鳥篭姫ハ郭ノ街デ
遊女ノ街
世界観
異世界のようなものです。
地球のような習慣が多くあり、その上で国の数は20と数国で発見されていない国がまだ在ります。
世界の名は時衆-ジシュ-
この世界では三大国と呼ばれる大国があり、
知識と芸術を司る国 ヴィトレシュタラント
豊穣と闘いを司る国 イーリガント
華美と遊を司る国 アーテリシア
今回は、華美と遊を司る国アーテリシアでの噺。
どうぞご賞味あれ。
住人達
涼風 -スズカゼ-
鈴嶺-リンレイ-の街の一番人形の花魁。
本名は風鈴-カゼスズ-。
百絵 禅鴒 -ヒャクエ ゼンレイ-
名門百絵家の跡取り。涼風を気に入り遊郭•楔に入り浸る。
鎖 珱月 -クサリ エイゲツ-
風鈴の世話係。楔の主。
夜気 -ヤキ-
新人花魁。初々しさが人気。
乱舞 -ランブ-
花魁。二番人気。
絵鳥 雪楽 -エドリ セツラ-
遊郭•楔の常客。
呼吸のように
「主様、わちきを措いて他の女に目移りなんて……許しんせん」
座敷に涼やかな声が響き渡った。
声の主はどうやら十五、六の女のようで綺麗な顔を歪ませていた。
「おや、済まないねぇ?ずっとあんたを見ていると溺れちまいそうに成るもんだから」
男がそう言えば女は朱くなった顔を隠すように袂で顔を覆った。
「主様は冗談がお好きなようで」
「いやいや、んなこたぁねぇさ」
クスクスと音を立てて笑う女を横目で見ながら男は次の言葉を紡ぐ。「オラァ、あんたに惚れ込んでんだからなぁ」と。
女は黄金色の双眸を潤ませ綺麗に笑う。
それはまるで純真しか知らないあどけない少女のようで男は目を細めた。
「じゃぁ…そろそろ」
「まだいいじゃありんせんか…わちきはまだ主様とお話がしたいでありんす」
意識せず上目になってしまったのか男は茹で上がったタコのように顔を朱くした。
「な、なら、可笑しな話でも肴に」
スッと男は赤い杯を持った。
「太夫さんには酌でも頼むよ」
女は杯に酒を満たして言う。
「太夫さんだなんて……随分他人行儀でありんすねぇ」
眉を下げて視線を落とす女を見ると男は慌てた。
「そういうつもりじゃあねぇんだ。ちぃと気恥ずかしくてよぉ」
頬を掻きながら男は酒を干した。
「そうでありんしたか…でも…わちきは主様には名前で呼んで欲しいんでありんす」
キュッと唇を引き結ぶ様はまるで初恋をした少女のように愛らしくそれでいて妖艶だった。
「っ…涼風…でええんですかいぃ?」
「あい!そうでありんす」
女涼風は花が咲いたように笑った。牡丹のように艶やかで鈴蘭のように涼しげな微笑は男の心に響いた。
「涼風」
「あい、何でありんしょう」
「呼んでみただけでぃ」
和やかな雰囲気が二人を包む。
一瞬のようで永遠に感じられる時間は男にとって幸福だった。
そんな雰囲気を壊したのは涼風の言葉で合った。
「主様…褥でそろそろお休みに」
男は高鳴る鼓動を感じ涼風を見た。
憂えた女の双眸、微かに漂う香の匂い、高潮した頬。本能に堪えかね男は「ああ」と返した。
涼風がパチンと指を鳴らすと向かいの襖が開き褥が見えた。
男の首に腕を回しさっきとは打って変わって妖艶に誘う。
「わちきは…主様に抱いて欲しいんでありんす」
口説き文句と同時に男を立たせ褥に導いた。
髪に飾られた簪がシャンと音を立て畳に落ち涼風は言った。
「好き」
と。
飾り気の無い言葉は男を駆り立て獣にした。
トンと涼風は褥に倒され首を貪られた。
だから男は気付かなかった。
好きと言った後の涼風に……。
もし気付けたとしても遅かっただろう。
男はもう涼風しか見えないのだから……。
ここは遊郭•楔。愛に似せた想いを売る場。
女たちは今宵も想いを売っていく。
それはまるで
自然に呼吸をするかのように……。
起床と同時に
卯の刻を少し回った頃だろうか遊郭から客が豪雨のように出て行った。
乱れた髪を諸ともせず遊女たちは殺し文句と共に顔に貼り付けた極上の笑みで客を送り出した。
そんな中、一番人気の花魁、涼風太夫の座敷に上がった客は一向に出てこない。涼風の座敷は至る所に椿が飾られている為良く目立つ。襖や欄間にさえ椿が描かれ彫られている。
新米の遊女や禿は客がぐずって出て来られないのかと心配している者もいた。
しかし、そんな事はまず有り得ないことだ。客が中々出て来ないのだって涙ながらに涼風が引き留めている所為なのだから。
「済まないね、涼風。オラァ戻らなきゃ何ねぇ」
「ならせめて、わちきにまた逢っておくんなし主様」
「ああ、必ずまたくらぁ」
男は少し名残惜しそうにそのまま出て行った。幸福感と懐の寒さを少しだけ感じながら。
*~*~*
「ふぁ~、やっと帰ったぁぁぁ」
帰らせなかっくせになぁにをぬけぬけと。と聞いていた古株の太夫や散茶達は思った。
中々手の込んだ落とし方をする涼風楢ではの振る舞いでもある。
「疲れたぁ。もう、あの客どんだけ欲求不満なの!?…はぁ」
「おいおい、風鈴。んな色気の欠片もねぇ声と話題なんざ出すな。疲れてんなら湯浴みして来いや」
残腹に切った髪を靡かせ男珱月はニヒルに笑んだ。因みに風鈴は涼風の真名だ。
「面倒くさい…」
「とか言いながら入るとなげぇじゃねぇの?」
髪に飾られた簪を取りながら涼風は珱月に連れられるまま湯浴み場に足を運んだ。
「はい簪」
ポイと珱月に投げつける。それにも椿が彫ってあり大客に指名されたときのみよく使って居るものだ。それ以外の客と対峙するときは少しだけ地味にあしらわれた簪と袿を着て座敷にあがっている。そのほうが客辺りが好いからだ。余談だが涼風は鈴嶺に訪れる客に戯れの椿姫と渾名されている。
本人はこの渾名を気に入っているようで何かとこの名を出している。
「ほれ、風呂場着いたぞ」
珱月は扉を開けぐいぐい涼風の背中を押し込み自分も脱衣場に入った。
全体重を掛けた所為で珱月が押す力を弱めた途端に後ろに倒れる形になった。
倒れた先は逞しい男の胸の中だ。微かに微香を漂わせた珱月の腕の中ならどんな女だって解かされると涼風は自負している。自分だってそうなのだから。
「風鈴、お疲れ」
力強く身体を抱き締められると涼風は「ん、ありがと珱」と身体を委ねた。
座敷に上がっているときに垣間見える笑みより数十倍も綺麗に笑いながら涼風は言った。
「安心するなぁ珱の体温」
「おいおい、んなこと簡単にいうもんじゃねぇよ」
たわいない話をしていると自然に珱月の手が涼風の着物の帯に伸びてきた。涼風は気にしているようでもなくただ身を任せていた。
なれた手つきで帯を解き着物から裸に剥いた。
「んぁ?あの客印つけてんじゃねぇか」
そんな中目聡く赤い花弁、所謂キスマークを見つけた。一つだけだったが遊女に取っては致命的だ。その行為は本命がいますという証。男に媚びを売る仕事な分痛手である。
「っ…優しくしてあげればつけあがりやがって…!」
「つか、風鈴気付かなかったのかよ」
言いながら珱月は花弁に舌を這わせる。
「っ…気付くわけなっん!」
ピチャリと水音が耳朶を刺激する。白い肌が紅潮し嬌声がその空間を支配する。
触れられた所が段々熱を帯びて鼓動がどくりと聞こえるようだった。
「も…良いから止めっ」
「ハハ、色気やべえ」
後ろで珱月が笑ったのが分かった。きっと獣の様な顔をして自分を見ているのだろう。涼風は紅くなる体躯を止められないでいた。
角張った手が下肢に延びてくる。そこでやっと涼風は抵抗らしい抵抗をした。
「止め!お風呂入るんでしょーが」
ギュッと大きい手を握り締める。
「はいはい」
手をひらひらと振り脱衣場から出て行く。
高潮した頬と体躯を抱きへたりとその場に座り込んだ。
「ばーか」
小さくそう呟いて。
鳥篭姫ハ郭ノ街デ