セカンド☆ライフ 改訂版

セカンド☆ライフ 改訂版

第一生 唯里と詩乃

皆さんこんにちは。
俺の名前は水辺 唯里(ミナベ ユイリ)。
どこにでもいる、ごくごく普通の高校二年生の17歳。
だったんだけど…

Life:1−1『死んだらこうなった』

なんと言うか…漫画やアニメで使い古されたオープニングで申し訳ない…

どうやら俺…

死んだみたいです…

車にハネられたみたい。
俺の足下には【元俺】だった物体が転がってます…

警官、救急隊、野次馬…
みんな俺の姿が見えないようです。

『あの〜…』

必死に心臓マッサージしてる救急隊員さんに話しかけてみたけど聞こえないらしい。
肩を叩こうとしたがすり抜けた。

(俺 今 幽霊ってヤツ?)
『どうしよ…』

(今こうして幽霊?として存在しているからか、死んだっていう実感がない。
意外なほど冷静。
いや待てよ?脳ミソないのにどうやって考えてんだ俺?体ないのに五感はどうなってんの?いや周りから見えないだけで肉体はあるのか?あれ今の俺って何?やだちょっとなんか急に怖くなってきたんですけど!)

『こんにちは〜♪』

(魂!?魂なの俺!?え!?なになに!?壁とかすり抜けちゃうの!?マジで!?じゃぁあんなとことかこんなとこにも入れちゃったりするの!?ヤベ!それおいしすぎね!?)

『お〜い』

(待て待て待て待て…落ち着け俺!まずは落ち着け!冷静に考えよう…そう冷静に…)

『落ち着いた?』

(うん、だいぶ落ち着いた。いいぞ俺。流石だ。やればできる子だ俺は。)

『聞こえてるかい?』

(聞こえてるよ。つーかなんだよ人が大変な時にさっきからうるせぇな…)

(え?)

(あれ?)

『こっちこっち、後ろ後ろ』

!?
いつの間にか背後に見知らぬ男が立っていた。

(え?なにこの人?俺が見えるの?)

『やっと気づいてくれたか♪』

俺より少し年上…二十代くらいかな?細身で長身、爽やかな風貌に優しそうな笑顔。

『大丈夫?』

(死んでるんだから大丈夫とは言えないか?いやそういう意味じゃないか…えっと、なんて答えればいいんだ?)

『どうしたの?日本語わかる?』

『あ…いや…えっと…』

『うん?』

『あの…俺…』

『うんうん』

『死んだ…んですか…ね?』

『そうだね、そういうことになるね』

(やっぱりぃぃぃぃぃぃ!?あぁぁぁぁぁ…なんてこった…)

『あの…俺…幽霊…ってヤツですか?』

『そうだね、概念としてはそう思ってもらって間違いないと思う』

『そうですか…』

『まぁまぁ、そう悲観することもないよ?』

『え?』

『ここじゃなんだし…場所変えようか』

男はチラリと【元俺】に視線を落とした。

(あぁそうか…確かにここじゃなんか気まずいな…)
『あ…はい…』

『飛べる?』

『え?飛べ…え?』

『イメージするだけでいいよ』

そう言うと男はスルスルとその場から浮き上がっていく。

『えぇぇ!?なにそれ無理無理!!』

『落ち着いて、イメージするだけでいいから』

(お…落ち着いて…イメージ…って何をイメージしろと?飛ぶ?飛ぶことをイメージ?浮かぶ?スルスル〜って?)

!?
俺の体?がスルスルと浮かびあがる。

『え?ちょっ!なにこれ!』

『大丈夫、落ち着いて』

『大丈夫ってなにが!?』

『死にはしないよ、もう死んでるんだから』

(あぁすっげぇ説得力ある…)
『ハハ…笑えないっす…』

『大丈夫そうだね、じゃぁ僕についてきて』

『はい…』

どうして俺は彼について行ったのだろう。
日常の終りに出会った見知らぬ男。
非日常の混乱の中で、何故か彼は俺を救ってくれるような気がした。

彼との出会いが、俺の第二の人生の…セカンド・ライフの始まりでした。


⇨⇨⇨


『僕は村瀬 純流(ムラセ スミル)、享年29歳、純流って呼んでくれていいよ』

『水辺 唯里、さっきまで17歳の高校生でした』

『よろしくね、唯里君♪』

『はぁ』

俺達は空中を漂いながら簡単な自己紹介を交わした。

『さっきの場所、唯里君の現場だよね?』

(現場って…)
『そう…なりますね』

『ホヤホヤだね♪どう?死んだ気分は』

(ほ…ホヤホヤ…)
『どうと言われても…よくわからないです』

『うんまぁ最初はそうだよね』

(わかってるなら聞くなよ…)
『それであの…悲観する必要はないってのは…』

『あぁそうだったね』

そう言うと純流さんは俺の全身をまじまじと眺めた。

『えっと…純流…さん?』

『制服』

『え?』

『唯里君は今、制服を着てるよね?』

『まぁ通学中でしたからね』

『脱げる?』

『え?』

『制服、脱いでみて』

(そっちの人か!?)
『いやそっちはちょっと…』

『違う違う、そういう意味じゃないない』

(違うのか…よかった…)
『あれ?』

脱げない。
脱ごうとしてもすり抜けてしまい、服にも自分の体にも触れない。

『脱げないよね』

『脱げません…』

『でも着替えることはできる』

そう言うと純流さんの服装が一瞬で変わった。

『え?なにそれ?え?えぇ!?』

純流さんの服がコロコロと変わっていく。
そして俺と同じ制服姿になった。

『僕達が何か?それは僕にも解らない。生きてる人間には僕達が見えていない、声も聞こえない、触ることもできない』

純流さんは俺の腹部に腕を通したり抜いたりして遊んでいる。

『ちょっとそれ…やめてください…』

『ハハ、僕達の体はね、僕達自身のイメージなんだ』

『イメージ?』

『老人をイメージすれば老人の姿に、赤ん坊なら赤ん坊に、女性にも別の動物にもなる』

『自身の想像通りになるんですね?』

『そういうこと♪ただし、知らないモノにはなれない』

『知らないモノはイメージのしようがないですからね…』

『察しが良くて助かるよ♪』

『どうも…』

『そして今、僕達は空中を浮遊している…つまり僕達は物理的な法則の外にいることになる』

『そうですね』

『だからこんなこともできる…ついてきて』

純流さんは近くのマンションの窓をすり抜けて部屋の中へ入っていった。
俺も言われるがままついていく。
通れないはずのモノをすり抜ける感覚はなんとも言えず不気味だ。

部屋の中では今まさに若い女性が着替えている最中だった。

『ちょっ!!』

『大丈夫、彼女は僕達の存在を知覚できないよ』

『いや、だからってこれは…』

『悪くないだろ?』

『いや…えっと…』

『唯里君は真面目だね♪』

(爽やかな笑顔がなんかムカつく…)
『悲観する必要はないって、こういう意味ですか?』

『これは一環だよ♪こういう楽しみ方もある、ってだけさ』

『楽しみ方って…』

『うん、楽しみ方、【セカンドライフ】のね』

『セカンドライフ?』

『僕達がなんなのかは解らない、でもなんであれこうして存在している。自我を持って存在している以上、生きてることとどれほどの違いがあるんだい?』

『違い…』

『僕達は便宜上、セカンドライフを生きる者、【セカンド】と自分達を呼んでる』

『ん?僕達?他にもいるって…いや、純流さんがいるってことは他にもいるって考えたほうが自然か…』

『唯里君は賢いね♪生きてる人間…僕らは便宜上【ファースト】と呼んでるけど、ファーストが知覚できないだけで、セカンドはたくさんいるよ』

『天国や地獄?』

『僕の知る限りそんなものはないね』

『俺はこれからどうなるんですか?』

『どうにもならないさ、どうにもならないし、どうにでもできる』

『えらくアバウトですね…』

『人生って、そんなもんだろ?♪』

『まだ子供なんでわかんないですよ…』

『ハハ、外に出ようか』

着替えを終えた女性はベッドに腰掛けテレビを見ている。

『あぁ、はい』

外に出ると純流さんはどんどん上昇していく。
俺も後を追って上昇する。
眼下に広がる街並みがどんどん小さくなっていく。

『どうだい?ここから見れば君がファーストとしての生を終えた場所も豆粒だ』

『なんか自分が豆粒って言われてるみたいで嫌です…』

『ふふ、そうだよ、僕達は豆粒だ。豆粒の小さな悩みなんてこの世界ではなんの意味もない』

両手を拡げる純流さん。
まるで世界を背負っているようで、背後の雲がまるで翼のようで、どこか神々しくもある。

『ハッピーバースデー!第二の人生を謳歌しよう!』

(第二の人生…か)
『…はい!』

どこまでも広がる青い空。
その時の俺は、その空を手に入れたような錯覚を覚えた。


⇨⇨⇨


俺が死んでから二日後…

厳かな空気の中、俺の葬儀が行われている。

(母ちゃん…泣いてる…オヤジも…姉ちゃんも…俺…ここにいるんだけどな…)

『自分の葬式は堪えるでしょ?』

背後から不意に声をかけられた。

『うわぁぁぁぁっ!!!』

驚いて振り向くと純流さんがフヨフヨと漂っていた。

『脅かさないでくださいよ純流さん…心臓が止まるかと…あ』

『ふふ、ないよ?心臓♪』

(言うと思った…)
『純流さんはこのへんに住んでるんですか?』

『まぁそうだね、住んでると言うか、浮いてる?だけだけどね♪』

『なるほど…』

『どうだい?死の実感は湧いた?』

『そうですね…さすがにこれ見ちゃうと認めるしかないですよね』

『大抵の人は自分の葬式で実感するからね』

『純流さんは違ったんですか?』

『昔のことすぎて忘れちゃったよ♪』

(なぜ爽やかな笑顔…と言うかこの人いつの時代の人だ…)
『そう言えば、俺まだ純流さん以外のセカンドの人と会ってないんですけど』

『あぁ、それは唯里君が会おうとしてないからだよ』

『へ?』

『僕は唯里君と会おうと意思を持って話しかけたから会えた、唯里君もそのうち周りのセカンドが見えるようになるよ♪』

『そんなもんですか…』

『そんなもんです♪』

(いちいち爽やかだなこの人)
『見えないだけで周りにはセカンドが溢れてるんですか?』

『そうだね〜、けっこういるかな』

『なんか怖いっすね…』

『君もその一人だよ?』

『いや、まぁ…そっすね…』

『お葬式、最後まで見てく?』

『そうですね…自分とのお別れなんで最後まで見ていこうかと…』

『僕はあまりお勧めしないかな』

『どうしてです?』

『ご遺族の悲しみは唯里君に未練を残す、未練は唯里君を縛り…やがて【ゼロ】になる』

『ゼロ?無になる?』

『いや、便宜上のゼロ、ファースト、セカンドに対するゼロという存在のことさ』

『なんですそれ?』

『ゼロについては僕らもよく解っていない、セカンドにとっての死だと言う人もいれば、消滅と考えてる人もいる』

『なんか怖いっすね…』

『そうだね、ファーストが本能的に死を恐れるように、セカンドもゼロになることを本能的に怖いと思う』

『じゃぁ葬式はこのへんでいいかな』

『うん、そのほうがいいね、ゼロにならなかったとしても…』

『しても?』

『いや…自分の体がこんがり焼かれるのは…ね?』

『見たくないっすね…』

『よし!じゃぁ今日は他のセカンドと会う練習をしようか♪』

『あ、それはぜひやりたいですね』

『うんうん♪基本的にはイメージすることなんだけど…』

純流さんはキョロキョロと辺りを見回している。
何かを探しているようだ。

『いた♪』

純流さんの視線を追ったが、そこには何もない空が広がっているだけだった。

『飛ぼうか唯里君』

『あ、はい』

俺達は空高く舞い上がった。

『唯里君、あそこのアパートのベランダに男の人がいるの見えるかい?』

『いや見えないっす』

『じゃぁ目を閉じて、あそこに人がいるってイメージしてみて』

(イメージ…誰かがいる…男の人だって言ってたな…男がいる…)

『イメージできたら目を開けてもう一度あのベランダを見てごらん?』

『…うおぉぉぅ!!』

『何か見えた?』

『えっと…オッサンがいます…ハゲてて…デブで…全裸の…』

『うん、僕にもそのオッサンが見えてる』

『あの人もセカンド?』

『うん、近藤さんだよ』

『こ…近藤!?え?知り合い?』

『近藤さんは覗きが趣味で、ここいらではよく見かけるよ♪』

(マジか…うちの姉ちゃんも覗かれてたかもだな…キモっ…)

『じゃぁ今度はそこいら中にセカンドがいるってイメージしてみて』

(そこいら中に…人混みみたいなのをイメージすればいいのかな?)

『イメージできたら目を開けて』

(なんか緊張するな)

ゆっくりと目を開けると…
!?
そこには沢山の空飛ぶ人がいた。

『うお…』

『見えたみたいだね』

『けっこういますね…』

『そう言ったでしょ?♪』

『こんなにいるとは…』

(あれ?なんかおかしいな…)
『純流さん』

『うん?』

『セカンドって、みんな現代人なんですか?』

『外見はイメージの産物だからね、カジュアルに見えて実は落武者ってこともあるよ』

『そっか、イメージで変わるんだった』

(ん?と言うことは…)
『今まで死んだ人は全部セカンドとして生きてるんですか?』

『どうだろうね、いつの間にかいなくなった人、ゼロになった人、そして…』

『そして?』

『【サード】になった人…』

『サード!?』

『飽くまでも仮説だけどね、物理法則の外に出たセカンドが、さらに何かを得ることで次の段階に進むと言われてるんだよ』

『それって…』

『神…と捉える人もいるね』

『神って…そんな非科学的な…』

『何言ってるんだい、僕達セカンドもすでに非科学的じゃないか♪』

『…そうっすね…』

しかし、今まで気づかなかっただけで、世の中にはこんなにもセカンドが溢れていたのか。
みんな当たり前のようにそこに存在している。
第二の人生という例えも頷ける。

『あれ?セカンド同士で会話してる人達がいる』

『僕達だって会話してるじゃないか、おかしなことではないよ?』

『そっか、そうですよね』

『僕達や彼らのように、セカンド同士でコミュニティを築いた相手を【ソウルメイト】って僕達は呼んでる、便宜上ね♪』

『便宜上…ですか…しかしまた安直な…』

『複雑にする意味もないだろ?』

『まぁそうですけど…』

『さて、僕はそろそろ行かなければ』

『え?どこにですか?』

『内緒♪“生きていれば”いろいろと用事もあるものさ』

(生きていれば…か)
『そうですね、ありがとうございました』

『うん、じゃぁまたね唯里君♪』

そう言うと純流さんは物凄い高速で飛び去った。

(一瞬で見えなくなった…すげぇなセカンド)

死んだ後に始まる世界。
今でも実感はないが、こうして俺が体験してるのだから疑いようがない。

目の前を飛び交う人々が何よりの証でもある。

(セカンドライフか…とりあえず…ヒマだな…)

Life:1−2『再会』

葬儀から数日、俺はまだ自室に引きこもって漂っている。
体がないので新陳代謝もなく、腹も減らなければ排泄もしない。

睡眠はとる。
寝ると言うよりも、外部からの情報を遮断する感じだ。
寝なくても問題ないし、眠り続けることもできる。

他人や物質はおろか、自分自身にすら触れられないのだ、何もできないし、する気も起きない。
死んでからの俺は本当に無欲だ。
そして退屈だ。

自室にいると時々家族が入ってくる。
遺品の整理等をしているようだが、家族の涙を見るのは辛い。
俺は元気だよ!ここにいるよ!と伝えたいのだが、どうにもならないことはここ数日の試行錯誤から学んだ。

(退屈だな…外に出てみるか)

外はあいにくの雨だが、雨粒のその全てが俺の体をすり抜けるので濡れはしない。
便利だがなんとも気持ちの悪い光景だ。

(純流さんはどこにいるんだろ…)

目的もなく、空中に寝転がるような体勢になり漂っていると、何かが俺の体をすり抜けた。
腹から人の首が生えている。

『うわぁっ!』

『あ!ごめんなさい!ぼぅっとしてまし…た…あれ?』

『いえいえこちらこそ…お?』

その顔には見覚えがあった。

『水辺君!?』『横峰さん!?』

同時にお互いの名前を呼んだ。

同じ地区にある女子校の制服を着た少女。
横峰 詩乃(ヨコミネ シノ)。
小、中学で同級生だったが、高校進学直後に亡くなったと風の噂に聞いた。

ポニーテールと小学生なみに低い身長がトレードマークの文系眼鏡美少女で、目立たなかったが一部からコアな人気は得ていた。

それほど親しい仲ではなかったが、知っている人間の死というのはショッキングであり、印象に残っていた。

『水辺君もその…死んじゃった…んだね…』

『ハハ…見ての通りです…』

『最近?』

『んと、一週間くらいかな?交通事故で』

『そっか…ご愁傷さまです…』

『あ、いえいえご丁寧にどうも…』
(なんか違和感あるなこのやり取り…)

『でも凄いね、一週間くらいでもう他の人が見えてるんだね』

『あぁ、親切な人にいろいろと教えてもらえたから』

『へぇ~、私は半年くらい見えなかったなぁ』

『そんなに?寂しかったんじゃない?』

『それはもう…』

(死んどいて言うのもなんだけど…純流さんと出会えた俺は運が良かったんだな…)

『そうだ!水辺君【フォロー】しよう!』

『フォロー?』

『えっと…セカンド同士で縁?を結ぶことで…なんだっけ…感覚?の共有?あれ?感覚?意識?どっちだっけ?』

『いや俺に聞かれても…』

『だよね…』

横峰はアタフタしている。

(ハムスターみたいでちょっとかわいい…)
『あ〜えっと、それでそのフォローってのはどうすればいいの?』

『あ、えっとね、まず私のことを強く思い描いてみて』

(強く…裸でもいいのかな?)

目を閉じて横峰の姿を思い浮かべる。
一応服は着せておいてやった。
と言うか見たことないものはイメージのしようもない。

『ん、それから?』

『待ってね、私も思い浮かべるから』

と、体の中に横峰が入り込んでくるような感覚。
悪寒とも快楽ともつかない奇妙な感覚。
しかし嫌な感覚ではない。
横峰の温もりや匂い、柔らかさが伝わるようで心地良い。

『うはっ』

『よし、これでお互いフォローできる』

『んと、なんか変な感じしたけど…これでなんか変わったの?』

『えっと、上手く説明できないんだけど…フォローしてる相手が近くにいると気配を感じたり、強くイメージするとなんとなく会話ができたり…』

『な…なんとなくですか…』

『どう言えばいいのかな…つまり…』
《こういうこと》

頭の中にダイレクトに横峰の声が響いた。

『ぬおっ!?』

『わかってもらえた?』

《あ〜、うん、なんとなく…ね》

横峰がクスりと笑った。
つられて俺も笑った。

セカンドになって、初めて笑った。


⇨⇨⇨


セカンドになって二週間。
最近、横峰とよく会う。
横峰が言うには、フォローし合うと縁が結ばれ、無意識のうちに引き合うのだそうだ。

(変なのとフォローすると大変そうだな…気をつけよ…)

《そうだよぉ、気をつけないとだよぉ?》

『うほっ』
《横峰さん!?聞こえてたの!?》

《慣れないうちは考えてることが流れやすいから仕方ないよ》

《ぬぅ…便利なんだが不便だな…》

《すぐに慣れるよ》

クスクスと笑われているような気がする。

《水辺君は今どこにいるの?》

《自分の部屋だよ》

《じゃぁちょっと付き合ってもらえないかな?》

《ん?いいけど?どうせヒマだし》

《じゃぁ駅前に5秒後に待ち合わせでどうかな?》

《5秒って…急いでも20分はかかるよ…》

《水辺君忘れてる?私達セカンドだよ?》

《へ?》

《駅前をイメージ!》

(駅前…駅前…駅前…)

フッと何かに吸い込まれるような感覚がしたかと思うと、そこはもう駅前だった。

『ね?5秒で来れたでしょ?』

いつの間にか隣に横峰かいる。

『マジか…セカンドすげぇぇぇ!!!』

『具体的にイメージできれば大抵のことはできるみたいだよ』

『なんと!』

俺は横峰に向かって両手を突き出し、強くイメージした。

(横峰の胸にさわる!横峰の胸にさわる!!横峰の胸にさわる!!!)

しかしすり抜けた。

『それはムリ…』

『クソっ…』

自分以外の何かに“物理的に干渉”することはできないらしい。
なんとももどかしい。

『んで横峰さん?これからどこ行くの?』

『あ、うん、ここが目的地』

『へ?』

『人探し、もう半年以上探してるの、ここなら人も多いし見つかるかなって…』

『なるほどね…よし、俺も手伝うよ』

『え?』

『ん?そのために呼んだんじゃないの?』

『あ…いや、一人じゃ寂しかったから…』

『あ~、そかそか、まぁでも手伝うよ、そのほうが確率も高くなるでしょ?』

『うん…ありがと…』

『いえいえ、で?その人の特徴は?』

『えっと、記憶を転送するね』

『え?そんなことできんの?』

『フォローしてるとできるの』

『フォロー便利すぎ…ってほどでもないか、ケータイで同じことできてたもんな』

『そうだね、感覚的には的を射てる例えだと思う』

すると、頭の中に中年男性の顔が浮かんだ。
整った顔立ちでどこか気品のようなものすら感じる。

『この人?お父さんかな?』

『んっと…』

『まさか彼氏?』

『違う!!』

『!?…ご…ごめん…』
(なんか今…一瞬だけど…横峰が黒く濁って見えたような…)

『ごめんなさい…』

『いや、いいよ、とにかくこの人が通らないか見てればいいんだね?』

『うん…』

それから横峰は一言も話さずに人の流れを見つめていた。
俺も黙ってそうした。

いつの間にか夜も深くなり、人の流れもまばらになってきた。

『次で終電だね横峰さん』

『あ…もうそんな時間!?』

『集中してたからねぇ横峰さん』

『ごめん…』

『いやいや、どうせヒマだもん』

『ごめんね、どうしても見つけたくて』

『いいって』

終電も過ぎ、いよいよ誰もいなくなった。

『今日はもう終わりかな』

『うん…』

『よし!明日も探そう!明日ダメでも明後日も探せばいい!』

『え?でも…水辺君にそこまで付き合ってもらうのは悪いよ…』

『だ〜いじょぶ!どうせ目的もなく漂ってるだけだから!』

『でも…』

『こうやって死後の世界で再会したのも何かの縁、気にすんなよ』

『うん…ありがと…』

『じゃぁ明日の始発前にここで!でいいかな?』

『うん』

『じゃ今日は解散!』

『あ…水辺君』

『ん?』

『ありがと…』

『いえいえ♪』

『あの人ね…』

『うん?』

『私を殺した人なの…』

『え?』

そう言うと、悲しげな笑顔のまま横峰は消えた。
気配を感じないので近くにはいないようだ。

(殺した…?横峰は殺された…?そう言えば死んだのは知ってたけど理由は知らなかった…マジかよ…)

俺は思い出していた。
横峰が黒く濁って見えたあの瞬間を。


⇨⇨⇨


横峰と別れた後、俺はいろいろなことを考えながら辺りを漂っていた。

『殺された…』

『いや君は純然たる事故死だよ?』

『いや俺じゃなくてよこみ…うぉう!!』

突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向くとそこには純流さんがいた。

『いつも突然ですね…』

『唯里君が注意散漫すぎるだけだよ♪』

『ぬぅ…一理あるですね…』

『それで?誰が殺されたって?』

『あぁ、実は…』

俺は横峰との再会から今日までの経緯を話した。

『ふむふむ、まぁよくある話だね』

『そんな言い方って…』

『唯里君、君も彼女もそして僕も、ファーストからセカンドになった、ただそれだけたよ…理由はどうあれ、その事実だけを受け止めればいい、理由に固執すれば…』

『ゼロ…ですか?』

『うん、僕はその子に会ってないからなんとも言えないけど、危険な状態なのは間違いないと思う』

『横峰がゼロに?』

『可能性の話だけどね、なんせゼロについては解らないことだらけだから』

『そんな…横峰が…』

『そう悲観的にならなくてもいいと思うよ?』

『どういうことですか?』

『半年以上も固執してて、それでもセカンドを維持してるんでしょ?たぶん、目的を遂げるまではゼロにはならないんじゃないかな』

『犯人を見つけなければいい…ってことてすか?』

『そういう手もある、って話だね』

『なるほど…』

『ただ…もし彼女が【ノイズホルダー】になってれば危険だね』

『ノイズホルダー?』

『執着心とでも言うのかな、負の感情が蓄積しすぎると、淀みとなって発散されるんだよ、その状態をノイズホルダーって呼ぶんだ、便宜上ね』

俺は黒く濁った横峰を思い浮かべた。

『心当たり…ありそうだね?』

『でも一瞬でしたよ!?』

『唯里君、悪いことは言わない…彼女には近づくな、君まで引きずられるよ?』

『でも…!』

『唯里君!』

『だって横峰は俺の…』

『友達…かい?』

『はい…』

『気持ちは解るよ、僕にとっては君はソウルメイトだ、だから失いたくはない』

『俺だって横峰は大事ですよ…』

『うん、解るよ。だから無理強いはしない、でも忠告くらいはしてもいいだろ?』

『ありがとうございます…』

『…しょうがないなぁ』

『え?』

『まだ早い気もするけど、君に新しいスキルを伝授するよ♪』

『す…スキル?』

『そ♪スキル♪』

『なんですかそれ?』

『スキル、アビリティ、じゅもん、呼び方はなんでもいいよ、便宜上だから♪』


⇨⇨⇨


翌朝、待ち合わせの時間に駅に来たが、横峰はまだ来ていないようだ。

純流さんの新スキル講習会は朝まで続いたが、肉体のない俺には疲労感はない。
便利ではあるが、人として何かを失ってる気がしなくもない。

(スキルの理屈は理解できたけど…本当に上手くいくのかな…)

始発の時間を過ぎても横峰は来ない。

(おかしいな…寝坊…かな…?)
《横峰さ〜ん、水辺だけど〜》

横峰からの返事はない。

《横峰さぁぁぁん!聞こえてるぅぅぅ!?》

《…な…く…》

《横峰さん!?》

《みな…くん…た!》

《え?》
(なんだろ?ノイズが酷い…ノイズ…!?)

《横峰さん!?どうしたの!?》

《…のほ…の…ら通り…つけた!》

《横峰さん!?落ち着いて!よく聞こえない!》

《……………いかけ…………》

《横峰さん!?横峰さん!?》

(クソっ!ノイズしか聞こえなくなった!)

気配は感じない。
近くにはいないようだ。

(ダメだ見つかんねぇ…)

俺は昨夜の純流さんの言葉を思い出していた。


⇨⇨⇨


『セカンドはイメージさえできれば大抵のことはできる』

『あ、それ横峰からも聞きました』

『そっか、じゃ細かい説明は省くね』

『はい』

『大抵のこと、と言っても、自分以外の存在への直接的な干渉はできない』

『それも体験済みです…』

『ダメだよ女の子にエッチなことしちゃ♪』

『見てたんですか!?』

『したんだ…』

(自爆か…)

『まぁそれは置いといて…基本的には干渉できないけど、例外もある』

『触れるんですか!?』

『うん…まぁ理論上は不可能ではない…かな…?』

『マジか!なんか急にやる気出ましたよ俺!』

『それは何より…とは言え、触るとなると本人以上にその人をイメージできないと無理だね』

『道は遠いな…』

『そうだね、本人でさえ自分の体の隅々まで完全にイメージするのは困難だからね』

『そうなんですか?』

『例えば唯里君は自分の後ろ姿を鮮明にイメージできるかい?』

『あ…』

『そういうことだね、立体物としてあらゆる角度からイメージできないと触ることはできない』

『じゃぁ実質不可能じゃないですか…』

『言ったろ?理論上の話だって』

『言ってましたね…』

『でだ、じゃぁ実際どの程度なら実現可能なのか?って話なんだけど…』

『はい…』

『そうだな、例えば唯里君は今、横峰さんとフォローし合ってるよね?』

『はい』

『フォローって言うのは、表層的な意識の共有なんだよね』

『表層的?』

『そそ、深層的には繋がっていない、だから思考を読んだりはできない、もっとも、慣れないうちはチャンネルの使い分けができなくて思考が漏れちゃうこともあるけどね』

『はい…漏れてました…』

『ダメだよエッチな想像ばかりしてちゃ♪』

『してない!いやマジで!』

『つまらないな…』

(どこまで本気なんだろうこの人は…)

『さてここからが本題』

『うっす』

『一人の人間を集中的に意識することで、深層の部分まで共有できるようになる、これを【リンク】と呼んでる、べん…』

『便宜上ですね』

『言わせてよ…』

(本当にどこまで本気なんだ…)

『まぁいいや、リンクのレベルまで縁を深めると、限りなく本人に近い次元で意識を共有できる』

『本人に近い?』

『意識の共有と言うよりも、同化に近いかも知れないね』

『それってヤバくないですか?』

『どうしてだい?』

『いや、よくわかんないけど、同化しちゃうと自分が消えたり…とか?』

『そうだね、相手と自分の自我の強さのバランスがとれてないと、弱いほうが取り込まれちゃうことも有り得るよ』

『ヤバすぎじゃないですか』

『その人の中で生きる、と考えればそれはそれで有りと捉える人もいるだろうさ』

『あぁなるほど、考え方しだいか』

『そそ、セカンドの世界は何事も考え方しだいなんだよ』

『ってことは意図的に自我のバランスをとり続ければ…』

『うん、理論上は同化することなくリンク状態を維持できる♪』

『おおっ!』

『10分以上できたって話を聞いたことないけどね♪』


⇨⇨⇨


(10分あればじゅうぶん!やってみるか…リンクってヤツ!)

目を閉じ、横峰の気配に全神経を集中する。
自分の意識が溶けていき、代わりに横峰の意識が流れ込んでくるような気がする。

(フォローを拡散するイメージ…横峰…どこだ…横峰!!)

Life:1−3『リンク』

「ご機嫌だな純流」

『ご機嫌だよ♪』

「新しい玩具でも見つけたのか?」

『人聞きの悪い言い方だなぁ』

「違うとでも?」

『違うよ〜、唯里君は大事なソウルメイトさ♪』

「ゆいり?それが新しい玩具の名前か」

『だから違うってば、ソウルメイトであり、全てを託せる次代の種…そうだな、【シード】とでも呼ぼうかな、べん…』

「便宜上の呼び方なんざどうでもいいさ」

『言わせてよ…』

「で?おもしれぇのか?」

『一週間もせずに他人を“見た”と言えばわかるよね?』

「すげぇな」

『そして今、一月も経ってないのにリンクを試みてる』

「初心者がリンクだぁ?終わったなソイツ」

『どうかな♪』

「根拠があると」

『なければ教えないよ』

「俺にも紹介しろよ」

『そのうちね♪』


⇨⇨⇨


(いた!隣街の本屋の裏通り!待ってろ横峰!)

リンクを解除すると今までに感じたことのない激しい疲労感に襲われた。

(なんだこれ…肉体ねぇのになんでこんなに疲れんだ…意識が飛びそうだ…クソっ…)

気力を振り絞り隣街の本屋をイメージする。

(集中できねぇ…意識が拡散してく…)

セカンドには五感がない。
肉体がないのだから当然と言えば当然である。
見るもの、聞くもの、全てはイメージの産物だ。
なので、意識を一点に集中すると必然的に他が遮断される。
他を遮断することでファーストでは到底不可能な集中力を発揮できる。
そんなセカンドの集中力が乱れるということは、それだけリンクが危険な行為という証だろう。
意識の消滅はセカンドにとって死と同義なのだから。

(落ち着け俺…昨日の横峰の…悲しそうな笑顔を思い出せ…友達にあんな顔させていいのか?否!断固否である!)

目を閉じ、心を落ち着かせる。

(いいぞ…集中力が戻ってきた…)

肉体のないセカンドにとって疲労感は一時的なものなのだろう。
程なくして平常心を取り戻せた。

(リンク切ってからけっこう時間食ったな…まだいてくれよ横峰…)

目を閉じ、隣街の本屋をイメージする。
駅前の喧騒が遠ざかり、だんだんと静かになっていく。
フッと何かに引っ張られるような感覚。
目を開けると、そこは隣街の本屋だった。

(この裏手の通りだな)

フヨフヨと漂いながら裏手に回りこむ。

(いた!)
『横峰!』

『水辺君!?』

『どうした!?何があった!?』

『いたの…あいつがぁ!!』

横峰から黒い濁り…ノイズが溢れ出す。

『落ち着け横峰!とにかく落ち着け!』

『落ち着いてられないよぉぉ!あいつがぁ!すぐそこにいるんだよぉぉぉ!?』

(ヤバい…横峰を認識できなくなってく)

黒い濁りに覆われて、だんだんと横峰が見えなくなってきている。

『聞け横峰!犯人を見つけても俺達にはどうすることもできない!干渉できないじゃねぇか!』

『関係ないよぉぉ!復讐しなきやぁぁ!』

(よくわかんねぇけど…自我が崩壊しかけてんのか?)
『復讐なんてできねぇんだよ!』

『すぅぅるぅぅのぉぉお!!』

(ダメだ…完全に自分を見失ってる…)
『純流さん…試しますよぉぉ!』

再び横峰とのリンクを試みる。

(うおっ!さっきより横峰の自我がつえぇ…!)

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…)

(ちょっ…怖いよ横ちゃん!)

一瞬でも気を抜けば飲み込まれそうだ。
荒れ狂う黒いモヤの中、横峰を探す。

(よこみねぇぇぇ!どこだぁぁぁ!)

(…………て………)

(横峰!?)

(………す……て………ん…!)

横峰の気配を感じる。
目の前にいる。

(よぉぉぉこみねぇぇぇぇぇ!!)

目の前の淀みの奔流に右手を突っ込む。
意識が同調しているせいか、横峰に触れた気がした。

(そこかぁ!!)

横峰のうでを掴み、淀みの中から引きずり出すイメージを膨らませる。

(ヤッベ!逆にもってかれる!)

猛烈な力で引っ張られる。

(クッソ…横峰ぇぇ!後でおっぱいさわらせろよぉぉぉぉ!!)

全神経を右手とその先の横峰に集中する。

(助けて水辺君!)

(ぶっこ抜けおれぇぇぇぇぇぇ!!!)

全力で横峰を引きずり出す。
フッ……と目の前が白くなる。
意識が遠のく。

(横峰…)


⇨⇨⇨


(………な………)

(…………なべ………)

(み……く……………!)

(水辺君!!)

(はい!?)

呼ばれる声に目を覚ました。

(水辺くん!?)

(あれ?横峰?)

(水辺君大丈夫!?)

(ここ…どこ?)

辺りは真っ白な世界。
音もなく、上も下もわからない。
ただ俺と、横峰だけがいる。

(わかんないけど…たぶん私の中)

(あぁ、リンクしてんのか)

(リンク?)

(まぁ詳しくは後で説明するとして…横峰さん)

(はい?)

(今…膝枕…だよねこれ)

(あ…ごめん…)

(いや、いいんだけどさ、て言うかむしろ幸せです…)

(えぇ…)

(うわっ…今ちょっと引いた…リンクしてっからダイレクトにきた…)

(ごめん…)

(あ〜いや、いいんだけどさ、膝枕できるってことは…触れるってことだよね?)

(?そうなるのかな?)

(じ…じゃぁさ…おっぱ…)

(あ、ダイレクトにきた、やだ)

(頑張ったのに…)

(水辺君からもの凄く不純な欲望が流れ込んでくる…)

(健全な男子ですもの…)

(そんなに触りたいんだ…)

(それはもう…)

(威張って言わなくても…)

(意識が同調してんのに嘘ついても無意味だしね…)

(そっか…じゃぁ…今…私が自分のこと可愛いって思ってるのは…)

(俺の意識です…)

(私の意識も水辺君に伝わってるんだよね?)

(うん…)

(少しだけ…だからね?)

(うん、いただきます)


⇨⇨⇨


『想像以上だよ唯里君は』

「リンクできたのか?」

『うん、しかも意識を失っても飲み込まれることもなく、途切れることもなく15分ほど維持した上に生還したよ』

「おいおい冗談だろ?セカンドになって一月もならねぇ初心者がそんなことできんのか?」

『普通に考えれば無理だね、でも理論上は不可能ではない』

「理論上っておめぇ」

『でもこれは…唯里君も凄いけど…彼女の方もなかなかどうして…』

「そろそろお前の立場も危ういんじゃねぇか?純流さんよぉ」

『かもね♪』

「まだまだ余裕ってか…化け物め…」

『酷い言われようだなぁ…』

「適切な表現だろ?」

『そんなことより、彼の処分は任せるよ?』

「あぁ、そのお譲ちゃんをやった小物か?」

『僕らセカンドはファーストには不干渉って規則だからね』

「間接的に干渉してりゃ同じことだろうに」

『バレなきゃいいんだよ♪』

「へいへいそうでしたね」

『不満かい?』

「いんや、お前からの見返りを考えりゃ安いもんだ」

『じゃぁよろしくね♪』


⇨⇨⇨


(リンク解除)

『ふわぁ!』

『大丈夫?横峰さん』

『大丈夫、ちょっとびっくりしただけ』

『そ…っか…』

意識が遠のく。

『ちょ…水辺君こそ大丈夫!?』

『大丈夫、リンクするとすっげぇ疲れるだけ…すぐ復活するよ…』

『疲れるの?セカンドなのに?』

『神経使うからかな?』

『ごめんね…』

『いいって、俺が好き好んでやったことだし』

『す…好き…』

『ん?どうしたの横峰さん?』

『なんでもないです!!』

『そう…?ならいいけど』

『うん…なんでもない…』

『よし、だいぶ回復してきた』

『ほんと?よかった…』

『うん、フヨフヨできるようになった』

『本当にありがとう』

『いいっていいって、お互い無事で何より』

『でもそれじゃ私の気が…』

『じゃぁさ、もう一回おっぱ…』

『ゆいりくんのアホっ!!』

『アホって…って言うか唯里君とな?』

『うん、ゆいりくん』

『うぉぉ…母ちゃんと姉ちゃん以外の女の子に名前で呼ばれるのがこんなに快感だとは…』

『私のことも名前で呼ぶように』

『ぬ…それは照れくさいですよ…』

『呼ぶように!』

『し…しの…ちゃん…』

『はい♪』

(ぬあぁぁぁ!なんだこれ!?なんか全身が痒い!ような気がする!)

『ところでゆいりくん…あれ…どうしよう』

詩乃の視線の先にはつい先ほどまで詩乃を覆っていたノイズが漂っていた。

『えっと…ほっといて…いいんじゃないかな…うん、たぶんそのうち消えてなくなるよ!』

『そ…そう…だよね!』

『うん!そうに違いない!』

その後、とある街のとある本屋の裏、黒い霧のような塊が見える…という都市伝説が長く語り継がれることになるのは内緒。

『しのちゃん』

『うん?』

『復讐、まだしたい?』

『うん、犯人のこと、許せはしないけど…復讐したいとはもう思わない』

『負の感情…ノイズが分離したからかな?』

『なのか…な?』

『じゃもうここに用はないね』

『うん』

『行こうか♪』

『うん♪』

第二生 遺族会

皆さんこんにちは。
何やらヘンテコな事件に巻き込まれましたが、死んだ後にさらなる人生ってのがある時点でボキュの常識は木っ端微塵です。

もうこの程度じゃヘコタレません!

それに…

悪いことばかりでもありません。

Life:2−1『西へ行こう』

(しのちゃん♥ゆいりくん♥しのちゃん♥ゆいりくん♥…うふふ…♥)

『こんばんは唯里君♪』

『うわぁぁぁっ!』

いつものように純流さんの背後からの急襲。

(この人絶対ファースト時代は暗殺者だな)
『こ…こんばんは純流さん』

『どうしたんだい?気持ち悪い顔して』

(言葉のアサシン!)
『いえ…別に…』

『そっか♪で?どうだった?』

『どうって…その…思ってたほどじゃなかった…かな?』

『強気だねぇ〜♪』

『いやでも小ぶりながら柔らかさと弾力を兼ね備え…例えるならマシュマロ…』


『…?なんの話?』

『え?………逆になんの話ですか?』

『ノイズのこと』

『あ…あぁぁぁあぁぁぁあ!え、えぇそうですよ?えぇえぇノイズの話!』

『思ってたほどじゃなかった?』

『え〜と…そ…そうですね!うん!』

『マシュマロ?』

『………ごめんなさい怖かったですもう二度とごめんです…』

『唯里君、横峰さんに触れられたんだね?』

『ちょっ!え!?何言ってんのこの人!?え!?ちょっとやだ!!』

『唯里君、どこに触れたかはどうでもいいんだ、問題は触れたことそのものだよ』

『へ?』

『前に言ったよね?理論上は可能だけど実際には…って』

『あぁそう言えば』

『でも唯里君は触れた』

『はぁ』

『自分では何故だと思ってるんだい?』

『夢中だったからよくわかんないんですよねぇ…たまたま?』

『セカンドの世界は意志力の世界、偶然は有り得ないよ』

『いやぁ…気づいたら膝枕されてて…そんでおっぱ…いやいや、俺もしのちゃんに触れて…』

『しのちゃん?』

『やだなぁ〜、横峰のことですよぉ〜、お互い名前で呼ぼうってしのちゃんがね』

『そんなことはどうでもいい!』

『え…あ…すんません…』

『彼女が先に触れてきたんだね?』

『えぇ、そうですよ?』

『ノイズから抜け出せただけでも凄いことなのに…』

『純流さん?』

『あぁごめんごめん』

『俺なんかマズいこと謂いました?』

『いや、大丈夫だよ、ちょっと鬱陶しかっただけだから♪』

(今日の純流さんヒドイ!)

『唯里君、西側には行ったことあるかい?』

『はぁ、昔親に連れられて何度か』

『セカンドになってからはない?』

『ないですね』

『唯里君、西へ行ってみないかい?』

『何しに?』

『西はノイズホルダーが多くてね、ノイズ専門に研究してる人達もいるんだよ』

『もうノイズには関わりたくないっすよ』

『君はそう思ってても、横峰さんはまだしばらくは安心できないと思うよ?』

『どういうことですか?』

『ノイズの根は取り除けたかも知れないけど、まだ奥底に種が潜伏してるかもね』

『そんな…』

『思い切って二人で行ってみたらどうだい?向こう側のほうがノイズに関しては詳しいはずだしね』

『なるほど…行く価値はありそうですね』

『うん、デートしておいで♪』

『で…』

『フフ♪』

(デート…むふっ♪)

『さて唯里君』

『あ、はい?』

『ここで僕は一つの仮説を立てようと思う』

『仮説?』

『君と横峰さんはセカンドの世界を揺るがす世紀のカップルになるかも知れない』

『はい?』

『ノイズに対抗できる唯里君』

『できればもう対抗したくないですけどね…』

『そして、他者に物理的に干渉できる横峰さん』

『え?しのちゃん?』

『僕の仮説ではね、唯里君が横峰さんに触れたのではなく、横峰さんの方が唯里君に触れさせたんじゃないかと考えてる』

『しのちゃんが?』

『他者への物理的な干渉…ノイズに似てると思わないかい?』

『え?』

『ホルダーから溢れ出るノイズは他者を物理的に引き込み、飲み込む』

『確かにノイズに触れた時、引っぱられる感覚がありました』

『横峰さんはそれと同質の能力を持っていると思うんだよね』

『そんな…』

『悲観することはないさ、ノイズと同質ってだけで、ノイズと全く同じというわけじゃないよ』

『んん?どういうことですか?』

『物理的な干渉という一点では同じ原理なのかもしれないけど、作用は全く違う…横峰さんは君を飲み込んだりしないだろ?』

『そんなことしませんよ!』

『うんうん、だから同質であって別物なのさ♪』

『でもなんでしのちゃんにそんな力が?』

『鍵はホルダーからの帰還と君とのリンクだと思う』

『リンクが?』

『例えば、横峰さんの力が作用するのはリンクで半同化してる相手にだけ、とかね』

『そうか!確かにリンクを解いてからは試してないな』

『仮にリンク外でも発現できたとしても、力の覚醒に君のリンクが関係してる可能性は高いだろうね』

『そっか…』

『まぁその横峰さんの能力を調べる意味でも、西側でノイズの情報を得るのは有意義だと思うな』

『そうですね』

『ただし一つ注意してほしいんだけど、君と横峰さんの能力については口外しないほうがいいね』

『どうしてです?』

『わからないかい?君達の能力は、使い方しだいでは”攻撃手段“に成り得るんだよ?』

『あ…』

『そゆこと♪』


⇨⇨⇨


俺達の街は真ん中を縦断する大きな川を挟み、東西に分かれている。
東西それぞれに一通りの施設が備わっているため、行き来する必要性は薄い。
特に俺達学生はなおさらだ。
小中高と東側だった俺は、自発的に西側に行ったことはない。
同じ街でありながら、実は未知の土地に近い。

《しのちゃ〜ん》

《ゆいりくんおはよ〜》

《おはよ〜》

《こんな朝早くからどうしたの?》

《しのちゃん今日ヒマ?》

《暇だよ〜》

《じゃぁえっと…で…デート…しない?》

《え!?で…ででで…デート…ですか!?》

《あ!嫌ならいいんだけどね!》

《嫌じゃない!行く!5秒で!》

《マジか!じゃ5秒後に中央橋の前でいいかな?》

《は…はい!すぐ行く!》

東西を結ぶ橋は4つある。
その中で一番大きな橋が中央橋だ。
ちょうど街の中央に位置し、俺達の住むエリアからも近い。

『お…おはようゆいりくん!』

『おは…うおっ!なにその格好!』

まるでウェディングドレスのような純白のドレスを着込んでいる。

『へ…変かな…?』

『いや…綺麗だけど…ちょっと派手すぎない?』

『そ…そうかな…デートって初めてだからどんな服着たらいいのかわかんなくて…』

『ハハ…いつも通りの制服でいいんじゃないかな…俺も制服だし』

『制服デートだね!わかった!』

(しのちゃん…意外と天然なのかな…)

『それで?どこに行くの?』

『西側に』

『西側?』

『うん、向こうはノイズについての研究が進んでるらしくてさ』

『あ…そっか…そういうことか…』

『ん?どうかした?』

『ん!なんでもない!行こ♪』

『うん』
(とは言え…どこに行けばいいんだろ…)

眼前の景色に見覚えはあるものの、だからと言ってどこに何があるのかはさっぱりわからない。

『しのちゃんはこっちに詳しかったりする?』

『う〜ん…詳しくはないけど、確か橋を渡って左に曲がるとショッピングモールがあったと思う』

『あぁ、そう言えばそんなのあったね』

『あとは…右に行くと中学校があったよう…』

『おいお前ら!』

『ん?』

『見かけねぇやつらだな?』

中学生くらいの男がフヨフヨと俺達の方に近寄ってきた。

『あぁ、俺ら東側から来たんだ』

『そっか、なんかセカンドになっても川は渡らないからな俺達』

ケラケラと明るい笑いを浮かべる少年。

『そう言えばそうだな』

『んで?何しに来たんだ?』

『いやまぁ…デートかな』

ドヤ顔で言ってみた。

『ふ〜ん、デートねぇ』

『おう』

鼻息をスピスピいわせながら自慢気に言ってみた。

『ホルダーと?』

!?
場の空気が一瞬で凍りつく。

(なんだコイツ…)

『あ…あの…私…その…』

《しのちゃん、ここは下手に話さないほうがいい》

《うん…ごめん》

『ん?そんな身構えんなよ、こっちじゃホルダーなんて珍しくねぇよ』

『は?』

『デートしてるホルダーは珍しいけどな』

ゲラゲラと笑っている。

(なんだこの展開…)

『俺は田井中 成法(タイナカ セイホウ)』

『水辺…』

『横峰です…』

『こう見えても享年48歳だ』

『なっ!?』

『セカンドの世界で見た目や歳なんて無意味だろ』

『まぁ…』

『で?お前ら本当にただのデートか?』

『いけませんか?』

『いや?ただこっちは今ホルダー狩りが流行っててな』

『ホルダー狩り!?』

『ああ、だから戻ったほうがいいぞ?って忠告してやろうかとな』

『なるほど…一つ聞いていいですか?』

『なんだ?』

『貴方はどうして彼女がホルダーだと?ノイズなんて出てないのに…』

『ああ、ここ通るヤツら全員にカマかけてるだけだ、こんなわかりやすいヤツらも珍しいぞ』

ゲラゲラと下品に笑っている。

(クソっ…なんか腹立つな…)

『あの!』

『なんだい可愛いホルダーさん』

『その…ホルダー狩りって…どういうことですか?』

『ん〜、俺も詳しくは知らんのだがね、ノイズへの対抗手段を発見したって連中がいてね、ホルダーを見つけては”消滅“させてんだよ』

『消…滅?』

(しのちゃん…怯えてる…)
『そんなことできるんですか?』

『さぁなぁ?俺は実際に見たわけじゃねぇしなぁ』

『そう…ですか…』

《どうする?ゆいりくん…》

《うん、おっかないから帰ろうか》

《でもそれだとデートが…》

《別にどうしてもこっちじゃないといけないわけじゃないし、続きは地元でやろう》

《うん、ありがとう》

『田井中さん…でしたっけ?』

『なんだね少年』

『ありがとうございました、俺達戻りますね』

『そうかそうか、でも無理じゃないかな?』

『え?』

『いやだってもう通報しちまったもん』

『は?』

『悪いなニイちゃん、俺ぁホルダーってのが大嫌いでね…』

『ちょ…しのちゃん逃げ…!?』

『ゆいりくん…』

振り返ると詩乃の両手足に黒い霧のようなモノが絡みついている。

『ノイズ!?』

詩乃の背後から全身をノイズに覆われた人物が姿を現した。

『ホルダー?どういうこと!?』

『ホルダーの物理干渉を使ってホルダーを飲み込む…』

ノイズに覆われた人物が喋り出す。
声から察するに男性のようだ。

『ホルダーがホルダーを!?』

『ホルダーは悪影響を振り撒く、ホルダーを消すにはもう共食いしかない』

(はぁ!?何言ってんだコイツ!!)
『ちょ…待て!』

男のノイズがだんだんと詩乃を飲み込んでいく

『待てってば!』

『ホルダーは助からん、この女もいずれノイズに飲まれる、諦めろ』

『話聞けって!ホルダーを助ける方法があるんだって!!』

『!?』

男のノイズが止まった。

『その子はホルダーじゃない!元ホルダーだ!』

『元…?』

『そう!元!治ったの!』

『デタラメを…そんなことは有り得ん』

『証明してやる!』

『証明だと?』

『その子の右手だけでいいから拘束を解いてくれ、証明してみせるから』

『右手だけで何ができる』

『いいから!信じてくださいって!』

『…やってみろ』

詩乃の右手からノイズが消えた。

《しのちゃん、俺を信じて》

《うん、どうすればいい?》

《実を言うと俺も確証はない、かなり分の悪い博打になる、でも大丈夫、大丈夫な気がする!》

《わかった、信じてる!》

《じゃぁ、右手を前に出して、俺と手を繋ぐことをイメージして》

詩乃が右手を差し出す。
俺もその手を握るように差し出す。

(最小限で…リンク!)

手と手が触れ合う。

『!?』

『な?ホルダーならわかるよな?物理干渉』

『ばかな…一般人がノイズなしで物理干渉なんて有り得ない…』

『実際目の前で有り得てんじゃん』

『お前ら何者だ?なぜそんなことができる?』

『えっと…愛の力…ってことで…ダメ?』

『ふざけるな!』

男のノイズがまるで俺を威嚇するように膨れ上がる。

『ちょ!ごめ!落ち着けって!』

『詳しく聞かせろ』

『わかった、その代わりまずしのちゃんを解放しろ』

『話が先だ、解放するかどうかは話を聞いてから決める』

『解放が先だ、それは譲らん』

『……………』

『……………』

『……………』

『……………』

(頼む!ハッタリ通じてくれ!)

『いいだろう』

(通じたぁぁぁ!)

男は詩乃を解放し、自らのノイズを収めた。
三十代くらいの風貌、細身で学者風にも見える。

(いや学者要素は眼鏡だけだけどな)

『それで?お前達は何者だ?』

『ちょっと待ってください、この子を休ませたい、どこか静かな場所へ移動しませんか?』

『注文が多いな』

『おたくが不意打ちなんかするからでしょ』

『チッ…』

(舌打ちした!この人舌打ちしたよ!露骨に怖いよ!)

『ついて来い』

(あ、でも応じてくれた、意外といい人?)

男は俺達を近くの廃病院へと招き入れた。

『うへ…なんか怖いよここ…』

『幽霊そのものが何を怖がる必要がある?』

『まぁそうなんだけどさ…』

『いいかげん聞かせてもらおうか、お前達が何者なのかを』

『俺達は…』


⇨⇨⇨


『そんな突拍子もない話を信じろと?』

あれから何時間経っただろうか、俺達はこの男、佐和田 勝紀(サワダ マサノリ)の尋問を受けている。
下手な嘘が通用する相手とも思えなかったので正直に話したが…
交渉は難航中だ。

『そんなに突拍子ないですかね?』

『ないな』

『どの辺が?』

『まずお前の話が本当なら、お前ばセカンドになってまだ二週間ほど…そうだな?』

『そうですよ?』

『普通は二週間やそこらじゃ他のセカンドの存在を認知できはしない、例え誰かに教わったとしても、だ』

『んなこと言われてもなぁ…』

『普通は”見る“だけで数ヶ月、ましてやリンクなど数百年単位でもほんの一握りしかできん』

『普通にできちゃったしなぁ』

『数十年セカンドをやっているが、数日で”見た“なんて話も、リンクができる輩もホルダーからの帰還も…見たことも聞いたこともない』

『じゃぁ今が嬉し恥ずかし初体験ってことで』

『ふざけてるのか?』

『真面目だよ』

『そっちの娘の話も眉唾だ』

『私!?…ですか?』

『ホルダーになるには最低でも十年以上のノイズの蓄積が必要だ、一年二年でホルダーになられてたらセカンドライフはホルダーだらけだ』

(そうだったのか…)

『……………』

詩乃は黙りこんでしまった。

『あ!ねぇ佐和田さん、佐和田さんのノイズを俺が取り除くってのはどう?』

『なんだと?』

『論より証拠、オッサンのために頑張れるかは疑問だけど、上手くいけば俺達は潔白を証明できるし、佐和田さんも助かる、一石二鳥でしょ?』

『本気か?』

『ん〜、しのちゃんしだいかな』

『え?私?』

『上手くいったら例のご褒美を…』

『わ…わかった…』

『よっしゃオッサンすぐやるぞ今やるぞ早くやるぞ!』

『まずはフォローか?』

『おう』

目を閉じて目の前のオッサンを強く思い描く。
不本意である。
スッとオッサンが体を通り抜けた感覚。
詩乃の時とは違い非常に不快だ。

『あぁ…なんか加齢臭が…』

『次は?』

(スルーか…鋼のハートだなこのオッサン)
『うん、佐和田さんの気配は覚えた、これならリンクできる』

『始めろ』

(へいへい…リンク!っとな)

目の前が真っ暗闇になった。

(あれ?なんかしのちゃんの時と違う…)

(そうなの?)

(うん、しのちゃんの時はこんなに静かじゃなかった…ってしのちゃん!?)

(ん?)

(なんでしのちゃんまでリンクしてんの!?)

(え?ゆいりくんがやったんじゃないの?)

(俺!?俺なの!?)

(わかんない…)

(う〜ん…まだリンクを制御できてないのかな?)

(ここは間違いなく佐和田さんの中なの?)

(あぁ、うん、それは間違いないと思う、かすかに加齢臭的な何かを感じるし)

(加齢臭的な何かって加齢臭じゃないの?)

(加齢臭ではあるけどセカンド的加齢臭とでも言うか、加齢臭だけど加齢臭じゃないんだよ、嗅覚ないし)

(そっか、嗅覚で感じる加齢臭じゃなくて、魂?で感じる加齢臭なんだね)

(そうそう、そんな加齢臭的な何かを…)

『加齢臭加齢臭うるさいぞお前ら!!』

『うおっ!』『ひゃっ!』

『あれ?リンク切れた?』

『物理干渉だ、俺がお前らを追い出した』

『そんなことできんのか』

『らしいな』

『すげぇなノイズ…ってかそれじゃ俺らの潔白を証明できないじゃん』

『いや、じゅうぶんだ』

『へ?』

『少なくともお前がリンクを使えることは証明された、お前の話を信じる要素としてはじゅうぶんだ』

『あぁそっか』

『それに、リンクしたことでお前達が嘘を言っていないとわかった』

(加齢臭の話しかしてないけどな)
『あ、でもそれじゃ佐和田さんのノイズを払ってやれねぇじゃん』

『かまわん、今の俺にはまだノイズは必要だ』

『ノイズが必要?』

『リンクを使った救済ができることはわかった、しかし、救済に値しないホルダーもいる、そいつを喰うために俺にはまだノイズがいる』

『救済に値しないって…』

『この街には人を喰らうために自ら望んでホルダーになった殺人鬼がいる』

『はぁ!?なんだそれ!?』

『俺はそいつに愛する人を喰われた、その怒りで俺もまたホルダーとなった、そんなやつらが集まってできたのが【遺族会】だ』

『遺族会…』

『お前に会わせたい人がいる』

『誰?』

『遺族会のリーダーだ』


⇨⇨⇨


佐和田のオッサンと別れ、俺達は地元である東側に戻ってきた。

ふにふにふにふに…

遺族会のリーダーとの接見の日取りが決まりしだいオッサンから連絡がある手筈になってる。

ふにふにふにふに…

接見が済むまでは俺達の処遇は保留なんだそうだ。
ただし西側には立ち入らないことが条件。

ふにふにふにふに…

とりあえずの自由。
俺は詩乃の胸を堪能していた。

ふにふにふにふに…

『ゆいりくん…まだ?』

『ん〜、あと5時間…』

『ダメ!終わり!』

『えぇぇぇ…』

『そもそもゆいりくん頑張ってないじゃん!加齢臭の話しただけじゃん!』

(ごもっとも)
『いやほらでもリンクするだけでも疲れるし…さ』

『だから10秒だけ触らせたでしょ!』

『ぬぐぅ…』

『それより、あんな約束して大丈夫だったの?』

『遺族会のリーダーとの接見?』

『うん』

『あぁでも言わないと帰れそうになかったしさぁ…』

『そうだけど…』

『まぁなんだかんだで加齢臭さんも味方っぽいし、リーダーともあろう御方が話の通じない人ってことはないんじゃない?』

『そうかなぁ…そうだといいけど…』

『なんとかなるって』

『そう…だね、うん♪』

『あ、しのちゃん』

『ん?』

『俺、しのちゃんこと好きです』

『……………』

『……………』

『……………』

『……………』

『え?』

『いや、だから…』

『え?えぇ!?えぇぇぇ!?』

『うん、だから…』

『はぁ!?へぇ!?』

『えっと…』

『なななななな何を言ってるのかななななゆゆゆゆゆゆいたくんはももももう!』

『だから俺…』

『もももももうこの子はだだだだタメだよオバチャンからかっちゃ!』

(なんだこのキャラ)
『しのちゃん!!』

『は…ははははひ!!』

『好きです!』

『えっと………………わ、私も…です…』

『そっか…良かったぁぁぁ…』

『なんか…心臓ないけど…ドキドキする…』

『俺も…心臓ないのにね』

『あ、でもゆいりくん…』

『うん?』

『これ死亡フラグ…』

『大丈夫、もう死んでるし』

『あ…そっか…』

『そうだ、しのちゃんてさ、普段どこに住んでんの?』

『特に決まった場所はないけど?』

『じゃぁさ、二人の新居、探さない?』

『え…えぇ!?』

『嫌?』

『嫌じゃない!探す!すぐ探す!』

『決まりだね、加齢臭さんの廃病院見ていいなぁって思ってたんだよねぇ』

『そうだね、最初は怖かったけど、慣れたら静かでいいかもね』

『だろ?どっかいい場所ないかなぁ』

『あるよ♪』

『マジで?』

『私達の中学の旧校舎!』

『おお!あそこか!いいね!』

『じゃ移動しようか』

『あ、しのちゃん待って』

『どうしたの?』

『ゆっくり飛んで行こう、手、つないでいさ』

『うん!』

初めは絶望しかなかったセカンドライフ。
詩乃との出会いは希望だった。

俺達はまだ子供だ。
俺達のやってることはおママゴトなのかもしれない。
だけど俺達には、これから先、悠久の時間がある。
手探りでも、ゆっくりやればいいんだと思う。
俺達なりのセカンドライフを。

『俺さ、改めて思った』

『なに?』

『死んでて良かった♪』

『……………変だよそれ』

Life:2−2『見える人』

二人で暮らし始めて10日ほどが過ぎた。

3日前に佐和田のオッサンから連絡があった。
接見は2日後。
詩乃も同行するようにとのこと。
実際に俺達を見てもらうのが手っ取り早いと考えたのだろう。

『集中集中!俺の手だけを思い浮かべて』

『んん…』

俺達はリンクなしでも詩乃の物理干渉を発現するための特訓を行なっていた。
西側での万が一に備えて、だ。
最初はできなかったが、少しずつコツを掴み始めている。
今では5秒ほど接触していられるようになった。

夜は俺のリンクの特訓を行った。
二人の意識を接続したまま、全ての感覚を遮断する。
いわゆる睡眠状態の節約モードでのリンクの維持、昨夜の時点で6時間ほど維持できている。

この特訓は通常モードでのリンク時間の延長にも繋がっている。
現状の限界時間は30分。

さらに、リンクを併用した物理干渉ならば3分ほどの間、干渉が可能となった。

『もうダメ…限界!』

『おお!7秒だよ7秒!2秒更新したよ!すっげぇ!』

『ん〜…でもゆいりくんは数分単位で更新してってるのに…2秒って…』

『いやいや、リンクと物理干渉じゃ根本的な演算量が違いすぎるから』

『む〜、よくわかんない』

『リンク状態で物理干渉してるとよくわかるよ、物理干渉はとんでもない量の情報を同時処理しなきゃいけないからね…今までリンクを使える人はいても、物理干渉を使える人がいなかったってのも頷ける…』

『いなかったのかな?』

『セカンドライフではいろんなことに便宜上の名前がついてるでしょ?リンクとかフォローとかノイズとか、でも物理干渉には名前がない』

『物理干渉って名前じゃないの?』

『物理干渉は事象の説明であって名前とは違う気がする』

『う〜ん、わかんないや…』

『まぁとにかく、便宜上の名前がないってことは、今まで存在が確認されてなかった事象なんだよきっと』

『でも原理はノイズのと同じなんでしょ?だったらノイズなんじゃないのかな?』

(同じ…なのかな…こうしてしのちゃんと触れ合ってると…なんか違う気がするんだよな…)

『ゆいりくん?』

『あぁごめん、俺、思うんだけどさ、ノイズの物理干渉としのちゃんの物理干渉は根本的に別物な気がする』

『そうなの?』

『確証はないけど、なんか違う気がするんだよなぁ』

『ゆいりくんがそう言うんなら違うのかもね♪』

『ありがと、今日の特訓はここまでにしようか』

『そだね〜』

(ん?)
『グラウンドに誰かいる…』

『生徒?』

『いや、そんなんじゃない』

『セカンド?』

『ファーストだと…思う…けど、こっちに気づいてるっぽい』

『え?』

『うん、気づいてる、気づいて、こっちに歩いて来てる』

『ゆいりくん…』

『大丈夫、いざとなったら逃げればいい』

『うん…』

ガタンッ!
コツコツコツ…

『入ってきたみたいだね…』

『足音がするってことはやっぱりファーストだな』

『怖い…』

『大丈夫、俺が守るから』

コツコツコツ…

(真っ直ぐここに向かってきてる)

「おぉぉぉい!ゆうれぇぇぇい!」

『な、なんだ?』

「いるんだろぉぉぉ!?」

コツコツコツ…

「わかってんだぞぉぉ!?さっき見たからなぁぁぁ!」

(根拠はないけど…たぶんこいつ頭悪いな)

ガラッ!

俺達のいる教室の扉が勢い良く開いた。

「み〜っけ♪」

『俺達が見えるのか?』

「まぁな」

!?
『驚いた、声も聞こえるのか』

「当たり前だろ馬鹿かてめぇ」

(当たり前じゃねぇよ馬鹿はお前だ)

「なぁおめぇらここで何してんの?」

『何って…住んでんだけど?』

「マジかよ!」

『悪いか?』

「ハハ!ファンキーだなおめぇら!」

『は?』
(なんだコイツ…できれば関わりたくない)

大柄の体躯、金髪のオールバック、ピアスに派手なジャージ、サングラス。
見るからに不良だ。

『俺らになんか甩?』

「いやな、幽霊見えたからよぉ、成仏いらねぇかなと思ってよぉ」

『いや、必要ない…』

「そうかそうか、そりゃ邪魔しちまったな、お呼びじゃねぇなら帰るわ!」

そう言うと男は立ち去った。

『なんだったのかなあの人…』

『わかんね…』
(本当になんだったんだ…)


⇨⇨⇨


『ファーストの中にも俺達が見えるやつがいるのか…』

『霊能者…っていうのかな?』

『だろうね』

『本当にいるんだねぇ』

『しまった!!』

『どうしたの?』

『あいつを通して家族と話できたんじゃね!?』

『あ…』

『クソっ!なんで気づかなかったんだ!まだ近くにいるかな…俺ちょっと探してくるよ!』

『え?ゆいりくん!?』

俺は辺りを探しまわったが、先ほどの男は見つからなかった。

(上から探すか…)

上空から探すが見つからない。

(クソっ!あんな目立つ頭してるくせに!光ってんのは近藤さんのハゲ頭だけかよ!)

近藤さんは今日も覗きに勤しんでいる。
窓も壁もすり抜けられるのに近藤さんはそれをしない。
それをしてしまうと覗きではなくなるのだそうだ。

と、純流さんが言ってた。

まぁ変態のポリシーなど今はどうでもいい。

(でもあんなヤツ見かけたことないな…今どきあんな見るからにヤンキーなヤツなんて一回見たら忘れないはず…)

『どうしたんだい?珍しくシリアスな顔で近藤さんなんか凝視して』

『純流さん…』

『今日は驚かないんだね?』

『気配、感じました』

『気配?君とはまだフォローしてないはずだけど?』

『リンクの応用ですよ、常にしのちゃんの気配を捉えてるから、意識が拡大して他の人の気配も捕まえられるんです』

『な…君は本当に凄いね…』

『さすがにフォローしてない人は特定まではできませんけどね…背後から気配消して近づいてくるのは純流さんぐらいなんですぐわかりましたけど』

『特定できないって…まさか周囲のセカンド全ての気配を感知してるのかい?』

『全員ではないと思いますよ、せいぜい近いとこから50人くらいかな?』

『50!?…ちなみに横峰さんは今どこに?』

『中学校です』

『ここから3キロは離れてるじゃないか!』

『あぁ、しのちゃん限定なら10キロくらいまで追えるようになりました』

『君は天才かも知れないね』

『純流さんに比べればまだまだですよ』

『僕?』

『人探してたから感知範囲を半径1キロまで拡げてました、俺の限界範囲です』

『凄いよ、僕なんてせいぜい50メートルだよ?』

『嘘はやめましょう』

『…嘘?』

『純流さん、俺の感知エリア外から真っ直ぐ俺に向かってきましたよね?』

『何が言いたいんだい?』

『少なくとも純流さんの感知範囲は1キロ以上、しかもフォローしてない相手を特定できる…違いますか?』

『……………』

(なぜ純流さんは50メートルだなんて嘘をついたんだ…)

『ふふふ…』

(ずっと疑問だった…いつも純流さんは狙いすましたようなタイミングで現れる…思い過ごしだと思いたいけど…)

『ハハハハハ!』

『何がおかしいんですか?』
(なんかこの展開マンガでよく見る…)

『おかしいさ、だって唯里君…』

(純流さん…ラスボスなんですね…何かの…)

『こんなに高いとこにいれば遠くからでも目立つもの♪』

(はっ!!)
『確かに…』

『でも着眼点はよかったね』

『へ?』

『僕はね唯里君』

…ゴクッ…

『凄く目がいいんだ』

『目!?』

『うん、5キロ先の蟻が見えるよ♪』

『すげっ!いやすげぇよそれ!』

『唯里君にもできるはずだよ?』

『え?』

『僕達には視覚はない…って言えば唯里君にはわかるんじゃない?』

『そうか!目もイメージなんだ!』

『そういうこと♪』

ちなみに近藤さんは100キロ先の女性の部屋を覗けるらしい。


⇨⇨⇨


『うん、ファーストの中にも僕達を知覚できる人は確実にいるよ』

俺は純流さんにさっきのヤンキーの話をした。

『特殊な能力なのか…あるいは僕達に近い存在なのかはわからないけどね』

『例えばそんな人達を通じてファーストと…家族や大切な人とコミュニケーションをとることって可能ですかね?』

『可能だよ』

『そっか、何がなんでもあのヤンキー探さないと』

『お勧めはしないけどね』

『どうしてです?』

『見知らぬ不良に突然あなたの息子さんからの伝言があります!なんて言われたら親御さん驚くんじゃない?』

『そこですか…』

『大事なポイントだと思うけどなぁ』

『純流さん霊能者に知り合いいないんですか?』

『ファーストに知り合いはいないかな』

『純流さんはセカンドライフを謳歌してそうですからね』

『君も、ね♪』

『まぁ』

(そう言えば俺、死んでからのほうが充実してるな…しのちゃんのおかげで!)

『霊能者に関わるのはいいけど、除霊されないようにね♪』

『除霊されるとどうなるんです?』

『消滅しちゃうよ♪』

『こわっ!何さらりと言ってんの!?』

『消滅の先に何があるのかわからないから一概に怖いとは言えないさ』

『消滅の先かぁ』

『消滅してみないことにはわからないけどね』

『ファーストがセカンドライフを知らないのと同じ…あ!』

『うん?』

『しのちゃんほったらかしてきちゃった…』

『なるほど、またね唯里君♪』

『はい!またっす!』

Life:2−3『タレント』

接見の日、俺と詩乃は中央橋を渡り西側へ向かった。

《佐和田さん、水辺です》

《今どこだ?》

《中央橋を渡ってます》

《了解した、俺もすぐに行く》

橋を渡りきったところで佐和田のオッサンと合流した。

『リーダーのいる遺族会本部に案内する、くれぐれも失礼のないようにな』

『努力します』

狭い路地に入り、古い洋風の空き家へ入る。
中は薄暗く、高級そうな家具が並んでいる。

『佐和田です』

『入れ』

奥の部屋の扉の前、オッサンの声に中から女性が返事をした。

部屋の中には一人の女の子がいた。
小学生くらいであろうか。
腰まであろうかという艷やかな黒髪に十二単、王様でも座ってそうな豪華な椅子に腰掛けている。
セカンドなのだから実際に座っているわけではないのだろうが…

(実際の幼女の前だとしのちゃんも大人びて見えるな)

『こちらが遺族会代表の環(タマキ)さんだ』

『よろしくな少年』

『は?幼女じゃん』

『な…水辺!』

『佐和田、よい』

『しかし…!』

『セカンドを見た目で判断するのは無意味じゃぞ少年』

(じゃぞ!?)
『中身は幼女じゃないってこと…ですね』

『生きておれば800歳じゃな』

(生きてねぇよ絶対に!)
『えっと…それで…俺達はなぜ呼ばれたんでしょう?』

『ふむ、少年、リンクを使えるそうじゃな?』

『えぇ、多少は』

『多少か、して?リンクとはどんな能力だと解釈しておる?』

『ん〜、フォローの上位版…かな?フォローよりもさらに深く相手に入り込むと言うか…』

『ふむ、では娘』

『は…はい!?』

『お前さんはノイズなしで物理干渉ができるそうじゃな?』

『あ、はい…少しだけ…』

『お主はその力、どう思う?』

『わかりません…』

『バカップルめ』

『んなっ!』
(幼女に罵られる…悪くないな)

『バインド』

!?
突然体が締め付けられる。

(動けねぇ…)

『儂は今、お主に物理的に干渉しておる、これが儂の【タレント】じゃ』

『た…タレント?…子役か?』

『たわけ』

さらに強い力で締め付けられる。

『ちょっ!?出る!!内臓出るから!!』

『ゆいりくん!?私達に内臓はないよ!?』

『そ…そこは…内臓はないぞう…って…言わなきゃ…』

『あぁ!ごめん!!』

『まったく…』

締め付けから解放された。

『ぶはっ!なんだ今の!!』

『タレントのことは知らんようじゃな』


⇨⇨⇨


☆たまちゃんの解説こーなー☆

タレントとは
セカンドが使える能力の総称なのだ☆

タレントはその能力を発動させるための難易度ごとにレベル分けされます♪

レベル① 意識しなくてもできること!
セカンドとして存在できる時点でここに分類されます☆

レベル② 少しだけ意識すればできること!
フォローやフォロー相手との通話【トーク】、知ってる場所への瞬間移動【ムーブ】なんかがここに入ります☆

レベル③ かなり訓練しないと使えない能力!
たまちゃんの必殺技【バインド】に代表されるような物理干渉系が多く分類されてるよ☆

レベル④ 神がかりな能力!
現在確認されてるのはリンクだけ☆

レベル⑤ 未知の能力!
まだ誰も思いついてない能力を便宜上分けただけだから実際には存在しないレベル☆

ノイズはセカンド本来の能力からは逸脱してるのでこの分類には当てはまりません☆

実はレベル③までの能力の多くはファーストなら意識しなくても使えます♪
本人が使えなくても道具というツールを介すことでかなり高度に再現できるよね☆

脳ミソという奇跡のハードと、五感という最強のデバイス、そこに自意識というソフトがインストールされたファーストは、実はセカンドより優れてるんじゃないかって言う人もいるよ☆

レベル④までを極めると、再びファーストになれるって信じてる人もいるみたい☆

タレントのことわかったかなぁ〜?

それじゃまた会えるといいネ☆


⇨⇨⇨


『と言うわけじゃ』

『なんだろう…今なんかすっげぇファンシーな映像が見えた気が…』

『ここまでは理解できたかの?』

『まぁなんとなく』

『娘はどうじゃ?』

『な…なんとなく…私はレベル3ってことですよね?』

『それなんじゃがな、儂はお前さんの力はレベル5じゃと考えとる』

『え?』

『未確認ってことか?』

『お前さんの力は物理的に干渉する力ではない、干渉させる力じゃ』

『どこが違うんですか?』

『そうか!なるほどね』

『小僧は気づいたか』

『え?え?』

『つまり、しのちゃんは俺に触れてるんじゃなくて、俺に触れていいよって許可を出してるだけなんだよ』

『そういうことじゃな』

『えっと…?』

『ってことは…しのちゃん』

『はい?』

『俺がオッサンに触れる想像をしてみて』

『??わかった』

『オッサン手貸して』

『こうか?』

『オケ、ノイズは出さないでね?』

『ああ』

『しのちゃんオケ?』

『うん』

『よし』

オッサンの手に触れてみる。

『さわれた!やっぱそうだ!』

『思った通りじゃな』

『すげぇよしのちゃん!』

『ん…よくわかんない…』

『恐らくそれはリンクの一環じゃ』

『リンクの!?しのちゃんもリンク使い?』

『その質問に答える前に、リンクについて話さねばの』

『もったいぶんなよロリババァ!?』

『水辺!貴様!』

オッサンのノイズ発動。
これマジ怒りだ。

『よい佐和田』

『はい』

オッサン萎縮。
このロリババァすげえな。

『リンクとは複合的な能力じゃ、レベル5以外は全てリンクと言っても過言ではなかろう』

『複合?』

『特定の人物へのフォローの拡大解釈、これは【スナイプ】、周囲の人間の無差別感知【サーチ】、意識の同調【シンクロ】これが今お主が使える能力じゃな?』

『ええ、そうです』

『これらはリンクのオマケじゃ、どれもレベル2程度の誰でも使える能力じゃ』

『オマケって…』

『リンクの本質は支配じゃ』

『支配?』

『例えば娘の力…そうじゃな、許可【パミット】とでも呼ぼうかの、その力は支配系と言えるのう』

『物理干渉そのものじゃなくて、物理干渉を支配する…だから物理干渉の上位でレベル4のリンクになるのか』

『そうじゃな、あらゆるタレントを支配できうる能力、それがリンクじゃ、しかし逆に形のない力とも言える』

『じゃ俺も物理干渉を使えるってこと?』

『そうとも限らん、タレントには向き不向きがあるからのぉ』

『そんなのあんのか』

『小僧の持ち味は集中【コンセントレイト】じゃろうな、レベル2じゃ』

『それが俺のレベル?』

『うむ、そしてレベルに関係なく自分に向いてない能力を使うのは難しい、演算能力が追い付かんからな、原理は理解できても実行はできんじゃろうて』

『確かに物理干渉は俺一人じゃ計算できないな』

『結局私はレベルいくつなんですか?』

『限りなく4に近い3じゃな』

『ゆいりくんと同じ能力は使えるんですか?』

『言うたじゃろ?向き不向きがあると、お主はコンセントレイトの適正が低い、小僧のような広範囲をカバーできる集中力はない』

『レベルは難易度が基準ってだけで、能力の優劣を表すわけじゃないのね』

『そういうことじゃな』

『要するにリンクって得意分野を伸ばす能力ってこと?』

『まぁ簡単に言えばそうじゃな、今はそう解釈して問題なかろう』

『今は?』

『いずれわかるわい』

『ふ〜ん…ところでバァさん、なんでそんなに俺達のこと知ってんの?』

『儂のもう一つの得意技、【オブザーブ】じゃよ』

『オブザーブ?』

『半径100キロ圏内の全てのセカンドを一方的にフォローできる』

『何それチートじゃん!』

『やっとることはお主と大差なかろう』

『ん…そうか…複合して拡大解釈すればいいだけか…』

『何か掴んだようじゃな』

『うん!サンキュばっちゃん!』

『さてそろそろ本題に入るかの』

『え?前置き長すぎね?』

『お主らがバカップルじゃなけりゃもちぃと話も早かったんじゃがの』

『ぐぬ…』

『娘、しばらく儂の元でバインドを学ばぬか?』

『へ?』

『小僧は佐和田とノイズの浄化をやってみんか?』

『オッサンと?』

『時間は悠久にあるんじゃ、少しだけ学びに回すのも悪くないぞ?』

『考えさせほしい』

『よく考えるがよい』

『ん、ありがとう環さん』

『学びたくなったらいつでも来い』

『うん、そうさせてもらう、行こうしのちゃん』

『うん、ありがとうございました環さん』

俺達は遺族会本部を後にした。

『いい人だったね環さん♪』

《どうかな…》

《トーク…?何か気になるの?》

《俺達に親切にする理由が思い浮かばないんだ》

《ただ親切なだけとか?》

《だといいけどね…なんか裏を感じる…》

《ゆいりくん…》

『ま、いいか♪』

いろいろと疑問は解けた。
それだけでも有意義だったと言える。

朝から出向いたのに、すっかり日が暮れていた。

『しのちゃん】

『行きたいとこあるんだけどいいかな?』

『うん?いいけど?』

『ありがと』

Life:2−4『ごめんなさい』

朝、目を覚ますと、朝食の香りが鼻を突く。
寝ぼけた頭を空腹感が支配する。
部屋を出て、階段を降り、トイレを済ます。
洗面台の前に立つと、その大きな鏡に寝ぼけた顔の自分が映る。
男の歯磨きなど雑なものだ。
駆け足で歯を磨き、顔を洗い、簡単に頭の寝癖を直す。

『おはよう唯里』

『んん』

母があくせくとみんなの朝食の支度をしている。
父はダイニングのテーブルで☕コーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

『お父さん!いつまで新聞読んでんの!?もうご飯できるよ!?』

『んん』

『ほんっとうちの男共は愛想がないこと!』

『んん』

父は適当に返事をしている。

俺があくびをしながらテーブルに着くと、けたたましい足音が背後の階段を駆け降りてくる。

『あぁぁぁぁ!母さんあたしのお気に入りのパンツどこ!?』

朝から下品な話をしながら姉がダイニングに入ってくる。

『タンスに入ってないの?』

『ない!唯里あんた盗んだ!?』

『盗まねぇよ…』

『洗濯にだしてんじゃないの?』

『そうだっけ?最悪ぅ…』

姉が乱暴に俺の隣に座る。

『はいご飯できたよ!お父さん!ごぉはぁん!』

『んん』

無感情に新聞を畳む父。
エプロンを外しながら父の隣の椅子に母が座る。

『はい!食べよ!』

『いただきます』

ご飯、目玉焼き、ウィンナー、サラダ、納豆、味噌汁…
ザ・朝食。

『唯里こないだのテストまだ返ってこないの?』

『まだ』

『点数悪かったからこっそり捨てたんじゃないの?』

姉がニヤニヤしている。

『マジでまだ返ってきてねぇだけだよ』

『どうだかね〜』

『うっせぇなぁ』

いつもの朝の光景。
一日の始まりとしてはあまりにも平凡なオープニング。

両親は大恋愛の末、駆け落ち同然に結婚をしたそうだ。

父、水辺 万里(ミナベ バンリ)45歳。
薄くなり始めた髪を気にする水辺建設二代目社長。

社長と言っても従業員4人アルバイト5人の小さな土建屋だ。
肩書きとは裏腹なしがないオッサンだ。

母、水辺 嘉恵(ミナベ ヨシエ)42歳。
専業主婦。
公務員一家の箱入り娘だったが、地元最大の暴走族のリーダーと大恋愛の末に結婚。

きっとこの二人の恋物語で小説が一冊書けるだろう。

姉、水辺 千里(ミナベ チサト)21歳。
大学生。
弟が言うのも忍びないが、容姿端麗、成績優秀なマドンナ系。

性格は至ってガサツ。
普通に屁をこくし鼻もほじる。

どこにでもある普通の家庭。
なんの事件もない平穏だけが取り柄の、ごくごく普通の自慢の家族だ。

『いってきます』

『唯里!傘忘れてる!』

『あぇ…いいよ別に…』

『いいから持っていきなさい!』

『へいへい』

『車に気をつけてね!』

『小学生か…』

玄関を出ると今にも雨が降り出しそうな曇り空。
傘を持たせた母の判断は正しい。

(今日は歩くか…)

いつもなら自転車で通学するところだが、雨に降られると厄介だ。
学校まではそう遠くはない。
歩いても遅刻するような時間でもない。

住宅街を抜け、国道沿いを歩く。
この時間は学生やサラリーマンが駅に向って慌ただしく行き来する。

(歩いて行ける学校を選んだ俺は勝ち組だな、高校なんて質より立地だ!)

商店街へと向かう角を曲がると、案の定降り出した。

(このくらいなら傘さすほどじゃないな…学校までもてばいいけど)

学校まであと数百メートル。
国道から繋がる大きな交差点にさしかかり、今にも落ちてきそうなほどに重い灰色の空を見上げた。

(今日もいつも通りの日常が始まる)

いつも通り…そう、一つだけ…

俺が死んでしまうこと以外は…


⇨⇨⇨


『ここが俺の事故現場』

『ここ…私もよく通ってた』

『そりゃご近所さんだからね』

『あ…お花…』

歩行者用信号機の足元に真新しい花が手向けられている。

(母さん…かな?)

詩乃が花に向かって手を合わせている。

『しのちゃん…それ、俺への花なんですけど?』

『うん…』

『まぁ…ありがと♪』

事故の記憶はない。
気がつくと俺は自分の亡骸を見下ろしていた。

あの時、俺は赤信号で立ち止まっていた。
信号が青になった記憶はない。

(赤のまま?歩道に車が突っ込んできたのか?それとも記憶にないだけで青になった?俺が赤のままフラフラ交差点に入ったとか?)

『しのちゃん、答えたくなかったら答えなくていいんだけどさ』

『うん?』

『しのちゃんは…その…自分が死んだ時の記憶って…ある?』

『…ある』

『そっか…ごめんね変なこと聞いて』

『大丈夫、もう思い出してもノイズは出ないから』

『そっか…しのちゃんは前に進んでるんだね』

『ゆいりくんのおかげ…だよ?』

『だといいけど』

俺のセカンドライフはここから始まった。
ここで純流さんと出会ったあの日から。
だけど俺の時間はまだあの日のまま止まっている。

(未練…なのかな…)

未練は俺を縛り、やがてゼロに…

(大丈夫、俺にはしのちゃんがいる)
『帰ろうかしのちゃん』

『聞かないの?』

『ん?』

『私が死んだ時のこと…』

『辛いでしょ?話したくなった時でいいよ』

『今だよ…』

『うん?』

『今、話したい』

『そっか、じゃ聞く』

『直接話すのは辛いから…リンクして…』

『わかった』

詩乃とのリンクの時、いつも立ち入れない場所がある。
きっとそこが”その記憶“なのだろう。
意識が同調してても立ち入れないということは、詩乃自身がその記憶に蓋をしているのだろう。

(立ち入っていいのかな…なんか罪悪感)


⇨⇨⇨


意識が詩乃の中に溶けていく。



ヤバい
門限過ぎてる
早く帰らないと

カラオケ
盛り上がりすぎて
時間忘れてた

お父さんうるさいからな

駅から商店街
商店街を抜けて公園

公園は暗い
怖い
でも近道

街灯切れてる
ただでさえ暗いのに

夜の公園は誰もいない
怖い

!!!
背中が!!
熱い!!

違う!
痛い!

刃物を持った男
知ってる
そうか
殺されるんだ

脇腹が熱い!
濡れる
生ぬるい

男が覆い被さってくる
痛い!
怖い!
助けて!
お父さん!
お母さん!
助けて!
水辺君!

俺?
どうして俺?

そうか
小学生の頃
野良犬に付き纏われて
怖くて

助けたんだ
俺が

あの時から
しのちゃんは俺のこと
好きだったんだね
知らなかった

痛い!!
右腕
刺された?

痛い!
左腕も?

抵抗できない

制服
ビリビリ破かれる

お父さんと
お母さんが
せっかく買ってくれたのに

痛い!!

男が入ってくる!

痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!
助けて!

誰か助けて

助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて…

お腹痛い
首も痛い

背中

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

あれ?
痛くない

真っ暗

ここどこ?

暗い

寒い

怖い

どこなの?

誰か

誰かいないの?

…の…

…の…

しの…

詩乃!

お母さん!

お母さんの声だ!

お母さん!
ここだよ!
私ここだよ!
ここにいるよ!
お母さん!

しのぉぉぉぉぉぉ!!!

お父さん!
お父さん!
私ここだよ!
助けてお父さん!



また暗い



お葬式


死んだんだ


お母さん
お父さん

水辺君

もう

会えないの?



暗い


怖いよ


誰か

いないの?



こんにちは♪

誰?

優しそうな人

知ってる
俺この人知ってる

純流さん

しのちゃんも
純流さんと知り合い?

…僕達はセカンド…
…フォローって言ってね…
…見る意思を持って見れば…

いろいろ教えてくれる

そう

純流さんは優しい

しのちゃんの心

あったかい

うん
わかるよ

俺も純流さん好きだもん

わかるよ

安らぐ



ダメじゃないか

純流さん?
何がダメなの?

君は僕の餌だ
餌が安らいじゃいけない

餌?
純流さん何を

忘れちゃいけないよ?
君は殺されたんだ

汚い欲望に蹂躙され
虫ケラのように殺された
忘れちゃいけない

君は汚されたんだ
醜く
哀れで
汚い虫だ

純流さん?

やめろ

やめろ!

しのちゃんは汚くなんかない!

やめろ純流!

餌は餌らしくノイズを育ててればいい
そして大人しく僕に喰われろ

すみるぅぅぅぅ!!



私は汚い虫

違う!

汚い餌

違う!

私は

違う!

違う違う違う違う違う!!!

しのちゃんは汚くなんかない!
餌なんかじゃない!

俺の…

俺の大事な…



彼かい?

はい
彼が水辺君
私の大切な…


呼べばいい

え?

彼にもセカンドになってもらえばいい

水辺君も?
できるの?

できるさ
そうすればずっと一緒にいられる

ずっと?
一緒に?

そう
ずっと一緒だよ

どうすればいいの?

簡単だよ

今なら
ちょっと背中を押すだけだ
それだけで彼はセカンドだ

背中を
押すだけ?

そう
君のノイズはファーストにも干渉できる

さぁ
軽く押してあげればいい
できるね?

はい
水辺君
一緒にいようね



え?


しのちゃんに殺された?


⇨⇨⇨


リンクが共生的に解除される。

!!
『しのちゃん!!今のって…』

『本当のことだよ…』

『はぁ!?じゃお前が俺を殺したってのか!?』

『…ごめんなさい』

『謝って済むことかよ!?』

『ごめんなさい…』

『何してくれてんだよおめぇはよぉ!!』

『一緒に…』

『っざけんな人殺し!』

『!?』

『消えろ…』

『ゆいりく…』

『馴れ馴れしく呼ぶな!消えろ!』

『………ごめんなさい』

そう言い残し、詩乃は消えた。
気配は感じない。
どこか遠くへ行ったようだ。

『クソ…クソッ!クソッ!!クソッ!!』

詩乃はホルダーだった。
あんな凄惨な殺され方をしたんだ、恨みが深くて当然。
ホルダーになったのも頷ける。
ホルダーだったから、正常ではなかったはずだ。
詩乃が悪いわけではない。
わかっている、悪いのは、詩乃を誑かしたアイツ…

純流だ。

頭では理解していた。
理解していたが、整理ができなかった。
詩乃を拒絶してしまった。
傷つけてしまった。

(しのちゃん…)

罪悪感と喪失感の中、微かに…



俺の中に…


黒い霧が生まれた…

第三生 それぞれ

皆さんこんにちは…

しのちゃんがいなくなって
今日で3日目…

いろいろなことがありすぎて…
まだ気持ちの整理ができてません…

Life:3−1『唯里の苦悩』

(純流…が仕組んだんだよな…なんのために?しのちゃんを喰うため?ってことはあいつもホルダー?)

この3日間ずっとそのことを考えてる。
狙いは俺なのか、しのちゃんなのか…
答えは出ない…

(環さんのオブザーブで純流かしのちゃんを見つけてもらうか…)

遺族会を完全に信用することはできない。
気は乗らないが他に手はない。
俺は渋々遺族会本部へとムーブした。

奥の部屋の扉の前。

『環さんいますかぁ?水辺ですぅ』

『水辺か!助かった!入れ!入れ!』

(あれ?男の声?)

部屋の中には佐和田がいた。
本来なら環が鎮座しているはずの椅子に腰掛けて。

『佐和田さん何してんすか?』

『飾りだ…』

『飾り?』

『気にするな…環さんなら3日前から不在だ』

『どこに?』

『さぁな…いつ戻るかもわからん』

『そっかぁ、困ったなぁ』

『伝言なら伝えるが?』

『んじゃぁ戻ってきたら連絡くれって言っといてください』

『わかった、伝えておこう』

『んじゃまた来ます』

そう言って踵を返すと…

『こんにちは水辺様』

『うおう!』

背後に見知らぬ女性が立っていた。
見た目は20代後半くらいだろうか、切れ長の目にどこか冷たさすら感じる。

髪を後ろで束ね、スーツを着込んだ気品のある出で立ち。
見るからに秘書と言った雰囲気だが…

(サーチにも引っかからなかった…いつからいたんだろう…)

『どうなさいました?』

『すみません、つい驚いてしまって…』

『気にすんなってばよ』

『へ?てばよ?』

『あ〜水辺、彼女のことは気にしないでくれ、うちの忍びだ…』

『はぁ…じゃぁまた…』
(忍び?)

『み…水辺!』

『はい?』

『行くのか?俺を残して…』

『すんません、佐和田さんほど暇じゃないんで』
(暇だけど)

本部を出て、辺りを宛もなく漂っていると、いつぞや俺達を遺族会に売り渡したオッサンを発見した。
確か…田井中 成法。

(あのやろう!)

俺はオッサンに近づき声をかけた。

『オッサン!いつぞやは世話になったなぁ!』

『ん?誰だお前?』

(コイツ!)
『あんたのタレコミのせいで苦労したいたいけな少年だよ!』

『あ〜、ホルダーとデートしてた変人か!』

『覚えててくれて嬉しいぜオッサン!』

『あぁ待て待て、今日は息子と待ち合わせなんだ、揉め事はかんべんしてくれよ』

『人のデートぶち壊しといて何勝手なこといってやがる!』

『わかったわかった、俺が悪かった、この通りだ!今日はかんべんしてくれ!』

『はぁ…まぁいいけど…』

『すまんな』

『あんたの息子さんもセカンドなのか?』

『いや、ファーストだ』

『ファースト!?と待ち合わせ!?』

『あぁ、うちは代々名のある霊能者一族でな、俺もこう見えて生前は坊主よ』

『おいおいこんなのが坊さんやってていいのか…』

『失礼なガキだな』

『んで?息子さんも霊能者であんたのことが見えるってわけか?』

『ご明察、てっわけだからまた今度にしてくれ』

『ふ〜ん、まぁ別にどうでもいいや』

オッサンと別れ再び宛もなく漂う。

(さてどうしたもんか…)


⇨⇨⇨


特に理由はないが、久しぶりに実家に戻ってきた。

俺の部屋は片付けられることもなく、俺が生きてた頃と何も変わらない。

(ん〜、せめてパソコンには触りたいなぁ…見られたくないデータとかあるし…)

カチャ…

突然部屋のドアが開き、姉が入ってきた。

(姉ちゃん?俺の部屋で何を?)

姉は俺の机に腰掛け、パソコンの電源を入れた。

我が家にはパソコンは俺の部屋にしかない。
俺以外の家族は電化製品に疎い。
テレビの配線等ももっぱら俺の仕事だった。

(姉ちゃん?一人でパソコンいじれるのか?壊すなよ?つか変なとこ開くなよ?俺の大事なコレクションとか…)

見られてしまうと人間性を疑われそうなコレクションの心配をしていると、姉は慣れた様子でネットを始めた。

(調べものか?)

背後からディスプレイを覗き込む。
そこに映し出されていたのは…

(なになに…死後の世界について教えます…?嘘くさっ!)

…人は死後、新たな人生を歩み出します。

…そこでは、今生きている人間をファースト、死者をセカンドと呼び分けています。

(これって…)

…目に見えないだけで、セカンドはそこら中に存在しています。

…だから悲しまないで、あなたの愛する人は今もセカンドとなってあなたの傍に存在しているのです。

「そうなの?唯里…」

大粒の涙を流しながら、姉が小声で呟いた。

(姉ちゃん…)

俺自身、セカンドライフを送れていて、こうして家族にも一方的にではあるが会えているため実感が希薄だったが、やはり俺は死んでいて、遺された人達は深い悲しみを抱えていた。

(喧嘩ばっかしてたけど…やっぱ姉弟なんだな俺達…)

「唯里…そっちで楽しくやってる?お姉ちゃんね、失恋しちゃったよ…」

(俺も…失恋…かな?)

「浮気されてたの…と言うかあたしが浮気相手だったの…」

(あちゃぁ…)

「ただでさえ唯里が死んじゃって辛いのに…その上失恋って…不幸は重なるもんだね…」

(その不幸の一つである俺が言うのもなんだけど…元気出せよ…)

「セカンドか…お姉ちゃんも死んだらセカンドになれるのかな…」

(え?姉ちゃん?)

「死にたいなぁ…」

『は?ダメだって!』

「お母さん…悲しむよね…」

『うんうん!悲しむよ!』
(父さんもね!)

「でもね…辛いよ…」

『大丈夫だって!姉ちゃんならまたすぐ新しい彼氏できるって!』

姉が俺の机の引き出しを物色し始める。

『姉ちゃん?何してんの?エロ本なんて隠してないよ?』

姉は引き出しの中からカッターナイフを取り出した。

『おいおいおいおい!』

チキチキチキチキ…
カッターの刃を伸ばす。

『待て待て待て待てって!』

「お母さんごめんね…」

『ヤバいヤバいヤバいヤバい!!』

姉が手首に刃を当てる。

『やめろってこのバカ姉ぇぇぇぇぇっ!』

バシッ!
乾いた音を立てパソコンのディスプレイが割れる。

「ひゃぁ!」

『なんだ!?』

姉は驚き、カッターナイフを床に落とした。

「ゆい…り?唯里なの!?」

『お…俺?俺なの!?』

「そんなわけないよね…」

『んなわけねぇよな…』

「あ〜あ、死に損ねちゃったぁ…」

『あ〜あ…ディスプレイが…』

姉は深くため息をつき、部屋を出て行った。
俺は割れたディスプレイを眺めながら呆然としていた。

(偶然?にしちゃ出来すぎてないか?自然に割れるもんでもねぇしなぁ…)

答えの見つからぬまま、割れたディスプレイを見つめ続けた。

Life:3−2『佐和田の受難』

『佐和田です』

『入れ』

『お呼びですか、環さん』

『しばらく留守にする、儂の代理としてここに座っておれ』

『…は?』

『不服かえ?』

『いえ…いや、なぜ俺が?』

『誰かがここに座っておらねば格好がつくまい?』

『格好?』

『うむ、飾りじゃ』

『は?』

『安心せぇ、助手もつけてやる』

『いや…は?助手?』

『梅澤』

『はい』

『うぉっ!いつの間に背後に!?』

『最初からでござるよ』

『最初?あ、いや…ござる?』

『梅澤 花子(ウメザワ ハナコ)、儂の忠実な忍びじゃ』

『し…忍び!?』

『花子、儂の留守中、何があっても佐和田をここから出すな』

『御意』

『え?は?』

『では頼んだぞ佐和田』

『ちょ…環さん!?』

『…』

『…』

『行ってしまわれた…』

『…』

『…あ〜…梅澤さん?だったかな?』

『なんでしょう佐和田様』

『冗談…だよな?』

『冗談であろうと環様の命令は絶対です』

『いやしかし俺がここに座る意味はないだろう?』

『意味がなかろうと環様の命令は絶対です、お腰掛け下さい』

『だが…』

『四の五の言わずにお腰掛けやがれ下さい…ニンニン』

『え…なんか言葉が…と言うか今ニンニンって言わなかった!?』

『言ってません』

『そ…そうか…しょうがない…座るか…』

『…』

『…』

『…』

『…環さんはどこへ?』

『存じ上げません』

『…そ…そうか』

『…』

『…』

『…』

『…あ〜っと…その…』

『…』

『…』

『…』

『…そうだ!忍びと言うのはどういう意味なのかな?』

『忍者です、そんなことも知らないのですか?』

『忍者ぐらい知ってるとも…』

『ご存知ならわざわざ聞かないで下さい』

『えっと…すまない…』

『…』

『…』

『…』

『…』

『…やはり俺がここにいる意味はないよな?』

『同じ事を何度も言わせないで下さい…ニントモカントモ』

『今ニントモカントモって言ったよね!?』

『気のせいです』

『ウソん!?』


⇨⇨⇨


『今日で3日目かぁ…』

『…』

『…』

『…』

『無視!?』

『この2日間同じ事ばかり仰られてるので少々飽きました』

『な!…あ〜…すまん…

『お気になさらずけんいちうじ』

『けんいちうじ!?誰!?』

『…』

『…』

『…』

『環さんいますかぁ?水辺ですぅ』

『水辺か!助かった!入れ!入れ!』

『佐和田さん何してんすか?』

『飾りだ…』

『飾り?』

『気にするな…環さんなら3日前から不在だ』

『どこに?』

『さぁな…いつ戻るかもわからん』

『そっかぁ、困ったなぁ』

『伝言なら伝えるが?』

『んじゃぁ戻ってきたら連絡くれって言っといてください』

『わかった、伝えておこう』

『んじゃまた来ます…』

『こんにちは水辺様』

『うおう!』

『どうなさいました?』

『すみません、つい驚いてしまって…』

『気にすんなってばよ』

『へ?てばよ?』

『あ〜水辺、彼女のことは気にしないでくれ、うちの忍びだ…』

『はぁ…じゃぁまた…』

『み…水辺!』

『はい?』

『行くのか?俺を残して…』

『すんません、佐和田さんほど暇じゃないんで』

『…』

『…』

『行ってしまったか…』

『…』

『しかし環さんは本当にどこに行かれたんだ…』

『まんげきょうしゃりんが…もとい、存じ上げません』

『ええ!?有り得なくないか!?今の言い間違いは有り得なくないか!?』

『噛みました』

『…深く聞くのはやめておくよ…』

『…』

『…』

『…』

『はぁ…』

『…』

『…環さん…早く帰ってきてください…』

Life:3−3『詩乃の修行』

『消えろ…』

『ゆいりく…』

『馴れ馴れしく呼ぶな!消えろ!』

『………ごめんなさい』

私はその場から逃げ出しました。
私はゆいりくんを傷つけてしまいました。
私はゆいりくんに嫌われてしまいました。

自分が嫌い。
ゆいりくんの言う通り、消えてしまえばいいのに…
でもセカンドだから死ねません。
どうすれば消えられるのかな?

(ここ…どこだろう?)

無我夢中で飛んでいたので、いつの間にか知らない場所にいました。

(このまま誰も知らない場所に行けたらいいのに…)

『Hey!』

『ん?』

『東洋人のセカンドなんて珍しいな!旅行かい?なんてな!Hahaha!』

外国人さんのセカンドみたいです。

『あ!あの!その!あいきゃんのっとすぴぃくいんぐりっしゅ!』

『何言ってんだ?セカンドに言葉の違いなんてないたろう!?』

『え?あ、ほんとだ、言葉通じてる…』

『ロンドンは初めてかい?』

『ろ…ロンドン!?』

『どこかも分からず飛んでたのかい!?おかしなお嬢さんだ!Hahaha』

『はわわ…日本はどっちですか…?』

『んん?お嬢さんムーブくらいは使えるだろう?方角なんて知らなくても帰れるだろう!?』

『あ…そっか!ありがとうございます!』

私は慌ててムーブしました。
このくだり必要だったのかな?

気がつくと遺族会本部に来ていました。

『何用じゃ小娘』

『あ…環さん…』

『バインドを学ぶ気になったか?』

『いえ…えっと…』

『なんじゃ?』

『そうだ…環さん、セカンドは…どうやれば死ねますか…?』

『何をまた唐突に…』

『えっと…その…』

『訳有り…か?』

『…はい』

『聞いても良いか?』

『えっと…どこから話せばいいのかな…』

『ゆっくりで良い、時間はたっぷりあるからの』

私は環さんに話しました。
ゆいりくんを傷つけてしまったこと、ゆいりくんに嫌われてしまったこと、ゆっくりと、話しました。


⇨⇨⇨


『なるほどのぉ、それは嫌われてもおかしくないのぉ』

『そう…ですよね…』

『しっかし、あの小童も器の小さいことよ』

『器って…』

『まぁよい、行く宛がないならちぃと儂に付き合わんか?』

『付き合う…?どこへ?』

『修行じゃ修行』

『修行!?』

『お主には儂のバインドを継いでもらう』

『でも…』

『ではどこか行く宛でも?』

『ないです…』

『決まりじゃな』

『はぁ…』

『儂は準備がある、先に外で待っておれ』

『はい』

私は外に出ようとしました。
すると、私の背後に女の人が立っていました。

『うひゃぁ!』

『どうなさいました?』

『ごめんなさい!びっくりしちゃって…』

『ふふふ…可愛いのね、あなた』

『え!?あ…ありがとうございます…』

『…ニンニン』

『にんじん?』

『あなたは苦手です』

『え…えぇぇ…ごめんなさい…』

『それくらいにしておけ花子』

『御意』

『詩乃も早う行け』

『は…はい』

私は外に出ました。
誰かが中にムーブしてきたようで、男の人の声が聞こえました。

『待たせたの』

『あ…いえ、大丈夫です』

『では行くか』

『えっと、どこへ行くんですか?』

『バインド』

『え…ひゃ!動けない…』

『ムーブ』

『!?』

気がつくと見知らぬ森の中にいました。

『え?え?どうして?』

『バインドで連結したまま強制的にムーブで引っ張ったのじゃ』

『そんなことできるんですか…』

『想像できる事は大概出来るもんじゃ』

『想像…ですか…』

ゆいりくんと仲直り…もできるのかな…
それとも…死ねるのかな…


⇨⇨⇨


『さて、お主は物理干渉系の能力者じゃが…物理干渉がどういうものなのかは理解しておるか?』

『えっと…触ったり触られたり?』

『まぁそうじゃな、ではどこまで干渉できる?』

『どこまで?』

『言い方を変えよう、何に干渉できる?』

『えっと…ゆいりくんにしか干渉したことないです…』

『やれやれ…良いか、我らの物理干渉とは、正確には物理的なものではない』

『んん?』

『物理干渉と言いなから、物質には干渉できん』

『んんん??』

『要は相手がセカンドでなければ効果がないと言う事じゃ、セカンドに対してまるで物理的に干渉しておるかのように見える…それが我らの力じゃな』

『なんとなく理解できました…』

『本来”触る“というのは難しいことじゃ』

『触るのが難しい?』

『視覚からの情報、色や形、それに触覚からの情報、重さや質感、それらの情報を脳が総合的に処理して初めて触ったと解る』

『そんなに難しかったかな…』

『生きておる者には簡単なことじゃよ、なんの意識もなく触れる、しかし我々には実体も脳もない、おかげで”触る“ということがどういうことなのかを忘れておる』

『はぁ…』

『この感覚を取り戻すのは生半可な事では無い』

『私そんなに意識してない…』

『お主の場合はホルダーとしてノイズ越しに”触る感覚“を無意識に学んだのじゃろ』

『じゃぁ元ホルダーの人はみんな物理干渉が使えるんですね』

『残念ながらホルダーを克服できた者などおらん、お主以外にはな』

『え?』

『小僧の能力とお主の能力、両方が揃って初めて出来る奇跡じゃな』

『そうだったんだ…』

『そんな奇跡の産物たるお主だからこそ、儂の力を託したいと思ってな』

『託すだなんて…なんだかお別れみたいな言い方ですね…』

『…そうじゃな、すまんすまん』

この時の環さん、凄く淋しそうな表情でした。


⇨⇨⇨


環さんとの修行2日目。
修行と言うより授業です。

『聞いとるのか詩乃?』

『え…あ…すみません…聞いてませんでした…』

『やれやれ…休憩とするかの』

『ごめんなさい…』

こうして二人きりで話してみると、改めて環さんの凄さが分かります。
頭が良くて…物知りで…
きっと、800年という時間は私なんかが想像もできないくらい色々な経験の積み重ねなんだと思います。

800年かぁ…

あれ?

『環さん環さん』

『ん?』

『環さんはご家族はいないんですか?800年前の』

『ふむ、知らんのか?600年前にセカンドは一度滅んでおる』

『え…ええ!?』

『ファーストも巻き込んだ大きな戦があってな、殆どのセカンドが消滅しおった…儂は運良く生き残った一人というわけよ』

『私知らなくて…ごめんなさい……』

『お主に限らず今のセカンドは皆知らぬよ、気に病むな』

『あ…環さんはその時にホルダーになっちゃったんてすね?』

『何を言うておる?儂はホルダーなどてはないぞ?』

『ええ?でも遺族会って確か…』

『うむ、ある殺人鬼に愛する者を奪われ、ホルダーとなった者の集まりじゃ』

『なのにリーダーさんはホルダーじゃないんですねぇ』

『大人の事情じゃよ』

『ふむぅ…』

なんだろう…
環さん凄く淋しそう…
私…余計な事聞いちゃったかな…

『その殺人鬼って人…どんな人なんですか?』

『忌々しい奴よ…世界最初のホルダーにして、600年前の戦を起こした張本人じゃ』

『そんな怖い人が私達の街にいるんですか!?』

『さぁのぉ…ここ400年程は儂のオブザーブでも所在が掴めぬわ』

『もう死んじゃった…とか?』

『それはない、ヤツは確実に生きておる…恐らく儂のオブザーブに引っ掛からぬカラクリでも見つけたんじゃろ』

『怖いですね…』

『なぁに、狙われるのはホルダーだけじゃ、克服したお前さんには関係ない話よ』

『あれ?最初のホルダーってことは…600年前までホルダーはいなかったんですか?』

『正確には800年前じゃな、800年前にヤツは産まれた…いや、作られたと言うべきか』

『作られた!?ロボットか何かなんですか?』

『式神じゃよ』

『しきがみ?』

『まぁ妖怪みたいなもんじゃ、800年前、ある陰陽師が戦で命を落とした童の魂で2匹の兄妹式神を作った…』

『兄妹?』

『うむ、鬼を封じる妹と、鬼を喰らう兄、2匹は陰陽師と供に民草を苦しめる鬼を駆逐しておった』

『なんだか御伽話みたいですね』

『そうじゃな、今となっては御伽話じゃな』

まただ…
また環さん淋しそうな顔してる…

Life:3−4『環の追憶』

ちちさま
ちちさま
わしらはちちさまのなんじゃ?
なんじゃ?

貴様らは儂の大切な子

こどもー
こどもー

ちちさま
きょうもおにくうか?
きょうもおにふうじるか?

うむ
民を苦しめる鬼はまだまだおるからの

よーし
くうぞぉ
ふうじるぞぉ

ははは
期待しておるぞ

まかせろー
まかせろー



ちちさま
ちちさま
このおなごはだれじゃ
だれじゃ?

この者は儂の妻じゃ

つまー
つまー
わしらのははさまか?
ははさまか?

そうじゃな
そうなるな

ははさまー
ははさまー




ちちさま
ちちさま
このさるはなんじゃ?
なんじゃ?

これこれ
猿ではないぞ?
儂の倅じゃ

せがれー
せがれー
わしらのおとうとか?
おとうとか?

そうじゃな
そうなるな

おとうとー
おとうとー




ちちさま
ちちさま
わしらはちちさまのなんじゃ?
なんじゃ?

うぅむ
いつまでも儂の子と言う訳にはいかんの
倅も出来た事じゃし

え?
え?

そうじゃなぁ
貴様らは儂のとも…

ちちさまはもうちちさまじゃないのか?

待て待て
そうではない

じゃぁ


なんなんだぁぁぁぁ!


あにさま!



ちちさまでなければ
くろうてやるわぁぁぁぁ!


あにさま!
ちちさま!




ちちさま
ちちさま
ちちさま
ちちさま



兄を恨むでないぞ
奴は鬼を喰い過ぎただけ
そう作った儂の責任じゃ
奴に罪はない

ちちさま
ちちさま
ちちさま
ちちさま


儂の残った半分
貴様が喰らえ
儂の力を得て
兄を止めよ

くえぬ
わしはちちさまをくえぬ


喰うんだ!
最早貴様にしか奴は止められん!
喰らえ!



ちちさま
ちちさま
ちちさま
ちちさま



おいしい


⇨⇨⇨


『そうして陰陽師の力を得た兄と、陰陽師の知恵を得た妹は、殺し合いを始めた』

『悲しいお話ですね…』

『…100年続いた殺し合いも、妹の勝利で幕を降ろしかけた…しかし兄は己の力、ノイズを世に放った』

『ノイズを?』

『100年かけてホルダーを増やし、やがてセカンドはノイズに喰われ尽くした』

『妹さんはホルダーじゃなかったんですか?』

『うむ、妹は鬼を喰うておらなんだからな』

『そっかぁ、ノイズの元凶は鬼なんですねぇ』

『うむ、当時はノイズに対抗する術はなく、やがてノイズはファーストをも襲い出した』

『ノイズがファースト?』

『あぁ、そこで妹はファーストに呼びかけ、軍勢を率いて兄を今一歩まで追い詰めた』

『ても逃げられた?』

『腐っても兄、土壇場でためらいが生じたのじゃろうて』

『そっかぁ』

『そして今に至る』

『妹さんは今はどこに?』

『さぁのぉ…』

『800年続く兄妹喧嘩かぁ…』

(そろそろ終わらせねばのぅ…あにさまや)

第四生 縁(えにし)

皆さんこんにちは。

環のバァさんが戻るまで、とりあえず暇を持て余した俺は、中央橋に来ています。

何しにって?
ちょっと気になることがありましてね。

Life:4−1『Bustling』

『オッサ〜ン!田井中のオッサ〜ン!!』

『なんだお前か、なんか甩か?』

『オッサンの息子さん紹介してくんない?』

『息子を?なんで?』

『ちょっと気になることがあってさ、息子さんの力借りたいんだ』

『気になることだぁ?危ねぇことじゃねぇだろうな?』

『いやぜんぜん』

『言っとくが俺の息子はまだあどけない中学生だ、ちっとでも危ねぇ要素があんならお断りだぞ?』

『大丈夫だって、ある人に俺の言葉を伝えてほしいだけだよ』

『ある人?まさかファーストか?』

『うん、家族にね』

『ん〜…死者と生者がコンタクトとってもロクなことにはならんぞ?下手をすればご遺族を傷つけることになりかねんしな』

『傷つける?なんで?』

『世の中の大半は霊だのなんだのは信じてねぇからな』

『あぁ、そっか』

『確実にお前の言葉だと信じさせる材料があるならともかく、だな』

『ん〜、ま、なんとかなるさ、とりあえず紹介するだけしてよ、個人的に話してみたいってのもあるし』

『だったら明日にでもまた来な、一応息子にも聞いてみんとな』

『そだね、じゃぁ頼むよオッサン』

俺はオッサンと別れ、隣町の本屋裏へと移動した。

(あったあった、まだ残ってるな、しのちゃんのノイズ)

そこには詩乃から切り離された黒い靄が不気味に漂っていた。

(これこのままってのもヤバいよなぁ…どうすっかなぁ…)

『兄ちゃん!ソレに近寄ったらアカンで!』

『ん?』

『ほらほら離れぇ!飲まれんで!』

『えっと…どちら様?』

俺と同年代か少し年上くらいか?
それくらいの“見た目”の今時の若者風。
背は俺より低いが態度はデカい。

『自警団や自警団』

『自警団?』

『なんや知らんのか?兄ちゃん他所モンか?』

『はぁまぁ他所モンですね』

『ほぉか、まぁアレや、警察みたいなもんやな』

『遺族会みたいなもんかな?』

『あんな野蛮な連中と一緒にすな、俺らは平和主義やで?』

『野蛮…確かに…』

佐和田さんの顔が真っ先に浮かんだ。

『これな、なんか知らんけどちょっと前からここに浮いとんねん、誰やノイズなんぞ捨ててったアホは…仔猫ちゃうぞってなぁ?』

『あ〜…ハハハ…誰でしょうねぇ…』
(俺です)

『ほんま迷惑な話やで』

『これ、このまま置いとくんですか?』

『せやなぁ、除霊しようにも本体のホルダーがおらへんからなぁ』

『本体?ノイズだけを除霊することはできないんですか?』

『せやで、除霊っちゅうんはノイズやのうてホルダーの方を祓うもんやからな』

『そうだったのか…』

『ちゅうわけで放置!せいぜいこうやって人が近づかんように見張っとくくらいしかできひんわ』

『なんか申し訳ないっす…』

『なにがやねん』

『いや…ほら…えっと…うっかり近づいちゃったから?』

『あ〜、ま、無事で何より、やな』

ノリは軽いが、悪い人間ではなさそうだ。

『にしても謎やな』

『何がです?』

『野良ノイズなんぞ聞いたことないやろ?捨てノイズもな』

『そうなんですか?』

『ノイズはセカンドの中から生まれるもんやし、ノイズを宿したホルダーは絶対に助からんからなぁ』

『絶対…に?』

『せやで、生まれた時点でアウト、どんなに小さくても全身を侵食されとるからな』

『怖いっすねぇ』

『怖いでぇ、波風立たんように気楽に生きなアカンで?』

『ハハ…そうですね…』

『兄ちゃん名前は?』

『水辺です、水辺 唯里』

『唯里ね、俺は平泉 虎彦(ヒライズミ トラヒコ)、よろしゅう♪』

『よろしくお願いします』

『呼び捨てタメ口でええよ』

『はぁ』

『ところで唯里、自分今ヒマ?』

『まぁ暇と言えば暇かな?』

『ほんなら手伝ってくれへん?』

『何を?』

『この退屈な見張り任務を…』

『あぁ、寂しいのか』

『見も蓋もない…』

『まぁ少しくらいなら話し相手になるよ』

『マジか!助かるわぁ!』

結局夜の交代時間まで付き合わされた…


⇨⇨⇨


『ふ〜ん、最近死んだばっかなんやな』

『まぁね、虎彦は?』

見張り任務とやらが終わった後も俺達は行動を共にしていた。

『俺もまだ3年くらいやなぁ』

『3年かぁ、どうなんだろ、この世界ではまだまだヒヨッコなのかな?』

『ペーペーやで、何百年とかゴロゴロおるしな』

『俺の知り合いにも一人800年ってのがいるわ』

『800?ほぉ~、600年以上はほとんどおらんて聞いたけどな』

『600?なんか意味あんの?セカンドの寿命とか?』

『さぁ?なんか知らんけど600年より前はほとんどおらんらしいわ』

『ふ〜ん、なんだろうな』

『なぁ唯里、フォローしようや』

『あぁ、いいけど』

『よしゃ、改めてよろしくな、ソウルメイトよ♪』

(ソウル…メイトか…そう言えば生前の友達には会いに行ってないな…元気にしてっかな)

『さてと、そろそろ事務所行かなアカンし、またな唯里』

『おぉ、またな虎彦』

虎彦と別れ、俺は生前の友達の様子を見に行くことにした。
特に意味はない、ただなんとなく気になっただけだ。

俺の生前の友達、通称まっちゃん。
いわゆるオタクだ。
知識の九割をネットからの情報に依存している重症者だ。
根は悪いやつではないんだが、メタボな外見と合わせて女子にはすこぶる評判が悪い。

(お、やっぱりまだ起きてた…って、相変わらずネット漬けか…)

まっちゃんは部屋の電気も点けずパソコンと向い合い、残像が残るほどの速度でキーボードを叩いている。

(ゲームでもしてんのか?)

まっちゃんの背後から画面を覗いてみる。
どうやらチャットをしているようだ。

(どれどれ)

…死後の世界とかねぇしwww

…そう思ってるお前は負け組www

…セカンドって実在するらしいよ?

…ソースは?

…友達の友達が見たって

…都市伝説wwww

…セカンドに会わせてくれるヤツがいるらしいぞ?

…どこに?

…なんかそんなサイトあったなw

…どこどこ?

(これは…)

姉が見ていたサイト…
どうやらセカンドの存在はネット世界では割と知られているらしい。
発信源はこのサイトだろうか。

書いてあることに間違いはない。
恐らく本当にセカンドの事を知っている人物が書いてるんだろう。

実際に俺達が見えているファーストは存在する。
こんなサイトがあってもなんら不思議ではない。

(あ…アダルトサイトに飛んだ…まっちゃん…)

プライベートな時間を邪魔するわけにはいかない。
俺はまっちゃんの部屋を後にした。


⇨⇨⇨


翌日、俺は再び中央橋の田井中を訪ねた。

『ちっす田井中さん』

『よう』

『息子さんどうでした?』

『構わねぇとさ』

『おぉ、で?どうやって会えば?』

『この先のショッピングモールの裏手にうちの寺がある、行ってみな』

『わかった、あんがとね』

俺はオッサンに聞いた通り、まずはショッピングモールを目指した。

(おぉ、こうやってゆっくり見るとこの辺けっこう栄えてんなぁ)

程なく行くとショッピングモールが見えてきた。
平日の午前中だというのに賑やかだ。

ショッピングモールを抜けて裏手に回ると、それなりに立派な寺があった。

(ここだな)

「おう幽霊!」

(ん?あれはいつぞやのヤンキー霊能者)

「寺になんの用だ?成仏したくなったか?」

下品な笑い声が辺りに響く。

『いや、この寺の息子さんに会いに来ただけだよ』

「あぁ、パパが言ってたのはおめぇか」

『パパ!?』

「おう、俺は田井中 良法(タイナカ リョウホウ)、田井中家自慢の一人息子だ!」

『いや待て!息子は中学生って聞いたぞ!?』

「おう、中防だぜ?」

『いやいやいやいや…どう見たって俺より年上じゃないか…』

「大人っぽいとはよく言われるな」

自慢気に高笑いをしている。

(たぶん褒められてねぇぞそれ…)

「んで?俺になんの用だ幽霊」

『あ…あぁ…いや…やめとくわ』

「ああ!?」

(こんなヤンキー丸出しなヤツじゃうちの家族に警戒されるだけだ…)

「チッ…こちとら暇じゃねぇんだぞ?」

『あぁすまんすまん、なんか用事あったのか?』

「用事っつーか、ちょいと霊感詐欺やってるバチあたりをシメてやろうかとな」

『霊感詐欺?壺とか水晶とか?』

「悩み相談で小銭稼いでるらしくてな、うちの生徒も被害にあってんだ」

『へぇ、でもお前、そんなことしても警察沙汰にされて逆に捕まるぞ』

「あ?詐欺師ボコってなんで警察沙汰なんだよ?」

『お前馬鹿だろ』

「ああ!?喧嘩売ってんのか!?」

『売ってもいいけどセカンドの俺を殴れんの?』

「ふっふっふっ…」

『え?まさか殴れるの?』

「除霊する!」

『おぉ、その手があったか、意外と悪知恵は働くんだな』

「見直したか!」

『嫌味の通じないヤツだな』

「ん?どゆこと?」

『まぁ気にすんな、それより、俺もついてっていい?』

「詐欺師退治か?」

『そそ、個人的に興味あんだよね、お前一人で行かすのも危なっかしいし』

「かまわんぜ?俺の勇姿見せてやんよ」

(田井中さん…どこがあどけない中学生なんだ?)


⇨⇨⇨


『で?その詐欺師がどこにいるかわかってんのか?』

「おう、堂々とネットに書いてあるからな」

『堂々と?それほんとに詐欺師?』

「当たり前だ!死んだら幽霊!常識だろ!?」

『いや常識ではないだろ…』

「寺の息子が言ってんだ!常識なんだよ!それをセカンドだかなんだと適度ぶっこきやがって…」

『は?それってお前…』

「な?腹立つだろ?そんなデタラメで金とってんだぜ?」

『いやお前…』

「死後の世界教えますとか偉そうにほざいてやがるみてぇだけどそれも今日までだ!」

『死後の世界教えます…って…もしかして…』

俄然興味が湧いてきた。
もしかすると姉やまっちゃんが見ていたサイトかも知れない。
良法は詐欺師だと言っているが、仮にあのサイトに書き込んでいた人間であれば、何らかの方法で俺達セカンドの存在を知り得ているのは確かだ。

そしてもう一つ気になることがある。

『なぁ良法、お前オヤジさんと話せるんだよな?』

「あ?それがどうした?」

『オヤジさんは自分のことをどう言ってるんだ?』

「自分のこと?さぁな、パパとは生きてる時と変わらん話しかしてねぇ」

『そうか…』
(自分が置かれてる状況ぐらい説明しとけよ…)

「着いたぞ!ここだ!」

『あれ?ここって…』

遺族会本部だった。

「突入するぞ!」

『あ、ちょっと…』

「ゴルァ!!」

良法は玄関のドアを蹴破りズカズカと中に入って行った。

『あ〜ぁ…』

「ゴルァ!出てこいや詐欺師野郎!!」

怒鳴り散らしながら奥の部屋へと向かっていく良法。

『良法君?奥はヤバいよ奥は…』

良法は聞く耳持たない。
奥の部屋の扉の前に立ち、いよいよ蹴破ろうかとした瞬間…
ドガッ!!
轟音と共に扉が吹き飛び、良法を廊下の壁に叩きつけた。

(佐和田さんかな?)

「ぐぐ…動けねぇ…」

良法は瓦礫の下敷きになり身動きがとれないようだ。

『生きてるみたいだな良法』

「てめぇ…助けろ…」

『助けようにも俺にはどうすることも…』

!?
部屋の中からとてつもなくどす黒く、圧力すら感じるほどに強い殺気を纏った靄が吹き出してきた。

『人様のアジトで騒いでるのはどこの馬鹿でしょう』

黒い靄を従えて部屋から出できたのは梅澤さんだった。
梅澤さんは俺に気づくと、氷のような冷たい目で俺を睨みつけた。

『貴方の差し金ですか?水辺様…』

(怖い…)
『あ…いえ…違います…』

『ではどうしてここに?』

『いや!えっと!その…ね?』

『言いたいことがあるなら手早く簡潔にはっきりとどうぞ』

『俺は止めたんですよ!?止めたけどその馬鹿がですね!!』

『お知り合いなのですね?』

『いや!知り合いってほどの仲でもないです!』

『では今から拙者がこの馬鹿を殺しても構わんでござるな?ニンニン』

『こ…ころ!?いや!えっと!…ニンニン!?』
(ヤバい…良法が殺される…)

『脅しはそれくらいでいいでしょ?梅澤さん』

中から佐和田が出てきた。

『佐和田さん!!』

『よう水辺…』

次の瞬間、黒い影が目の前を横切ったかと思うと、視界から佐和田が消えた。

『え?』

『何があろうと部屋から出すなとの環様よりのご命令です』

佐和田は部屋の中へ戻され、靄に包まれ椅子に拘束されている。
良法は壁と扉に文字通り板挟みにされ虫の息だ。

(何この人…)

『静まれ花子!』

『御意』

いつの間にか俺の背後に環がいた。
そして…環の背後に詩乃がいた…

(しの…ちゃん?)

『まったく、何を騒いでおるか愚か者』

『申し訳御座いません環様』

さっきまで廊下中に渦巻いていた梅澤のノイズは跡形もなく消えていた。

『おや?この小童は確か田井中の小倅』

環は良法を知っているようだ。
良法はすでに意識がない。

『ゆいり…くん…』

『しのちゃん…』

『詩乃!小僧!お主らは出て行け』

『え?』

『出て行け、と言うておる、二人で、な』

『はい!お世話になりました環さん!』

『うむ、うまくやれよ?詩乃』

『はい!行こうゆいりくん』

『え?…あ…うん…』

事態は飲み込めなかったが、言われるがまま詩乃と本部を出た。

成り行きで出たものの、詩乃に声をかけることもできず、気まずい沈黙が流れた。

『よし!』

詩乃が急に口を開いた。

『ゆいりくん!』

『な…何?』

力強い詩乃の声に気圧されてしまった。

『ごめんなさい!』

深々と頭を下げる詩乃。

『え…あ…うん…』

『私ね…ずっとゆいりくんのこと好きだったのね』

『うん…』

『それは今も変わりません!今もゆいりくんが好きです!』

『う…うん…』

『許してほしいとは言わないし、許されることじゃないってわかってる、でも好きだって気持ちは伝えときたくて…』

『俺は…』

『…はい』

『俺さ、実は…死んだことはそれほどショックしゃないみたい…』

『え?』

『なんて言うかさ、よくよく考えたら、俺って死んでからのほうが人生充実してんだよね…』

『充実?』

『そそ、なんの取り柄もなかった平凡な俺がさ、死んでから急に波瀾万丈じゃん?』

『…うん』

『タレントとか、ノイズとか、800歳の幼女とかさ…あと…』

『あと?』

『すっげぇ可愛い彼女…とかさ…』

詩乃は俯いてしまった。

『楽しいよ、うん、楽しい!第二の人生、しのちゃんとの人生、楽しい!』

『ゆいりくん…』

『しのちゃん…いや、詩乃』

『は…はい!?』

『仲直り…したい』

『わ…わわわ私も!!』

『んじゃ仲直りね』

『う…うううん!』

『詩乃、俺のことも呼び捨てでいいよ』

『ゆいり…くん』

『くん、はいらない!』

『う〜…むりぃ…』

『まぁそのうちでいいか、時間はいっぱいあるんだし』

『…うん』


⇨⇨⇨


『え?じゃぁあのサイトの書き込みって梅澤さんだったんですか!?』

俺と詩乃は本部に戻った。
中では梅澤が環にこってり絞られていた。

『え?でもどうやって?』

『そうか、主らには言うておらなんだな、花子はファーストじゃ』

『はぁ!?』

驚いた。
しかし俺以上に佐和田のオッサンが驚いていた。

『どう言う事ですか環さん!それに彼女はノイズを使っていました!』

『ファーストがノイズホルダーにならぬと言うた憶えはないが?』

『そんな…しかし!』

『まぁ厳密にはファーストでもないがな』

『意味わかんねぇよバァさん』

『幽体離脱じゃよ』

『なんですと!?』

『本体は別の場所で眠っておる、ここにおる花子は半セカンドとして抜け出しておるのじゃよ』

『そんな事が…可能なのですか?』

『忍者しゃからな、のう花子?』

『はい、忍術です』

『えぇぇぇぇ…』

『あぁでも…そうか…だからサーチにも引っかからずに背後に立てたのか』

『そう言う事じゃな』

『うん、俺的には納得』

『俺は納得…と言うか整理ができません…』

『今日はもう安め佐和田』

『そうさせてもらいます…』

佐和田のオッサンはフラフラと部屋を出て行った。
真面目な性格だからこそ梅澤のトンデモ設定を受け入れられないのだろう。

『でもどうしてネットであんな書き込みを?』

『任務です』

『任務?』

『はい、忍びの任務です』

『はぁ…』
(徹底したキャラ作りだな…きっとこれ以上は話してはくれないだろうな)

『さて後は田井中の小倅じゃな』

『よく生きてたなコイツ…』

『こう見えて優秀な霊能者じゃからな』

『へぇ』

『花子、本体を持ってきてこやつを寺まで運んでやれ』

『御意』

梅澤は部屋を出てすぐに戻ってきた。
どうやら本体もこの本部内にあるらしい。
軽々と良法を担ぎ上げ部屋を出て行った。

『何者なんだあの人…』

『忍者じゃと言うとろう』

『忍者ってそんなんだったっけ…』

『ところでお主ら、そうして二人でおるところを見ると…上手くいったようじゃな?詩乃』

『はい!』

『一見落着じゃな』

『なんか…ドタバタした割にあっけない解決だな…』

『良いではないか』

『そうね、帰ろうか、詩乃』

『うん』

俺達は環に別れを告げ、自分達の家…中学校旧校舎へと戻った。

Life4−2『事後処理』:

『ただいまぁ』『ただいま』

『久しぶりだなぁ我が家』

『え?ゆいりくんも帰ってなかったの?』

『うん、ここは詩乃と二人の家だからね、一人じゃ帰る気になれなくて』

『そうなんだ…』

『詩乃はどこにいたの?』

『えっとねぇ、ロンドンとか…森の中で修行とか…かな?』

『ごめんまったく伝わらない』

『えぇ!?あのね…えぇっと…そう!環さんと修行したの!』

『バァさんと?なんの?』

『んっと…バインド!』

『ふぬぉ!』

猛烈な力で全身を締め付けられる。

『あわわ!力加減が!』

解放された。

『なるほど…バインド習得したのね…』

『うん、いろいろ教えてもらったよ』

『そっかそっか、やっぱ詩乃はすげぇな』

『凄くないよ…環さんに比べたらぜんぜんだよ…』

『あれは別格でしょ、妖怪だよ妖怪』

『妖怪?式神?』

『へ?』

『なんでもない!』

『んん?凄いと言えば、梅澤さんもすげぇな』

『男の人を軽々と持ち上げてたね』

『いや、確かにそこもすげぇけどさ、ホルダーとしてもかなりの戦闘能力だったよ?佐和田のオッサン秒殺だったし…』

『そうだ!ホルダーだ!』

『ん?ホルダーがどうかした?』

『うん!あのね…え〜と…式神がね…その…』

『オッケオッケ、リンクしようか』

『ぅぅ…説明下手でごめんね…』

詩乃はションボリしている。
説明以前の問題なのだが、本人は必死に説明していたつもりなのたろう。

(リンク)

久しぶりの詩乃とのリンク。
心が安らぐ。
確かに俺は詩乃に殺された…
しかし詩乃に悪意がなかったことなど、何度もリンクしている俺自身が誰よりも知っている。

(馬鹿だな俺…)

(そんなことないよ…)

(あぁそうか、筒抜けなんだよね…ハハハ…)

(じゃぁ私が環さんから聞いた話、共有するね)

(ん、了解)

詩乃から情報が流れてくる。
膨大な情報量だ。
詩乃は説明下手ではあるが、膨大な演算を行う物理干渉能力者だ。
情報処理能力は極めて高い。

(なんだこれ…情報が多すぎてリンク解いたら処理できねぇかも…)

(ホルダー関係だけ抜き出して)

(わかった)

ホルダーに関係した情報だけを拾い上げていく。
世界最初のホルダー。
セカンドの絶滅。
兄妹式神。

(オッケー、リンク解くね)

(うん)

『ふぅ…』

『どうだった?』

『凄いな…』

『うん、凄いよね』

『いや、詩乃が』

『はひ!?』

『よくあんな大量の情報を蓄積してられるなぁ…』

『えぇ!?そんな特別なことは…』

『いや、脳もなしにあの情報量は恐ろしいよ…特に物理干渉の計算式は頭ハゲそうだったよ…』

『やってる本人はなんにも考えてないけどね…』

『ハハ…意識せずにできんのか…やっぱ凄いよ詩乃は』

『そ…そんなことよりホラ、ホルダーの話!』

『あぁ、この情報も確かにおもしろいね、興味深いよ』

『その話聞いてて思ったんだけど…』

『ん?』

『その最初のホルダー…殺人鬼ってさ…純流さん…と関係ありそうじゃないかな?』

『ん…いや、うん、無関係とは断定できないね、可能性としてはあり得る』

『だよね!?』

『関係ある!って断定することもできないけどね』

『あぅ…』

『でもそう考えると納得のいく行動も…いやでもそれだとあの時の行動は矛盾するか…』

『ゆいりくん?』

『だぁぁ!わかんねぇ!』

『あんまり役に立たない情報だったね…』

『いや、そんなことはないよ、俺の中の疑問がいくつか解決した、ありがとね』

『よかった…』

同時に新たな疑問も生まれた。
ホルダー…想像してたものとは少し違うようた。


⇨⇨⇨


翌日、俺は詩乃と共に隣街の本屋…詩乃から切り離されたノイズの元に来ていた。

『じゃぁ詩乃、さっき説明した手順でやってみよう』

『できるかなぁ』

『できなかったらできなかったで他の方法を考えればいいさ、気楽に、自分を信じてやってみよう!』

『わかった』

『んじゃぁ…』

『唯里!』

『ん?』

『何しとんねん?』

『虎彦!』

『ん?その子誰?まさか彼女か?』

『あぁ、うん、彼女の詩乃』

『こんにちは…』

『こっちは虎彦』

『よ…よろしゅう…』

《彼女おるなんて聞いてへんぞ!》

《今聞かせたじゃん》

《うつさいわ!裏切りモン!》

《なんだそりゃ…》

『んで?何しとん?』

『ん?いや、このノイズどっか遠くに捨てようかと…』

『はぁ?そんなことてきるわけないやん』

『うん、まぁできたらラッキーかな?と』

『どゆこと?』

『まぁ見てて、詩乃、やろうか』

『バインド!』

詩乃のバインドがノイズを縛る。

『お?やっぱ効果あるね』

『うん!』

『ちょ!お前ら何してんねん!?』

『黙って見てなって』

『だめ!ノイズの抵抗が思ったより激しい!バインドで精一杯!目的地に集中できないよ!』

『手伝う!リンク!』

(バインドの処理に集中して!)

(はい!)

(目的地イメージ!乱れた分はこっちで補完するから思い切ってムーブして!)

(はい!いきます!)

(いっけぇぇぇぇぇ!!)

見知らぬ森…昨夜のリンクの際に見た詩乃と環の修行場所に着いた。

(よし!上手くいった!バインド解除!急いで!)

(はい!解除した!)

(オッケ!ムーブする!)

俺達はもとの本屋裏に戻ってきた。

『よっしゃ成功!』

『ありがとうゆいりくん!』

『いやいや詩乃がすげぇんだよ!』

『ちょい待てや!お前らマジで何しよった!?』

『だからノイズを捨ててきたんだってば』

『普通に考えてそんなんできるか!』

『いやでも実際できたし』

『普通やない言うとんねん!』

『何一人で興奮してんだよ?ちょっと落ち着け』

『落ち着けるか!』

『とりあえずここじゃ人目につくし、詩乃、我が家まで虎彦ラチって』

『バインド!』

『あがっ!』

『ムーブ!』

俺達は我が家へと移動した。


⇨⇨⇨


『つまり、彼女さんのタレント使てノイズを移動させた、と?』

俺は虎彦に簡単に説明した。
ノイズが詩乃のものだという部分は隠して。

『うん、俺も少し手伝ったけどね』

『そんなことできる人間なんぞ自警団にもおらんぞ?』

『自警団がどんな組織か知らんけど、実際できたもんはしょうがねぇじゃん』

『そらまぁそうやけど…』

『あんな危ねぇもん放置しとくのもあれだしさ』

『まぁな、なくなったこと自体は万々歳やわ』

『ノイズはファーストにも影響するみたいだしな、むしろよく今まであそこで大人しくしてくれてたもんだよ』

『何言うてんねん、ノイズがファーストに影響するなんて聞いたこともないわ』

『へ?』

『実際に影響するんならあんな人通りの多いとこでいつまでも残っとるわけないやん』

『どういうことだ?』

『知らんがな…まぁなんにせよなくなって良かったわ、さっそく上に報告せなな』

『あ、俺らのことは内緒にしといてくんない?』

『は?お前らのこと隠してどう報告せぇ言うねん』

『気づいたらなくなってたとか…』

『そんなアホな言い訳が通用したらええけどな…まぁ善処してみるわ』

『お願いします』

『言うとくけど、お前のためちゃうぞ?彼女さんのためやからな?』

『あ〜はいはい…』

『ほなな〜、またトークするわぁ』

そう言うと虎彦はムーブしていった。

『賑やかな人だね…』

『そだね…』

(それにしても…ノイズがファーストに影響しない…?どういうことだ?)

Life:4−3『決別の夜』

『詩乃、行こうか』

『うん』

俺達は最近、深夜の散歩にハマっている。
浮いているので厳密には散歩とは言えないが…
上空から見る星空は格別だ。
まるで自分達が宇宙にいるかのような錯覚に陥る。

『いつ見てもすげぇな』

『空も凄いけど、下も綺麗だよ』

『おぉ、すげぇな』

『ここから見える街の灯の一つ一つに、いろんな人生があるんだよね』

『おや、詩乃さん詩人ですねぇ〜』

『もぉ…』

『でもそうだね、この灯りは人が生きてる証だからね…物を創れないセカンドだけになっちゃったら、世界中が真っ暗になるんだよね』

『そう考えるとファーストって凄いね』

『俺達も元ファーストだけどね』

『そうだけど…でもね、最近なんか生きてたっていう実感が薄いんだぁ』

『俺も、今が満たされてるからかな?』

『そうなのかな』

『ほんと、わかんねぇことだらけだねセカンドライフは』

『ノイズのこと…とか?』

『そうだね…詩乃の記憶から読み取ったバァさんの話では、ノイズがファーストに干渉できるのは確かなんだよね…』

『私も実際ノイズを使ってゆいりくんを…』

『あぁそっか、俺が死んでることが何よりの証拠なのか』

『ごめんなさい…』

『いいって、もう気にしてないから』

『でも…』

『じゃぁ…えっと…その…ほら…あれだ…』

『ん?』

『ち…ちゅうさせてくれたら許す、それでチャラ!』

『ち…ちゅ…えぇぇぇぇ!?』

『い…嫌?』

『嫌じゃ…ないです…』

『じゃぁ…視覚を遮断して…』

『ムードのない言い方…』

クスリと笑って詩乃は目を閉じた。

『よし…い…いきます…』

『ぱ…パミット…ゆいりくんが私に触れることを許可します…』

俺達は、初めて唇を重ねた。
実体がないのに、詩乃の温もりや柔らかさが伝わってくるようだ。

街の灯りの絨毯と、水平線まで続くパノラマの星空に包まれてのファーストキス。
生きてたら絶対に経験できなかったであろう、これ以上ないくらいのロマンチック。

そんなロマンチックをぶち壊す気配が一つ。

『ラブラブだね〜お二人さん♪』

『…会いたかったっすよ…純流さん…』

『会いたかった?光栄だねぇ♪』

『俺、あんたには感謝してますよ、なんだかんだであんたがいなきゃ今こうして詩乃と一緒にいられなかっただろうし』

『どうしたんだい?怖い顔して?』

『もうやめましょうよ…いい人のふり…』

『バレちゃってる?』

『それも計算のうち…でしょ?』

『僕の計算より少しだけ賢いね唯里君』

『なんのために?』

『どれの…ことだい?』

『全部ですよ…』

『餌が喰われる理由を知る必要はないよ』

『なるほど…一理ありますね』

『可愛くないなぁ、挑発のつもりなんだけどなぁ♪』

『ハラワタ煮えくり返ってますよ』

『良かった♪』

『詩乃…』

『うん…バインド!』

パンッ!
純流の周りで空気が破裂するような音がした。

『きかない!?』

『驚いた…環のタレントじゃないか』

『バァさんを知ってんのか!?』

『まぁね、古い付き合いさ♪だから環のタレントは研究済み、きかないよ♪』

『なるほど…』

『君達は本当におもしろいね、正直、僕の計算よりも遥かに成長してる…素直に賞賛するよ』

『嬉しかねぇよ…』

『ご褒美に良い事を教えてあけよう♪』

『良い事?』

『横峯さんを殺した男ね…死んだよ』

『え?』

『探せばその辺に浮いてるんじゃないかな♪』

『なんであんたがそんなこと知ってんだ』

『内緒♪』

『こいつ…』

『怖い怖い♪怖いから今日はこのへんで失礼するよ』

『逃がすかよ!詩乃!』

『パミット!ゆいりくんが純流さんに触れることを許可します!』

『またね♪』

純流に掴みかかった俺の腕が空中で虚しく交差する。
逃げられたようだ。

『クソッ!』

『…ごめんなさい…』

『いや、詩乃のせいじゃないよ』

どこかでまだ純流を信じたいと思う俺がいた。
しかし、今夜それは叶わぬものとなった。
純流が俺達の敵だということが確定した。

『ゆ…ゆいりくん…』

『ん?』

『ノイズ…出てる…』

『え?』

俺の体から、薄っすらとではあるが、黒い靄が滲み出ていた…

第五生 失踪事件

皆さんこんにちは。
純流との遭遇から4日、俺と詩乃は環のバァさんに呼び出され遺族会本部にやってきました。

Life:5−1『パーティーを組もう』

『呼んだかバァさん』

『うむ、入れ』

『バァさんのほうから呼び出しなんて珍しいな?』

『うむ、今日はお主らに頼みがあってな』

『頼み?』

『まずはこちらの状況を説明しよう』

『?』

『現在、儂ら遺族会のメンバーが連続して行方不明となっておる』

『行方不明?』

『言葉のまま、消息が掴めぬ、調査に向かった佐和田も昨日から音信不通じゃ』

『佐和田のオッサンが!?』

『うむ、そこでじゃ、お主らにこの事件の調査を依頼したい』

『は?なんで俺達?』

『遺族会も人手不足でのぉ、頼まれてくれぬか?』

『ん〜…バァさんには世話になってるし、頼まれたいのは山々なんだけど…』

『私やります!』

『詩乃!?』

『少しでも環さんに恩返ししたい!』

『いやでも行方不明事件なんて俺らだけじゃ荷が重いって…』

『安心せい、こちらからも優秀なホルダーを一人付ける』

『優秀なホルダー?』

『花子じゃ』

『梅澤さんか…』

『遺族会最強のホルダーにして現代最強の忍者じゃ』

『え?あの人そんな凄い人だったの!?って言うか忍者をなんだと思ってんのあんたら!?』

『花子は先に調査を始めておる、合流して助力してやってくれ』

『いやまだ引き受けるとは…』

『わかりました!』

『詩乃さん!?』

『合流地点は隣街の本屋じゃ』

『え!?』

『儂がお主らに頼む意味、理解できたじゃろ?』

『あ〜…うん…やらないわけにはいかない…な…』

『では頼んだぞ、花子には儂から連絡しておく』

『はい!ゆいりくん行こう!』

『そだね…行こうか』


⇨⇨⇨


俺と詩乃は隣街の本屋で梅澤さんを待った。

遺族会のメンバーが3人行方不明。
3人共この場所に放置されていた詩乃から分離したノイズの調査中だったそうだ。

事態を重く見た環のバァさんは、精鋭である佐和田のオッサンを派遣。
しかしその佐和田さんも消息が途絶えた。

環はそもそもの元凶である俺達と、遺族会最強のホルダーである梅澤さんを投入し、事件の解決を図る。

がしかし、待ち合わせの時間を1時間ほど過ぎたが梅澤さんは現れない…

『まさか梅澤さんも行方不明…?』

『そんな…』

「いえ、ここにいますが?」

振り向くと梅澤さんが立っていた。

『うぉぅ!!いつからそこに!?』

『お二人が来られる前からいましたが?』

『えぇ!?声かけようよ!?てか気配消しすぎじゃね!?』

「すみません、忍びですので」

『いや意味わかんねぇよ!…ってあれ?今日はファーストなんですね?』

「はい、任務の際は肉体を持ち歩いています」

『持ち歩くって例えもどうだろ…』

「そんな事より、ここに放置されていたはずのノイズが見当たりません」

『あ…私が他のところに捨ててきました…』

「捨てる?そんなことが可能なのですか?」

『まぁね』

「それはいつの話ですか?」

『えっと…確か…前に梅澤さんと会った日の翌日ですね』

「1週間ほど経過してますね…最初の3人が消息を絶ったのはそれ以前、しかし佐和田様はノイズが無くなった後に失踪した事になりますね…」

『佐和田さんだけノイズとは別件?』

「ノイズの調査に当たっていた、という共通点があるだけで、ノイズが関係しているとは限りません」

『なるほど…それぞれが最後に居場所を確認されたのはどこ?』

「ここです」

『んん〜…ノイズが関係してると考えるほうが自然なんだけど…そうすると佐和田さんだけが異質なんだよなぁ…』

「はい」

『ゆいりくん、ここを監視してた虎彦さんに話を聞いてみたらどうかな?』

『そうか!なんか知ってるかもね!』

「虎彦様とは?」

『俺のソウルメイトだよ』

「なるほど」

《虎彦、唯里だけど》

《おぉ、どした?》

《今からあの本屋に来られない?》

《うん?ええで〜》

《まぢか、助かるよ》

《んなら5分くらいで行くわ》

『5分くらいでここに直接来てくれるってさ』

「了解です」


⇨⇨⇨


きっかり5分後、虎彦が合流した。

『おいっす唯里!と彼女さんと…誰?』

「梅澤 花子です」

『あ〜どもども、平泉 虎彦です、よろしゅう…って…ファーストやん!?』

「はい」

『え?え?なんで?なんでファーストなのに俺が見えんの!?』

『ファーストでも見える人は見えるよ、梅澤さんはちょっと特殊だけど…』

『マジか…知らんかったわぁ』

『そんな事よりさ虎彦、ここにあったノイズを監視してたじゃん?』

『お?あぁ、それがどした?』

『その時にさ、セカンドがあのノイズに近寄っていったりしなかった?』

『知らんなぁ、そんな報告もなかったし』

『ふむ、情報なしか』

「いえ、目撃者がいない、という情報が得られました」

『なるほどね、まぁ進展がないのは変わらんけどね』

『?俺なんで呼ばれたん?』

『いや、ここで遺族会の人が何人か行方不明になっててさ…』

『遺族…会?お前ら遺族会の関係者か!?』

『え?虎彦?』

「そうだと言ったら?」

『梅澤さん!?』

『遺族会が自警団のシマになんの甩や!?』

「言いましたよね?行方不明者の捜索です」

『え?ちょ…なに?二人ともどうした!?』

「遺族会と自警団は決して良好な関係とは言えないのです水辺様」

『何抜かしとんじゃ!おのれらが見境なくホルダー狩りなんぞするからやろが!』

「ホルダーに対処できない偽善者が何を偉そうに」

『なんやとゴルァ!』

『ちょ…待てって二人とも!』

『バインド!』

「ニンっ!?」『んががっ!』

『ナイス詩乃』

『花子さんも虎彦さんも落ち着いてください…』

『遺族会と自警団が険悪なのは理解した、でも俺には関係ねぇ!個人的に知り合いを助けるために個人的に二人に協力してほしいだけだ』

『アホか!それこそ俺には関係ないやんけ!』

『詩乃』

『はい』

『んがががががっ!!わかった!!わかったから締め付けんな!!』

『梅澤さんは?』

「…っ…わかりました…」

『詩乃、解放して』

『はい』

『くはぁっ!!死ぬか思たわ!!死んどるけど…』

「…っ」

『じゃぁ改めて、行方不明者の捜索に手を貸してほしい』

「私はもともとそのためにここにいます」

『しゃぁない…個人的に!ソウルメイトに協力したるわ…』

『よし、四人パーティー結成ね!』

Life:5−2『捜査開始』

俺と詩乃と虎彦は俺達の家へとムーブした。
梅澤さんは肉体がある時はムーブを使えないそうなので、公共の交通機関で後から来ることになった。

梅澤さんを待つ間、俺は虎彦に事件の概要を簡単に説明した。

『ふ〜ん、少なくとも俺が見てた時はそれらしいことはなかったで』

『そっか』

『ノイズに飲まれたんやったら報告は絶対にあるやろしな』

『ふむ…』

『ゆいりくん、花子さん来たよ』

『早かったな』

「お待たせしました」

『よし、ではただ今よりここを捜査本部とします!』

『おぉ、なんかかっこええな』

「なぜここなのでしょうか?」

『黒板があるから』

「?」

『じゃぁ花子さん、書記よろしく』

「なるほど」

俺達は改めて状況を整理した。

1、最初の行方不明者はノイズが詩乃から切り離された日の二日後に失踪。

2、そこから、俺達がノイズを移動させるまでの間に他の二人が失踪。

3、行方不明者の共通点は、詩乃のノイズを調査していたことのみ。

3、自警団がノイズの監視を始めたのはノイズ発生の三日後、最初の行方不明者が消えた翌日から交代で24時間体制で行われていた。

4、虎彦が監視を担当していた昼間はもちろん、交代後の時間帯にも事件性のある報告はされていない。

5、最後の行方不明者である佐和田の失踪はノイズ撤去後。

6、佐和田も含め、失踪者全員が最後に確認された場所はノイズの半径20メートル以内。

『とまぁ今のところはこんな感じかな』

『黒板に書くとわかりやすいね』

『ちゅうかあのノイズって詩乃ちゃんのやったん!?』

『あ…黙っててごめん』

『ごめんなさい…』

『いやええけど…むしろノイズを切り離したっちゅう部分にびっくりやわ』

「水辺様と横峯様のタレントとノイズが複雑に絡み合って起こった奇跡だと環様が仰られていました」

『奇跡ねぇ〜…』

梅澤さんと虎彦の間に蟠りはなさそうだ。

『んで?これからどうすんねん?』

『うん、虎彦は自警団を当たってほしい、特に夜の監視担当者の話を重点的にね』

『ほいよ』

『花子さんには遺族会内部をお願いします』

「遺族会内部に疑いを?」

『いや、失踪者の行動を洗い直して』

「了解」

『俺と詩乃は捨てて来たノイズの確認に行く、相互連絡のために全員フォローしよう』

こうして俺達は行動を開始した。


⇨⇨⇨


『ノイズがない!?』

『そんな…どうして!?』

俺と詩乃はノイズを確認するために森の中へと来ていた。
そこにあるはずのノイズはどこにも見当たらなかった。

『自然消滅…とか?』

『どうかな…環のバァさんに聞いてみるか』

俺達は遺族会本部へと移動した。

『バァさんいるか?』

『なんじゃ小僧?事件は解決したか?』

『そっちはまだなんだけどさ、ちょっと聞きたいことがあるんだ』

『なんじゃ?』

『ホルダーって最期はどうなんの?』

『ノイズに飲まれてゼロになる』

『その時ノイズはどうなる?』

『基本的には本体共々消滅する』

『基本的にってことは例外もあるんだな?』

『うむ、近くに次の宿主となる器があればそちらに移る、と言っても宿主を失ったノイズが存在しておれるのは精々数秒、大抵は消滅じゃな』

『数秒?じゃ詩乃のノイズが何日も残留してたのはなんでだ?』

『ノイズが消滅するのは宿主がノイズを発散するからじゃ、詩乃のノイズは発散されることなく、濃度を保ったまま無理やり切り離されたからのぉ』

『なるほど…なぁ、バァさんの見立てだとあのノイズが自然消滅するのにどれくらいの時間がかかると思う?』

『なんせ前列がないからのぉ…濃度が薄くなれば消えるじゃろうが、それを調査しておった者達がことごとく失踪じゃ』

『なるほどね』

『なんにせよ今日明日どうにかなる事はないじゃろな』

『そうか…』

『それがどうした?』

『あのノイズがなくなってた』

『なんじゃと!?』

『私が修行してもらった森に移動させてたんですけど…』

『あそこか…まぁあそこなら誰も近寄らんじゃろうからな』

『でもなくなってた』

『ふむ…』

『まぁまだあのノイズと失踪事件の関連性は確認できてないし、俺達は事件のほうに集中するよ』

『うむ、ノイズについては儂も追ってみよう』

『わかった、進展があったら報告する、またな』

『失礼します環さん』

『詩乃』

『はい?』

『ノイズをバインドとは…大したものじゃ』

『あれはゆいりくんのサポートがあったからで…』

『ふふん、お主ら、良いカップルじゃな』

『あ…あり…ありがとうございます!』

『ではまたの』

『はい!また』


⇨⇨⇨


我が家…捜査本部に戻ると花子がいた。
机に突っ伏して寝ているようだ。

『あれ?花子さん戻ってたんすか?』

「…」

『寝てんのか』

『抜けてるんじゃない?』

『あぁ、そっちか』

抜ける…幽体離脱。
花子の特殊能力だ。
本人は忍術だと言い張っているが…

『しっかし…情報がなさすぎるよなぁ』

『人通りの多い場所で目撃者もなく人が消えるなんて…できるのかなぁ…』

『それなんだよねぇ…自警団がずっと見張ってたんだから…進展があるとすれば虎彦からだな』

『夜の担当者?』

『うん、夜は人通りも少なくなるし…』

『う〜ん…謎だらけだね』

『謎…か…』

(何か引っかかる…)

《唯里!詩乃ちゃん!》

《どうした虎彦?》

頭が割れそうなほどにけたたましい虎彦からのトーク。
俺と詩乃の両方に同時通話してるらしい。
そんなことできたんだ…

《新たな事件や!》

《事件?》

《夜の担当者も行方不明やねん!》

《は!?》

《とりあえず一旦捜査本部に戻るわ!》

《了解》

『ゆいりくん…』

『思ってたより大事だなこれ…』

しばらかすると虎彦がムーブしてきた。

『虎彦!詳しく!』

『おう、慌てなや…』

虎彦からの新情報。
1、監視者は虎彦含めて3人。
基本的に一人は予備人員で虎彦と夜間担当者が不在の場合のみ、代理で監視に当たっていた。
予備人員は無事が確認された。

2、夜間担当者が失踪したのはノイズ撤去後、佐和田と同日。

3、失踪時の所在は不明。

『自警団からも失踪者か…』

『これで俺もいよいよ他人事やなくなったな』

『遺族会をターゲットにした襲撃…の線はなくなったな』

『なんや自警団を疑ってたみたいな言い方やな?』

『疑ってたんじゃない、今も疑ってるよ』

『あ!?』

『自警団だけじゃない、遺族会も…潔白が証明されてない全てを疑ってる』

『そういうことか…』

『俺に対して潔白を証明できるのは俺自身と、ずっと一緒にいた詩乃だけだ』

『俺も疑われとんのか?』

『まったく疑ってないって言ったら嘘になるね』

『食えんやっちゃのぉ、それを正直に言うのは反則やで』

『保険だよ』

『え?え?』

詩乃は目をぱちくりさせている。

『詩乃ちゃんは駆け引きとか苦手そうやな?』

『信用できるだろ?』

『確かにな』

『え?えぇぇ?』

俺と虎彦はクスクスと笑った。
詩乃は不満気に頬を脹らませている。

《皆様現在どちらに?》

花子からのトーク。

《今はみんな捜査本部にいるよ》

《了解、すぐに向かいます》

トークが終わるやいなや、寝ていた花子さんの本体がガバッと起き上がった。

『なにか進展ありました?』

「黒板に整理します」

『あ、お願いします』

花子が持ってきた情報はこうだ。
1、特になし

『えぇぇぇぇ!?』

『それ書く必要あんの!?』

『口頭でええがな!』

「雰囲気、大事だってばよ」

『ん?特になし?』

「気づきましたか水辺様」

『変ですね』

「はい」

『??どういうこっちゃ?』

『つまり、失踪する以前から情報がないってことですよね?』

「その通りです、誰も彼らの失踪前の行動を知りませんでした」

『ん?でも失踪場所は特定されてるんですよね?』

「いえ、厳密には…定時連絡が最後に発信された場所、でござるよ」

『失踪したんは別の場所の可能性もあるっちゅうわけか』

『そうなるとノイズとの直接の関連性がさらに薄くなるな』

『調べれば調べるほどわけわからんくなりよるなぁ!』

『これからの方向性を決めるためにも、皆の意見を出し合おう』

『全員がホルダーで、ゼロになってしもた可能性は?』

「他の方はともかく、佐和田様に限ればそれはありません」

『根拠は?』

「佐和田様はご自身のノイズと共生しておられます、飲み込まれることはありません」

『ノイズと共生!?んなアホなことがあるかいや!』

「事実です」

『オッサンとリンクした時に静かだったのはそういうわけか』

「恐らく」

『ほんなら花子ちゃんの予想は?』

「現時点では第三者の介入の可能性が高いと思われます」

『なんでや?』

『佐和田さんの存在ですね?』

「はい」

『さっきから誰やねんその佐和田って』

「遺族会幹部、自ら失踪するような方ではありません」

『その点は俺も同意だな、あのオッサンはそんな人じゃない』

『ほな第三者が絡んでるとして、疑わしいのは誰や?』

「遺族会、自警団の双方から失踪者が出ている以上、両組織間のいざこざが原因とは思えません」

『身内は白っちゅうことか?』

『そうとも限らないよ』

「原因が両組織間の因縁ではない、というだけです」

『なるほどな、犯人の意図が別にあるかもっちゅうこっちゃな』

『そうだね、そのほうが辻褄は合う、いざこざが原因の潰し合いなら手口が同じなことが不自然になる』

『遺族会のホルダーを証拠も残さず消せるヤツは自警団にはおらんやろな…にしても…第三者がおったにしても、目撃者がおらんことにはどうにもならんなぁ』

『そうなんだよなぁ…』

『あのぉ…』

『どした詩乃ちゃん?腹でも痛いんか?』

『本屋の防犯カメラとかは?』

『いやセカンドは映んないし…』

『え?犯人はセカンドなの?』

『…!?』

俺と虎彦と花子さんは顔を見合わせた。

『詩乃グッジョブ!』

『え?え?』

Life:5−3『out of control』

俺と虎彦は本屋のスタッフルームに忍び込んでいた。

《オッケー、事務所内にも通路にもカメラはないで》

《了解、引き続き通路の見張り頼む》

《はいよ》

《花子さん、裏通り側の小窓の鍵が開いてます、花子さんの体格なら入れるはずです》

《了解、そこから侵入します》

《詩乃は裏通りの見張りよろしく》

《は〜い》

《花子ちゃん乳が引っかからんようにな♪》

《大丈夫です、空気抜けば余裕です》

《え?それ風船なん?》

「侵入完了しました」

『さすが早いね、じゃ録画データの抜き取りお願いします』

「了解」

《ねぇ風船なん!?》

《虎彦さんサイテー…》

《ちょ詩乃ちゃん!?》

(緊張感ねぇな…)

「録画データ抜き取り完了しました」

『オッケー、脱出してください』

「了解」

《詩乃は花子さんと一緒に行動して》

《りょうか〜い》

《脱出完了、撤収します》

《気をつけて、虎彦!俺らも撤収!》

《うし、ムーブするわ》

《じゃぁ花子さんと詩乃は遺族会本部で録画データのチェックお願いしますね》

《了解》《は〜い》

俺は虎彦を追って捜査本部へとムーブした。

『上手く行ったなぁ』

『ここまでは、ね』

『映っとったらええねんけどなぁ』

可能性は低い。
ここまで周到に痕跡を隠してきた犯人が、防犯カメラに撮られてるなんてヘマはしないだろう。

むしろもう一つの可能性の確証となるものが発見できればそれでいい。

『とりあえず二人から連絡あるまではヒマやな』

『そうだな…』

『なぁ唯里』

『ん?』

『お前もホルダーなん?』

『え?』

『いや、遺族会と繋がりあるっちゅうことは…と思ってな』

『…だったら…どうする?』

『別に?ホルダー言うてもノイズ吹き出してない時は普通やしな』

『そうだな』

『あの花子ちゃんかてホルダーやろ?』

『うん』

『あれ?でもファーストなんになんでホルダー?』

『ノイズはファーストにも影響するんだって』

『おかしいなぁ、自警団では影響せんって教わったけどなぁ』

『自警団で?』

『おう、センセ間違ってたんかなぁ』

『自警団って何人くらいいんの?』

『うちの街だけで200人、全国的には万単位らしいで?』

『万!?全国!?じゃうちの街にも自警団あるのかぁ』

『いや、ここにはないで?ここは昔から遺族会のシマやからな』

『そうなのか…』
(万単位の組織から縄張りを確保できる遺族会って…あれ?そう言えば遺族会って何人くらいの組織なんたろ…)

《録画データのチェック終わったよ〜》

詩乃からのトーク。

《了解、二人ともこっちに来れる?》

《今から向かうとこ》

《わかった》

『さぁて、進展しますかねぇデカ長?』

『デカ長って…』

『実際お前は俺らのパーティーのリーダーやからな』

『はぁ!?』

『いやさっきめっさ指示出してたやん』

『ん…無意識っす…』

『まぁ言い出しっぺなんやしリーダーやっとけや』

『めんどくさ…』

1時間ほどして詩乃と花子さんが合流した。

『二人ともおつかれ、どうだった?』

『フッフッフ』

『お?なんか収穫あったん?』

『ビンゴでした!』

『おお!』

(え?ここまでなんの手がかりもなかったのに…?なんか変だな…)

「ノートパソコンを持ってきました、お二人もご確認ください」

花子さんが動画を再生してくれる。
日付は佐和田のオッサンが失踪した日、時間は夜の11時少し手前。
本屋の閉店1時間前だ。

「ここです、この画面端の男」

画面右端ギリギリのところに、黒いスーツを着た細身の男が映っている。
こちらに背を向けているため顔は見えず、年齢もわからない。

まばらな人の往来の中、その男はその場から動かない。
時折手を動かす様は、まるで誰かと向き合って会話をしてるようだ。

『なんか変やなコイツ…』

「少し早送りします」

時刻は11時28分。
男が後ろに飛び退き、画面外へ消えた。
男が立っていた位置から男の向いていた方向に1mほどのあたりに黒い煙のようなモノが現れる。

『ノイズ!?佐和田さんか!?』

「ノイズの規模から考えて、その可能性は高いかと」

すると、先ほどの黒スーツの男がノイズを突き抜けるように飛び込んだ。
一瞬、ノイズの中央が青白く光り、画像が乱れる。
ノイズは跡形もなく消え、男は振り向き、店内へと消えた。

『顔、見えたね、巻き戻しお願いします』

「はい」

『そこ!拡大できますか?』

「はい」

映し出されたのは若い男。
二十代後半から三十代前半くらいだろうか。
画像が荒いのでハッキリとはわからないが、ホスト風の風貌だ。

『見覚えは?』

『私はない』

「ありません」

『ん〜、どっかで見たような…』

『マジか虎彦!?』

『ん〜…確証はないなぁ…でも、見た目からして歓楽街にいそうやな』

『駅のほう?』

『おう、あのへん行ったらこんな感じの兄ちゃんやら派手な姉ちゃんやらいっぱいおるでな』

『じゃぁ虎彦と花子さんで歓楽街の捜索お願いします』

『わかった』「了解」

『犯人はなんらかの手段でホルダーに対抗できるみたいだし、くれぐれも気をつけて、見つけることが目的なんで絶対に接触しないように』

「善処します」

『だそうですわ』

『心配だ…』

『私とゆいりくんはどうするの?』

『俺達は本屋で張ってよう』

『わかった』

俺達はそれぞれの持ち場へと移動した。


⇨⇨⇨


本屋の屋根の上で詩乃と人の流れを見ていた。

『前にもこうやって二人で人の流れ見てたよね』

『あ〜、あの時か、懐かしいな』

詩乃を殺した男を探すため、駅前で人混みを眺めていたあの日。
あの日の俺は、まだ何も知らなかった…
そう思うとなんだか懐かしく思えた。

『懐かしいってほど昔のことでもないよ?』

『そうなんだけどね、なんかすっげぇ昔のような気がする』

『変なの』

詩乃がクスクスと笑う。

『しかしアレだな、ノイズってカメラに映るんだな』

『そうだね〜』

『ってことはノイズって物理的な存在ってことなのか…』

『ファーストに干渉できるってことはそうなんじゃないかな?』

『そう言えば花子さんが遺族会本部の扉を吹き飛ばしてたなぁ』

(非物理的存在のセカンドから生まれるノイズが物理的…?)

《デカ長!見つけたで!》

《虎彦!?》

《歓楽街のホストクラブ裏!黒服のチャラい兄ちゃんらがたむろっとるわ!》

《防犯カメラの男もいるのか!?》

《いや、アイツはおらんけどな》

《は?だったら…》

《まぁ聞けや、この兄ちゃんら…全員ホルダーや》

《ホルダー!?》

《おう、ファーストやけどな、使い慣れてないんやろな、ノイズが吹き出しまくっとるわ》

《ビンゴだな》

《やろ?ヤバそうやし一旦本部にもど…あ!!花子ちゃん!?ちょ…》

《虎彦!?虎彦!?》

虎彦からのトークが途切れた。

『切れちゃったね…』

『暴れる花子さんが目に浮かぶよ…』

『どうする?』

『俺達も行ってみよう』

『私場所知らないよ?』

『俺も知らん!飛んでくしかないね』

俺達はなるべく急いで歓楽街へと向かった。
花子さんの戦闘力は重々承知している。
焦らずとも着く頃には終わっているだろう。
実にあっけない幕切れだ。


⇨⇨⇨


歓楽街に着いたが、未成年には無縁のエリアだ、問題のホストクラブの場所がわからない。

『どこだろう…』

《虎彦!聞こえるか虎彦!》

《…》

『だめか…』

以前、詩乃がノイズに飲まれかけた時もトークが途切れた。
花子さんの強力なノイズで虎彦とのトークが遮断されているのだろうか…

『あ!ゆいりくん!あそこに虎彦さんが浮いてる!』

詩乃の指差す方向に虎彦がフヨフヨと浮いている。
どうやらもう終わったようだ。

『とらひこぉぉぉ!』

『唯里!逃げろ!!』

『へ?』

次の瞬間、ビルの隙間から黒い影…ノイズが伸びて虎彦を捕らえた。

『虎彦!!』

『はよ逃げろ唯里!こいつヤバっ……』

虎彦がビルの隙間に引きずり込まれる。

『虎彦!!』

『ゆいりくん!』

『助けねぇと!!』

『ダメ!逃げないと!』

『虎彦が!』

『バインド!』

『ぐっ…詩乃!』

『ゴメン!でも…』

『とらひこぉぉぉ!』

俺の体から黒い靄が吹き出す。
ノイズだ。
やはり俺はホルダーになっていたようだ。

『ゆいりくんダメ!落ち着いて!』

『落ち着いてられるかぁぁぁ!』

パンッ!
甲高い音と共に詩乃のバインドが弾ける。

『ゆいりくん!?』

『虎彦!』

虎彦が消えたビルの隙間へと急ぐ。

『ゆいりくん!』

ビルの隙間を抜けると数人の黒服が倒れていた。

(花子さんか!?)

「またセカンドか」

路地の奥、暗がりの中に人影。
手に何かを持って引きずっている。

!?
『花子さん!!』

引きずられているのは花子さんだった。

『虎彦!虎彦はどこだ!?』

「誰だそれ?」

男の顔がわずかに見えた。
防犯カメラの男だ。
薄気味悪い笑いを浮かべている。

『お前…ホルダーか?』

「おう、まぁな」

『虎彦…もう一人セカンドがいただろ』

「あ〜、喰った」

『きさまっ!』

『ゆいりくん!』

『詩乃!来るな!』

「ゆいり?しの?」

『バインド!』

「うお!?なんだこれ…」

『ファーストにバインドがきいた?』

『その人のノイズにバインドをかけたの!』

『そんなことできたのか、頼れるね詩乃』

『花子さんに通じたから!』

『あの時か…』

「なぁ?おめぇらだろ?純流の玩具って」

『純流!?お前純流の仲間か!?』

「仲間ではないな、ビジネスパートナーってとこか?」

『ビジネス?何言ってんだお前!?』

「しのちゃん?だっけか?これ、解いてくんねぇ?」

『嫌です!花子さんを離してください!』

「花子?この女のこと?」

『そうです!離して!』

「離すも何も動けねぇし俺」

『…』

『詩乃、解くなよ?』

『わかってる…』

「めんどくせぇなぁ、じゃぁ自分で解くよ」

『ハッタリ…だろ?』

「さぁね」

男はノイズを引っ込めた。

『あ…』

『しまった!』

男のノイズを縛っていた詩乃のバインドが解けた。

「しのちゃん邪魔」

再び男からノイズが吹き出したかと思うと、俺の頬をかすめて背後の詩乃を襲う。

『ひゃっ!』

『詩乃!?』

振り返った瞬間、今度は俺の首に男のノイズが絡みつく。

「あめぇよクソガキ」

(やべぇ…)

「おめぇらには手は出さねぇよ、純流に怒られちゃうからなぁ」

『俺も…怒っちゃう…ぞ?』

「調子乗んなよクソガキ?うっかり喰っちま…っうがっ!!」

「あめぇよクソガキ…ニンニン」

『花子さん!』

花子さんの強烈な一撃が男の背中に炸裂。

「てめ…」

「喋るな、口が臭ぇんだよ」

「っがっ!」

花子さんのノイズが男をボロ雑巾のように何度も打ち付ける。
地獄絵図だ。

『花子さん…死んじゃいますよ?』

「問題ありません、殺さない程度にやってます」

「クソッ!てめぇら……ゴホッ!…オェ…!」

男が黒い塊を吐き出した。
一つ、二つと吐き出していく。

「佐和田様と虎彦様です、回収して下さい」

『え?あ…あぁ、これそうなんだ…』

花子さんの暴行はまだ続いている。
やりすぎだ。

『花子さん!マジでやりすぎだって!』

「まだ他の方を吐き出してません」

『でもそれ以上やったら死んじまうって!』

「構いません、殺して腹掻っ捌いて引きずり出してやります」

『そこまでじゃ花子!』

「環様!?」

『バァさん!?』

『私が呼んだの』

『詩乃ナイス…』

『そやつの中にはもう誰の気配もない…』

「!?」

『残念じゃが…』

「私がもう少し早く……」

花子さんが大粒の涙を流し泣き崩れた。

(そうだ…俺達がもっと早く見つけていれば…)

『お主らはようやった…自分を責めるな…』

花子さんはまだ泣いている…


⇨⇨⇨


2日後、俺と詩乃は捜査本部…だった我が家に戻っていた。

あの後、花子さんは男を担いで最寄りの交番へ駆け込んだ。
男達は婦女暴行で逮捕。

黒服の一人をバァさんが拉致、拷問にかけ情報を吐かせた。

男達はなんらかの手段でノイズを宿し、他のホルダーを喰らう事で更なる力を得ていたようだ。

喰われた者は丸1日ほどで完全に取り込まれてしまっていたようだ。

佐和田のオッサンはホルダーとしての能力が高かったために助かったが、他の失踪者は俺達が捜査を始めた時点ですでに手遅れだったことになる。

花子さんは現在療養中。
常人なら立っていられないほどの重傷だったそうだが、忍術で戦ったと本人は言い張っている。

虎彦は喰われた直後に救出されたため、数時間で回復した。

自警団への報告を済ませ、現在我が家に居座っている。

『なんとも後味の悪いエンディングやなぁ』

『そうだな…』

『しっかし、詩乃ちゃんは今回のMVPやな』

『へ?私は特に何も…』

『いや、マジで今回は詩乃がいなかったらヤバかったよ…』

『女子二人だけでも解決できたんちゃうか?』

『そんなこと…』

『そうだな…俺達はなんの役にも立ってない…』

『唯里?』

『俺は無力だ…』

『ゆいりくん?』

『俺がもう少ししっかりしてれば!』

『ちょ…唯里!?』

『俺が…俺がぁぁぁ!』

『ゆいりくんダメ!』

『くそぉぉぉぉぉ!!』

『な…なんやこれ…』

『虎彦さん逃げて!』

『でも…これ…ノイズ…』

『逃げて!』

『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

『遺族会のリーダーさん呼んでくるわ!』

『お願い!』

ゆいりくんが…

消えていく…

第六生 二人と一人

皆さんこんにちは、詩乃です。
ゆいりくんがホルダーになっちゃいました。

今は私のバインドでなんとか抑えてる状態です。

虎彦さんが環さんを呼んできてくれましまが…

ゆいりくん…大丈夫…だよね?

Life:6−1『詩乃の想いと純流の思い』

『こうなってしもうたら手の施しようがないのぉ…』

『あんた遺族会のリーダーやろ!?ホルダーの専門家やろ!?なんとかならんのか!?』

『儂らは共食い専門じゃからな…』

『詩乃ちゃんかて助かったんやろ!?なら唯里も…!』

『小僧のリンクと詩乃のパミットが揃って初めて起こせる奇跡、肝心の小僧がこれじゃとどうにもならん…』

『他にそのリンクとかっての使えるヤツおらんのか!?』

『リンクにも色々ある…小僧と同じ事ができる者が果たして現存するか…』

『自警団と遺族会のネットワーク使たらなんとかなるやろ!?』

『時間が足りん…』

『時間!?』

『ノイズが暴走しとる、もって精々五日じゃろうな…』

『5日もあれば…』

『不可能じゃ!世界中探してもおるかどうかも判らん人間を五日で見つけるなぞ不可能じゃよ…』

『諦めろ言うんか!?』

『残念じゃが…』

『ふざけんなやクソババァ!詩乃ちゃんもなんとか言うたれ!!』

『ありがとうございます、このまま誰もいないところに行って二人で最期まで一緒にいます…』

『はぁ!?何言うとんねん!?』

『せめて誰も巻き込まないように、ゆいりくんがゼロになるまでバインドかけ続けます…』

『詩乃…』

『ありがとうございました…』

『俺は納得せんぞ!唯里は俺を助けようとしてくれた!今度は俺の番やろが!!』

『虎彦さん…』

ゆいりくん、虎彦さんは本気でゆいりくんのこと心配してくれてるよ?
いい友達をもったねゆいりくん。
なんだか私まで嬉しいよ…

『自警団の坊主、今は二人にしてやれ』

『あぁ!?』

『私からもお願いします…いつバインドが解けるかわからないし…』

『っ!?』

『怯えたな坊主…お主のためてもある、今は引け』

『…すまん…また様子見にくるわ…』

『うん、ありがとう虎彦さん』

『詩乃、無理はするなよ?何かあったら遠慮なく儂を呼ぶんじゃぞ?』

『はい、ありがとうございます環さん』

『行くぞ坊主』

『唯里…すまん…』

二人は帰りました。
久しぶりに二人きりだねゆいりくん…


⇨⇨⇨


バインドでノイズを止めているので、ゆいりくんはまだ完全にはノイズに飲まれてません。

『ゆいりくん…苦しい?ごめんね…』

パミットでゆいりくんのほっぺに触ってみました。
ゆいりくんの温もりが伝わってくるような気がします。

『ゆいりくん、キスしてもいい?』

ゆいりくんにキスをしました。
あったかい…

『ゆいりくん、あの森の中に行こう』

私はゆいりくんをバインドで引っ張ってムーブしました。
ここならバインドが解けても誰にも迷惑かからないね。

『ゆいりくん、私が一緒にいるからね?淋しくないよ?ゆいりくんがゼロになるまで一緒にいるから…』

そしてゆいりくんがゼロになったら私もゼロになろう…
今の私にはゆいりくんしかいないから…
ゆいりくんのいないセカンドライフに意味なんてないもん…

『ゆいりくんは今頃ノイズと闘ってるのかな…手伝えなくてごめんね…』

私の時はゆいりくんが一緒に闘ってくれました。
だから私もそうしてあげたい…
でも私の能力じゃそれはできません…

『押さえつけることしかできなくてごめんね…無力だね私…』

《横峰、佐和田だ》

《佐和田さん?もう回復されたんですね》

《ああ、お前達のお陰でな》

《良かった》

《横峰、礼を言う、お前にも、水辺にもな》

《お礼だなんてそんな…》

《助けてもらったくせに何もしてやれなくて申し訳ない…すまんな…》

《しょうがないですよ…》

《俺は俺で助ける方法を探してみる、諦めるなよ》

《はい…ありがとうございます》

諦めるな…か…
ゆいりくんはまだ諦めてない?

『答えてよ…ゆいりくん…』


⇨⇨⇨


『ゆいりくん…暴れない…で!』

ゆいりくんがノイズを暴走させて2日目。
今日はゆいりくんのノイズが暴れています。

『バインドが解けちゃう!』

ゆいりくん…苦しいのかな…?
ごめんね…
もう少しだけ…我慢してね…

環さんの見立てだと、あと4日もすればゆいりくんはゼロになります。
あと4日…
4日だけ我慢してね…

『ゆいりくんは一人じゃないよ!私がいるから!』

周りの空気がパチパチと音を立ててます。
怖いな…
ゆいりくんが泣いてるのかな…苦しい、痛い、怖い…って…

『私なんかより…ゆいりくんのほうが怖い…よね…』

バインドで抑えてるはずなのに、ノイズは少しずつゆいりくんを蝕んでいきます。
もうゆいりくんの顔も見えません。

バインド越しにノイズが渦巻いているのが伝わってきます。
離せ!離せ!
ゆいりくんがそう言ってるようで、胸が苦しくなります。

でも今バインドを解いたら、きっとゆいりくんは私を飲み込み、次の獲物を探して彷徨うんだと思います。

優しいゆいりくんがそんなこと望むわけがない。
そう自分に言い聞かせて、ゆいりくんを縛り続けるしかありません。

《詩乃ちゃん俺や!》

《どうしたの虎彦さん?》

《いや…その…唯里は…?》

《うん、今日は抵抗が激しくて…》

《詩乃ちゃん一人で大丈夫なんか!?》

《うん…なんとか…》

《俺…なんもできんくてごめんな…》

《大丈夫…私は平気だから…》

《すまん!絶対助ける方法見つけたるから!待っててな!諦めたらアカンで!?》

《うん…ありがとう…》

『虎彦さんはこんな時でも賑やかだね…私もあんな風にゆいりくんを元気にしてあげたかったな…』

あと4日…

あと4日の辛抱だよ…


⇨⇨⇨


ゆいりくんがノイズを暴走させてから3日目。
今日はゆいりくんは静かです。

もうすっかり全身をノイズに覆われ、ゆいりくんの部分は見えません。

『ゆいりくん…もう意識もないのかな?』

ゆいりくんはまるで赤ん坊のように小さく丸まっています。
ノイズも安定しているようで、もうほとんど抵抗しません。

ゆいりくんの気配はまだ感じます。
まだ生きてる。

あんなに力強かったゆいりくんの気配…
今はとても弱々しくなっています。

《梅澤です》

《花子さん、体は大丈夫ですか?》

《水辺様に比べれば軽いものです》

《そっか…良かった…》

《横峰様》

《はい?》

《諦めたらそこで試合終了です》

《うん…》

『ゆいりくん、花子さんが励ましてくれたよ?最初は怖い人だと思ったけど…仲間思いのいい人だよね…』

私もいつか、花子さんみたいに強くなってゆいりくんを助けてあげたかったなぁ。

『ねぇゆいりくん…あと3日だよ…』


⇨⇨⇨


ゆいりくんがノイズを暴走させてからもう4日…
ゆいりくんはほとんど動かなくなりました。
ゆいりくんの気配もかすかにしか感じられません。

『ゆいりくん…』

こうしている間にもゆいりくんの気配が消えてしまうかもしれない…
猶予は5日と環さんは言ってたけど、今日終わってしまうかもしれない。
ゆいりくんが明日を迎えられる保証なんてない…
そう思うと、涙が止まりません。

ほんの数日前まで元気だったゆいりくん。
ほんの数日前まで私を愛してくれてたのに…

あれ?
ゆいりくんは…
なんで私を愛してくれたんだろう…

ゆいりくんを殺した私なんかを…

どうして?

ゆいりくんは本当に私のことを愛してくれてたのかな?

『答えてよゆいりくん…答えてよぉぉぉぉ!』

もう一度だけでいい、ゆいりくんと話がしたい。
最後にゆいりくんの気持ちを聞きたい。

『ゆいりくん…』

涙が止まりません。

『私…もう諦めてるのかな…』

『困るなぁ、君が諦めたら誰が唯里君を助けるんだい?』

『純流さん!?』

『こんにちは横峰さん♪』

『どうしてここが?』

『偶然通りかかっただけさ♪』

『…そんなこと…』

『信じる信じないは今はどうでもいいんじゃないかな?』

『そうだ!ゆいりくんを助けられるんですか!?』

『断言はできないよ、なんせ前例がないからね』

『それでも…少しでも可能性があるなら…』

『やってみる価値はあると思うよ♪』

『でもどうして?純流さんは私やゆいりくんを喰べるつもりなんですよね?』

『君を喰らう必要はなくなった、唯里君にはまだ伸び代がある、こんな半端な状態で喰らうのは不本意なんだよ』

『ゆいりくんを喰べさせたりしない!でも…その理由は納得できます…きっと嘘じゃないんだろうなって…』

『信じてもらえて嬉しいよ♪』

『どうすればいいんですか?』

『簡単だよ、喰われればいい』

『え!?』

『唯里君のノイズに喰われ、唯里君の中に溶けてしまえばいい』

『溶ける…リンク!?』

『賢いね横峰さん♪』

『そんなこと…できるんですか?』

『できるできないは君次第だよ』

『私しだい…』

『下手をすればそのまま飲み込まれてしまうだけだね、それでもやるかい?』

『私の答えはわかってますよね?』

『そうだね、僕達の目的は同じだ、僕のためにもよろしく頼むよ?』

『ゆいりくんは助けます、でもあなたの思い通りにもさせません』

『それでいい、大事なのは唯里君をこんなところで終わらせないことだ♪』

『…はい』

ゆいりくん…
待っててね…

Life:6−2『可能性』

『残念ながら僕はバインドを使えない、もし唯里君が暴走しても止める術はない』

『…はい』

『ノイズの中に入ってしまえば君とも話せなくなる、だから僕が失敗だと判断したらその場で君ごと唯里君を喰らう』

『…そんなことさせません…』

『もちろんそうしてもらうのが僕としても理想さ♪』

『…あなたにこんなこと言うのも変ですけど…』

『うん?』

『…また…三人で会いましょうね』

『…そうだね』

ゆいりくん…
今行くからね!


『バインド…解除!』

ゆいりくんのノイズが一気に吹き出し、暴れだしました。

『…凄いね…現時点で喰っても並のホルダーより満たされるだろうね』

『させません!』

『…期待してるよ、愛の力とやらを』

『絶対にゆいりくんを連れて戻ります!!』

ゆっくりとゆいりくんのノイズの中に入りました。
激しく渦巻くノイズに全身が引き裂かれそうです。

『ゆいりくんが私の中に入った時も…こんな感じだったの…かな…』

私という存在が消えていくような…
自分で自分を認識できなくなっていくような…
溶けていく…
ゆいりくんの中に…

このまま…

溶けちゃっても…

いいかな…

ゆいりくんと…

ゆいりくんの中で…

一緒にいられるなら…

ゆいりくん…

ゆいりくん…!

ダメ!

助けるんだ!

ゆいりくんを助けるんだ!

私が!

ゆいりくん!!

目の前が突然真っ白になりました。
白くて…
とても広い…

『ここ…どこだろ…?』

なんだか意識がはっきりしません。

『私…裸だ…』

自分を上手くイメージできない…
少しだけ透けてるみたい…

『これからどうしたらいいんだろ?』

何もない空間。
右も左も、上も下もわかりません。

『ここ…私がゆいりくんに助けてもらった時に来たかも』

あの時はゆいりくんの中だったのかな?
それとも私の中?
今はゆいりくんの中?
それとも私の中?
どっちなんだろう…

『でもこれってゆいりくんとリンクしてるってことなのかな?』

考えててもしかたないので、私は歩き始めました。
どっちに行けばいいのか、自分がどっちに行っているのか、それさえわからないけど…
立ち止まっているよりはいい。
そう思えました。

どれくらい歩いたのかな…
1時間?
1日?
ここでは時間の感覚もはっきりしません。

一度振り向いてしまうと、自分がどっちに向かって歩いてたのかもわからなくなります。

それでも歩いていると、不意に右手を掴まれました。

『ひゃぁっ!!』

振り返るとそこには小さな男の子が立っていました。
5歳くらいかな?
私と同じ、裸で少し透けてる。
不思議と怖い感じはしませんてした。
むしろどこか懐かしいような…

『おねぇちゃんだれ?』

『私は詩乃、あなたは?』

『わかんない』

『一人で何してるの?』

『わかんない』

『おねぇちゃんと一緒に行く?』

『うん』

私は男の子の手を引いてまた歩き出しました。

『どこにいくの?』

『ん〜、おねぇちゃんもわかんない』

『へんなの』

『そうだね、変だね』

私達は歩き続けました。
どこまでも変わらない真っ白な景色の中、しっかりと手を繋いで歩きました。

『おねぇちゃんつかれた』

『そっか、ごめんね、少し休もうか?』

『うん』

男の子はその場で座り込みました。
私が隣に座ると、男の子は私の膝の上に座り直しました。
温かくて、柔らかくて、いい匂いがしました。

(かわいい)

『おねぇちゃんはここでなにしてたの?』

『んとね、大切な人を探してたの』

『たいせつなひと?』

『うん、大好きな人』

『ふ〜ん』

私の手を握る男の子の小さな手に、きゅっと力が入りました。

『うん?どうしたの?』

『………せに…』

『え?』

『ぼくのこところしたくせに!』

『あ…』

そうか、この子…
ゆいりくんなんだ…

!?
突然目の前が真っ暗になりました。
自分と小さなゆいりくん以外は何も見えません。

『ゆいり…くん?』

男の子は俯いていて表情は見えません。
私は優しく小さなゆいりくんを抱きしめました。

男の子から映像が流れ込んできました。
家族と遊んでいる映像…
お父さんとお風呂…
お母さんのお弁当…
お姉さんとけんか…
お友達といたずら…

小学校…
ピカピカのランドセル…

私?
そっか、1年生の時同じクラスだったね…

あれ?
ゆいりくん…
ずっと私を見てる…?

好きだったの?
消しゴム貸してあげたから?
それだけ?

かわいい理由だね…

あ…
あの時だ…
私が野良犬に追いかけられて…
ゆいりくんが追い払ってくれて…
あぁ…
そっか…
ゆいりくんも本当は怖かったんだ…

私のため?
頑張ってくれたの?
勇気を振り絞ってくれたの?

そうだったんだ…

ゆいりくん…
ゆいりくんは私なんかよりずっと前から私のこと好きだったんだね…

なんか嬉しいな…

あ…
中学校…
この頃のゆいりくんはちょっと怖かったな…
いつも眠そうで…
話しかけるなオーラがすごかった…

そうだ…
図書委員…
同じ図書委員だったよね…
嬉しかったんだよ?

え?

楽そうだから?

そんな理由だったんだ…

ゆいりくんも本が好きなのかと思って喜んでたのにぃ…

体育祭…
ゆいりくん足速かったよね…
私は運動苦手だから嫌だったなぁ…

文化祭…
図書委員の発表…
一緒に資料作りしたね…

修学旅行…
球技大会…
受験勉強…

卒業式…

生きてゆいりくんと会ったの…
卒業式が最後だったね…

高校…
私の知らない友達…
私の知らないゆいりくん…

私の知らない…

あれ?

高校の卒業式?

え?

大学…?

どうして?
これはゆいりくんの記憶じゃないの?

大人になったゆいりくん…

会社に行って…
恋をして…
結婚して…
子供ができて…

泣いて…
笑って…
怒って…

私の知らないゆいりくんがたくさん…
ゆいりくんも知らないゆいりくんがたくさん…

どうして?

私が見てるは…何?

『ぼくのかのうせいだよ』

膝の上の小さなゆいりくんが言いました。

『可能性?』

『おねぇちゃんにころされなければこんなみらいもあったかもしれない』

『あ…』

そっか、私が奪ったんだ…
ゆいりくんの未来…

『ごめんなさい…』

涙が溢れました。
理不尽に奪われてしまったゆいりくんの可能性を思うと…
悲しくて…
申し訳なくて…

改めて自分が犯した罪の重さを知りました。

『ないてるの?』

『ごめん…なさい』

『なかないでおねぇちゃん』

『ごめんなさい…ごめんなさい…』

『おねぇちゃん?』

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

私が奪った!
ゆいりくんの未来を!
ゆいりくんの可能性を!

私が!

涙が止まりませんでした。
自分を責めて責めて…
後悔して…

『後悔なんて…する資格ないよね…』

私はなんて酷いことをしてしまったんだろう…
こんな酷いことをしておいて…
どの面下げてゆいりくんの傍にいたんだろう…
私なんかが…

『おねぇちゃん?きえそうだよ?』

私はどんどん薄くなっていきました。
存在が消えかけてるようです。
自分で自分を否定しちゃったからかな?

しかたないよね…

私なんか消えて当然だもん…

ゆいりくんに飲まれて消えるなら…


⇨⇨⇨


あれから丸1日。
横峰さんは失敗したようだ。
唯里君のノイズは移動こそしないものの、明らかに勢いを増している。
このまま放置すればいずれ全てを吐き出し、ゼロになるだろう。
それは僕の望む処ではない。
不本意だがここで喰ってしまうしかない。
もうこれ以上は待てない。

『残念だよ唯里君、君には期待してたんだけどね』

現時点で喰っても僕の目的は達成できない。
しかし霧散されては本末転倒。
こんなモノでも無いよりはマシ。
多少は僕の空腹を満たしてくれるだろう。

『また次のシードを待つよ、さようなら』

僕のノイズが唸りを上げて唯里君を飲み込む。
呆気無いものだ。
何時もと変わらない。
僕は何時もこうして他人を喰らってきた。
その度に虚しくなる。

人として生を積み重ね、死して尚セカンドとして記憶と経験を積み重ね、なのに最期は呆気無く僕に溶ける。

君達はこんな事の為に生まれたのかい?
こんな事の為に生を重ねたのかい?
虚しいとは思わないかい?

君達は無駄だ。
無駄に生きて、無駄に消えていく。
意味なんて無い。
精々僕の腹を満たすだけ、それだけが君達の存在した意味だ。

なんて無駄で虚しく、儚いんだろう。

『ご馳走様♪』

次のシードが現れるのは何年後だろうか。
100年先か、200年先か。
何方にせよ僕の計画は大幅な遅延を余儀なくされる。
残念だ。

いや、そう言えば…
唯里君にはお姉さんが居たね?
まだ諦めるのは早いな。

『そうか…諦めるのは早いか…うん、そうだね、まだ諦めちゃいけないね♪』

『俺も同感っす!!』

!?

Life:6−3『今の幸せ』

『きえちゃだめだよおねぇちゃん』

『ゆいり…くん?』

『おねぇちゃんにはまだみてもらいたいものがあるんだ』

嫌…
もう嫌…
見たくない…

『だめだよ』

ヤメて…
見せないで…
もうわかったから…
私がどれだけ罪深かったか…
わかったから!

『みて』

映像が流れ込んでくる…
ゆいりくんの記憶が…
想いが…

二人で重ねたセカンドライフが…

『横峰さん』

ゆいりくん…

『しのちゃん』

ゆいりくん…

『詩乃』

ゆいりくん…

『詩乃!』

ゆいりくん…!

『詩乃!!』

ゆいりくん!!

気がつくと目の前にノイズが壁になって渦巻いていました。

『諦めんな!!自分をしっかり持て!!』

『ゆいりくん!?』

『俺の手!わかるか!?』

『わかる…わかるよ!!』

『離すなよ!?』

『離さない…離さない!!』

黒い渦の中、私の右手が飲み込まれています。
その手に、ゆいりくんの手が確かに繋がれています。
ゆいりくんの温もり、ゆいりくんの柔らかさ、確かに感じます。
姿は見えないけど、確かにゆいりがそこにいます。

『自分をイメージしろ!消えかかってるぞ!』

『私…私…?』

『お前は詩乃だ!思い出せ!』

『私…』

『思い出せ!俺の大好きな詩乃だ!』

『私も…私も!大好きなんだから!!ゆいりくんの彼女だもん!!』

全身に感覚が戻ってきました。
痛い!
ノイズに絡みつかれた腕に激痛が走りました。

『いっ…た…!』

『引っ張ってくれ!俺を引きずり出すイメージを膨らませろ!』

『引きずり出す…イメージ…』

ゆいりくんを…
ゆいりくんが戻ってくるイメージ!

『ゆいり…くん!あとでちゅうしてよねっ!?』

『する!唇が腫れ上がるくらいしてやる!だから頑張れ!!』

『うぅぅぅぅぁぁぁあああっ!!ぶっこ抜けわたしぃぃぃぃぃっ!!』

目の前のノイズの塊からゆいりくんがズルリと引き抜かれました。

『詩乃!』

あぁ…
ゆいりくんだ…

ゆいりくんが帰ってきた…


⇨⇨⇨


『……の』

『……の…!』

『詩乃!』

!?
『ゆいり…くん?』

『気がついたか!良かったぁ…』

『えっと…おはよう?』

『お…おはよう…?』

真っ白な空間、右も左も、上も下もわかりません。

『あ…膝枕…』

『うん、あん時と逆だな』

『そうだね…』

『俺の胸…触る?』

『…ちゅうがいい…』

『うん…』

ゆいりくんの唇…
あったかい…

『詩乃』

『ん?』

『俺さ、確かにいろんな可能性があったと思う』

『…うん』

『ひ孫に囲まれて大往生とかね』

『…ごめんなさい…』

『最後まで聞けって』

『…うん』

『可能性はあったかもだけど、こうして詩乃とあの世で結ばれる可能性もずっとあったんだよ』

『これも…可能性?』

『うん、生きて大往生も、死んで詩乃の彼氏も、可能性の一つ、いろんな可能性の中から今が選ばれただけ』

『ゆいりくん…』

『結果として俺は今幸せです、他の幸せの可能性なんて考えても無意味、今の幸せが大事、じゃね?』

『ゆいりくんは本当にそれでいいの?納得できるの?』

『うん、初恋が実るなんてロマン満載じゃん?』

『初…恋?』

『あ〜、うん、ずっと忘れてたんだけどさ、さっき思い出した、俺の初恋の相手は詩乃だよ』

『消しゴム貸してあげたから?』

『え?なんで知ってんの?』

『ないしょ』

また涙が溢れました。
でもさっきまでの涙とは違います。
これは嬉し涙。

『ところで詩乃さん』

『…はい?』

『いや俺は構わんのですがね…』

『…なんでしょう?』

『えっと…服…イメージしたほうが良くないですか?』

『あ…』


⇨⇨⇨


『さてどうやってここから出たもんかな』

『リンク…じゃないもんね…』

『うん、外に出るイメージをしてみたんだけど…なんか壁みたいなのがあるんだよね』

『壁?』

『そそ、出られねぇの』

『…あ』

『ん?』

『喰べられちゃったのかも…』

『は?』

『純流さんに…』

『純…流!?』

『うん…私が失敗したら喰べるって言ってたから…』

『?まぁ詳しくは後で聞くとして…もし喰われたんならここは純流のノイズの中ってことかな?』

『わかんないけど…そうかも…』

『ふむ、だったら…』

ゆいりくんからノイズが溢れました。

『え?ゆいりくん!?』

『あ、大丈夫』

ノイズが薄い膜のようにゆいりくんを包みました。

『ゆいりくん!?』

『さっきノイズを取り込んだ』

『はい!?なにそれ!?』

『いや、またノイズだけ捨てたら面倒だなって思ってさ』

『面倒って!そんな理由でそんなことできるの!?』

『佐和田のオッサンがノイズと共生してるって話を思い出してさ、俺にもできるかな?って』

『へ…へぇ…』

ゆいりくんの話は私の理解を超えていたので考えないことにしました。

『ノイズが物理的なもんだってのは防犯カメラの一件でわかった、だったら同じノイズをぶつければ壊せるはず…』

『そう…なのかな…』

『だめだったら他の方法を考えればいい』

『う…うん…』

『せぇの!』

ゆいりくんは目の前の空間を思いっきり殴りました。
何もない空間にまるでガラスのようにピシピシとヒビが入りました。

『おぉ、成功っぽい!』

『う…うん…』

もう何がなんだかわかりません。

『あ』

ヒビ割れた部分からものすごい勢いでノイズが溢れ出しました。

『詩乃!』

『ゆいりくん!』

私達ははぐれないように手を繋ぎました。
強く、しっかりと。

『やべぇ…』

『バインド!』

私はゆいりくんと自分をバインドで縛り付けました。
こうすれば離れない。

『ナイス詩乃!』

もう離れたくないもん…


⇨⇨⇨


ドス黒いノイズの奔流が俺達を容赦なく打ち付ける。

『詩乃!大丈夫か!?』

『大丈夫!』

『飲み込まれねぇように自分をしっかり持てよ!』

『大丈夫!ゆいりくんと一緒に帰るまで諦めない!』

『そうだな!一緒に帰ろうな!』

今までに感じたことのない激しい怒り、悲しみ、恨み…
様々な負の感情が俺達を飲み込もうと襲い掛かってくる。

(これが純流のノイズか…)

『…………』

(なんだ?声?純流?)

『そうか…諦めるのは早いか…うん、そうだね、まだ諦めちゃいけないね♪』

(光り…?出口か!?純流!!)

景色が明るくなった。
目の前に純流がいる。

『俺も同感っす!!』

『唯里…君!?』

『狐につままれたみてぇな顔になってますよ?』

『あぁ、正直驚いてるよ…』

『ちゃんと…ゆいりくんを連れて戻りました…よ?』

『そうだね…』

『なんかいろいろお世話になったみたいだけど…それはそれ!詩乃!バインド解除!』

『はい!』

俺は純流に殴りかかった。

『詩乃の心を踏みにじったこと、土下座で詫びさせてやる!!』

ガッ!!
俺の拳は純流に当たる直前で純流のノイズに阻まれた。

『ノイズを纏ってるのか…面白いね』

『どうも…!』

俺の拳と純流のノイズがギリギリとせめぎ合う。

『あんたに聞きたいことがある!』

『なんだい?』

『隣街のホルダー失踪事件…黒幕はあんたの名前を出した…』

『口が軽いねぇ彼は…』

『ずっと疑問だった…あんなに周到に証拠を消してた犯人が…防犯カメラに映るなんてつまらないミスを犯すのは腑に落ちない…』

『それで?』

『誰かが後で糸を引いてたんじゃないかと思っててね…』

『僕を疑ってるのかい?』

『違うのかい?』

『さぁね♪』

『ふざけんな!』

純流はいやらしい薄ら笑いを浮かべた。

『君を喰うのが益々楽しみになったよ』

『喰われてたまっかよ…!』

パンッ!
乾いた音と共に空気が弾け、俺は吹き飛ばされた。

『うぉっ!』

『ゆいりくん!』

『1ヶ月あげよう』

『あぁ!?』

『1ヶ月後、僕は君を喰らいに来る、その時までにもっと強くなれ』

『なんだそりゃ!?』

『強くなってなくても喰らう!その場合は…』

『?』

『君のお姉さんを殺す』

『な…』

『1ヶ月だ、精々頑張ってくれよ唯里君♪』

『待てコラ!なんで姉ちゃんが出てくんだよ!?意味わかんねぇぞテメェ!!』

『言ったろ?餌が知る必要はない、それじゃぁ1ヶ月にまた会おう♪』

『ちょ…待て!!』

純流はいやらしい薄ら笑いを浮かべたまま消えていった。

なんで姉ちゃんが…
関係ねぇだろ…
何考えてんだアイツ…

セカンド☆ライフ 改訂版

セカンド☆ライフ 改訂版

どうやら俺… 死んだみたいです… 人は死んだらどうなるの? 天国?地獄?それとも…無? いいえ、それは第二の人生の始まり。 出会いと別れ… ちょっぴり切ない恋… そして事件… 生命の終わりから紡がれる物語。 それが『セカンドライフ』

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一生 唯里と詩乃
  2. Life:1−1『死んだらこうなった』
  3. Life:1−2『再会』
  4. Life:1−3『リンク』
  5. 第二生 遺族会
  6. Life:2−1『西へ行こう』
  7. Life:2−2『見える人』
  8. Life:2−3『タレント』
  9. Life:2−4『ごめんなさい』
  10. 第三生 それぞれ
  11. Life:3−1『唯里の苦悩』
  12. Life:3−2『佐和田の受難』
  13. Life:3−3『詩乃の修行』
  14. Life:3−4『環の追憶』
  15. 第四生 縁(えにし)
  16. Life:4−1『Bustling』
  17. Life4−2『事後処理』:
  18. Life:4−3『決別の夜』
  19. 第五生 失踪事件
  20. Life:5−1『パーティーを組もう』
  21. Life:5−2『捜査開始』
  22. Life:5−3『out of control』
  23. 第六生 二人と一人
  24. Life:6−1『詩乃の想いと純流の思い』
  25. Life:6−2『可能性』
  26. Life:6−3『今の幸せ』