短歌集/ さくらによせて

⁂ 桜を詠んだ過去の作品に新作も加え、集めてみました。( いずみ)


何故に散る 問う乙女子に桜木は
又来る春に 花咲かすため

恋もまた 同じ花よと言いたげな
そよぐ桜に身を寄せて泣く

(2022/04/22)



咲き残る 八重の桜に寄り添いて
人も話の花に酔いけり

常ならば 桜の宮から天満橋
花も人も揺れて重なり

屋台なく 人なく声なく風もなく
無情の雨に花は散りゆく

大川の散りし桜の欄干に
カモメ当てなくただ鳴きにけり

(2022/04/20)



【春の憂いに】

櫻とは 心に添いて咲く花か
時に嬉しく 時には哀しく


人知れず囀る谷間の鶯よ
なぜに今年の歌音哀しや


花開き 鳥も歌いて人もまた
心の踊る春なのに 何故


北の地の 悲しみ去れば我もまた
花への思いを取り戻すかも


三弦の 師のメールにも春の風
花も咲いたし稽古に来てはと


故郷の老いし桜の傍らに
微笑む幼き我の幻


春の夜の 雨音の間に地が揺れて
桜の夢も無残に消えぬ


マスク取り 花の盛りの乙女御は
カスミの空に深呼吸せり


花咲けど 胸の花をば開きかね
歌の心の依りどころもなし

  
花を詠む 気も沈みそなこの夕べ
雨音やまず ニュースも止まず

(2020/03/31)


七重八重 重ねし花の思いをば
無残に散らす春の嵐よ

きみ思い一重二重と開けども
吉野を未練の疎き春風

野に揺れて打掛錦の八重桜
春の名残を君が心に

愛犬を連れし人々和やかに
八重の桜の陰に集いて

ただ一人チューバを抱きて春空に
放つ響きは春に溶けゆく

常ならば八重の桜の浪花路の
人に揉まれて抜ける花道

(2020/04/26)



咲きとうて心の春を迎えねど
咲かずにしぼむ恋のあだ花

かなわずば夢の逢瀬で桜木の
陰で濡れたや褥の朝露


さくら桜と見惚れんと
ほら足元にもすみれの紫

花と咲くあの子と違うてあんたへの
思いを言えぬ草むらの花


手をつなぐ二人を桜の花陰に
見し我の身に春雷の嵐

春雷よ雨よ散らせよこの桜とも
わが愚かなる胸の花をば


(2020/04/20)



寂しぞよ 君喜ばせんと咲きし我
なぜに今年は訪のうて来ぬ

花の下で 君抱きしめんと思うたに
春を待たずに彼岸の船へと


世の桜 乙女の心に咲く花も
無残にちらすよ予期せぬ嵐が

せめてもの希望の花と世の人に
咲きし桜も散るに任せて

花咲けどいかに望みの春ならん
ただ身のみしか持ち合わせぬ我

(2020/04/19)


【 道ならぬ恋 】


黒髪の 肩に乱れて振り向きし
君の瞳に涙にじみぬ

道ならぬ逢瀬よ 重ねど行く末も
花は咲かぬと 君は嘆きぬ

朧夜の ただ戯れの恋ならば
明くれば消えゆく夢であるのに

前世での 縁が結ぶやこの世でも
切れぬ男女の罪の深さよ

彼岸へと 渡りの船に座れども
固くて解けぬ しがらみの綱


肩よせて 月夜の庭の桜木の
散りゆく花に涙を流す


来世では人世を離れて桜木に
連理の幹に花をば咲かせん

(2020/01/15)



【かなわぬ夢】

恋ごころ 古希の坂道下りつも
面影偲べば今もあの日に

幻の おさげが揺れる桜道
幼き君の面影恋いしや

桜道 はずれし寺の石段の
門を曲がれば君の住む家

思い出は時の彼方に消え去りて
残りし君の家やわびしき

愚かにも 我を捨て嫁ぎし君なれど
如何に暮らすや つつが無しやと

今一度あの日の君にめぐり合い
かなわぬ夢を 思いのすべてを

君なくば故郷も無し花もなし
風に朽ちゆくただの古巣よ


【冬の桜に】


人も樹も厳しい冬を凌がずば
春の盛りに花は開かず

歌心誘う花をば待ちかねて
褥の夢に唄う鶯

花咲けば寄る年などは忘れ果て
盛りの春に湧く歌心

其れにほら帰り咲きでは無いわいな
花とて春を待ち切れんのよ

なら良いが冬飛び越えて春来れば
純な桜も狂い咲くかも

(2020/01/14)



夕暮れて 花見小路をお座敷へ
化粧の匂い後に残して 

花揺れる舞妓の髪の簪の
向こう先には祇園の社

島原の 太夫の爪弾く琴の音に
古の春よさぞや麗し
  
老いてなお まだまだ咲けると老木の
花に言われて気を取り直し

(2019/04/17)


水流れ 岸に揺れるは紅枝垂
路地に揺れるは花の簪

朧月 桜隠れの白川に
浮く花びらのさだめ哀しや

ほれ変わりましたやろと花簪を
髪を傾けて清水の坂

京都には似合いますやろ紅枝垂
うちらの帯のよにゆうらり揺れて

秘め事も朧にかすむ桜月夜
開け放したる臥所の灯も消え

戸を開けてほら私よと桜影
忍び入るきみ今宵も待ちたり

野分にて折れし枝垂れの若乙女
立ち上がりてや花衣着て

何嘆く染井嵐に散りしとや
案ずるなかれ八重もありしが

いざ入らん桜吹雪の向こう側
われ待つ君の幻の園

貸切の桜の園を眺めるや
休日開けのうららの午後に

枝垂れたり君を頼りの片袖に
花散ろうとも袖振るなかれ

(2019/4/13)


何故に来ぬ誓いし今宵の桜影
浮気の風に身を散らそうや

桜木の影に待つ君はあのままに
老い行くわれに優しく微笑み

桜木の下行くたびに世は動き
今年も二人の背に花吹雪舞い

背丈ほどの若き枝にも花咲きて
そばに立つ乙女の胸にも

春ごとに花身にまとう桜木よ
われ人なれば花一度きり

花匂うわが身に触れる想い人
散りにし後にもこの身慕うや

早咲きのすでに散りたる桜木よ
残りの春をいかに過ごさん

訪ねきて触れる木肌は老いゆけど
見上げる花のその見事さよ

(2019/4/09)


薄紅の一重を踏みて桜木は
淡き緑の衣纏いぬ

行く春を惜しむが如く山桜
裾野を染めて日は暮れゆきぬ

染井散り八重終えどもなお我は
花を追いつつ北の国へと

弘前の海を隔てて蝦夷桜
まだ終わりはせじ来よと誘いぬ

戯れに春風花に囁きぬ
身は縛られても心は自由よ

雪忍び連理の枝の桜花
開きて供に春をば迎えん


【桜守りの歌】


物言わぬ花に語るは守り人
植えし桜と齢を重ね

都にて我が子と思しき数万の
桜見守り日々を送りぬ

西行の末の心の想いをば
我がものとして生きるこの頃

花街の色香も及ばぬ桜とぞ
思いて今日も花を追いつつ

願わくば我なき後も桜木よ
永遠にこの地に満開の花を

(2018/04/06)



昔から桜は好きよと君言いぬ
その心根の爛漫なこと

染井より都の花は紅枝垂れ
春風に舞う袖の色香よ

武士の気骨の肩にはんなりと
紅の枝垂れは揺れて過ぎたり

枝垂れても紅さす色のなかりせば
志士も隼人も京に入らずや

咲く花の色香に酔いて彼の人と
草野の露に 濡れし朧夜


朧夜の 夢に彷徨う桜野に
追うは過ぎにし恋の面影

過ぎ去りし恋と 諦めきれず桜野に
待ちし君へと春の夜を駆け

ぼんぼりの消えて月夜の桜蔭
遭い寄る二人の影はひとつに

春の夢 逢瀬を重ねし恋人は
我それ桜木と庭指し示し

夢覚めて 彼のひと何処と見渡せば
床に残りし一枝の花


想い人 月の都の桜蔭
我を偲びて歌を詠むかな

春の宵 花の香りに酔い痴れて
いつしか朧の夢に入りたり

紅枝垂れ 恋しき人を待ち兼ねて
花の涙を落とす夕暮れ

今宵また忍び出で来よ臥所開け
花も盛りの朧月夜に

君待てど臥所を覗く朧月
眺めて明くる切なき春の夜

片時も忘れはせじと春風に
花の便りを乗せて君待つ

来る春に花は咲けども返り文
待てども来ぬと君恨まじや

黒髪に贈りし花の簪を
さして微笑む君は都に


想いても 枝さえ触れ得ぬ桜木の
間を隔てるは庭の松影


老木の枝を絡めて花先に
並び可愛やひ孫の桜か

(2018/03/30)



遅くとも桜よ君も 焦らずに
時来ればやがて花開く身なれば

遅咲きの身とは言えども八重桜
絢爛豪華に春閉め括る

新緑の中にひっそり山桜
春の名残の色を残せり

それにつけ桜の花は有り難きかな
待てば春来と今年も咲きつる

故郷の春の桜は変わらねど
見知らぬ人の増えて寂しき

我ともに生きし桜も苔むして
並びて霞の空を眺めり

孫の背と並ぶ桜木花開き
Vサインを添えスマホの画面に
 
 (2018/03/27)


【花開く若き乙女に】

一枝の花の移りは早乙女の
その身や心の化身なのかも

たおやかな髪も輝く肌さえも
春過ぎゆけばやがて散る花

春風の誘いに目覚めゆるやかに
乙女心の花は開きぬ

我の手をそっと握りて俯きし
君忘られぬ花を見る度

花よりも漂う君の黒髪の
甘き香りに心乱され

麗しき君が御胸に舞い降りし
花を羨む春の日の午後

知るや君 盛り過ぎれば散る花の
涙となりて消えゆく恋とぞ

我は春風 戯れに花の枝をば渡りゆき
恋など知らずと葉隠れに消ゆ

花開き鳥訪れて身を結び
地に落ちてこそ再び芽となる

若き春 花の盛りの真っただ中の 
輝く君に永遠の幸あれ

 (2018/03/26) 
 

【 山桜の花に 】

萌え出る 緑の(はざま)に山桜 秘かに白き花を咲かせり
 

都を落ちて後に 

奥山緑の葉隠れに

秘かに暮らした佳人の如く

白き衣に薄紫の衣を重ねたるかの装い 

その清楚で気品ある花の風情にも

何処か哀れさを感じさせるのは 

過ぎ去りし昔の栄華を偲んでのことか

はたまた 都に残した想い人を

今もなお 恋慕う故なのであろうか


奥山に 白き花を咲かせては 尋ねる君を待つも幾年(いくとせ)

衣は唯の 一重になれど紫に 染める心は今も都に 

待ち詫びて 我が身はいつしか桜木に 山辺に白き花を咲かせて

ゆく春に花散り行けど 我ひとり山辺に咲きて 永遠(とわ)に君待つ

尋ね来て 我の桜に気づかなば 手折(たお)れや共に都に帰らん 


(2017.4.20)


薄紅の染井散りたる片隅に 咲く絢爛の八重桜の花

散る花に 今宵とどめの大嵐 窓を打ちたり夜の明けるまで

吹く風と 雨に打たれし花衣 濡れ惑うその身を思えば哀し

君は春 風に開きて風に散る 短き花の夢を残して

われ今宵 一夜の嵐に散り行けど また来る春にきみと契らん 


花の宵 人を偲びて詩詠めば 月の彼方に鷺の恋歌

はらはらと 散りゆく花を惜しめども 春は過ぎゆく人の道にも

ゆく道に 薄紅色の敷き衣 残して去りゆく春ぞ恋しき


君旅へ 我ただ無事をと頷いて 桜の蔭の切なき夕暮れ

振り向けば 紅の桜は遠退いて 前には赤き夕陽沈みぬ

胸に残る 熱き想いの一言を 去りゆく花に言えばよかった


ぼんぼりの 消えて残りし朧月 空より(はな)を一人眺むや

人絶えし 桜の薗に影二つ 花は黙りて月も語らず


都落ち 今宵の宿にと彼の君の 詠まれし花はこの桜かと

我包み 風に揺れては薄紅の 枝垂れの間より射す朧月


【隣の花に】

此の春も 隣の庭の紅枝垂れ 初々しくも咲きて(うら)まし

その主 庭の枝垂れの桜をば 囲いし佳人を見せるが如くに


囲われて 来る春ごとに望まずも 咲く我が想いをば知る人もなく

世に生れ 花の盛りのこの身をば 人には見せじ唯君のみにと   


春風に 揺れて可愛や薄紅の 袖振る花の姿麗し

この身をば 麗し可愛というならば (さら)いて君が庭に咲かせや


朧夜の 花の盛りの桜木の 袖の色香に月も迷いぬ

恋しきと 言い寄る君よ如何にして 天より下り我と契るや 



一片(ひとひら)の 桜の花か我が恋は 咲きし間もなく雨に散りゆく 

一年(ひととせ)を 待ち焦がれたる春風は 我を散らせて違う枝へと


桜木の 陰に隠れて君待てど 逢瀬かなわず有明の月

道ならぬ 恋に身を焼く春の宵 我待つ君に会えぬ切なさ


染井より 京の桜は紅枝垂れ 舞妓の帯の揺れて可愛や

日本髪 黒紋付きに紅さして 花見小路に車待つひと

今頃は 賀茂の河原の桜影 夕闇さしてぼんぼり灯りぬ

都人 待ちし桜の色めきて 賑わう春を喜びにけり


春風に ほのかに漂う花の香に 都の人を想いつるかな

うちも一人の女どす あの日の君はそう言い残し 涙をこらえ駆け去りぬ



(2017.4.11)


花の(はな) (まさ)(はな)なりし 彼のひとは 散る惜しまぬは一人として無き

【 吉野の春に/静御前幻想(しずかごぜんファンタジー)


古来より 花を(つな)ぎし吉野山 なぜに分かつや人の運命(さだめ)

縁ありて 咲きし連理(れんり)桜花(さくらばな) 時の嵐に散るは哀しき

吉野山 花の吹雪の折ならば 君とこの峰越え行くものを

今生の 別れなるかと花衣(はなごろも) 雪に消え入る影を送りて

雪消えて 吉野の山に花咲けば 恋しき踏み跡 辿(たど)るは(かなわ)

過ぎし日々を 偲びて舞うや白拍子(しらびょうし) ()のみ戻りて鎌倉の宮

来世では 花散る里に二人して 世の(しがらみ)を捨てて暮らさん



【 大阪造幣局の桜の通り抜けに / 2015版 】

(はな)の道 通りついでに逢坂(おおざか)の 城の天守で太閤(たいこう)の身に

行ってきた いやこれからよと 言うだけで 通り抜けだと分かるこの時期

うち天満橋 あんた桜の宮で降り 歩けば逢える花のトンネル

十重二十重(とえはたえ) 色様々(いろさまざま)浪速路(なにわじ)の桜を(くぐ)れば胸に春満つ

地下鉄を 降りて渡るは天満橋(てんまばし) 向かう先には(はな)極楽(ごくらく)

浪花路(なにわじ)の 造幣局の桜をば 見ずして此の世の春は語れじ


桜咲き 草木も萌える春の野で 何を(ためら)う我をい抱けよ

ねえ君 明日暇なんでしょう 花見に行かない 弁当私が造ってあげる

何言ってんのよ 卵焼きだけは 私がこの手で焼いたんだから 花きれい!

枝垂れより なお散り難しは八重なりと 雨夜の君はふとそう洩らしぬ

染井(そめい)は町 枝垂(しだ)大宮(おおみや) 八重奥御殿(やえおくごてん) 桜に()える佳人(かじん)の絵姿

染井過ぎ 枝垂(しだれ)れの後に控えるは 豪華絢爛(ごうかけんらん) 八重咲きの(はな)

彼岸より 我を迎えし紅枝垂れ (いと)しき人の(よみがえ)るが如くに

一年を 偲びて待ちし紅枝垂れ 胸の想いを そっと語らん

華やかな 桜の陰にひっそりと 白き林檎の花は開きぬ

春風の 便りに寄れば彼の女神 今は北へと花を撒きつつ

薄紅の 女神の衣は空を過ぎ 桜はもとの蒼き葉の色

花冷えに 床に乱れる単衣着(ひとえき)て 震えるその身をしかとい抱きぬ

花々の 枝をめぐりて行く鳥の 生命溢(いのちあふ)れる春の恋歌

美しき 声に足止め聞き入れば (まさ)(うぐいす) (ほまれ)一声(ひとこえ)



【 京都御所の公開に添えて 】


(みやび)なる 御所の扉は開かれぬ いざ踏み入らん花の内裏(だいり)

回廊に 立ちて招くは緋扇に 十二単衣の花の宮人

白砂に咲く桜木の薄紅の夢を誘うや平安の御代に

芳しき 香りほのかに漂いぬ 御簾の向うに影や彼のひと

恋にくれる 夢物語の人々は 姿を見せず 影にひそみて

この花を 眺めて思案し給うや 恋しき人に贈る文をば

つかの間の 春の一夜の夢去りて 内裏の御門はひたと閉まりぬ



(いずれ)御代(おんとき)にか】


花の夜は 想う人ありてこそ楽しけれ 無ければ寂し一人寝の月

文交わし 重ねる逢瀬の春の宵 此の世の花は御簾(みす)の内にぞ

床に散る 単衣(ひとえ)を肩に 二人して朧月夜に花を眺めん

秘めし恋 桜の影 に忍び入り 想いを遂げんと朧月夜に

夕影に 人を偲んで歌詠めば 枝垂れの桜に月傾きぬ

春風の 舞入る御簾(みす)の後ろ影 弾く琴の音や夜桜の庭

柴の戸に懸かる月夜の紅枝垂(べにしだ)佳人(かじん)の隠れし(いおり)かと見ゆ



誉めたのは 花かと()ねる枝垂れ帯 好きかと問えば知らぬと横向き

花の宵 優しき春の雨なれば 舞妓よともに濡れてゆこうよ

今頃は 花見の客も遠のいて 小雨の夜風に揺れる桜木

我いつか わが師とともに撥や合わせん 桜の下にて心ゆくまで

まだ蕾の紅大枝垂れ 急がずとも汝が一番 咲けば気づかぬ者なかりせば

ここにも一人 花に魅せられし人 カメラ片手に思案にくれたり

われ待ちし 紅の枝垂れよ今年も見事なり その美しさを何に例えん

俄なる 花渋滞に忙しき 警備の人も弁当開きぬ

舞い踊る 宴たけなわの花天井 抜ければ上に朧げな月

夜桜の 下を歩けば君が袖 付いては離れ 離れては付き

時は過ぎ 春はめぐりて人は逝き また生まれきて見る桜かな

西に行きし 法師の夢を桜木の 下に偲びて一首歌わん

その佳人(かじん) 桜の花の一枝(ひとえだ)真紅(しんく)一輪(いちりん)見しが如くに

一年(ひととせ)も 夢見し花を前にして 逢瀬の日々の切なさ(はかな)

花見んと 自転車寄せる乙女たち 頭上の(つぼみ)とともに(はじ)けり

待ちし花 そっと一枝引き寄せて香りみしひと 今は何処に

春や春 なぜ我心に訪れぬ 浮世は花に満たされしものを

願わくば 慈悲(じひ)の仏よ(とこ)に臥す 我が師の身にも花の息吹(いぶ) きを

外に座す 尊者(そんじゃ)よ桜の春なれば 頬緩(ほほゆる)められよ足崩(あしくず)されよ

我が(さと)釜飯庵(かまめしあん)に満開の 彼岸桜や色は薄紅(うすべに)

花開く 枝の彼方に朧月(おぼろづき) 飛び行く影や 恋の一鳴き

夕暮れて 春風の止む月影に (ひそ)かに枝の花は開かん

花の頃 摘みて作るは蓬餅(よもぎもち) 懐かしき味 祖母の微笑み

濡れ(にじ)む 桜の(つぼみ)紅色(べにいろ)は 恋に破れし乙女の涙か

故郷の 桜の寺の縁日に カバン投げ捨て遊びしあの頃

あの丘の 花は開きて薄紅色に 霞みの空を染めているかも

春風の 甘い誘いに色めきて 花開かんとする危うき春の夜

先染まる つぼみ可愛や 初めての 紅引く乙女の唇が如くに

夕暮れて 桜にかかるは朧月(おぼろずき) (うつ)水面(みなも)に花の浮雲(うきぐも)

世の春を 二人で(なが)めん 病い去 り 今を盛りの桜木(さくらぎ)の下

(とこ)に伏し 何を想うや彼の人は 桜月夜のこの春の宵

春風に (たく)すは切なきこの想い 石庭に咲く花のもとへと

我が恋は 桜に掛かりし朧月 寄り添いながらも()えて(ちぎ)らず

世の春は 陽光煌(ようこうきらめ)き花咲くも 悲しき運命(さだめ)にみまわれる人あり

心に花咲く若人(わこうど)は 希望に燃えて春風の中 未来に向かってペダル踏み込む


【 桜 木 】


(かすみ)み分け 人知れず 咲く深山(ふかやま)

花に魅せられ 通う者あり

春の弥生(やよい)ともなれば 雨露凌(あめつゆしの)俄屋(にわかや)(こも)

花開くを()ては喜悦(きえつ)し 散るを惜しみては感涙(かんるい)(むせ)びたり

通い詰めて 十年目のある春の宵のこと

朧の月夜に咲き誇る満開の花のもとに 立つ人陰あり

観れば年の頃なら二十歳前後(はたちぜんご)女性(にょしょう)にて

長き黒髪を背に束ね 花柄の単衣(ひとえ)に身を包み素足なり

この世のものとは思えぬほど眉目秀麗(びもくしゅうれい)なれば

こんな処にと(あや)しみて 問わば

近くの村に住まいする者にて

名は桜木(さくらぎ)というなり



われ待ちし 逢瀬を夢の桜人(さくらびと) 今宵も一夜(ひとよ)を露降りるまで

想い人 花の単衣(ひとえ)に身を包み 待つや今宵も(おぼろ)の月 ()

春の宵は 恋しい人の膝枕(ひざまくら) おぼろ月夜の桜木の陰

春の宵は 恋しい人の膝枕 月の逢瀬に舞う花びらの夢

花のもと 膝を枕に(あおぎ)ぎ見る われ恋う人に掛かる夕月

朧月(おぼろづき) 夜ごと重ねる逢瀬観(おうせみ)て 桜の色に顔染(かおそ)めるかも


ふれし(のち) 枝を離るる春風を 花の涙で送る桜木(さくらぎ)

春風を 追わんとすれば如何せん 馴染みし土が我を離さじ

渡りゆく 鳥こそ(うらま)し春風に ()うて霞みの彼方に去りぬ

一年(ひととせ)を 待つや弥生の恋衣 逢瀬を夢に耐えて忍ばん


春風(はるかぜ)に 桜の(せい)の舞い上がり (さみ)しの月を(なぐさ)めにけり

(かんばせ)水面(みなも)(うつ)して朧月(おぼろづき) 散る花びらを()て楽しむや

桜木(さくらぎ)は 名手の(つま)弾く琴の音に 花の舞をば見せて(きそ)えり

舞踊る 極彩色(ごくさいしき)の歌姫に いつしか桜の丘は夢殿(ゆめどの)

峰遥か 天にも届く花の波 高天原(たかまがはら)の神や降りなん

霞たち 桜が丘の賑わいに 寄せる人波 幻に見ゆ

天高く 舞うあの鳥の(うらや)まし 眼下に見ゆる花の景色は

花びらの うち重なりて木を覆い 桜の精の出でませ 月夜に



【 大江戸花見風景 】


眼の前の 時が戻りて大江戸の 花見の宴に我も加わり

花を見る 笑顔可愛いや新妻は 恥じらいながらも(さかずき)を受け

墨堤(ぼくてい)の 昼の花見はうたた寝て 吉原桜(よしわらざくら)の夢を見るかな

(たと)うるに 染井は優しき町娘 八重の桜は御殿女中か

雲水も 網代(あじろ)を上げて春風に 舞いし裳裾(もすそ)をちらりと見たり

桜吹雪を手のひらに 受けてからめし花結び 口頬ばれば何が八百善

大江戸の 花酔い人を皆乗せて 隅田上るやこの桜船

流し目の 向こうに集う町娘 笑顔ほんのり染めて世の春

端唄流れて島田に掛かる 色は桜に染めし手拭い

花筵(はなむしろ) 綺麗(きれい)どころの流し歌 見惚れる(ひざ)をば(つね)る太指

花のもと 上に交じりて駆ける子に 長屋住まいは冷や汗をかき

奥帰り ()らす秘め事顔寄せて 聴く花影や妙に静けし

二本差し さも桜に浮かれたり (びん)の花びら気にも()めずに

屋形より 桜眺める御大尽(おだいじん) 散る花真似て小判捲(こばんま)きたり

江戸の春 逢瀬を求めて桜木の もとに集いし人々の夢


【 苦海の花 】

(哀しき運命にみまわれ、はかなく散った乙女たちに捧ぐ )


大門の 一夜桜が夢ならば 覚めて帰りたやあの時の身に

渦巻の 飴を片手に観た桜 もう一方を姉に引かれて

ー 「ねえ、おじちゃん。渦巻き飴ってどうやってつくるの?」
「なあに、こうやって、目を回しながら作るのさ。」「あはははは・・。」ー


あの門を 手を(たずさ)えて(いず)る日を 夢みし友は(こも)に包まれ

年季開(ねんきあ)け 出るもあてなく舞い戻り ここが(さと)ぞと思い知らされ

親想う 涙も枯れて待つ人を 想う心もいつしか消え果て

真世(まことよ)の 身を(あきら)めて偽りの 世こそ我が世と思いつるかな


吉原の 露と消えにし乙女たち 俄桜(にわかざくら)に何を(しの)びて

世を恨み 人の裏見て露と消ゆ 幸ひとつ無く愛さえも知らずに

生きては苦海に 死にては寺に投げ込まれ 名のみ残れり(すみ)のかすれ字

忘れては 忘れてならじ世の陰に 哀れに散った乙女桜を


* 貧しきが故に幼くして身を売られ、囲いの(くるわ) に押し込められて
(つら)さゆえに自ら命を絶ちたり、病に倒れて死して後、簀巻(すま)きに
されて投げ込み寺に投げ込まれた乙女の数、二万を超すという。花と開いた
江戸文化の裏に、犠牲となった彼女らの存在を忘れることは出来ない。
彼女らの平均年齢は二十二歳、今の時代なら多感な青春時代を自由に
謳歌できたものを・・・。




【 京の春幻想/島原太夫(しまばらたゆう)手前の茶席 】


(ふすま)開き

かむろの鈴の() と共に 静々(しずしず)

島原大夫は現れ出でたり

結い上げし 髪はといえば鼈甲(べっこう)

長指物(ながさしもの)珊瑚揺(さんごゆ)

絢爛(けんらん)たる ()(まとう)うれど

歩む畳は素足にて

帯は心に前結び

この世のものとは思われぬ

天女のごとき眉目(びもく)にて

一糸乱れぬ立ち居振る舞い

まさに吉祥天(きっしょうてん)の如くなり

据え置かる (かま)に向かいて内手前

袱紗(ふくさ) の作法も曲水(きょくすい)

花の流れか心地よく

茶筅(ちゃせん)の止まりに 差しだせし

茶碗を運ぶはかむろなり

大夫は再び向き直り

次の手前に(さじ)を取りつつ


(たて)し茶を 含めば浮世の春の(ごと) 心のつららも 溶けて(なご)まん

島原の 名花の(たて)し茶を飲めば 都の春は座敷にも満つ

時ならば 大宮人(おおみやびと)を前にして 琴を弾じて 舞う花の宴

羽衣を (とら)れし上は 島原を 仮寝(かりね) の宿にと早やもう幾歳(いくとせ)


紅枝垂れ そよぐ春風色目着て 袖はさらり吉野と入れたり

世にきこゆ 吉野大夫の座を囲み 花詠みし客は誰とたれかな



【 京の桜によせて】


花の宵 優しき春の雨なれば 舞妓よともに濡れてゆこうよ

早や弥生 都に咲くや紅枝垂(べにしだ)れ 見たや舞妓の花の(かんざし)

忍ぶ恋 想いを胸に花の(えん) 舞うは三味(しゃみ)()ゆかし黒髪

恋しきは 白き指にて我が袖の 花を払いて微笑みし人

今頃は 花見小路(はなみこうじ) の想い人 我に逢わんと(べに)を引くかも

花影に 落ちて流るる清水(きよみず)慈悲(じひ)菩薩(ぼさつ)如何(いか)におわすや

ぼんぼりの 桜の影の白川に 三味の()漂い花流れゆき

花簪(はなかんざし) 揺れる人とのツーショット 匂う化粧に心も身も浮き

簪を 揺らして歩む石畳 舞うや今宵の花の(うたげ)

紅枝垂れ 揺れて帯にも移りたり (べに)はそれ化粧の眼もと口もと


【 花の恋歌 】


誉めたのは 花かと()ねる枝垂れ帯 好きかと問えば知らぬと横向き

夜桜の 陰に隠れて()でし(のち) 簪揺(かんざしゆ)らして我の紅拭(べにふ)

格子戸を 振り向きもせず出る人の 肩引き()める(べに)一枝(ひとえだ)

鴨川の たもとに咲くは紅枝垂れ 陰に恋しき人は待ちたり

散る花を 払うと見せて彼の人の 肩に触れたる指に途惑(とまど)

きみが肩を 抱かんとすれば振り向きて 途惑う指に花びら散りぬ

芸神(げいしん)の 花の(ほこら)(おもむ )きて きみを(しの)べは三味(しゃみ)()聞こゆ

紅枝垂れ 花を(くぐり)れば彼の人の 笑顔待ちたり弥生の晴れの日

花舞台 踊りしきみが手を添えて 我と歩くと 人は気づかじ

離さじと する手ほどいて御座敷が あるのと駆け行く京の夕暮れ

白き(えり)に 落ちし花びら息を持て (はら)えば済むと寄る桜木の陰

花冷えに 床に乱るる単衣着て 震えるその身をしかとい抱きぬ


〈 また、出来次第順次掲載、 いずみ〉

短歌集/ さくらによせて

短歌集/ さくらによせて

  • 韻文詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-16

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