ホテルの夜

(作者註:近々ホテルに泊まる予定のある方は読まないでください)
 細川は出張に行く際、できるだけ安くて新しいホテルに泊まるようにしている。だが、今回はあいにくその地方で大きなイベントがある日らしく、少々値段の張る古いホテルしか取れなかった。
 昼過ぎにホテルに着いたが、先に荷物だけフロントに預け、そのまま支社に向かった。
 かなり遅い時間に仕事を終え、ホテルに戻って改めてチェックインの手続きをしようとしたが、フロントのカウンターに先客がいた。幼稚園ぐらいの女の子を連れた若い母親で、部屋を替えてくれと頼んでいるようだ。
「まだ、全然使っていないんです。申し訳ないですけど、この子が嫌がるので」
 カウンターの中には若い男性クラークが一人しかおらず、判断に困っている。
 細川は疲れているので待ちきれず、親子の背中越しに「ちょっといいかな」と声をかけた。
 フロントクラークはハッと細川に気付き、「少々お待ちください」と言って、見えない位置にあるチャイムか何かを押したようだ。すぐにベテランらしいクラークが現れ、鍵を渡してくれた。その後、ベテランが若いクラークに代わって親子連れに新しい部屋の鍵を渡すのを横目に見て、部屋に向かった。
 部屋に入ってみると、予想以上にジュータンや内装などは年季が入っているようだ。まあ、どうせ寝るだけだと思ったが、壁に掛けてある色のあせた絵が傾いているのがどうも気になる。真っ直ぐにしようとしたら、額の裏側から何か赤い紙のようなものがハラリと落ちてきた。一瞬だが、その紙に『封』といような文字が見えた。
 何だろうと思って屈んで探したが、偶然サイドテーブルと壁の隙間に入り込んだようで見つからない。諦めて立ち上がろうとした時、細川はテーブルの角でしたたかに頭を打ってしまった。
「あ、痛っ!」
 触るとちょっとコブになっている。
「くそっ」
 打った頭がズキズキと痛いし、少し肌寒いような気がするので、気分を直しにバーに行って一杯ひっかけることにした。
 部屋を出てエレベーターに向かうと、ちょうど先ほどの親子連れが上がってきたところだった。何故か女の子は目を見開いて細川の顔を凝視している。母親は困ったように女の子をたしなめた。
「だめよ、ミーちゃん。ちゃんとご挨拶しなさい。こんばんは、でしょ」
 すると、女の子は「でも、血だらけだよ」と言った。
 さっき打ったところだろうと思い、細川はコブを触ってみたが別に血は出ていなかった。
 その様子を見て、女の子は首を振った。
「違うわ。血が出ているのは、おじちゃんの後ろに立っている人よ」
(おわり)

ホテルの夜

ホテルの夜

(作者註:近々ホテルに泊まる予定のある方は読まないでください) 細川は出張に行く際、できるだけ安くて新しいホテルに泊まるようにしている。だが、今回はあいにくその地方で大きなイベントがある日らしく、少々値段の張る古いホテルしか取れなかった…

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-10

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