砂になる
雨上がりの道路で、男が自転車を走らせていた。
雨上がりの道路で、男が自転車を走らせていた。
女は荷台に座り鼻歌を口ずさんでいる。
男は何も言わずただひたすら車輪を漕いでいた。
女は取り留めのないメロディーを歌いながら男の背中に顔をうずめた。
「私、くじらに乗っているのね。」
女は目を閉じる。そこには遠い昔に見たくじらが尾鰭を動かす音がした。
ザラン、ザララ、シャラン、シャララ
男は何も言わずただひたすら車輪を漕いでいる。
「私ね、」女は男に話しかけようとしたが、車輪の音にかき消されてしまった。
「私ね、こうやってあなたの漕ぐ自転車の後ろに座るの、すきよ。それも夜にね。静かで、だあれも居ないの。
だから私達、この時間だけこの世で二人きりよ。
雨で濡れたアスファルトは、海辺の匂いがするの。なんでかって、だって私昔…」
ザラン、ザララ、シャラン、シャララ
「昔のことなんて、どうでも言いってあなた言ってたわよね。けれど、昔の事であなたも私もつくられるのよ。
だから私達全部、思い出でできてるの。」
ザラン、シャララ…
スカートが風に靡いて翻った時、女はサラサラと消えていった。それはまるで波に打たれる砂の様だった。
「あぁ、そうね。私、死んでいたんだわ。」
砂になる