笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(7)
七 赤の他人 毒舌漫才
「さあ、トリは、銀河系一の漫才コンビ、ワンツーです。どうぞ」
舞台の裾から、司会者が紹介する。音楽に合わせて、舞台の上手、下手から、別々に漫才師が登場する。曲は「三百六十五歩のマーチ」だ。
「はい。どうも。私がワンです」
「私がツーです」
「二人合わせて、ワン・ツーです」
「何や、行進しそうな名前やな」
「それ、ワンツー、ワンツー。怠けないで、歩け」
「何で、怠けないで、行進せなあかんのや」
「行進しとったら。道路にお金が落ち取るんかもしれんやろ。その人生最大のチャンスを逃がしたら、もったいないやろ。だから、行進を怠けたらあかんのや」
「それは、せこい話やなあ」
「それ、ワンツー、ワンツー、ワンツー、ワンツー」
舞台の上で、歩きだすツー。
「何、行進させるんや」
「どうせ、お前はお笑いはできんのやから、そこで、行進でもしとけ」
「そんなこと言うもんじゃ、ありません」
「話は変わるけど、これまで登場した芸人たちは、夫婦や親子や兄弟たちやったけど、俺たち二人は赤の他人なんです」
「そう、赤の他人」
「そう、特に、こいつは、一か月に一回しか、風呂に入らないから、体中、垢でいっぱいです」
「そんなこと、言うもんじゃありません。風呂に入るのは、年に一回です」
「よけい、垢まみれやないか。半年に一回ぐらい入れよ。でも、その垢だらけの体、ほんまにうらやましいわ」
「なんで、垢だらけの体がうらやましいんや」
「どこか、見知らぬ星へ行って、道に迷っても、垢をこすりながら、落としていったら、目印になって、無事、元の場所に戻れるで。ほんま、うらやましいわ」
「私の垢はパンくずですか。垢を鳥に食べられたら、戻って来られないじゃないですか」
「お前の垢なんか食べる鳥がおるか。もし、万が一食べたら、食中毒で死んでしまうわ。ほんでも、死んだ鳥を目印にして、元の場所に戻って来れるで」
「そんなこと言うもんじゃありません。お客さんが、ほんまのことと思って、信用するじゃないですか」。
「おっ、ちょっとパターンを変えたな。言葉を追加しだしたじゃないか。そんな言葉いつ覚えたんや」
「そんなこと言うもんじゃありません。二人で、漫才やってるんじゃないですか」
「話は変わるけど、アンドロメダ星雲がやってくるやろ」
「また、話が変わるんですか。巷では、そんな噂が出てますね」
「噂やないで。ほんまのことや。俺、今まで、アンドロメダ星雲へ行ったことがないんや」
「そりゃあ、あんな遠いところへは行けませんね」
「それが、ほっといても、向こうからやってくるんや。これは、チャンスやで」
「何がチャンスですか。旅行やないですよ。遊びで、アンドロメダ星雲が来るんと違いますよ。銀河系にぶつかるんですよ。そうなったら、銀河系はこっぱ微塵に砕けてしまいますよ。銀河系だけじゃないですよ。あなたもわたしもこっぱ微塵ですよ」
「よっ、すごいな。長セリフじゃないか。かなり進歩したなあ。よく覚えきれたなあ」
「そんなこと言うもんじゃありません」
「ぶつかると言っても、全部が全部、ぶつかるんと違うやろ」
「そりゃあ、銀河系を通り過ぎる星もあるでしょう」
「そこや。その時や」
「何がその時ですか」
「アンドロメダ星雲のいくつかの星が銀河系を通り過ぎる時に、その星に飛び移るんや。そうすれば、タダで旅行ができることになるで」
「どうやって、飛び移るんです」
「そりゃあ、アンドロメダ星雲行きの地下鉄に乗るんや」
「地下鉄はアンドロメダ星雲につながっていないでしょう。他人のネタを使ってはいけません。もし、星に飛び移れても、星がそのまま銀河系から離れたらどうするんです」
「それやったら、そのままその星に住めばええんや。旅行だけでなく、土地まで、タダでもらえるで。ほら、飛び移れ」
ワンの掛け声に、ツーが星に飛び移ったふりをして、舞台の端に歩いていく。
「うまいこといったな。もう、二度と銀河系に帰ってくるな。これで、お笑いコンビも解消できるわ」
「そんなこと言うもんじゃありません」
慌てて、舞台の中央に戻るツー。
「さあ、皆さんも、家族や会社や近所の人をそそのかせて、アンドロメダ星雲に飛び移らせましょう。そうすれば、銀河系が平和に、過ごしやすくなります」
「そんなこと言うもんじゃありません。アンドロメダ星雲は、姥捨て山ですか」
「姥捨て山やて、そんな古い言葉、よう知っとるな」
「そんなん、誰でも知ってますよ」
「それなら、お前が捨てられたら、ツー捨て星や。チャン、チャン」
コンビが舞台から下りた。
「お疲れさまでした」
マネージャーがやってくる。
「ワンさん。次の仕事は、一時間後にテレビの生放送です。時間がありません。急いで着替えをしてください」
「ああ、そう」
ワンは気乗りなさそうに答え、ソファーに座り込んだ。明らかに疲れている。毎日、分刻みのスケジュールだ。食事も移動中の車の中で過ごすことが多い。楽屋にも入らず、そのままテレビの番組に立つこともある。
「それじゃあ、急がなくちゃ」
ツーが慌てて衣裳を脱ごうとする。
「あっ、ツーさんは、急がなくていいですよ」
「えっ、どういくこと?」
マネージャーはワンの舞台衣装を脱がしている。
「仕事が入っているのは、ワンさんだけです。ツーさんは、この仕事で、今日のスケジュールはお終いです。家に帰って、ゆっくりしてください」
「ええ?ゆっくりしろと言われても、俺、まだ、全然、体力的に大丈夫だよ。ほら、イチ、ニ、サン、シ、イチ、ニ、サン」
ツーが首や肩を回し、ラジオ体操を始める。
「ツーさんの体が大丈夫でも、スケジュールがはいってない以上、仕事はないですよ」
「そんなあ。そんなこと、言うもんじゃないです」。
「さあ、ワンさん行きますよ。車の中で軽い食事でも摂りましょう。少しは元気がでますよ。栄養ドリンクもあります」
「ああ」
けだるく立ち上がるワン。ワンとマネージャーは楽屋から立ち去った。一人残されたツーは、劇場の外で、ワンの乗った車を見送った。そして、空を見上げ、遥か彼方のアンドロメダ星雲の姿を見つけようとした。しかし、星雲の姿はわからなかった。ツーは思う。どんなことがあっても、このまま、地球にとどまろうと決心した。いや、正確にいえば、地球に残らざるを得なかったのだ。
笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(7)