Bar  RainCheck

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 こんなつもりじゃ、なかったのに。



 3. Yesterday once more


 ちょっと記憶を整理してみる。
 
 
 私は2時間前に、このバーに入ってきた。浮気した男のために買ったビールを持って。
雨に濡れた惨めな惨めな女性客として。そしてその前には困った顔をしたイケメンのバーテンダーさん。
胸元のネームプレートには「羽柴」と書いてある。

 そして私のすぐ左にはとてつもなく酔っぱらった「平」さん。顔が赤らんだりはしていないが、
声の上ずった感じと、何より私にはまねできないようなテンションの高さ。


「いやーーーーしかし、きみはほんっとうにかわいそう!こんなねえ、雨の日にねえ、せっかく仕事が
 終わって、彼の家に行ったら、彼はほかの女と楽しんでいた!」

「ほんっとう信じられないですよねえ!私がこうしてビールとお、おつまみも、買って、さあ。」

 
 平さんほどではないが、私もつられて声が大きくなる。なんというか、平さんの声はとても独特で
耳につく。

 
 店内は雨の、そして平日のせいか私たちをのぞいて1組しかいない。
といっても、店内はカウンターが6席、テーブル席が2卓という小さめな店だ。ただ、店内には
写真や時計や本などがインテリアとして置いてあり、とてもゆったりとしている。


 最初に飲んだ、ホット・バタード・ラムというまろやかな余韻が舌に残るカクテルを皮切りに、
もうすでに5杯目。出てくる料理も全部おいしくて、余計にグラスの空きが早い。


 いつのまにか隣に座ってきていた平さんはグレーのスーツを来たサラリーマンの様に見えた。
見えた、というのはただのサラリーマンにしてはお洒落な着こなしが目についたからだ。
ストライプのシャツに、出来る男の証!と言わんばかりの大きな腕時計が主張している。
しかもこれだけノリがいいのだからモテるだろうな、と思った。


 そこまで思って、あんな目に遭ってすぐに男性をそのような目で見る自分に苦笑した。



「こんなつもりじゃなかったのになあ。」



 小さく漏れた本音に、グラスの中の氷がカランと音を立てる。もうすぐ5杯目も空になる。


「人生はそんな事の繰り返しだよ、静(しずか)ちゃん。」

 珍しくまともな事を言う、と思い横を見ると平さんはウインクをして見せる。


「平さんは、もてるでしょお。」

「いやいや、僕なんて彼女が10人くらいいるだけで、全然モテないモテない。」

「何それえ。」

 平さんは私がお店に入ってきたときから酔っていた様に見えたが、なかなかつぶれたりはしない。
こうして私が弱音を吐くとちゃんとフォローしてくれる。大人だ。


「僕より了(りょう)の方がモテるよ。」

 そう言って羽柴さんを親指で指差す。了、が名前なのだろうか。

「へええ。」

「そんなことありませんよ。」

 羽柴さんは困った様に笑う。その後なにか言うのかと思ったが何も言わなかった。


「ところで、お客様、次のドリンク何か用意しましょうか?」


 今の話題を振り払う様に私に笑顔を向けた。
 正直もう酔いは回ってるし、お腹もいっぱいだ。それでもドリンクのメニューを見る自分は
余程帰りたくないのだろう。
 思ったよりずっとこのお店と、この音楽と、この人たちの雰囲気は暖かかった。


「あ、そのビール飲んじゃおう、今ここで。」

 平さんが思いついた様に私のバックを指差す。

「え?」

 私と羽柴さんの声がかぶった。


「いいじゃない、そのかわり、これで最後ね。」

 平さんは小学生の子どもの様に無邪気に笑った。



  to be continued




 
 






 

 

 
 

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こんなつもりじゃ、なかったのに。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-10

CC BY-NC-ND
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