愛の多面体
ブーゲンビレア
どうか わたしに名前を付けて
どうか わたしを透明にしないで
暗く死んだこの花の群れに
あなたの光で わたしを存在させて
どうか わたしに水をやって
どうか わたしを暗がりに追いやらないで
泣きとよむ赤子をゆりかごに眠らせるように
あなたの瞳で わたしを見守って
どうか わたしが枯れたとき
醜い私のために涙を流して
どうか きれいなそのひとしずくで
消えゆく私の輪郭を輝かせて
ああ 産声はひびく
星が散らばる夜空の海に
おおきな 月
ひかり
いくら目を瞑ってみても
いくら耳を塞いでみても
あなたからつたわるこの熱は
どうにも僕をはなしてくれそうにない
ああ 僕を包んでいく温度の影に
少しばかりの疑念
この確かな光の暖かさを浴びてなお
いったい何を疑おうというのか
ちいさな部屋に満ちる
分かったようなため息
みじめな冷たさ
にせものの暗闇
陽の光はすべて照らし出し
ゆっくりと溶かしていく
そしていずれ
見つけてしまうのだろう
影で怯える ちいさい鼠を
ギフト
賑わいをなくした劇場に
ぼんやりと佇んでいた
もらいっぱなしの花束を
すっかり手に持て余したまま
どこに出かけるの、ミスタ
踊り子の少女に私は答えた
ふうせんに乗って旅に出るのさ
とびきりきれいなあの街へ
それはどこにあるの、ミスタ
踊り子の少女に私は答えた
君にはまだ見えないだろうが
招待状がいずれ来るさ
それより素敵な花束ね、ミスタ
踊り子の少女に私は答えた
いちりん 君にさしあげよう
まだ香りが消えないうちに
抱擁
拾い上げたばかりの
きれいな小石を愛でるように
確かな体温の抜け殻を抱き
抜け落ちた空間の冷たさを撫でる
いつだって遅すぎる私の抱擁は
ただ私自身を抱きしめるだけなのか
今になって思い出す
部屋の隅でひっそりと枯れている
美しかった あの花の色
延命装置
傘を忘れた夕立のさなか
激しい雨に打たれてもなお
僕の身体を流れている
この
血のあたたかみはなんだ
失くした古い手紙から
老いた母の笑顔から
たいらげた生物の血肉から
轢かれた子猫の死体から
少しずつ奪った愛が
僕の心臓に灯っているのか
がらんどうをてらす
一縷の 炎よ
愛の多面体