オオカミ少年の嘘
小心者オオカミさんとお菓子好きの赤ずきんちゃんのお話です。
オオカミ少年の嘘
突然ですが、質問です。「赤ずきんちゃん」という童話を知っていますか?
赤ずきんちゃんに出会ったオオカミは赤ずきんちゃんのお婆ちゃんになりきって、お婆ちゃんと赤ずきんちゃんを食べてしまうお話。
オオカミはいつでも、悪者だ。
そんなオオカミと人間の血が混ざったら、僕みたいな者が生まれた。
見た目は人間そっくりだが、オオカミの耳が生え、八重歯が見え、灰色のしっぽが生えている。
オオカミと人間の血が混ざった僕。僕のお父さんがオオカミで、お母さんが人間である。どちらも僕が小さい時に亡くなってしまった。だから、僕は今、一人で暮らしている。
オオカミの血が混ざっているものの、僕はもう、肉を食べないと決めた。肉を食べなければ、他の森の動物たちと仲良くなれるって考えたから。
僕の家は木造の家で、クマ五郎というクマに建ててもらった。僕は肉食じゃないため、オオカミの群れから離れて暮らしている。決して、オオカミたちと仲が悪いわけではない。
クマ五郎にはたくさん、お世話になっている。僕の考えを理解してくれて、魚料理が美味しい。いつも、お世話になってばかりだから、何か恩返しがしたいなと考えている。 …何ができるかな?
今日もまた、朝、目が覚めてから身支度を整えると、クマ五郎の家に向かった。クマ五郎の家は川のほとりの近くにある洞窟に暮らしている。
クマ五郎は薪をしていた。
「おはよう、クマ五郎」
「おはよう、オオカミ君」
僕の名前はオオカミ。そのままやんって思った方、ごめんなさい。これは変えられない運命なのです。
ちょうど、クマ五郎も朝ごはんを食べていなかったから、一緒に食べることにした。
メインディシュは川で獲った鮭の丸焼き。彼が鮭を焼いている間に、僕はデザートのフルーツを取りに行くことにした。
この森にはリンゴやミカンといったフルーツの木がたくさんあった。リンゴの木を探しに森の中を歩いていると、僕ではない人物が歩く足音が聞こえた。僕は木の陰に身を潜めた。
そこにいたのは…。
僕の世界にも赤ずきんちゃんという者がいて。この世界の赤ずきんちゃんは四つ子である。四つ子だから、顔がそっくりだが、ちゃんと識別はできる。
森に住んでいなくて、都会に住んでいる赤ずきんちゃん。
お菓子好きで明るい性格の赤ずきんちゃん。
木登りが得意でよく口笛を吹いているらしい赤ずきんちゃん。
釣りが好きで、よく一人でいるらしい赤ずきんちゃん。
今、こちらに歩いてきているのはお菓子好きの赤ずきんちゃんだ。
金髪のキノコのようなボブで、雪のような肌で、赤いチェックのワンピースを着ている。赤ずきんがよく似合っていて、空色の瞳が綺麗だった。
ウサギ達が彼女の周りを歩いていて、彼女の手にはお菓子が入っているのだろう、バスケットがあった。
僕は近づけなかった。…そりゃあ、オオカミの血が混ざっているしね。怖がられるのは嫌だし、きっと、相手の方も怖がっているだろう。
彼女たちが通り過ぎて行ったので、僕はリンゴの木の捜索を続けた。
リンゴの木を見つけ、気を揺すると2個、落ちてきた。それを拾い、その場を去った。リンゴの他にも、ベリーを採ってきた。
クマ五郎の家に戻り、盛り付ける。生憎、人間の世界にある、ナイフがないため、リンゴは丸かじりしなければならなかった。
ちょうど、鮭の丸焼きも出来上がっていた。
二人で合掌して、鮭の丸焼きにかぶりついた。鮭はこんがりと焼けていて、美味しかった。
食べるのに夢中で、無言で食べていたのだが、クマ五郎が先に口を開いた。
「クマな、赤ずきんちゃんと仲良くなりたいんだ」
「どの赤ずきんちゃん?」
気になって尋ねると、クマ五郎は嬉しそうに教えてくれた。
「釣り好きな赤ずきんちゃん。あの子、釣りが好きなんでしょう? ぜひ、クマの家の近くの川に釣りに来て欲しいなーって思ってたんだ」
「…どうやって、仲良くなるの?」
「………それがわかれば苦労しないよ」
彼はさっきとは対照的に悲しそうな顔をした。
この川に釣りに来ないから、彼女とは仲良くならないということはわかりきっていた。
僕も考えていると、クマ五郎が先に何かを思いついた。
「ねぇ、オオカミ君。君が彼女に声をかけてくれよ」
「え? なんでよ。クマ五郎の方が安心されるよ」
「そんなことないよ。だって、クマは熊だし…。それに、みんな、オオカミ君のこと、知ってるよ。他の動物を食べないって、みんな知ってるよ」
「…そうかな?」
「そうだよ」
クマ五郎が笑った。
クマ五郎のために…。恩返しが少しでもできるのなら、僕がやるしかないのだ。
「わかった。…頑張るよ」
僕がそう言うと、クマ五郎はまた嬉しそうに笑った。
決意を固めて、僕はデザートのリンゴにかぶりついた。
次の日。
僕は身支度を済ませると、赤ずきんちゃんのお婆さんの家に向かっていた。
朝食は彼女の家に向かっている途中で木を揺すって、落ちてきたフルーツを食べた。
釣り好きな赤ずきんちゃんに出会うことはできないかもしれない。彼女がどこで釣りをしているかわからないし。
だから、お婆さんの家に行って、お婆ちゃんになりすまして、赤ずきんちゃんと接触しようと思った。
確か、お婆さんの家には毎日、赤ずきんちゃんが遊びに行くらしい。きっと、お婆さんの心配をしているのだろう。
赤ずきんちゃんたちのお婆さんはとても優しいと評判だ。口が軽い、というのが玉にキズだが。
そのお婆さんに正直に事情を話せば、きっと承諾してくれるだろう。
途中、家への道がわからなくなって、通りすがりのウサギさんに道を尋ねた。
「それなら、ここをまっすぐ行けば着きますよ」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、ウサギさんがニコニコと嬉しそうに笑っていた。
「あの…。どうして、おばあさんの家へ?」
「えーっと…。赤ずきんちゃんの1人と仲良くなりたくてですね。手伝ってもらいたいのです」
「ほほう…。きっと、桃子ちゃんが今日、おばあさんの家に向かいますよ」
「桃子…さん?」
僕が首を傾げているので、ウサギさんが笑っていた。
「知らなくて当然ですよ。 …私が教えてあげましょう」
「赤ずきんちゃんは四つ子で、みんながみんな、『赤ずきんちゃん』と呼ばれているから、ウサギの世界では、都会に住んでいる赤ずきんちゃんは『町子』と、お菓子好きな赤ずきんちゃんには『桃子』と、木登りが得意な赤ずきんちゃんには『笛子』と、釣り好きな赤ずきんちゃんには『海子』と呼ぶようになったのです。ま、彼女たちの本名ではないのですがね」
…つまり。
今日はお菓子好きな赤ずきんちゃんがお婆さんの家に来るということだ。
ありがたい情報をもらったので、もう一度、お礼を言って、ウサギさんと別れた。
お婆さんの家に到着した。
赤い屋根が可愛らしい、お家だった。そこには庭があって、寒い季節になろうとしているのに、まだ、緑が生い茂っていた。
ドアをノックすると、お婆さんが出てきた。
白いモコモコの綿あめのような髪で肌が白かった。僕の姿を見ると、優しそうに微笑んでいた。
「いらっしゃい」
そう言って、お婆さんは僕を温かい家の中に入れてくれた。
お婆さんの家はとても広かった。
大きなテーブルの前の椅子に、僕を座らせると、僕の前にお茶を出してくれた。きっと、ミルクティーだろう。
「あの…。サイン、お願いします」
突然のことでびっくりした。失礼だが、お婆さんはボケていらっしゃるのだろうか。
「あの…、人違いでは?」
一応確認したが、彼女は首を横に振った。
「いいえ、人違いではありませんよ、お願いします」
僕にサインペンと色紙が手渡されたので仕方なく、『オオカミ』と書いた。お婆さんは受け取ると嬉しそうに笑っていた。
「夏が…。喜ぶわ」
夏…? 僕には誰なのか、わからなかったが、人名なのは確かだろうと察した。
お婆さんが僕の向かいに座ったので、僕は正直に事情を説明した。
「実は、僕、赤ずきんちゃんの1人と仲良くなりたくて…。それで、お願いなのですが、僕があなたになりきって、仲良くなることはできますか?」
「…直接、会わなくていいのかい?」
「はい、いいんです。 …いいですか?」
「それは全然、構いませんよ」
彼女は立ち上がって、壁に貼られているカレンダーを見に行った。
「今日は誰が来るっけか」と呟いていた。もしかして、ここに来る赤ずきんちゃんはシフト制なのだろうか。
「あ、なりきる時はこの中から選んでくださいね」
カレンダーを見に行ってから、彼女はクローゼットを開けていた。
クローゼットの中には、たくさんのお洋服と、お婆さんの髪型そっくりのカツラが入っていた。
「ありがとうございます」
「いいえ〜」
なんて、お婆さんは気がきくのだろうか。感心していたが、言い忘れていたことがあったから、僕はそれを告白した。
「あの…。お婆さんがオオカミだってこと…、赤ずきんちゃん達には言わないでくださいね。バレてしまったら、僕は…。殺されてしまうのです」
口の軽い人は。
よく、「言わないでね」と言われると、つい、言ってしまうものだ。だから、僕はその対策として、嘘をつくことにした。これがバレたからといって、殺されないのだが、僕の命を囮にしてしまえば、きっと言わないはずだと思ったのだ。
バレたくない。バレてしまえば、きっと彼女たちは怖がるだろうから。
「あら、それは大変。わかりましたよ」
彼女が承諾してくれた。これで一安心だ。
「では、私は外出しますね」
お婆さんは木こりのような装いをして、斧を持っていた。
…お婆さん、流石です。
「では、お留守番、お願いしますね」
彼女に向かって、僕は敬礼をした。お婆さんは出かけて行った。
僕は早速、準備に取り掛かった。
クローゼットの中から、しっぽが隠れるような、花柄のワンピースを見つけた。それを服の上から着て、カツラを被った。
お婆さんの肌は白かった。だから、こっそり化粧道具を使って、肌を白くした。
ミルクティーを飲み終え、片付けてから部屋に掃除機をかけた。
…もしかしたら、しっぽの毛が落ちているのではないかと思ったからだ。
…これで準備は完了である。
「……お婆さま?」
ん? あ、やべ。
つい、ベッドに横にならずに寝てしまっていたようだった。もう扉の前には彼女がいる。急に緊張してきた。
「は、はーい」
声が変になってしまう。落ち着け、僕。
扉の前で深呼吸をして…。
勇気を出して、扉を開けた。
そこには、可愛らしい、あの赤ずきんちゃんがいた。空色の瞳が僕を見ていた。…か、可愛い。
そんなことを思っている場合じゃない。僕は口を開いた。
「いらっしゃい」
そう言って笑うと、急に赤ずきんちゃんが抱きついてきた。こうやって、いつも出会っているのだろうか。
「すっごいっ! オオカミさんでしょう? すっごい可愛いっ」
……あれ?
なんで、オオカミってバレているんだ?
「なんで…。オオカミだってわかるの? 私はお婆さまだよ?」
頑張って裏声を出して、お婆さんに似た声を出したのに。
「いいえ、オオカミさんでしょう? お婆さまが言ってたもの。私と仲良くなるために、会いに来てくれたのでしょう? 私、嬉しいわ」
彼女は嬉しそうに言っていた。
僕は悔しかった。
あのお婆さんには、僕の命をかけてもダメらしい。
僕はため息を吐いた。
…僕は泥棒になってしまうよ、このままじゃ。
僕は恥ずかしくて、悔しかった。
「何、言ってやがる」
彼女を僕から離した。僕は嘘をつくことにした。
「俺が、お前と仲良くなるためにここに来たって? 笑わせるな。俺は、お前を食べるためにここに来たに決まっているだろう」
僕はワンピースを脱いでたたみ、カツラを脱いで、ひとまとまりにした。僕のオオカミの耳としっぽが露わになった。
「じゃあ、オオカミさんはお婆さまに嘘を言ったの?」
「そうだよ。あのお婆さんは騙されたのさ」
僕は不気味に笑った。
あー、僕は何をやっているんだろう。
もう、何もかもが嫌になって、遠吠えをした。オオカミのあの遠吠えである。僕の八重歯が見えただろう。彼女は「キャッ」と悲鳴をあげた。
…よし。逃げよう。
僕は赤ずきんちゃんに向かって走り出した。彼女は「キャーーーーーっ!」と悲鳴をあげながら、家の奥へと走っていく。僕はそのまま、お婆さんの家を出て行った。
何も考えずに、走って走って…。
僕は逃げた。
僕は何をしているんだろう。
クマ五郎、ごめんね。
走って、走って…。
もうどこを走っているのかわからなかったけど、とにかく走った。
辿り着いた先には大きな大きな海があった。森を抜けると、海があるなんて…。今まで気づかなかった。
小さな波が押し寄せては引いていく。
海は広くて大きくて。今までのことが馬鹿馬鹿しく思えた。
海の水で、顔の化粧を落とした。海の水だから、顔がピリピリと痛かった。
洗い終えると、砂浜にあぐらの姿勢で座った。しばらく海をぼんやりと眺めていた。あーあ。
ふと、辺りを見渡してみると、金髪のポニーテールの女の子がいた。その子は赤ずきんをしてい…、あれ?
オーバーオールを着ていて、釣りをしていた。 …あれ?
もしかして、彼女は僕が探し続けていたあの赤ずきんちゃんなのだろうか。
少し抵抗があったが、声をかけることにした。
「あの…。釣り好きな赤ずきんちゃん…ですか?」
彼女は僕に気付いてくれた。振り返ってくれた。彼女の瞳はやはり、空色だった。
「あの…。クマ五郎っていうクマ、知っていますか?」
返事がなく、彼女はただ、僕を見ていた。僕はかまわず続けた。
「あの、クマ五郎っていうクマが、あなたに会いたがっていました。森の中の川の近くの洞窟に、クマ五郎が住んでいて…。会ってくれませんか?」
「…川の魚。 …何が美味しい?」
彼女が口を開いてくれた。
「今は鮭が美味しいです。 鮭が旬なんです」
彼女はしばらく、黙っていたが、
「考えておく」と言って、彼女はまた海を眺めていた。
僕はため息を吐いた。
まっすぐにここに来ていたら、きっと、あの赤ずきんちゃんとあんなことはなかったのだ。
後悔だけが募るばかり。
後ろではトンビが飛んでいた。きっとソアリングをしながら、飛んでいるのだろうな。
僕と違ってのんきだなぁって思った。
「ねぇ、オオカミさんは…。どうして、猫みたいに背を丸くしているの?」
後ろから可愛らしい声が聞こえて、釣り好きの赤ずきんちゃんは振り返った。僕は顔が見られたくなくて、背を向けたまま答えた。
「…それはね。悲しいことがあったからだよ」
「そうなのね…。じゃあ、オオカミさんは今、悲しいの?」
「そうなるね…。だから、そっとしておいてくださいな」
急に背中が暖かくなった。僕のお腹に白い手がまわってきた。
後ろを振り向くと、赤いずきんを被った女の子が僕に抱きついていた。ふんわりと苺の匂いがした。
「…そういうときって。“そっとしておいて” は “かまってください ”の裏返しなんだよ。…オオカミさんはわかっていないわね」
「君こそ…。君を食べようとしていたオオカミだよ。よく抱きついてきたね。また、僕が何するかわからないよ?」
僕は海を眺めたまま、突き放すように言った。でも、彼女は離れようとしなかった。彼女は抱きつくことが好きなのだろうか。
「…あなたは…。私を食べようとしていなかったじゃない。さっきだって…。人喰いオオカミはお婆さまから借りた服をたたんだりしないわ。服を破り捨てて、すぐに獲物に飛びかかるはず」
彼女は嬉しそうに話しているように聴こえた。
「…抱きつくこと、好きなの?」
何となく、聞いてみる。
「ううん。 …でもね、オオカミさんは暖かいよ」
「そうかな」
「うん。 …優しい人は暖かいんだよ。 …それにね。また私が抱きついても、オオカミさんなら許してくれるって思ったの」彼女は嬉しそうに続けた。
「私ね、ずーっとオオカミさんに憧れてたの」
海を眺めていた視線を彼女の真っ白い手に移した。僕より一回り小さい、雪ウサギのように白い手だ。
「オオカミさんにずっと会いたかったの。…でも、会えなかった。ウサギさんたちやキツネさんは毎日のように会ってるって聞いたの」
ウサギさんたちとよく話すのは、オオカミさんの話。
『オオカミさんは人間が嫌いだから、どんなに可愛い赤ずきんちゃんだとしても、オオカミさんはあなたに会わないよ』
クスクスと笑うウサギさん。理由を…。知っているかな。
『どうして、オオカミさんは人間が嫌いなの?』
『え? それはね…』
と、笑っているウサギさんではない、別のウサギさんが答えてくれた。
『オオカミさんは、自分が人間とオオカミの両方の血を持っているって、自覚をしていて…。人間に会って怖がられたくないからだよ。怖がるってことは、怖がっている相手は嫌な気分になっているでしょ? だから、オオカミさんは人間に嫌な思いをさせないようにしているんだよ』
『…そうなんだ』
逢いたいのに。そんなこと、気にしなくたっていいって、伝えたいのに。
あなたが拒否していたら、何も始まらないじゃない。
オオカミさんに対して腹を立てた。どうして、思いは通じないのだろう、と。
それと同時に、愛しさが心の中を満たしていた。オオカミさんはきっと、心の暖かい、優しい人なんだろう、と。
その話を聞いたのは、何年か前。
あれからずっと覚えていたの。どうしてだか…。わかるかな?
「私は…。今、オオカミさんに逢えて、幸せなんだよ?」
僕は何と言ったらいいか、わからなかった。
そりゃあ、僕だって、逢いたかったよ。このエピソードを聞いて、心から嬉しかった。
…でもさ。
このことを素直に喜んでもいいのだろうか。
「ねぇ、オオカミさん」
「…なぁに?」
「…お顔を見せてよ」
そう言うと、彼女のまわされて腕が解けた。顔を見られまいと、僕は俯いた。予想通り、彼女は目の前に現れた。大きな瞳が僕を見つめていた。
「いいじゃない、見せてくれたって」
「…嫌だね」
僕は俯いたまま、返事をする。きっと、変な目で見てくるに違いないんだ。
「…ひどいなぁ。……あ! UFOだわ!」
「え? どこどこ?」
僕はつい、顔を上げて空を見上げた。いつの間にか、オレンジ色の世界になっていた。UFOらしき飛行物体はない。つい、罠に引っかかってしまったようだ。
視線を感じて見下ろすと、空色の瞳と目が合った。
「…ひっかかったぁ…」
「うふふ。 …綺麗な顔だわ」
彼女は目を細めて笑った。まじまじと僕の顔を見ている気がする。麗しい瞳に見つめられ、次第に恥ずかしくなってきた。
しばらく見つめられていたが、我慢ができなかった。
「もう、見ないでおくれよ。 …恥ずかしいから」
“恥ずかしい” という言葉を小さな小さな声で言った。もう、彼女の可愛らしい顔を見ていられなくて、彼女をそっと抱きしめた。
「…あなたの方が…。綺麗だから」
ボソッと言ったつもり。でも、彼女は聞きとれていたみたいだった。
「…やっぱり、オオカミさんは暖かいわ」
嬉しそうに響く彼女の声が、言葉が僕の頬を赤く染めた。
…初めて、人間を抱きしめた。
彼女が言っている通り…。心がポカポカと暖かくなった。
昔は。オオカミが最終的に赤ずきんちゃんに、負けてしまったけど。
今回も、僕が負けを認めるよ。「赤ずきん」の世界では、僕らの嘘は通じないようだ。それにプラスして…。可愛さに負けましたとさ。めでたし、めでたし。
…あ。めでたしの前に。
「…あなたの…本当の名前は?」
「ん? 本当の名前?」
「四つ子みんなが、『赤ずきんちゃん』って呼ばれてる訳じゃないでしょ?」
気になったことを聞いてみた。すると…。
「人に教えたことはないんだけど…。オオカミさんには教えるね」
「私の名前は…。夏だよ」
…お婆さんが言っていた名前の謎がようやく解けた。
…よし。ハッピーエンドで終わろうじゃないか。
FIN.
オオカミ少年の嘘
読んでくださってありがとうございました!