世にも奇妙な男の夢 第4夜 伝説のスケーター
これは、アレクサンドルがいつか見た夢である。
彼は、フランスのどこかのカフェでシーフードパスタを食べていた。そこに、1人のブロンドの男性が彼に声をかけてきた。
「その席、誰か来るのかい?」
アレクサンドルは答えた。
「空気が座ってる」
男性はふっと笑うと、彼の隣の椅子に腰を下ろした。
アレクサンドルは、フォークを斜めに置くと、何かを考えるような顔つきで宙を見た。
「あの男も、よくこの店に来たっけ」
すると、ブロンドの男性が尋ねた。
「誰のことだい?」
「アメデ・ミルーズだ。あんたも知ってるだろう」
男性は10秒ほど目を閉じたあと、答えた。
「あぁ、名前も顔もよくわかる」
それを聞いたアレクサンドルは、懐かしそうに話し出した。
「彼は、名選手だった。彼が有終の美を飾った大会でのフリーの演技は、今や選手やサポーターの間じゃ伝説だ」
彼の話は続いた。
「そのとき、女子シングルもフランス勢が優勝し、スポーツ紙の1面を飾った。俺はそれにすげえ刺激された」
男性は、22歳のフィギュアスケーターの顔を見ると、両側の口角を僅かに伸ばした。
そのとき、アレクサンドルは近くを通ったウエイトレスを呼んだ。
「お姉さん、ホットカフェオレを1杯」
「かしこまりました」
ウエイトレスは淡々と答えると、ほかの客に呼ばれたので、そちらに向かった。
ブロンドの男性は、穏やかに言った。
「ありがとう、気を遣ってくれて」
「いや。彼は華々しく現役を引退してから2カ月半ほどあと、血液のがんにかかった。その一報を聞いたとき、俺は心臓が口から出そうになった」
彼の話を聞いていた男は、急に物思いにふけるような顔をした。
「それから4カ月ほどたったある日、アメデ・ミルーズは世を去った…」
アレクサンドルの注文したカフェオレが運ばれてくるまで、2人はしばらく沈黙に入った。
「それからしばらく、俺はなかなかリンクに上がれなかった。死ぬのは年の順だとわかっていたんだが…」
彼が言い終えると、ブロンドの男性は、人さし指で右の目頭の近くから目じりまでをなぞるように、まぶたをこすった。アレクサンドルは、そんな彼を不思議そうに見た。
「その後、アメデの後継者とうたわれたブレンダン・ジュオーも不調が続き、フランスのフィギュアスケート界は暗闇に入り込んだ」
ブロンドの男性は、再び人さし指で右のまぶたをこすった。
「そんなある日、俺はコーチの激励を受けた。それからは、スケートリンクの内外で汗を絞るような日々を送った。…その結果が現在だ」
アレクサンドルの話はこれで終わりのようだ。彼は、グラスの中の白ワインを一口飲んだ。
アレクサンドルが男性のために注文したカフェオレは、すっかりアイスカフェオレになっていた。
「ところで、今何時だい?」
突然、ブロンドの男性が尋ねた。アレクサンドルは、腕時計を見た。
「1時10分前だ」
男性は、小さく叫んだ。
「そろそろ迎えが来るな」
「ここにか?」
「いや、ここじゃない」
「じゃあ、早く出たほうがいい。勘定は俺が払っとく」
男性は、
「ありがとな」
と言うと、アレクサンドルに向かって、優しい顔で手を振った。彼も左手を高く挙げた。
あの男性が去ったあと、彼は再びシーフードパスタを食べ始めた。食べながら、あることを思い出した。
(あの、右目のまぶたを一定の方向にこする癖、あの低めの声…。間違いねえ、あの選手だ…!)
彼は、持っていたフォークをテーブル上に落としそうになった。
場所は変わって、市内のとある大聖堂の中。あの低音の男性が、最前列の右から7番目の信徒席に腰掛け、白昼夢に浸っているように宙を見ていた。上の階では、聖歌隊が歌の練習をしていた。すると、白いチュニックのような服を着た2人の天使が祭壇の奥から出てきた。彼は彼らの姿を見て、ほほ笑みを浮かべた。そして各々がその男性の腕を持つと、彼の両足は地面から離れた。
天井には特別な通路ができており、その先は光り輝いていた。1人の男性と2人の天使たちは、そこへ向かって昇っていった。昇りながら、彼は確信に満ちた顔で、地上を見つめた。
(あとは任せたぞ、サンドル…!)
ストーリーテラー登場(アメデ・ミルーズの墓標の前で)
どの業界にも、古い世代が新しい世代に席を譲るときは、必ず訪れます。今度は、アレクサンドルくんが伝説を作る番です。いえ、もう既に作っているのかもしれませんね。
世にも奇妙な男の夢 第4夜 伝説のスケーター