溺れる魚。
プロローグ
____昔の話をしようか。
海に沈められた、藍色の髪をした少女と、寂しがりの悪魔の話。
大丈夫、時間はあんまりとらないから。
それじゃあ、始めよう、ちょっとした昔話の幕開けさ。
広い海。
溺れてしまいそうなほど、深くて広い海。
私の行き場所はここしかないのだろうか。
「....あー!!!"異端児"だ!!!!」
静かな場所でさえも、こうやって奪われていく。
さっき叫んだ少年は、別の少年を二、三人引き連れて、私のもとにやってくる。
汚い靴で綺麗な砂浜を汚して。白かった石や砂はあっという間に泥まみれ。
そして、私の視界も汚していく____。
「学校、サボってどこいったと思ったらここに居たんだぁ?」
ねっとりとした声、耳をまとわりついて、気持ち悪い。
「親が心配するぞぉ?ていうかコイツ、親居ないんだった!!!!」
そんな声に笑う少年たち。
汚ならしい笑い声。波の音を遮る。
どうにもなれ、と思い、いつもみたいに貝殻を少年たちにぶつけた。
「....下らない、そう言って何が楽しいの」
そう吐いて、睨み付けながら。
それにムカついたであろう少年が、私を殴ろうとした時。
「なーに、してんの?」
笑顔で木の棒片手に笑う人が少年の背後に立った。
緑の髪の毛を持ち、2本の黄色い角をはやした青年。
明らかに、私と同じ異端児。
なのに、青年に対する態度が、まったく違う。
少年たちはそれを聞いた瞬間、ひぃと軽く悲鳴をあげて、逃げてしまった。
「....ふぅ、これだから小僧は....あ、君、大丈夫?怪我はない?」
急な展開に腰が抜けて、へたりこんでしまった私に、青年は優しく手を差し伸べてくれた。
「あ、ありがとう、ございます....」
そう小さな声で呟くと、青年は優しく笑ってから
「どういたしまして」
と言った。久しぶりのその言葉に、思わず涙が出そうになるが、必死に抑えた。
溺れたい。
「お前も大変だな、あんなやつに目、つけられて」
そう呟きながら、青年は私の隣に腰を下ろした。
私は警戒をしつつも、視界に広がる海を黙って見る。
その行動に青年は、少し驚きながらも私と同じように、海を見た。
「....海って広いな....」
「....こんなに広いと、悩みごとがちっぽけに思えるよね」
そんな会話をしながらも、私はくすりと笑う。
知らない人だけど、こうして海を見ながら会話してみたかった。
村から切り離された、ひとりぼっちのままで居たくなかった。
その願望は泡みたいに儚く消えてしまうものだけれど、でも願うだけでもいいと思う。
だって、なんの望みもない人生だったら、空みたいでつまんないもの。
「お前はさ、辛くないのか。あんな奴に毎回暴力振られたり、罵られたりして」
青年からの問いかけに、私は苦笑しながらも答えた。
「辛くない訳じゃない。だけどね、今、こうやってるように、海を見ればなんとなくだけど支えられている気がして」
ふわりと潮風が私を包み込む。
それが気持ちよくて、私はついつい砂の上に寝転んだ。
海は綺麗なオレンジ色に染まっていて、上から鐘の大きな音がする。
心地よくて、ずっといたい気持ちを抑えて、私は立ち上がると背中の砂をほろってから、海を見つめている青年に声をかけた。
「私、そろそろ帰らなくちゃ、いけないんだ。じゃあね、また明日」
青年に背を向けて、村に戻ろうとした時。
ぐいっと腕を後ろに引っ張られた。バランスがとれないまま、青年に抱きついてしまう。
青年はよろけずに、私を抱き締めてから囁いた。
「....ずっと、ここに居ろよ。あんな場所なんか、もう要らねぇだろ?」
甘美な囁きに身を任せてはいけない。
ドンッと彼を突き放し、私は戸惑う青年に笑いかけた。
「私は、まだあそこに居たいの。どんなに辛くても、待ってくれる人がいるから」
そこまで言ってから、青年の方へ振り返らず、村に向かって駆け出した。
溺れる魚。