あなたを連れてきたとき
それは確か、春の暖かな日
「少し、変わった子なんです。ぼうっとしていると思った次の瞬間には忽然と姿を消して外に逃げ出そうとしたり…」
修道女がゆっくりと歩みながら、苦笑を浮かべながらつらつらと語る。
私は今日、とある「不思議な少女」と呼ばれている小さな女の子を引取りにこの修道院まで来ていた。
私が住んでいる街からそう遠くない場所にひっそりと立っているこの修道院は、私がかつて幼少期を過ごした場所である。あの頃は修道院といえど貧しく、修道女が毎日平和と豊かを祈っていたものだ。18の頃、この修道院を出てからは姉たちと一緒に暮らし、その後もしばらく院長へ顔を見せに来たりはしていたが、もう最近は全くと言っていいほど来ていなかったので、懐かしさに浸り、修道女の話など申し訳ないが聞いてなどはいなかった。
「ところで、どうしていきなり少女を引取りに来たんですか、カトレアさん」
あの頃と比べたらだいぶ古びたこの修道院を歩きながら眺めていると、目の前を歩いていた修道女が振り向いてそう言った。
「今、訳あって姉の娘と二人で暮らしているの。私もこんなだから構ってあげられなくて、いつも寂しそうだから一人来てくれてもいいかしらと思ってね。」
「あら、お姉さんがいらっしゃっただなんて知りませんでした。それで何年も顔を見せに来ていなかったんですね」
「ええ、そんなところよ」
とは言うものの、そんな話は嘘である。
姉の娘と二人暮らしているのは嘘ではないが、別に構ってあげられていないわけではないのだ。実際、毎日二人で家の中にいるのだから、構いすぎというほど。
修道院で打ち明けたのはただ一人、院長だけだった気がする。私は魔女だ。
いいや、私だけでなく、私の家系に生まれてくる女は全て魔女として生まれてくるのである。だがしかし、この国で魔女は忌み嫌われる存在であり、私たち一族の女は身を隠しひっそりと暮らして来た。私が修道院にいたのは、まあそんな世の中、ゆっくりと平和に暮らせるわけではなく、一家は散り散りになった所を院長に拾われたから。その後姉が私を迎えに来てくれた。あの時は久しぶりの再会で涙が止まらなくなったのを覚えている。けれどその時すでに姉は子供を身篭っていた。生まれてくる子が女でなければいいわね、ととても辛そうに笑ってみせた姉の顔を今でも忘れられない。
でも子供を出産したあと、姉は原因不明の病にかかり、すぐに亡くなってしまった。姉の夫に子供を託すのも良かったのだが、私はその子供を引き取った。理由なんてなかったのだが、なんというか、『とても嫌な予感』がしたから。まあ、そのあとに姉の夫は強盗に殺されてしまったのだけれど。私の勘はよく当たるものだ。でもこの時点で、姉の娘に悪い星が出てしまっていることは気づいていた。
言い訳をするわけではない。これは全て真実である。けれど、私は娘になにかあっては、と幼い頃から屋敷に閉じ込めている。だから私は毎日娘に構いすぎなほどに接しているのだ。けれど、最近になって友達もいない娘が不憫で仕方なくなってしまった。
「それで、どんな子なの?その『不思議な少女』という子は」
「まあ。カトレアさん、私の話を聞いていなかったんですか。」
「ごめんなさい。どうしてもここが懐かしくてつい気を取られてしまったの」
修道女が呆れたように笑う。
そんな中、院長から届いた手紙には、修道院に『不思議な少女』がいるというものだった。
院長が手紙を出すときは私を呼び出しているということだと、すぐにわかったが、それと同時にまた、嫌な星が娘にも回ってきているような、そんな予感がして仕方が無かった。
けれどその『不思議な少女』に少し顔をあわせてはくれないか、との二度目の手紙が来たとき、私は娘を一人屋敷に残し久しぶりに外に出ることを決心し、今に至るのである。命の恩人である院長には、どうも逆らえない。
「…その子は、不思議、というか変わっているんです。毎日きちんと生活にはついてきているんですけれど、どうしても彼女には自我を感じられないと言うか。」
「自我?」
「ええ、決して笑ったり、怒ったりしないんです。それと、少し物覚えが悪いんでしょうか。文字の読み書きを教えてはいるんですが、どうも覚えられないみたいで。ここに来たとき、自分に兄がいたことと、自分の名前しか覚えていなかったので、もしかしたら記憶障害なのかもしれません。」
「…なるほど。院長が私を呼ぶ理由が少しわかった気がするわ」
「やっぱり院長に呼ばれてきたんですね。ふふ、私は久しぶりにカトレアさんに会えて嬉しいです。」
くすくすと修道女は笑い、止めていた足を歩ませた。
しばらくお互い無言で長い廊下を歩き、一番奥の部屋で足を止める。扉には、「Eileen」と書かれていた。ここです、と修道女が私に言うと、扉を静かにノックする。
「エイリーン、カトレア婦人がいらっしゃいましたよ」
返事のないままに修道女は扉をゆっくりと開けた。キィ、と懐かしい音をたてて扉は開かれ、部屋の中が露わになる。
中には、扉に背を向けベッドに座る少女がいた。
「さあ、ご挨拶をなさい」
修道女のその言葉に、少女はベッドを軽やかに降りて、扉の前までゆっくりと歩み寄る。
そして、静かに顔を上げると、真っ赤な目と目があった。なるほど、この子はそしてアルビノなのね。心のどこかでそうつぶやく。透き通る白い肌、柔らかな髪が揺れる。そして服の裾をつかみ、少女はゆっくりを頭を下げた。
「お初にお目にかかります、カトレアおばさま」
その声はとても鈴のように心地のいい声で、とても幼い。
私はその少女の頭をゆっくりと撫で、少女と同じ視線になるまで腰をかがめた。
「はじめましてエイリーン。」
あなたを連れてきたとき
カトレア婦人が初めてエイリーンに出会ったときの頃。