【高校生】

一話

【高校生】



【一話】

 
 身長185センチ、体重85キロで前頭部が薄毛の椎名猛(シイナタケル)は似合わない学生服姿で車を降りた。

「帰りは迎えに参りますので…」
 運転手らしきスーツ姿の男は、椎名にそう呟くと一礼して車に乗り込みその場を離れた。

 そしてその足で校門を通った椎名は真っ直ぐに校舎を見つめ自分のクラスを確認後、下駄箱の前で運動靴を左右交互に動かした。

 そして教室へ足を移動させた椎名だったが、椎名を物珍しいとばかりに後からゾロゾロと新入生達がワイワイガヤガヤと歩調を共にした。

 椎名は無言で自分の席を見つけると深呼吸をしてそのまま椅子に腰掛けて次の指示を待ち続けたが、廊下は学生服を着た妙なオッサンを見ようと人でごった換えした。

 数分後、初めて見る娘のような年齢の女性が教室に入ると入学式を体育館で行う号令に従って、椎名は再び体育館を教員の後ろについて足を移動させ、同時に大勢の新入生もまた椎名に続いた。


「えぇー、本日は晴天に恵まれた心地よい入学式でありますが、何より今、ここに並ばれている諸君達が…」
 真新しい学生服やセーラー服に包まれた数百人の男女が整列する中、体育館の演壇で長々と新入生を前に校長の挨拶が始まり、その中に一人だけポツンと際立つ椎名の存在が目立っていた。

 そして1時間程して終焉した入学式では一際目立つ椎名の容姿様相に周囲は静まり返った。

 そんな椎名を体育館では珍しいモノでも見るように周囲から大勢の視線が集中したが、当の椎名は気にかけることなく真っ直ぐ前を向いて直立不動の姿勢をとった。

「ここだったな……」
 椎名は開いたままの引き戸の前で立ち止まると、大きく深呼吸してから教室の中に足を踏み入れた。

 その瞬間、ザワついていた教室は一瞬にして再び静まり返ったが、静まり返った教室の中、椎名は自分の席に迫力ある身体をドッシリと落ち着かせた。

 周囲は椎名の存在にまるで凍り付いたように静まりかえり物音一つしない時間が経過した。

 
「シイィーーーーン……」


 静まり返って尚も静かな教室を廊下から中を覗き込む新入生達と、その中に混じって二年生や三年生の姿もあった。

 そして十分ほどの時間が経過するとともに、突然、手を叩いて廊下に溜まった生徒達を蹴散らすように一人の女性教師が姿を現した。


「はあぁーい! みんな席に着いてー!」
 静まり返った教室に長い黒髪に顔立ちの整った、いわゆる美人教師の声が響きつつ、引き戸は閉じられ教師は教室内を見回して全員を確認した。

「私は皆さんの担任の畑野洋子といいます。 私の隣に居るのが副担任の鈴木五郎さんです」
 元気溢れる美人教師は自らの自己紹介と副担任を紹介した。

「じゃぁ、一人ずつ自己紹介をしてもらいます! 左端の前列から立って自己紹介をして下さーい!」
 辺りを見回しつつ左側の方を見入った美人教師に指名されたごとく、左端の女生徒は立ち上がると自己紹介を始めた。

 女子生徒は氏名、出身中学、趣味などを簡単に終えると恥ずかしそうに席に着いて俯いた。

 美人教師の視線を感じた生徒達は次々に自己紹介を始め遂に椎名の番になった瞬間、再び教室の中から吐息すらも消え去った。

「椎名 猛。 54歳。 現在は○○市で総合建設会社を経営中。 この学校の体育館は私の会社で作らせて頂きました。 あと二十代の子供と妻の4人家族。 趣味は釣りにゴルフ。 以上です」
 堂々として真っ直ぐ前を向いた椎名の自己紹介に、周囲の同級生達も美人教師すらも唖然としてその男らしい低い声に聞き入った。

 そして自己紹介が終わる頃まで続いた静けさは、美人教師の愛らしい声に束の間の安らぎを周囲に与えた。

「あと、この学校の各教室… 音楽室なんかは各自の机に置かれた小冊子を見て貰うとして、各委員を決めたいと思いますが、自分がしてみたい委員は今、申し出て下さい。 誰も居ない場合は私が決めますがいいですね!」
 美人教師の畑野洋子は教壇の上から副担任の退室を見守りつつ、教室内を見渡して声を張り上げた。

 だが、誰一人として立候補する者なく、保健委員やら体育委員やら畑野の独断で次々に決められて行き、最後に残った学級委員を誰に頼もうか畑野は迷っていた。

 そして真っ直ぐ前を無言のまま向いていた椎名に声が掛けられた。

「椎名… くんは…… 駄目だったのよねぇー 確か…」
 声を上ずらせつつ自信無げに尋ねた畑野の目は、御伺いをたてるかのごとく声を詰まらせた。

「先生! 学級委員はそのオッサンでいいんじゃねえの!? 一番年上だし!」
 何処にでも不良のような輩は居るものと困惑した表情を見せる畑野は、右端の窓側の声の主を目視した。

「丹野拓斗くん! 言葉を慎みなさい! 年齢に違いはあっても全員、クラスメイトなのよ!」
 畑野の視線を外す丹野を見入る畑野は直ぐに椎名にそのまま視線を向けた。

「入学前の面接の時にお話しした通り学業以外は御遠慮申し上げたはずですので… 申し訳ありません」
 立ち上がって深々と頭を下げる椎名。

「オッサンは例外ってことかい! 全員平等じゃないなんて!」
 丹野は畑野に頭を下げた椎名を凝視して言葉を吐き捨てた。

「確かにそうよね…… 全員平等なのに……」
 丹野の吐き捨てた言葉に便乗するかのごとく別の女生徒が細い声で呟いた。

「でも… 仕方ないんじゃない? 面接の時に話していたのなら…」
 椎名の隣の席に居た須藤未来(スドウミライ)が席から立ち上がって周囲を見渡して声を細めた。

 椎名は無言のまま着席すると、背筋を伸ばして目を閉じた。

「とっ! とにかく! 椎名くんは最初からそう言うことで入学してきたの!」
 教壇の上から周囲を見回して自らを落ち着かせようと必死の畑野。

「寄付金!! タップリ払ったんだろうなあ~! でなきゃ! 待遇良すぎだぜ! 全く!!」
 ふてぶてしい態度で椅子を前後に揺らす丹野。

「な! 何てこと言うの!! 丹野くん!! 謝りなさい!! いくら何でも謂い過ぎ!!」
 畑野は丹野の前に慌てて行くと、腕組して椅子を前後に揺らす丹野を厳しい視線で見つめた。

「先生! 私は学級委員に丹野君を推薦します… 丹野君に平等の信義を教えて頂きたいのですが…」
 突然立ち上がった椎名は真っ直ぐに教壇を見て逞しい男の低音を教室に響かせた。

 突然の椎名の逆襲に当たりは再び静まりかえった。

「そ… そうね。 丹野君にお願いしようかしら… ねえ! みんなも丹野君でいい!? 先生は丹野君がいいと思うわ♪」
 椎名の進言を咄嗟に大人の駆け引きと判断した畑野は、笑みすら浮かべて周囲に語りかけた。

「チッ! バカじゃねえか!? 俺が学級委員でガラかよ♪ くだらねえ!」
 突然の畑野からの指名に呆れ顔の丹野は席を立って窓辺に寄りかかって辺りを見回した。

「賛成します! 私も! 俺も! 賛成! 賛成! 私も賛成! パチパチパチパチパチ!」
 突然、学級の総意とばかりに丹野の学級委員賛同に拍手が巻き起こった。

「勝手にしろ!! バンッ!!」
 拍手を打ち消すように机を両手で叩いた丹野はそのまま席に着くと腕組して目を閉じた。

 丹野は自ら仕掛けた罠を椎名に利用され、まんまと学級委員長に総意で指名された。

 

【二話】
 
 


 54歳で高校生となった椎名猛(しいな)は迎えに来ているであろう車の方へ校門から歩いていた。

 そしてそんな椎名を後ろ斜めから見守るように歩調を合わせる須藤未来(みらい)が居た。

「すげぇー! スモーク入りの黒塗りのベンツじゃん!!」
 誰かが放った声の先には、凡そ校門には似つかわしくない黒塗りのベンツの後部ドアの前、一人の運転手風の男が椎名を待っていた。

 椎名は学生カバンを右手から左手に持ち替えると、椎名を見て深々と頭を下げる四十代のスーツ姿の男にカバンを渡して、開かれたドアの向こう側へと姿を消した。

 そんな様子を10メートルほど離れて見ていた須藤未来(みらい)は心の中で大人の風情を垣間見た気がした。

 そして椎名を乗せた黒塗りスモークのベンツは静かにその場を離れたが、そんな光景を苦々しく見ていた丹野が居た。

 その反面で、校舎4階の職員室奥の部屋の窓辺に立って見ていたのは偶然にも椎名の元、恋人でありこの高校の校長でもある相川陽菜であったが、椎名には知る由もかった。

 そして54歳の新入生の噂は小さな街の隅々にまで直ぐに広がったが、隣街とは言いながらも椎名の経営する建設会社の名前を知るモノも多く翌日から校門の前には多くの人だかりが出来た。

 中には椎名の経営する建設会社の下請け業者やら関係業者、はたまた役場の担当までもが椎名入学の祝いをと、椎名を乗せたベンツを待ち構えていた。

 その光景たるや街をあげての歓迎会とも取れる風景で、校門前には「歓迎! 椎名建設社長様!」と、言う横断幕までもが掲げられていた。

 そして黒塗りのベンツが到着するや否や、大勢の人達がベンツを取り囲んで「椎名社長万歳!」の掛け声がアチコチで盛大にあげられた。

 椎名は車から学生服姿で降りると「ドッ!」と、押し寄せた人集りに顔を歪ませたが直ぐに落ち着きを取り戻して一人ずつ握手を交わしながら校門へと近づいた。

 それでも「椎名社長万歳」の掛け声は、椎名の姿が校門から消えても尚も続けられた。

 その光景を見ようと校舎の窓と言う窓は学生達で埋め尽くされ、職員室の窓際も学生達と同様であった。

 椎名は校舎へ入ると時間を見て、そのまま教室ではなく職員室を訪れた。

「この度は私の所為で御迷惑をお掛けしてまことに申し訳ありませんでした!」
 椎名は職員室に入るなり全教職員を前に深々と頭を下げ謝罪を申し入れた。

「ああ。 椎名く… 椎名さん、あ、頭を上げて下さい」
 突然の謝罪に学年主任は慌てて椎名の前で手をこまねき、辺りの教職員達は静まり返った。

 その瞬間、奥の扉が開いて女性の声が職員室に響いた。

「そうね! 椎名くん! でも貴方の所為ではないのでクラスに早々にお戻りなさい…」
 教職員達は全員、奥の校長室から出て来た校長の相川陽菜を注視した。

「こ、これは校長先生ですか。 そう言って頂けると助かり……」
 椎名は校長の顔を見た瞬間、言葉を喉に詰まらせた。

「は、陽菜…… な、なんでここに……」
 椎名は声にならない声を口元で震えさせて呟き我が目を疑った。

「兎に角、貴方は直ぐに教室へお戻りなさい。 はい! 皆さんも授業の用意について下さーい!」
 校長の顔を見た瞬間、椎名は石地蔵のように固まり職員室から一斉に飛び出す教師達の真ん中に立ち尽くした。

 そして職員室が空になった時、椎名に近づいた校長は椎名の目の前で立ち止まり小声で呟いた。

「こんな再会もあるなんて神様の悪戯かもしれないわね… 猛くん……」
 
 椎名は目の前に居るのが元恋人だった相川陽菜であることをその時初めて知った。

 そしてこの高校の校長であることをも同時に認識させられた。

 椎名は唖然としつつ職員室を後に振り返ることなく、自らの教室へとまるで心ここに有らずとばかりフラフラと階を下った。

「遅くなりました… 椎名猛。 席に着きます…」
 青ざめた表情を見せる椎名にクラスは静まり、椎名の椅子を引く音が教室に響き渡った。

 そして椎名を他所に授業は進められたが、椎名の頭の中は数十年ぶりに再会した元恋人の相川のことで一杯だった。

 そんな椎名を不安げに横見するクラスメイトの須藤未来が隣席に居て、未来もまた授業に身が入らなかったが、授業に身の入らないのは須藤未来以外にも一人居た。

「あああーー! 先生! この時間、ホームルームにしませんかぁ! ソコのぉー! オッサンの所為で俺らやたらと迷惑したんですけどぉ~!」
 教壇で授業する担任の畑野洋子の声に割って入った丹野拓斗は、椅子を後ろに倒して椎名をチラ見して小声を荒げた。

「あっ、え、あ、はい… で、でも今朝の騒ぎは椎名君の所為ではなく街の人達が勝手にしたことなので、椎名君には責任はないと思いますから、授業は続行します」
 丹野拓斗の言葉に一瞬、慌てたものの直ぐに担任教師の畑野は丹野をいさめ授業を進行した。

 丹野は担任の言葉に渋々従うかのようにその視線を担任から窓の外へと移動させた。

「今日は朝から騒々しかったので朝礼はしませんが、就業の反省会と明日からはちゃんと朝礼を始めます。 いいですねえ~!」
 担任の畑野は授業の途中で声を響かせそして一時間目を終えた。

 そして休憩時間。

「全く楽しい青春時代のスタートがあんな剥げオッサンと一緒だななんて… ついてねえや…」
 丹野拓斗を中心に数人の男子生徒が椎名の陰口を話していた。

 その頃、椎名は職員室の中の喫煙コーナーで教師達に混じってタバコを吸っていた。

「何か… 妙な感じですなあ~♪ 生徒と言うか~♪ 学生服を着た陣背酢の先輩と言うか~♪ しかしまた何で今更、学校なんて… ああ、失礼…」
 スーツ姿の四十代の男性教師は椅子に腰掛けて足組して椎名に話し掛けた。

「私の人生の中に足りないモノを補うためですかね… その足りない部分を埋めるためでしょうか…」
 椎名はタバコの灰を捨てつつ重々しい口調で喫煙室に声を響かせ喫煙室を離れた。

「人生の中で足りないモノを補うためかあ~ 実に重みのある言葉ですなあ~♪」
 椎名が退室した後、教師達は椎名の言葉に胸を打たれた気がしていた。

 

【三話】



 丹野拓斗は学校から帰宅すると、自宅二階の自室へと駆け上がり、ベッドに腕枕をして天井を眺めた。

 楽しいはずの青春のスタートをオッサン高校生の椎名に邪魔された気がしていた丹野は、吐き出したい声を大きな深呼吸に変えた。

 そんな丹野の実家は街で唯一の電気会社を小さいながらも経営していたが、業績も思わしくなく不景気も追い討ちをかけ父親は経営に四苦八苦していいた。

 そしてそんな父親を助けるべく母親は漁港でパートをしつつ、家計を支えていたことで丹野拓斗は殆ど鍵っ子同然の暮らしをしていた。

 中学では何処にでもいる普通の男子で、特に素行も悪くなかったが将来は父親の仕事を担う跡継ぎとして地元の高校を選択したようだった。

 そしてそんな拓斗の耳に夕方七時、思わぬ父親の声が飛び込んできた。

「いやぁ~ 今日は最高の気分だ♪ 今朝方、拓斗の高校に行って来たんだが、あのゼネコンの椎名社長と面識が取れたからなあ~♪ これで営業も掛けられるってもんだ♪ おい! 拓斗! お前も同じ高校だったろう♪ しっかりと仲良くしてくれよぉ~♪ うち見たいな小さな会社なんか椎名さん見たいなゼネコンじゃ相手にしてくれないが、息子の同級生なら話しも聞いてくれるに違いない♪」
 拓斗の父親は上機嫌で風呂上り拓斗のいるダイニングの席に着いた。

 拓斗は父親の話しを聞いて青ざめた。

 自分が敵視している椎名に父親が仕事欲しさに近付こうとしている事実を知った拓斗は、激しい衝撃を受けた。

「ねえ、父さん! そんな見っとも無いことやめてくれよ! 何でアイツに媚びるんだよ!」
 拓斗は夕飯を切り上げ、真正面に居る父親に胸の内の何割かをぶつけた。

「ど、どうした? 拓斗ー? 椎名社長と面識があればなあぁー♪」
 拓斗の異変に気付いた父親は笑みして拓斗を見入った。

「そんな話し聞きたくねえよおー!!」
 拓斗は突然起ち上がると二階自室へと逃げるように立ち去った。

「畜生!! 椎名のヤツううー!!」
 拓斗はベッドの枕を壁に叩きつけ怒りを両手の拳に握り締めた。

 その頃、その椎名と言えば、スーツに着替えて社長室で一日分の仕事を片付けようと必死に働いていた。

 学業と正業の両立は当初、考えているよりもハードであることを身にしみて実感していたが、やることはやると言う気質の椎名は叩くパソコンのキーボートーを休むことをしなかった。

 そして翌日、再び車で学校へ移動していた椎名は帰宅することなく直接、会社から学校へ向かっていて、後部座席からは椎名のイビキが運転手に聞こえていた。

 運転手は余りに熟睡している社長である椎名を気遣い学校へは向かわずに、そのまま街中に車を走らせつつ学校へは病欠を密かに連絡し、会社の地下駐車場で椎名が目覚めるのを待った。

 朝、十時にして椎名が目覚めると車はエンジンが掛かったままの状態で会社の地下駐車場に居ることに激しい違和感を覚えた。

 そして運転手をしている秘書課長は社内にいて自らの仕事を淡々とこなし、社長が来るのを叱責覚悟で待っていた。

 だが、そんな秘書課長の気遣いを事前に解からぬ椎名ではなく、椎名は秘書課へは行かずそのまま社長室へと姿を消した。

 そしてその数時間前の学校では。

「今日は椎名君は病欠と言うことで学校はお休みです、何もなければ朝礼は終わります」
 担任の畑野はクラスを見回して教室を出て行った。

「助かったぜ… あの剥げ親父をみなくて済む…」
 そう思って笑みした丹野は何気なく窓辺から校門の方を見ると、そこに居たのは拓斗の父親その人だった。

「な、何で親父が校門(ここ)に居るんだよ!! 何やってんだよ親父!!」
 拓斗は何故、父親が校門の前でウロウロしているのかに絶望したように顔色を変えた。

 そして一時間目の授業中も一向に校門(そこ)を立ち去ろうとしない父親に拓斗は怒りすら覚えた。

「親父(とうさん)! 椎名は今日は病欠で休みだから来ねえよ!!」
 心の中で何度も怒りを父親にそして椎名にぶつける拓斗は授業の内容など耳には入っていなかった。

 拓斗の父親は二時間目の頃には姿を消して居たが、拓斗は惨めな気持ちで胸が張り裂けんばかりだった。

 高校生の拓斗には解からない、解かりたくも無い大人の事情であった。

 そしてその日の夕方、拓斗は怒鳴り散らしていた。

「学校へ来て何やってんだよ親父!! 見っとも無い真似すんのは止めてくれよー!!」
 拓斗は仕事から戻った父親に突然、怒鳴り散らした。

 すると父親はそんな拓斗を見据えた。

「子供は余計なことは考えずに勉強しろ!」
 拓斗の怒鳴り声を打ち消すかのように父顔の怒声が家中の隅々に轟いた。

 だが、椎名が拓斗とクラスメイトであることを知っていた母親は拓斗の気持ちも解かっていたことで、父親に椎名と拓斗がクラスメイトであることを偲び難くも伝えた。

「何だぁ~♪ そうかあ~♪ それならそうと早く言えばいいものを~♪ わっははははは♪」
 母親の言葉の意味は父親には届かなかった。

 母親は拓斗の父親に学校での営業活動を止めるにそれとなく話した。

「俺だってなあ~ 俺だって… そんなことはしたくねえんだ… ただ現実はどうだ!? 拓斗の気持ちも良く解かるが、ゼネコンの社長と話すなんて一生に一度あるか無いかなんだ… 」
 父親は声を殺して肩を震わせた。
 
 母親は拓斗の気持ちも亭主の気持ちも解かり過ぎるほど解かっていただけに辛い立場にも居た。

 母親は拓斗の父親が学校の前で自分のクラスメイトに媚びうる姿を見せたくないとも思っていた。

 


【四話】



 
 小さな街にゼネコンの社長が来たことは街中の隅々に広まったことで、様々な業種の様々な立場の人間(おとな)達が毎朝のように名刺交換のために、校門の前で椎名を待ち受けていて、その中に拓斗の父親も混じっていた。

 特に目立った産業の無い小さな街はゼネコンの社長が来たことで様々な憶測と同時に様々な利得を高ずる人間(おとな)達で溢れそしてその傾向に、関係する子供達は窓辺から離れて始業開始のベルを待った。

 また、大人社会を忘れ学生生活を堪能しようとしている椎名にとっても甚だ迷惑としか言いようの無い毎朝の名刺交換だったが、小さな街ゆえの仕方のないことだとも割り切ってもいた。

 そして椎名から名刺を貰った大人達はまるで天の声でも聞いたかのように、満面の笑みで校門から立ち去ったがその中に拓斗の父親も居たのと同時に窓辺から椎名を見る須藤未来の姿も有った。

 須藤未来は丹野拓斗とは幼馴染であって小学、中学と同じ、そしてまた高校も同じと言う間柄であって拓斗の気持ちも解からぬ仲ではなかった。


「どうせ大会社の社長さんのお遊びなんだろ! こんなチッポケな街に来て高校生やってんだからな!」
 ホームルームを終えた辺り、拓斗の声は須藤未来を挟んで椎名の耳にも届いていたが、椎名は相手は子供と気にしてはいなかった。

 椅子を前後に揺する拓斗を見て直ぐに椎名を右に見る須藤未来は、予習に専念する椎名を見て「大人なんだなあ~」っと溜息をついた。

 椎名君は大人で拓斗は子供と言う位置づけが未来の中で構築されていったが、自分の父親よりも年上の椎名が自分の子供より年下の拓斗を相手にするはずは無く、それでも突っ張る拓斗が哀れにも見えていた。

「あのぉ~ 椎名さん… 椎名さんは何で高校なんかに!?」
 聞いて見たいが聞けない須藤未来は、右隣の椎名にどう向き合っていいのか解からない存在でもあった。

 身長150センチを少し上回る肩に髪の掛かるきゃしゃな容姿である須藤未来は、何故か解かるぬが椎名が気になっていたが、同時に何かにつけて椎名を敵視する拓斗の心も解からなかった。

 椎名は勤勉で一時間単位の授業に専念していて、休憩時間は何処かへ姿を隠し戻る頃にはタバコの匂いを漂わせてもいたが、まさか職員室の喫煙室にいたとは夢にも思わなかった。

 そしてその数日後の二時間目の休憩時間が終わった辺り、教室に飛び込んできたクラスメイトが付近を巻き込んで大騒ぎが始まった。

 椎名が職員室から教員達とタバコの匂いをさせて出てくるところを目撃したと言い、三時間目の授業の前に丹野拓斗を中心とした数人のグループが英語の教師に問題を決起した。

 だが、全くをもって相手にされなかった丹野と数人のグループは、椎名の喫煙に対して放課後の反省会でこれを議題として取り上げた。

 担任の畑野洋子は事前に椎名の喫煙のことを知っていただけに、これを握り潰そうとしたが納得が行かないと拓斗グループは畑野に詰め寄った。

「バァーーーンッ!!!」
 突然立ち上がった椎名は、机を思いっきり叩くと畑野に詰め寄った拓斗グループの前に自らの生徒手帳を両手で開いて見せた。

「おいおいおい! このオッサン何考えて… んだ…」
 椎名の生徒手帳の中に記された記述を見せられた拓斗達は目を疑った。

 椎名の生徒手帳にある特記事項として、椎名の校内の特定の場所での喫煙を認める趣旨に唖然とした。

「おっ… そ、そんな馬鹿な…… こんなことって……」
 声を上ずらせる拓斗とグループは一斉に後ずさりして畑野と椎名から離れると、顔色を真っ青に変え教壇の左右に散らばった。

 拓斗は椎名の手帳を見た瞬間、声を震わせた。

「何でもありってことかよ… このオッサンは……」
 椎名を指差して声を震わせた拓斗は床を激しく蹴るとそのまま後退りして窓辺に背をもたれた。

 椎名は無言でその場を離れ自分の席に戻ると何事も無かったかのごとく再び勉強を始めた。

 そしてそんな椎名を目をパチパチさせて見つめる須藤未来が居た。

 未来は椎名に興味を持ち始めても居た。

 そんな未来を横目に歯を噛み締める拓斗が居た。

 そしてこの日の授業を終えた椎名が校舎を出ようとした瞬間、玄関の直前で後ろから椎名の名を呼ぶ声がした。

「あ…… 君は確か隣の… す、須藤さんだったかな~」
 振り向きざまに顔を確かめた椎名は学生服のボタンを外しつつ須藤未来の次の言葉を待った。

「拓斗… 丹野君のことなんだけど… ごめんね…」
 椎名は玄関から出ながら右側で歩調を合わせる未来から丹野拓斗とは幼稚園時代からの知り合いであることを聞かされた。

「いや、特別。気にはしてないからね… アノ位の年頃の男の子なら普通だろ。 あんな感じは…」
 年齢54歳の椎名は孫ほども年の違う同級生の須藤に笑みして答えた。

 カバンほ両手で前に持つ未来を右下に見る椎名は触れたら壊れてしまいそうなほどキャシャな未来に好意を持ったようだった。

「丁度いいな。 街見学を兼ねて一緒にドライブでもどうだい?」
 ベンツの横に立って未来を誘った椎名に未来は頬を薄っすらと紅色に染めて小さく頷き、運転手が開いた後部座席に椎名と乗り込んだ。

「おい、すまんが街中を適当に走ってくれ。 街中の様子がしりたい」
 運転手に声を掛けると、運転手はルームミラーに映る未来を見て、その可愛さにニッコリと笑みを浮かべそのまま車を発信させた。

 未来は生まれて初めて乗ったベンツの乗り心地の良さと、安堵感のある椎名の存在に嬉しくもあり楽しくもあった。

 そして椎名もまた自分の子供よりも一回り以上若い未来を可愛いと思っていた。


【五話】



 
 高校に入学して一ヶ月を少し経過した辺り、椎名はある意味、衝撃を覚えていた。

「授業参観ですか!? はぁ~ 困ったなこりゃ…」
 教頭先生から喫煙室で知らされた椎名は、口を開いたまま呆気にとられ首をかしげた。

「いやいや、授業参観と言っても椎名さんの場合は誰も来なくても宜しいですし、PTA人事にも参加されずとも良いと思いますよ~」
 首を傾げて固まった椎名に教頭は優しい口調でタバコを吸い込んだ。


 そして当日の夜、椎名の屋敷では……


「私が参りますわ! 貴方の勉強してる姿を見たいもの♪」
 椎名の妻である幸子は目を丸くして満面の笑みを椎名に見せた。

「えっ!? おいおい。 何処の世界に授業参観に来る妻が居るんだ!? 馬鹿も休み休み言いなさい」
 突然の妻の申し出に思い切り困惑する椎名。

「え、だって授業参観でしょ!? まさか子供達を行かせるわけにも行かないでしょ~♪ 両親も揃って他界してるんですもの、私以外に居ないでしょ!?」
 困惑する椎名に言い返す幸子。

「いやいや、学校の話しでは俺の場合は来なくてもいいと言っているし… それに、何が悲しくて女房に参観されなきゃいかんのだ?」
 苦し紛れに声を大きくする椎名。

「とにかく、私が参りますわ! 私がお母様の代理として参りますから♪ 第一、高校生をやって見たいと言ったのは貴方でしょう!? 高校生なら高校生らしく参観を受けないと!」
 意気込みの荒い妻の幸子は椎名に詰め寄って満面の笑みを浮かべた。

「とにかく! 来ちゃいかん!! わかったな!!」
 詰め寄る妻の幸子から逃れるように後退りする椎名は声を荒げた。


 そして数日後……

 
「な! 何で家内(アイツ)がここに居るんだよ!! あれほど来なくていいと言ったのに! 全く……」
 椎名が高校生になって初の授業参観に妻である幸子は西陣織の和服姿で教室の最後部に立って、椎名の背中に視線を突き刺した。

 椎名は背中に刺さる視線と初めての授業参観と言う環境の中で、一人で激しいストレスを感じていた。

「どうか、家内だとバレませんように……」
 椎名は心の中で神様に手を合わせて祈ったが、一際目立つ西陣織の和服は否応なく周囲の参観者たちの目を引いた。

 だがいつもと様子の違う椎名を、チラチラと見る周囲の視線が襲った。

 椎名は額の汗をハンカチで何度も拭き取り背中を猫背にしてその視線に耐えた。

 そしてそんな椎名を心配する未来が隣の席で前を向きつつ見守っていた。

 椎名にとっての長い長い一時間は終焉するや否や、椎名は机にへたばるようにグッタリと倒れた。

「大丈夫!? 椎名さん…」
 駆け寄る未来。

「ああ、うん。 君(くん)でいいよ同級生なんだから…」
 直ぐに上半身を起こした椎名は教室から出て行く参観者達を他所に未来の方に首を回し再び無言で頷いた。

「凄い汗!」
 自分のハンカチを取り出して椎名の額の汗を拭き取る未来。

 それを面白く無さそうに横目に見る拓斗。

「ああ、ありがとう。 須藤さん…」
 未来の行動に内心ドキッとした椎名。

「未来(みらい)でいいよ。 同級生なんだし」
 照れ臭そうに頬を紅色に染める未来。

「そう。 じゃあ、ありがとう未来」
 未来同様に照れ臭そうに笑みする椎名。

「ね、さっき後ろに居た和服姿の人… 椎名くんの奥さん?」
 自分の席に戻った未来は一息抜いた椎名に小声を発した。

「やっぱりバレてたか…」
 ドキッとした顔して直ぐに表情を元に戻した椎名。

「あ、うううん。 見慣れない女性(ひと)だったから」
 椎名の表情に辺りを気にしつつ俯き加減で小声を発した未来。

 その頃、妻の幸子は流石にPTAには参加出来ないだろうと、数人の教師と校舎を出て校門の近くに止めさせたキャデラックへと近付いていた。

 そして高級車のキャデラックを目撃した複数の学生達は「もしかして」と、椎名の顔を思い浮かべていた。

 幸子は車に乗り込むと直ぐに運転手に車を出させたが、校内では椎名の親族ではないかと言う噂が直ぐに流れた。

 学生達にとって黒塗りのキャデラックは一度見たら忘れられない記憶だったに違いなく、その噂は直ぐに椎名の耳にも聞こえた。

 そして放課後、反省会の中で拓斗は走り去るキャデラックを数人の教師が頭を下げてその場で見送ったことを持ち出した。

「いくら寄付されたか知らんけど、先生方が何人も見送るなんて変だろ! 不平等じゃないか!!」
 反省会の席上、立ち上がって椎名を右後方に睨む拓斗は声を教室に響かせた。

「そうだそうだ! 不平等だ!!」
 いつの間にか出来上がった拓斗グループの数人が一斉に立ち上がって大声を合わせて響かせた。

「先生! そんなの反省会に無関係だと思います!」
 別の女子生徒が立ち上がって拓斗達をけん制すると、拓斗グルプは一同に着席して静まった。

「そうよそうよ! 無関係だわ!!」
 複数の女子生徒達が立ち上がって周囲を見回した。

「そうね。 確かに無関係だわ… それに一々、教師(おとな)のすることに口を挟むのは良くないことだわ」
 拓斗グループを見回した畑野はそのまま椎名をチラッと見て着席すると反省会を終了させた。

「忌々しいオヤジだぜ全く!」
 拓斗は心の中で椎名をののしったが、須藤未来は椎名を気の毒だと心の中で呟いていた。

 そして教室の中から学生達がゾロゾロと出始めた頃、拓斗が未来に近付いた。

「お前! このオッサンに惚れてるのか! こんなハゲオヤジを!」
 席を立ち上がろうとした瞬間の椎名は思わず拓斗を睨み付けた。

「何だよおお!! やるのか!? ハゲオヤジ!!」
 いきり立つ拓斗。

「柔道5段、空手4段、剣道4段の私は君のような子供は相手にしないさ。 精々、青春してればいい…」
 カバンを手にした椎名は左手で未来の腕を優しく掴むとその場を離れようとした。

「まて! 未来から手を離せよオッサン!」
 未来に手をかけた椎名を再び挑発する拓斗と、拓斗に呆れ顔を見せる未来はそのまま椎名とその場を離れた。

「畜生ーーー!!」
 拓斗は椎名に付いていく未来を見て目を吊り上げた。

 そして未来は拓斗が椎名に嫉妬しているのだと思った。


【六話】



 
 椎名は車を校門近くに待たせると、未来と二人で街中にある床屋に来ていた。

 頭上は薄毛の椎名だったが学校のトイレの鏡を見て耳に覆いかぶさる髪の毛を見た瞬間、床屋を連想した。

 元々、ハゲと言う程ではない椎名だったが、日曜日は仕事が詰まっていることを予定していたことで、椎名は街の床屋を未来に訪ねそして案内を頼んだ。

「いらっしゃいませ♪ ああ! 未来ちゃん♪」
 小さな街の小さな床屋は二席の散髪席があるだけの小さな床屋で、須藤未来とは古くからの知り合いのようだった。

「オジサン♪ 今日は私の同級生を連れて来たの♪ 宜しくね♪」
 きゃしゃな身体の真隣に学生服姿で立つ大男の椎名を見た瞬間、店主はハッと驚いた表情を見せた。

「学生で頼みます」
 椎名は椎名を見て唖然とする店主に声を掛けて薄毛の頭を下げ散髪席に座った。

 その瞬間、店主は不自然な椎名の容姿に噴出しそうになるのを堪えた。

「ああ! アンタがあの有名なオッサン高校生!? ああ、申し訳ありません♪ つい♪」
 散髪席に座った椎名の頭を見て尚も鏡に映った不自然な容姿を見た店主は、顔を真っ赤に笑いを堪え両手で口元を覆った。

「オジサン!! 失礼よ!! もおぅ!!」
 椎名を見て大笑いしそうな店主に頬を膨らませて怒る未来と、その未来を左横に目だけを動かして見入る憮然とした表情の椎名。

「も、申し訳ありのせん! いや、その、何と申しましょうか… プハッ! プッハハハハハ♪ すいません♪」
 鏡の前の椎名に侘びを入れつつ我慢も限界と噴出した店主は腹を抱えてその場に屈みこんでしまった。

「セットは学生でお願いしますよ! マスター!!」
 大笑いする店主を鏡の中に見た椎名は、憮然とし表情を変えることなく冷静な口調を放った。

「オジサン!! いい加減にして!!」
 余りにも無礼な店主に怒り爆発と言った未来が詰め寄ると、店主は顔の引き締め口元を緩めつつ自らの両手で自分の顔の頬を数回平手打ちした。

「申し訳ありません! 失礼しました! 学生で宜しいですよ♪ 未来ちゃんの同級生ですからね♪」
 学生服を着た54歳の薄毛の椎名は、何処へ行っても周囲に笑みをもたらす存在だった。

「ああ、未来ちゃん。 良かったら家中(なか)で待ってていいよ♪ 直ぐ終わるから♪」
 店主はまたも椎名の頭を見て薄笑いしてそれを噛み潰した。

 三十分後、洗髪と顔剃りを終えた椎名の顔に熱タオルが掛けられると、店主は無表情で家中のトイレに入った。


「わっはははははは♪ いっひひひひひひー♪ あっははははいっひひひひーー♪」


 トイレで大笑いする店主の声は顔を蒸される椎名の耳に全て聞こえていた。

 そして無表情で出て来た店主は椎名から冷めた蒸しタオルを取ると、背もたれを元に戻して両肩に手を掛けて肩を数分揉み始めた。

「そんなに面白いですかね… 私は……」
 無表情を鏡に映す椎名は後ろにいる店主に声を低くしたが、店主はそんな椎名を見て申し訳なさそうに無言を貫いた。

 そして二十分後、全工程を終えた椎名が散髪席から降りて清算をしようとすると、店主は「学生料金で」と、意気消沈して受け取った。

 そして5分後、店を出た椎名は未来に「やっぱり笑えるわな… この年で学生服は…」と、ガックリした様子を未来に見せた。

「元気だしてー♪ 椎名くん♪ 50歳だろうと100歳だろうと学生には変わりは無いんだから♪」
 大きな背中をポンポンと軽く叩く未来は椎名の左腕に抱きついた。

 未来は椎名を慰めつつ商店街を腕を組んで歩くと、左の道に椎名を誘導して数分後、一面に広がった真っ青な海を見せた。

「椎名くん、釣りとかするんでしょ? この海… あそこの港なんかどう?」
 緩い潮風の吹く中、道路を横断した二人は海沿いの道を港に向かって歩いた。

 左側に青い海をそして右側に街を見て港を目指した二人は、まるで親子のように微笑ましかった。

 そして港に着くと、椎名は左側にいる未来に「未来は俺のことどう思ってるんだい…」と、声を細めた。

「うん。 そうねえ~♪ 奥さんには悪いけど椎名くんは私のボーイフレンドかな♪ 友達以上、恋人未満かな♪ なあーーんてね♪ うふふふふ~♪ でも、椎名君が独身だったら彼女になってたかも知れないなあ~♪」
 未来は抱きついている椎名の左腕にピッタリと張り付くと直ぐに椎名の左手に自らの右手を絡ませた。

 柔らかくまるで生まれ立ての赤ちゃんのよう手触りの未来だった。

「なあ、未来。 真剣に俺の彼女… いや、高校時代だけでいいから俺の彼女になってくれないか? 青春には青春なりの過ごし方があってもいいと思うんだ… 駄目か?」
 壊れそうなほどに柔らかい未来の右手を少し強く握った椎名は、現実とは違う夢の中に居るような錯覚を覚えていた。

「いいよ♪ 高校時代だけの彼女も悪くはないよね♪ うふふふふ~♪ じゃあ、携帯… アドレス交換しようか♪」
 嬉しそうに椎名の右腕に絡みつく未来。

「おお、そりゃあいい♪ あ、でも、携帯は家用と会社用があるから、新しい携帯… 未来との専用携帯があるといいな」
 椎名は未来に携帯ショップの場所を聞くと、港から離れ再び商店街へと足を移動させた。

「よし! ここで新しい携帯を申し込もう…」
 椎名は未来と手を繫いで見せに入ると、店内に居た女性店員達は一斉に目を丸くした。

「学割ってあるのかな? 一応、高校生なんだが…」
 椎名は固まったままの女性店員に学生証を提示すると、カウンターを前に二人で椅子に腰掛けた。

 そして暫くして氷が溶けたように動き始めた店員達は一斉に二人の所に集まって学生証を凝視しつつ、椎名の顔と薄毛の頭を何度も見回した。

「あの… 高校生なんですか? 高校生の場合、保護者が同伴になっておりまして… と言うか54歳の高校生と言うのが当店のマニュアルに無いので…」
 店員は学生証と椎名の顔を何度も見回して呆然と声を細めた。

「保護者かあ~ 保護者はとっくに他界してしまったしなあ~ 困ったなあ… 前例が無いってことだよね?」
 困惑する椎名。

「そ、そうです。 前例が… な、無いんです…」
 呆然と受け答えする店員。

「じゃあ仕方ないな。 これでいいかな~」
 椎名は学生服の内ポケットからサイフを取り出すと、中からプラチナカードを出してカウンターに置いた。

「は! はい! これでしたら! か、かしこまりました!!」
 店員は出されたプラチナカードを見るなり、夢から覚めたとばかりに突然態度を一変させた。

 そして機種選びの段階で、椎名は「高校生らしいのがいい」と、店員に話すと、店員は慌てて別のカタログを持ってきて同時にお茶をカウンターに置いた。

「よし、未来。 お前が選べ♪」
 未来は目の前に来たカタログを真剣な表情で見ると、椎名に普段使っている携帯の機種を聞いた。

「えっ? これ… 衛星携帯!? こんな高額なもの使ってたのお!? すごーい♪」
 無表情で出して見せた衛星携帯を見た未来は口をポカンと明けた。

 そして時間の経過と共に普通に戻った未来は、携帯の機種を高校生らしいモノにし、店内にあるストラップも可愛いモノ形を探して椎名にプレゼントした。

「可愛いなコレ♪」
 クマのプーさんのストラップを椎名に見せた未来は満面の笑みで左側から椎名に寄り添った。

 椎名は契約を済ませ携帯を手にすると早速、未来からのプレゼントを携帯に付けカウンター越しに電話番号とメールの交換をした。

 パッと見は微笑ましいカップルに見えた二人だったが、表から見ると誰がどう見ても学生服を着た変な父親と娘にしか見えなかった。


 

【高校生】

【高校生】

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-02-09

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