桜の季節

〈登場人物〉
・天野陽依-あまのひより-     …語り手図書委員長
・廣田朔哉-ひろたさくや-     …ナルシスト総務
・仲野護-なかのまもる-      …代表委員長
・須藤碧衣-すどうあおい-     …組織きらい
・瀬戸口柊人-せとぐちしゅうと-  …生徒会長様
・比嘉七海-ひかななみ-      …実は生活委員だったりする
・海瀬真斗-かいせまなと-     …出番なしの体育委員長
・春屋慧-はるやけい-       …ムードメーカー選管委員長
・織口将太-おりぐちしょうた-   …愉快な仲間そのいち
・三角勝己-みかどかつき-     …愉快な仲間そのに
・掛橋賢一-かけはしけんいち-   …愉快な仲間そのさん
・伯方大雅-はかたたいが-     …変態総務
・矢倉栞-やくらしおり-      …旧二年三組
・森江紗那-もりえさな-      …旧二年三組
・柄井笑美-からいえみ-      …そのうちちゃんとでてきます



その日はまっさらな晴天だった。
青い空、白い雲、きらめく日差しに、麗らかな陽気。目の前を通り過ぎる桜の花びら。
うん、いい天気だ。
陽依はなんとなく上機嫌になって、ふっと笑みを漏らした。
人生で十五回目の桜の季節、中学生になって三回目のクラス発表の日、三年生になって初の顔合わせ、要するに今日は四月七日、始業式だ。
陽依のいる昇降口の階段下は、学年主任の先生から配られる新しいクラス表を待つ生徒でごったがえしていた。誰か友達がいないかと見渡してみるも、その行為は空振ることになる。なにせ、人、人、人だ。黒い制服の群れに、この学校にはこんなにたくさんの生徒が通っていたのかと尋ねたい。
午後からは入学式も行われる。今年の一年生はこんな晴天の中でいいな、と曇天ばかりだった二年前の春を思い出す。でもまぁいいや。卒業式さえ晴れてたら。今日みたいに桜吹雪も降っててほしいな。
それで、その桜吹雪の中で……
と、そこから先は想像しただけで頬が緩むのでむりやりシャットアウトする。あーもーあたしのばか。何考えてんだよ。探してないよ、あんな奴。真斗のことなんか、探してない。…けど同じクラスになれたらいいなぁ……
桜のはなびらが目の前を横切って、なんとなく手を伸ばして掴んでみようとした。けれど、握った手のひらにはなんにもなくて、”散っていくはなびらを空中で掴んだら願いが叶う”なんて迷信を信じているわけじゃないけど、幸せが逃げたような気がして面白くなかった。やっきになって、一人桜のはなびらと格闘していると、
「何やってんの」
後ろから呆れた声がした。そのせいで、取れると思ったはなびらがまた一つ、指の間をすり抜ける。
「もう、お前のせいだよ」
「なんの話だよ」
去年同じクラスだった廣田朔哉が唇を尖らして立っていた。
「桜、取れるかなって思って。朔哉のせいで取れなかった」
「へっ」
朔哉は小馬鹿にしたように笑う。むっとした。
「そんなのもできないんかよ。だっせー」
「うるさいなぁ。意外と難しいんだよこれ」
「こんなんおれの運動神経にかかればチョロだし」
「ナルシスト」
「ナルシじゃねーよばーか。……ほら、取れた」
「おー。一発じゃんすごい」
「すごくねーよ。お前がどんくさいだけだ」
「ち、ちがう。あたしがどんくさいわけじゃない!」
「認めろ。お前はどんくさい」
「なんで褒めたのにけなされるんだよー!」
陽依は喚くと、けけっと笑いながら、
「クラス替えだねー」
と朔哉は昇降口に目をやって言った。
「だねー」
「ニの三はびみょーだったからなぁ」
「そうかな。智晴とか、護とか碧衣とか、栞も紗那もいたじゃん」
「それしかいなかったじゃん。おれ矢倉とは話したことないし」
「そうだね」
「今年はいいクラスだといいな」
「修学旅行もあるしねー。最後の一年だし、楽しいクラスだといいよね」
「お前とも同じだったらおもろいよな」
「やだよ誰がお前みたいなはげと」
「うっせぇ。ハゲじゃねーよ髪あるだろうが」
「でも薄いし少ない」
「もさもさ多いよりはマシだっつの」
「わぁー。自分慰めてるぅ。かっなしいぃー」
「だまれブス」
「ブス言うなはげ」
新学期早々、ギャーギャーと意味のない言い争いを繰り広げる。去年から続いている挨拶みたいなものだ。くだらないけど、楽しい。朔哉はいい友達だ。さっきは売り言葉に買い言葉というやつでやだなんて言ったけど、同じクラスになれたらいいなと思ってる。……ただ、周りからも仲がいいように見えるらしいこの関係によって、困っていることが一つ。
「ヒロー」
朔哉を呼ぶ声がして、二人で振り返った。人ゴミに埋もれた柊人が少し先で手を振っていた。行こうぜ、と朔哉に手を引かれて、引きずられるように柊人たちと合流した。一緒に碧衣や護、勝己、春屋、織口、掛橋、伯方もいる。
「あれ?二人、そういう関係?」
春屋が繋がれているような二人の手を見て言う。周りもひゅーひゅーと騒ぎ出して、
「ちがうよ」
言うと思った、と嘆息しながら陽依は乱暴に朔哉の手を払う。同時に朔哉を手を放したらしく、
「ちがう!だってこいつがどんくさいから!」
と身の潔白を訴えている。
仲良すぎるとかなんとか、こういうことでからかわれることがとてつもなく多い。そんな気持ちは陽依にはまったくないし、朔哉だってかなり嫌がっているはずなのに、行動がいちいち考えなしで、いつだってからかわれる羽目になる。苦笑いしながら、もう何度目だろう「お前らできてるだろ」「できてねーよ!誰がこんなブスと!」「あたしだってこんなはげごめんだよ」「は?だまれブス」「ばか田はげ哉やのくせにうるさいよ」「ほら、やっぱ仲いい」「カップルにしか見えないよ」「ありえな」「うん、ありえない」そんな会話をしていた。
だから、柊人のその視線に気付くまで時間がかかった。
「なに?」
首を傾げた陽依を無視して、かなり複雑な表情で、
「ヒロ。真面目に、そういうのやめたら?」
柊人は朔哉に向かって言った。
更に首を傾けると、
「浮気だー」
「比嘉ちゃん泣いちゃうー」
伯方と春屋が追い打ちをかけて、朔哉は渋面になった。周りはどっと笑う。
「え、なに?どういうこと?」
「知らないの?」
護がきょとんとする。
「なにが?七海がどうかしたの?」
同級生の中で一番家が近い比嘉七海は、小学校の頃からの親友だ。毎日のように一緒に帰って遊んでいたこともあった。…過去形なのは、最近は関わることがないからだ。去年のいつごろからか、声をかけても応えてくれなくなった。理由はよくわからない。心当たりが見当たらないのだ。三年になったことを機に話しかけてみようとも思うけど、……怖いなぁ。また無視されたらどうしよう。
けれど、そんなこと考えていたのも、次の一瞬で吹き飛んだ。
護が朔哉に気兼ねするように小声で、
「付き合ってんだよ。朔哉と比嘉」
と言って、
……え、…え?ちょっと待って、今なんて。嘘だろ。え、
「えぇぇぇーーーーーー!!」
「うるせぇよ」
叫んだ陽依に碧衣の鉄拳が入る。陽依は呻いて頭を押さえた。
「いったぁ。なにすんだよ」
「天野がうるさいからだ」
「だってー。ちょうびっくりじゃん。え、ほんとなの?」
「知らなかったんかよ」
朔哉はふくれっつらでぶっきらぼうに言う。照れ隠しかよ、とにやにやした。
「いつからいつから?」
「終業式」
「あ、けっこう前だ」
「だからみんな知ってんだっつの」
「どっちから?」
「どっちだと思う?」
「七海」
「正解」
へぇーと感心する。
七海といえばかなりの面食いで、しかも好きな人がかなり変わりやすい。確か、小六までに二十四人だっけ?三つ上の先輩からニコ下まで色々。その七海がちゃんと告ったんだ。告っておーけーもらったんだ。うわすげえ。なんか感動。……ん、でも、
「七海、趣味悪くなった?」
碧衣と護の両方に叩かれた。
「うあっ」
勢いのまま頭を抱えてしゃがみ込む。うーと恨めしげに見つめても、
「お前が悪い」
「そーだぞ。朔哉良いやつだぞ」
二人とも気にも留めない。
「ほら」
まったく…と呆れながら朔哉が手を差し伸べてくれた。その手をつかもうとして、
「…やっぱいいよ」
一人で立ち上がった。
柊人の言う通り、彼女がいるのにそういうことするのはよくないと思った。
差し出した手を拒絶された朔哉は驚いた顔をして、それからふっと目を逸らした。
とくり。
その拗ねたような横顔を見て、何故か脈が揺れた。
とくり、とくり。
なんでだろう。なんでか、苛立つ。
そういえば、と思い出す。そういえば去年、こいつとこんな話をしたことがあった。
「付き合うってめんどくさいよな」
校門から続く桜並木が葉を散らして裸になる頃、朔哉はそんなことを言っていた。
「そう?」
「そうだよ。彼女に気を遣ったり、他の女子としゃべっちゃダメだったり。それと、おれは告る奴の気持ちがわからないね」
「それは単にお前が臆病者で告白する勇気がないからではなく?」
「臆病じゃねーよ」
「蛇嫌いで、バレーコートに蛇が出た時、真っ先に逃げたくせに」
「うっせーな。蛇って毒持ってんじゃん。毒から逃げてなにが悪い」
「アオダイショウもヤマカガシも毒持ってないけどね。……あたしはそうは思わないけどなぁ」
「でもさ、中学生同士で付き合ったところで、何すんの?リア充ですよって自慢したいだけじゃねーの?」
「朔哉、好きな人いたことないの?」
「ない」
「えー」
「じゃあお前はあんのかよ」
「……まぁ、」
「マジで!?お前みたいのもフツーに女子なんだ!」
「普通に女子じゃなかったらなんなんだよ」
「その好きなひとって男子だよな?女子じゃないよな?」
「当たり前だばか!あたしをなんだと思ってる!?」
「いやー男子とばっか一緒にいるから、てっきり男子かと」
「さいてーだぁ。花の乙女に向かっててっきり男子かとって言いやがったー」
「おとこおんな」
「うるさい。女だ」
「お前みたいなのじゃ一生彼氏できないだろうなぁ」
「お前に彼女ができる確率よりは高い」
「は?バカじゃないの?おれは彼女をつくらないだけでできないワケじゃないし」
「嘘つけ。じゃあ賭けてみようよ。どっちが先に彼氏彼女できるか」
「いいぜ。負けたらハーゲンダッツおごりな」
「絶対まけないよ」
……ばかだなぁ、朔哉のやつ。賭けのこと忘れてるなんて。アイスおごってもらえるはずだったのにもったいない。うん、苛立ちの理由はこれだね。賭けに勝ったくせに忘れやがるばーか、ってね。
柊人が首をすくめる。その複雑そうな表情にも胸がざわつく。なに、あたしなんかしたの?
陽依が顔をしかめた時に、空気がざわりと揺れた。
「あ、クラス表だ」
伯方が声を上げ、周りにいた全員が配布されるクラス表に向かって走りだす。
「……出遅れたね」
「だね」
あんなに人で埋め尽くされていた場所に、二人だけ取り残されてぽつんと立っていた。
「朔哉」
「何、陽依」
「……やっぱなんでもない」
「……あそ」
「やっぱなんでもなくない」
「なんだよ」
「あたしの分のクラス表も取ってきて」
「いいよ」
渋ってまたどうでもいい言い争いになると思ったが、朔哉はすんなり頷いて制服の群れに埋もれていった。それを少しの間ぽかんと見送ってから、両手でむりやり口角をあげた。
もう頼み事とかしない。遊んだりしない。しゃべったりもあんまりできなくなる。だから、ハーゲンダッツは買ってやんない、そう思いながら。
朔哉が持ってきてくれたクラス表を見ると、二組に陽依と護、三組に碧衣、四組に織口と伯方、その他柊人も春屋も勝己も掛橋も朔哉も五組で、その場でクラスごとに別れた。同じクラスだった護と、昇降口を登り教室へ向かう。
教室の窓からは、さっき取り損ねた桜のはなびらが、目の前を無数に流れていった。


その日の放課後、珍しくグループを組んでいる女子たちを連れず、一人で歩いている七海を見つけた。
一瞬息を呑んでから、
「七海ー」
声をかけると、七海は陽依を見て脱力したように笑った。
「ひぃ。久しぶり」
あぁ、話せた。ほっとして陽依も笑う。半年ぶりくらいだ。でも、そんなことは微塵も感じさせないように、
「残念だねー。朔哉とクラスちがって」
陽依はからかい口調で言った。七海は一組だった。
「ほんとだよー。もうサイアク」
七海も、無視されてたなんてあたしの勘違い?と思えるくらい何気ない口調で言って肩を落とした。
「付き合ってるんだってね。今日知った」
「今日知ったの?遅いね」
「仕方ないじゃん。しばらくみんなに会ってなかったし」
「そっかぁ。ひぃ部活入ってないもんね」
「うん。ともかく、おめでとう」
「ありがとぉ」
七海はまた力を抜いたようにふにっと笑った。幸せそうだなぁと陽依も破顔した。
「もぅ、怖かったんだからね。うちの不安返してよぉ」
そのまんまの笑顔で七海は言う。理解できずに首をかしげた。
「だからぁ、ひぃと廣田は両想いだってみんなが言ってたから」
……みんなってだれだ。
一瞬にして心が冷えた。芯が凍っていくのがわかる。
「あたし、朔哉のこと好きじゃないよ」
固く凍った声。だめだよ、あたし。ちゃんと明るく言わなきゃ。いつも笑ってくって、そう決めたじゃん。ほら、笑顔で言えって。あたし、ちゃんと笑えてる?
「え?そうなの?」
七海は笑顔のまんまだ。たぶんあたしと同じ、小さかったあの日に決意したのだろう優しそうな笑顔で。
「でも見てて分かったよ?二の三の子たちもみんな言ってたし」
これだから、これだから女子は嫌いなんだ。いつだってどこにだってグループ行動で、仲いいんだか悪いんだかごちゃごちゃどろどろ、裏では情報交換という名の悪口、陰口。なにそれ、あたしと朔哉が仲良くなった去年のあのクラスには、七海の部下の監視役がたくさんいたの?
こういうとき、自分の勘の鋭さや深く推察する性格が恨めしい。頭の隅で弾けた仮定はたぶん、正解だ。ずっと知りたがっていた”理由”だけれど、知った今となっては知らないまんまでよかった。知らないまんまがよかった。
「あたし、好きな人いるよ」
誤解を解くのは簡単だ。この一言を言えばいい。
「しかもそのこと朔哉も知ってるよ」
誰だかまで。どんなとこが好きかまで。
「えぇそうなの?なぁんだ」
七海はやっぱり笑顔のまんまで。
「だれ?その好きな人って。教えてよぉー」
「……朔哉と同じクラスの人。名前は教えない」
「教えてくれたっていいじゃんー」
抑揚をつけた声が耳の奥でざらつく。
「用事あるからまたね。ばいばい」
陽依は無理してつくった笑顔で、その場を離れた。引きつっていたとしても、そこで笑えたあたしを誰かに褒めてほしい。
去年、親友に無視されていた理由。
小学校来の友達に目を合わせてもらえなかった理由。
クラスに馴染めなかった理由。
男子とばかりつるむようになった。
女の子らしい女の子になりたくないと思った。
もらった笑顔もなくしかけた。
去年のあのクラスのせいで。
あたし、色恋沙汰に巻き込まれてたんだね。
「朔哉のせいだ……」
思い浮かべた朔哉の顔がくしゃりと歪んだ。


次の日の掃除の時間。陽依たち二組一班の担当場所は美術室前廊下だった。
美術室の掃除用具入れからほうきを取り出していると、
「よう」
頭上から声が降ってきた。確かめなくとも誰だかはわかる。ぴくっと肩が身じろぎした。
顔を上げて、自分と身長の大して変わらない朔哉の顔を正面に見た。そこで初めて、自分が俯いていたことを知る。
「美術室周辺は二組と五組の合同なんだってね。陽依も美術室掃除?」
嬉しそうに朔哉は言う。
「ちがうよ。廊下。美術室は五班だって」
「えーちがうのかよー。残念」
……だからさぁ。
そういうこと言わないでよ。残念、とかさ。やめてよそんな。全部そういうお前の無神経な言動のせいじゃないかぁ。
苛立ちが募る。
朔哉は七海のこと考えてればいいんだよ。七海のことだけ考えてればいいんだよ。なんであたしなんかに構うんだよ。思わせぶりなこと言わないでよ。どっかいけこのばかやろう。
朔哉は不思議そうな顔をした。
「陽依?どうかした?」
それが引き金だった。ぷつっと何かが切れて、ふっと視界が消えて、
「……いてぇ」
気付いたら手の中のほうきは持ち替えられ、朔哉は額を押さえていた。指の隙間から見えたうっすら滲んだ血に、陽依の表情がひび割れる。自分がほうきで朔哉を殴ったことはわかった。それなのに、傷つけられたはずの朔哉より、傷つけたはずの自分のほうが傷ついた顔をしていて、そのことに気付いて更に傷つく。朔哉はただ驚いていて、怒っても睨んでもいなくて、むしろ心配さえしてくれてて……なんでだよ。なんでお前はそんなにあたしのことを……
泣きたくなって、でもあたしが泣いていいはずがない。
「……ごめん」
呟いて陽依は逃げ出した。


そのあとのことはよく覚えていない。
結局掃除場所には戻ったらしいけれど、朔哉とは会ったかもしれないし会ってないかもしれない。
掃除が終わり、昼休み、教室に戻って机に突っ伏す。
あー、やっちゃった。でもこれでもう、朔哉だってあたしのこと嫌いになってくれるよね。それが正しいんだよね。友達また減っちゃったな。やだな。朔哉ともっと話していたかった。けどいいんだよね、うん。このほうが、いいよね。
なんてうじうじ考えていたら、ちょんちょんと肩をつつかれた。
「呼んでるよ」
初めて同じクラスになった柄井さんだった。柄井さんは教室の前のドアを指す。見ると、朔哉が手招きしていた。何事もなかったようににっと笑いながら手を振るその態度に、とくんと鼓動がブレた。
「なにー?」
一緒に呼ばれていた護が朔哉に尋ねる。
「今日、中央委あるってさ。放課後、生徒会室ね」
「えーマジかよ」
いつもばかやってる面子だけれど、陽依は図書委員長、護は代表委員長、そして朔哉に至っては生徒会執行部様なのだ。ちなみに伯方も生徒会、柊人は驚くなかれ生徒会長様だ。選挙管理委員長は春屋だし、体育委員長は真斗だし、生徒会と各委員長が集まって会議する中央委員会の顔ぶれはかなり個性的でらしくない。正直、仕事なんてするか委員長なんて内申のためだけにやってるんだよみたいな連中の集まりで、だから今日の会議ももっと自覚を持ち、学校をよくするため…みたいな話だろう。二年の後期に委員長になってから、そんな類の話を耳にタコができるほど聞かされていた。
「じゃあそれだけだからー」
朔哉は本当になにもなかったように去っていった。それでも腫れた額は隠せていなくて、席に戻った陽依はまた机に伏せる。
なんで……あいつはあぁなんだろう。
あたしを庇いたかったんだろうなぁ。気にするなってつもりだったんだろうなぁ。あたしにはできない。相手のために笑うこと。ずっとそうなりたいって思ってるのに。いつだって笑顔でいようとしてるのに。
簡単にひび割れる。容易く傷付く。ほんとどうしようもないくらい弱くって、脆くって。
そうならないあいつって、ほんっとすごいなぁ。
ごめん、七海、あたし嘘ついたかも。
朔哉のこと、好きだ。
いや、そういう"好き"じゃないんだけど。恋愛対象として好きなのはずっと真斗だけど。
でもそうじゃなくてさ。好きなものは好きなんだよ。
あたしは、あいつの、真っ直ぐ人を思いやれるところが好きだ。
好きだけど、恋じゃあない。
だからたぶん、これは単純に憧れなんだと思う。あんなふうになりたいって。あいつみたいに、笑顔見せてる人でいたいって。
だから……
まずは、と筆箱を漁る。底にあった絆創膏を取り出して、ポケットに入れた。
中央委、早めに行ってあいつに謝ろう。謝って、この絆創膏を額に貼ってやろう。あ、でも真斗もいるんだっけ。真斗の前でいつもみたいにからかわれるのはいやかなぁ。まぁいっか。できてるだろって言われたときは上等、いつもみたいに言い返してやる。こんな奴ありえないよって。大丈夫、今なら笑えるから。
窓の外の桜はほとんど散って、もう願いをはなびらに賭けることは出来なさそうだった。


季節は反転して、また木枯らしが桜並木を脱がす頃になった。
「天野、勝負やらない?」
昼休み、護に誘われたが、
「悪い。今日図書当番だから!」
手を合わせながら断って、駆け足で図書室へ向かう。そのドアを開けて、
「あ……七海」
「……今日当番ひぃだったんだ」
気不味くなって黙りこむ。お互いいつもの笑顔はない。陽依と朔哉が付き合い始めてから半年が過ぎていた。
気不味いのは嫌いだ。だったらあからさまな社交辞令でもなにか話したほうが楽だと思う。でも、言うべき言葉が見当たらなかった。
黙ったまま通りすぎて貸し出しカウンターに入る。
「……どう?最近」
踏み込んできたのは七海だった。なんのことは訊かずともわかる。
「相変わらずだよ。ノリと勢いで付き合ったからね。わいわいがやがやって感じ」
陽依は飾らず答えた。
「そう」
七海の反応は素っ気なかった。けれどそれでいいと思う。
別に許してくれなんて思っちゃいない。奪ったようにも見えるだろう。別れて十日で他の女と付きあうなんて、自分が関係しなければ軽蔑している。
陽依は七海に構わずカウンターの仕事を始めた。
「別れたらゆるさないよ」
慌てて顔を上げた。けれど、七海はもう図書室を出ていて、陽依は一人肩をすくめた。
空気がまとわりつくような気がして、窓際によって窓を開け放つ。ごうっと風が飛び込んできて、枯れ葉が図書室を舞った。急いで戸を閉めて息を吐いたが、ふと頭の上の小さな感覚に気付く。
黄金色に染まった桜の葉が一枚、そこが居心地のいい自分の場所だというように乗っかっていた。

桜の季節

桜の季節

「桜の降る頃に始まった、私と君の物語」 春、始業式の日の話。 久々の学校で陽依を待っていたのは、朔哉からの吉報!?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted