「広大で近く」
広大で近く
今年の夏は記録的な猛暑が続いている。暑いだけでなく降雨量が少ない。健史(たけし)は発電量を増加するというニュースを苛立ちながら見ていた。地球の温暖化が環境問題の一つとなって一体何十年が経つだろう。ある科学者は二酸化炭素の排出量と温暖化は直接の関係がないと言う。どちらが正しいのか、健史の頭には結論があったが、誰にもそのことを話したことはない。政治的な議論に巻き込まれたくないから、いや、彼の関心が地球よりはるか遠くにあったからだ。彼は自室のテレビスクリーンに流れるニュースを眺めていた。まだか?
午後4時。記者会見が始まった。ついにこの時が来た。全世界同時中継。IASAが約二十年かけた全宇宙探査の結果発表だ。健史の苛立ちはあっという間に消え失せ、心が一点に集中した。世界の多くがかたずをのんで待ち続けている。記者会見の会場となったIASAの会議室には国内外のメディアが集まっている。カメラの長い放列が一瞬テレビに映った。
「地球以外に生命体が存在するのか?」
二十年以上前、科学の常識を覆す空間移動理論が実証された。この理論はすぐに実用化され、人間が宇宙のどこにでも瞬間的に移動することが可能になった。その宇宙船を開発する国際プロジェクトの本部がIASAに設置された。短期間で宇宙全体を探査する術を人類は手にしたのだ。もちろん広大な宇宙全体のすみずみに旅行することは不可能である。生命が存在するであろう星を絞り込み、調査は開始された。昔からSF映画ではいろんな形の宇宙人が登場した。「宇宙人と会話したい」「果たして彼らは友好的なのか?」。この探査は人々の想像力をより駆り立てた。探査には文字通り天文学的な予算がつぎこまれた。数多くの批判もあった。いまだに存在する食糧不足の解決のために予算を使うべきだ、人類が移住する星をまず開拓すべきだ、こういう意見はプロジェクト担当者のストレスとなった。探査日程が2年長引いた際、プロジェクトの中止を訴えるものが多く現れた。
記者会見が始まった。健史は息をのんだ。探査の経緯の説明がようやく終わり、いよいよ発表だ。プロジェクト統括ディレクターがマイクを引き寄せた。と同時にハウリングが会場に響いた。最先端の宇宙技術を誇るIASAに似合わない音響システムに違和感を覚えた。動じることなくディレクターは口を開いた。
「すでに説明のあった長年の探査の結果、私たちは疑いのない一つの結論に到達しました。その結論とは、広大な宇宙で地球以外に生命体は存在しないということです。」
そうか。健史はつぶやいた。
テレビは記者会見に同席した科学者の下向く姿を映した。世界が沈黙に包まれたのはおそらく一分もなかっただろう。統括ディレクターが責任者としての所見を続けた。
「皆さんがそうであるように私も小さい頃から宇宙人に会いたい、話したいと思っていた。科学が発展すれば必ず実現できると信じていた。しかし、結果はそうではなかった。最先端の科学はまったく反対の内容を解明したわけです。私はこの事実を知ったあと、落胆しました。しかし今ではその結論に感謝する。この地球にしか生命体がいないとしたら、これほどの大発見はないだろう。一体、地球とは何なのか?地球に生存する私たち人類は何ものなのだ? 私たちは奇跡によって生かされている。膨大の経費を必要としたプロジェクトだったが、ようやくこの結論を出すに至った。決して無駄ではなかったと確信している。もっと地球を大切にしようと思う。もっと人類は一つになるべきである。ありがとう。」
やっぱり、そうだったか。健史は広大な宇宙が温かく近く感じた。
「広大で近く」