冥途カフェ
泰三が三途の川を渡ると、フリフリのメイド服を着た鬼が待っていた。
「お帰りなさいませー、仏様」
「え、何これ。ここはあの世だよね、アキバじゃないよね」
「只今、あの世サービス向上月間のため、制服を変えて営業しておりまーす」
「に、してもだ。その服を着るには、あんた、顔も声もごっつすぎるだろう」
「だってー、鬼だもの」
「ちっとも可愛くないなあ」
「なんだと、コラァ」
「あ、ゴメンなさい」
「いえいえ、こちらこそ思わず本性を出してしまい、大変失礼いたしましたー」
「まあ、いいや。ところで、あんたが案内係なのかい」
「さようでございますー、仏様ァン」
「うーん、この際だから、少々の違和感には目をつぶろう。で、これからどうすんの」
「はい。本日は三つのコースをご用意しております。血の池コース、針の山コース、そして火炎林コースでございまーす。どれをお選びになりますか」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、全部地獄じゃないか」
「そのとおーりでございます、仏様」
「なんでだよ。さんざん仏様、仏様って呼んでおいて、結局、おれは地獄行きなのかよ」
鬼はポケットから小さなメモ帳のようなものを出して、パラパラとめくった。
「あなたは生前、小説を書きましたね」
「書いたといっても、ショートショート程度だけどね。それが何か関係あるのか」
「小説を書いた者は、すべて嘘つきの罪で地獄行きです」
「ええっ、そんな馬鹿な」
「あ、そうそう。芥川賞というものを取った方だけには、もれなく極楽行き蜘蛛の糸がプレゼントされまーす」
「そんなの不公平だ。責任者を出せよ」
「店長ですか。わかりました」
鬼は奥の方に向かってダミ声で「エンマ店長、エンマ店長、対応お願いしやす」と呼びかけた。
中から現れたのは、『閻魔』という文字がプリントされた真っ赤なTシャツを着た、小太りのオヤジだった。
「どうした。なんかトラブッたのか」
「いえ、この客がちょっとゴネてるんすけど、いっそここでシメますか」
「まあまあ、今はサービス月間だ。手荒なマネはするなよ」
閻魔は鬼が持っていたメモ帳より何倍も大きな手帳を出した。これが、いわゆる閻魔帳というものだろう。
「ふむふむ。ああ、こいつは微罪だから、処分保留で地上に強制送還の予定だ」
地上に送還ということは、つまり、生き返るということである。
泰三は思わず喜びの声を上げた。
「やったー、助かったぞ」
しかし、閻魔は苦りきった表情で泰三をたしなめた。
「おいおい、あんまり喜ぶことじゃないぞ。今の時代、地上から来るヤツは悪人ばっかりで、地獄は定員オーバーになっている。かといって、そいつらを極楽に行かせるワケにもいかないから、仕方なく罪の軽いヤツは地上に戻しているんだ。人間どもは、やれ、医学が進歩したとか、やれ、平均寿命が延びたとか言って、無邪気に喜んでいるがね」
(おわり)
冥途カフェ