刻は廻る

運命の刻

『目覚めよ、我等が四神を司る主。今再び、我等が結束する時が来た──』


「……はっ……」

また、あの夢。

四人の男の人に囲まれて立つ、美しい巫女姿の女性。

黒い闇を前に、何か呪文を唱え、光を放つ。

その黒い闇は封印されるが、それと同時に彼らの姿も消えてしまう。

彼らは深い、深い眠りについたんだと悟る。

不思議と、悟れてしまうのだ。


まるで、経験したことがあるかのように。


いつからだろうか、こんな夢を見るようになったのは……。

「蘭遙(ランヨウ)!店開けるぞ!下に降りてこい!」

「はーい!」

父様の声だ。

急いで服に袖を通し、金色の絡まない髪に櫛を通す。

「母様や父様との今の不自由な暮らしに不満はないけど、唯一不満があるとすればこの髪ね……」

この国では珍しい金色、櫛を通す意味があるのかと思ってしまうほどサラサラな髪。

街を歩くのも一苦労だ。

簪は通らず結えもしない。

外套で隠そうとしても、腰まで届く長い髪は言うことを聞かず、外に出てしまう。

何度、あの神話の巫女と勘違いされたことか……。

この国には、こういう神話がある。

『再び、魔の封印が解かれよう。
その時に国を救うのは、かの巫女──珱扇(ヨウセン)の生まれ変わり。
彼女はこの国が窮地に陥った時、四神の生まれ変わりを集め、国を立て直すであろう──……』

珱扇は、綺麗な金髪の巫女だったという。

そんな話もあり、街では私が珱扇の生まれ変わりなのではないかと言われているのだ。

「私はそんな力無いし……関係ないよね」

「いらっしゃいませ~!何名様ですか?」

下から、母様の元気な声が聞こえる。

「行かなきゃ」

部屋を後にした。



「ありがとうございました~!」

「蘭遙、次はこれを4番の机にお願いね」

「はーい」

♪カランカラン……

お客さんが扉を開けた音だ。

「いらっしゃいま……」

「蘭遙」

「紫苑!!」

私の名前を呼ぶ、愛しい人のもとへ駆けていく。

「お久しぶりです、蘭遙」

「体調は大丈夫なの、紫苑?」

「えぇお陰様で。お見舞いの品、ありがとうございました」

「紫苑、お久しぶり。また大きくなって……おばさん嬉しいわ」

「もう26ですから」

「そう……。蘭遙も一週間後には18になるし。子供の成長は早いわね」

「母様、子供扱いしないで頂戴っ」

「何をおっしゃるお嬢さん、まだまだガキですよ」

「……燕斉、いつからそこに居るの」

「開店時からずっといましたけど?」

「その生意気な口は閉じなさいっ!!」

「こら蘭遙、燕斉はお前の護衛をしてくれてるんだから、そんな風に言ってはいかんだろう」

「だって父様……」

「そうですよお嬢さん、この俺が護衛してあげてるんだから生意気言っちゃあいけませんね」

「お前のそういうところが嫌いだっ!!」

「はは、相変わらず蘭遙と燕斉は仲が良いですね」

「ちょっと紫苑、誤解しないで頂戴!」

『私は、あなたが好きなんだから……』

「紫苑、お前は何でここに来たんだ?」

「本当は燕斉に用があったんですよ。なのに家を訪ねてもいないから。ここかなと」

「何だ?俺に用って」

「久しぶりに動きたいんです。手合わせお願いします」

「……使用武器は?」

「なんでもいいですよ。私は剣で」

「んじゃ、俺はいつもの棍(コン)でいっか」

「もう紫苑、こんな奴と遊んでないで私とお話しましょうよ」

「わかってないなお嬢さん、紫苑はこんなガキと話してるより俺と手合わせしてる方が楽しいんですよ」

「ごめんなさい蘭遙、また来週、あなたの誕生日の時に」

『もうもうもうっ!!』

いつも、いっつも子供扱い。

「蘭遙、人手が足りん。厨房を手伝ってくれ」

「はい父様」

『そうか、燕斉が紫苑と手合わせしに行ってしまったから……』

燕斉は、ああ見えて料理もできる。

むしろ、できない事の方が少ない。

私と燕斉は、小さい時からずっと一緒にいた幼なじみ。

いつからか、燕斉は私の護衛をしていた。

燕斉は国一番の棍の使い手で、よく“王の護衛をしてくれ”と頼まれていたほどだ。

しかし燕斉は報酬も弾むであろうその仕事をはねのけて、私の護衛をする道を選んだ。

『どうして?どうして燕斉は私の護衛なんか……』

『まぁ、いろいろですよ』

『王様の護衛はたくさん報酬が貰えるって聞いたわ』

『いーんです。そんな報酬よりも、タダでメシ食える方が大事ですから~』

『私、ただの平民の女の子よ?護衛なんか必要ないわ』

『……いずれわかりますよ』

一体、理由は何だったのか。

今では傍に燕斉がいることが当たり前になり、聞いていない。

そんな私達の生活に加わったのは、私が10才、燕斉が18才の時に私の家にやってきた、紫苑だった。

私は彼に一目で恋をした。

たまに訪れる彼は、私の知らない話をたくさんしてくれた。

そんな時間を過ごすのが何より好きで、大切で──……

「蘭遙!手が止まってるぞ」

知らぬ間にボーッとしていたらしい。

「ごめんなさい父様!」

「……蘭遙も、もう18か。こんなことをしていないで、そろそろ嫁にいかんとな」

「ななな、急に何!?父様!」

「……来週の夜、お前が18になったその夜に、私と母様の部屋に来なさい。燕斉も一緒にな」

『燕斉も……?』

「大切な話がある」

「はい……」



「蘭遙、おめでとうございます」

「あ、ありがとう紫苑!」

「その衣装、とっても似合ってますよ」

「そぉ……?」

素直に嬉しい。

「これ、プレゼントです」

「わぁ!なんだろう……開けてもいい?」

「もちろん」

「……簪……」

月と、花をモチーフにした綺麗な簪だ。

「可愛いでしょう?あなたの綺麗な金の髪にピッタリです」

「……私の髪、サラサラすぎて簪がすり抜けちゃうの。それに、この金髪は好きじゃないわ……」

「そうですか?とても綺麗な金ですよ。夜空に浮かぶ、月の光のようで」

……そんなこと、初めて言われた。

「……ありがとう、紫苑。大切にするわね」

「えぇ」

「お嬢さん、親父さんがお呼びですよ~」

「え、燕斉!?いつからそこにいたの!」

「……“その衣装、似合ってますよ”らへんから?」

「だいぶ前じゃないっ!!まぁいいわ……父様のとこ行ってくる」

「行ってらっしゃ~い、蘭遙」

「……簪なんて、随分ベタな物贈るんだな」

「燕斉には関係ないですよー」

「……そうだな。なぁ紫苑……」

「燕斉は、蘭遙に何か贈らないんですか?」

「俺!?俺は……」

「蘭遙、喜びますよ~」

「俺が贈っても、文句ばっかだよ」

「そうですかね?」

「あんたから貰ったモンのが喜ぶよ」

「蘭遙の髪、すごくサラサラだから本当は迷ったんですよ。でも、蘭遙みたいなデザインで絶対に似合うと思ってつい……」

「あんたから貰ったんだ、何でも大切にするだろ」

「……なんか、すごい褒めてくれますね。何も出ませんよ?」

「そーいうの望んでんじゃねーよ。お嬢さんが、紫苑と幸せに過ごすことを願ってんだ」

「私と蘭遙が!?」

「気付いてんだろ?蘭遙が、お前に想いを寄せてること」

「……」

「いつまでもかわしてちゃ、お嬢さんが可哀想だ。ハッキリさせろよ」

「……そう、ですね」



「父様?お待たせしました」

「母様と、私からだ」

「わぁ!何かしら……」

父様から渡された、小さい箱を開ける。

「……指輪?」

「この指輪に付いている真ん中の石は、私の家に代々伝わる家宝の輝石(キセキ)だ」

「私達の結婚式で継承したのよ」

「そうなんだ……」

『綺麗……』

深い蒼の石と、真紅の石。

「なんで私に?」

「……本当は、まだ“その時”は来ていないんだ。だけど、待っているわけにはいかん」

『“その時”……?』

「夜に話す。この石を持って、約束した時間に来い」

「はい……」

そう言い残し、父は部屋を出た。

「蘭遙、次は母様から贈り物よ」

「母様からも?」

「はい、ここに座って」

「え?」

「そんな大した贈り物じゃないけど……。髪、結ってあげるわ」

「え!?」

「私の家では、18になった女の子がこの髪型にするの」

「でも、私の髪は……」

「大丈夫よ。私もそれなりにサラサラでしょう?でもできたもの」

クルクルと、私の髪を結っていく。

「ごめんなさいね……蘭遙」

「え?」

「あなたには何も知らないまま生きていってほしかったんだけど……そうはいかなくなっちゃったみたい」

「母様……?」

「頑張ってね、蘭遙。母様はいつでもあなたの味方よ」

「母様……父様も、今日なんか変だよ!一体何が……」

『何が起こっているの……!?』

「ふう……ひとまずこんなところかしら。蘭遙、簪なんてある?」

「え」

「普段付けないものね……じゃあとりあえず私ので留めて、後で買いに行こうか」

「ま……待って!」

「え?」

「あ…………あるから」

紫苑から受け取った、あの簪を差し出す。

「あら可愛い。あなたこんなの持ってたかしら?」

「も、貰ったのよ」

「へぇ……ウフフ、そうなの。誰に?」

「……紫苑」

一瞬、母様の動きが止まった。……気がした。

「……そう。貸して頂戴?」

「はい……」

頭が痛くならないように場所を探りながら、簪を差し仕上げに入る。

「蘭遙……紫苑のこと、好き?」

『え!?』

「な、何で!?」

「もしそうなら……紫苑はダメ」

「え……」

『母様……?』

「厳しいことを言うようだけど……紫苑だけは、あなたの夫にすることに承諾できないわ」

『え……?』

「は、母様……?何言って……」

「ごめんなさい蘭遙……今は、詳しいことを話せないわ。今日の夜に父様から……」

「わた……私は、紫苑が好きよ。今はまだ夫とか、そういうのはわからないけど……でも!ずっと……傍に居たいの」

「……ごめんなさい」

「──っ!!」

頭に血が昇り、荒々しく部屋を出た。

「蘭遙……!」



『なんで……!?なんで……!!』

紫苑を好きな気持ちを、母様に否定されなければならないの。

『私がどれほど紫苑を想っているか……!』

母様にはわからないくせに。

『紫苑……』

あなたにずっと、恋焦がれていた。

ずっと、隣で歩んでいけたらと思って生きてきた。

あなたは、私の大切な──

「お……っと。蘭遙?どうしたんですか?」


──大切な人。


「紫苑~……」

「蘭遙……?大丈夫ですよ、私がいます」

『温かい手……』

この手に撫でられるのが、一番好きだった。

それは今も変わらない。

「紫苑……好き」

「え」

「好きよ……紫苑」

「蘭遙……」

「私は、あなたと共に生きていきたいの」

「……」

「いきなりでごめんなさい。でも、ずっと伝えたかった」

「……蘭……」

「ねぇ紫苑……確か前に、私のこと“可愛い妹”って言ったわよね。やっぱり……今でも私は妹のままかな?」

「……困ります」

「え?」

「あなたが急に……女性に見えて困ります」

『何それ……』

「今までは何だったの!?」

「か、可愛い妹……」

「知ってるわよ!!」

『……でも、良かった』

「ちょっとは昇進できた」

「蘭遙……」

「あ、私はまだ“それ以上”は望んでないの。今はただ、あなたが私のことを考えてくれているだけで満足」

「……ありがとう、ございます」


──ずっと、一緒にいたい


望みは叶わないと、わかっていたのなら──……


どれほど良かっただろうか。


私は、まだ知らない。

旅立ちの刻

「父様、お話って……」

楽しい宴の夜。

私は、燕斉と共に父と母の部屋を訪れた。

母に怒鳴ってそれきりだったから、少し顔を合わせづらい。

「蘭遙、そんな薄着じゃダメじゃない。もっと暖かくしなきゃ……」

肩掛けをかけてくれる。

母の優しさは変わらなかった。

少し安心する。

「それで、親父さん。話ってのは?」

「……いきなりだか、蘭遙と燕斉には、旅に出てもらう」

『は!?』

「ちょっと父様、本当に何いきなり!!」

「いきなりじゃない。蘭遙が生まれた時から、決まっていたことなんだ」

「え……?」

「順序立てて説明しよう。私のずっと先の先祖は、あの伝説の巫女、珱扇なんだ」

「へ~!」

全然知らなかった。

「あの言い伝えは知っているわね」

「勿論。『再び、魔の封印が解かれよう。その時に国を救うのは、かの巫女──珱扇(ヨウセン)の生まれ変わり。彼女はこの国が窮地に陥った時、四神の生まれ変わりを集め、国を立て直すであろう』でしょ?」

「そう。今まで父様の一族に珱扇の生まれ変わりが誕生したことはなかったんだけど……」

「ついに、誕生したんだ」

「そうなの!?」

「あんただよ、お嬢さん」

「え?」

「そう。蘭遙こそが、珱扇の生まれ変わりなんだよ」

『え……!?』

「どうして!?私何の力もない、ただの平民の女の子よ!?」

「私の祖父……お前の曾祖父が、お前が生まれた時に言った。「珱扇の、生まれ変わりじゃ……!」とな。長老がそうおっしゃった。間違いない」

「……私が、珱扇の生まれ変わり……」

珱扇の肌は雪のように真っ白で、ほんのり桃色に染まる頬、唇はバラのように燃える赤、髪はこの国では珍しい金、目は深い蒼という、外国人のように美しい巫女だったという。

『美しいかはわからないけど……私も少しはその血を受け継いでいる気がする』

家の中での仕事なので余計肌は白いし、唇は赤く、髪は金色、目は深い蒼だ。

『水仕事のせいで荒れてる手だけど……』

しょうがない。

「それで?私が珱扇の生まれ変わりなのと旅に出ること。何が関係あるの?」

「……ついに、目覚めてしまったんだよ」

「何が?」

「“魔”」

しばらく口を閉ざしていた燕斉が答えた。

「ですよね?親父さん」

「燕斉……何が起こっているのか、知っているのか」

「まぁ、何となく」

「そうか……」

父は何かを考え込み、しばらく黙る。

代わりに母が言葉を繋げる。

「元々“魔”は、王族に取り憑いているのよ。それを珱扇が封印したんだけど……現国王の息子が誕生した26年前、それが解かれてしまったのね。父様のお祖父様が急いで仮の封印をしたんだけど……魔はどんどん成長していって、そして今日が──……封印が、完全に解けてしまう日なの」

「それって……!お袋さん、紫苑はどうなってしまうんだ!?」

「紫苑……?」

“26年前”という数字を聞いてから、嫌な予感しかしていなかった。

「え、燕斉……?紫苑が一体どうなるというの?」

「……お嬢さん、落ち着いて聞いてくれ。紫苑は……現国王の息子。つまり、次期国王なんだよ」

『……うそ……』

「燕斉、お前……一体、どこからその情報を?」

今まで黙っていた父が口を開く。

「アレですよ」

そう言って指差したのは、壁に立てかけた燕斉の棍。

「城の者に頼まれ事してた時、チラッと耳に入ったんだ」

「成る程……」

「ちょっと待って……それじゃあ、“魔”に取り憑かれた紫苑が王家に誕生した8年後に、珱扇の生まれ変わりである私が誕生したってこと?」

「そういうことだ」

『そんな……』

それでは、私は彼を──愛する紫苑を、封印しなければならないということ?

母様に“紫苑はダメ”と言われた理由は、このことが関係していたからなのか。

──ダメと言われて、諦められる想いではない。

「封印した後、その人間はどうなるの……?」

「……生きながら、眠り続ける」

「……っ!!」

そんなの嫌だ。

「嫌──嫌よ!!」

「お嬢さん?」

「紫苑と結ばれないことはまだ納得できたわ。でも──紫苑を永遠に眠らせなければならないなんて……っ!!」

生きているのに目を覚まさないなんて、死んでいるのと同じこと。

「お嬢さん……魔は、何をするのか知っているか?」

「知らないわ」

「──人の心を、喰らうんだ」

「心を……?」

「無情になってしまうということだよ──蘭遙、それが一番、この世で一番辛いことだ。人に心が無くなってしまったら……世界はどうなるかわかるか?喜びもせず、悲しみもしない……ただ、息をしているだけだ。そんなの、死んでいるのと同じだろう?だから蘭遙──」

「紫苑だって、そうなってしまうわよね」

「……」

「私にはできない──紫苑を犠牲にして、何人もの心を救うことなんて、できないわ!私は、皆が幸せになれる……一人残らず。そんな世界をつくりたいの!!」

その瞬間──

「……っ!?」

「お嬢さん!?」

「蘭遙っ!!」

光が、私の身体を包み込んだ。

最後に覚えているのは、燕斉が私の身体を抱き上げたところまでだった……。



『目覚めよ、我らが四神の主。今再び、我等が結束する時が来た……』

またあの夢……。

『蘭遙』

鈴の鳴るような、綺麗に透き通った声が私の名を呼んだ。

……誰……?

『私は、珱扇』

珱扇って……あの巫女の?

『そう。蘭遙……目覚めて。あなたが目覚めないと、この世界が終わってしまう』

でも、目覚めたら私は……

『大丈夫。あなたの心の優しさが、紫苑に届けば。彼は、眠りにつかない』

私の心の優しさ……?

『……私は、魔を……国王を、憎んでしまった。だから、眠りについてしまったの。“封印したら眠り続ける”という言い伝えが残ったのはそのせいね。ごめんなさい』

なんで、国王を憎んだの……?

『……母上と父上を、殺したから』

……!

『目の前でね……剣で胸を貫き通されたのよ』

そんな、そんなの……っ!!

『泣かないで、私は大丈夫だから』

私だったら……耐えられない。

悲しみで、胸が張り裂けそう。

『他人のことでも自分のことのように泣けるあなたなら、大丈夫よ。だから、お願い。この世界を、救って──……』

「……遙、蘭遙!?」

「……燕、斉……」

「良かった……目を覚まして」

「私……」

『泣いてる……?』

涙を、燕斉がそっと拭ってくれる。

「大丈夫ですか?怖い夢でもみました?」

「……珱扇に会った」

「……お嬢さん……」

「珱扇はね……父様と母様を目の前で殺されたんですって、国王に。だから魔を封印する時、国王は眠りについてしまったんだって言ってた」

「そうなのか」

「だから……私が魔を封印しても紫苑は大丈夫だって……言ってくれて……」

「じゃあ、お嬢さんのやることは決まりましたね」

「……私に、できるかな」

「大丈夫だろ。なんたって、この俺がついてますから」

「……燕斉、私は、この国を救う巫女──蘭遙になる。共に歩んできてほしい」

「それが、我が巫女の望みならば喜んで」

「……“我が”、巫女?」

「あ、そっか。話全部聞いた訳じゃないんだよな。じゃあ、親父さんの部屋戻ろうぜ」



「父様……ごめんなさい、さっきは我が儘言って。私、頑張るね」

「頼んだぞ、蘭遙」

「それで?旅に出て何をしろと言うの?」

「この国に散らばっている、四神を見つけるんだ」

「四神?」

「珱扇には、四人の男が常に傍にいたという。それが四神──東西南北、四方角を統べる、神々の血を受け継いだ男達だ」

「あ……」

夢に出る、あの人達だろうか。

「北の玄武、東の青竜、南の朱雀、西の白虎。これが四神だ」

「その人達に、集まってもらえばいいのね」

『四人……』

この国に、その四人がいる。

『見つかるのかな……』

「お嬢さん、そんなに気ぃ張るなって。俺も手伝いますからね」

「そういえば、何で燕斉もついてくるのよ」

『まぁ心強いし良いんだけど……』

「燕斉は、お前の護衛だ。青竜だしな」

「……え?」

「何でバラしちゃうかな~親父さん。そ、俺が青竜だよ」

『燕斉が、青竜……っ!?』

「うそーーーっ!!」

「うそとはなんだうそとは。よろしくな、お嬢さん」

「……」

「返事がないな」

「よろしくしないっ」

「えーーー」

「何で燕斉が青竜なの……」

まだ事態が飲み込めていない。

『私が巫女で?燕斉が青竜?燕斉はずっと知っていたの?』

「俺が青竜が自分って知ったのは、紫苑が国王の息子だと知った日だよ。いきなり頭の中で声がして、血が沸騰しそうに熱くなったんだ」

「そうなの……」

「まぁ、お嬢さんが嫌でも俺が青竜だって事実は変えらんない。……ごめんな、俺で」

時折見せる切ない表情。

この表情が何を意味するのかはわからない。

だけど、この顔を見ると、どうしても怒れなくなるのだ。

「……さっきの言葉、嘘よ」

「ん?」

「……よろしくね、燕斉」

改めて“よろしく”と伝えると、どうしても恥ずかしくて声が小さくなる。

「……あぁ。東の青竜、我が命を持って主をお護り致します」

「では、蘭遙。先ほど渡した指輪を出しなさい」

「はい父様」

「この蒼い輝石は、お前の物だ。きっと役に立つだろう。決して、敵方に奪われてはならん」

「はい」

「そして、真紅の輝石は……お前が最も信頼する四神の一人に渡しなさい」

「え?」

「忠誠の証になる」

「はい……」

「なんか納得いかねーみたいだな、お嬢さん」

「ん~……。そんな忠誠の証がなくたって、仲間は信頼するのに」

「……こういうところに、惹かれるのかもしれないな」

「え?燕斉何か言った?」

「別になんも。さ、旅支度整えて出発しますか」

「……うん」

旅が、始まる。

永くて辛い、だけど怖いことは何もない──

そんな旅が。



「蘭遙、気をつけて行ってらっしゃいね。ご飯はしっかり食べるのよ?お金は申し訳ないけどそんなに持たせてあげられないから、節約してね」

「大丈夫よ母様、そんなに心配しなくたって。燕斉もいるんだし」

「……全く警戒してないのもどうかと思うが」

「?どーいう意味?」

「……燕斉?」

「……大丈夫ですって親父さん、じょーだんじょーだん」

「まぁ、何も心配してないっちゃしてないが……」

「してないんかい」

「燕斉はそんな奴じゃないだろう」

「……そーっ……すね」

「燕斉、引き続き……蘭遙を頼んだ」

「よろしくね、燕斉。娘を……」

「大丈夫ですよ親父さん、お袋さん。俺が命に代えても護りますから」

「……ありがとう」

「んで、お嬢さんには俺がしっかり足りない分説明しときます」

「まだあるの!?」

「あるんだよこれが。ちょいと長くなるし、頭ついていかないかもしれんが……」

「それじゃ、行ってら──」

木が、ざわめいた。

「──こんな時に」

「きゃっ……!」

『すごい風……!』

風が──風だと思っていたものが──ヒュッと横切る。

「……え」

頬から、温かい血が流れる。

『何……!?あの黒いの……!』

「説明は後だお嬢さん!俺の後ろに来い!」

「うっ、うん……!」

「蘭遙!!」

「蘭遙っ……!!」

「父様、母様……!」

「親父さんお袋さん、お嬢さんは護る!早く家に隠れていて下さい!!」

「頼んだぞ!!」

「蘭遙──元気で!」

「うん……!!」

「──さてお嬢さん、走るぞ!」

「えっ……きゃあ!」

いきなり私の身体を持ち上げ、走り始める。

「お嬢さん、重くなった?」

「失礼ねっ……痛っ!」

「しゃべんな、舌噛むぞ!」

「ひゃ、ひゃい……」

『何が一体どーなってんの!?』

こうして、私の長旅はスタートした。

真実を知る刻

「痛っ……」

燕斉が頬の傷を手当てしてくれる。

「ほい、しゅーりょ~」

「もうっ、もう少し優しくできないわけ!?」

ここはどこかの洞窟の中。

黒い影(?)から逃げながら辿り着いた場所だ。

「すみませんね~。さて、どっから話すかな~……」

「……そんなに長いの?」

「長い」

「いいわ、聞く」

「良い心掛けですね。じゃあ話すか……魔は、元々は巫女を狙うようにできているものなんてすよ。だから、お嬢さんも幼い頃からめっちゃ狙われてたんですよ?」

「そーなの!?」

『全然気付かなかった……』

「そりゃそーだ。だから俺が護衛についてたんですよ」

「え、そういうことなの!?」

「そ。大変だったぜ~?お嬢さんに気付かれんようにコソコソと魔を退治すんの」

『だから私の護衛だったんだ……』

「……で、こっからは王家との関係なんだが……」

「燕斉、私は大丈夫だから。話して」

「……あぁ。その昔、王家一族は……というより国王が、魔に取り憑かれたんだ。というより……自ら取り憑かれた、と言った方が正しいかもしれんがな。魔は、生まれる子ども達に代々乗り移っていった。でも、初代の国王──珱扇が封印した王ほどは、どの子どもの魔は強くなかった。心の底に、代々静かに溜まっていたんだな。そのせいもあり……初代国王と同じ、いやそれ以上の力を持った魔が取り憑いたのが、紫苑」

『紫苑……』

「お嬢さんが生まれる8年前、紫苑が誕生した。親父さんのお祖父さんが仮封印を施したようだが……お祖父さんの力はそれ程強くない。だから、一族は待つしかなかったんだよ。珱扇の生まれ変わりが誕生するのをな」

「そして、私が生まれたのね?」

「そ。俺はその時8才で、お嬢さんの誕生を見たよ。伝説通りだった。真っ白な肌、桃色に染まる頬、真っ赤な唇、綺麗な金髪で、目は深い蒼。スゴかったんですよ~?お嬢さんの誕生を見届ける人の数。王族の誕生よりも盛り上がってたな」

「そんなに!?」

「そりゃそーだろ。なんたって、この国を救う巫女様の生まれ変わりなんだから」

「そっか……」

「名前付ける時も、どこの祭りだよ!って感じだったし。親父さんとお袋さんが決められなかったみたいでな……。そんで村の人達呼んで、投票会を催した」

「え!?」

「もっさい男共の熱気……今でも忘れらんねー」

「“蘭遙”って発案したのは誰?私が知ってる人?」

この名前は気に入っている。

蘭の花が一番好きだ。

「……」

「燕斉?誰なの?」

「…………」

「……まさか」

「……俺」

「うそーーーっ!!」

「いや……本当」

『な、何か複雑……っ!!』

「しょうがねーじゃん……“蘭遙”ってボソッと呟いたら、お袋さんが超賛成しちゃったんだもん……」

「……なんで、“蘭遙”なの?」

「珱扇の“よう”は入れたいじゃん?“蘭”は──俺の好きな花」

「そーなの?」

「蘭の花言葉は、“美しい淑女”“優雅”だぞ」

『優雅……』

「……何か燕斉、やらしい」

「何でだよっ!!」

「……ありがとう、燕斉。私も、蘭の花好きよ」

「……ならよかった。続き話すな。えっと……お嬢さんが誕生して、魔は新しい巫女の誕生に気付いた。そこから、魔は巫女を消そうとお嬢さんを狙っていたんだ。だから、俺が護衛として働いてたってわけ」

「成る程……」

「大変だったぜ~?お嬢さんにバレねーように棍使うの」

「家の手伝いで忙しかったから気がつかなかったわ」

「そーだな。んで、紫苑の話に入るんだけど……。紫苑は、最初はお嬢さんを殺そうと近付いてたんだ……と思う」

「え……」

「お嬢さんは、言わば紫苑の敵だ。だからお嬢さんの家にやってきたんだな。紫苑は、いつお嬢さんを殺してもおかしくなかった」

「でも、私はまだ生きてるわ」

「紫苑は、確かに魔に心を喰われてる。だけど、全部じゃない。まだ、仮封印したのが効いていたんだ」

「じゃあ、あの紫苑の笑顔は──」

「嘘じゃない。本当だ」

「よかった……」

あの笑顔までもが侵されていたモノだったら、私の心は砕けてしまうだろう。

「紫苑は、お嬢さんの優しさに心惹かれていったんだな。だから殺せなかったんだよ」

「そうなの……」

少し、嬉しい。

「しかし今日、紫苑を繋ぎ留める仮封印は、完全に切れた。その証拠に、あの風が吹いたんだ」

「そう……」

「……お嬢さんには辛いかもしれんが、俺達は紫苑を──魔を、封印しなきゃなんない。だから、一緒に頑張ろーぜ」

「……えぇ」

「お?“一緒しない”とか言われると思ったのに」

「そんな分別ないこと言わないわ。紫苑を助けるんだもの」

「……そっか」

『またあの顔……』

「んで?今日はもう流石に宿探せないから野宿になるんだが……」

「あらそうなの。野宿ってしたことないわ。楽しみ」

「……毛布一枚しかねーんだよ。だからホイ」

「えっ?」

「俺はそこら辺で寝るから。これでもかけとけ」

「……燕斉が風邪引くわ」

「俺は強いから大丈夫」

「布団の端と端を使えば平気よ!はい、もう疲れちゃったから早く寝ましょ」

「……えっと……ありがとうございます……?」

「いいのよ」

『とか言ったけど……』

近い。

少し動いたら背中がぶつかりそうになる。

から、動けなかった。

『な、何だろうこの感じ……』

心臓がうるさい。

『燕斉に聞こえてないかな……』

それが気になってなかなか寝付けなかったけど、予想以上に疲れが溜まっていたのか、結局は眠りに落ちていた……。

泉の刻

『……まぶし……』

朝日が、私の輝く金の髪を照らす。

『あれ……』

「燕斉?」

「ここにいますよ」

もう起きていたのか、燕斉は川で釣った魚を焼いている。

「ホイ」

「わっ……」

「食べろ。んで、早速四神探しに行くぞ」

「えぇ」

『美味しいわ……』

燕斉は、両親が早死したため何でもできる。

裁縫類は割と苦手なようだが、料理の腕は私以上だと思う。

「これ見てくれ」

「地図?」

「あぁ。大体の四神の居場所を見てみよう。言い伝えによると……」

「『青い竜、東の地・国の中心にあり』」

「俺のことだな。東の国の中心は……首都、珱」

「『鳳凰・朱雀、南の地・そびえ立つ岩にあり』」

「南の地の、そびえ立つ岩……岩山か?」

「ここら辺かしら?」

「お、お嬢さん良い目してんな。ここは……泉(セン)だな」

「朱雀は泉にいる可能性が高いのね……」

「『気高き虎・白虎、西の地・人にぎわう街にあり』」

「西の地の……大きな街かしら?」

「いや、決めつけない方がいい。わりと……この辺は小さな街だが、首都並みのにぎわいだぞ」

「へ~……」

「んで、最後か。『亀と蛇の化身・玄武、北の地・木生い茂る所にあり』」

「森?」

「北方は森多いしな。さて、どっから行くか……」

「白虎と玄武は難しそうよ。説明がザックリすぎる」

「じゃあまずは……」

「泉の、朱雀」



それから、私達はひたすら南に向かって歩き続けた。

道中、巫女と四神の関わりについてもっと深く燕斉に聞いた。

四神は癖がある者が多いらしい。

だからこそ、その四神を従えた珱扇は、伝説の巫女と称されるのだと。

「私、そんなことできるのかな……」

「できますよ、お嬢さんなら。なんたって、この俺が国王よりも護りたいと強く心惹かれたお嬢さんだからな」

「心惹かれた?」

「そん時はわからなかったが、今ならわかる。四神は、巫女の姿を見ると目が離せなくなるんだ。そして、全身の血が燃えるように熱くなる。それで、“この人が我が護るべき主だ”って思うんですね」

「へ~……」

と、感心していると。

「きゃっ……!」

「どうしたお嬢さん!?」

「く、くすぐった……フフッ……可愛いわ」

「……ウサギ?」

「ね、燕斉見て。可愛いわよ」

「まだ小さいな。子どもか。さばいて食います?」

「やっ、止めて!」

「冗談ですよ」

「……燕斉のそれは冗談に聞こえないわ」

「そーですか?にしても離れんな……」

「私、小さい頃から動物には好かれやすいのよ」

「そーいやそーだったな……。お嬢さんが森に行って帰ってきたら、どこの動物園だと思いましたよ」

「そうそう!なかなか離れてくれなくて、燕斉が棍持って脅かしたんだっけ?」

「ま、俺は元々動物に好かれませんからね……」

「そーぉ?ほら」

ウサギを燕斉に差し出す。

すると、小さなウサギは大きな燕斉の手の中で、すやすやと眠ってしまった。

「あれ」

「ほらね、この子は燕斉が優しい人だってわかって安心したのよ」

「……そうですかね」

『燕斉、意外と小動物好きなのよね』

ウサギを優しく撫でている。

その顔は、本当に嬉しそうだった。

「さて、放すか」

「え」

「さすがに旅には連れて行けません」

「あぁ……うん。そうよね……」

「はい」

「……」

『連れて行きたい……』

こんなに可愛い子と離れるなんて、そうすぐには決心がつかなかった。

「お嬢さん?」

「……燕斉……連れて行っちゃダメ?」

「ダメ」

「……はーい……。じゃあ……バイバイ、ウサギさん」

しかし。

ウサギは、先へ進む私達の後をついてくる。

「ねぇ燕斉……」 

「棍で脅してみますか」

燕斉が、棍を構える。

しかし、ウサギはじっと燕斉を見て動かない。

「……おーい。こいつ危機感ないのか?」

今度は、思いっ切り棍を振り上げる。

しかし、それでもウサギは動かなかった。

「これで最後だ」

振り上げた棍を、ウサギの真ん前に下ろす。

「えんせっ……!」

「ほんと根性あんな……お前」

どうやら、殺しはしなかったようだ。

燕斉が振り下ろした棍は、ウサギの目の前の地面に深く突き刺さっていた。

『良かった……』

「お嬢さん」

「何?」

「こいつのために命を落とすようなことをしなければ、別に連れて行っても構いませんよ。離れないし……」

「本当に!?」

「あぁ。だけど、これだけは言っておきます。もしもこの先お嬢さんとそいつが離れた場所で命を狙われてたら、俺は確実にそいつを見捨ててお嬢さんを助ける」

「大丈夫よ、ずっと一緒にいるから」

「……まぁ、そういうことで」

「ありがとう燕斉!」

「どーいたしまして」

「あっ!」

「今度は何だ!?」

「名前付けなきゃ」

「は?」

「名前!無いと可哀想でしょ?呼べないし」

「お、おぉ……」

「うーん……何がいいかな……?ほら、燕斉も考えて!」

「え、俺も!?」

「当たり前でしょ。歩きながら考えましょ」

『何がいいかしら……可愛い名前がいいわ』

「龍王とかは?超カッコよくね?」

「却下」

「えー……じゃあ、鳳凰」

「もっと却下!」

「何ならいーんだよ~……」

「もっとこう……可愛い名前がいいのよ」

『何がいいかしら……?どうせなら私と似たような名前がいいわ』

「蘭……胡蝶蘭?」

「なんか優雅だな」

「うーん……」

『もっと可憐に……』

私が好きなもの……

花、風、空……特に星が綺麗な夜空……

『星?』

「“星蘭(セイラン)”。はどうかな!?燕斉」

「お、いーじゃん。コイツも気に入ったみたいですし」

「本当?良かったわ。よろしくね、星蘭」

嬉しそうに頬にすり寄る。

「星蘭のおかげで、楽しい旅になりそうだわ」

この時はまだ知らなかった。

“星蘭”という名前を賜ったウサギが、運命の歯車を廻す、一つの鍵になるだなんて──……。



「さてお嬢さん、もう少しだ」

「……ここが……」

目の前にそびえ立つ、高い岩山。

「泉ですね」

「朱雀は、ここにいるのね」

「あぁ。かすかだが気配も感じるな……」

「気配?」

「四神は、他の四神の気配を察知できるんです。流石に離れすぎている所は無理ですが」

「へ~!便利ね」

「これのおかげで、真っ直ぐココに来れましたからね」



「……ん~?青竜の匂いがする。困ったなぁ……俺はまだ他の四神に会いたくないんだよ。ひとまず逃げ回りますか……」

『にしても、青竜の傍から離れないあの気配は……何だ?』

胸が高鳴る。

血がうずくようだ。

「ま、俺には関係ないけどねっ」

そう言った、赤みがかった髪に燃えるような太陽の色をした瞳の男は、遥か彼方……空へ、羽ばたくように飛んでいった。

泉の刻-朱雀との出逢い-

「え、燕斉……」

「んー?」

「この山……あとどれくらい登るの……?」

「とりあえず頂上まで」

「頂上……」

高い。高すぎる。

道端は広いから落ちる心配はない。

しかし、標高が高すぎる。

「焦る必要ないからさ。気長に行こうぜ~。ほら、左向いて見ろよ。景色凄いぞ?」

「わぁ……」

今はもう夕暮れ時。

真っ赤に燃える太陽が、落ちようとしていた。

「元気出た。ありがと燕斉」

「なら良かった」

「……あれ」

「どうした?」

「燕斉、見える?あの影」

「え?」

「人かしら……?」

「おー。頂上に立ってんな」

「あんなギリギリの所にいて……落ちないかしら?」

その時。

「あっ!!」

「お嬢さん走るぞ!」

「えぇ!!」

『でも……ダメ!走っても間に合わないっ!!』

「くっそ……間に合わねぇぞ!!」

「誰か……誰かあの人を助けてーーーっ!!」

「え?」

「ど……どうしたの燕斉……」

「消えた」

「え?」

「落ちてくヤツが……途中で消えた」

「そんなことって……」

確かにあの人は、私達の目の前で飛び降りたのだ。

しかし、途中で消えていた。

『どういうこと……!?』

「……一瞬だけ、見えた。誰かが、あの落ちていくヤツを抱えたのをな」

「それって……」

「そいつは、空を飛んでいた。まるで……鳥のように」



「どうしてだ……?」

『どうして俺は、飛んだんだ……?』

青竜が見ている前で飛ぶ気は毛頭なかった。

なのに……

『あの声……』

“助けて”というあの声に誘われ、その通りに動いてしまった。

「やれやれ……ややこしいことになってきた」

あの2人が泉からいなくなる時まで飛ぶまいと決心した。

『早くいなくなってくれ……』

その思いは、自分に言い聞かせるようで。

少し、怖かった。



「じゃあ、あの人が朱雀なの?」

「あの時が、一番気配を強く感じた。今は感じないが……とにかく、今日は休もう」

「えぇ」

『何だろう……』

震えが止まらない。

『緊張してるのかしら……?』

「大丈夫だお嬢さん。四神の近くに行くと最初はそうなる。気になるようだったら慣れといた方がいいな」

「そう……」

不思議とわかる。

これは、恐怖からくる震えではない。

何だか懐かしいような、安心する震えだった。



「……さん、お嬢さん起きろ!!」

「ん……何?燕斉……」

「岩が……」

「そんな……!!」

私達は……いや、私達とこの周辺の民家は、落石により閉じ込められてしまっていた。

「どういうこと!?」

「夜中、大規模な落石があったんだ。急で、お嬢さんを庇うことしかできなくて……」

「燕斉、背中の傷……!!」

「大丈夫だ、大したことない」

「そんなこと言って……」

暗くてよく見えないが、おそらく頭からも出血している。

『どうしよう……!』

「ママ~……お腹空いたよぉ……」

「ご飯はないから、ちょっと我慢してて……」

「ちょっとってどれぐらい~……?」

「……それは……」

「あの、良かったらこれ……半分だけど。パンよ」

「……良いんですか?」

「ええ」

「お姉ちゃんありがとう!」

「ありがとうございます、ありがとうございます……!!」

「いいえ」

「お嬢さん……!」

「ごめんね燕斉、少しの間ご飯は我慢してて」

「あんたは……」

「私は少食だもの。それより、どうやってここからでれば……」

「ちょっとやってみる」

燕斉の指示で、全員岩から遠く離れたところに行く。

「……っらぁ!!」

『すごい……』

紫苑の言っていたことは本当だった。

“風のように早く、雷のように強い燕斉の力は、風雷の竜と言われているんですよ”

『風雷の竜……』

青竜である燕斉に相応しい言葉かもしれない。

「ダメだ。岩が重くて多すぎる。力も出せないし……」

『やっぱり、重症なのね……』

「……星蘭?」

星蘭が私の肩から飛び降り、どこかへ行く。

「星蘭、どこ行くの?」

星蘭に導かれ辿り着いたのは、岩が積み上げられて出来た洞窟だった。

「星蘭?」

「ここは……!!星蘭、よく見つけたな!」

「何を?」

「ここの岩は比較的薄い。ほら、風がくるだろ?ここに穴を作れれば……」

「なるほど……」

「待ってろよお嬢さん、俺が今穴を……、っ!」

「燕斉!?」

「……くそっ!!」

「燕斉……っ」

「あ、安心しろお嬢さん……俺がすぐ行くから……」

「燕斉は穴だけ開けて。私が行く」

「何言ってんだお嬢さん!!」

「そんな怪我で、燕斉一人行かせられるわけないでしょう!?」

「お嬢さん一人は危険だ!それに、誰に助けを……」

「朱雀に。朱雀なら、きっと皆を抱いて飛べるはずよ」

「だが……」

「行かせて燕斉。私は、ただ護られているだけの巫女であってはならない。自らの手でやらなければならないことだってあるの!!」

「……お嬢さん……」

「お願い」

「……わかったよ。お嬢さんも、コツさえ掴めれば四神の気配を辿れるはずだ。……何か危険なことがあったら、必ず戻ってこい」

「えぇ」

「じゃあ離れてろ、お嬢さん」

「はい」

燕斉が棍で岩を砕くと、私が通れるくらいの穴ができた。

「行ってこい、お嬢さ……」

「燕斉っ!!」

目の前で力尽き、燕斉が倒れる。

「どうしよう……燕斉、燕斉……っ!!」

『こんな状態の燕斉を置いて行けない…!』

「お姉ちゃん」

「君は……」

「あのねー、ママ、お薬作って皆の怪我とか、病気とか治すお仕事してるんだよー!」

「お医者様……?」

「大したことはできないかと思いますが……この方の治療はお任せください」

「……ありがとう!星蘭、行くよ」

そして私は、岩の隙間から飛び出て行った。



「……あーあ。落石だ」

そして、青竜の気配はこの中だ。

「どうする?青竜」

俺はこの状況を楽しんでいた。

「俺は君を……君達を助ける気は毛頭ない。助けるとすれば……そうだなぁ。目も見張るような美人だけかな?」

そんなことを言うけれど。

『俺は、真の美人には一度も巡り逢えていない……』

真の美人とは、心優しく、そして強さも兼ね備えたような……

「危ないっ!!」

「──え」

岩が崩れる。

咄嗟に、俺を庇おうと飛び出して来た女の子を抱えて飛び上がる。

「落石……」

全然気がつかなかった。

『バカか俺は……!』

逢えるはずもない女性像を思い、落石の気配に気がつかなかった。

近くの山に降りる。

「お嬢さんありがとう。怪我は……」

『──っ!?』

「あなた……朱雀ね?」

『この娘は……っ!!』

「私は蘭遙。あなたを探しにここまで来たの」

『やめろ……』

「再び“魔”が目覚めたのは知ってる?私は、魔を鎮めるために四神を探しているのよ」

『やめてくれ……』

「私に、あなたの力を貸してほしい」

『──っっっ!!』

血が沸騰する。

身体が熱い。

背中が疼く。

「朱雀……?大丈夫?」

ついて行かないと決めた。

俺は四神としての運命は背負わない。

俺の決めた道を歩むと。

決めたはずなのに──……。

「すごい汗……!ちょっと待ってて、今拭うから」

『四神として仕えたい、なんて……』

どうして思うのだろうか。

この娘に、ずっと添い遂げたいと思うなんて──……。

「……初めまして、お嬢さん……」

なんとか口をきく。

「俺は君に会いたくなかったよ……。君と青竜がこの地に足を踏み入れたのは気付いてた。だから、ずっと逃げ回っていたんだ」

「そうだったの……」

「ごめんねお嬢さん、俺はもうしばらく気ままに生きていくって決めているんだ」

「……わかったわ」

「え」

『ずいぶんあっさりと……』

「あなたが嫌ならしょうがないわ。四神が揃っていなくても封印できる方法を探してみる」

「ああ、そうするのがいいよ」

『だけど何だ、この思いは……』

“離れがたい”と、全身の血が騒いでいる。

「残念だわ……。あ、代わりと言ったらアレだけど、もし良かったらあなたの名前、教えて?」

「俺は……」

「あ、名乗りたくなかったらいいのよ!」

「……珠瑛(シュエイ)」

「珠瑛……素敵な名前ね。とても綺麗な響きだわ。珠瑛、私の旅について来てとは言わないわ。だけど、今だけ力を貸してほしいの」

「何故?」

「さっき落石があったわよね。昨夜も、私達が野宿している所で落石があったのよ」

「知ってるよ」

「あらそう。じゃあ話は早いわ。閉じ込められているのが私達だけならまだ良かったわ…。だけど、村の人達も一緒に閉じ込められているの」

「なんてことだ……!」

「中には、小さい男の子や、生まれたばかりの赤ちゃんもいる。お願い、あなたが空を飛ぶのを見たの。上には穴があいている。そこから、村の人達を助け出してほしいの!」

「そういうことなら、すぐに救出に向かおう。場所を教えてくれ」

「ありがとう、珠瑛!!」

『……困ったな……』

適当に女の相手をし、適当に生きてきた。

俺の名前を呼ぶ者はもういない。

『もっと、名前を呼んでほしいと思うなんて……』


四神の血とは、本当に紛らわしい。



「さて、着いたわけだけど……」

「お願い珠瑛」

「了解」

「私は下に戻って、助けが来たことを皆に指示するわ。私が合図をしたら、お年寄りや小さな子どもから先に救出してちょうだい」

「あぁ」

「じゃあ下に……」

「蘭遙ちゃん!そこの道は狭くなってる。気を付けて!」

「わかっ……」

足を滑らせる。

『あっ……』

危ない、と思ったその時。

「蘭遙!!」

『落ち……てない?』

「危な……」

「珠瑛……?」

「君は…言ったそばから!何で落ちる!?」

「へへ、ごめんなさい……」

「笑ってる場合じゃないだろ」

「はーい」

『それにしても……』

「朱雀の力は、空を飛ぶ力なのね」

「あー、うん。そうだよ」

「いいなぁ……」

「羨ましいの?」

「えぇ。私、次生まれ変わったら、鳥になりたいの!」

「そうか」

「あっ、ありがとう。結局下に届けてもらっちゃって……」

「危なっかしいからね」

「もうっ、そんなことないわ!」

『何だろう……。安心するわ』

特に何をしているわけでもないのに、温かいものに包まれた気分だ。

『これが、四神と巫女の繋がりなのかしら……』

そんなことを思いながら、私は岩の中に入っていった。



「お嬢さん…」

「燕斉!!」

酷くぐったりとしている。

「燕斉、大丈夫!?」

「お嬢さんが俺を気遣うなんて珍しい。明日は雪か?」

「燕斉っ!」

「冗談冗談…」

『でも、良かった…』

笑ってそんな冗談を言えるまで回復している。

「…傷の治り、早いのね」

「…青竜の血が流れてるからっていうのもあるかもしれないが、この人達のお陰かな」

「あ…」

「お姉ちゃん、お怪我はない?」

「えぇ、平気よ。ありがとう。お母さんも、本当にありがとうございます。燕斉の怪我を治してくれて…」

「いえ。この子の命の恩人ですもの」

「…まだ、これからです」

体の向きを反転させ、不安に怯える人々を前に言葉を続ける。

「皆さん、助けを呼びました!外に出られます!お年を召した方、子供、女性から、並んで下さい!!」

その時挙がった歓声を、私は一生忘れない。



「燕斉と私が最後ね」

「良かったですね…無事に皆避難できて」

「えぇ」

『本当に良かった…』

「あ、そうだわ燕斉、紹介するわね。この人は、珠瑛。朱雀よ」

「へぇ、こいつが…」

「珠瑛、この人は燕斉。私の幼なじみなの。ちなみに青竜」

「ふぅん、彼が…」

「どうしたの、燕斉、珠瑛?」

「いや、何でもねぇ。で?共に旅をするのか?」

「ううん。お願いしたんだけど…断られちゃった」

「なに?」

「だぁってねぇ~、魔が再び復活するなんて、俺の知ったことじゃない」

「お前っ…」

「なぜそこまで“生”にこだわる?俺は人生の流れるままに生きたいんだ。他人に俺の人生を左右する権利はあるのか?そういうのは嫌いだね」

「魔が復活でもしたら、この世は絶望に包まれるんだぞ!?」

「そんなの俺の知ったことじゃない。他人の人生だからね」

「でも、さっきは助けてくれたじゃない!閉じ込められた人達を…!!」

「あれは、俺でも助けられることだと思ったからね。罪のない人が、不条理に死ぬのはおかしい。でも、魔を封印することはどうだ。伝説の巫女と四神は死ななかったかもしれない。それは、巫女が強大な力を持ち、四神を上手く扱えたからだ。君はどうなんだ?かの瑶扇巫女のことは知っているだろう?あの人と同じことができる自信が、君にあるのか?」

「てめぇ…さっきから黙って聞いてりゃ…!!」

「いいのよ燕斉、…本当のことだもの」

「お嬢さん…」

「珠瑛」

私にはわからない。

なぜ彼がこんなにも必死で“逃げようと”しているのか。

でも、わからないから向き合わない、というのは絶対に違うと思うから──…。

「私はまだ、巫女と四神のことも魔のことも、やらなければならないことも良くわかってない。つい先日知ったことを、頭の中で整理して少しずつ理解していくことしかできてないわ」

「ほらね、俺の言う通り…」

「そして、あなたのことも、まだ何も知らない」

「…え…?」

刻は廻る

刻は廻る

最近、おかしな夢を見る少女・蘭遙(ランヨウ)。 彼女は、国王が権力を奮う国、昌麗国(ショウレイコク)の首都・珱(ヨウ)に住む、齢17の少女。 昌麗国の税の取り立ては厳しく、国王に見放された村もあり、決して全員が幸せと言えるような国ではなかった。 そんな昌麗国で両親が営む食事店の看板娘である蘭遙が想いを寄せるのは、ごくたまに訪れてくる青年・紫苑(シオン)。 齢26の彼は、蘭遙を妹としてしか見てくれず蘭遙は頭を悩ませていた。 そんな蘭遙に毎日ちょっかいをかけてくるのは、隣の家に住む青年・燕斉(エンセイ)。 紫苑と同い年で、蘭遙が紫苑のことを好きだということも知っている。 蘭遙18才の誕生日。 祝いに来てくれた紫苑に、想いを告げた蘭遙。 しかし返事はうやむやのまま、“あの時”を迎えた───…。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-19

CC BY
原著作者の表示の条件で、作品の改変や二次創作などの自由な利用を許可します。

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  1. 運命の刻
  2. 旅立ちの刻
  3. 真実を知る刻
  4. 泉の刻
  5. 泉の刻-朱雀との出逢い-