マフラーゲーム

十一月一五日が、今年もやってきた。
「お先です」
ホームルームが終わり、誰に聞かせるわけでもなく、一人言のように呟いて、私は学校を後にした。初冬の風が頬を冷たくする。
首回りのマフラーは緩くしか巻いていないけれど、今日はこれでいい。

時刻は夕方四時四十三分。高校の最寄り駅に到着した。
十五分置きに普通電車しか停まらず、ホームが二つしかない小さな駅だ。自動改札を抜け、階段をかけ上がり、下りのホームへと急ぐ。
走ったところで電車は来ないけれど、気付くと急き立てられるように駆けていた。
下りのホームには誰もいない。上りはどうだろう。お年寄りの夫婦が一組と、四、五人の女子グループはいるけれど、彼はまだ着いていないようだ。

ベンチに腰を下ろし、のそのそとマフラーを外した。
柄の入っていない、真っ赤なロングマフラーは、私のお気に入りだ。
マフラーを半分に曲げ、できた輪に、くるりと反対側の布地を通す。シンプルだけど暖かい、ワンループ巻きの出来上がり。

一本電車をやり過ごす。
十七時五分。彼は慌てた様子でやってきた。
良くも悪くも『普通』という言葉がぴったりな顔立ちと髪。どこにでも売っている、肩掛けのスポーツバッグ。学ランの上から黄緑のマフラーをしている。私と同じワンループ。
良かった。去年と何も変わらない。

彼がにこっと笑うのが分かる。
マフラーの先っぽをパタパタと動かして合図をくれる。

じゃあ、今年の一つ目を始めましょうかーー。


それは、二年前に始まった、他愛のないゲーム。
私が高一だった時に、始まった。十一月一五日に私と彼はワンループ巻きをして、夕方五時にホームで待ち合わせをする。翌日から毎日、私はマフラーの巻き方を変える。彼は、次の日までに巻き方を調べ、その巻き方をしてホームへとやって来る。分からなければワンループをすること。この繰り返しを、二月一四日まで続け、翌日はお互いにワンループ巻きをして終了。
特に言葉を交わすこともなく、ただの暇潰し。彼が始めたゲームだ。

今年の第一弾はジローラモ巻き。
首回りに巻き付け、最後に甘った布地を通す。結構簡単だけれど、保温効果は高くない。

私は優しいからね。最初は男性でも似合うスタイルから始める。
ネクタイ巻き、ピッティ巻きにダブルループ。フロントノット、ねじりワンループ。
徐々に難易度を上げたり、女性向けのデザインも入れていく。ポット巻き、かぎ結び、クロス結び、片リボン巻き、ボリューム巻き、シェル巻き。


クリスマスとか正月といったイベント事には、私達は無縁だった。
ただ、駅のホームですれ違うだけで、それ以上は踏み込まない。それは暗黙の了解。不文律だった。
けれど、何となく考えてしまう。彼は誰と一緒に、イブの夜を過ごしたんだろうか。年末は家族と越すのかな。年が明けたなら、私の知らない誰かと初売りに出掛けるんだろうか。
ストーカーみたいだ、と自分でも思う。
考えるな、と思えば思うほど、彼が私の知らない誰かと笑顔でいる光景が、瞼の裏に浮かんでくる。

去年も一昨年も、こんな感情は沸いてこなかった。高三になって、ゲームの終わりが近づいているからだろう。
嫌だ嫌だ。
自分がこんなにも他人に執着し、ねちっこい性格だとは思わなかった。

私は彼のことを何も知らない。名前は?年齢は?好きな物は?嫌いな物は?好きな人はいるの?どうなのーー?

あぁもう。
駄目だ駄目だ。
また考えてしまう。あの人のこと。

悶々としたままでも、最終日はやって来る。二月一四日。
学校のあちこちで、チョコを渡す渡さないでざわついている。キレイにラッピングしてさ、今更「どうしよう、緊張しちゃうよ」なんて友人に相談する女子。友チョコのやり取りをするグループ。その傍ら、間近に迫る受験のために、一心不乱に勉強する者も多い。私もその一人だった。

渡す相手も、くれる子も別にいない。
けれど、このフワフワとした雰囲気は嫌いじゃない。

「お先です」
いつもと変わらない。ぼそっと呟いて駅へと急ぐ。
ホームについて、一つため息をつく。風はないけれど、空気が冷たい。体の奥底から冷える。
あの人は、今日も来るだろうか。
例年ならループ巻きをして、今日でゲーム終了だ。今年で、最後なんだ。他愛ないゲームが終わる。

だったら、何かしなくていいの?

あなたのことを考えると、私は嫉妬の固まりになる。嫌な女になる。
私をこんな気持ちにさせたあの人に、この小さな気持ちを伝えたい。

そうだ。ちょっと意地悪してやろう。

マフラーをほどく。一気に体温を奪われる。私はのそのそと巻き直す。時間をかけて、丁寧に。
徐々に首回りから暖まっていく。出来上がった巻き方は、私のオリジナル。
小さなハートを首回りにひとつく作り、余った布地はリボンのように垂れ下げる。

頭にあるのは、あの人の笑顔。
来てくれるかな。そうだといいな。

十六時五十分。まだ時間は十分にある。
マフラーに顔を埋めて、貴方には聞こえないけれど、そっと呟く。
ガラではないけれど、一言だけ。

「ハッピーバレンタイン」

マフラーゲーム

マフラーゲーム

マフラーが繋ぐ、バレンタインを迎えるまでの女の子の物語。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-14

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