コインツリー
「オチ」が気になった。
それが、その小さな植木を買った動機だった。
普段なら気にもとめない露店に並べられていた「それ」の札には、ボール紙にマジックで「かねのなる木」と書かれていた。
ただでさえ胡散臭い露店の中で、ボール紙に手書きの札。そして品物の名は「かねのなる木」。俺の興味を引くには充分だった。
三千円というジョークグッズとして微妙な値段と、水やりや日当たりを気にしなくてもいい、というあたりが、俺の購買意欲をくすぐった。
なによりオチが気になった。なにせ「かねのなる木」だ。いったいどういうオチが待ち受けているのか。
ベル型の実がなるのか、あるいは、カネと呼ばれる実がなるのか。できれば俺の想像もつかないオチであってほしい。三千円分はニヤリとさせてくれるような。
だが、残念ながら期待したような「オチ」は無く、
その木には、「金がなった」。
●一枚目
その日、いつものようにあいつと電話をしていた夜。
「ああ、そうだ。面白いモン買ったんだけど。」
そう話題をふると、いぶかしげな返事が返ってきた。
「…何?」
思ったほど乗り気な反応ではなかったのが期待はずれだったが、あの露天と、小さな植木の話をする。案の定、話に乗ってはもらえず、
「ふぅん。こないだはお金無いからって私の部屋使ったくせに、そんなの買うお金はあるんだ。」
冷ややかに返されてしまった。どうも、今日はムシの居所が悪いらしい。
「なんか、機嫌悪いな。まだ終わってないのか?」
「違うわよ。…さっき電話に出る時に足の指ぶつけたの。」
ほんのりと、「機嫌が悪いのはあなたのせい」というニュアンスが含まれている。
「痛たたた。そりゃあ、悪いことをしたな。」
俺に非があるとは思えないが、ここは謝っておく。
相手の機嫌が悪いときは自分が退く。俺の機嫌が悪いときはあいつが退いてくれる。
今日は俺の番らしい。機嫌を損ねないようにしておこう。
そう思ったのだが、何気なく視線を例の木に移したとき、思わず大きな声を上げてしまった。
「おあっ!」
「何よ!?」
いきなり耳元で大声を出されたあいつの語気は荒かった。
「なってる!」
「何が?」
「カネが!」
「はぁ?」
我が目を疑った。
植木に、銅貨がぶら下がっている。
「なんか、十円玉みたいな五百円玉がなってる!」
「…なに言ってんの?」
我ながらもう少し上手い伝え方があるだろうとは思うが、見たままをしゃべるとそうなってしまった。
それは、五百円玉よりもひとまわり大きな銅貨だった。どこの国のものか判らない文字、そして裏にはどこかで見たような女性の横顔が刻まれていた。
いくらか落ち着いて、それでもやや興奮気味に、あらためてあいつに伝えると、
「それって、最初から付いてたんじゃない? 葉っぱの裏にでも。時間が経ったら葉っぱが落ちて見えるようにしてあったのよ。」
冷静な答えが返ってきた。
言われてみればその通りだ。木に硬貨がなるわけがない。
見ると、植木鉢に何枚か葉が落ちている。
冷水を浴びて醒めた俺は、ほかの葉の裏を見てみたが、その銅貨の他には何も見つけられなかった。
「じゃあ大事にしないとね、その、三千円の十円玉。」
思いきりの皮肉だ。俺の買い物が失敗だったのがよほど嬉しいらしい。
「…あー。そうする。」
妙な敗北感を感じながらも、あいつの機嫌がいくらか良くなった事に安心した。
その後、他愛も無い話をしてその日の電話は終わった。
いささか期待はずれなオチではあったが、まあ、ジョークグッズなんてこんなもんだろう。このくらいの仕掛けなら、買う時に気付いても良さそうなもんだと自分に呆れながら、植木を部屋の隅へ追いやった。
だが、気付くはずもなかった。
その木には、仕掛けなど無かったのだから。
●二枚目
次の日。俺はまた、いつものようにあいつに電話をかけた。
「…あなたからかかってくると、ロクな事がないわ。」
ずいぶんな第一声だ。
「どうした? また小指でも打ったか?」
様子のわからない俺は、つい軽口をたたいてしまった。
「そのくらいなら良かったんだけどね。…カバンに指、挟んじゃった。」
「そりゃご愁傷様。」
まだ事態の深刻さに気付かない俺に、恨めしそうな訴えが返ってきた。
「旅行カバンだから、けっこう傷酷いんですけど? タオル真っ赤なんですけど?」
今思えば、ここで俺は「赤いタオル」のほうに反応するべきだった。しかし、
「旅行カバン…って、どっか行くのか。」
「みんなと卒業旅行。」
「どこに?」
「南の島♪」
「海外かよ。聞いてないぞそんな事。」
「言ってないもん」
「言えよ!」
「今言ったじゃない。」
「ふざけんな!」
言ってすぐ、(しまった!)と思う。
ただ単に、あいつが旅行の事を俺に伝える前に、その話題になった。それだけの事なのに。
だがもう語気を荒げてしまった以上、ひっこみがつかない。
あいつも、自分の怪我の心配より先に、文句を言ってきた俺に苛ついてしまったようだ。
お互いに、退くタイミングを失ってしまった。こうなってしまうと、もう、すぐには収まらない。
不毛な事を言い合うだけ言い合って、収まらないまま電話を切った。
頭にのぼった血が下りると、すぐに自己嫌悪が襲ってくる。
…しかたがない。こういう時は、少し時間をおいたほうがいい。
気を落ち着かせようと、ひとつ深呼吸をする。と、視界の端になにかチラリと光るものが映った。
あの木だ。
葉の間から何かがのぞいている。
…銀貨だった。
前に見つけた銅貨と同様に、どこかの国の文字と、どこかで見たような女性の横顔が刻まれている。
たしかに、あの時には何も無かった。という事は、
「マジで?」
驚くのと同時に、どうだ。もう三千円の十円玉とは言わせないぞ。という子供じみた感情がわいてきた。
おもわず電話を手に取ったが、あんな事の後にすぐ電話をして、しかもこんな事を自慢しようものなら、きっとよけいに機嫌を損ねるに違いない。
また今度、今日の事を謝ってから、落ち着いた時に話そう。
その事に気を取られていた俺は、もっと考えるべき事を見落としていた。
そう。
木に、硬貨がなるという事の異常さを。
●三枚目
結局、謝りそびれたまま、あいつが発つ日を迎えてしまった。
俺はバイトで、見送りにも行けなかった。
気持ちよく送ってやれなかった事を申し訳ないと思いつつも、俺がタチの悪い客相手に作り笑いをしている時に、あいつはもう空の上かと思うと、正直ムカつくものもあった。
昼時のピークを過ぎ、休憩室で遅い昼メシを取る。
誰見るという事もなくついていたテレビの音声に電子音がかぶり、画面の上のほうに短い文章が表示された。
多くの人にとってはさほど緊急性のない、いつものニュース速報だった。普段なら俺もその多くのうちの一人で、さほど興味をひかれることはない。…ハズだった。
それは、 国際線旅客機の消息不明を伝えていた。
とたんに、腹の中に黒い、とてつもなく不快なものが溜まるようなを感じを覚えた。
はじかれたように部屋を飛び出した。
まだ間に合うかもしれない。
己の鈍感さを呪った。
もっと早くに疑問を感じるべきだった。水も日光も必要としないアレが、何を養分にしているのか、に。
あいつが苦痛を感じたとき、銅貨はなった。
あいつが血を流したとき、銀貨はなった。
そして今、たぶん…いや、間違いなく。あいつの乗った飛行機が、消息を絶った。
おそらくは、そういうことだろう。
だが、まだニュースは消息を絶ったとしか伝えていない。乗客の生死については何も伝えていない。
だから、まだ間に合うかもしれない。
一刻も早くあれを処分する。
可能性は、まだ、ある。
バイトの制服のまま、必死の形相で全力疾走する姿は、少なからず人の注目をあつめていたが、そんな事にかまっている余裕は無かった。
日頃の運動不足がたたって、太ももの筋肉がいうことをきいてくれない。体が、気持ちの五メートル後ろをついて来る。
自分の部屋が遠い。
息は完全にあがっている。
喉の奥が乾燥して、血の味がする。
ようやくの思いで部屋にたどり着き、おぼつかない手つきで鍵をあけ、自分の部屋へ土足で上がりこむ。
そして、俺は全身の力を失い、その場へ崩れ落ちた。
そこには、
金貨が、たわわに実っていた。
終
コインツリー
ポジティブな一文が全く別の意味を表している、というのに挑戦しました。
サクっと読んで、うわぁ、と思っていただければ幸いです。
同人誌版発行日 二〇〇三年五月十一日