Bar RainCheck
濡れ鼠、というより濡れ猫かな。
2. Don't know why
カランコロンと心地よいベルの音が鳴る。グラスを磨いていた手を止めて
顔を上げると、雨に濡れた漆黒の髪が目についた。
「いらっしゃいませ。」
俺の声に合わせて、カウンターで突っ伏していた平(たいら)も顔を上げる。
オープンしたばかりのこの時間に客が入るのは珍しい。いつもだったら、平とまた無駄話
を展開しているところだ。
店のドアを開けた張本人は周りをキョロキョロと周りを見渡しながらカウンターに近づいてくる。
あまり慣れていないのがよくわかる。遠目でも思ったが、近くで見るとやはり、だいぶ雨に濡れている。
ずぶ濡れ、とまではいかないがセミロングの髪は全体的に湿っている。
「お一人様ですか?」
「はい。」
カウンターからでてコートを預かろうと思い、手を差し出すときょとんとした顔をされた。
少ししてからはっとした様に慌ててコートを脱いでこちらに手渡す。
「すいません、あまりこういう店に一人で来たこと無くて・・・・・。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
預かったコートからひやりとした冷気と水滴が落ちる。外は相当寒いな。
もともと6席しかないカウンターで、彼女は平と2つ席を空けて座った。
「雨が降って来ちゃいましたね。寒い訳だ。」
「そうなんです、傘持ってないので、雨宿りしようと思って。」
「ゆっくりしていって下さい。あ、これ、よかったら使ってください。タオルです。」
彼女は少し驚いた様に目を見開いてゆっくりとそれを受け取る。なんだかおびえてる猫を
連想させた。
「なににしようかなあ・・・・・・。」と呟きが聞こえる間に俺は素早くお通しを
準備する。今日はジャガイモをスパイスで炒めた物だ。特に料理名はつけていない。
彼女はメニューをパラパラと捲る。
「お嬢さん、お酒持ってるねえ。」
平がいつもの調子で彼女に声をかける。最初から何かビニール袋を持っていたのは知っていたが
それがお酒だとは思わなかった。
「あ、すいません!これは家で飲みますね。」
「いやいやあ、お酒を持っているのにわざわざバーに寄る!おもしろい!」
始まった。俺は静かに平を睨む。もちろんそんな事が効く相手ではないが。平は、今アルコールが入っている
のもあるが、すぐにカウンターの客に絡む。彼女はすぐにビニール袋を自分のバックにしまい込む。
「ええと、どうしようかなあ。お酒がいいんだけど、暖まりたいし・・・・・・。なにかオススメは
ありますか?」
彼女と目が合う。20代、半ばくらいだろうか。目鼻立ちがくっきりした
顔立ちだ。
「そうですね、たとえば・・・・・・。」
「ホット・バタード・ラム!!!」
いつのまにか彼女の隣の席に移動して来た平が高らかに叫ぶ。
「ホット・バタード・ラム?」
「そう、おいしいよ。ラムあっためて、バター入れて、ちょっと甘いの。僕なんかもう4杯目。」
平は得意げに残り少なくなったグラスを顔の前で傾けてみせる。
「え、すごい。じゃあ私もそれで。」
「かしこまりました。」
平に対してやれやれと思いながらも彼の気さくさには正直とても助かっている。一対一、
ではなく、あと一人いることはとても大きい。
ラムとバター、そしてシナモンの香りを感じながらゆっくりとステアをする。
ちょうど店内にはノラ・ジョーンズの、名前は思い出せないが名曲が流れていた。
to be continued...
Bar RainCheck
最近飲んだバタード・ラム。めっちゃ美味しいです。オススメです。