宝くじに当った男 第1章

宝くじに当った男 第1章

(はじめに)
 誰でも一度は宝くじを買ったら億万長者を夢に見る事でしょう。
 この物語は体格に恵まれたものの、その才能に目覚めずに宝くじが当ってしまった男が、どう変貌して行くのか? そんな波瀾万丈の物語です。
 人間の脳細胞の働きは、十%程度しか一般の人は使われていないと言われております。
 当然残りの九十%は使われられぬままに生涯を閉じてしまう事になります。
 自分は平凡な人間であり、人より劣ると思っている人もいるでしょう。
 もし自分の脳細胞があと一~二%でも向上していたら人生は変わるだろうか。
 東大を主席で卒業しノーベル賞も夢じゃなくなるかも知れません。
 誰にでも運はあります。きっと彼方にもチャンスが来ます。
 それでは主人公になったつもりで読んで戴ければ幸いです。
 人間は進化する生き物です。(いつどこで目覚めるか)これはロマンです。
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第一章 成金男になる編 

 第一話  どうせ駄目な男

 物語は平成十七年携帯にワンセグが付く頃から始まる。
 「山城くん。ちょっと総務部に行ってくれないか部長がお呼びだ」
 課長に言われて山城旭は嫌な予感がした。
 気が進まなかったが、総務部の部長の所へ重い足取りで歩いて行った。
 重いはずだ。体重が九十八キロの巨漢である。それでも痩せて見えるのは何故?  
 コンコン「失礼します」
 「おっ山城君ご苦労さん」
 そう言われて総務部の奥にある応接室に通された。
部長と山城の前に、お茶が運ばれて来たが、どうも飲む気にはなれない。
 お茶を持ってきた総務の女性社員が帰り際にチラリと山城を意味ありげに見た。
 その眼は、あぁ可哀想にこの人も……と、そんなふうに山城には思えた。

 「山城君。最近どうだね? 実は……相談なのだが、いま我が社も景気が悪くてねぇ、我が社を船に例えると、このままの状況が続けば座礁しかねないんだ。そんな時に君みたいな将来性がある若者を会社の犠牲にはさせたくないと思うのだがねぇ」
 予想はしていたが目の前で言われて一瞬、頭が真っ白になった。だが無情にも部長の言葉は続く。
 「どうかね。ここはひとつ心機一転して新しい仕事に就いてみてはどうかな? でっ私の知り合いの会社なのだが、行ってみる気はないかね。先方も歓迎すると思うがね」
 山城はハァと言うのがやっとだった。
 やはり総務部長だけあって、話しの切り出し方が上手い。
 いやここで褒めてどうすると言うのだ。
 たとえ山城が『いや、この会社で頑張らせてください』と言っても多分、無駄だろうと云う事くらいは山城にも分かる。
 最後に部長は紹介先の会社案内と紹介状を渡してくれたが、それは建前だろう。
 山城は大学を中退して中途採用された。いわばウダツの上がらない男だ。
 そんな自分が一流企業に入れたのは家庭の事情で退学する羽目になり同情した教授が、この会社にコネがあり頼み込んで入社出来た。だからこの会社は入れたのは奇跡のようなものだった。やっぱり俺見たいな奴は経営が悪くなると真っ先に切られる運命なのだろう。
 言われるまでもなく自分でも認めていた。会社では特に落ちこぼれとまでは行かないが、この会社にあと三十年勤められたとしても、万年係長止まりだろうと自他ともにそう思っている。
 山城は腹を決めた。(必要とされていないなら辞めてやる!)
 もし部長のお情けに縋って、勧められた会社に行っても建前の話だ。
 『いやあ悪い悪い確かに紹介は受けたがね。バイトならなんとか』
 まぁ良くてそんな話になるだろう。後は半年もしない内に契約切れで終り、翌日からハローワーク通いだろう。取り敢えず再就職先を探してあげたから、一流企業としても面目が立つ訳だ。 
 もっと惨めな思いをするだけだと山城は思ったのだ。そしてこの男の波乱万丈の人生は、ここから始まるのだった。

 山城旭(やましろ あきら)二十五才現在無職、彼女も居ない夢も見えず将来性はゼロ。身長百九十八センチ、体重九十八キロ、足のサイズ三十四センチ。
 今のところ、取り柄といったら人一倍大柄な体と若さだけだ。
 どうせクビになるなら先にと、自分から辞めてしまった。アキラの人生はここから一変する。
 自称二枚目だが他人から見た印象は、超大柄で二枚目には程遠いが、どこか愛嬌がある。そんな印象だ。
 性格は以外と温厚、そして控えめ、しかし一旦キレたら単細胞なだけに野獣と変貌する。愛嬌ある顔から一変し、目は充血し大きな口で咆哮するらしい。まるでゴリラのようだとか? 
 プロレスラーに向いている体格はしているが、残念ながらその体格を活かす能力は持ち備えていない。誠にもったいない。ただこのままではウドの大木だ。 

 それでも特をする事もある。もっとも、今はデカイだけであるが。
 街で人にぶつかって怖いお兄さんが、アキラをよく見もせずに怖いお兄さんは勢いで絡んで来たことがあった。
 「こら! ワレ何処を見て歩いてやがる。ア~~~」
 アキラは「あっ、どうもすいません」とその怖いお兄さんの、はるか頭上から謝ったのだ。
 そりゃあ驚いたのは怖いお兄さんの方だった。
 まるでゴリラが間違って街に出てきたような風貌に度肝を抜かれた。
 怖いお兄さんも、さすがにゴリラとは戦いたくなかったらしい。だが威勢だけはよかった。
 「バッカ野郎! 気っ気を付けろよ」と
 そう言いつつも、そそくさと逃げるように立ち去って行った。しかしアキラは違った。
 「なんだ! あいつ謝ったのに態度悪いねぇ~まったく」
 そして損する事もある。アキラも年頃だ。そりゃあ彼女の一人も欲しいだろう。もし街で女の子に声でも掛けようものなら女の子は殺されると思って百十番通報でもされるのが関の山であろう。と、他人でさえ気の毒になる始末だ。

 アキラは古びた二階建てのアパートで一人暮らしをしている。東京都の板橋区にその住居はある。家賃四万八千円(風呂なし)六畳と三畳に小さなキッチンとトイレだ。本当は二階に住みたかったのだが、大家がその体格ではアパートが潰れると言うので一階となった。一・二階あわせて八部屋あるアパートで、アキラの部屋はそのアパートの玄関から一番近いところだ。
 これには理由があった。
 物騒な世の中で下町ほど危ないとされる昨今、アキラの部屋の窓を開けると、表の通りが見える。
 アキラにはやはり狭い部屋という圧迫感で、普通の人は寒い時は窓なんか開けたりしないが、しかしアキラは違った。
 寒いことより圧迫感が嫌で冬でも窓をよく開けていた。そしてこの風体だ。ここに大家が目を付けたのだ。ここ数年の間に二度は空き巣一度強盗が入っている。
 つまりは用心棒代わりという事で大家も直接、アキラには言わなかったが。
(大家から指定された部屋)ということで、他の部屋より五千円安かった。
 まあ安いにこした事は無い、とアキラは用心棒代わりと思ってもいない。だから深くは考えていなかった。

 アキラの両親は大学二年生の時に、突然と離婚した。
 その余波をモロに受けてアキラは大学を中退。しかしこれは親のセイ? だけでもない。
 大学に辛うじて入ったものの、この時点で将来がまったく見えず、ただ人一倍大きな体を持て余して、小さくなって世の中を見廻していた。
 人が思うには、こんなゴリラ男が浪人生活して公園でもうろついていたら、きっと警察か動物園に(ゴリラが野放しになっているから捕獲して欲しい)などと通報されるのが関の山だろう。
 今や、動く粗大ゴミ同然となってしまった山城旭であった。
 時には人から恐れられ、時には重宝がられ、男(山城旭)は二十五才の青春をただ、ただ無駄に生きているようだ。

 板橋区は東京の北に位置し、荒川を挟んで埼玉県となる。
 アキラの住んでいるアパートは、その荒川岸に近い高島平周辺である。
 富士の樹海と言えば自殺の名所でも知られるが、なぜか此処、高島平も昔は自殺の有名な場所であった。最近は話題にならないが、わざわざ九州など遠方から来て自殺した人も一人や二人ではない。年間十人以上とも言われた。
 都営公団住宅が立並ぶ街、最寄りの駅は中台という地下鉄の駅がある。地下鉄と云えば当然地下に、潜っているのがこの地下鉄は普通じゃなかった?
 どこを見たって地下鉄は? なんとそれがビルの五階建て位の所を走っているのだ。
 まぁ、そんな事よりもアキラは今日も荒川土手の河川敷で少年野球の練習を見ていた。
 別に見たくて見ている訳じゃなく、狭い部屋にばかりいると窮屈で仕方がない。
 無職のアキラは土手の草むらに,寝っころがって空を眺めて流れる雲を見つめていた。
 その雲はいろんな形に変わって行く、やがて雲の形が何故かボートの形に見えて来た。
 「そうだ! 競艇に行こう」当時話題になったJRのCMのような単純な発想である。
 この荒川の川向こうに戸田競艇場がある。歩いても行ける距離だし暇潰しには、ちょうど良かった。
 サイフの中身は一万三千五百円、無職のアキラにはそれも大金であった。
 アキラはギャンブルはやった事がない。しかしアキラ将来が不安だし自分の運勢を占う為にも、いい機会だと思って競艇場に行く事に決めた。
 時間は昼を少し過ぎていたが、それでも競艇場は凄い人だった。
 アキラには今日は平日なのに、どうしてこんなに人がいるのか不思議でならない。
 まさか! みんな無職と言う事はあるまいが。まぁそう考えれば気が楽だった。
 みんな仲間に見えて来た。みんな無職かどうかは別として共に競艇を見る為にやって来たのだ。
 しかしだ。どうすれば舟券を買えるのかサッパリ分からない。
 競艇場の中には沢山の売店がある。アキラは売店でパンと牛乳を買って売店のおばさんに尋ねた。
 「あの~~おばさん、俺……初めての競艇なのだけど」
 聞かされたおばさん達は、あきれた顔をして笑ったが舟券の買い方を親切に教えてくれた。なんとか説明を受けて舟券を買う事になったが、競艇のレースの予想がつく訳もなく、考えたあげくに今日の日付で二十四日の二―四を買った。
 アキラは三千円だけ、やったら帰ろうと決めていた。とりあえず一レースに千円賭け三レースと決めた。そしていよいよ発走だ!
 水しぶきをあげて疾走するモーターボート、巧みなテクニックに観衆が騒ぐ、競艇を知らない人でも,一見の価値があるかも知れない。
 競艇は一周六百メートルを三周して六艇で行なわれる。
 レースはあっと言う間に終ったが、なんとアキラは自分が買った舟券が当たったか分らない。
 分るのは観衆の一番後でも背が高いぶん良くレースが見えることだ。
 結果が大きな電光掲示板に発表された。それでもアキラは分らない。
 仕方なく隣の中年のおじさんに声を掛けた。背丈はかなり小さく、いかにも常連さんと思う様相をしていた。
 その証拠に耳には赤いエンピツを挟んで予想紙がクシャクシャになり、その道のプロを思わせた。
 「すみません……これっ当たっていますかねぇ?」
 声を掛けられた中年のおじさんは、上空から何か聞こえたような気がして一瞬見回したが、自分の頭上にその声の主がいた。
 おじさんは少しビックリしたが気を取り直し教えてくれた。
 「あんた競艇を知らんのかね。えーと……おっ当たっているぞ! 素人は怖いねぇ適当に買って当たるんだから」
 「ほ! 本当ですかあ、以外と競艇って面白いんですねえ」
 「そりゃあアンタ、当ればなんだって面白いよ。兄さんは運がいいんだよ」
 そのおじさんは丁寧に教えてくれた。それからと言うもの立て続けに残りの二レースも当たった。
 今日は運が良いと思った。結局三万二千円の儲けになった。
 しかしこのツキは、その予兆である事にアキラは気付く筈もなく。
 その日の夕方アキラと中年のおじさんは近くの駅前で祝杯を上げていた。
 駅前と言っても屋台に毛が生えたような小さな居酒屋だが。
 「今日はどうもありがとう御座いました。いやあ競艇は面白いですね」
 「なんのなんの。アンタの運が良かっただけだよ」
 その男は真田小次郎と名乗った。まるで剣豪みたいな名だ。
 「しかし、アンタはデッカイねぇ。バスケットの選手でもやっていたのかい?」
 「いや今は無職ですよ。先月に解雇されて退屈しのぎにフラリと来たんですよ」
 「そうかぁ、そりゃ気の毒にのう。どれどれ手を見せてごらん」

 真田はカバンから虫メガネを取り出した。アキラは、えっと思ったが素直にグローブのような手を差し出した。しばらくして真田はこう言った。
 「ほう~これは近い将来、人生を変える大きな出来事があるぞ」
 「へぇ~もしかして真田さんは易者さんですか」
 「易者と言うより占い師かな。易者は細い竹籤みたいな物で占うがまぁ似たようなもので占うが、占い師は、竹籤は使わない。仕事は夕方からだし昼は暇つぶしに競艇を楽しむのさ。しかしアンタいい手相しているぞ」
 アキラは、またぁこのおじさん調子がいいんだから、この占い師はインチキ臭いと思ったが初対面だし口には出さなかった。でもそう思った理由ある。なにせ朝から競艇やっていて一レースも当たってないと云う。未来を予想するから、つまり占い師、易者も同類だろう。その占い師が一レースも当らないからだ。
 なんの為の占い師なのか? 占い師ならレースが当るか当らないか分る筈だろう。
 まぁそう言ったら(当たるも八卦当たらぬも八卦)と切り替えされてしまうかも。

 「あのう~真田さんは、なんで占いなんかやっているんですか?」
 「アンタ変な事を聞くねぇ好きだから占い師をやっているだろうが。だが占い師も不景気でのう」
 いや不景気だからこそ占い客が増えると思うのだが……とんでもない人だ。
 年は六十才前後、容姿は背が低く白髪交じりで、ショボイがどことなく品ある。
 易者と云えば占い師、多少の未来を占えるから客が金を払って占って貰うのに。
 まぁ元々、予知能力なんて持ち合わせている占い師なんか、いる訳がないか!
 多少、調子のいい事を言わないと客も寄り付かなくなる。特にこの真田小次郎はだ。
 アキラは思った。真田に俺の未来が見えるなら、俺だって真田を占ってやろう。
 『きっと将来は池袋のガート下あたりでダンボールの家を作って優雅なその日暮らしが見えるようだ』と。
 親切に教えてくれた人を悪く言うつもりはないが、つい何を言って笑って聞いてくれるこの占い師に好感を覚えた。
 二人はほろ酔い気分で別れた。初めてのギャンブルで当たれば嘘でも嬉しい、真田のインチキ占い。アキラは勝手にこの男をインチキ占い師と決め付けていた。
 まぁ悪い人ではないし気軽に話せる相手だ。一万円の飲み代をアキラが支払い残り二万二千円の現金が増えた訳だが。
 これもインチキ占い師にめぐり逢えたから感謝しなくてはと、とにかく二人は意気投合した事は紛れもない事実であった。

 アキラは狭いアパートの部屋で、でかい図体と小さい脳で考えごとをしていた。
 いつまでもこんな生活している訳にも行かない、何かバイトでもしなければ。
 思い立ったら吉日とハローワークに足を向けた。ハローワークには沢山の人がいた。
 まるで先日の競艇場のように、みんな予想紙ならぬ職業紹介の格企業の募集案内をみている。
 噂では聞いていたが仕事を求めて集まる人々の多さ。改めて世の中は不景気なのだと実感されられた。
 「これじゃ一日かかっても、仕事なんて回ってこないなぁ」
 アキラはアッサリと諦めて池袋駅に向った。
 アキラから見る街の人々は誰もが裕福で、活気にあふれて見えた。
 いくら若いとは云っても無職は余りにもわびし過ぎる。
 アキラはハローワークから駅近くのデパートの通りを歩いていた。
 と! 男がいきなりアキラにぶつかってきた。
 その後から警備員らしき男が二人、血相変えて追いかけてきた。
 アキラにぶつかった男が、その壁(アキラ)に跳ね飛ばされて、よろけた所へアキラのでかい手がムンズッとその男の襟を掴んだ。アキラの怪力は並ではない片手でその男を持ち上げてしまった。
 クレーンで吊り上げられた感じの男はヘナヘナと観念したように力を抜いた。
 其処へ警備員が駆けつけて、その男を二人がかりで取り押さえた。
 なんとこの男、近くのデパートで買い物をしている客のバックを、ひったくり逃走中だったのだ。どうやらこの警備員はデパートの中から追いかけて来たようだ。
 その証拠に男には似合わぬハンドバックが路上に転がっている。
 息をはずませて警備員はアキラにお礼を述べた。
 「ど、どうもありがとう御座いました。お蔭さまで捕まえることが出来ました」
 やがて警察官が駆けつけて来て、その男はパトカーに乗せられたが、もう一台のパトカーにアキラが乗せられるハメになってしまった。
 状況を知らない人が見たら、アキラが逮捕されたと思うかもしれない。
 多分、事情聴取の為に任意同行を、お願いされたと思うのだが大男に人相の悪そうな、いかにも犯人に見える。可哀想なアキラであった。
 これでは自称二枚目も、他人から見ればその風体そのものが犯罪だぁ!

 アキラは池袋北警察署に連行され尋問? いやいや感謝されたのである。
 警備員と供に感謝状が贈られた、だが今のアキラには感謝状より仕事が欲しかったのだがそれから数時間後、警備会社の車で送ってもらった。
 何故か、この間からヒョンな事が良い方に傾いているような予感がしてきた。
 その良い方の吉報が届いたのは翌日の事だった。
 警備会社から是非お礼がしたいからと、わざわざ迎えの車を差し向けてくれるビップ待遇だ。
 その警備会社の本社、なんとなんと社長室ときたもんだ。
 大きな自社ビルで社名は西部警備株式会社だ。警備会社でも大手でテレビCM知られる有名企業だった。
 「どうもどうも、ご足労戴きましてこの度は協力ありがとう御座いました」
 社員だけでも数千人も居る大会社の社長だ。そんな貫禄のある社長の挨拶である。 
 しかし社長には魂胆が? あったのだ。
 あの二人の警備員から風体を聞いて惚れ込んだらしい。その風体そのものが犯罪に近い男なのに?
 だから使えるのである。うってつけのガードマン向きである。
 社長はその厳めしい顔と体格はガード役としては銀行警備なら、まさに顧客も喜んでくれるだろうと社長自ら頼んだのだ。
 これなら顧客も安心して任せられるガードマンになれるだろう。
 話はトントン拍子に進み、アキラにも有難い話で断る理由はどこにもない。
 それからアキラは研修期間一ヶ月後、池袋周辺の銀行警備員として勤務していた。
 このゴリラのような巨体と風体を見ては銀行強盗を、もくろむヤカラも
『この銀行を襲うのは止めよう』てな事になるのは自然の原理だろう。
 尚、後にこの社長の相田剛志はアキラの良き相談相手になる男だった。
 再びアキラに春が来たのだ。なにせその巨体を活かした仕事に就けたのだ。
 やっと仕事に有りつけ張り切ったのだが、それにしてもアキラは警備の仕事は退屈だった。
 別に嫌な訳ではないが、銀行フロアの片隅で、ただ見張っているだけでは退屈そのものだ。
 できれば誰が銀行を襲撃してくれないかと思う時もある。
 銀行の人が聞いたら恐ろしい話である。アキラは今迄相手を怖いと思ったことがない。
 プロレスラーでもない限り、相手の方がアキラに向かって来ないからである。

 退屈を除けばアキラには最高の仕事だ。ただ立っているだけで給料を貰えるのだ。
 やがて、それから一ヶ月が過ぎた。勤務が終わって帰る途中の路上の隅に居たあ!  
 あのインチキ占い師が、いや正確はちゃんとした占い師であるだが。
 アキラは茶目っ気を出して、その占い師の前にゴリラみたいな手を置いた。
 一瞬、驚いた占い師こと真田小次郎もニヤリとして言った。
 「お客さん……ゴリラの手相は占いませんがねぇ」久し振りの再会だった。
 真田は商売道具を、そそくさと畳み近くの居酒屋と足を運んだ。
 「山ちゃん久し振りじゃのう」
 もうすでに(山ちゃん&とっつぁん)の仲になっていたのだ。
 「とっつあん、景気がよさそうじゃないか!」                   
 「おうよ。この不景気な時はようワラでもすがる気分になるだろうからなぁ、特に多いのは中年のサラリーマンが占いにくるよ」
 「だろうな、俺みたいな若いのでも辛い時だったから、特に中年ともなればなぁー」
 「山ちゃん今回は目が生きているじゃないか! 仕事にでもありつけたのかい」
 「じゃあ、前は死んでいたみたいじゃないか、まぁ確かに死んでいたかもなぁ。なんていうのかなぁ俺って図体がデカイのか、よく人が当ってくるんだよ。今回もそうだ強盗が勝手にぶつかってきてさぁ、挨拶ないから襟首つかまえたら何故か犯人逮捕の切っ掛けになって、でっ今の仕事にありつけたって訳さ」
 「そうかい、そりゃあ良かったじゃないかい、でっ、どんな仕事なんだい」
 「それがね。ヒョンなことから警備会社に勤めているよ。銀行の警備だけど」
 それを聞いた真田は腹を抱えて笑った。
 「そっそうかい。ウッハッハッハ! ゴリラの警備じゃ誰も襲わないよ。」
 アキラもゴリラ扱いには慣れているから怒ることもないが、もっとも親しい人に限るのだ。繰り返すが、くれぐれも親しい人に限る。


 第二話 その時が来た

 アキラも警備会社に勤めたからには体力を鍛えるのは当然として武道でも身に付けなければと考えていた。
 せっかく就職出来たのだから、少しでも警備員として役立てたい一心からである。
 あのインチキとっつぁんに教えてもらった。ある空手道場に顔を出したのだった。
 その場所は巣鴨にあった。おばあちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨地蔵で有名な所である。
 アキラ休日で狭い檻みたいな部屋にいるより格闘技のひとつでも身に付けておけば警備会社でも『おう感心、感心ガンバレよ』と、上司からお誉めの言葉があるかも知れない。
 もう、いきなり人事課に呼び出されて『ご苦労さん我が社も厳しくってねぇ』
 てな事にはならないだろう。アキラも、あの惨めな思いは二度と御免だった。
 あのインチキ占い師……いやいや、真田小次郎が多少の知り合いらしく道場に電話を入れてくれた。確かに道場はあった。
 しかしボロボロの道場だった。
 巣鴨地蔵通りの裏手にお寺があるが、その左に水路がありその脇に道場はある。
 しかし、しかし不思議なのはボロ道場に似合わない立派な看板だった。
 なんと金色でピカピカと輝いている。
 (♪ボロは~着てても心は錦~)なんて歌にあったがまさに金看板か?
 夕方六時「ちわーしつれいします……」
 十三~四名の練習生が(組み手)の最中だった。
 「せっ先生、お客さんですよ!」
 一斉に練習生はアキラの方を見て驚く。呼ばれた先生が出て来た。
 「げっ……あっあんた! プロレス道場はここじゃないよ」
 「はぁーあの真田小次郎さんの紹介で山城旭って、者なんですが」

 「……おっ小次郎さんの、おうおう電話もらっておったが、こんな大きな人とは一言もいわなんだよ」
 その道場主の郷田強志だったが、名前とは裏腹に六十歳前後の身長百六センチ切れるどうかの小男だった。
 その差はアキラと約四十センチもあった。
 「それにしてもデカイのう……」アキラを見上げた。
 「でっ入門希望と言う事でいいんだね。じゃ、ここに住所、名前、電話番号など記入してくれないか」
 アキラに合う空手着がないので後日、注文してその時に代金を支払うことになった。
 「今日は、取り敢えず見学して胴衣が届いたら連絡するから、それでいいね」
 アキラはその練習振りを見学するが、練習生はみんなスピードはあるが、やや迫力に欠けて見えた。
 アキラは胴衣が来るまでの間、暇を見ては荒川の河川敷を走って体力を付ける事にした。
 自分でも不思議な程に身体がスピーディに動く、まだ二十五歳の若さと持って生まれた身体能力があるのか大柄の割には動作が速いし、子供の頃から喧嘩では負けた事がない。
 警備員の仕事に就いて早くも半年が過ぎた。
 その警備員の同僚達もアキラが最近とくに大きく見えると言う。
 それもその筈である。一時的に二~三キロ減った体重も今や筋肉が付いて締まった体が鍛えられ体重も百五キロとなった。
 長身ゆえにそれでも太ってはみえない、なにせ百九十八センチだ。
 空手道場に通って四ヶ月、最初はその長身がアダとなってデクの棒、扱いされたが。
 若いアキラは呑み込みも良くベテランの先輩にも、ひけをとらない程までになって来た。
 こうなればウドの大木とか、デクの棒と言われたが鬼に金棒ならぬゴリラに金棒と、なりつつある。もっとも脳味噌とは別問題である事は言うまでもないが。

 それから更に一ヶ月がたった勤務中の事だった。
 いつもと変わらぬ平凡な勤務のはずが、アキラの出番が突然とやってきたのだ。
 あっては成らぬ事だが、銀行強盗が現れたのだ。
 銀行が閉店となる午後三時二分前の事だ。
 閉店のシャッターが閉まる寸前、二人組の男が入って来た。
 一人がカウンターに飛び乗るやいなや、女子行員にナイフを首筋にあてた。
 もう一人の男は早くも、中の行員にバックを投げつけて「金を入れろ!」と怒鳴った。
 人質に捕られては、空手を取り入れて自信があったアキラとはいえ手が出ない。
 店長が行員の生命には代えられず渋々バックに札束を積め始めた。
 なんとかならないかとアキラはイライラした。

 同僚の警備員がアキラの反対側で、やはり気を揉んでアキラを見た。
 それが、まずかったアキラは(行け!)と指示されたと勘違いしてしまった。
 状況も考えずに止せばいいのに、アキラは犯人に向って突進したのだ。
 あぁーこのアキラに足りない物、脳味噌のグラム数が少し不足していたのだ?
 女子行員にナイフを向けている強盗の男を見て、我を忘れて頭に血が上りアキラは強引に飛びかかって行った。
 慌てた犯人は女子行員を片手で抑えたままアキラに向き直りメチャクチャにナイフを振り回した。その弾みで女子行員は腕の辺りから血が吹き出た「キャア~~」と、きな悲鳴があがる。
 銀行内はパニックになった。アキラも女子行員に怪我をさせて、またまた冷静を失う。
 もはやこれ以上の怪我をさせてはならない。アキラは猛然と強盗に挑みかかる。
 ガムシャラにアキラは強盗の腕をわしづかみしてナイフを掴み取ったまでは良いが、自分の手を切られてしまった。
 それでも女子行員の前に立ちはだかり身を呈し必死に守ったが、怪我を負わせる失態を犯した事実には変わりはない。
 そのスキを突いて、別の警備員がナイフを落とした男に飛びかかり、なんなく取り押さえる事が出来た。アキラは犯人を取り押さえるよも怪我をした女子行員を庇う事を優先した。拠って手柄は別警備員に取られてしまった。
 それを見た男子行員が、仲間が取り押さえられ怯むもう一人の犯人を三人がかり取り押さえた。
 あっと言う間の事件解決だった……が。
 ここで整理してみると。
 さて一番の手柄はと言うと、アキラが発端になったが、ひとつ間違えば女子行員の命さえ危ない。で、手柄どころか状況判断ミスで失格の烙印がアキラに付き大きな減点。こうなるとベテラン警備員の優勢勝ち? いや完勝?

 アキラは女子行員に怪我をさせてしまった。
 側で怯えている女子行員の浅田美代にアキラは詫びた。
 「僕のせいで申し訳ありません。大丈夫ですか」
 アキラは自分のシャツを破り、その布で腕をきつく縛ってあげた。
 しかしアキラの掌からは血が滴り落ちていた。
 ともあれ浅田美代の軽い怪我だけで事件はスピード解決された。
 翌日の新聞にはベテラン警備員の顔写真付きで報道された。
 『お手柄ベテラン警備員。銀行・強・盗・逮・捕』大きな見出しで載っていた。
 その下の記事に”新米警備員のミスをベテラン警備員がカバー冷静な横田さんの行動が光る”と書いてある。

 この事件について早速、本社から呼び出しが掛かった。
 ここは警備総括部長の部長室、大きな体を小さくしたアキラの姿があった。
 今回はお茶も出て来ない。その代わりに総括部長のカミナリが落ちた。
 どこでどう話が伝わったかアキラが一方的悪い事になって報道された。
 その記事を鵜呑みにした総括部長が怒り本社に呼びつけたのだ。
 「キミィーいったい! この記事はどうなっているだ! アアアッ」
 と新聞を叩いて怒鳴った。
 「聞くところに依ると君は社長、直々の入社だそうじゃないか、アアアッ社長の立場はどうなるんだぁアアッ、アアッアア~~~まごころ銀行さんはカンカンだよ。女子行員に、もしもの事があったら、どう責任をとるとな!」
 まるで機関銃のように、まくしたてる部長だった。
 「今回はベテランの横田君の活躍で逮捕出来たが君の責任は重いぞ! アアッ」
 もうこの部長アアッ、アアッの連続である。
 早く辞めて出て行けと言っているように聞こえてくる。
 怒りまくる部長も、社長が見込んで採用したゴリラだ。いや社員だ。
 自分の権限でこの社員を即刻解雇出来ずに余計に立腹していたのだ。
 
 アキラは「申し訳御座いません」と言ったきり罵声を聞き流して、心の中では『ハッキリ言えよ、首だろう』そんな気分になっていた。
 さすがにこの部長、ウドの大木とかゴリラとは言わなかった。いや言えなかったのだろう。
 最近多い若者のプッチン切れ現象でも起きたら自分の命も危ないからだ。
 「後日、君の処分が決まる。まぁあまり良い結果は出ないだろうがフッフッフ」
またしても、あの悪夢が~~~~~

 アキラに再び自ら描いた失態とは言え、やるせない気持ちが篭もっていた。
 今回は前の会社とは、明らかにに違う。前の会社ではそれ程の落ち度はなかった。
 ただ不景気で真っ先に首を切られただけだ。
 しかし今回は完全に自分の判断ミスだった。言い訳できる訳もなく。
 はりっきって空手まで始めて会社の役に立とうとしたのに。
 デカイ身体に小さな脳、あの時うまくナイフを取り上げてケガもさせずに犯人を取り押えていたら……嘆くその姿は哀れであった。
 その夜、真田小次郎に電話をした。一緒に飲もうと約束を交わした。
 「そうか、それは又ついてないなぁ、そうガッカリするなよ。飲めやい!」
 「とっつあん俺ってさぁ、やっぱり馬鹿かねぇ」
 嘆くアキラに、この時ばかりは軽口の冗談は言えない真田だった。
 「なぁ山ちゃん俺はそう思わんぞ。そりゃあ無茶に見えるがな。山ちゃんが強引たな所があったにせよ事件解決の道を作ったじゃないか、それに最後まで彼女をかばった。きっと彼女は山ちゃんに感謝していると思うよ。見方を変えれば褒められてもいい筈だよ。みんなベテラン警備員の方にばかり目がいっているがな」
 さすがに年の功である。見方を変えれば確かに一理ある考えかただ。
 「ありがとうよ。とっつあん。しょうがないよ。クビになっても諦めがつくよ」

 真田と別れて池袋駅にあるデパートの前を歩いていたら宝くじ売り場が目に入った。
 アキラはこのかた、宝くじなんて買った事がなかった。
 ましてや、そんなもの当るなんて考えた事もないが今回は自分の運を確認する為にも買うことにしたのだ。まだツキがあるのか無いのか占う為に。
 丁度この時期サマージャンボが発売されていた。それも発売最終日だった。
 「おばさん、当ってる宝くじあるかい?」 
 アキラは軽口を叩いた。
 おばさんも心得たもので「アイヨ! 一等賞と前後賞で三億円だよ」と笑った。

 アキラは大きなグローブのような手から三千円を渡した。
 「ありがとうさんよ。おばさん当ったら飯ごちそうするぜ!」
 「ああ楽しみにしてるよ。あんた見たいにデカイ身体だからすぐ分かるからね」
 「そうかい、じゃおばさんとのデート楽しみにしているぜ」
 アキラは十枚の宝くじ券を受け取りながら笑って街の中に消えた。
 まさか、のちに仰天するような出来事になるとは夢にも浮かばなかった。
 世の中、何が起きるか分からない。まさにそれが人生なのかも知れない。
 冒頭でも述べたが人間の一生使う脳の活用は一割程度と言うデーターがある。
 もちろん科学者など、特別な能力を持った人間は沢山いるがそれでも数パーセント
向上するに過ぎない。つまり細胞は脳に使うだけじゃないのだ。

 しかし『運』これは能力などまったく関係ない。その運も、誰がいつ、何処で、その運が現れるか又、まったく現れない人もいるだろう。人には一生に三度の大きなチャンスが訪れると言われるが、それも運だろうか。そのチャンスが、いつ自分に来たのかさえ分からないで一生が終わる人も居る。すべては、神ぞ知るのみ。
 アキラらはその神に選ばれた幸福者か、はたまた、その宝くじさえ紛失して、または時効まで忘れて自ら幸運を逃す不幸になるかも知れない。
 今のアキラには数日後に言い渡されるであろう。解雇通知だけが頭に残る。
 前の会社で解雇同然に追い出されたあの日が忌々しく甦るのだった。
 哀れアキラ! またしても浪人ゴリラになるのか?
 その運命が今下される。アキラが翌日に緊張と諦めの覚悟を決めて出社した。
 「山城くん総括部長が来るようにって」
 上司の課長から言われた。アキラはすでに覚悟は出来ていた。
 あの真田が言ってくれた言葉が支えだ。「見方を変えればアキラは功労者だ」

 その総括部長室の前でコッコ、コッコあの日と同じようにノックする。
 「入りたまえ!」部屋の奥から貫禄のある総括部長の声がした。
 「失礼します」デスクの前で総括部長が待っていたが、怒鳴る事はなかった。
 「よし、じゃあ一緒に着いて来い」  
 「ハアー? どこに行くのでしょうか」
 「社長室だよ。良く分からんが君を連れて来るように、との事だ」
 そうか社長自ら雇ったので社長が解雇を言い渡しんだな。まあ、どちらでも良いが律儀な人だ。
 そう思いながら、その総括部長の後ろに続き社長室に入る。
 「社長、連れて参りました」                          
 部長は腰を百十度くらい折り曲げて、お辞儀をした。
 『なっなんなんだ。この変わりようは? 俺には威張り散らしていたくせに』
 いかめしい顔で俺を怒鳴り散らした奴が、社長の前では手もみまでして精一杯の笑顔を作っている。
 でもこれが出世のコツなのか、嫌だねぇと思った。
 社長の机の隣は大きなソフアーセットがあった。
 流石は一流企業の社長室だ。ホテルのビップルームのように豪華だ。
 そこにチョコンと若い女が座っていた。何処かで見たような女性だと思ったが。
 社長が笑顔で言った。
 「おう山城くん、久しぶりだな。まぁ座りたまえ」
 とても解雇を言い渡しにしては、笑顔過ぎではないかと思ったが。
 直立不動の部長はアキラの後ろで、社長の(判決)を至福の時とばかりそのゴリラがクビを切られる瞬間を楽しんでいるように見えた。
 ソフアーに座るように進められ、社長が前にアキラはその女性の隣に巨体をソフアーに沈めた。
 総括部長は社長の斜め前に立ったままだ。
 社長が言い掛けたとき、横から総括部長が口を挟む
 「社長の許可が戴ければ早速に解雇処分の手続きに入ります……ハイ」
 すると社長の顔色が変わった。総括部長を一喝する。
 「余計なことを。君は黙っていなさい!!」
 社長はムッとした顔をして部長を睨んだ。
 「もっ申し訳ありません!」
 総括部長は、またまた腰を百十度折り曲げ冷や汗をかいた。
 「実はだね。こちらのお嬢さん知っているかね、君の為にわざわざ、お見えになったんだ」
 そう言われて隣に座っていた女性が立ち上ってアキラに向き直り、お辞儀してからアキラに言った。
 「先日は助けて頂いてありがとう御座いました。新聞を見て驚いたのです。貴方のミスを強調して悪く書いてあったので私、黙っていられなかったのです」
 アキラはやっと気づいた。自分がドジをやって怪我をさせた女性だ。
 「私もね、お嬢さんの話を聞いて本当に安心したよ。そして君のやった事は間違ってなかったのだよ。お嬢さんはまごころ銀行さんの上司の方などに、君が庇ってくれなかったら、どうなっているか分からなかったとね。更に新聞では見ていた関係者の証言を鵜呑みにして状況を知りもせず間違った報道していますと銀行の頭取に訴えたそうだ。お嬢さんはね、君への名誉挽回の為ならどんな協力でもすると言っておられるんだ」

 社長の説明に拠ると彼女は上司だけならともかく銀行頭取に直接訴えたとはどういう事だろう。一介の女子行員がどうして頭取と話しが出来たのか、また彼女の説明をキチンと聞きいたとの事、本来なら一介の行員が直接訴えるなんて出来ない事だが? また銀行の責任者は女子行員が怪我をしたとして西部警備に抗議したと聞いたが彼女から真相を聞いた頭取が、アキラの行ないは正しかった悟り、西部警備の社長に直接謝りの電話が来たと言った。いったい彼女は何者なのか? ただ普通の女性にしか見えないが。

 ともあれ彼女に救われた。解雇覚悟で来たのに逆転満塁サヨナラホームランだ!
 アキラは立ち上って隣に座っている女性に深々と頭を下げて語りかけた。
 「あの思いがけない言葉を頂き、貴女に怪我をさせたにも関わらず勿体ない言葉です。僕は何を言われても返し言葉がないと思っていました。でも貴女にそう思って頂けただけで僕は救われました。社長にも貴女にも迷惑をかけたのに、思いもかけぬ言葉を頂戴して僕はもう解雇されても悔いもなく満足です」
 大きな身体を震わせアキラは心から嬉しかった。まだ世の中、捨てたものじゃない。
 「おいおい山城くん、早まってはいかんよ! そんな事したらなんの為にお嬢さんが来て下さったか分からなくなるじゃないか。そうですねぇお嬢さん」
 「ハイその通りです。そんな事は仰らないで下さい。私の上司も必死になって行員を庇ってくれた事に感謝しています。社長さんも約束してくれました是非これからも続けて欲しいんです」

 社長の斜め前に立っていた総括部長は事の成り行きに唖然として話を聞いていた。
 「あとの事は私がまごころ銀行さんに出向いて挨拶しておくから分かったね」
 そこまで社長と女性に言われてアキラは、ただただ頭を下げるしかなかった。
 「では山城くん話は決まった。お嬢さんを途中までお送りしなさい」
 それから総括部長とアキラと女性が社長室を出た。部長はバツが悪そうにしている。
 アキラになんのお咎めが無いどころか、あれでは褒められて居るではないかと。
 アキラと女性は西部警備本社をあとに歩道に出た。
 池袋の駅前通りは相変わらず人並みでごった返していた。
 アキラは控えめに「あ、あの~今日はわざわざ、ありがとうございます」
 「嫌だわ。お礼を言いに来たのは私の方ですよ」と彼女は微笑んだ。
 「それより私、お腹すいたわ。ご一緒にお食事をしませんか」
 「ハッ、ハイッでは ぼっ僕におごらせて下さい」
 「えっ? 助けて頂いたのは私ですよ。ですから私が……」

 アキラは女性と一緒に歩くのは初めてだ。しかも隣にいる女性は美しくアキラ好みだ。返す言葉も上ずっている。駅近くのレストランに入った。ちょうど昼どきだが意外と空いていた。
 二人は椅子に腰掛けてメニューを見る。しかしアキラはレストランなど無縁の世界だった。
 ましてや若くて綺麗な女性と入るなど夢のようだ。
 結局は彼女と同じ物を頼んだ。アキラは果たして食事が喉を通るのかまるで夢の世界に居るような錯覚を覚えながら落着かなかった。
 「あっ申し遅れました。私まごころ銀行の浅田美代です」
 結構美人だ。笑窪が可愛い。なんとなく気品があり流石は銀行員と感じだ。それで居て控えめな態度に好感が持てる。こんなに可愛いく大人しそうな彼女が頭取や我が社の社長に直談判する行動は、どんな度胸しているか驚くばかりた。

 「ぼっ僕こそ名前は聞いていると思いますが、山城旭と申します。よろしくお願いします」
 「ハイ勿論存じております。あのう良く聞かれと思うのですが、山城さんって本当に大きい方ですね」
 「ハァー良いのか悪いのか分かりませんが、使い道のない身体ですよ」
 と頭を掻いた。
 「いいえ女性ならともかく逞しくて女性から見て誰でも素敵だと思いますわ」
 アキラは、お世辞でも女性に褒められるなんて初めてだった。
 「まさか今迄まで怖がられても褒められた事ないんですよ」と顔を赤くした。
 「ウフフッ山城さんって初心な所があるんですね。そんな所が素敵ですわ」
 美代は、くったくなく笑った。
 アキラは天国でもいるような気分だ。本来なら今頃は解雇され地獄を味わっていた筈なのに。
 今朝は解雇される覚悟で出社したのに四時間後には、いままでに経験した事のない幸福の世界に居るのだ。それに先ほどから周りの席だろうか、嫌な視線が感じられる。
 チラッと見ていたかと思うと、またチラッと見る視線が突き刺さるように分かる。
 たぶん『あの彼女は何処が良くてあんな野獣と』そんな風に思っているのだろうか。
 それは当のアキラもそう思っている。ましてや他人は言いたい放題だろう。

 アキラは不慣れなフォークを使って時々、美代に微笑みを浮かべ、食べながら何故か雲の上をフワフワと飛んでいるような心地だった。
 アキラは不思議でならなかった。お礼をしたい気持は嬉しいのだがそれなら用件を終えた時点で、サッサと帰っても礼に欠けることはないのにこうしてその美しい笑顔を絶やしことなく一緒に食事をしているのだ。
 『もしかしたら?』アキラは一瞬、頭を過ぎったが『まさか俺みたいな男に……』
 改めて否定した。太陽が西から登ろうが有り得ない事だ。
 やがて短いような長いような〔人生最高の幸福の時間〕が終わった。
 二人は一時間あまりの昼食を終えて、美代を自宅近くまで送った。
勿論どんな家に住んでいるか分からないが、都内でも有名な高級住宅街で知られる一画だった。後で分かった事だが美代はアキラの為に、わざわざ有給休暇をとって来てくれたらしい。
 この浅田美代という女性にアキラは何処か品があると感じていたが、数年後に分かる事だが、とてつもない財閥のお嬢さんでありアキラの人生を大きく変える人物となるのである。既にアキラは幸運を手に入れる運命にあったのだ。

 それから三日後、アキラは以前と同じように、まごころ銀行の警備に就いていた。
 ただ東口支店から西口支店には代わってはいたが。
 その理由は分らないが浅田美代と上司は認めても他の行員がアキラの存在を気にしたようだ。
 新聞や週刊誌でも話題になったし物珍しさアキラを見物されても困るからだろうか。
 そしていよいよ、まさに両手に花と〔彼女と大金〕なる運命の時が近づいた。
 アキラは宝くじを買ったのを思い出して勤務が終って、あの陽気な宝くじ売り場のおばさんを訪ねた。                
「おばさんこの間、買った宝くじ当たっているか見てくれるか?」
 「おや、この間のゴリ……あっいや……お兄さんじゃないか。一等賞だったね」
 笑いながら、おばさんはアキラから宝くじを受け取った。
 「どれどれ。え~~と……」おばさんは当選番号表みたいなものを取り出し調べ始めた。当時はまだコンピューターで瞬時に当選番号が分る仕組みがあったかは不明だが、屋台のような売り場には置いていない。拠って当選番号表と照らし合わせるしかない。
 「……???……」
 おばさんは沈黙した。更に確認するように老眼鏡をかけて何度も何度も見比べている。
 「どうしんだい? ……おばさん?」 
 「アワワワワッ! あっ当たっているよ~~~」
 「まさかっ? おばさん一万でも当たっているのかい」
 「なっ! なに言っていんだい! お兄さん一等だよ。一等賞だよ」
 「またぁ冗談はいいけど、それは冗談がきつすぎるぜ。おばさんよ?」
 おばさんはパニック状態になった。アキラも急に一等なんて言われても簡単に信用出来る訳もなく、おばさんのうろたえぶりから冗談ではないらしい。気持が半信半疑になった。
 「おっ、おばさん……ほっ本当かい、冗談なら怒るぜ」
 「あっアタシも心配だがね。お兄さんホラこの番号とあんたの買った宝くじ見てご覧よ」 
 このおばさんの動揺ぶりは、とても冗談とは思えない。なら年のせいで見間違えたか。
 それにしては何度も確認して出した答えだ。確信持てなければ言わない筈だ。
 アキラも本当かもと思ったら、急に心臓の鼓動が激しくなった。
 益々心臓の鼓動が激しく波打ち、バクバクといまにも飛び出しそうだ。
 おばさん指差した番号表一覧と自分の宝くじ番号を照合し始めた。
 しかし手が震えて思うように確認が出来ない。
「…………」
「…………」
 長い沈黙が続く三回も、四回もアキラは見比べた。
 何度見ても組番号も枝番号も、すべて同じだった。
 更に驚く事に前後賞まで当たっているのだった。
 いや驚く事ではない宝くじは一定の法則で前後賞は当る仕組みになっているそうだ。もう嘘でも冗談でもなかった。
 お兄さん三億円だよ。今日は朝から良いことが合ったんじゃないの?」
 おばさんの言う通り、今日は朝から最高の日が続いていた。
 女性に縁のないアキラを解雇寸前のピンチから救ってくれた女神がいた。
 彼女の名は浅田美代、本当に天使の女神かも知れないと思った。
 「おっ、おばさん、俺をちょっと、ひっ叩いてくれないかい……」
 「おめでとう。お兄さん、もう間違いないよ。おばさんも嬉しいよ」
 「さあ早くこれを持って銀行に行きな! と言っても今日は閉まっているから明日の朝一番で銀行に行くんだよ。いいかい絶対に失くしては駄目だよ」
 「おばさん。これ夢じゃないのかい! まだ信じられないんだ」
 「そう思って当たり前だよねぇ、あたしだってまだ信じられないくらいだもの」
 アキラは、おばさんに祝福されて売り場を何度も振り返りながら後にした。
 しかし帰る道のりは周りを歩いている人々が、みんな自分の宝くじを狙って襲ってくるのじゃないかと言う妄想に駆られた。
 それは無いだろう、アキラが襲っても襲われることは考えられないよ。
 きっと誰でも、そう思うかも知れない。人は幸せを感じた時、心が守りに入ると言う。アキラはタクシーを拾って、その巨体を後部座席に沈めた。懐には、お宝である当り宝くじ券が入っている。

  第二話 億万長者

 現在、無職のアキラは三千八百円もタクシー代に使った。
 普通なら考えられない行動である。だがこの際ケチな事は言っていられない。
 なにしろ億万長者になったのだから。
 正しくは億万長者になれるはずだ。なれるとかもと、なったでは大変な違いだ。
 アキラは狭い薄暗いアパートの部屋で興奮していた。
 その当った宝くじを大事に、ビニールファイルに入れて更にカバンに入れた。
 そして自分の前に置く、それでも不安だった。
 誰か後を着けてきて、いきなり襲われるかも知れないと思った。
 窓も確認して雨戸を全部閉めた。その時、部屋の近くで物音がした。
 アキラはドキッとしたが、それから何も音がしない。ふう~と溜め息をする。
 ある事を思いついた。念の為にデジカメに当たりくじを撮って置こう。そうすれば自分の物だという動かぬ証拠になる。
 デジカメ処か携帯電話さえ持っていない。ではインスタントカメラを買いに行こうと思った。
 アパートから百五十メーターほど行った所にコンビニがあるが、それには問題がある。またアパートから出なくてはいけない。
 そんな危険なこと出来る筈がない。困った、でも……万が一当った証拠がなくなったら大変だ。
 と、アキラはしっかり冷静さを失っている。たとえ証拠写真を撮ろうがそれは、なんの役にも立たないのだが頭に浮かべる事が出来なかった。
 それも無理もないことかも知れない。普通の精神状態でないのだから。
 すべてが悪い方に考えが及ぶ、まだその大金が自分の物になって居ない不安もある。
 
 人は極度に興奮する血圧が上がり心臓に負担がかかる。
 今のアキラとて、それに近い状態にある。夕飯すら忘れている。
 こんな時にボロアパートの防犯設備が無いことを悔やんだ。
 そんなのは必要の無い立派な体格に恵まれているのに何故かアキラは恐怖に震えていたのだ。
 ましてや自分が警備員なのを忘れている。試行錯誤の末にコンビニに行くことは諦めた。
 しかし眠ることは出来ない。完全に冷静を失っていた。
 体に似あわぬ小さな冷蔵庫から缶ビールを取り出して飲む。これは美味かった。
 まさに格別の味だ。興奮して喉が渇いていからまさに最高に美味い。しかし気持は落着かない、何度も、何度も宝くじを眺める。
 狭い殺風景な部屋も今日ばかりはスポットライトを浴びたように輝いていた。
 まるで歌手がスポットライトを浴びているようにアキラはその主人公になった。
 しかし気持は穏やかではない、誰かに話せば安心する、そんな心境だ。
 アキラに女性には縁のない青春だが、同姓の同僚や友人には人気があった。
 以外と面白可笑しくて話して皆を笑わせる。出来れば宝くじが当った話しをしてみようか? いやいや我が先にと金を貸してくれと言われたら外見とは裏腹に断ることの出来ない性格だ。逆に貸せ返せで友人を失いかねない。
 普段考えたりしない事が次々と脳裏を過ぎっていった。

 とうとう朝になってしまった。会社に出勤する時間が刻々と迫っている。
 もう会社どころではない。しかし先日、美代と社長の計らいで恩を受けている。
 いくら大金が入るからといって辞める訳にはいかなかった。理由はともあれ礼儀に反する行為だ。
 『そうだ仮病を使って遅刻することしょう!』
 まあ誰でも考えつきそうだが早速にアキラは西部警備に電話をいれた。
 「あっ警備二課の山城ですが夕べから腹痛を起こして、それで少し遅れますが病院に行ったあと出社したいですが……あっハイそうです申し訳ありません」
 なんとか、ごまかし事が出来たが多少の後ろめたさを感じた。
 アキラは早速、印鑑と身分証明書(運転免許証)と当たりくじの入ったカバンを持ってアパートを出た。勿論、周りの注意は怠らない。サングラスに帽子をかぶって準備万端?
 しっかりカバンを両手に持って、表通りに出る。 
 しかし、余計にヘンに見えるが本人はそれが最良の方法だと思っている。
 最良どころか、怪しげな不審者そのものだ。警官にでも出くわしたら間違いなく職務質問されるだろう。

 タクシーを待った。ス~~~とタクシーがアキラの前に停まった。
 「〇〇銀行に行ってくれ!」そう運転手に告げた。
 「……お客さん〇〇銀行なら歩いて五分もかからないですがね」
 「いいからチップ出しから行ってくれ!」アキラは例え五分でも心配だったのだ。
 運転手はそれ以上、何も言わなかったが、殺気だったアキラを見て。
 これはきっと犯罪に絡んだ人間だ。逆らったら命が危ない。と思ったか?
 そして銀行の前に着いた、アキラは千円札を渡した。
 当時初乗りが六百六十円だが釣が三百四十円をアキラはチップと言った?「ありがとうございます」と運転手は頭を下げドアを開ける。 しかしアキラは降りず怒鳴った。
 「オイッ釣りだ。釣りはどうした。ああー」
 「へっ? お客さんチップをくれるかと」
 「ああ? そんな事は知らん! オメェ俺が気が弱いと思ってナメてるのかぁ」
 「ひぃーお客さんとんでもねぇ、ハッハイお釣りですー」
 「まぁな誰でも勘違いはあるさ、今日の俺は気分がいいからな、ありがとよ」
 とんでもない事だ。アキラは自分が言った事など覚えてなかった。
 タクシー運転手は呟く、なんだぁ嘘つき危ない男だなぁ強盗でもするじゃないかと。
 だが内心、命が助かっただけで儲けものだとホッとする。
 つり銭を受け取ったアキラは周りに注意を払いタクシーから降りた。
 アキラはサングラスをかけている。カバンをしっかりと両手に持って左右の確認、危険人物なし! 注意には怠りない万全の態勢だ。
 おいおいアキラ! 危険人物って誰だぁ自分じゃないのかい?

 アキラは銀行に入って行った。一斉に周りの空気が凍りついた。
 百九十八センチの長身にサングラス、顔は興奮し引きつっている。
 誰が見ても銀行強盗に見えた。
 当のアキラは、そんな雰囲気に気付くはずもなくカウンターへと進む。
 そのカウンターの女子行員が「ヒィーーー」と声をあげそうになる。
 そこに銀行の警備員が駆けつけそうになったが……
 そう、アキラは強盗に来たのではなく宝くじの当選金の換金に来たのだ。
 しかし厳めしいゴリラ顔に、この体格でサングラスと来た。
 奪った現金を入れるカバン? 条件は整っていたから無理もない。
 だが、アキラはサングラスを外して行員にボソボソと囁く。
 「あの~~宝くじの事ですが……」
 その女子行員は引きつった顔を営業用の笑顔に切り替えて
 「ハイッ、それでしたら、お二階の方へどうぞ。私がご案内いたします」
 周りの空気が、やっと軟らかくなった感じがしたが。
 あの人は高額当選者だわ、きっと。そんな囁き声が聞こえた。

 アキラは行員の案内に従って、応接室に通された〔念の為に取調室ではない〕
 「では、お客様、宝くじ券を拝見させてくださいませ」
 と言って、アキラから宝くじを預かって奥の方に係りの人が消えて行く。
 しかしアキラは不安になった『お客様残念ですが当選番号には該当しません』
 な~あんて言われたらどうしょう。またまた大きな体が震いを覚えた。
 その緊張の時間が長く感じた。暫くすると係員は、にこやかな顔でこう言った。
「お客様おめでとうございます。前後賞合わせて三億円が当選なされました」
 ウワ~~~やったあ!! たしかにアキラには聞こえた。おめでとうと。
アキラの心臓がバクバクと、今にも飛び出しそうな勢いで激しく鼓動する。
銀行員がまだ何かを言っているが良く聞こえない興奮して耳に入らない。
「お客さま? 大丈夫ですか?」
と親切に冷たい水を持って来てくれた。
一般サラリーマンの平均年収は六百万円とされている。
但し四十代後半から五十代が一番高く六百万。二十五才なら三百五十万弱である。
 しかし現実は大企業の社員、そして重役などの高額な年収を含めてであるので一般庶民のサラリーマンは、六百万円に満たないのが大勢いる訳だ。
 単純計算で給料五十年分に相当する三億円なのだ。
金には一生、苦労しなくて済むが但し普通に暮らして行けばだが。
しかし人間は普通じゃなくなるのだ。
人と言う者は大金が入ると、それなりの生活をするものだ。

 アキラは「あ、ありがとうございます」と応えた。
「お客様、身分証明書と印鑑をお持ちでしょうか?」
それはアキラも心得て、ちゃんと用意して来ている。
「お客様、本日は当選確認と手続となり後日現金に換金も出来ますが、それでは数日の時間を要します。どうするかは自由で御座いますが安全の為に当行に、お預けになるのが肝要かと思いますが、いかがでしょう」
 「ハ ハイッそうして下さい」アキラは短く答えた。
 「ありがとうございます。それでは、そのように手続させて頂きます。では新しい通帳、カードを作らせて頂きますので暫くお待ちください」
 結局アキラは二億円を定期にして一億円を普通預金にして、全ての手続きを終えた。
 一時間程して、アキラは銀行を後にしたが、雲の上を歩いているようだった。

     # 山城 旭 本日より 億万長者なり!! #


 もう襲われても心配がない。山城旭名義の大金が銀行口座に記録されたのだ。
 事実である証拠に、証明書と二億円の定期預金と一億円の普通預金通帳がアキラのカバンにしっかりと、入っていた。
 しかしアキラはこれから、会社に行って仕事をしなければならない。
 アキラはまた不安に襲われた。この通帳を持ったまま仕事を出来るのか
 いや『仕事なんかどうでもいいじゃないか』そんな心の葛藤が始まった。
 そう思ったが、やはり、そうも行かないだろうと悩んだ。
 結局、カバンを大事に持ち歩くしかなかった。
 アキラは、心配しながらもいつも通り銀行の警備に着いた。
 「どうだ。腹の方は大丈夫か」と同僚に優しく声を掛けられたが
 まさか宝くじが当り、銀行に三億円貯金してきた。など言えない。
 落ち着かない一日だったが、なんとか今日の勤務は終えた。
 アパートに帰ってホットはしたものの、やはり落ち着かない。
 それに通帳とカードをアパートに置くのも危険だ。どうすれば良いのか少ない脳で考えたが結論が出るまでもなく、他人からみたら何と嬉しい悩みと思うだろう。また今夜も眠れないのだろうか、寝不足で目にクマがいやこの場合はゴリラに熊が遊びに来たのかも知れない。
 誰かに打ち明ければスッキリするだろうが、誰かに話せば楽になるが。
 そうだ! 久しぶりに、お袋の所へ言ってみようか久しぶりに母の顔が浮かぶ。
 やはり、なんと言っても親子関係は大事にしなくては、今更感じるのだった。

 アキラは両親が離婚してから一人暮らしを始めたが父は未だに行方知れず一人っ子のアキラは母とも最近は連絡が途絶えている。
 お袋も離婚して、かなり落ち込んでいたが挫けることも無く頑張っている。
 母も、もう五十二歳になる少しは楽をさせてやってあげようとアキラは思っていた。
 お袋は息子より娘が欲しかったじゃないかな? 息子じゃ話し相手にもならない。
 そう思うとアキラも何ひとつ親孝行らしい事はしていない
 駄目息子だが、お袋を喜ばせようと母に逢いに行くことを決めた。
 なんとか三日間働いて休みの日まで頑張って仕事をした。
 やはりその間、熟睡が出来なかったが心は充実していた。
 そして今日、始めて預金を一部下ろすことにした。
 銀行に聞いたら貸し金庫が便利だと教えられて通帳や印鑑など大事なものは、みんな貸し金庫に預けた。世の中には金さえ出せば便利なものだなぁと改めて感じたアキラだ。

 ここは東京、北区赤羽。埼玉県の川口市と荒川を挟んだ所にある街だ。
 其処にはアキラの、お袋が小さな居酒屋をやっている。
 繁華街のはずれに古ぼけた提灯に灯りが入っていた
 ノレンには〔居酒屋 秋子〕と書かれている。
 あんまり面倒みの良いお袋とは言えなかったが優しかった。
 幼稚園くらいの時だ。親子三人で鎌倉に海水浴に行った思い出がある。
 故一の思い出かもしれない、それ以外に記憶に残るのは両親のいつもケンカだ。
 今、思うと子供の事は考えず、身勝手な親だったと思う子供なりに傷ついた。
 どうして、もっと家族を大事にしなかったのかとアキラは嘆く。

 親子三人仲良く暮らせたら、ポンと両親に一億円くらい渡して父と母の喜ぶ顔を見たかった……なのに家族は崩壊した。いくら現代っ子とは言え、子供の時の環境が大きく影響するものだ。
 親も身勝手に生きれば、子供はそれ以上に乱れた生き方をする。
 本当はアキラも寂しかったのだろう。体は大きくても繊細な神経なのだ。
 アキラは数年ぶりに店の前に立った。
 とっ! その時だ。突然、居酒屋の窓ガラスが割れて悲鳴と罵声が居酒屋の中から聞こえてくる。
 「表に出ろ!!」そのあとから「お客さん止めなさいよ」
 と、お袋の声がした。客どうしの取っ組み合いのケンカだ。
 その客の間に、お袋が割って入ったが、弾き飛ばされた。
 そこへガッツリとアキラがお袋の体を支えて言った。 
 「母さん、ただいま!!」
 「かあさん! どうしたんだい?」
 アキラの母、山城秋子は振り返って見上げた。
 「アキラじゃないの? ちょうど良いところへ来てくれたねぇ、お客さん同士が酔っ払って喧嘩になってさぁ、本当に時々コレなんだから困っちゃうよ」
 今日のアキラは冷静だった。普段はおとなしいが、なにせ短細胞の持ち主である。
 一旦キレルと手に負えない性格だ。この体格だから誰にも止められない。

 目の前では興奮した客同士が激しい殴りあいになっていた。
 見かねた他の客が一一〇番通報しようと携帯電話を取り出していた。
 そこへアキラは「お客さん、ちょっと待って下さい、いま収めましから」と携帯電話を持った手をグローブのような手で優しく制した。そして取っ組み合いの二人の襟をムンズと掴んだかと思うと左右の手を一機に上に持ち上げた。二人は宙吊りになり、足をバタつかせた。
 驚いた二人はクレーンで吊り上げられたと思ったようだ。
 「お客さん、もういいでしょう、仲直りして下さいよ。 分ってくれるかい。 それとも放り投げますか!」
 二人は吊り上げられたまま「わっ分かった。分かったから降ろしてくれ~~」
 周りにいた人も唖然として、その光景をみていた。やがてアキラは言った。
 「みなさぁん、お騒がせしました。今日は僕のおごりですから飲み直しましょう」
 アキラの母、秋子はビックリした。喧嘩を収めてくれたのは良いけどそんな金、安サラの息子に何処にあるんだ。と心の中で叫んだ。しかし言い出した以上、酔った客はしっかりその気になっている。
 「まぁ母さん心配すんなって、多少は持っているから大丈夫だよ」
 と胸を叩いた。両手で胸を叩けばもう本物のゴリラと同じだが?
 殴り合いとなった客も酒の上の事だと言う訳で楽しく飲んでいる。
 それでも又、始めようものならゴリラに半殺しにされる恐れもあるからだろうか。
 客達はみんな〔居酒屋 秋子〕の常連客達だ。評判が悪くなれば当然に客足は途絶える。
 母秋子は嬉しそうに客達が飲む姿に安堵している。それにしても久しぶりに会った息子アキラは少し逞しく見えた。

 時間も夜中の十二時を過ぎて〔居酒屋、秋子〕も閉店の時間になりノレンを下げた。
 そんなお袋の姿を見てアキラも『お袋も苦労しているなぁ』と呟く。
 年々衰えて行く母の姿にアキラは哀愁を感じるのだった。
 やっと一息ついて、母と子は店の二階にある居間で久しぶりと対面だ 。
 「どうしたんだい? アキラ急に来るなんて。でも本当に助かったよ。酔っ払い相手はねえ疲れるよ」
 そんな母を見て、もう楽をさせてやらなければなぁとアキラは思う。
 しかし三億円、当ったなんて言ったら、お袋は『良かったね』で済む訳がない。
 きっと金のせいで又、親子関係が崩れるのを恐れた。
 三億円当ったことでアキラはなぜか、物事を冷静に考えるようになった。
 人間の心理は、周りの環境、自分を取り巻く人などで左右されるが 今回は自分大金を得たことで逆に落ち着かなくてはと言う冷静差が生まれた。
 『親父も、お袋も俺もいい加減な処があったけど、やはり親子だなぁ』
 逢う度に年老いて行く母に、この先どんな幸せがあると言うのか苦労している母に若かった頃の母の笑顔が見たい。親孝行してやらなければ……
 「アキラ……ところで仕事の方は、ちゃんと頑張っているのかい。母さんは心配いらないよ。親の勝手で離婚してお前には迷惑かけたし」
 母の優しい言葉だった。キラは思った。『やっぱりお袋はいいなぁ』と。
 「母さん、今日は親孝行のマネ事をしょうと思って来たんだ」
 「ハアー? なんだぁ今、親孝行と言ったのかい? お前熱でもあるのかい」
 「俺だって、たまにはそう思う事だってあるんだ。チャカスなよ」
 「アキラお前、本気で言っているのかい。気持ちだけ受け取って置くよ」
 「あのさぁ気持だけ伝えにくるんだったら来やしないって!」
 「そうかい、じゃお土産でも買って来てくれたのかい?」
 相変わらず気が強いお袋だ。それとも息子の前だけは弱気をみせたくないのか
 アキラはバックから大きな三百万円入った封筒を取り出した。
 B四サイズの膨らんだ封筒をお袋の前にアキラは黙って差し出した。
 「なっなんなんだい! これ、どうもお菓子じゃなそうだねぇ」
 母は怪訝な顔をしながら、袋を開けて中身を取り出した 。
 何か硬い紙のかたまりが三束出て来た、 母は目を剥いた。
 「なっなんなのコレ。アキラ! お前……まっまさか」
 母は三百万の札束を見て、ついにアキラが悪いことをしたと思った。

 「アキラ……いくら馬鹿でもこれだけは許せないよ」
 母の顔は青ざめて肩が震えていた。
 「アキラ、けっ警察に母さんが一緒に着いて行ってあげるから行こう」
 母は何を思ったのだろうか、アキラの手を取って立ち上がろうとした。
 「母さん! そんなに俺が信用出来ないのか? なんだい自分の息子も信じられないようなお袋……なさけないぜ!!」
 今度はアキラが真っ青な顔して立ち上がった、目が潤んでいる。
 アキラはひと時の親子の再会も一瞬にして冷めていった。
 金を置いたまま、襖を思いっきり開けて母の経営する居酒屋を飛び出した。

 「なんでぇーお袋の奴、まったく信用してないんだから二度とくるかぁ俺だって利口じゃないが、少しは自分の息子を信じろよバカヤロー」
 人からはゴリラと言われる巨体の目から大粒の涙がしたたり落ちる。
 真夜中の路上にゴリラのような、なげき声が響きわたる 。      
 一人残された母、秋子はアキラの真剣に怒った表情を見て不審を感じた
 アキラが悪いことはしていないのかと悟ったが、あとの祭り……。
 秋子は畳の上に残された三百万の金を眺めていたが何を思ったか、二階の階段を駆け下りて、路上に出てアキラの姿を捜す。
 「アキラ~~~ゴメンよ! アキラ~~~母さんが悪かった! アキラ~~」
 静まり返った下町の冷たい夜更けに、秋子の声は吸いまれて行く……。
 「アキラ~~~行かないで! 訳も聞かずにゴメンよ、アキラ~~~」
 息子を信じない愚かさを恥じて、秋子の悲しげな声が闇夜に響き渡った。
 しかしその嘆きはアキラに届く事はなかった。
 それがこれからアキラの人生を大きく変えて行く事なるとは母は知らない。汗水流して稼いだ金ではないが不正を働いた金でもない。
 苦労したお袋にやっと親孝行出来ると思ったのに母は信じてくれなかった。
 体は大きいがまだ二十五才の青年だ。図体に似合わず母に喜んで欲しかった。少しは誉めて貰いたかった。アキラの心は三億円当った喜びよりも、母に疑われた事が辛かった。
「お袋、見て居ろよ。この金を元手に俺は大金もちになってやる。その時は外車の後部座席に座り、お抱え運転手付きでお袋を迎えに行ってやる。その時は腰を抜かすなよ」

 第一章 終

宝くじに当った男 第1章

第二章へ続きます。

宝くじに当った男 第1章

この作品は第七章まで予定しております。

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更新日
登録日
2015-01-31

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