さよならのついでに
読み切り作品
Part 1 多田 啓介
さよならのついでに、君が好きだよ、と。
「帰宅部の恐ろしさ。」
「え?」
「帰宅部は卒業式まで帰宅部なんだな、吉井。
誰も俺たちを引き止めない。」
卒業式、高校3年間最後の日だというのに、俺たちは
普通に下校しようとしている。
周りには写真を取り合うもの、涙を流し慰め合っているもの、
先生に感謝の気持ちを伝えているもの、とにかく卒業式らしいことを
している。俺たちをのぞいて。
「まあな、バイトに明け暮れた高校生活の末路だな。」
「ひとりくらい、こう女子が、先輩第2ボタン下さい!って来てくれても
いいだろ。」
「漫画の読み過ぎだな。」
吉井はうつむいて笑う。俺はガソリンスタンド、吉井はファミレスで
アルバイトをしていた。それもあと数週間の話だ。
「吉井が東京かあ。」
「お前だって千葉だろ。」
それぞれ来月から別の大学に進学する。中学から一緒だった吉井と
別の学校に行く。なんだかその違和感に俺はまだ慣れない。
「まあな。」
「会える距離だよ。・・・・・・俺なんかより、」
吉井がちらりとこちらを見る。
「うん。」
「早瀬に会えなくなるだろ。」
早瀬 由花。バスケ部の副キャプテンだった彼女はきっと今頃
部活の後輩にかこまれている時間だろう。早瀬のことだ、きっともう
泣いてるんじゃないか。
早瀬の名前を聞いたとたんに胸にたまっていた何かが喉元まで
押し上がってくる。俺はそれを吐き出さない様にするのに必死だった。
「お前、・・・・・・今それを言うなよ。」
やっと出した声は最後にはか細い声になり、自分でもよく聞き取れなかった。
吉井は笑っている。
「告白しちゃえば?」
俺は急いで周りを確認する。バスケ部関係の人間はいない様だ。
「お前!うるさい!しないに決まってるだろ!」
「お前のがうるせえ、なんで?」
吉井はまた、楽しそうに笑ってる。
俺と早瀬はいわゆる幼なじみだ。幼稚園、小学校が一緒で、
中学校は別だったが高校でまた一緒になった。
親同士も仲が良く、小さいときは早瀬の家に遊び行ったり、逆に早瀬が
俺の家に遊びにきたりしていた。まあ、10年くらい前の話だが。
高校でまた同じ学校になったときは驚いた。一緒の学校だったこと
ではなく、早瀬が驚くほど綺麗になっていたからだ。
たまに駅で、廊下ですれ違う。前は一緒にかくれんぼだとか、鬼ごっこ
だとかしていたのに、今では世間話を交わす程度。クラスだって、始め
の1年同じクラスだっただけで、あとは違うクラス。
絶対に、早瀬は俺の気持ちに気がついてない。自信がある。
そして早瀬は俺の事をただの「幼稚園と小学校が同じだった男の子」
程度にしか見ていない。そう結論づけた。何度も。
「でももう最後だろ?早瀬は地元の大学だし。いいじゃん駄目でも。」
簡単に言うな、という言葉も出なかった。早瀬に告白なんて
昨日何百回も頭の中でした。早瀬は笑顔で「うん」と言ってくれる。
もちろん俺の頭の中での話だが。
「もういいよ、ここまで来たし。」
もうすでに学校を出て駅の近くにいた。といっても駅から学校まで5分
程度だが。
「最後だぞ?」
最後。最後だからこそ意味が無いような気がするし、最後だからいっそ
当たって砕けろ?ってか。どちらも正しいような気がする。
その時、踏切の警報が聞こえた。目の前を踏切の遮断機が降りてくる。
「やべ、乗り遅れる。」
俺は無理矢理渡ろうかと思ったが吉井に腕を引かれる。
「ちげえよ、これは反対車線。俺らが乗るのは、あと20分も後だ。」
「じゃあ、大丈夫だ。」
「・・・・・・、おい、あと20分もあるな。」
「え?」
警報がうるさくてよく聞こえなかった。
「あと20分どうする!?」
吉井が少し怒鳴った様に言う。
「え?ああ、どこかで時間つぶすか?」
「そうだな、お前はじゃあ、学校戻れ。」
「は?」
警報が鳴り止み、遮断機が上がる。ぞろぞろと人が動いていく。
「俺は先言ってるから。」
「え、え、いやちょっと待てよ。」
吉井はわざとらしくはあ、とため息をついた。
「さよなら、言うくらいいいだろ。3年間も想ってきたんだから。」
さよなら。
そうか、そうか、そうだ。俺は早瀬にさよならも、何も言ってない。
このまま、俺は千葉に行って本当に、下手したら一生会えないんだ。
早瀬に。
吉井は歩き出す。
「じゃあ、駅で待ってるよ。乗り遅れるなよ。」
そのまま振り向きもせずに行ってしまう。吉井には3年間俺の進展
しない恋愛相談を聞かせ続けて、もううんざりしてるだろう。それなのに
今こうやって俺の背中を押してくれてる。
ちくしょう、吉井はこんなにかっこいい。
「ああ。わかった。」
そうと決めたら早かった。
さすがに走ったりすると目立つので早歩きで学校へ戻る。吉井がここ
までしてくれて、結局学校に早瀬はいませんでした、では格好がつかない。足が絡まりそうになりながら、歩く。
さっきよりは人が少なくなったが、まだ校門のあたりや校庭には
人が多い。あたりを見渡したが、早瀬は見えない。
バスケ部の人間はちらほら見える。かたまっていないということは、
もう部活で「さよなら」を言い合うのは終わったのだろう。
下駄箱や職員室も見てみたが、早瀬の姿は無かった。俺は焦っていた。
もういない、もういない、もういない?
下駄箱から外に出ようとしたとき、思いきり誰かの足を踏んでしまった。
「あ、すいませ、」
「いてえよ、多田。」
同じクラスの土田だった。出席番号が近いためなにかと近くの席だった。そして土田とはまた春から同じ千葉の大学に進学する。
「土田!まだいたのか。」
「まだいたのかって、失礼だな。お前こそ。」
土田。土田。土田。待てよ。
「土田、お前、元バスケ部だよな?」
「そうだけど?」
「早瀬知らないか?」
Part 2 早瀬 由花
そんな言葉、聞きたくなかった。
さんねんかん、言葉にするとあっと言う間で、過ぎてしまったことを
難しく言う必要は無いのかもしれない。
それでも私にとっては特別な、3年間だった。
小学校から続けていたバスケ。高校では副キャプテンまでやらせて
もらった。残難ながら全国大会まで行くことはできなかったが、
最近のうちの高校の成績の中では一番良い成績を残せた。
卒業式が終わり、後輩から花束や手紙をもらったとき思わず涙が
こぼれた。辛い事もたくさんあったけど、このメンバーで精一杯できた
こと、誇りに思ってる。
この春からは地元のバスケが有名な大学へ進学する。
つぎの4年間で、何が出来るのだろう。
「早瀬、お前は悩みをあまり人にうちあけないだろう。もっとみんなを
信頼して、弱いところをみせていいんだぞ。」
「そうだよ、ゆか、いつも大丈夫、大丈夫って無理するんだから。」
後輩や同級生との挨拶も終わり、私は元キャプテンの沙耶加と一緒に
体育館のバスケ部の部室にいた。
顧問の佐々木先生に挨拶をするためだ。
「ねんざしたときも、一人で我慢して。私まったく気がつかなかった。
キャプテン失格だなあ。」
「違うよ、あれは私が悪いの。」
「またそうやって自分が悪いって言う。」
佐々木先生は柔らかく笑う。日に焼けた肌に、すこしふくよかなお腹。
バスケ部じゃない人からはたぬきって言われてるのを知っているけど、
厳しさも優しさも持ったすばらしい先生だ。
「早瀬は、大学へ行ってからも続けるんだろう。体に気をつけてな。森は
、どこでもなんとかうまくやっていけそうだな。」
「先生!なんで私だけそんなテキトウなんですか!」
こんな時間がいつも続いていたのに、それが今日で最後なんて
信じられない。貴重な時間は、いつだって永遠には続かないんだ。
佐々木先生は、またいつでも遊びにきなさいと言ってくれた。
すこし目が赤かったけど、私たちは完全に泣いていたから人の事は
言えなかった。
部室を出て渡り廊下を沙耶加と歩く。
「私、最初1年のとき、ゆかのことあんまり好きじゃなかったの。」
「うん。」
「なんかこの子大丈夫かなって。弱そうって思って。
でも試合になると一気に目の色が変わって。
どんどんボール取りに行くから正直びっくりした。」
どんどん沙耶加の声が涙声になっていく。
「この子と組んだら絶対おもしろいって、そのとき思ったの。」
私はもう耐えられなくて、声を出して泣く。それにつられて沙耶加も
泣く。
「学校、離れるけど、遊ぼうね。」
こういう時の沙耶加はこどもみたいでとても無邪気だ。私は沙耶加の
そんなところが好きだった。
「うん、沙耶加も、遊んでね。」
体育館から校舎まで意外に距離がある。廊下の曲がり角に近づいたと
に早足な足音が聞こえた。
「あ。」
足跡が止む。私たちの目の前には少し息を切らした多田くんが立っていた。
「あ、ゆかの、幼なじみだ。」
沙耶加が淡々と言う。多田くんは私たちの前で立ち止まったところを
見ると、体育館に行こうとした訳じゃ無いらしい。
「多田くん、どうしたの?」
「あ、えっと。」
多田くんの目が泳ぐ。言葉を探しているようだった。
「早瀬に、ちょっと、用があって。」
Part 3 多田 啓介
未来の地図は いつだって真っ白だ。
ここに来た事を後悔し始めていた。
早瀬を呼び止めてしまった事も。一緒にいた森に気を使わせて
しまったことも。色々申し訳ない。それに早瀬の目が赤らんでいたことも
気になった。
森はさっさと状況を察し、先に校舎へ戻っていった。
早瀬は呼び止めたときから、今までずっと目を丸くしている。
赤らんだ目がきょとんとしていて、ウサギのようだった。
「あの、ごめん、いきなり。」
「ううん、大丈夫だよ。」
そういえば最後にちゃんと早瀬と話したのはいつだろう。去年だった
気がする。
「ちゃんと、挨拶してなかったと思って。」
「あ、そうだね。卒業おめでとう。」
早瀬は安心したような柔らかい笑みを浮かべる。
「多田くんは、えっと、大学だっけ?」
「うん、千葉なんだ。」
早瀬は、はっと息を吸い込む。
「千葉、そうなんだ。」
少しがっかりした様に見えるのは俺の目がそういう補正がかかっている
せいだろう。
「早瀬。あの。」
息を吸い込み、吐いて、もう一度吸い込む。
「おれ、早瀬のことが好きだったんだ。ずっと。」
踏み切りの警報が聞こえる。
電車には間に合わなかった。
でも、いい。大切な事を伝える事が出来たのだから。
「え・・・・・・?」
早瀬はただ口を開いて俺をじっと見ていた。俺の真意を読もうと
している様に見えた。
「・・・・・・いつ、から?」
消え入りそうな声で早瀬はつぶやく。俺はもう一度深く息を吐いた。
ちゃんと、伝えたくて、俺の気持ちを漏らしたくない。そんな気持ちで
俺は今までの気持ちを伝えた。
早瀬は黙って聞いていた。俺が話し終わった後もしばらく
うつむいていた。その表情から、俺は悪い結果を覚悟し始めていた。
「・・・・・かった。」
早瀬が何かをつぶやく。
「え?」
「聞きたくなかった。」
早瀬は正面から俺を見据えた。俺もそれを受け止める形で俺と早瀬は
向き合う。早瀬の瞳は震えていた。
「聞きたくなかったよ、なんで、なんで、今・・・・・・なの。」
あっと思った瞬間、早瀬はその場に座り込んだ。
「あ、は、早瀬。」
俺も座り込む。早瀬はうなだれていて、表情が見えない。
「なんでよ、なんで・・・・・・。」
そのまま早瀬の肩は震えだして、鼻をすする音で俺は早瀬が泣いている
ことに気づいた。
「私は、ずっと、多田くんは、私の事、なんとも、おもって、ないと
思って、た、よ。」
とぎれとぎれに話す。
「小さい頃は、私の事ゆかって呼び捨てだったのに、高校に入ったら
いきなり、早瀬だし。いつも、話しかけるのは、私からだったし。」
すべて当てはまる。確かにそうだ。
「ごめん、なんか、は、恥ずかしくて。」
早瀬はふっと顔を上げた。鼻も目も真っ赤だ。
「なにそれ。っはは。」
そのとき、久しぶりに、早瀬の笑い顔を間近に見た。
そうだ、子どもの頃はこの距離感だったのにいつのまに離れてしまった
んだろう。俺が思っていたよりも、俺たちは、いつも一緒だった。
「早瀬、俺と付き合ってくれ。」
何も、迷いも、恥じらいも無かった。それが今の自分の正直な気持ち
だった。
「離ればなれになるのに?」
「うん、会いにくるよ。地元だしな。」
「遠距離かあ。」
「・・・・・・不安?」
早瀬はうーん、と首を傾げる。
「ねえ、けいちゃん。」
う、と言葉が詰まる。そうだ、おれはけいちゃんと呼ばれていた。
早瀬はそんな俺の表情を見て、無邪気に笑う。
「けいちゃんに教えてあげる。私の初恋の人はね・・・・・・。」
早瀬の顔が近づき、俺の体は硬直した。早瀬の顔は俺のすぐ横を
通り抜ける。
「けいちゃんだよ。」
耳元で由花の声がした。
始めからあきらめていた未来が、君がいればすぐに書き換えられる。
いつだって僕らの未来の地図は真っ白で、それに気がつかないのは俺の
目が曇っていたからだった。
その曇りを晴らしてくれたのは、君だった。
どんな未来も、君となら、作っていける。
さよならのついでに
もうすぐ出会いと別れの季節だなーと思ってふいに書いてみました。
いやあ、青春って感じ 笑