帰ってきた男
生まれ故郷の村に帰ると、自分が竜宮城で過ごしたわずかの間に何十年も経過していることを知って太郎は愕然とした。
住んでいた家は畑に変わっており、親兄弟の行方もわからない。近所の知り合いはほとんど亡くなっているか、運良く生きている相手に出会っても、若いままの姿の太郎を本人とは信じてくれなかった。それどころか、自分が太郎であることをわかってもらおうと話せば話すほど、頭のおかしい若者と思われてしまう。
途方に暮れた太郎は、行くあてもないまま浜辺をふらふら歩いていた。ふと前方に目をやると、老婆が一人、夕焼けの海を眺めながら佇んでいる。その横顔を見て、なぜか太郎はハッとした。
「あの」
思わず太郎が声をかけると、振り向いた老婆は一瞬笑顔になりかけたが、すぐ残念そうにため息をついた。
「はあ、なんでしょう」
「あ、いえ、急に声をかけて、すみません。この辺りの方ですか」
「ええ」
「立ち入ったことをお尋ねしますが、何をなさっているのですか」
「待っているのです」
老婆は遠くを見るような目をしている。
「ああ、どなたか漁に出られているのですね」
老婆は少し首を傾げた。
「さあ、どうでしょうか。あの人は何も言わずに行ってしまいましたので」
「ご亭主ですか」
「いえ、お互いにそのつもりはあったと思うのですが、もう何十年も前のことですので、この頃では自分だけ勘違いをしていたような気もします」
「な、何十年も待っているのですか」
「ええ。雨の日も風の日も、こうして浜辺で待っていれば、ふいにあの人が帰ってくるような気がしてねえ。馬鹿みたいな話でしょう」
太郎は激しく動揺していた。
「その相手の方というのは、どういう人ですか」
「それがねえ、不思議なことに、あなたは若い頃のあの人によく似ているんですよ」
「あ、あの、失礼ですが、あなたのお名前を教えていただけませんか」
「はい。お初といいますけど」
太郎はガタガタ震えていた。
「すみません、ちょっとここで待っていてくれませんか」
「ええ、いいですよ」
太郎は近くの松の木の陰で、乙姫からもらった玉手箱を開いた。
白い煙が消えた後、すっかり歳相応の老人の姿になった太郎は老婆のところに戻って来た。
「すまない、お初。ずいぶん長い間待たせてしまったね」
老婆の両目から大粒の涙があふれた。
「いいえ、お帰りなさい。太郎さん」
(おわり)
帰ってきた男