだけじゃなくて、ちゃんと守
るから……ッ」
「……馬鹿野郎」
泣き続ける母禮の頭を撫でながら高杉は呟くと同時に思う。
 知って欲しかったんだな、と。
(いつから力だけ求める様になってたんだろうな。俺様は)
斎藤が先程話した事で、高杉から見れば母禮を本当に守りぬく事ができるのは斎藤の方であろうと今、ふと思う。
そう、自分は忘れていたのだ。
愛しい、愛した女の人の笑顔を。
新撰組を捨て、『生命の樹』を立ち上げたあの時から。ただその遺言だけを必死に守って、結局何も見えなくなっていたのだから。
(情けねー、男だな。俺様は)
今の自分の姿を見て友は笑うだろうか?
(いいや)
「殴られる、だろうな……。あいつらの事だからよ。」
「本当に……。土方さんは殴るって言ってたよ。」
「はっ、そりゃあ最悪だ。」
「だから絶対に死なせない。もう私は誰かさんの免罪符だから、貴方の罪も私が受け入れる。本当はそれは母さんの仕事だけど、あの人はもういないから。」
「……いいのか?そしたらお前の居場所はなくなるぞ?」
「居場所ならある。みんなあそこで待ってる。貴方の帰りを。ずっと。」
「この……甘ったれどもが」
少し明かりを取り戻す空を見上げながら、高杉は溢れた涙を見せまいと腕で目を覆う。
 高杉は残りの人生全てを贖わなければならない。だが、たった一人ではなく、心を許した者達と共に。
 そうして、この戦争は終結した。

5. Silly-Go-Round
「只今、入りましたニュースでは東京スカイツリーが倒壊したとの事ですが、その瓦礫の下には森の様なもので覆われていたと――……」
ピッ、と用が済んだのか花村はテレビの電源を切っては、救護室にいる人間を見回す。
「道理でお前ら全員生きてるって訳か」
「全ては俺のおかげだな。崇めろ、愚民共。」
その言葉に対し、左右からゴンッ、と拳が飛んでくる。
「あのさぁ、確かにお礼は言わなきゃなんないけど、愚民って何?なんなの?死にたいの?」
「俺は背骨がボキッ、と逝くんじゃないのかと思ったぞ。」
「しかし、驚きだね。まさか魔術一つでここまでの人数を治療できるなんて。」
あまりにも痛かったのか、頭を抱えこむアマンテスに対し、比企は呟く。
「まぁ、大半の者は熱に変換する事によって、身体へ打撃がいかぬようにしただけだ。大人しくしていれば一、二週間程度でよくなるだろう。」
昨夜の戦いでの負傷者はかなりのもので、残念ながら死者も出たとは言え、そこまで大きな被害に至る事もなく、こうして団欒を囲んでいる。
「そういえば土方さんは病院行きみたいだよね?」
「……全身蜂の巣状態だったからな。回復魔術をギリギリ打ち込んでみたが、やはり重症なのに変わりはないらしい。」
「……で、あの樹戸って人は?」
「自ら警察に出頭したそうだよ。今は怪我を負ってるから治療の後に処分が決まるって」
「……あいつらしいな。この後がどうであれ、あいつならマトモに生きてくだろうよ。そういやアマンテスも残念だったな、右腕。」
と、花村が投げかける。
そう、あの後ショック症状を起こした為に、完全に傷口が作用しなくなり、幾ら魔術で繋げようとしても繋がらなくなってしまったのだ。
しかしアマンテスは残念な素振りさえ見せずに一言。
「構わん。あの伝説の槍に対し腕一本とは安い買い物だ。そう言えば、母禮はどうした?」
「前まで高杉のいた部屋であいつの面倒を見てるよ。やっぱり気になるんじゃねぇの?」
「……」
「何、不機嫌な顔してるの?所以さん」
隣で如何にも不満そうな顔をしている斎藤の頬を遊佐が指で押しては、パシッと手で跳ね除けられる。
「別にそんな事はない」
「ふーぅん……でも、高杉さんてばれいちゃんを超カッコいい助け方をしたんでしょ?」
「ちなみにこいつは高杉との戦い中に、とてつもない台詞を吐いていたぞ?」
「おいマジかよ!?どんな台詞――」
「アンタら……」
チャキッ、という音が響き、鬼の血相をした斎藤が刀を抜かんとする。
「アンタら全員そこに直れ。その腐った心意気全て叩き斬ってやる」

一方、高杉の部屋では高杉がここまで運ばれてきてから、母禮はここでずっと様子を診ていた。運ばれてきた当初は激痛に苛まれていたが、アマンテスのおかげで今は安らかに眠っている。
「……」
眠りについてから三時間。母禮自身も傷を負っている為、部屋に戻ろうとした瞬間にぐいっ、と衣服を掴まれる。無論部屋には二人きりなのだから、そうするのは一人しかいない訳で。
「……高杉さん、もう少し寝てて。状態が悪化したら困るから。」
「いいだろうが、もう十分に休んだ。後は傷口が勝手に塞がるのを待つだけだ。」
「……全く。ほんとに困るんだから」
「杏子と同じ事言ってやがる……まぁいい。ちょっとした提案があるんだが、聞いてくれるか?」
「提案?」
「怪我が完全に治ったらよ、会津に行かねーか?杏子の墓参りに。杏子も大きくなったお前の姿を見たいだろうしよ。」
「別に構わないけど、任務とかは……。」
「適当に有給申請してこい。無理なら勝手に行くぞ。」
「またまた強引な……」
「悪いかよ?」
意地悪そうに笑う中で母禮は「はぁ」と軽く溜息を吐く。
「分かった、分かったから。着いていくよ。私も随分と行ってないからね、お墓参り。ごめん、私もまだ全快とは言えないから部屋に――……「待てよ」
突然呼び止める声に振り向けば、あの時、対峙した時の顔で高杉は口を開く。
「初めて話した時に聞き忘れた挙句、昨日一昨日にあんな光景を見たから一応聞いておくが。」
「何?」
「あの野郎……斎藤の事はどう思ってる?奴も俺様と同じ免罪符とか言っていたが」
「そうだよ、私はあの人の免罪符。だけど、ただ少し思う所があるなら、私はあの人が好き。最初は本当に許せなかったけれど、あの時のあの人の言葉に嘘偽りはなかったと確信してるから。」
「……そうか」
「でも、心残りは一つだけ。」
「心残り?」
「あの日、あの時私が刃を向けた時、全て受け入れて受け止めて守ってくれたのは、紛れもない貴方だから。ありがとね、ヒーローさん。」
と言い残しては部屋から出ていく
「……ヒーロー、か。」
残された部屋でただ一人、高杉は俯いて呟いただけだった。

「あ、れいちゃん。調子の方はどう?高杉さんの方もだけど」
「おれは、まぁまぁと言った所だ。高杉さんなら今さっき目を覚ましたよ。」
「そっか。ならいいんだけど、所以さんの事はどうするつもり?」
「え?」
「え?じゃなくて!話の大本は密さんから聞いた。全く、あの人最低だよね。いくられいちゃんみたいな強い子に免罪符だなんて言ってさ……ほんと呆れる。でも、改心したみたいだし、どうする?殺しちゃう?それともその腕に抱きとめてもらう?」
「嫌な言い方だな……いや、あながち間違いでもないんだが……。そうだな、抱きとめてもらおうか――……」
「ほんと!?おーい!密さーん!比企さーん!賭けは僕の勝ちって事で!」
なーんちゃって、と言う前に先に遊佐に勘違いをされた上に、どうやら自分の知らぬ間に賭けまでされていたらしい。
「嘘!?待てよ!結局俺だけ負けな訳!?」
「よっしゃぁ!ははーん、甘いんだよ比企。こういう色恋モンはこういう時に芽生えるカタルシスがあってよ……」
「あんたら……」
勝手な言われ様にわなわなと身を震わせていると、後ろから「ちっ」と舌打ちが聞こえた。
「何だよ、賭けは俺様の負けか。流石の勝負師と言われた俺様も随分と落ちぶれたモンだ。」
「高杉さん!あれだけ寝てろと!」
「いいや、もう十分だ。って事は勝負はこっからでもいいってか?」
「「「「は?」」」」
声を揃え、唖然とする四人に対し、高杉は口角を上げては母禮の肩を抱きしめ宣言した。
「こいつは俺様がもらう。例え今は斎藤に気が向いても必ず最後は俺様が落としてみせるさ。」
「え、ちょっと待って。急に話がすっ飛んだんだけど。」
と遊佐が
「いやいやいやいや!!どうしてそうなる訳!?」
と比企が
「お前、こいつの母親に惚れてたのをとうとう鞍替えしたか」
と花村が
無論、抱き寄せられた母禮は赤面で、わなわなと身を震わせながら怒鳴る。
「いい加減にしろ!おれは別に……!」
「でも最後はなんだかんだで助けてくれたろ?それって惚れたとみなしていいんじゃねーの?それと、どこのどいつとファーストキスしたんだか。」
ニィ、と笑ったままの高杉を他所に三人はもはや石と化している。数十秒たっぷりと間を置いては叫ぶ
「えええええええええええ!?先に手出されたの!?れいちゃん!」
「何してんの、お年頃の女の子が!相似みたくビンタかませばよかったのに!」
「これ斎藤に知られたら、戦争勃発すんじゃねぇの!?」
「……生憎だが、もう始まるがな。」
たった一声に三人が振り向いた先には、殺気を醸し出している斎藤の姿があった。
「高杉さん。幾ら惚れた女の残した子供とは言え、無差別に手は出さないで欲しい。」
「何言ってんだ?俺様から見てみりゃ、お前は沈姫に飼われてる犬にしか見えねーよ。ガキにはまだ早いっての。んで沈姫はどーすんだ?俺様と斎藤、どっちを選ぶ?」
「し、知らない!二人共大嫌いだッ!」
ガーン、とショックを受ける斎藤と「ほう」と声を漏らす高杉。
「中々言うじゃねぇか。だったらこの結果報告は――……」

「何で母さんの墓の前でしなくちゃならないの!!」

国での戦慄から一ヶ月。
丁度、高杉の怪我も大分良くなったという事で約束通り、母である大鳥杏子の墓参りをしに斎藤、高杉、母禮の三人で会津へと来ていたのだが、どうしても高杉は母禮と自身の関係をハッキリさせようと斎藤までここまで連れてきたのだ。幾ら有給を取ったからといって、これほどまでの横暴は早々ないだろう。
「線香ならここにあるぞ」
「ありがとう、斎藤さん。」
「花も活けてやらんとな。一応杏子の好きだった百合も持ってきてはある。」
「高杉さん、貴方母さんの好きだった花さえ知ってるんですか……」
若干引き気味の母禮に対し、「少し違う」と一応保守の為に牽制を入れておく。
「退職する時に、花を送ろうと思ってよ。それで何の花がいいって聞いたら、百合がいいって答えてな。まぁあの面に百合は合わないけどよ。」
「……聞こえてたらバチ当たるよ」
「それも上等だ」
 余裕のある笑みを浮かべては、次々と線香を供えていく。最初に高杉、次に斎藤、最期に母禮といった順で上げては「さて」と高杉が切り出す。
「――で、結局お前はどちらを選ぶよ?俺様か斎藤か。とうに俺様は腹を決めてるからな。何言ったって構わないぜ?」
「……と言っても、沈姫がここで答えを出してもアンタは諦めないんだろう?」
「ネチネチうるせーなー……。お前男なら少しは器を広くしろ。……の前に、どーよ?久々にお母さんと会って。」
「そうだなぁ……。まずはありがとう、かな。あの時母さんが守ってくれなかったら、私もあの時に殺されてた。だからそういった意味でのありがとうと、もう一つ。」
「もう一つあんのか?」
「皆と出会わせてくれてありがとう。高杉さんを助けてくれてありがとう……って。あんだけ致命傷を負ってるのに生きてるのはきっと母さんが「生きろ」って言ったからだと思う。」
その言葉を聞いては、ふと目を見開いては笑う。
「違いねー。……で、話を元に戻そうぜ。お母さんの前で誰を婿にするって決めるよ?」
すると、母禮は斎藤の方へと顔を向け、俯いたままでいる様子を斎藤は母禮の顔を覗き込む。
「沈姫?」
と名前を呼んだと同時に横っ腹に蹴りが入る。しかも物凄く凄まじい勢いで、だ。あまりの痛みに腹を抑える斎藤に母禮は「馬鹿ッ」と突然罵った。
「義兄さんを殺されて憎かったのに、どうしても憎めなかった……でも今思い返せば、きっとそれは監視だと言っても、新選組に来た時からずっと貴方が守ってくれたから……ッ!どんだけ憎んでも、免罪符だと言われても、貴方の免罪符となったあの日から見えた貴方の笑顔がどうしても忘れられなくて、あのままずっと一緒に居たかった……だから!あの時、想いをうやむやにされた時に腹が立った!けれど結局最終的に私は大事にされてるのか、なんなのか分からなくて……!」
 気持ちを吐き出すだけ、どうしても涙が溢れてきて仕方がない。何せそれだけ母禮にとっては斎藤との思い出がありすぎた。
その様子に呆気を取られている斎藤に対し、高杉が肘で腕をつつき、答えを促した。
「沈姫、じゃあ俺の言い訳も知って……。」
「忘れられる訳ないじゃない!馬鹿ッ!……でも」
「でも?」
「いくら思い出があっても、やっぱり嘘は吐けない。」
「嘘?」
「この中できっと一番自分の思いを決められないのは私だと思う……斉藤さんの事は好きだよ。でも、どうしても高杉さんを見捨てられない。」
「は?」
予想していなかったのか、高杉は思わず声を漏らすのを他所にぽつぽつと自分自身の想いを伝えてゆく。
「まだ、貴方の事を完全に理解した訳ではないけれど、出会ってからずっと守ってくれた……愛してくれた。その気持ちをどうしても無下にはできない。」
「……おいおい、なんだそりゃ。」
呆れた様な声で呟くが、顔だけは今まで一番優しい笑みを浮かべてはこう言った。
「俺様は両手に華生活なんて懲り懲りだよ。こりゃー杏子にフられた時より酷いな。」
「高杉さん……」
「もういい、お前ら先に霊園出てろ。俺様はもう暫く杏子に話があるからよ。」
「? じゃあ、先に行ってるからね?」
二人の背中を見送っては、墓に改めて向き直ってはぽつりと呟いた。
「……見てるかよ、杏子。俺様は負けちまったよ。この国に、お前の娘に、俺様自身に。カッコ悪いだろ?」
 返事などはない だが、構わずぽつぽつと告げていく。
「そんなカッコ悪い俺様は今でもお前の事が忘れられねーけど、少し前を見て歩こうと思うんだ。お前が残した最後の希望と一緒にな。……それと、これは内緒なんだが、国の立て直しを政府が秘密裏に発表してな。俺様はそこで統治全般国防大臣を任される事になった。だから、また新しく歩いていくとする。」
と言い残し、霊園の出口へと向かうその刹那、彼はまたぽつりと呟く。
「さようなら、俺様が過去に愛した唯一の女性。」
 声は響かなかったが、今日この日。彼は過去に別れを告げる。当然愛おしかった人にも。
短くともぶっきらぼうに高杉は大鳥杏子へと別れを告げた。
   17
「……本当に、よかったのか?」
一方、霊園の出口で高杉を待つ斎藤は母禮に向けて一言告げた。「よかったのか?」と言う意味を今更聞くのも無粋だし、何より母禮はそこまで鈍くはない。
「これでいいんだよ。斎藤さんは嫌かもしれないけど。」
「いや、俺も別に構わない……。」
「へぇ?じゃあいつ高杉さんに鞍替えしてもいいって事?」
「そういう訳じゃ……」
「大丈夫だから」
ぎゅっ、と斎藤の胸元の服を掴んでは言う。
「私にはもう何もかも見えてる。この国の行く末の答えも、自分の想いや愛してる人の気持ちも真実も掴めた。今はこれ以上望む事は何もないよ。」
「沈姫……」
梅雨時期の生温い風が頬を掠る中、斎藤自身の胸元にいる母禮をそっと抱きしめる。まるで、ガラス細工にでも触れるように。壊れぬように。
「……愛してる」
恋愛に酷く疎い男の腕は一瞬だけ強く細い母禮の身体を抱きしめる。返事はなかったが、掴んでいた服にかかる強さがそれを表していた。
   18
「さて、一応俺様も用事があるしさっさと帰るか。」
「人を付き合わせてそれを言うか……。」
三人一行の足は高杉の勝手な我が儘で奇しくも駅へと向かっていた。横で不機嫌そうに頬を膨らます母禮に対し高杉は軽い調子であっけからんと言う。
「俺様の国創りはここからなんだよ。今度はもっとマトモな方法でな。」
「……犯罪者がよくもそんな事を言えたモノだ。」
「うるせーぞ、公務員。あんま調子乗るんじゃねー。」
下らない二人の口論に「まぁまぁ」と仕方なく宥めていると、一瞬だけ聞き慣れた声が聞こえた。
「随分と楽しそうなもので。私も実はあの後、特別に外交官に任命されてね。また君達とは顔を合わせそうだ。」
「え?」
声に気づき、振り返ってみればそこにはもう人混みしか見えず、あまり理解はできなかったが、確信を以て母禮は呟いた。
「樹戸さんも新しい人生を歩んでるようだね。」
「ああ、本当にな。」
 人との出会い この先の未来
母禮は母には告げていなかったが、一つだけ今彼女には夢がある。
それは大鳥家の当主として、正式に家を継ぎ国に直談判していくと。
今は新選組の平隊士だが、きっとそれは出来ると確証している。何故なら、この短い時間の中で多くの人と出会い、過ごし、すれ違い、今がある。それら全てを糧にして強く歩んでゆけばきっと真実を掴めると。そう感じている
から。
「あいつらに一応饅頭でも買って帰ってやるか。」
高杉は一足早く歩む中で、斎藤は母禮の腕を引き寄せながら耳元で微かに囁いた。
「沈姫」

「アンタに会えて、俺は救われた。ずっと傍にいてくれ。」

「――なーんて……」

「何で俺様が先に言おうとした事言ってんだよバーカ。」



End.

Will I change the Fate?

どうも皆様お久しぶりです 常世誓です

久々に執筆した1話完結の長編ですね。『Der toric endet 』以来でしょうか?
『諧謔の華』は短かったのでカウントできませんが……

元々この作品には元がありましたが、その作品の執筆は上手くいかず、その大まかな部分をとったのがこの作品です。
読んだ皆様の中でもわかる方はいると思いますが、この登場人物は幕末時代に活躍した偉人様から名前を取らせていただいた次第です。
(しかし裏設定では、高杉・斎藤は血縁者という妙な設定があったり)
でもこれを書いていて、やはり今後の日本が気になります……
色々と作品上ツッコみを入れたいところは満載だと思いますが、それは少し目を瞑っていただきたい次第です
でも自分でも少しはやりすぎたかなー……と
でもここまでギリギリまで引っ張らないと危機感は出ないかと思ったんで

私も個人として好きなエピソードは幾つかありますが(樹戸vs花村、土方のガトリングガン、高杉灯影の過去話)、やっぱりキーポイントとなったのは高杉灯影の存在ですね。
一応主人公は母禮ですが、もう1人主人公を選べと言われたら、私は真っ先に彼を選びます。
けど、結局主人公どころかヒーローにまでなってしまったのですが(苦笑

さて、こちらの作品は4月に応募するものとして書かせていただきました。
もし落選をしてもこれはこれで『Der toric endet 』と同じく長く愛しておこうと思う作品の1つで、自身としては酷く気に入っています。
今後はmixiページなどで番外編を書いていくつもりですが、溜まったらこちらにも投稿していこうかと思います。

後、只今執筆中の作品のお披露目はもうしばらくお待ちくださいませ。
では、ここまで読んでいただき、ありがとうございました

2015.2.21 常世誓

Will I change the Fate?

時は今から50年後の2065年の日本を舞台にテロや戦争に溢れかえる世界の中でそれに対抗する組織『新選組(イクスターミナーション)』が構成される中、1人の少女・大鳥母禮が入隊。時代の流れを変えるべく『新選組』へ入隊した兄を探し追いに来たが不在の為、兄の大鳥敬禮を探すべく土方らに同行される 。そこで得た意外な情報が下で、彼女は一気に歴史の渦へと巻き込まれていく。真実か嘘か?全ては自身の手で掴み取れ

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-21

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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