Coming of darkness
今日も仄暗い部屋で貴方を待つ。
いつやって来るのか分からない、その時。
チクタクチクタク
時計の秒針に聴覚が支配されていく。
瞼をそっと閉じて昨夜の情事を思い出せば、身体が自然と熱くなる。
「早くきて…」
その囁きは貴方の耳に届くのかは分からない。
儚い声は夜の闇に吸い込まれていき、祈りにも似た言葉に変わる。
寝返りを打てば、貴方がいつも眠る側のシーツの温度に貴方が去ってからの時の長さを知る。
柔らかい枕に顔を埋め、肌触りの良いシーツを掴む。
まるで貴方がそこに存在しているかのように強く強く握り締める。
どれくらいの間、そうしていただろうか。
ふと頬を撫でられる感覚に気付き、目を開ける。
この細くて長い指は確認するでもない、貴方の愛しい指先。
今夜も始まる貴方との時間。
思わず笑みをこぼすと、まるで夜の闇に覆われたように目の前が真っ暗になる。
長い指先は、骨張って大きな手は、私の頭を撫で髪を弄び唇と唇で言葉を交わす。
息をつく暇もない程の熱い口付けに、縦横無尽に動き私を翻弄する舌に、脳が蕩けていくような幻覚を見る。
「おかえりなさい」の一言も言えない程の切羽詰まった口付け。
唇が濡れて乾いてまた濡れて…身体の芯から熱が沸き上がってくる。
私の唇も舌も全て喰べ尽くされるのかと思う程、それでも良いと思う程、貴方の口付けは激しさを増す。
唇が腫れたように紅く染まり、滴る水滴がキラキラ輝く。
不意に唇が離れて、目と目が合う。
魅惑的な眼差しに、私はどんな風に映るんだろう。
再び唇が重なり、何度か触れるだけの口付けをした後にそっと抱きすくめられる。
「逢いたかったよ。」
耳元で囁く声は熱を帯びて、少し掠れている。
その声を聴く度に背筋からゾワゾワと這い上がる何とも言えない甘い感覚に陥る。
束の間の甘い一時、耳に舌先が侵入し骨が折れる程に強く抱き締められると思わず声が洩れてしまう。
右耳に熱い吐息を纏った水音が響き、左耳には器用な指先での優しい愛撫が施される。
さっきまで支配されてた時計の針の音はもう聴こえない。
今、私の聴覚は貴方だけのもの。
ゆっくりと舌が耳を舐め回し、そのまま首筋へと下降する。
何度も強く吸い付かれて貴方の物だという証を首筋に遺される。
少しの痛みを伴うその儀式は夜毎繰り返され、決して消えることはない証。
自分の付けた痕を満足そうに見つめながら微笑んだ後に、頭を抱えられ本能のままに口付けられると、すっかり身体から力が抜け切り身を委ねてしまう。
そんな蕩け切った私を見つめて、いつも不敵な、でもどこか嬉しそうな笑みを浮かべる貴方。
そんな風に微笑まれると誰だって心が鷲掴みにされてしまう…。
震えるような、激しい愛の衝動に呼吸は乱れ目を閉じて全感覚で貴方を受け止める。
そんな私の気持ちを知りながらも貴方の手は性急で、まるで魔法をかけるかのように気が付く前には一糸纏わぬ姿にしてしまう。
元より、貴方と毎夜情事を繰り返すようになってからはベッドに入る時はスリップしか身に付けないようにしている。
鎖骨に齧り付き、さっきの口付けとは真逆に優しく乳房を揉みしだく。
片手はすっかり主張を始めてる乳房の尖端を弄び、私に嬌声を上げさせる。
デコルテに触れる少し長い毛先すら、快感の波を呼び起こすツールと化す。
薄く目を開いて、貴方を見ると既にシャツは脱ぎ捨てた後で薄い胸板と美しく割れた腹筋は少し汗ばみしっとりと濡れている。
ベルトを既に緩めているのは収まりきらない昂りがあるからだろう。
ジッパーに手を掛け、ゆっくりと指で撫でるように下ろすと貴方は腰を少し震わせ乱れた吐息が私の胸元にかかる。
それが引き金になったのか、貴方は何もかも脱ぎ捨てお互いにいつもより早く産まれたままの姿になる。
既に充分過ぎるほど潤いを蓄えた場所に貴方の指が触れると同時に、私の手を取り自身の昂りを握らせる。
指先が動く度に部屋中に響く卑猥な音に頬を上気させ、痺れるような快感に冒されながら自分も貴方を指先で、掌全体で、貴方を更に硬くさせる。
二人の指先から潤いが滴り落ち、耳に入る水音がどちらの音か分からなくなる頃、私のそこから指先は離れ、自然と私の手も離れる。
ギシッ
ベッドが重く軋む音は貴方と私の全てが繋がることを示す合図。
いきなり貴方は入り口に昂りを押し当て、侵入しようと試みる。
「あっ…待って…」
「どうして?」
「ま、まだ…」
「待てないよ…」
私の制止を遮り、そのまま腰を押し進める。
「ま、ま…って…」
中に少しずつ侵入してくる昂りを感じながらも僅かな抵抗をする。
「なんで?」
貴方はおもむろにズルリと抜き取ると怪訝そうな表情で問う。
「はぁ、ぁ…だって…」
言いかけた唇を貴方は塞ぐ。
無理矢理に話そうとする程に舌は絡まり、唇に吸い付かれる。
その間、彼は自身の昂りで入口をワザと水音が立つように執拗になぞり快感を誘う。
「ねぇ…こんなになってるのに待てないよ。待てると思うの?」
至近距離で見つめられ、荒い吐息混じりの彼の囁きに包まれた私は思わず首を横に振ってしまう。
そっと髪を梳くように撫でて優しく口付け、私を見つめたまま呟く。
「可愛い…」
ゆっくりと、でも確かに私の中に貴方のカタチが刻まれていく。
最奥まで到達すると、強く抱き締め合い互いに何度も口付けを交わす。
心が満たされるような何とも言えない幸福感に思わず涙が溢れる。
唇を重ねたまま、ゆっくりと貴方は動き出す。
腰が揺れる度に洩れる貴方の声や吐息に比例して私の身体は快楽に堕ちて行き小刻みに声を洩らす。
今夜はいつもより少し荒々しくて、突き上げられる度に全神経がそこに集中しているようで、悲鳴にも似た声で私は何度も何度も叫んでしまう。
部屋には、一つに重なる二つのシルエット。窓からは月明かりが差している。
シルエットを浮かび上がらせるようにお互いの裸体が美しく妖しく照らされ、より一層二人をヒートアップさせる。
私を味わい尽くすような貴方の腰使いと全て搾り取るように締め付ける私。
快楽の絶頂が訪れる時、貴方は図ったように囁く。
「一緒に…」
貴方が突き上げる度にベッドのスプリングまで喘いでいるかのように鳴り響く。
熱く更に硬く、それを強く締め付けお互いの頂きに達した時に私は中で貴方の熱い飛沫を受け止める。
最後まで私が搾り切ると、貴方は荒い息のまま私の上に倒れ込み何度も口付ける。
心地良い徒労感を感じ、私は貴方を抱き締め口付けに応える。
この時が永遠に続けば良いのに。
まだ悦楽の渦中にいる私に貴方は優しく告げる。
「明日も来るね…」
もう夜明けがやってくる。
その言葉を聴くと、胸を締め付ける切なさに見舞われるのに不思議と瞼が下り安らかな気持ちで眠りに就ける。
ジリリリリリリ
騒々しい目覚ましの音で、ハッと我に返り目覚める。
隣は、虚しい冷えたスペースで貴方の温もりすら遺ってはいない。
スリップだけで眠るのは嘘じゃない。
ギシ…
相変わらず少し動くと軋むベッド。
何となく気怠さを感じながらゆっくりと身体を起こす。
私は、この部屋にもうずっと前から独り暮らしだ。
貴方が現れたのは突然だった。
夜しか逢えないけれど、私の身体を満たしてくれる。
でも満たされる度に心は空っぽになって思考は現実逃避をする。
だって、貴方には夢の中でしか逢えないから。
今宵も私の全てを快楽に堕として。
そう、淫魔である貴方のその全てを尽くして。
Coming of darkness