スピーチ
結婚式のスピーチのお話です。
スピーチ
「今、そっちも月がかかっている?」
「ええ、まあるいきれいなお月様よ、東京はどうなの?」
「同じ、見事な満月だよ」
携帯電話ごしに僕と郁美は同じ景色を見ている。
携帯から聞こえる郁美の声、目を閉じていると郁美がすぐ隣にいるような気がする。僕たちは今、500Kmの距離を隔ててお月見をしている。
「会いたい……」僕は携帯に話しかける。
「あたしも……」郁美が淋しそうなしんみりした声で話す。
「会いたい、会いたくてたまらない」切なくて恋しくて僕は声を震わせる。
「じゃあ、いますぐ飛んできてよ」苛立ったような少し低めの郁美の声が聞こえる。「無理を言うなよ」僕は口を尖らせる。
「でしょう? じゃあ、ワガママ言わないの、わかった」子どもを諭すように郁美が話す。
年下なのに郁美はしっかりしている。郁美は、やさしい笑顔をして僕をお説教する。そんな郁美を目に浮かべて、僕は苦笑いをしている。
「来週、帰ってくるんでしょう?」郁美の声が弾んでいる。
「当たり前だろ」
「待ってる、保くんの好きなもの作って待ってるから……、早くあたしのところに帰ってきてね」うれしそうな郁美の声が聞こえる。
毎日、繰り返される僕と郁美のランデブー……。
こんなにも郁美の事が恋しく、いとおしくなるなんて思いもよらなかった。僕が育んできたものはどうしようもなく大きくなってしまったのかもしれない。 早く帰りたい、郁美に会いたい、郁美が恋しい、たまらなく会いたい……。
『来週、会える……』
あたしはうれしくて、カレンダーにハートマークを書きこんだ。
保がいなくなって3ケ月……、どうして、こんなに時間が経つのが遅いの? 保と過ごす時間はすぐに経ってしまうのに
保の前では気丈に振舞っているけれど、わたし一人になると自然と涙が出てくるんだ。本当はすごく淋しがり屋で甘えん坊なんだよ。保くん、君はわかっているのかな? あたしの事……。
保とは、あたしが派遣されていた生命保険会社で出会った。
あたしは保を見てびっくりした。保は、短大のときずっと憧れていたサークルの先輩にそっくりだった。
保は、男のくせに笑った時に片方にえくぼがでる。
「このえくぼ、チャーミングだろ?」
そう、保が聞くと、「超、きしょい」っていつもだめだししてたけど、本当は、保のえくぼ、かわいくて大好きだった。気がついたらあたし、いつも保のことを考えていた。保の事が好きになっていた。
保は、学生時代にバンドを組んでいて、大学祭のスター? だったそうだ。
「証拠見せて」そう言って、あたしは、あたしの詩に曲をつけてほしいって保に頼んだ。
あたしは、保のことを思って綴った詩を渡した。
保は言った。「門田(もんでん)さん、これって彼氏のために書いたの? こんなに慕われて幸せな奴だなぁ」
「これ、稲垣さんの事です」あたしはシレっとした顔で言った。
「えっ?!」保は、少しうろたえていた。
これがきっかけだったのかなぁ? 前から決められていたようにあたしたちは付き合い始めた。そして、あたしたしは急速に親密になっていった。
週末、あたしたちはいつも一緒だった。
「ふだん、ろくなものを食べていないんでしょう?」あたしは保のために食事を作った。
好き嫌いがあるはずなのに、保はなんでもおいしい、おいしいって食べてくれた。うれしかった。
狭い街だから、二人で出歩いていたらすぐに人目についてしまう。だから……、あたしたちは一日中保の部屋で濃厚な時間を過ごした。
あたしたちは夜明けの街を散歩するのが好きだった。まだ誰もが寝静まっている人気のない街を、星を見ながら月を見ながら、これ以上ないというくらいピッタリと寄り添って歩いた。
保があたしの耳元で囁いた……。
「あったかい、いつまでもこうしていたい」
「……うん」鼻にかかった震える声であたしは答えた。こんなに幸せでいいの? 幸せすぎてあたしは怖くなった。
保、あたし、あの頃を思うと涙が止まらないんだ。こうして離れてみて、保がどんなにあたしの中で大きな存在だったのか、今さらながら骨身にしみているんだ。
保、あたしもう耐えられない。
会いたいよ、保に会いたい。早くわたしのところへ帰ってきて、そしてもう何処にもいかないでほしい、あたしの傍にずっといてほしい、お願い……。
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保くん、郁美さん、おめでとうございます。
ご両家のみなさん、おめでとうございます。
本日、この席で何を話そうかといろいろと考えました。月並みではありますがサラリーマンの先輩として、結婚生活の先輩としてお話をさせていただきます。
サラリーマンにおける20歳代は、基礎づくりの時代です。この時代に培ったことが将来、求められる役割の大切な礎となります。これからもモットーであるチャレンジ精神を大いに発揮してください。会社は稲垣くんに期待しています。とはいっても、仕事だけでは困ります。郁美さんがいるからちゃんと仕事ができている、妻に感謝する気持ちを忘れずにお願いします。
さて、結婚はよくマラソンに例えられます。山あり、谷あり、二人して生きる人生にはいろいろなことがあります。
保くん、郁美さん、お二人は今日の感激、今日の気持ちを忘れずにこれからの長い人生を一緒に寄り添って歩いてください。これから、長い年月をかけてお二人、お二人だけもモニュメンントを築いてください。
本日は、誠におめでとうございました。
お二人の朗読、よかったです。感動しました。
会えない時間が愛を育てるといいます。そのとおりですね。
恋は、成就しました。保、よかったなぁ、郁美さん、保の事、よろしくお願いします。
それから、幸せのお裾分けありがとうございます。ごちそうになりました。もうおなかいっぱいです。満腹すぎて少し食傷気味という噂もあります。(笑い)
保、これからは家族ぐるみの付き合いになるな。うちのも楽しみにしていると言ってる。本日はおめでとうございました。
郁美、おめでとう。きれいだよ。
保さん、郁美は、少し強がりですけれど本当は、すごくかわいい女の子なんです。しっかりしているように見えるのは郁美のポーズなんです。
郁美を守ってください、お願いします。
でも郁美が羨ましい。こんなに保さんに思われて。あたしも結婚したくなりました。
ここにいらっしゃる独身男性のみなさん、あたし彼氏募集中です。よろしくお願いします。(笑い)
先ほどからの皆様の暖かいお言葉、誠にありがとうございます。心より御礼申し上げます。
本日はお忙しい中、新郎・新婦のために貴重なお時間をさいていただきありがとうございます。簡単ですが親族を代表してご挨拶をさせていただきます。
さて、ご高察のとおりまだまだ若く未熟な二人でございます。至らないところも多々ございます。ここにご臨席いただいている皆様にも何らかのご迷惑をおかけすることもあるかもしれません。
どうか、皆様、若い二人にこれからも変わらないお力添えを賜りますよう、何卒お願い申し上げます。
本日は、誠にありがとうございました。
「良い、披露宴だったね」「郁美ねえちゃん、きれいだった。それにうれしそうだった」招待客は、思い思いの感想を口にして会場を後にしていく。
新郎・新婦を囲んで友人たちが昔からの知り合いのように談笑している。デジカメで記念撮影をしている。
この中から新しい恋が芽生えるかもしれない……。
ところで、大恋愛で結婚したカップルほど離婚率が高いという事実をご存知でじょうか? どうしてかわかりますか?
大恋愛中の二人は、短時間で一生分とも思えるような愛情を注ぎ合います。ましてや遠距離恋愛に見られる『会いたいときに会えない』というエッセンスは、更に二人を燃えあがらせます。このような関係性は、お互いを激しく求め合い、この相手なしでは生きていけないとまで思わせる感情を作り上げます。
しかしです。このような感情は、お互いがすべてのことを知り尽くしてしまった時に急激に冷めてしまうことがままあります。まさに「大恋愛燃え尽き症候群」とも言える一種の病気です。
残念ながら、我を忘れるような熱い想いは永遠に続くものではないようです。だからこそ、その想いはまばゆい輝きを放つのかもしれません。
よく言われるように恋愛と結婚は別物? かもしれません。
確か、お友達がスピーチで言いましたよね、恋は成就しましたって、そうですね、結婚は、恋が成就した一つの形です。でも、それで恋はおしまいじゃないんです。
恋は、成長しないといけないんです。そうでないと「大恋愛燃え尽き症候群」に罹患してしまいます。
――あの……、失礼ですが、どちら様でしょうか?
私ですか。私はこの短編の作者です。
私、お二人と同じなんです。遠距離大恋愛→結婚の先輩なんです。
どうしても、一言アドバイスがしたくて、スピーチさせていただいてもいいですか?
――もうパーテイは終わりましたからご自由にどうぞ
ありがとうございます。
たしかに、結婚生活は、山あり谷ありです。わたしたち夫婦も、厳しい山肌から、あるいは深い谷底に何遍も転落しそうにりました、でも無事に乗り越えることができました。
どうして、乗り越えることができたのか? それをお話します。
わたしたち夫婦は、いつもお互いを許し合う気持ちを忘れなかったんです。そりゃ、喧嘩は耐えませんでしたよ、別居をしていたこともあります。でもね、どんなことがあっても、心のなかの一番深いところで私たちは許し合っていたんです。だからこそ二人して歩み続けることができました。
どうして、私たちは許し合う気持ちを持ち続けることができたかって? なかなかいい質問です。
わたしたちは、いつも一緒にいたいから、この人しかいないと思って結婚したんです。でもそんな熱い気持ちは現実の生活を続けていくなかですぐに冷めてしまいました。でも、わたしたち二人の心の奥の奥でね、自分たちはお互いが焦がれて結婚したっていう想いだけは残っていたんです。それは本当に今にも消入りそうな蜻蛉のような炎のゆらめきです。でも、それがわたしたちを繋げていたんです。お互いにその想いがあったからこそわたしたちは許し合えたんです
その想いは、わたしたちの恋が成長した姿です。本物の恋はね、成長するんです。『恋』→『恋愛』→『親愛』→『愛着』と形を変えていくんです。わたしたちの恋は本物だったのです。恋がわたしたちを繋げてくれたのです。
稲垣さん、門田さん、あなたたちの『会えない時間』が育てた恋、それは本物の恋ですか?そう聞けば、当たり前ってあなたたちは答えるでしょう?その答えは、これから長い生活を通じておのずと出てくるはずです。
わたしは、お二人の恋が本物の恋だと信じています。二人で年月を重ねて、暖かいオーラを醸し出すご夫婦になってください。
でも、もし本物の恋じゃないって気がつくようなことがあったら、よく考えて、お互いのために一番いい決断をしてください。
先輩からのつたないアドバイスです。ご迷惑なら忘れてください。
本日は、本当におめでとうございます。
――なるほど……。ウンチクのあるスピーチありがとうございます
本物の恋か……。わたしも出会えるのかなぁ、考え込んでしまいます。
稲垣さん、門田さん、お二人の門出にすばらしいお言葉をいただきました。あらためてお二人の幸せを心からお祈りさせていただきます。
それでは、これで、稲垣家・門田家のご結婚披露パーテイを終宴とさせていただきます。
(おわり)
スピーチ
短編ですので書きません。