水兵リーベ
「どーも、こんちわー。ご隠居様いらっしゃいますかー」
「おやおや、誰かと思ったら、八っつぁんじゃないか。どうした、何か困りごとかね」
「さすがご隠居様。さっしがいいねえ」
「ふふふ。お前さんがわしのところに来るのは、何かあった時ぐらいなものだろう」
「違えねえ。いえ、実はね、教えていただきてえことがありまして」
「一応、森羅万象に通じているつもりだが、難問かね」
「どうですかねえ。難しいことなのかどうかも、おれにはわからねえんですけど」
「まあ、言ってごらんなさい」
「へい。うちのガキが最近妙な歌をうたっていまして」
「ほう、どんな歌かね」
「ちょっと待ってくだせえよ。覚えきれねえんで、紙に書いてきやした。ええと、あったあった。じゃ、言いますよ。『すいへえりーべぼくのふね、ななまがりしっぷすくらーくか』ってんですけど、ご存知ですかい」
「えっ、あ、ああ、あれか。うんうん、知ってるとも」
「どういう意味なんですか」
「ええと、ちょっとお待ちなさいよ。お前さんがわかるようにゆっくり説明するから」
「お願えしますよ」
「ああ、まず、最初は、うん、水兵だな」
「水兵ってえと、船に乗ってる兵隊さんのことですかい」
「そうだな。だが、この場合、人間ではないんだ」
「えっ、じゃあ、何なんですか」
「カモメだ。お前だって知っているだろう。歌にもあるぞ」
「ああ、『カモメの水兵さん』ですね」
「そのとおり。で、そのカモメの名前がリーベというんだ」
「へえ。外国のカモメだったんですねえ」
「そういうことだ。ところで、このリーベ、真面目なヤツだったが、悪い友達がいた」
「何ていうヤツですか」
「ジョナという名前だ」
「うーん、カモメのジョナさんかあ、なんか聞き覚えがありますね」
「そうかもしれん。さて、このジョナというヤツが、リーベにいろいろな考えを吹き込んだ。もっと自由に生きるべきだ、とかな。そのため、リーベは真面目に水兵の仕事をしているのが馬鹿馬鹿しくなった。その時言ったのが、『ぼく、ノー、船』だ」
「ははあ、そこは伸ばしてノーなんですね」
「そうだ。ちょうど日本に駐留している時だったから、もう船の仕事はイヤだということを、覚えたばかりの日本語でしゃべったわけだ。その夜、リーベは停泊中の船からこっそり逃げだし、不法滞在者として警察に追われる身となった。たまたまだが、その地域が七曲署の管轄だった」
「ほう。『ななまがり』ってえのは、警察署のことですか。これも聞き覚えがありやすね」
「七曲署の刑事に追っかけられて、リーベはどんどん逃げた。カモメってえのは飛ぶには飛ぶが、いわゆる高飛びはしないから、だんだん追い詰められた。慌てて逃げる途中、曲がり角でドーンと壁にぶつかって気絶しちまった。刑事はリーベを逮捕したものの、打ち身で肩を腫らしているのに気が付いた。八っつぁんだったら、こんな時どうするね」
「そうすねえ、膏薬でも貼ってやりますかね」
「うん、そうだな。この場合、刑事はリーベに湿布を貼ってやった。すると、リーベはすぐにラクになった。だから『しっぷすぐらーく』ってことだな。お前さんは『く』に濁点を付け忘れているよ」
「なるほどねえ。あ、でも、最後に『か』が残ってますけど」
「ええと、それはだな、うん。取調べを受けている時、自分がカモメであることを隠そうと、『かー』と鳴いたのさ。鵜のまねをするカラスというが、この場合はカラスのまねをするカモメだな。だが、カモメはカモメ。そんなことで誤魔化せるはずもなく、牢屋に入れられることになった。だから、真面目にコツコツ生きることが大事だ、という教えだな」
「いやあ、勉強になりやした。ところで、ご隠居様。もうひとつ聞きたいことがありまして。『ひとよひとよに、ひとみごろ』ってえのは、どういう意味なんでしょう」
「うーん、昔、人見五郎という男がおってな」
(おわり)
水兵リーベ