積もる言葉たち

積もる言葉たち

いつも通りに寂れた公園のベンチで暇を持て余していると、今日も色んな人達が私の横に座り、私に話しかけてくる。

午前中は老女や主婦などが多く、彼女達もまた私と同じ様に暇を持て余している。
今日は天気が良いね、今日は寒いね、お決まりの挨拶から始まり彼女達は色んな事を私に話し始める。その話しの内容の殆どが愚痴や悩みだ。旦那が退職して家でゴロゴロしてばかりいる。夫が育児に協力してくれない。嫁が孫と遊びに来ない。姑が口うるさい。子供が言う事を聞かない。パート先のお局が嫌味ばかり言う。ママ友が仲間はずれにしてくる。等々。

よくこれだけ話せるものだなと私は辟易する。彼女達が如何に日頃、家族や周りの人間と話しをしていないのかが手に取るように分かる。もちろん何気無い話しはしているのだろうけれど、肝心な事を話せない、話せる相手がいないのだ。夫や家族はそれぞれ忙しく、またはそれぞれがそれぞれに興味が無く、話しを聞こうともしない。または聞いてる振りをしながら実際は聞いていないのだろう。私と同じ様に…

友人や知り合いに愚痴や悩みを話したところで興味本位に根掘り葉掘り聞かれ、根も葉もない噂を広げられる恐れがある。彼女達は他人の噂話が大好物なのだから…親身になって愚痴や悩みの話しを聞いている振りをしながら実際はただ単に面白がっている恐れがあるので、誰かに話しを聞いて貰うのには注意が必要だ。

その点私は彼女達とは何の関係も無いので、皆安心して私に話しかける。積もりに積もった愚痴や悩みを平気で吐き出す。積もった愚痴や悩みは時々こうして吐き出さなければならない。何故なら万が一、導火線に火が付いたらその積もったものは容易く爆発してしまうからだ。

それはあなたも悪いのでは?それは少し間違っているのでは?彼女達の話しを聞きながらそう思う事も多々あるけれど、私は口出しは一切しない。そして彼女達もそれを望んではいない。助言や批判はお断り。ただ聞いて貰う、それだけで満足なのだから。

いや、聞いて貰うだけでは彼女達は満足しない。必ずと言っていいほど彼女達は私の手に自分の手を重ねてきて、抱きしめていい?と尋ねてくる。彼女達は心が満たされていないばかりか身体さえも満たされていない…なんて気の毒なのだろうと思いながら私は彼女達のハグを受け入れる。家族や友人が居ながらも心も身体も満たされる事の無い彼女達に、そんなものなら無い方がましだと私が言ったところで、彼女達はきっと、そんなものでもないよりはましなのだと言うのだろう。愚痴や悩みを抱えこみながら。

彼女達が家に帰り夕方が近づくと、学校帰りの子供達、部活や塾で疲れた学生達が通学路にあるこの公園に立ち寄り、私の横に座りながら愚痴や悩みを話し始める。教師がウザい、親が面倒くさい、友達付き合いが疲れる…私は黙って聞きながら、帰る家があるだけで幸せな事だと思う。

夜が更け始めると仕事帰りの男達が、帰り道にあるこの公園に立ち寄り私の横に座りながらタバコや酒臭い息で私に話しかける。上司がムカつく、仕事でミスをしてまた怒鳴られた、パワハラだ…本当にお疲れ様。今夜こそ家族に愚痴や悩みを話せると良いのだけれど…そして家族の話しを少しだけでも聞いてあげて欲しいと思う。

日付けが変わる頃には、もう私の隣りに座り話しかけてくる人達はいなくなり、お腹が空いた私は大きく伸びをして、食べ物を求めていつものコンビニに向かう。

賞味期限の切れた残飯目的で訪れたコンビニの裏口で、お先に失礼しますと挨拶をするいつものアルバイトの男子大学生の声とは違う、若い女性の声が聞こえた。賞味期限切れの残飯が入ったゴミ袋をぶら下げた学生らしきその女性は、その残飯を狙って待っていた私を不審そうにジロジロ見つめる。いつもの顔馴染みの男子大学生なら、親切に残飯を私に分けてくれるのだけれど、新入りの女性はポイ、と私の夕飯になるはずであった残飯を躊躇なくゴミ箱に投げ入れた。みすぼらしい私を警戒しているのだ。今夜は夕飯抜きか…と私は落胆する。

「あなた名前はなんて言うの?家はどこなの?」
裏口に止めていた自転車に跨りながら彼女が私に話しかけてきた。名前なんて無い。家なんて…もちろん無い。

黙っている私を彼女は楽しそうに眺めながら、バイトの初日疲れた〜と独り言を呟く。独り言…ではなく私に話しかけているのかもしれない。
ひょいと私を抱きかかえて彼女は私を自転車のカゴに乗せた。

「うちに来る?賞味期限切れの食べ物よりはマシなもの食べさせてあげるよ。その代わりに私の話し相手になってくれる?」
私は嬉しくなって、にゃあ、と即答した。

積もる言葉たち

積もる言葉たち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-20

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