へーんしん!
薄暗い部屋の中に、カーテンの隙間から朝日が射し込む。ピピピピと、アラームが朝の訪れを告げた。
(もう朝か……)
そう思い少しだるい体を起こそうとするが、中々思うように行かない。文字どおり、体がだるいのだ。朝のだるさや、風邪のだるさではない。こう、比喩ではなく本当に体が重いと言うか……。四苦八苦しながら体を起こし、ふと目線を下げてみれば、目に入ったのはシワだらけの手。
(……。え?)
恐る恐る、指先を動かしてみると、私の思った通りに動くシワだらけの手。本来そこにあるはずの、私の手が見当たらない。
ツゥーと、汗が一筋頬を伝った。
嫌な予感がする。
まさか、そんなことあるはずない。と自分に言い聞かせ、言うことを聞かない体に鞭を打つようにしながら、洗面台の前に向かう。
見たくない……! 強くそう思ったが、見なければどうしようもない。
意を決して鏡の前に立つと、そこに映っていたのはよぼよぼの老婆だった。
「は? え、え!?」
いくら予想してたとはいえ、改めて視認するときつい……。
どうしてこんなことになったのか、皆目検討がつかない。よりによって、今日は彼氏である啓介との、初おうちデートの日。彼なら似合うだろうと、恥をしのんで買ったコスプレ服(学ラン)を、着てもらおうと思ってたのに……!
悔しさのあまり、血涙を流さんばかりの勢いだ。
とりあえず、啓介に連絡しなければ……。風邪をひいたとでも言えば、大丈夫だろう。
携帯から、慣れた手つきで啓介の番号を呼び出す。
コール音が一回なり終わるか終わらないかの早さで、啓介は電話にでた。
「もしもし、啓介?」
思ったより、嗄れた声しかでないようで少し焦るものの、風邪の演技をするならちょうどいい、と思い直す。
「どうしたの? 美結」
優しく返事をくれた啓介に、悪いと思いつつも嘘をつく。
「実は、風邪ひいちゃって……。だから今日のデート、なしにしてもらってもいいかなぁ……?」
「え、そうなの!? 確かに、声ガラガラだもんね……」
よかった……。騙せたみたい。これで、啓介に会うのだけは、避けれそうだ。
「うん、そうなの。だから、また今度……」
「俺、看病に行くよ!」
私の台詞を遮って、啓介が言う。
いや、だめだから!
「でも、うつしても悪いし、ね?」
「気にしないでよ、俺、丈夫だから!」
なんとか取り繕おうとするものの、何を言っても無駄な気がする。
「それにこんなこと言ったら、女々しいって思われるかもだけど……。俺が、美結に会いたいんだ。それじゃ、だめかな?」
啓介のとどめの一言に、私は二つ返事でOKした。
○○○
しばらくしてから、家のチャイムがなる。啓介だ……。
うぅ……、どうしよ。こんな姿見せられない。しかし、帰ってもらうのもなぁ……。そもそも私だって会いたいのは、一緒だし……。
色々葛藤しながら、インターフォンにでる。
「はーい」
「美結? 啓介だけど。大丈夫?」
「あー……まあ、大丈夫かな……」
啓介の問いに、言葉を濁すことしかできない。
「あのさ、入れてもらっていい?」
遂に来てしまった……。どどどどどどうしよう……。パニックになる心を抑え、平常心で返事をする。
「えーっと、今、すごい格好してて……。その、引かないでくれる?」
「もちろんだよ。押し掛けたのは俺だし」
啓介の想像は、きっとパジャマとかそう言うのだろう。
仕方ない。諦めよう。もしかしたら、一生このままかも知れないし……。
「じゃあ、どうぞ。鍵は開いてるから……」
こんな姿を彼氏に見られるなんて、泣きそうだ……。
啓介が、入ってきた瞬間に立ち尽くした。私の姿を見て。
「えーっと……美結?」
「……うん」
「え、本当に?」
「…………うん」
啓介は、それ以降何も言わなくなった。
沈黙が重い。
「嫌いに……なった?」
「え?」
思わず聞いてしまっていた。啓介は、戸惑ったように返事を返す。
「だから! 嫌いになった? って聞いてんの!」
朝から誰にもぶつけられなかった怒りを、啓介にぶつける。最低だ……私……。啓介は、何も悪くないのに。
「なってないよ。俺、美結のこと、好きだよ」
そんな私にも、優しい言葉をかけてくれる啓介。
「じゃあ、キス……できる?」
そんな啓介に、意地の悪い質問をする。八つ当たりしちゃ、駄目なのに……。
「美結が望むなら、もちろん」
そう言うと、啓介は私の正面へやって来た。そして、私の頬に手を添えながら「好きだよ、美結」と囁く。
私は、啓介のかっこよさに言葉もでない。唐突に降ってわいた幸せに、口をパクパクさせるだけだ。
あと少しで啓介の唇が……! と思った途端。
ピピピピと、響くアラーム音。
「何よぉ……いいところで……」
寝ぼけ眼をこすりながら、手だけでアラームを探す。しかし、中々見つからず、目を開く。
そこにあったのは、シワだらけの手。
(え、さっきまでの……夢だよね?)
「夢の続きかぁ! あははははは」
無理に渇いた笑い声を出してみるが、風邪をひいたようにガラガラで。
「う、嘘でしょ!? 今日、啓介が来るんだよ!?」
慌てて洗面台に向かったのは、言うまでもない。
私が現実を確認するまで、あと5秒。
へーんしん!
色々無理やりになってしまったので、もっと頑張りたいです。