笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(6)
六 再び、夫婦漫才
次に登場したのが、またまた夫婦だった。先ほどの織姫・彦星夫婦よりもやや年齢が上だ。その分、結婚生活も長いのだろう。その長さの分だけ、夫婦の顔や体つき、雰囲気までが似ていた。兄妹と言ってもよい。同じように生活をしていれば、例え、最初は赤の他人でも、青なのか、黄色なのか、紫色なのか、人によって色は異なるけれど、同一色の男女になるのだろうか。もちろん、今の話題は、今必要なことは、この銀河系を救うために、銀河系中の人々を笑わすことである。この夫婦が似ていようが似ていまいがどうでもいいことだ。とにかく、この夫婦の笑いに期待したい。
「さあ、お次は、笑い歴五十年の大ベテラン。夫婦歴も五十年。サンキュウ・ヨンキュウの名コンビです。息の合ったお笑いに期待して、この銀河系を救いましょう」
司会者が舞台の袖から紹介する。
「どうも、あたしがサンキュウです」
「そして、わたしがヨンキュウです」
「二人合わせて七級です」
「そんなん、合わせんでもええでしょう。普通、そろばんでも、剣道でも、囲碁や将棋でも、三級の上は、二級でしょう。合わせて七級や言うたら、なんか、各が落ちとるように思えますよ」
「それやったら、三千円と四千円を足したら七千円やから、数が多い方がええんとちゅうか。それとも、三千円と四千円を足したら千円になるんかいな」
「それは、単位がお金やからありまへんか。お金は多い方がええのに決まってますがな。級やったら、少ない方がええんと違いまっか」
「ほな、漫才師はどうやろ。一人よりも二人の方がええのかいな」
「一人では漫才はできやしませんで。漫談になってしまいます」
「それみなはれや。やっぱり、合わせて、七級の方がええんや」
「ちょっと意味が違いと思いますけど」
「それよりも、最近、眠れんで困っとんのや」
「話題を変えるんが早いですなあ。そう言えば、あんさん。夜中に、よう寝がえりうったり、水飲んだろ、トイレに行ったりしてますな。なんか、悩み事でもあるんですか。夫婦やから、何でも言うてえなあ。やっぱり、アンドロメダ星雲が銀河系にぶつかってくるんが心配なんですか」
「それも、心配やけど。それにしても、あんたはよう寝とるなあ。いつもガーガーといびきをかいとるで。アンドロメダ星雲がぶつかってくるんが怖うないんかいな」
「怖いんは怖いけど、なんぼ心配しても、アンドロメダ星雲はどこにも行かんのでっしゃろ。それやったら心配してもしょうがありまへんで。それよりも、あんた、なんぼ夫婦やから言うて、こんな大勢のお客さんの前で、あたしの恥をさらしてしもうたら、みんなに笑われてしまいますがな。せめて、いびきの音は、すーすーにしてくれませんか」
「そりゃ、すまん、すまん。訂正するわ。いびきはすーすー、よだれがずーずーや」
「いびきだけやのうて、よだれもたらすや言うたら、よけい悪いわ」
「ほかにも、目くそもつけとるし、鼻くそも飛び出しとるで」
「こんな可愛い奥さんに向かって、ようそんなこと言うわ」
「おかげで、お客さんがちょっとは笑ってくれたで」
「そうですか。それならかまいまへんわ」
「やっぱり、女は強いわ」
「それよりも、あんたが眠れんのは何が心配ですねん」
「いやあ、地下鉄や」
「地下鉄や言うたら、あの地下を走る鉄道ですか」
「わしが言うたんのそのままやないか。もう少し、色をつけんかいな」
「ほな、緑色の地下鉄ですか。それともオレンジ色ですか」
「その色やないわ。もうええわ。とにかく、地下を走る鉄道や」
「その地下鉄がどないしたんですか。トンネル事故でも心配なんですか」
「いやあ、地下鉄はどないして車両がはいったんか気になるんや。土の下やで。最初から車両を埋めっとんたんかいな。あんな大きな物、埋めるんは大変やで。それとも、埋めやすいように、地下鉄の卵を埋めて、それがかえったんかいな」
「地下鉄は機械ですよ。地下鉄の卵なんか聞いたことがありませんわ」
「そうかいな。こんなに技術が進歩した社会やから、地下鉄の卵があってもおかしくないかなと思うたんやけど」
「そんなんないわ」
「それやったら、やっぱり、地下鉄を作る前から、車両を埋めたんかいな。ちょっとでも手間を減らすために、横やのうて、縦に埋めたんかいな。それが気になって眠れんのや。それに、地下鉄を生き埋めにしたら、地下鉄は死んでしまわんかいな。酸素ボンベがいるで」
「地下鉄は生き物と違うから、埋めても死にはしませんわ。酸素ボンベもいりませへん。それに、縦にしろ、横にしろ、掘る体積は同じでっせ。心配せんでもいいです。地下鉄は地上から地下に向かってトンネルがあるんです。そのトンネルを通ったら、地下鉄につながっとんです。そんなん常識ですよ」
「それやったら、地上に出とる部分は地下鉄やのうて、地上鉄や。お空が見えるときは地上鉄で、トンネルに入ったら地下鉄や。その地下鉄が地上に出る時は、魚のはまちがぶりになるようなもんや。出世魚やのうて、出世電車や。めでたいこっちゃ」
「意味が違うと思いますけど。それに、地下から地上に出るんが、なんで出世なんですか?」
「七年間潜っていた蝉の幼虫は、地面に出てきたら、蝉になって空を飛べるやろ。わしらも、この地下鉄漫才で、売れんかった頃からようやく陽の目を見ることができたんやないか。ありがたい話や。地下鉄に足向けて寝られへんで」
「いやいや。地下鉄は地下やから、立ったまま寝ん限り、足は向けられしませんで」
「屁理屈を言うう奴なあ」
「それに、わたしらが蝉なら、この人気も一週間で消えてしまいますのんか?」
「もう、ええわ。サンキューでした」
「ヨンキュウでした。二人合わせて、ナナキューでした」
「お前も言うとるがな」
サンキュウ、ヨンキュウは舞台から降りた。
「さあ、どうでしょう。十八番の地下鉄漫才でしたが、宇宙船が銀河系を飛び交う時代に、地下鉄と言っても、誰もピンときてはないと思えますが、さて、みなさん、いかかでしたでしょうか。さあ、笑い度は何点でしょう」
司会者が場を盛り上げる。
「なあ、あんた。いつまでも、地下鉄のネタは古いんとちがいますか」
「そりゃあ、古いわ。.わしもわかってる。それでも、この地下鉄ネタで、少なくとも一世を風靡したんやで。このネタを出さな、客は納得せんのや」
「一世を風靡したは大げさですよ。蝉と同じで一週間を風靡したんと違いまっか」
「もう、漫才は終わったで。話は落とさんでもええで。それでも、このネタのおかげで、わしらは家も建てたし、子どもたちも大学へ行かせられたんや。いつ、仕事辞めても食っていけるだけの貯金はできたんや。他の人にとってはどうかわからんけど、わしら家族にとっては、一世を風靡したんや」
「そりゃそうやけど」
「それに、お客さんはこのネタを聞きに来とんのや。このネタを出さんかったら、暴動が起きるで」
「そんな大げさな。ネタがわかっとってもお客さんは聞きたいんですか?」
「そうや。ネタがわかっていても聞きたいんや。歌かてそうやろ。歌手で言うたら、ヒット曲や。ヒット曲は何回聞いてもええやろ。何回聞いても、歌詞は変わらんやろ。それに、歌詞が変わったら困るやろ。それと一緒や。むしろ、客は同じネタを何回も聞きたいんや。だから、何回聞いても、同じネタで客は笑うんや。同じネタで笑いたいんや。それに、このネタは、誰もが持っている疑問やけど、こんなこと言うたら笑われてしまうような疑問を、漫才師のわしが、客の身代りになって笑われながら、口に出しとんのや。だから、お客さんは支持してくれるんのんや。まあ、この疑問は人間の業をあらわしとんのかもしれんな」
「業ですか。あんたはんにしては、えろう難しいこと言われますなあ。ほな、落語と一緒ですかいな」
「そうや、同じや。笑いは人間の業や」
「ほな、伝統や歴史も業ですか。わたしらは、骨董品ですか」
「そうや。ええこと言うわ。人間自体が業や。最後の骨董品だけよけいやけどなあ。わしらには価値がないんやで。価値があるんは、同じネタで笑える時代があって、共に生きたということや。同時代を笑いながら生きたという事実や」
「よけいに難しくなりましたで」
「まあ、ええわ。とにかく、かえろ。帰って、地下鉄ネタを磨かなあかん。骨董品も磨いたらちょっとは価値が上がるやろ」
「笑いの点数は気になりまへんか」
「自分たちが一生懸命やっていたら、結果は後からついてくるで。後ろから地下鉄の列車が来たら轢かれてしまうけどなあ」
「今のギャグが一番面白かったですよ。ほな、帰りましょう」
二人は手をつなぎ、楽屋を経ないで、寄席から出て行った。もちろん、家までの帰りは地下鉄で。ちゃんと定期券は持っていた。
その頃、舞台では。
「出ました。最高得点です。地下鉄ネタは、まだ、地下では眠っておらず、日の当る場所にいました」と、司会者の声が会場に、地球に、銀河系に広がった。
笑いは銀河系を救う「お笑いバトル」(6)